ハルヒと親父 @ wiki

スポンサーから一言 その5

最終更新:

haruhioyaji

- view
管理者のみ編集可


 警察署を出ると、黒塗りの車が止まっていた。
「大使館ナンバーの車だな」
「絵描きは物知りだな。叔父が大使館員なんだ」
「まるっきり私用じゃねえか」
「邦人を助けるのが大使館の仕事だ。大まかには間違ったことはしてない」
「なにが法律で助けてやる、だ」
「司法研修生なのはほんとだ。いまは病気療養中ってことになってるが」
「何かやったのか?」
「ケンカだ。売った相手が悪かった。で、ほとぼり覚めるまで国外に放りだされた」
「ブルジョワ(おぼっちゃん)め」
「フランスじゃ、誉め言葉だぞ」
「言いなおそう。キャピタリスト(資本家)め!コロニアリスト(植民地主義者)もつけてやろうか?」
「よしてくれ。勲章が重くて前に倒れそうだ」
 後ろに乗れと言って、自分もあとから乗り込んできた。
「パリで一番うまい店でおごってやる」
「どうせマクドナルドだろ?」
「何故わかった?」
「食通(グルマン)にはみえないからな」
「ふん。フランスのマクドナルドはワインが飲めるんだぜ」
「コーヒーが飲めたもんじゃないからだ」
「良く知ってるな」
「嫌世的な気分になった時、よく行く。世をはかなむには最高の場所だ」
「若いくせに夢も希望もないのか?」
「どこの選挙でも年寄りほど投票に行く」
「まあ、赤ん坊に投票権はないからな」
「……」
「やっぱり彼女が死んでショックか?」
「当人は死ねばそれまでだが、残されたものはそうもいかない」
「何故?」
「生きてるからな」
「人生は苦しみばかりじゃないだろ?」
「人生のほとんどは過去でできてる」
「過去と思い出は違うぞ」
「そうだ。大抵の過去は脳裏に沈んでる。ほんの一部だけが今を捕らえる」
「見かけによらず、暗い奴だ」
「どんな見かけをしてる?」
「かなりのバカに見えるな。あと貧乏にも見える」
「フライド・ポテトを手で食ってりゃアン王女だって下町娘と変わらん」
「……彼女の事件だが、自殺ってことで処理されるそうだ」
「自殺だって!?」
「何をそういきり立つ?同居人だろ?」
「将来を誓い合った」
「うそだろ?」
「うそだ。だが納得が行かん」
「じゃあ、真犯人だと名乗り出るか?」
「……」
「おい、冗談だ」
「……これから3つ質問をする。法律屋の信義則がどういうものか寡聞にして知らないが、早めに答えてくれても構わんぞ。質問1だ、なぜおれがあの警察署の留置所にいると分かった?」
「それは、あれだけマスコミが……」
「あんたのフランス語があまりにアレなんでな、『安い新聞』うんぬんとカマをかけたんだ。あんたはフランス語がろくに読めまい? テレビもつらいだろう。質問2に行っていいか?」
「待ってくれ、質問3を先に聞きたい」
「いいとも。……スポンサー(依頼人)は誰だ?」
「……名前を言っても、あんたには分かるまい」
「それだけで誰なのかわかるさ」
「おれは、彼女の遺言執行人だ」
「そして遺言内容は守秘義務か?」
「話せないが、ちゃんと執行する。だから、あんたに関する遺言はそのうち分かる」
「あんたに従うとは言ってないぞ」
「これは彼女の遺言だ。それにはあんたが知りたいことや、あんたが知らないことが含まれてるとおれは思う。だが『知りたくない』というのも有りだ。その場合にやるべきことも遺言には書いてある」
「なるほど。じゃあ、気が済むまで付き合ってやる。……おれの気が済むまで、な」

「で、どこに向かってるんだ?」
「気を悪くするなよ。後になるほど良くなる」
「まずは最悪ってことか?」
「そうだ。……電子鍵が3つないとたどり着けない、高級アパルトマンの最上階だ」
「あいつと同じところから飛び降りろって訳か」
「そこまでは遺言にない。最上階から見下ろせば、何かわかるかもしれないってことじゃないか?」
「他人に理解できるような心なんて存在しない」
「わかったような気になる、って話だ。誤解抜きじゃ、世の中回らないぜ」
「誤解だけでも止まっちまう」
「最終的にはな。だが、人間ってのは、おしなべて短命で、それ以上に短気だ。今をやり過ごせば、大抵は満足できるんだ」
「じゃあ、あえて教えてやる。今おれの気分は最悪だ」
「見れば分かる。さあ、着いたぞ」
「ホテルのスウィートと見分けがつかん」
「当たりだ。毎朝、掃除係がやってきて、その後、専門の人間がベットメイクするらしい。洗面の歯磨きもコップも毎日取りかえる」
「それも遺言に書いてあるのか?」
「いや、パンフレットだ。管理人にもらった」
「部屋でも借りるのか?」
「残念。すべて分譲だ」
「バカみたいに広いな」
「だがベッドはシングルが一つきり。彼女が一人で眠るための部屋だそうだ」
「それもパンフレットに?」
「まさか」
「その遺言書はシナリオ仕立てになっていて、ト書きに『ピーター・フォークのように肩をすくめる』とか、書いてあるのか?」
「多少のアドリブは大目に見ろよ」
「自己責任でやってくれ。……今度やったらぶっとばす」

「いったい、あといくつ回るつもりだ?」
「パリにあるだけだ」
「パリにいくつ画廊があると思ってるんだ? フェルミ推定してみろ」
「なんだ、そのフェルミって?」
「核分裂を発見した上に制御してみせて、原子力の時代を開いた物理学者だ。ノーベル賞も貰ってる」
「平和賞でか?」
「その冗談のセンス、イヌくらいしか友人が居ない老後をおくることになるぞ」
「警告か?」
「いや自戒だ」

「やれやれ。やっと『なつかしの我が家』だな。これを『返して』おく。あんたが住んでたこの部屋のカギだ」
「なんであんたが持ってる?」
「これも遺言の一部なんだ。あんたを釈放させるのとセットだ。どうせ、部屋の中は警察が隅々まで捜索した後だ。遺書のひとつも見つからなかったらしいが。当然、持ち主に帰るべきカギだろ?」
「おれは同居人だ」
「持ち主が、その同居人に見せたいものがあるんだそうだ。何なのか、そこまでは分からんが」

 部屋は、警察が捜索した後のはずなのに、妙に片付いていた。おそらく誰かがやったのだろう。一瞬、甘い期待が頭に浮かんだが、すぐに消した。あいつのやり方じゃない。多分、他にも遺言を執行する者がいるのだろう。おれを同伴してきたお人好しよりは手際のいい奴が。
 そのお人好しは、まとめてあるキャンバスに注意を向けた。
「これが彼女が描いた絵か? なるほど、あんたがいうように平凡だな。……そのせいか何を描いてあるかくらいは、おれにも分かりそうだ」
「そりゃすごい。おれは、どっちを上にして壁にかけるべきか、かろうじてわかる程度だ」
「……この絵は、あんたを描いたもんだろ?」
「……らしいな」
「知らなかったのか?」
「いっしょに暮らしてても、お互い秘密くらいある」
「隠し子がいたみたいな落ち込みようだな。彼女は、あんたにとってモデルだったのか?それとも……」
「おれはドヘタな絵描きだ……だから惚れた女しか描かないと決めてる」
「だが、あんたは彼女を描かなかった。彼女はあんたを描いた。まったく……どっちも素直じゃないな」
「そういうやり方しか知らないんだ」
「にしても、やりすぎだ。死ぬときぐらい素直になればいい。あんたにも言ってるんだぞ」
「ありがたくて涙が出る」
「彼女の絵には一文の商業的価値もないらしい。好事家たちはまだ彼女の存在を知らん。あの画廊という画廊にあった絵が、一人の女を描いたものだと気付いたらどうなるか知らないが。だから、あんたが今この絵を持っていっても、誰も何も言わないだろう」
「出世払いの形(かた)にどうだ?」
「おいおい。正気か?」
「連れて行くには大きすぎる」
「パリでも貧乏なのに、どこへ行くんだ?」
「もっと通貨が安い国だ。多分、地中海を渡る」
「アフリカだぞ」
「そうだな」
「絵をやめるのか?」
「人生をやめるわけじゃない」

  ●  ●  ●  

「一言で言えば、ガキだったな。底無しのバカだった」
「それが……いけないことなんですか?」
「誰にだって苦い記憶のひとつやふたつある。そういう話だ」
「……その女(ひと)が描いた親父さんの絵は?」
「律儀な弁護士がな、日本に持ちかえって今も大事に保管しているそうだ。……見たいのか、あんなもの?」
「今の話を聞けば」誰だって、そう思うだろう。
「分かってるだろうが、ハルヒを連れて行くなよ……さあ、ちょうど、着いたようだ」
「ここって?」
「7年前の心中で姉が死んだCが住んでたマンションだ」
「今もここに?」 自殺、それも転落死したはずじゃ?
「生きていてくれると話は早いんだがな。もうすぐ時間だ」
「?」
「Cが転落したのがちょうど今頃なんだ。化けて出て来てもらおうと思ったが、虫が良すぎたな」
「いや、確か生きた奴のところへって・・・」
「・・・キョン、悪いが電話だ。・・・しかも、相手は悪徳弁護士だ。・・・おれだ、何があった? !ったく、税金泥棒め。ああ、そこにいる。今着いたところだ。じゃあ、待ってりゃいいんだな・・・。おい、キョン、親父の大予言だ、生きた最後の関係者に会えるぞ。元々呼びだしてたんだが、見事に振られた。しかしいきなりリベンジできそうだ」
「親父さん、いまの電話、いったい?」
「ああ、絵描きが死んだ。どうやってか、舌でもかんだのか、そこまではわからんが、ご丁寧なことに、自分の似顔絵を、牢屋?留置所か? その壁に血で書き残してるそうだ」


その6へつづく














記事メニュー
目安箱バナー