レクイエムD.C.僕がまだ知らない僕(1)◆.ji0E9MT9g
辺り一面闇が支配する焦土の中で、二人の男が戦っている。
赤い筋骨隆々の戦士は仮面ライダークウガ、そしてもう一人、ステンドグラスの意匠を全身から感じさせる戦士は仮面ライダーサガ。
両者共にこれまでの戦いで大きく疲弊し、傷ついているというのに、それを微塵にも感じさせない勢いで、彼らは互いの拳をぶつけ合っていた。
「ヤアァァァ!」
一歩間合いに踏み込んだクウガが、右の拳でアッパーを放つ。
その威力は確かなものだったが、しかしサガもまた上体を反らすことでそれを躱し、その勢いをも利用してクウガに向けミドルキックを見舞う。
それは不完全な体勢からとは言え両者の体力について考えればそのまま勝敗が決してもおかしくはない威力を誇っていたが、しかしサガの目論見と現実は大きく異なっていた。
ドスッと鈍い音と共にクウガへと到達したサガの右足は、彼にダメージを与えることさえ叶わない。
先ほどまで深紅の筋肉に包まれていたクウガの体表が、刹那の間に白銀の鎧に紫のラインが走る重厚な姿へと変身していたからだ。
どころか足先に伝わる痺れ故にサガの動きが阻害されたその一瞬に、クウガは彼の首元を掴み一瞬でたぐり寄せていた。
「なんで殺し合いに乗った!?加々美って人のことを殺してしまったからか?
だから後戻り出来ないと思ってお前はーー!」
しかし次の瞬間クウガから放たれたのは、反撃を許さぬ猛攻ではなく、叱咤にも似た疑問の言葉だった。
そう言えばこの男の目的は自分を説得することだったか。
全く無駄なことを、と心中では思いつつ、サガは体力回復の意も含めてクウガとの問答に暫し付き合うことにした。
「違います、僕が殺し合いに乗ったのは僕の大事な人たちを守る為。
そして何より、僕に王の座を譲り死んだ先代の王の言葉に従ってファンガイアの未来を守るためです」
「ファンガイアの未来?それならお前の世界以外に住んでる人間はどうでもいいのか?
お前はファンガイアと人間の共存を望んでたんじゃないのか!?」
「知ったような口を利かないでください。それに、そんなもの僕には関係ありません。
幾つも存在する世界の中で、僕にとって大事なのは僕の世界に生きている一握りの存在だけ。
彼らが平和に過ごせるためなら、僕は他の世界を滅ぼしても構わない」
渡はサガの鎧越しに、真っ直ぐにクウガを見据え言い放つ。
その言葉が決して嘘ではないということは伝わったのか、クウガは一瞬目を泳がせるが、しかしすぐに頭を振った。
「ふざけるな!その人たちは、お前がそうまでして世界を守ったと知ったところで、喜ぶような人じゃないだろ!」
「関係ありません、全ての世界を滅ぼして、キバの世界が破滅から逃れた後に僕が願うのは僕という存在自体を皆の記憶から消し去ること。
僕なんかを最初から知らなかったことにすれば、皆は僕がした罪に対して悲しむことさえなくなります」
「自分が何を言ってるのか分かってるのか?
お前がその人たちを大事に思うのと同じくらいに、その人たちだってお前のことを大事に思ってる!覚えていたいと思ってるに決まってるだろ!」
瞬間、ユウスケの脳裏に過るは牙王に連れられダグバとの戦いに単身向かおうとしたあの時に一条に言われた言葉。
『皆の笑顔の中に自分の笑顔も加えろ』。
今自然に自分の口から出たその言葉に、かつての自分の行動がいかに愚かだったかを痛感しつつ、同時に浮かぶは自分にそれを指摘し間違いを気づかせてくれた一条たちへの感謝であった。
彼らが自分に与えてくれた思いの分まで今目の前で悩める彼を助けなければ。
使命感にも似た感情を抱いて、ユウスケは今一度サガを逃がさんとするその右手に強く力を込めた。
同時、そのユウスケの言葉を聞いて、サガが見せたのは僅かばかりの動揺だった。
恵さん、静香ちゃん、健吾さん、嶋さん、マスター……彼らの顔と、そして育んできた記憶と友情と笑顔が、不意に脳裏を過ぎったのである。
しかし、すぐに迷いは絶ち消える。
既に自分が記憶を消した名護を、そして自分が存在するせいで死んでしまった深央を思えば、彼らの記憶にだって自分なんか最初からいなかった方が良いのは当然のことだった。
「――黙って!僕はもう決めたんだ、人間とファンガイアが共存できる世界を作った後、それまでの罪を全部背負って、消えようって、だから――」
「何言ってるんだ!人間とファンガイアのハーフ、二つの種族にとっての架け橋、共存の証明……そんなお前自身が消えたら、人間とファンガイアは永遠に分かり合えなくなる!」
「そんなのでたらめだ!それに僕がいなくなったとしても、きっと太牙兄さんが上手くやって――!」
「自分の責任から逃げようとするな!」
思わずクウガから目を離し叫んだサガに対し、一方のクウガは一切彼から目を離さず真っ直ぐに言い放った。
思いがけないその言葉に、意図せず息を呑んだサガに対し、しかしクウガは怒鳴ってしまった自分自身を宥めるように一つ息を吐いて、続けた。
「……俺の知り合いにも一人、人間とファンガイアの二つの血を持った王がいる。
『ファンガイアは人間を襲ってはならない』。その掟が存在する世界で、それでもそいつはただ一人自分が王には相応しくないと悩み続けてた。
……自分自身が、掟に背き人を襲いそうで怖かったからだ」
言いながらユウスケは思い出す。
自分がキバの世界で出会った仮面ライダー、ワタルのことを。
彼は若いながらもその血故に王としての多大な期待を一身に受け、その責任の重さに潰されそうになっていた。
だから自分は、親衛隊として彼の手伝いをする決意を決めた。
人は誰だって一人ではやっていけない。自分自身が士との出会いで実感したことを、彼にも教えてあげたかったから。
「途中でそいつは、王になることから逃げようとした。でもそれは出来なかった。
何より信じていたからだ、掟を。いや、掟なんかなかったとしても、人間とファンガイアが共存できる世界を」
何が起ころうと、ユウスケはワタルを支え続ける覚悟は出来ていた。
王だから仕えるのではない、彼だからこそ、自分は仕えることにしたのだと、掟を信じ戦える彼だからこそ、王に相応しいと思ったから。
キバの世界で起こった長いようで短いワタルとの交流を思い出しながら、ユウスケはその瞳にもう一人の“渡”を映す。
「お前はどうだ渡。結局、全部中途半端にして逃げようとしてるだけじゃないのか?
加々美さんを殺してしまったことを正当化するために他の世界の人間を切り捨てるなんて言って、その為にファンガイアのキングって立場を利用して」
「……て」
「向き合い続けていたらキングとしての自分でいられなくなると思ってキバットからも逃げて、最後には名護さんの記憶まで消してあの人と戦うことからも逃げて」
「……めて」
「結局お前はそれらしいことを言って全部から逃げてるだけだろ!
紅渡としての人生からも、キングとしての責任からも、人間とファンガイアが共存できるっていう夢からも!」
「やめて!」
怒号と共に振り抜かれたサガの拳は、タイタンフォームの堅固な鎧さえ揺るがし、両者の距離を僅かに離した。
その体躯故、クウガが二の手を次ぐのに遅れた瞬間、既にサガは得物であるジャコーダーを懐から取り出しクウガへと振るっていた。
怒濤の勢いで……というより狙いを定める様子もなくただがむしゃらに振るわれるその攻撃に、まともな反撃さえ許されないクウガ。
しかしタイタンフォームの防御力があれば少しの間、サガによる攻撃の勢いが収まるまではやりすごせるのでは。
そんな甘い考えを抱いたしかし次の瞬間、彼の身体は大きく宙を舞っていた。
サガがジャコーダーによる鞭打が有効的ではないと判断し、その鞭をクウガの足に巻き付けたのである。
ただでさえマイティフォームより幾分も重くバランスに劣るタイタンフォームだ、少し足下を引っ張ってしまえば、容易に体勢を崩す。
そして後はクウガ自身の重さによって地上に頭から落ちるだけでも戦闘不能レベルのダメージを与えることが出来るということだ。
「――くッ!超変身!」
しかし、瞬間アークルは空中で光を放ち、クウガの身体を青く細身の姿へと作り替える。
ドラゴンフォームとなり身軽になった影響で、先ほどまで不自由だった両手も自由になり、間一髪頭から落ちるところだった身体を逆立ちの姿勢で支える。
「なッ……」
「ハァッ!」
変幻自在のクウガの技に驚愕を隠せなかったサガに対し、彼はそのまま勢いを利用してバク転の要領で思い切り立ち上がり、それと同時に足に絡みついたジャコーダーを思い切り引き寄せた。
これには思わずといった様子で体勢を崩したサガは、しかしすぐに体勢を立て直し、今度は逆に力に劣るドラゴンフォームを振り回そうとジャコーダーを頭上へと手繰り寄せる。
だが、ここでクウガはまたしてもサガの予想を上回った。
自分を引き寄せるため手繰り寄せた鞭に対し、敢えてそれと同じタイミングで飛び込み自分の勢いに利用したのである。
これはまずいとサガは対抗策を探るが、しかし全ては遅かった。
「うおおりゃああああぁぁぁ!!!」
空中で再度マイティフォームに変身したクウガの右足が燃え上がり、ジャコーダーを握った右手にその必殺の一撃を食らわせたからだ。
放たれたマイティキックの勢いはジャコーダーをはたき落とすだけでは収まらず、そのままサガの胸にまで到達した。
大きく吹き飛び変身を解除された渡は、そのまま地面を大きく転がっていく。
ダメージの為にろくな受け身さえ許されず地に這いつくばる渡は、そのままクウガによる追撃を覚悟する。
だが、彼の予想を裏切って、クウガもまた未だ制限を迎えていないだろうというのに自分からその生身を晒した。
「なんで……変身を……」
「言ったろ?俺はお前を倒す為にここにいるんじゃない。
お前を救うためだって」
思わず狼狽した渡に対し、生身となったユウスケはそのまま渡の横に座り込んだ。
なんと愚かな男だろう。
自分の決意は先ほどの問答を終えても何一つ変わってはいない。
あぁ、先ほど取りこぼしてさえいなければジャコーダーで止めを刺す絶好のチャンスだというのに、と歯噛みした渡はしかし、視線の先でジャコーダーを回収しているサガークの姿を見つける。
となれば先ほどのように体力回復の意も含めて彼に話を合わせ時間を稼ぐのも一つの手か。
そう考えて、あくまで望むべき結果の為に取る無駄な行為という考えを崩さぬまま、渡は何とか起き上がりユウスケの横に並ぶ形で座り込んだ。
それを見て、横に座った渡に何を感じたか、ユウスケはしかし薄く笑った。
「さっき、お前のことを全部のことから逃げてるだけだって言ったよな。
……なぁ実は、士のことに関してもそうなんじゃないか?」
だが、開口一番放たれたユウスケの意外な言葉に、渡は思わず目を見開く。
世界の破壊者ディケイド、その存在に何故、自分が逃げているなどと言われねばならないのだ――!
しかし渡の抱いた怒りを気に留めることもなく、ユウスケはそのまま続ける。
「
アポロガイストから世界の破壊者ディケイドの話を聞いたとき、お前は少し嬉しかったはずだ。
キングとしても紅渡としても倒さなきゃいけない敵を見つけられたと思って。
……もしかしたらそんな奴を倒す為ならお前の親父さんや名護さんともまた一緒に戦えるかもしれない、そう思ったから。……そうだろ?」
ユウスケの言葉を即座に否定することは、渡には出来なかった。
事実自分は名護と再会した時にディケイドとの戦いに関してだけは彼に賛同してくれるよう願った。
その裏に戦力としてだけではなくもうわかり合えないはずの名護との共闘を望んでいた自分はいなかったとは、彼にも断言出来なかったのである。
「だから、実際に士に出会って、あいつの言葉に触れたとき、お前は困惑したんだ。
少なくとも紅渡としてのお前は、あいつの言葉を信じたいと思ったから」
しかし続いた言葉は、先ほどのものより更に信じがたいものだった。
自分が、あのディケイドの言葉を、夢について語ったあの言葉を、信じたいと思った、だと?
そんなわけない、と即座に拒絶してもいいというのにこの身体が動かないのは、まさか自分の中に未だ残る甘い自分、“紅渡”がそれを拒絶するからだろうか。
「それでも自分はキングだって自分自身に言い聞かせて。ディケイドを倒さなきゃ世界は滅びるなんて話を頭ごなしに信用して。
そうでもしなきゃ、キングとしての自分を保てなくなりそうだったから」
「そんなこと……それに、一刻も早くディケイドを倒さなければ、全ての世界が……」
「渡」
どこまでも渡が気付いていなかった”自分自身”に触れるようなユウスケの言葉にやっとの思いで反論を試みる渡。
しかしその勢いは先ほどまでのディケイドに向ける憎悪を思えば実に可愛らしいものだった。
そしてその渡の言葉を遮り名前を呼んだユウスケの瞳は、どこまでも真っ直ぐで、彼は再度言葉を失ってしまう。
「もう気付いてるんだろ?
アポロガイストのその言葉が、真実とは限らないって。
それに、そうじゃないって信じたい自分にも」
「僕は……」
――渡には、もう自分の感情がよくわからなかった。
地の石を通じ自分の感情を垣間見たという彼の言葉は、決して出まかせではないだろう。
事実、そうであれば確固たる自信でもって拒否できるはずだというのに、それが出来ない。
だからこそユウスケの言葉が実際に自分が思っていることなのではないかと、そう思ってしまう。
「渡……」
そうして言葉を詰まらせ視線を泳がせた渡を前に、戦いに巻き込まれないよう逃げていたキバットが一人呟いていた。
あそこまで頑なだった渡が、ユウスケの言葉を聞いて揺らいでいる。
それは自分が見込んだ以上の偶然が起因するものとはいえ、あの渡にようやく言葉を届かせることができたのは、やはり自分の見込んだ通りユウスケの力であった。
「ありがとよ……加賀美の兄ちゃん……」
思わずといった様子で、キバットはこの殺し合いの場で初めて出会った他世界の男に感謝を述べていた。
実際にはユウスケのもとに自分を導いたのは彼の持っていたガタックゼクターであったが、キバットにはそれに宿った加賀美という青年の思いをどうしても感じずにはいられなかったのである。
「ん?」
一人物思いに耽り渡を下手に刺激しないようにと後方より座り込む二人を見ていたキバットは、しかし瞬間誰にも気づかれぬまま暗闇の中から這いよる一つの影に気付いた。
それは渡の忠実なしもべであるサガークが、ジャコーダーを今まさに渡の手に落とすその瞬間であった。
「なッ、ユウス――ッ!」
かつての相棒ではなく彼を救おうとしてくれた心優しい青年に声をかけようとしたキバットの言葉は、しかしそこで止まる。
ジャコーダーを手にし本来ならそのままユウスケを貫くことができるはずの渡の手はしかし、未だ力なく垂れさがるだけだったからだ。
「渡……お前……」
驚愕を隠し切れぬ様子で一人また小さくぼやいたキバットは、しかしそれで再度確信する。
今目の前にいるのは許されざる悪ではなく、自分の唯一無二の相棒なのだと。
ただそれだけの実感が抱けたというだけで、もう彼には十分であった。
「――もし、本当に士が破壊者だったなら、その時は俺があいつを破壊する」
何度目かわからない沈黙の後、ユウスケが切り出したのはしかし意外な言葉だった。
「え?でもディケイドは貴方の仲間じゃ……」
当然ともいえる渡の疑問に、ユウスケはいつものように朗らかな笑顔で煙に巻くこともせず、真剣な目で渡を見据えて答える。
その脳裏に、いくつもの世界を共に歩んできた最高の仲間の顔を思い出しながら。
「そうだ、士は俺に大事なことをたくさん教えてくれた仲間だ。
でも、だからこそあいつが本当に世界を破壊する存在だったなら、俺にはあいつを倒す義務がある」
「義務……?」
ユウスケの言葉に、再度渡は疑問符を浮かべる。
しかしユウスケはそれさえも受け止めて、ゆっくりと頷き、続けた。
「あぁ。あいつは俺が全ての笑顔を守るなら、俺の笑顔を守ってくれると言った。
だから俺は、あいつが全てを破壊する悪魔になった時は、あいつを破壊してやらなくちゃならない。あいつが、俺を笑顔にしてくれた分まで」
それは、決して咄嗟に吐いた出任せの言葉ではなかった。
以前からそういった思考が存在していたと言われても納得せざるを得ないような、確たる言葉であった。
自分自身にも言い聞かせるように一言一言噛み締めるように呟いたユウスケは、今度こそ笑顔を浮かべ渡に向き直る。
「だから渡は、自分が本当に信じたいものを信じろ。
お前が信じたものが間違っていたときは、俺が責任を取ってやる。
……信じたいものを根拠なんてなくても信じ続けることが出来る、それが王の資格、らしいからな」
士の言葉を引用するユウスケの顔はしかし、先ほどまでの殺伐とした言葉から考えれば和やかですらあった。
それを見ればユウスケが士に何らの憎しみや嫉妬などを抱いていないのは明白で、それによって渡は一層混乱してしまう。
話せば話すほど、
門矢士という存在に対する彼の感情が見えなくなってくる。
信頼はもちろん存在するだろう。
だが同時に彼が多くの存在の笑顔を曇らせるなら自分が倒さなければならないという思いもまた確かなものだ。
それはどこか、士自身も自分がそうなってしまったとき、彼に倒されるのを望んでいるだろうことさえ知っているような、そんな口調ですらあった。
「何故そこまで僕の為に……?」
「信じたいからさ。何より俺が、お前のことを」
そして極めつけに、ユウスケはこれまでで一番の笑顔を浮かべた。
それを見て、いよいよ渡には何もわからなくなってしまった。
ディケイドへの憎しみ、他世界すべての参加者を犠牲にする覚悟、そして仲間たちから自分の記憶を消すことについても。
何が自分にとって譲れないもので、何が自分にすら吐き続けている嘘なのか。
「僕は……」
ユウスケを受け入れるのか、それとも拒絶し今までと同じくディケイドを倒すために一人孤独に戦い続けるのか。
そんな迷いに駆られ、どれだけの時間が沈黙と共に経過しただろうか。
それに関する正確な感覚さえ失った渡がしかし、何か答えを紡ごうと口を開いたその瞬間、彼らは、火花に包まれた。
「――うわッ!?」
その瞬間、ユウスケは素っ頓狂な叫びをあげ爆風の勢いのままにその身体を吹き飛ばされた。
もう少しで渡の言葉が聞けそうだったというのに、このタイミングで横やりとは狙ったとしか思えなかった。
「渡、大丈夫か!?」
「えぇ、僕はなんとか……」
同時に、横に座り込んでいたはずの渡の安否を確かめると、彼もまた苛立ちを隠せない様子で恐らくは攻撃を放ったのだろう第三者へと鋭く瞳を向けた。
何らかの衝撃波と地面が接触し発生したのであろう煙が彼らの視界から消えると同時、そこに現れた男の顔に、二人は見覚えがあった。
「やぁ、クウガ、それにキバ……いや、今はサガって呼ぶべきかな?
それともこう呼んでほしい?“弱いほうのキング”って」
「お前、大ショッカー幹部の――!」
「そ、ご名答。僕の名前はキング。
第一回放送前に死んじゃった名前だけ同じ雑魚や、そこにいるサガとは比べ物にならないくらい断トツで一番強いから、キング。
あー、あと何でここにいるのかとかそういうつまんない質問は無しね、このエリアにいられる時間ももう残り少ないんだし、お互いそれよりもっとやりたいことあるでしょ?」
自己紹介をしているだけのように見せかけながら、キングと名乗った青年は常に視界の端に渡を捕らえニヤニヤとした笑みを浮かべ続けていた。
恐らくは渡がキングの名を受け継いだ先代について
第一回放送に引き続き侮辱することで彼の平常心を奪い自分のペースに乗せようとしているのだろう。
ただそれだけの下劣な手段だとわかっていてもなお、渡が見過ごせないように言葉を選びわざわざ気に障るような言い方をしているのだから、なるほど確かにこの男は相当に弁舌に長けるらしい。
「先代の王への侮辱は許しません。
あなたへの判決は、僕自身の手で下します」
そして案の定というべきか、キングの挑発に従うように彼へ宣戦布告をし渡はデイパックへ手を伸ばす。
だが鬼気迫るその表情は、一瞬の後に驚愕に変わっていた。
「プッ、プッハハハハハハハ!!!」
そしてそれを受けて、キングは待ってましたと言わんばかりに大声で彼を嘲る。
あまりにも不快なその声に、その表情に、嫌悪感を隠そうともせず顔を歪めた渡に対し、キングはその反応さえ予想通りだと示すように自信げに自身の懐に手を伸ばしていた。
「君が探してるのはこれだろ?サガ。
悪いね、これは僕がもらったよ」
「なッ――!」
驚愕の声を上げたのは、渡ではなく、キバットとユウスケだった。
そう、キングの手に収められていたそのバックルこそ、自分たちがこの殺し合いで今いる西側エリアに来て以来ずっと苦しめられ続けているといっても過言ではないアイテム、レンゲルバックルそのものだったのだから。
◆
時は、少し前に遡る。
ゾーンメモリの効果でE-4エリアからD-1エリアに移動してきたキングは、新たにD-1エリアの病院を標的として定め作戦を練っていた。
まずは先ほど内紛を引き起こすのに成功したディケイドのように、面白い存在がそこにいるかであったが、これは十分すぎる存在がいる。
あのブレイドを殺した、カブトに擬態したワームがなぁなぁで正義の味方ヅラしていることを指摘するのも面白そうだし、ジョーカーなんて大層な名前の仮面ライダーに変身するダブルの左側を殺して自分の知るジョーカー、
相川始やダブルの右側の反応を見るのも面白そうだ。
他にも間宮麗奈の中に眠るウカワームもうまく利用できれば面白くなりそうだし……と続々と浮かぶアイデアに自分の手持ちのアイテムを重ね合わせどれが現実的に再現可能かを考えていく。
とはいえどれも先ほどのディケイドとオーガの戦いに比べればあと一手物足りない、と珍しく熟考を重ねたキングは、しかし次の瞬間自身に接近してくる何らかの存在に気が付いた。
参加者にしては小さすぎるそれに大方の目星をつけつつ振り返れば、なるほど思った通りというべきか、自身にも覚えがあるクローバーの意匠が刻まれた小さな箱が浮遊しているではないか。
すかさず念力で捕らえてみると、元からそれが狙いだったかのようにその箱、レンゲルバックルはすんなりとキングの手に収まった。
「やぁカテゴリーA。こんなところで出会うなんて奇遇だね。
あれ、でも確か君は……」
めぼしい参加者であればともかく、よほどの参加者の手に渡らない以上自分にとって害になりえないレンゲルバックルの動向について記憶が定かでなかったキングが思いを巡らせるのと同時、レンゲルバックルからキングに向けて秘められた記憶が流れ込んでくる。
それは実際のところレンゲルバックルに封印されているスパイダーアンデッドの悪しき意思が見せるものだった。
紅渡に拾われ、完全には意識を奪い取れないながらも彼の闘争意識を強くすることで名護からの和解の提案を決裂させる一因となる、かつての相棒であるキバットとの再会においても地の石というアイテムに強く意識を集中させることで、トラウマとすら言えるクウガを無力化し手元に置くと同時に表面上はごく自然に彼が後戻り出来ないような土台作りを演出していったのだ。
だが、スパイダーアンデッドの目論見がうまくいったといえるのもここまでだった。
地の石はそれより前に受けた傷により動作不良を起こしクウガを洗脳しきれず、結果としてそのまま戦闘に持ち込まれてしまう。
この時点でスパイダーアンデッドにはあの黒いクウガの影がチラつき、破壊されるくらいならばと逃走を図ろうとした。
つまり闘争本能を刺激され戦いを求めた渡がしかしサガを用いてもなおクウガに敗れ去った時、既に彼は新しい主を求め渡を見捨てていたのである。
そして、レンゲルバックルが探した理想の相手、それがブレイドの世界崩壊に関して利害の一致により協力できるはずと考えた自分の世界のアンデッドだというのはもう述べられた通り。
出来れば
橘朔也ではなく
相川始を、とあてもなく彷徨ってすぐのところで、存在を認識していなかったキング、つまりはスペードスートのカテゴリーキングを見つけそれに脅威を伝えるため接触したということである。
これが、渡が名護やキバットとの会話でひたすらに頑なであったというのにユウスケとの会話では少々聞く耳をもった理由であり、同時にレンゲルバックルがここにいる理由であった。
「ふぅん……、ま、どうでもいいや」
レンゲルバックルの記憶や意思を一通り聞き終えて、しかしキングは一切の興味を示した様子すらなくそう吐き捨てた。
スパイダーアンデッドにとって想定外だったのは、こうして新しく自分の主となったキングという男は、恐らくアンデッドの中で唯一と言っていいほど自分の種の存続というバトルファイトの報酬について無関心な男であったこと。
そしてもう一つ、彼はどうあがいてもブレイドの世界存続に貢献できない主催者側の存在であったということだ。
だが悔やんだところでもう彼にキングの手から逃れることは出来なかった。
使用者として選ぶ存在がことごとく自分に不都合に動くという、もう何度目になるか分からない展開を覚悟した彼の不安は、的中していた。
先ほどの渡と同じように、このキングもまたレンゲルバックルから得られた『クウガと戦うべきではない』という警告をただの情報と受け取ってそちらに自分から向かうような男だったのだから
「まぁ取りあえず病院は後回しでこっちに行ってみようかな。
誰がいるのかも分かってるし、調子に乗ってる身の程知らずな“キング”君に本物のキングが誰なのか教えてあげるいい機会だしね」
そうレンゲルバックルに囁くように告げて、キングは一人病院に背を向けて荒廃したかつて市街地だった闇の中へ足を進めていく。
もちろん後回しにしただけで、こっちにも戻って来るけどさ、と誰に告げるわけでもなく笑いながら。
最終更新:2018年12月17日 19:18