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ラブとマミ 終わらない約束!(中編)」(2013/03/14 (木) 22:39:49) の最新版変更点

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*ラブとマミ 終わらない約束!(中編) ◆LuuKRM2PEg ◆  凄まじい光が収まるのと同時に、荒れ狂っていた突風はようやく収まる。空気が穏やかになった頃、夜の闇も蘇った。  エリア一帯を巻き込む程の暴風を耐えた巴マミは、冷や汗を流しながら溜息を吐く。魔法で作ったマスケット銃は、ティロ・フィナーレの発射を終えた頃にはもう消えていた。 (……これが、魔法少女でも魔女でもない相手なのね)  二つの光線によって暖かみの残った風を浴びるマミは、呼吸を整えながら戦慄する。  桃園ラブが変身するキュアピーチを始めとしたプリキュアや、異様な鎧を纏った大男も自分の世界では見たことがない。  その力は、どちらも一騎当千と呼ぶに相応しかった。キュアピーチも鎧の男も身体能力は自分を遙かに上回っている。今まで出会った魔法少女や魔女でも、これほどの実力者は見たことがなかった。  恐らく、キュアピーチと出会わないまま男と遭遇してしまったら、今頃とっくに死んでいただろう。この二人のような参加者が他にもたくさんいる以上、一人で戦っても生き残れる可能性は限りなく低かった。  キュアピーチには感謝しなければならない。彼女は出会って間もない自分に息を合わせてくれただけでなく、囮も引き受けてくれたのだから。 「ピーチ……」 「はい、わかってます……!」  しかし今、ここで気を緩めて彼女を称賛するわけにはいかない。お菓子の魔女との戦いみたいな油断は許されなかった。  そんなこちらの意図をキュアピーチは察しているのか、表情は緊張で染まっている。そんな彼女の様子を一瞥したマミは、魔法で作った二丁のマスケット銃を握り締めた。  彼女達は前方でもくもくと立ち上る土煙を睨み付ける。そこから、機械的で鈍い足音を響かせながら、一つのシルエットが浮かび上がった。 「フッフッフッフッフ……まさか下等な蟻の分際で、この私にダメージを負わせるとは」  煙の中から、ゆっくりと鎧の男が歩いてくるのが見える。予想はできていたが、それでも戦慄が走った。  いくら相手が強敵だからといって、こちらの連係攻撃も決して弱くはない。それでも、相手からは余裕が感じられた。  マミは思わず歯を食いしばってしまう中、男の足音が鼓膜を刺激する。 「有能たる私に痛みを与えるとは……どうやら、貴様らはただの蟻ではないことを認めざるを得ないようだな。光栄に思え」 「ふざけないで!」  明らかな嘲笑に対し、キュアピーチは隠すことのない怒りが混ざった叫びで返した。 「貴方は何故、こんな事をするの……? こんな下らない殺し合いに勝ち残ったって、何かが得られる保証なんて無いのよ」  マミの言葉はキュアピーチとは対照的に静かだったが、それでいて烈火のような憤りが込められている。  相手は魔女やその使い魔と違って意志を持つ存在だから、何か特別な理由があるのかもしれない。そんな僅かな可能性に賭けて、対話を持ち込んだ。 「何を言い出すかと思えば……だが、まあいい。私自身、あの加頭と名乗る地球人に従うつもりなど毛頭無い。この私にこんな屈辱を遭わせた輩など、一人残らず捻り潰すつもりだ」 「それなら、どうして私達を……?」 「言ったはずだ、私に貴様ら地球人を守る義理など無いと。この宇宙に貴様らのような弱い種族など、邪魔なだけだ」 「随分と勝手なことを言ってくれるわね」  吐き捨てるような男の答えに、彼女は確信する。例えどれだけ話し合っても、この男とは決して分かり合うことができないと。  キュアピーチの理想は裏切ってしまうが、ここで男を倒さなければ確実に犠牲者が出る。他者の命を奪っては結局、順達から殺し合いに乗ってしまったと嘲笑われてしまうだろうが構わない。  自身の手を汚すのを躊躇って、守りたい人達を守れなくなるなんてあってはならなかった。 「私はここで貴方を倒すわ……ここで放っておいたら、貴方はもっと多くの人達を犠牲にするでしょうから」 「あたしだって、あなたみたいな奴の好きにはさせない! 絶対に止めてみせる!」 「貴様ら如きが私を倒すだと? 面白いことを言ってくれる……」  やがて歩みを止めた男の両眼が、より一層赤い輝きが増していく。そこから放たれる威圧感は、初めて魔女を見た時のように重苦しかった。  しかしマミはそれに押し潰される事は決してない。隣には、同じ道を歩いてくれる頼れる仲間がいるのだから。 「我が名はテッカマンランス……貴様ら愚かな地球人どもに死をもたらす、完全たる存在だ!」 「テッカマン……?」  聞き覚えのある単語の意味を反芻する暇もなく鎧の男、テッカマンランスの背中は火を噴き、大気を震撼させながら突貫してくる。 「ッ!」  徐々に迫るランスを前に、マミは反射的に魔法でリボンを作って巨体を縛り付けようとするが、その手に握る槍の一振りによってあっさりと両断された。  それでも少しでも動きを止める為、ランスに向けたマスケット銃の引き金を引く。一度撃つ度に銃を放り投げ、周りに浮かぶ次の銃を拾っては発砲。しかし次々に放った弾丸も、ランスは槍を横に振るって弾いた。  瞬く間に目前にまで接近したランスが槍を振り下ろそうとするのを見て、マミは両手で握ったマスケット銃で受け止める。  耳障りな金属音が鳴り響き、赤く煌めく瞳と目線が合った。 「くっ……!」 「小娘如きが私と力比べだと? 笑わせる!」  頭上より襲いかかる圧力は凄まじく、今にも押し潰されてもおかしくなかった。体格はランスの方が大きい上に、純粋な腕力も魔法少女になったマミを遙かに勝っている。  震える両腕で何とか押し返そうとするが、微動だにしない。 「マミさんっ!」  こちらを心配しているようなキュアピーチの声が聞こえてくるが、振り向く余裕など無かった。  このままではまずい――そうマミの中で警鐘を鳴った瞬間、視界の外から眩い桃色の光が飛び込んでくる。それは先程、キュアピーチがランスに放った必殺技の輝きにとてもよく似ていた。  それに釣られてマミとランスが同時に振り向いた先では、キュアピーチがハートの形を作るように構えていた両手から眩い閃光が放たれ、闇を照らしている。 「プリキュア! ラブ・サンシャイィィィィィィィンッ!」  そして彼女は両手を広げると、圧縮された光は一気に開放された。そのままランスの巨体だけを飲み込み、勢いよく吹き飛ばしていく。  流れた光の暖かさを感じながら、急にランスの怪力から解放されてマミは思わず蹌踉めいた。  そして、キュアピーチが慌てて寄ってくる。 「大丈夫ですか!?」 「ええ、ありがとう……おかげで助かったわ」 「よかった……!」  安堵したような表情を浮かべるキュアピーチを見て、マミは思わず微笑んだ。しかし今は気を休めている暇など無い。  彼女達はランスの方に振り向く。その鎧は所々に傷が生じているが、中にいると思われる男はすぐに立ち上がっていた。 「それで終わりか?」  これだけの攻撃を受けてもなお、ランスからは余裕が感じられる。ピーチロッドから放ったラブサンシャインフレッシュよりも劣ったかもしれないが、それでも今の光線は並の魔女なら一撃で倒せる威力を持っているはずだった。だが、あの鎧はダメージを通していない。  どう考えても、天秤はランスの方に傾いていた。恐らく、下手な小細工を仕掛けて攻撃しても勝てる見込みはまるでない。  ならば、ダメージをひたすら蓄積させてランスの限界を待つしかなかったが、それを簡単に許す相手ではなかった。 「吹き飛べっ!」  そしてランスの両肩の穴よりまたしても光が生じ、音を鳴らしながらレーザーが放出されてキュアピーチとマミに迫る。  彼女達は回避しようと反射的に跳躍するが、今は開戦時と比べて距離が縮んでおり、怒濤の勢いに巻き込まれるしかなかった。 「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「ク――――ッ!」  暴力的な光の嵐を前に、彼女達は紙のように容赦なく吹き飛んでしまう。火で炙られるような全身の痛みと共に、大きく揺れる視界が閃光に飲み込まれた。  数秒ほど宙を舞った後、マミの華奢な身体は音を立てて地面に叩き付けられてしまい、帽子が転がり落ちる。しかしそれで止まる事はなく、受け身も取れずに何度も跳ねた。  数メートルほど転がった後、ようやく止まる。しかしそのダメージは凄まじく、すぐに立ち上がることが出来なかった。  それでもマミは魔法を使って全身の傷を癒そうとするが、狙ったかのようにランスが背中を踏み付けてくる。その衝撃によって、せっかく使った魔法も掻き消されてしまった。 「う……あっ!」 「弱い……まるで弱い」  巨木のようなランスの右足は、マミの背中をひたすら磨り潰そうと動く。しかし彼女はそれに屈することなく、少し離れた場所に放置されたマスケット銃に震える右腕を伸ばした。  しかし指先がようやく触れそうになった直後、マミの手にランスが持つ槍が突き刺さる。その上、傷口を広げられるかのように刃先が押し込まれていった。 「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!」  鮮血に染まった右手から伝わる熱と激痛が更に増し、悲痛な叫びが喉より発せられる。それを狙ったかのように槍はより沈んでいき、出血の勢いは増した。  マミの全身から脂汗が滲み出て、痙攣したかのように右腕が震える。激痛によって表情が苦悶に満ちていくが、それでもランスを睨んだ。 「どうした、先程までの威勢は? 私を倒すのではなかったのか?」 「……まだよ。まだ、私は……!」 「何だというのだ?」  反抗の意思をぶつけようとしたが、ランスの足から伝わる重量が増していき、呆気なく遮られてしまう。骨が軋むような音が響いてきて、すぐに折られてもおかしくない。  このままでは一方的に嬲り殺しにされてしまうのは、火を見るより明らかだった。しかしだからといって、絶体絶命とも呼べるこの状況を打破する方法がまるで思い浮かばない。  ランスの足をはね除ける力なんてないし、ここからマスケット銃に触れることも出来ない。魔法を使って新たに武器を作ろうとしても、そこからの攻撃が通るわけがなかった。 (このままじゃ――!) 「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」  八方塞がりとなって、思考に絶望が芽生えていくマミの耳に叫び声が聞こえる。激痛によって視界が歪む中、彼女は見上げた。そこでは、キュアピーチがランスに目がけて走りながら、拳を振るっている。しかしランスはそれを呆気なく受け止め、そのまま彼女の身体を殴り返した。  鈍い音が響いて、キュアピーチは微かに蹌踉めく。それでも踏ん張り、ランスに強い眼差しを向けていた。 「マミさんを……離しなさいっ!」  所々に傷が生じている身体にも関わらず、彼女は握り締めた拳を放つ。その速度は音の領域に届くほどだったが、ランスはそれを軽々と避けた。そこからピーチは矢継ぎ早に反対の拳を放ち、しなやかな足で鋭いハイキックを繰り出す。  だが、ランスはそれらを全て捌いて、反撃とばかりに殴りかかった。レーザーのダメージが凄まじかったのか、その巨大な拳を前に為す術もなくキュアピーチは吹き飛ばされる。  ここから少し離れた地面に転がるも、それでも彼女はすぐに立ち上がった。 「駄目よピーチ……戦っちゃ駄目! 逃げて!」  しかしマミは、未だに立ち向かうキュアピーチの姿を見ても喜ぶことが出来ない。このまま戦っても、圧倒的実力を誇るランスの前では一方的に蹂躙されるしかなかった。最初から、数の有利で通用する相手ではない。  本当ならば今すぐにでも、ここから援護射撃をしてランスの意識をこちらに向けさせたかったが、そんな事は不可能。だからせめて、彼女だけでも逃がすしかなかった。 「目障りな蟻め……消え失せろ」  だが、そんなマミの願いは叶わない。ランスの両肩から、無慈悲にもあのレーザーが再び放射されたのだ。無数の閃光は何の躊躇いもなく彼女を食い尽くし、そして勢いよく爆発する。  キュアピーチの立っていた場所は轟音を鳴らしながら吹き飛び、火柱が高く昇った。熱を帯びた大気がピリピリと震撼し、倒れていたマミの肌に容赦なく突き刺さる。 「ピ、ピーチ……ッ!?」  燃え盛る炎を前にして、マミの中で芽生えてきた暗い感情が更に湧き上がった。  広がり続ける紅蓮の炎がただの幻であって欲しいと切に願う。しかしそんなマミの思いを裏切るかのように、凄まじい熱気は伝わってきた。  殺されてしまったのか?  ようやく巡り会えた頼れる少女を見殺しにしてしまったのか?  信頼を寄せていた彼女を支えることが出来なかったのか?  様々な最悪の結果が脳裏を駆け巡っていき、どす黒い絶望がマミの心を塗り潰そうと迫り来る。されど、そんな彼女の心境に気遣う者は誰一人としていない。   「次は貴様の番だ」  そう冷たく言い放ちながら、ランスは地面もろともマミの手に刺した槍を無理矢理引き抜く。動きを拘束していた巨大な刃から開放されるも、開けられた風穴から鮮血が吹き出した。  しかしそれで自由になれるわけではなく、ランスは右腕だけでマミの首を掴み、軽々と宙に持ち上げる。右手から血が滴り落ち、端正な顔が更に歪んだ。 「く……っ!」  ランスの凄まじい握力が襲いかかり、首がメリメリと音を鳴らしながら軋む。その拘束から脱しようと血に濡れた手で腕を掴んで抗うが、状況は何も変わらない。  ただ、ランスの赤い瞳が氷のように冷たく輝いている。そこから放たれる殺気が更に激しくなった途端、マミの腹部に呆気なく槍が突き刺された。 「ヴ、グ――ッ!」  声にならない程に悲痛な叫びと共に、口から鮮血を吐き出してしまう。串刺しにされた腹筋からも血が流れ出し、刃先が余計に赤で染まった。激痛によって全身が痙攣するが、それでも返り血を浴びたランスは離したりなどしない。 「全くもって、無様だな……」  失血と酸欠によって命が削り落ちていく中、マミはランスが嘲弄してくるのを聞き取る。 「その程度の力で我ら完全たる存在に刃向かおうとは烏滸がましいにも程がある。貴様らが私を倒せるなどと、本気で思っていたのか?」 「……わ、私は……負けてなんか……!」 「自分が今置かれている状況を判断する頭もないとは、実に滑稽だな!」 「いいえ……まだよ……ま、まだ……戦える……! 魔法少女として、戦ってみせる……!」  激痛で震える唇を動かし、必死に言葉を紡いだ。  それはもう負け戦でしかないのは誰がどう見ても明白だったし、マミ自身も理解している。しかしそれでも、諦めることは出来なかった。ここでランスをみすみす逃がしてしまえば、キュアピーチを冒涜する事になってしまう。  だから少しでもランスを倒す可能性を上げるために、右手の傷を魔法で癒した。それが焼け石に水でしか無いにしても、やるしかない。  この命に代えてもここでランスを仕留めてみせる。そうでなくとも、少しでもダメージを与えなければならない。実力に差があるなんて理屈など関係なかった。  マミは自らにそう言い聞かせながら、ようやく治癒した手でマスケット銃を握り締める。 「この期に及んでまだ助かろうとするとは、愚かを通り越して哀れだな……弱者は弱者らしく、大人しく私に潰されればいいだけの事……弱いくせに身の程を弁えぬからこうなると、何故わからん?」  ランスの冷酷な言葉が聞こえてくるがどうでもいい。今は残された力を振り絞って、奴を倒すことだけを考える。どうせ死に行く命なのだから、せめて少しでも成し遂げなければならなかった。今の自分自身を奮い立たせる決意を胸に、彼女は震える腕に力を込める。  その時だった。 「……ほう、まだ立ち上がるのか」  気がつくと、ランスはこちらを向いていない。意外そうな声を出しながら、いつの間にか横を向いていた。 「……弱くなんか、ない」  続くように聞こえた声によって、マミの意識は急激に覚醒する。それは小さくて震えるような呟きだったが、確かに耳へ届いた。  腹部を走る苦痛を無視してマミは振り向く。すると、すぐに見つけた。 「ピ……ピーチ……!?」  あらゆる生命を奪い取るであろう煉獄の炎を背に、蹌踉めきながらもゆっくりと歩くキュアピーチの姿を。 「マミさんは……弱くなんかないっ!」 ◆  体中が悲鳴をあげている。いくらプリキュアの強靱な肉体でも、ランスに負わされたダメージは動きを確実に鈍らせていた。全身もコスチュームもボロボロになり、皮膚の一部が焦げていた。しかしそれでもキュアピーチは立ち上がって進む。  テッカマンランスが繰り広げている一方的な暴力によって、頼れる先輩である巴マミが傷付いていた。彼女もボロボロなのに、決して逃げようとせずに戦っている。  絶対に諦めないで、最後まで頑張ろうとするその姿はプリキュアと同じだった。 「弱くない……だと? ハッ、笑わせる」  だから、そんな彼女を馬鹿にするランスは許せない。そしてそれ以上に、そんな彼女を危険な状態にさせてしまった自分が許せなかった。でも今は、それを悔やんでいる場合じゃない。  一刻も早くマミを助け出すことが、何よりも最優先だった。 「弱くなんかないよ……マミさんはとっても強い人だよ!」 「こんな虫けらが強いだと? 何を馬鹿な――」 「強いに決まってる!」  ランスが続けるであろう侮蔑の言葉を遮るために、キュアピーチは大きく宣言する。未だに輝きを失わないその瞳で、ランスを射抜きながら。 「マミさんは、泣いていたあたしの事を励ましてくれた! それにマミさんはここに連れてこられたたくさんの人達を助けるために戦ってる!  今までだって、魔女って奴らからみんなの幸せを守るためにたった一人で戦ってきた! そんなマミさんが弱いだなんて……絶対に、絶対にありえない!」  その言葉に合わせて、キュアピーチは地面を蹴って疾走する。ランスがマミの身体を槍から無造作に引き抜くのを見て、思わず拳を強く握り締めた。  一瞬で目前にまで辿り着いた途端、赤く染まった槍で何度目になるのかわからない突きが放たれる。キュアピーチは左足を軸にして回転し、刃を回避しながら目を向けていた。  ランスが武器を握り締めている、左手の手首を。 「はあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」 「何ッ!?」  キュアピーチは腰を深く落とし、素早く正拳突きを叩き込んだ。拳が激突する凄まじい音が鳴った瞬間、衝撃によってランスの手から槍が弾かれる。  高速回転をしながら宙を舞った槍が、焼け焦げた地面に突き刺さるのにキュアピーチは目を向けない。彼女は反対側の拳をランスの胴体に叩き込もうとした。 「この程度で私が、止まると思ったかぁっ!」  しかしランスは怒号を発しながら岩のように大きな拳を握り、勢いよく振り下ろしてくる。それを前にキュアピーチは上半身を横にずらして回避するが、手元が狂ってパンチは鎧を掠めるだけになってしまった。  それでも彼女は止まらない。続くように迫るランスの拳に抗うように、キュアピーチは力の限りに腕を振るった。 「だああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォッ!」  叫び声と共に互いの拳は残像が残る程の速度で繰り出され、傍目からは何百本もの腕が飛び出していると錯覚させてしまう。しかし当の本人達はそんなことなど知らずに、ただ一心に打撃を放っていた。  神速の領域に達する攻撃は時に拳同士が激突し、時に肉体を掠り、時に避けられるものの、どちらも本体には届かない。それでも相手を倒すために、ひたすら連打を続ける。拮抗が開始されて数秒経った頃には既に百発を超えていたが、それを認識する者は誰一人としていない。  やがてキュアピーチは渾身の一撃を叩き込もうと握り締めた拳を一直線に放つ。それは同じように繰り出されたランスの拳と衝突し、周囲の大気を震撼させた。衝撃によって轟く風は荒れ狂って、燃え盛っていた火炎を容赦なく吹き飛ばす。  辺り一帯を覆っていた熱気が吹き飛ぶ中、キュアピーチとランスは同じタイミングで背後に飛んだ。そこから休む暇もなくキュアピーチは両手を組み、力を集中させる。圧縮されたエネルギーは一秒も経たない内に、桃色の輝きを放った。  直後、ランスの両肩が輝くのを見て、キュアピーチは両手を前に広げる。 「プリキュア! ラブ・サンシャイィィィィィィィィンッ!」 「食らえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」  二度目のプリキュア・ラブサンシャインと何度目になるかわからないレーザーは同時に放たれ、一瞬で激突した。桃と金の光線は拮抗し、接触面で爆発を起こして地表を激しく揺らす。轟音と共に生まれ落ちた衝撃は烈風となりながら、砕け散った大地が大量の土煙となって舞い上がらせた。  瞬時に辺りの視界が遮られた途端、煙の向こう側からジェットエンジンの轟くような音が聞こえる。反射的に光線を止めたキュアピーチの前に、煙から飛び出すようにランスが現れた。  目を見開くキュアピーチの前で、ランスはいつの間にか取り戻していた槍を振り下ろそうとする。キュアピーチは立ち向かうために構えた、その瞬間。 「ティロ――」  ドン、と音を立てながら地面が揺れる。キュアピーチがそれを認識した瞬間、激しく吹きつける風が横に流れるのが見えた。 「――フィナーレッ!」  そして、大砲が発射されたように凄まじい音が発せられる。次の瞬間、視界の外から現れた光がランスに激突し、一気に横へ吹き飛ばした。  その一撃をキュアピーチは知っている。すぐに光が放たれた方へ振り向くと、巨大なマスケット銃をマミは抱えていた。腹部の傷は魔法で使ったのか既に癒えていたが、失血の影響で顔が青白くなっている。  マミは満身創痍の身体であるにも関わらずして、ティロ・フィナーレを放ったのだ。 「マミさん、その身体で――!」 「私の事は良いから、そのまま続けて! 早く!」  不安に駆られたキュアピーチの言葉は、いつものマミからは想像出来ないほど焦りに満ちた叱咤によって遮られる。彼女は今にも倒れそうなはずなのに、そんな素振りは決して見せずに鋭い目線を向けていた。  ここで振り向くことは、力を尽くしてくれたマミへの侮辱でしかない。せっかく作ってくれたチャンスを逃したら、今度こそランスを倒すことが出来なくなってしまう。 「お願い、急いで!」 「……はい!」  本当なら前に立って謝りたかったが、マミがそんな事を望んでいる訳がない。だから前を向いて走り出し、レーザーを食らって手放してしまったピーチロッドを拾い上げた。  そのまま八つのスイッチを指で滑らせるように触れて、再び音色を奏でる。生死を賭けた場の雰囲気とまるで合わない優しいメロディが終わり、宝石は光を放った。 「貴様達……どこまでも完全たるこの私を愚弄する気か! 許さん、許さんぞ! その罪、死をもって償うが良い!」  ランスの震える声からは確かな怒りが感じられる。そのまま両腕を広げて、胴体を前に突き出した。硬質感の溢れる首の装甲が左右半分に開き、埋め込まれていた三つの宝玉が赤い稲妻を放っているのが見える。  続くように発せられた波動が肌に突き刺さって、ランスの切り札が来るとキュアピーチは確信した。恐らくその威力は、先程まで何度も発射されたレーザーとは比べ物にならないかもしれない。最悪、一歩間違えたらそのまま負けてしまう可能性だってある。  それでも逃げるつもりはこれっぽっちもない。 (マミさんは苦しいのを我慢して、あたしの為に頑張ってくれた! だから今度は、あたしが頑張る番だよ!)  マミは自分を逃がす為に必死に戦ってくれたのが何よりも嬉しかった。その優しさを裏切るのに後ろめたさを感じるが、今だけは彼女の言う事を聞けない。もしここで彼女を見捨てて逃げ出したりなんかしたら永遠に自分を許せなくなるし、何よりも誰かを助けることが出来なくなる。  後ろにいるマミを救えなければ、どうやって他のみんなを救うのか。何よりもマミも自分の立場だったら、最後まで逃げないはず。 (マミさんはとっても大きいし……とっても強い! だから、誰かを犠牲にする奴らに負けたりなんかしない!)  そんな彼女の為にも、絶対に屈するわけにはいかなかった。みんなの幸せの為に自分を犠牲に出来るマミと一緒に戦うならば、このまま進み続けるしかない。そんな思いに答えたかのように、キュアピーチが握り締めるピーチロッドはより強く発光した。  まるでピルンも応援してくれているかのように思えて、彼女の闘志も更に燃え上がる。 「プリキュア! ラブサンシャイン――」 「ボル――」  目前にまで迫ろうとしたその時、ランスの首に埋まっている宝玉の奥底から赤い輝きが灯された。しかしキュアピーチはそれに構うことなどせずに飛ぶ。  そのまま彼女は、ピーチロッドを持つ腕を真っ直ぐに伸ばし、三つの宝玉の間に先端を翳した。 「フレエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェェェェェェッッシュ!」 「テッカアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」  そして、二つの光は零距離で放たれた。  全ての存在を守る為に存在するプリキュアの光線と、全ての存在を破壊する為に存在するテッカマンの光線。相反する理念を抱く二つのエネルギーは開放され、ほんの一瞬で衝突した。  極大の光同士は鬩ぎ合いながら膨張し、エリア一帯を照らす。その輝きはこれまでのとは比較にならず、一つの恒星を凝縮したかのようだった。  それはキュアピーチとテッカマンランスだけに留まらず、当然の事ながら付近に広がる数多の存在を容赦なく巻き込む。完全に崩れ落ちた図書館の瓦礫やそこに置かれていた書籍は跡形もなく消滅し、戦いの余波によって荒れ果てた大地は数え切れない量の亀裂を生みながら揺れて、盛んに燃え盛る炎は瞬く間に飲み込まれた。  しかしそれを巻き起こす当の本人達は、周りで起こる全ての出来事に一切目を向けていない。キュアピーチはランスを睨み、ランスはキュアピーチを睨んでいた。互いが相手を打ち破る為に、揺るがない鋭い瞳で射抜いている。  だが、永遠には続かない。光線同士の接触面は炸裂し、近接していた二人を無理矢理引き離した。それが引き金となったかのように、猛り狂う光はより拡大していく。  押し広げられる輝きは振動する地面を抉って、そのまま跡形もなく消滅させた。それでもまだ留まることを知らず、無差別に拡散する。  それはとても熱く、とても大きく、とても丸く、とても眩い。まさしく、世界全てにその光を照らす太陽のように、凄まじい輝きを放っていた。 *時系列順で読む Back:[[ラブとマミ 終わらない約束!(前編)]]Next:[[ラブとマミ 終わらない約束!(後編)]] *投下順で読む Back:[[ラブとマミ 終わらない約束!(前編)]]Next:[[ラブとマミ 終わらない約束!(後編)]] |Back:[[ラブとマミ 終わらない約束!(前編)]]|桃園ラブ|Next:[[ラブとマミ 終わらない約束!(後編)]]| |Back:[[ラブとマミ 終わらない約束!(前編)]]|巴マミ|Next:[[ラブとマミ 終わらない約束!(後編)]]| |Back:[[ラブとマミ 終わらない約束!(前編)]]|モロトフ|Next:[[ラブとマミ 終わらない約束!(後編)]]| ----
*ラブとマミ 終わらない約束!(中編) ◆LuuKRM2PEg ◆  凄まじい光が収まるのと同時に、荒れ狂っていた突風はようやく収まる。空気が穏やかになった頃、夜の闇も蘇った。  エリア一帯を巻き込む程の暴風を耐えた巴マミは、冷や汗を流しながら溜息を吐く。魔法で作ったマスケット銃は、ティロ・フィナーレの発射を終えた頃にはもう消えていた。 (……これが、魔法少女でも魔女でもない相手なのね)  二つの光線によって暖かみの残った風を浴びるマミは、呼吸を整えながら戦慄する。  桃園ラブが変身するキュアピーチを始めとしたプリキュアや、異様な鎧を纏った大男も自分の世界では見たことがない。  その力は、どちらも一騎当千と呼ぶに相応しかった。キュアピーチも鎧の男も身体能力は自分を遙かに上回っている。今まで出会った魔法少女や魔女でも、これほどの実力者は見たことがなかった。  恐らく、キュアピーチと出会わないまま男と遭遇してしまったら、今頃とっくに死んでいただろう。この二人のような参加者が他にもたくさんいる以上、一人で戦っても生き残れる可能性は限りなく低かった。  キュアピーチには感謝しなければならない。彼女は出会って間もない自分に息を合わせてくれただけでなく、囮も引き受けてくれたのだから。 「ピーチ……」 「はい、わかってます……!」  しかし今、ここで気を緩めて彼女を称賛するわけにはいかない。お菓子の魔女との戦いみたいな油断は許されなかった。  そんなこちらの意図をキュアピーチは察しているのか、表情は緊張で染まっている。そんな彼女の様子を一瞥したマミは、魔法で作った二丁のマスケット銃を握り締めた。  彼女達は前方でもくもくと立ち上る土煙を睨み付ける。そこから、機械的で鈍い足音を響かせながら、一つのシルエットが浮かび上がった。 「フッフッフッフッフ……まさか下等な蟻の分際で、この私にダメージを負わせるとは」  煙の中から、ゆっくりと鎧の男が歩いてくるのが見える。予想はできていたが、それでも戦慄が走った。  いくら相手が強敵だからといって、こちらの連係攻撃も決して弱くはない。それでも、相手からは余裕が感じられた。  マミは思わず歯を食いしばってしまう中、男の足音が鼓膜を刺激する。 「有能たる私に痛みを与えるとは……どうやら、貴様らはただの蟻ではないことを認めざるを得ないようだな。光栄に思え」 「ふざけないで!」  明らかな嘲笑に対し、キュアピーチは隠すことのない怒りが混ざった叫びで返した。 「貴方は何故、こんな事をするの……? こんな下らない殺し合いに勝ち残ったって、何かが得られる保証なんて無いのよ」  マミの言葉はキュアピーチとは対照的に静かだったが、それでいて烈火のような憤りが込められている。  相手は魔女やその使い魔と違って意志を持つ存在だから、何か特別な理由があるのかもしれない。そんな僅かな可能性に賭けて、対話を持ち込んだ。 「何を言い出すかと思えば……だが、まあいい。私自身、あの加頭と名乗る地球人に従うつもりなど毛頭無い。この私にこんな屈辱を遭わせた輩など、一人残らず捻り潰すつもりだ」 「それなら、どうして私達を……?」 「言ったはずだ、私に貴様ら地球人を守る義理など無いと。この宇宙に貴様らのような弱い種族など、邪魔なだけだ」 「随分と勝手なことを言ってくれるわね」  吐き捨てるような男の答えに、彼女は確信する。例えどれだけ話し合っても、この男とは決して分かり合うことができないと。  キュアピーチの理想は裏切ってしまうが、ここで男を倒さなければ確実に犠牲者が出る。他者の命を奪っては結局、順達から殺し合いに乗ってしまったと嘲笑われてしまうだろうが構わない。  自身の手を汚すのを躊躇って、守りたい人達を守れなくなるなんてあってはならなかった。 「私はここで貴方を倒すわ……ここで放っておいたら、貴方はもっと多くの人達を犠牲にするでしょうから」 「あたしだって、あなたみたいな奴の好きにはさせない! 絶対に止めてみせる!」 「貴様ら如きが私を倒すだと? 面白いことを言ってくれる……」  やがて歩みを止めた男の両眼が、より一層赤い輝きが増していく。そこから放たれる威圧感は、初めて魔女を見た時のように重苦しかった。  しかしマミはそれに押し潰される事は決してない。隣には、同じ道を歩いてくれる頼れる仲間がいるのだから。 「我が名はテッカマンランス……貴様ら愚かな地球人どもに死をもたらす、完全たる存在だ!」 「テッカマン……?」  聞き覚えのある単語の意味を反芻する暇もなく鎧の男、テッカマンランスの背中は火を噴き、大気を震撼させながら突貫してくる。 「ッ!」  徐々に迫るランスを前に、マミは反射的に魔法でリボンを作って巨体を縛り付けようとするが、その手に握る槍の一振りによってあっさりと両断された。  それでも少しでも動きを止める為、ランスに向けたマスケット銃の引き金を引く。一度撃つ度に銃を放り投げ、周りに浮かぶ次の銃を拾っては発砲。しかし次々に放った弾丸も、ランスは槍を横に振るって弾いた。  瞬く間に目前にまで接近したランスが槍を振り下ろそうとするのを見て、マミは両手で握ったマスケット銃で受け止める。  耳障りな金属音が鳴り響き、赤く煌めく瞳と目線が合った。 「くっ……!」 「小娘如きが私と力比べだと? 笑わせる!」  頭上より襲いかかる圧力は凄まじく、今にも押し潰されてもおかしくなかった。体格はランスの方が大きい上に、純粋な腕力も魔法少女になったマミを遙かに勝っている。  震える両腕で何とか押し返そうとするが、微動だにしない。 「マミさんっ!」  こちらを心配しているようなキュアピーチの声が聞こえてくるが、振り向く余裕など無かった。  このままではまずい――そうマミの中で警鐘を鳴った瞬間、視界の外から眩い桃色の光が飛び込んでくる。それは先程、キュアピーチがランスに放った必殺技の輝きにとてもよく似ていた。  それに釣られてマミとランスが同時に振り向いた先では、キュアピーチがハートの形を作るように構えていた両手から眩い閃光が放たれ、闇を照らしている。 「プリキュア! ラブ・サンシャイィィィィィィィンッ!」  そして彼女は両手を広げると、圧縮された光は一気に開放された。そのままランスの巨体だけを飲み込み、勢いよく吹き飛ばしていく。  流れた光の暖かさを感じながら、急にランスの怪力から解放されてマミは思わず蹌踉めいた。  そして、キュアピーチが慌てて寄ってくる。 「大丈夫ですか!?」 「ええ、ありがとう……おかげで助かったわ」 「よかった……!」  安堵したような表情を浮かべるキュアピーチを見て、マミは思わず微笑んだ。しかし今は気を休めている暇など無い。  彼女達はランスの方に振り向く。その鎧は所々に傷が生じているが、中にいると思われる男はすぐに立ち上がっていた。 「それで終わりか?」  これだけの攻撃を受けてもなお、ランスからは余裕が感じられる。ピーチロッドから放ったラブサンシャインフレッシュよりも劣ったかもしれないが、それでも今の光線は並の魔女なら一撃で倒せる威力を持っているはずだった。だが、あの鎧はダメージを通していない。  どう考えても、天秤はランスの方に傾いていた。恐らく、下手な小細工を仕掛けて攻撃しても勝てる見込みはまるでない。  ならば、ダメージをひたすら蓄積させてランスの限界を待つしかなかったが、それを簡単に許す相手ではなかった。 「吹き飛べっ!」  そしてランスの両肩の穴よりまたしても光が生じ、音を鳴らしながらレーザーが放出されてキュアピーチとマミに迫る。  彼女達は回避しようと反射的に跳躍するが、今は開戦時と比べて距離が縮んでおり、怒濤の勢いに巻き込まれるしかなかった。 「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「ク――――ッ!」  暴力的な光の嵐を前に、彼女達は紙のように容赦なく吹き飛んでしまう。火で炙られるような全身の痛みと共に、大きく揺れる視界が閃光に飲み込まれた。  数秒ほど宙を舞った後、マミの華奢な身体は音を立てて地面に叩き付けられてしまい、帽子が転がり落ちる。しかしそれで止まる事はなく、受け身も取れずに何度も跳ねた。  数メートルほど転がった後、ようやく止まる。しかしそのダメージは凄まじく、すぐに立ち上がることが出来なかった。  それでもマミは魔法を使って全身の傷を癒そうとするが、狙ったかのようにランスが背中を踏み付けてくる。その衝撃によって、せっかく使った魔法も掻き消されてしまった。 「う……あっ!」 「弱い……まるで弱い」  巨木のようなランスの右足は、マミの背中をひたすら磨り潰そうと動く。しかし彼女はそれに屈することなく、少し離れた場所に放置されたマスケット銃に震える右腕を伸ばした。  しかし指先がようやく触れそうになった直後、マミの手にランスが持つ槍が突き刺さる。その上、傷口を広げられるかのように刃先が押し込まれていった。 「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!」  鮮血に染まった右手から伝わる熱と激痛が更に増し、悲痛な叫びが喉より発せられる。それを狙ったかのように槍はより沈んでいき、出血の勢いは増した。  マミの全身から脂汗が滲み出て、痙攣したかのように右腕が震える。激痛によって表情が苦悶に満ちていくが、それでもランスを睨んだ。 「どうした、先程までの威勢は? 私を倒すのではなかったのか?」 「……まだよ。まだ、私は……!」 「何だというのだ?」  反抗の意思をぶつけようとしたが、ランスの足から伝わる重量が増していき、呆気なく遮られてしまう。骨が軋むような音が響いてきて、すぐに折られてもおかしくない。  このままでは一方的に嬲り殺しにされてしまうのは、火を見るより明らかだった。しかしだからといって、絶体絶命とも呼べるこの状況を打破する方法がまるで思い浮かばない。  ランスの足をはね除ける力なんてないし、ここからマスケット銃に触れることも出来ない。魔法を使って新たに武器を作ろうとしても、そこからの攻撃が通るわけがなかった。 (このままじゃ――!) 「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」  八方塞がりとなって、思考に絶望が芽生えていくマミの耳に叫び声が聞こえる。激痛によって視界が歪む中、彼女は見上げた。そこでは、キュアピーチがランスに目がけて走りながら、拳を振るっている。しかしランスはそれを呆気なく受け止め、そのまま彼女の身体を殴り返した。  鈍い音が響いて、キュアピーチは微かに蹌踉めく。それでも踏ん張り、ランスに強い眼差しを向けていた。 「マミさんを……離しなさいっ!」  所々に傷が生じている身体にも関わらず、彼女は握り締めた拳を放つ。その速度は音の領域に届くほどだったが、ランスはそれを軽々と避けた。そこからピーチは矢継ぎ早に反対の拳を放ち、しなやかな足で鋭いハイキックを繰り出す。  だが、ランスはそれらを全て捌いて、反撃とばかりに殴りかかった。レーザーのダメージが凄まじかったのか、その巨大な拳を前に為す術もなくキュアピーチは吹き飛ばされる。  ここから少し離れた地面に転がるも、それでも彼女はすぐに立ち上がった。 「駄目よピーチ……戦っちゃ駄目! 逃げて!」  しかしマミは、未だに立ち向かうキュアピーチの姿を見ても喜ぶことが出来ない。このまま戦っても、圧倒的実力を誇るランスの前では一方的に蹂躙されるしかなかった。最初から、数の有利で通用する相手ではない。  本当ならば今すぐにでも、ここから援護射撃をしてランスの意識をこちらに向けさせたかったが、そんな事は不可能。だからせめて、彼女だけでも逃がすしかなかった。 「目障りな蟻め……消え失せろ」  だが、そんなマミの願いは叶わない。ランスの両肩から、無慈悲にもあのレーザーが再び放射されたのだ。無数の閃光は何の躊躇いもなく彼女を食い尽くし、そして勢いよく爆発する。  キュアピーチの立っていた場所は轟音を鳴らしながら吹き飛び、火柱が高く昇った。熱を帯びた大気がピリピリと震撼し、倒れていたマミの肌に容赦なく突き刺さる。 「ピ、ピーチ……ッ!?」  燃え盛る炎を前にして、マミの中で芽生えてきた暗い感情が更に湧き上がった。  広がり続ける紅蓮の炎がただの幻であって欲しいと切に願う。しかしそんなマミの思いを裏切るかのように、凄まじい熱気は伝わってきた。  殺されてしまったのか?  ようやく巡り会えた頼れる少女を見殺しにしてしまったのか?  信頼を寄せていた彼女を支えることが出来なかったのか?  様々な最悪の結果が脳裏を駆け巡っていき、どす黒い絶望がマミの心を塗り潰そうと迫り来る。されど、そんな彼女の心境に気遣う者は誰一人としていない。   「次は貴様の番だ」  そう冷たく言い放ちながら、ランスは地面もろともマミの手に刺した槍を無理矢理引き抜く。動きを拘束していた巨大な刃から開放されるも、開けられた風穴から鮮血が吹き出した。  しかしそれで自由になれるわけではなく、ランスは右腕だけでマミの首を掴み、軽々と宙に持ち上げる。右手から血が滴り落ち、端正な顔が更に歪んだ。 「く……っ!」  ランスの凄まじい握力が襲いかかり、首がメリメリと音を鳴らしながら軋む。その拘束から脱しようと血に濡れた手で腕を掴んで抗うが、状況は何も変わらない。  ただ、ランスの赤い瞳が氷のように冷たく輝いている。そこから放たれる殺気が更に激しくなった途端、マミの腹部に呆気なく槍が突き刺された。 「ヴ、グ――ッ!」  声にならない程に悲痛な叫びと共に、口から鮮血を吐き出してしまう。串刺しにされた腹筋からも血が流れ出し、刃先が余計に赤で染まった。激痛によって全身が痙攣するが、それでも返り血を浴びたランスは離したりなどしない。 「全くもって、無様だな……」  失血と酸欠によって命が削り落ちていく中、マミはランスが嘲弄してくるのを聞き取る。 「その程度の力で我ら完全たる存在に刃向かおうとは烏滸がましいにも程がある。貴様らが私を倒せるなどと、本気で思っていたのか?」 「……わ、私は……負けてなんか……!」 「自分が今置かれている状況を判断する頭もないとは、実に滑稽だな!」 「いいえ……まだよ……ま、まだ……戦える……! 魔法少女として、戦ってみせる……!」  激痛で震える唇を動かし、必死に言葉を紡いだ。  それはもう負け戦でしかないのは誰がどう見ても明白だったし、マミ自身も理解している。しかしそれでも、諦めることは出来なかった。ここでランスをみすみす逃がしてしまえば、キュアピーチを冒涜する事になってしまう。  だから少しでもランスを倒す可能性を上げるために、右手の傷を魔法で癒した。それが焼け石に水でしか無いにしても、やるしかない。  この命に代えてもここでランスを仕留めてみせる。そうでなくとも、少しでもダメージを与えなければならない。実力に差があるなんて理屈など関係なかった。  マミは自らにそう言い聞かせながら、ようやく治癒した手でマスケット銃を握り締める。 「この期に及んでまだ助かろうとするとは、愚かを通り越して哀れだな……弱者は弱者らしく、大人しく私に潰されればいいだけの事……弱いくせに身の程を弁えぬからこうなると、何故わからん?」  ランスの冷酷な言葉が聞こえてくるがどうでもいい。今は残された力を振り絞って、奴を倒すことだけを考える。どうせ死に行く命なのだから、せめて少しでも成し遂げなければならなかった。今の自分自身を奮い立たせる決意を胸に、彼女は震える腕に力を込める。  その時だった。 「……ほう、まだ立ち上がるのか」  気がつくと、ランスはこちらを向いていない。意外そうな声を出しながら、いつの間にか横を向いていた。 「……弱くなんか、ない」  続くように聞こえた声によって、マミの意識は急激に覚醒する。それは小さくて震えるような呟きだったが、確かに耳へ届いた。  腹部を走る苦痛を無視してマミは振り向く。すると、すぐに見つけた。 「ピ……ピーチ……!?」  あらゆる生命を奪い取るであろう煉獄の炎を背に、蹌踉めきながらもゆっくりと歩くキュアピーチの姿を。 「マミさんは……弱くなんかないっ!」 ◆  体中が悲鳴をあげている。いくらプリキュアの強靱な肉体でも、ランスに負わされたダメージは動きを確実に鈍らせていた。全身もコスチュームもボロボロになり、皮膚の一部が焦げていた。しかしそれでもキュアピーチは立ち上がって進む。  テッカマンランスが繰り広げている一方的な暴力によって、頼れる先輩である巴マミが傷付いていた。彼女もボロボロなのに、決して逃げようとせずに戦っている。  絶対に諦めないで、最後まで頑張ろうとするその姿はプリキュアと同じだった。 「弱くない……だと? ハッ、笑わせる」  だから、そんな彼女を馬鹿にするランスは許せない。そしてそれ以上に、そんな彼女を危険な状態にさせてしまった自分が許せなかった。でも今は、それを悔やんでいる場合じゃない。  一刻も早くマミを助け出すことが、何よりも最優先だった。 「弱くなんかないよ……マミさんはとっても強い人だよ!」 「こんな虫けらが強いだと? 何を馬鹿な――」 「強いに決まってる!」  ランスが続けるであろう侮蔑の言葉を遮るために、キュアピーチは大きく宣言する。未だに輝きを失わないその瞳で、ランスを射抜きながら。 「マミさんは、泣いていたあたしの事を励ましてくれた! それにマミさんはここに連れてこられたたくさんの人達を助けるために戦ってる!  今までだって、魔女って奴らからみんなの幸せを守るためにたった一人で戦ってきた! そんなマミさんが弱いだなんて……絶対に、絶対にありえない!」  その言葉に合わせて、キュアピーチは地面を蹴って疾走する。ランスがマミの身体を槍から無造作に引き抜くのを見て、思わず拳を強く握り締めた。  一瞬で目前にまで辿り着いた途端、赤く染まった槍で何度目になるのかわからない突きが放たれる。キュアピーチは左足を軸にして回転し、刃を回避しながら目を向けていた。  ランスが武器を握り締めている、左手の手首を。 「はあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」 「何ッ!?」  キュアピーチは腰を深く落とし、素早く正拳突きを叩き込んだ。拳が激突する凄まじい音が鳴った瞬間、衝撃によってランスの手から槍が弾かれる。  高速回転をしながら宙を舞った槍が、焼け焦げた地面に突き刺さるのにキュアピーチは目を向けない。彼女は反対側の拳をランスの胴体に叩き込もうとした。 「この程度で私が、止まると思ったかぁっ!」  しかしランスは怒号を発しながら岩のように大きな拳を握り、勢いよく振り下ろしてくる。それを前にキュアピーチは上半身を横にずらして回避するが、手元が狂ってパンチは鎧を掠めるだけになってしまった。  それでも彼女は止まらない。続くように迫るランスの拳に抗うように、キュアピーチは力の限りに腕を振るった。 「だああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォッ!」  叫び声と共に互いの拳は残像が残る程の速度で繰り出され、傍目からは何百本もの腕が飛び出していると錯覚させてしまう。しかし当の本人達はそんなことなど知らずに、ただ一心に打撃を放っていた。  神速の領域に達する攻撃は時に拳同士が激突し、時に肉体を掠り、時に避けられるものの、どちらも本体には届かない。それでも相手を倒すために、ひたすら連打を続ける。拮抗が開始されて数秒経った頃には既に百発を超えていたが、それを認識する者は誰一人としていない。  やがてキュアピーチは渾身の一撃を叩き込もうと握り締めた拳を一直線に放つ。それは同じように繰り出されたランスの拳と衝突し、周囲の大気を震撼させた。衝撃によって轟く風は荒れ狂って、燃え盛っていた火炎を容赦なく吹き飛ばす。  辺り一帯を覆っていた熱気が吹き飛ぶ中、キュアピーチとランスは同じタイミングで背後に飛んだ。そこから休む暇もなくキュアピーチは両手を組み、力を集中させる。圧縮されたエネルギーは一秒も経たない内に、桃色の輝きを放った。  直後、ランスの両肩が輝くのを見て、キュアピーチは両手を前に広げる。 「プリキュア! ラブ・サンシャイィィィィィィィィンッ!」 「食らえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」  二度目のプリキュア・ラブサンシャインと何度目になるかわからないレーザーは同時に放たれ、一瞬で激突した。桃と金の光線は拮抗し、接触面で爆発を起こして地表を激しく揺らす。轟音と共に生まれ落ちた衝撃は烈風となりながら、砕け散った大地が大量の土煙となって舞い上がらせた。  瞬時に辺りの視界が遮られた途端、煙の向こう側からジェットエンジンの轟くような音が聞こえる。反射的に光線を止めたキュアピーチの前に、煙から飛び出すようにランスが現れた。  目を見開くキュアピーチの前で、ランスはいつの間にか取り戻していた槍を振り下ろそうとする。キュアピーチは立ち向かうために構えた、その瞬間。 「ティロ――」  ドン、と音を立てながら地面が揺れる。キュアピーチがそれを認識した瞬間、激しく吹きつける風が横に流れるのが見えた。 「――フィナーレッ!」  そして、大砲が発射されたように凄まじい音が発せられる。次の瞬間、視界の外から現れた光がランスに激突し、一気に横へ吹き飛ばした。  その一撃をキュアピーチは知っている。すぐに光が放たれた方へ振り向くと、巨大なマスケット銃をマミは抱えていた。腹部の傷は魔法で使ったのか既に癒えていたが、失血の影響で顔が青白くなっている。  マミは満身創痍の身体であるにも関わらずして、ティロ・フィナーレを放ったのだ。 「マミさん、その身体で――!」 「私の事は良いから、そのまま続けて! 早く!」  不安に駆られたキュアピーチの言葉は、いつものマミからは想像出来ないほど焦りに満ちた叱咤によって遮られる。彼女は今にも倒れそうなはずなのに、そんな素振りは決して見せずに鋭い目線を向けていた。  ここで振り向くことは、力を尽くしてくれたマミへの侮辱でしかない。せっかく作ってくれたチャンスを逃したら、今度こそランスを倒すことが出来なくなってしまう。 「お願い、急いで!」 「……はい!」  本当なら前に立って謝りたかったが、マミがそんな事を望んでいる訳がない。だから前を向いて走り出し、レーザーを食らって手放してしまったピーチロッドを拾い上げた。  そのまま八つのスイッチを指で滑らせるように触れて、再び音色を奏でる。生死を賭けた場の雰囲気とまるで合わない優しいメロディが終わり、宝石は光を放った。 「貴様達……どこまでも完全たるこの私を愚弄する気か! 許さん、許さんぞ! その罪、死をもって償うが良い!」  ランスの震える声からは確かな怒りが感じられる。そのまま両腕を広げて、胴体を前に突き出した。硬質感の溢れる首の装甲が左右半分に開き、埋め込まれていた三つの宝玉が赤い稲妻を放っているのが見える。  続くように発せられた波動が肌に突き刺さって、ランスの切り札が来るとキュアピーチは確信した。恐らくその威力は、先程まで何度も発射されたレーザーとは比べ物にならないかもしれない。最悪、一歩間違えたらそのまま負けてしまう可能性だってある。  それでも逃げるつもりはこれっぽっちもない。 (マミさんは苦しいのを我慢して、あたしの為に頑張ってくれた! だから今度は、あたしが頑張る番だよ!)  マミは自分を逃がす為に必死に戦ってくれたのが何よりも嬉しかった。その優しさを裏切るのに後ろめたさを感じるが、今だけは彼女の言う事を聞けない。もしここで彼女を見捨てて逃げ出したりなんかしたら永遠に自分を許せなくなるし、何よりも誰かを助けることが出来なくなる。  後ろにいるマミを救えなければ、どうやって他のみんなを救うのか。何よりもマミも自分の立場だったら、最後まで逃げないはず。 (マミさんはとっても大きいし……とっても強い! だから、誰かを犠牲にする奴らに負けたりなんかしない!)  そんな彼女の為にも、絶対に屈するわけにはいかなかった。みんなの幸せの為に自分を犠牲に出来るマミと一緒に戦うならば、このまま進み続けるしかない。そんな思いに答えたかのように、キュアピーチが握り締めるピーチロッドはより強く発光した。  まるでピルンも応援してくれているかのように思えて、彼女の闘志も更に燃え上がる。 「プリキュア! ラブサンシャイン――」 「ボル――」  目前にまで迫ろうとしたその時、ランスの首に埋まっている宝玉の奥底から赤い輝きが灯された。しかしキュアピーチはそれに構うことなどせずに飛ぶ。  そのまま彼女は、ピーチロッドを持つ腕を真っ直ぐに伸ばし、三つの宝玉の間に先端を翳した。 「フレエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェェェェェェッッシュ!」 「テッカアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」  そして、二つの光は零距離で放たれた。  全ての存在を守る為に存在するプリキュアの光線と、全ての存在を破壊する為に存在するテッカマンの光線。相反する理念を抱く二つのエネルギーは開放され、ほんの一瞬で衝突した。  極大の光同士は鬩ぎ合いながら膨張し、エリア一帯を照らす。その輝きはこれまでのとは比較にならず、一つの恒星を凝縮したかのようだった。  それはキュアピーチとテッカマンランスだけに留まらず、当然の事ながら付近に広がる数多の存在を容赦なく巻き込む。完全に崩れ落ちた図書館の瓦礫やそこに置かれていた書籍は跡形もなく消滅し、戦いの余波によって荒れ果てた大地は数え切れない量の亀裂を生みながら揺れて、盛んに燃え盛る炎は瞬く間に飲み込まれた。  しかしそれを巻き起こす当の本人達は、周りで起こる全ての出来事に一切目を向けていない。キュアピーチはランスを睨み、ランスはキュアピーチを睨んでいた。互いが相手を打ち破る為に、揺るがない鋭い瞳で射抜いている。  だが、永遠には続かない。光線同士の接触面は炸裂し、近接していた二人を無理矢理引き離した。それが引き金となったかのように、猛り狂う光はより拡大していく。  押し広げられる輝きは振動する地面を抉って、そのまま跡形もなく消滅させた。それでもまだ留まることを知らず、無差別に拡散する。  それはとても熱く、とても大きく、とても丸く、とても眩い。まさしく、世界全てにその光を照らす太陽のように、凄まじい輝きを放っていた。 *時系列順で読む Back:[[ラブとマミ 終わらない約束!(前編)]]Next:[[ラブとマミ 終わらない約束!(後編)]] *投下順で読む Back:[[ラブとマミ 終わらない約束!(前編)]]Next:[[ラブとマミ 終わらない約束!(後編)]] |Back:[[ラブとマミ 終わらない約束!(前編)]]|[[桃園ラブ]]|Next:[[ラブとマミ 終わらない約束!(後編)]]| |Back:[[ラブとマミ 終わらない約束!(前編)]]|[[巴マミ]]|Next:[[ラブとマミ 終わらない約束!(後編)]]| |Back:[[ラブとマミ 終わらない約束!(前編)]]|[[モロトフ]]|Next:[[ラブとマミ 終わらない約束!(後編)]]| ----

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