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****ハレ×グゥ第1話(一:>78-88)
<<1-1>> 

「ほら保険医~、ぼけっとしてないでそっちの皿さっさと片してくれよーっ」 
「あ~ン?ったく、人に頼ってばっかじゃ立派な大人になれんぞ?」 
「保険医?自分がオレも本来なら頼りたくないタイプの大人であることを自覚しろよ?」 
ガチャガチャと陶器のぶつかり合う音と、勢いよく流れる水の音がダイニングに響く。 
──日の落ちたジャングルをこうこうと照らす小さな村。 
そこにある小さな一軒家で、父子と見られる男と少年がまさしく犬猿の仲といった様子で、喧々と互いを 
牽制しあいながら家事に勤しんでいた。 
「……ってンめえ、それが父親に対する態度かコラ!」 
「っさい!父親ぶりたきゃもっと父親らしい姿を息子に見せろ!」 
この家では数ヶ月ぶりの、『いつもの光景』というやつになるのだろうか。 
久々に帰省した父に対する息子の態度は、時間が解決するような代物では無いようだ。 
「二人ともうるっさい!!アメが起きちゃうでしょー!!」 
売り言葉に買い言葉で、ますますエスカレートして行く喧騒をピシャリと両断する怒号。 
母は強し。この家のヒエラルキーの頂点に君臨する『女王』の稲妻のような叱咤にただ男衆は、 
「……すいません」 
と口を揃え、小さくなるしかなかった。 
「ってかなんでいきなり帰ってくるんだよ……さっさと都会に帰れっ」 
「言われんでも年明けには戻るわっ…たく、せっかく時間作ってアメの顔見に来てやったってのに……」 
言いながら、母に抱かれすやすやと眠る赤ん坊の鼻先をこちょこちょとくすぐる。 
普段は小憎たらしい表情しか見せぬ父も、こんなときだけは少しだけ穏やかな表情を見せるのだ。 
「保険医……」 
ただそれだけで、およそ父として…と言うか人として尊敬できる要素を認められないこの放蕩男にも、 
人の親としての資格があるように感じてしまうから不思議だ。これってただの『悪いやつが普通のこと 
したらすごく良いやつに見える法則』みたいなもんだよなぁ、などと穿ったことも考えてしまうのだが、 
それでも救いがあるように見えて少しほっとしてしまう。 
「保険医みたいのでも子供のことってやっぱ気になるんだ?」 
少年もアメを抱く母の前にしゃがみ、アメをあやす。 
いつの間に目を覚ましたのか、アメも親子3人に囲まれ、機嫌よさげに2人の指を力いっぱい握って 
振り回している。 
「…お前のことは気にならんがな」 
「おお、気にして欲しいとも思わんけどな?」 
「先生もハレも仲良いわね~」 
どうしても皮肉を付け足さなければ気がすまないのか。 
いつでも臨戦態勢を崩さぬこのあまりにもぎこちない父子の姿ももはや日常。 
その様子を眺める母の表情は暢気そのものだ。 

「…ところでさ、僕はいつまで『保険医』なワケ?」 
「はぁ?そんなの保険医の仕事辞めるまでだろ?あ、今は都会で別の仕事やってるけど…」 
「そうじゃなくて…ウェダちゃんもだよ、僕のこといつまで『先生』って呼ぶの?」 
頭をカリカリと掻きながら、憎々しげにハレとウェダを見比べる。 
回りくどい言い方に首を捻るが、少し考えればなるほど、この父は至極簡単な要求をしているのだ。 
しかしその要求が簡単に通るようなら、ここまで関係はこじれてはいまい。 
とはいえ、せっかくこの天邪鬼が勇気を出してこの話題を切り出したのだ。少しは親孝行してやっても 
良いか、とハレもその話題に乗ってやることにした。 
「あ~なんだ、パパとか呼んで欲しいわけ?」 
「…それはさすがに気持ち悪い」 
「んじゃクライヴ」 
「僕はガキに呼び捨てにされるほど落ちぶれちゃいないつもりだがね…。普通に父さんとかあるだろ?」 
「父さんねえ…ものすごい違和感を覚えるよオレは」 
「気持ちは解るだけに言いかえせん…僕も本来なら呼ばれたくないんだけどね」 
結局、この至極まっとうな父としての要求はあっさりと否決される。 
しかしこんな会話も、父との距離を縮めるために必要なものなのだろうとハレは少し嬉しかった。 
「ま、せめてもっと父親っぽくなったら呼んでやっても良いけど?」 
「いや、逆だよ。僕はせめて今だけでも呼んでほしいんだ」 
皮肉交じりにも、最大限譲歩したつもりのハレだったが、クライヴはよくわからないことを言う。 
どうやら自分が思っていた要求とは少しズレたものだったようだが…その意図が掴めず訝しげに父を見上げる。 
「…どーゆーことだよ?」 
「見りゃわかんだろ、アメの顔だよ」 
「? 
 アメの顔になんかついてる?」 
「じゃなくて…この毛髪!それに瞳、あと肌の色…! 
 どこをどう見ても、僕の遺伝子が反映しているようには見えないんだけどねえ?」 
言いながら、むにむにとアメの頭をいじくり倒すクライヴ。アメは遊んでもらっていると思っているのか、 
きゃっきゃと上機嫌に成すがままにされている。 
「ああ、まあ確かに。母さん似だよね」 
「似てるなんてもんじゃないよ…それにお前もだしなぁ、ハレ」 
他人事のように、うんうん、と同意するハレにハァ、と大きなため息を吐き頭を抱えるクライヴ。 
確かに、アメだけでなくハレも、まるでクローンと言わんばかりにウェダにそっくりな容姿をしている。 
この3人はことさら主張する必要もなく、ただ側にいるだけで誰の目から見ても親子として認められるだろう。 
そこにクライヴの入る余地は見当たらない。 
それがなお更、己をこの『家族』という空気に溶け込ませることが出来ない原因になってるようだ。 
「なんかさ…ビジュアル面でも僕って異分子っぽいっつーかさ…」 
がっくりと肩を落とし、三角座りの状態でしくしくと呻くクライヴ。その背後には灰色の瘴気が見える。 
(なんだ、ちゃんとこいつも家族になろうと思ってるんじゃんか) 
…そんなことを心配する親子関係というのもどうかと思わないでもないが、何も考えていないよりはずいぶんとマシだ。 
いつもは、こいつが帰ってくるたびに邪魔者扱いしちゃってたけど、今日はこうやって少しだけ父のことを見直せたんだ。 
これからはちょっとくらい歓迎してやってもいいかな。 
「何言ってんだよ保険医!んなこと気にすることないって、もっと自信持ちなよ!」 
「だったら保険医って呼ぶのやめてくれよ…。ただでさえ毎日顔見に来てやれないんだからさ~」 
勤めて明るく、背中をバンバンと叩き励ますハレ。だが根本的解決の見えぬこの関係にクライヴの表情は暗いままだ。 
むしろますます落ち込むクライヴの消え入りそうな声に、ハレにも瘴気が移ってしまいそうになる。 
「…このままじゃ、物心ついても俺を父親って認識しないかもしれんだろ…」 
「うわぁ、それはホントにありそうでちょっとオレも心配かもしんない…」 
不良を自覚する父に打ち明けられたその地味に深刻な悩みに、先ほどのハレの無根拠な希望的観測など軽く消し飛んでしまう。 
逆に現在すでにその様子が垣間見えつつある妙にリアルな未来予想を展開してしまい、目の前でずぶずぶと泥沼に 
沈み込んで行く父を眺める瞳に素で哀れみを湛えてしまう少年だった。 

<<1-2>> 

「──そだ、お風呂もう沸いてるよな…さっさと済ませちゃお」 
そうこうしているうちにとっくに夕食の片付けも終わり、夕飯前に支度しておいたバスルームに目を向ける。 
この手際の良さはひとえに母の教育の賜物であろう。曰く、『誰もやらなければ自分がやるしかない』。 
「あ、ハレ。お風呂入るならこれ持ってって」 
バスルームに向かうハレに母からぽんと、幾重にも折り畳まれた薄手の布切れが手渡される。 
濃い桃色の、広げたら自分の身体をくるりと包めそうなくらいかなり大きな布。 
その上に黄色い横長の、マフラーのような布が乗っている。 
バスタオルと手ぬぐい?…いや、どっかでみたことあるよーな……。 
頭にハテナマークを浮かべながら、脱衣場でそれをばさっと広げる。…その瞬間、全ては氷解した。 
…いや、次の瞬間だったか。カラリと、ハレの真隣でバスルームの扉がスライドした、瞬間。 
「え……?」 
両手で大きく布を広げたままその音の方を振り向いたハレは、その先に映し出された光景に言葉を失う。 
手ぬぐいを頭からかぶり、身体からはまだぱたぱたと雫を滴らせている少女。 
その身には何も覆われておらず、少年の前に何のてらいも無く、白い肌が晒されていた。 
くびれもふくらみもない真っ平な体。プクンと桃色に膨らんだ二つの突起に一瞬目が奪われる。 
「────ッッ」 
ヒッ、という小さな悲鳴は、自分の喉から出たものか他所から耳に入って来たものか、 
その声にハレはハッと我に返り、すぐさま少女から身体ごと眼を逸らす。 
「あ、あははは…なんだグゥお風呂入ってたんだ~!あ、これ、ここ置いとくから!」 
ここで弁解したり変に狼狽すると余計に滑稽だ。と、あくまで平静を装い、ペラペラと捲し立てる。 
パタパタと手際よく手に広げていた布切れを折りたたみ、着替え用の籠の中にトサ、と置く。 
ハレはそのままの姿勢で、セカセカと早足にバスルームから脱出した。 
後にはぼう、と立ち尽くす少女の姿だけが残されるのだった。 

「あれ、どうしたのハレ?お風呂入るんじゃないの?」 
「……母さん、グゥが入ってんならちゃんと言ってよ~!」 
ドスドスとバスルームからリビングに戻り、ようやく場に相応しい狼狽を見せる少年。 
対照的に、母は何を怒られているのかわからない、といった様子できょとんとした表情を見せる。 
「着替えちゃんと渡したじゃない」 
「そーじゃなくて!グゥがまだ入ってるのになんでオレを止めてくれないのかって話してんの!」 
「……うちのお風呂そんな狭くないし、2人くらい大丈夫よ?」 
「だーかーらーそうじゃなくて~~!!」 
だめだ、まったく話が通じてない……。 
オレはもう13歳…中学生だってのに、同年代の女の子と一緒にお風呂に入るなんて言語道断じゃないのか、フツウ。 
…グゥが女の子かどうか、というかそれ以前に人間かどうかといった議論はこの際さて置くとして。 
とにかく、グゥと一緒にお風呂なんて悪い冗談以外のなにものでもない。 
そしてそれを母が咎めもしないこの家庭環境というものもいかがなものか。 
「大声を上げてどうした…こんな夜更けに近所迷惑だぞ、ハレ」 
「あ、グゥ聞いてくれよ~母さんがさー────……」 
噂をすれば…では無いが、不意に、現在の話題の中心である少女に声をかけられドキリとする。 
つい先ほどのことのせいで顔を合わせ辛いが、勤めて普段の態度を崩さずグゥに向き直るハレ。 
そこにはいつものグゥの姿。当たり前だが、きっちり着衣を着込んだ姿になぜかホッとする。 
しかしそれでもまだどこかで意識してしまっているのか、まだ乾き切っていない髪や淡く紅潮した肌に目が奪われてしまう。 

「ハレったら、女の子と一緒にお風呂入るのが恥ずかしいんだってさ~」 
「ほほう、複雑なお年頃ですな」 
「ったく、マセたガキだね~」 
「ちょ、なに言ってんだよ!誰と入っても恥ずかしいっての!オレもう13なんだからさー!」 
ニタニタと息子の醜態を愉しむウェダにいつの間にか復活したクライヴを加え、更に最もこの少年をいじることに喜びを 
感じている少女が会話に参加しては少年に勝ち目は無い。 
この場は早々に切り抜けねばどこまでも泥沼に陥ってしまうと少年の経験が警鐘を鳴らす。 
「もーいいよ!オレも風呂入るから!」 
不機嫌を全身で表現し、パタパタと逃げるように脱衣所に隠れるハレ。 
しかし、生贄である少年がその場から消えても、調子付いた彼女たちの攻勢は止まらない。 
「いーじゃないのねえ、何照れてんのよねー」 
「むう…ハレにはグゥの魅惑のボディはいささか目に毒だからな」 
「──あー、いろんな意味で毒気強いですよね?」 
壁を跨いでもしっかりとツッコミは忘れない律儀な少年。 
そんな姿が2人の悪女の琴線に触れている事に気付くのはいつの日か。 
「しょうがないわね、思春期の頃は身近な異性への愛情を恋愛感情と勘違いするって言うしね~」 
「まったく家族にすら劣情を催すとは、やはり血か……」 
「……さりげに僕まで攻撃されてる気がすんのは気のせいかね」 
くすくすと哂い合う2人の声が壁を通り抜け背中にぷすぷすと突き刺さる。 
他若干一名にも密かにダメージを与えていたがあえて無視しておこう。 
とにかく少年は、健気にいちいち反応してる自分に嫌気が差すと共にだんだんと怒りがこみ上げて来た。 
「あ~、うちに女性としての魅力の一片でもある人間がいたらそーゆーこともあるかもね! 
 少なくとも飲んだくれとかぶっちょー面の皮肉屋とかはそれに該当しないと思うけど!!」 
言い捨て、ピシャッと叩きつけるようにバスルームのドアを閉めるハレ。 
「ったく、ビミョーなお年頃なんだから…」 
「難儀な男だ」 
そんな恐らくは微笑ましいのであろう家族の団欒を傍目に眺めながら 
どーでもいいけどこいつらホントに子供らしくない物言いすんなーと一人口端を引きつらせるクライヴであった。 

──まったく、母さんとグゥってどんどん息が合って来てる気がすんなー。 
今日はいつもより長めに浸かろ…。身体もくたくただし…頭の疲れの方が酷いけどさ。 
バシャバシャと湯船のお湯を顔にかけながら、先ほどの家族とのやりとりを心に反芻する。 
…くっそー、この家にはオレの味方なんてのは誰一人として居ないってのか。 
母さんとグゥ2人だけでも相手すんの大変だってのに、保険医まで加わったら心の休まる時が無い。 
そもそもこの家にはプライベートってもんが無いんだよなー。ただでさえ狭い家だってのに、オレとグゥと母さんにアメ、 
それに保険医とアルヴァ……はまたどっかで遭難してるんだろうけど…全員そろったら6人だぜ、6人。 
こんなにごちゃごちゃしてたらお風呂に誰か入ってんの気付かなくてもしょうがないよなー。 
…そう、しょうがないよな……。 
うっかり、思い返してしまう。先ほどの会話…と言うか苛めというか…の発端である出来事。 
まさに目と鼻の先、すぐ間近で見たグゥの身体。真っ白でつるつるの肌。それにプクンと桃色に膨らんだ…… 
「────ッッ」 
……駄目だ駄目だ、考えるな思い出すな! 
胸に手を当て、祈るように小さく深呼吸。 
しかしトクトクといつもより早くなった動悸は治まらず、それにどころか胸の高鳴りに呼応するようにある一点に血液が集中して行く。 
それは主人の気も知らずに、あっという間に盛り上がってしまった。 
……落ち着けオレ!これはただの生理現象だろ。別にグゥをどうこうしたいって気持ちでこうなったんじゃない。 
ほっときゃすぐに静まるさ。クール、クール……。 
だが意識を集中すればするほど、先ほど見た少女の素肌が鮮明に思い出され、ますます膨れ上がったそれがズキズキと疼き出す。 
結局、予定よりもさらに風呂から出る時間が長くなり、頭の疲労はもちろん身体の疲労まで風呂に入る前より重くなってしまう少年だった。 

<<1-3>> 

「──なんだ、もう眠っちゃったのか」 
バスルームから出る頃には、ウェダもクライヴもベッドに並んで寝入っていた。 
とりあえず、あれ以上の攻撃は受ける心配は無くなったか、と安堵のため息を一つ漏らし、ハレも床に就く。 
(あ~あ、保険医の横で寝るのってやなんだよなー) 
寝ぼけたクライヴに何度も抱き着かれたり蹴飛ばされたりした記憶が蘇る。 
そうじゃなくても、こいつと床を一つにすることに抵抗があるってのに、真隣でゆっくり安眠なんて出来るはずが無い。 
「…おいグゥ、グゥ?」 
「……ん」 
ふと妙案を思い付き、ポンポンと枕を叩く。すると枕の中からにゅっとグゥが顔を出して来る。 
なんだかアラジンのランプを彷彿とさせる姿だがそれはさておき。グゥは、クライヴがベッドにいる時はハレの枕になっているのだ。 
…明らかに異常な表現ではあるが実際にハレの枕になっているのだからしょうがない。 
恐らくは4人も横に並んで寝ると狭くなってしまうため、居候の身である自分が分をわきまえてやろう、といった意思の現れなのだろう。 
「なあグゥ、今日はオレの横で寝てくれないかなあ」 
「…………何で?」 
狭いとはいえ横に4人並べないことは無い。ハレは、グゥを防波堤にしてクライヴの存在を一時的に忘れようとしているのだ。 
しかしグゥはあからさまに嫌そうな表情を浮かべる。 
「…グゥなぞは枕で十分でごぜえますよ。川の字に水を入れる野暮なんざ、あっしにゃできませんぜ」 
「誰の真似かは知らんがそんな卑屈になんな? 
 …いいから、一緒に寝ようぜ。今日はグゥと並んで寝たいんだよ」 
言って、これってなんだか母に添い寝をねだる子供みたいでかなりこっ恥ずかしい台詞なんじゃと思ったが今更ひっこめることも出来ない。 
今が夜で良かった。これだけ暗いと真っ赤に染まった自分の顔も気づかれまい。 
って言うかこんな説得でグゥが素直に動くはずがない。むしろまた自分をからかう材料を与えてしまったのではと少し後悔してしまう。 

「……ふむ…」 
しかしそんなハレの思惑とは裏腹に、グゥはしょうがないな、と呟きながらのそりと枕から這い出、クライヴとハレの間に滑り込んで来た。 
いったい先ほどの自分の言葉のどこに納得したのかはわからなかったが、あえて本人に口で問い質すのも野暮ってものだし、 
ただでさえ気難しいグゥのことだ。変に機嫌を損ねてまた枕に戻られても困る。 
とりあえず、これで今日は安眠できると素直に喜んでおこうとする少年だった。…が、しかし、今度はまた別の苦悩が少年を襲う。 
クライヴに背を向け隣に寄り添う少女、グゥの視線が目に突き刺さる。 
この少女は、寝てる間も目をぱっちりと開けているのでハレが目を瞑らない限り嫌でも目線が合ってしまう。 
グゥに背を向ければ済む話なのだが、なぜかそれはグゥに悪い気がして気が引けた。 
そしてそれよりも、この少女との吐息を感じるほどに近い距離に、また先ほどのバスルームでの出来事をどうしようもなく思い出してしまうのだ。 
自分の顔が、見る見る紅潮していくのがわかる。トクトクと心臓が鼓動の速度を上げる。 
これじゃ、余計眠れないじゃんか…と一人狼狽する少年。それを見つめる少女の目にも怪訝な色が灯る。 
「どうした、寝ないのか?」 
「あ、うん…。いや…あの、さっきはごめん…」 
「…?」 
突然何を謝るのか、とますます少女は表情を曇らせるが、少年は意を決したように少女を見据え口を開く。 
「お風呂でさ…まさか入ってるとは思ってなくて。べ、別に覗くつもりじゃなかったんだからな? 
 だけどあーゆー場合、こっちが謝るのが筋ってもんだし…すぐ謝るつもりだったんだけどさ、 
 あの後あんまりグゥがいつも通りだったからつい忘れちゃってたんだけどやっぱり謝らなきゃって思って…その…」 
「…………」 
「…ごめん」 
少年なりの照れ隠しか、言い訳がましく一息にまくし立てるが、グゥの視線に射られ最後にもう一度謝ると、しゅんと黙ってしまう。 
そんな少年の姿をじと、と不機嫌そうに見つめていた少女はしかし一瞬、困ったような顔をしたあと、ふ、とかすかに微笑んだように見えた。 
──つぃ、つぃ、とハレの指先に何かが当たる。 
ん、とそちらを見やると、グゥの手がハレの手の下ににじにじと潜り込もうとしていた。 
もともと狭いベッドの上だ。身体のどこが当たろうと不思議ではないが、グゥの手からは明らかな作為を感じる。ハレはグゥの気持ちを察し、 
グゥの掌を自分の掌で覆うと、きゅ、と軽く握る。 
これでいいんだよな?とグゥに目線を合わせ、目配せするとグゥの方からもきゅっと握り返して来た。 
「…仲直り」 
「うん。ありがと」 
…心のつっかえが取れた気がした。 
別に仲違いをしていたつもりはなかったが、やはりグゥの方もあのことを気にしていたのかもしれない。 
ちゃんと謝って、良かった。いつの間にか、この少女の視線も気にならなくなっていた。 
「グゥの手、ひんやりして気持ちいいな」 
何の気も無しに、ぽつりとそう囁く。 
特に深い意味を含めたつもりは無かったのだが、グゥは一瞬目を丸くし、うずくまるように顔を伏せてしまった。暗くてよく見えなかったけれど、 
グゥの白い顔が見る見る濃く染まっていったような気がした。 
──よく見れば、グゥの伏せた顔が自分の胸に埋もれ、まるで自分が抱きしめているような姿勢になっていることに気付く。 
ぽかぽかと体温が上昇している気がするのは、きっとグゥの体温が移っているせいだと思っておこう。 
結局少年には易々と安息を手に入れる術は無く。しばらく凍りついたように、その姿勢を維持し続けなければならなくなった。 
それでも、自分の胸元からむぅむぅと少女の寝息が聞こえるようになる頃には固まっていた身体もほぐれ、手の温もりも安定剤となり、 
少年はゆっくりとまどろみに落ちて行くのだった。 

<<1-4>> 

「……ん……ふ…ぅ……んう………っ」 
──夢うつつの少年の耳に、淡い吐息がかかる。 
(…ったく保険医…また母さんにちょっかいかけてやがんな…。) 
「……っひ……く……うくぅ……っ」 
いちいち妨害してもきりが無い。だいいち今はめちゃめちゃ眠い。ほっといてさっさとまた眠りに就こう……。 
…でも、気になる。聞いたことのあるような、聞きなれない声。なんだかその声が助けを求めているように聞こえて。 
やっぱオレってマザコンなのかな、と憂鬱な気分になるが、しょうがない、と重いまぶたをゆっくりとこじ開ける。 
「…や……んん……ひ………あっ…っ」 
「──────ッ」 
瞬間、眼が、脳が、まるでフラッシュを焚いたように鮮明に閃いた。 
しかし目の前の状況を理解するには、まだ時間が足りない。 
肌蹴た衣服。乱れた髪。白い肌に埋まる指。汗の匂い。鼻にかかる、熱っぽい吐息。痛いくらい握り締められた、自分の手。 
少年は、見てはいけないものを見てしまったと思いすぐに背を向けようとしたが、しかしそれを身体が許してくれなかった。 
身体がまるで言うことを聞いてくれない。目を瞑ることすら出来ない。まるで自分の身体が脳と切り離されてしまったかのような感覚。 
だがそれは正しかったのだ。これは見て見ぬ振りをすべきシーンではなく、もっと一刻を争うような事態であることに気づくことが出来たのだから。 

ベッドから生え出ている指が、脇の下を通り少女の肌に波を立てる。 
剥き出しになった太ももに這わせた指が、子供らしい真っ白な下着の隙間から侵入する。 
そのどちらもが、その少女本人の意思によるものでは無い。無いはずなのだ。少女の目に浮かぶ明らかな拒絶の色が、 
それを何よりも証明していた。 
しかしそんなことにはお構いなしに、その10本の指はなおも少女の身体を我がもの顔で徘徊する。 
とても年相応とは思えない、失礼ながら発育不良と言わざるを得ない平らな丘に柔らかく埋まる指はしかし、 
それが女の子の身体であるということを十分に証明していた。 
その指が、丘につんと盛り上がった桃色の突起を挟み上げ、くり、とひねると、それが決められた合図であるかのように少女はくはぁ、 
と熱い吐息を少年の鼻先に吐き出す。 
指の腹で側面を優しくこする。爪で突起の先をカリカリと掻く。 
二本の指で乳輪を押し広げ、余った指で全体を押しつぶすようにこねくる。 
まるで少女にその感覚に慣れさせるものか、とばかりに、あらゆる手段で少女の未発達な蕾を刺激し続けていた。 
しつこく弄られた少女の乳首は、ぷっくりと淫靡に隆起しその存在を主張している。 
少年には、それが自分がバスルームで見たそれと同じ物だとはとても思えなかった。 
少女の下半身に伸びるもう一方の指も、休むことを知らず動き続けている。 
太ももの内側を優しく撫で上げ、足の付け根を揉むようになぞる。 
下着の上から、その中心に浮き上がったスリットに沿ってしゅ、しゅとこすり上げるように往復する。 
そのまま足の付け根から下着の中に侵入し、ぴったりと閉じた幼い柔肉を押し広げるように揉みこねる。 
少女の身体を這い回る、グゥのものではありえない大人の指はまるで、それ単体がそういった生き物であるかのように、 
女を悦ばせるポイントを自動的に巡回する。 
その無遠慮な動きに対し少女は、ふ、く、と嗚咽とも取れるような小さな呻き声を上げ、ピク、ピクと身体を震わることしか出来ないようだった。 
「あ………ぁ……」 
…少女の空ろな目線が、その存在を今はじめて発見したかのようにハレの瞳を捉えた。 
その目には生気無く、ただ目頭から溢れた涙が頬を伝う。 
「や……ハ…レ……みる……な……ッ」 
パク、パクと鯉のように口を開くが、何かが喉の奥に詰まったかのように言葉が出てこない。 
ただその少女の意思を代弁するかのように、ぽろぽろと零れる大粒の涙が、シーツに雫の花を咲かせていた。 
「…グ……ゥ……ッ」 
まるで金縛りにあったように、身体が重い。指一本動かすだけで、間接がギシギシと軋む。 
それでも、動かなきゃ駄目だ。バラバラになってもいい。今は自分のことなんてどうでもいい。 
脳髄が沸騰する。視界が真っ赤に染まる。やるべき事は一つのはずだ。あとは身体を動かすだけだ! 
動け……動け動け動け───!! 

「───保険……医…ッッ!!!」 

何も考えていなかった。何も見えていなかった。ハレは弾かれたように立ち上がるとただ反射的に、グゥの背後に居るであろう人間の、 
頭があるであろう場所めがけ足を振り抜く。 
加減も何も無い。そこにあったものがスイカだったなら確実に砕けていたであろう勢いで、ハレの蹴り足は何かを捉えた。 
「ブヘッ───!?」 
「あだっ!?」 
「おふっ──!!」 
ハレに思いっきり蹴り上げられた何かは頓狂な声を上げ、後ろにあった何かに高速で後頭部を打ち付けた。 
当のハレは蹴り足の勢いで思いっきりのけぞりベッドから転げ落ち、これまた後頭部を床に激突させる。 
一時に、ガゴン、と言う鈍い三重奏がリビングに響いた。 

───パチン、と蛍光灯の鮮烈な光が、寝静まった深夜のジャングルに淡い明かりを灯す。 
「ったああぁぁ……何?なにがどーしたの!?」 
「~~~~~~~~~~っっっ!!??」 
「っくおぉぉ~~~っ」 
後頭部をさすりながら、涙目でベッドに仁王立つ母。 
眉間と後頭部2箇所の激痛にサンドイッチされ、声さえ上げられずうずくまる父。 
後頭部をしたたか床に打ち付け、ごろごろと転がり悶絶する息子。 
親子3人、そろって仲良くド頭に大きなたんこぶを作ったのだった。 

<<1-5>> 

「──先生……射程範囲広すぎるにも程があるわよ?」 
「だから誤解だって!たぶん寝ぼけてウェダちゃんと間違えただけだって!!」 
「信用できるか!!おまえ14歳の頃の母さんだって襲ったじゃんかー!」 
「襲ったって、人聞きの悪い……それにあんときは俺も若かったんだぞ?」 
床に正座させられ、母子に順番に糾弾される父クライヴ。 
この手の事には比較的おおらかなウェダまで呆れ返った表情を浮かべている。 
「ぜんぜん記憶に無いんだけどなぁ…。だいたい僕がこんな子供に欲情するとは思えないんだよねえ…」 
「お前今の自分の立場わかってるか?次はどこにコブ作りたいかくらいは聞いてやるけど?」 
「わかったわかったからその手ひっこめてくれよ、まだ頭ガンガンしてんだからさ… 
 これ以上やられたらマジで脳細胞どっか欠けちゃうよ」 
しれっと、あまりにもその態度に反省の色の見えないクライヴにわなわなと拳を振るわせるハレ。 
その迫力にクライヴは正座の姿勢のまま後ずさる。 
少年は目の前の父のことを少しは見直そうと思っていたことが遠い過去のことのように感じていた。 

「…ってかさ、なんでお前がそんな怒ってるワケ?」 
「そ、それは…今はオレがグゥの代理だからだよ」 
言いながら、ちらりとグゥを見やるハレ。 
グゥは、ハレの背中にぴったりと張り付きただ無言で俯いていた。呼吸はまだ乱れ、ぎゅ、と腕を掴んで来る手からは身体の震えが伝わる。 
頬を一直線に伝う、涙の乾いた跡が痛々しい。 
…あのグゥがこんなにも弱々しくなるなんて。 
怒って当然じゃないか。こいつはグゥに無理やりあんなことして、あのいつも冷静なグゥをこんなに怯えさせてんだ。怒らないやつのほうがどうかしてる。 
「何度も言うけどさ、僕はウェダちゃんだと思ってやってたんだろうからね。これは過失ってやつが適用されると思うけど?」 
「たとえ母さんに対してでも寝込みを襲うのってよくないと思うけど!?」 
「いや僕ってこう見えて寂しがり屋だからさ~。何か抱いてた方が安眠出来るんだよね。 
 ほら、犬とか猫とかさ、ペットのお腹なでてたら心が落ち着くだろ?アルファ波が出るってゆーか、癒し系みたいなさ~。 
 僕としてはそれと同じ効果をウェダちゃんに与えてもらおーとしてたんだと思うんだよね~」 
「…己の妻をペットと同格扱いしたことよりも保険医に動物を愛でる心があったことに驚いてるオレ自身に何より驚きが隠せないよ…」 
もう怒りを通り越して逆に心が落ち着いてきた。 
いつかこいつが言ってた『あいつの血が半分も入ってるのかと思うとゾッとする』ってのをまさか言った本人から体感させられるとは。 
ホント、最悪な父親だよ…。 
「…そいつもそんなに嫌なんだったら抵抗すりゃよかったんだよ。 
 もしかして気持ちよかったんじゃなビボッ───!!」 
言い終わる前に、ハレの右拳が顔面に突き刺さる。 
正座の体勢のまま、後方にもんどり打って倒れ込むクライヴ。 
「てってめへ~!ひた噛んだど!ひた!!」 
「あー、まだ喋れる程度で済んでよかったな!お前ぜんっぜん反省してねーだろ!!」 
「はいはい、不毛なケンカはそこまで!!……グゥちゃん、大丈夫?」 
パンパンと手を叩き、にらみ合う二人の間に割って入るウェダ。 
そうだ、今はこんな最低人間に構ってる暇なんてない。今のグゥの状態は明らかに異常だ。 

「グゥ……」 
「……」 
何を言っても、耳に入っていないようだ。ただハレの後ろで小さくなっている。 
その姿にさすがのウェダも困惑しているのか、腰に手を当て大きくため息を吐く。 
「……どうしたもんかしらね。…1つのベッドで寝るのにこんな問題があるとは思わなかったわ」 
「だからあれは寝ぼけてただけで……」 
「どっちにしろ同じことだろ変態保険医!」 
「だからもーやめなさいって!埒があかないんだから! 
 とにかく、今日はもう寝ましょ。このことは明日考えるってことで」 
「って言っても、もうこいつとグゥ一緒に寝せるわけにいかないよ」 
いまだ正座の状態を保ちながら頬をさすっているクライヴをギロリとにらむハレ。クライヴも睨み返すが、その目にはどこか力が無い。 
これでも、多少なりとも後ろめたい気持ちを感じてはいるようだ。 
「そうね…アルヴァの布団使ってもいいけど、隣で寝てることに変わりないし…。 
 あ、そーだ屋根裏!ベルとアシオが使ってたのがそのまま残ってるはずよ」 
「そーいやそんな部屋もあったね…あいつらがあそこから降りてくるたびに僕の寿命が削り取られてった気がするよ」 
「それじゃ、先生?ちょっとほこりっぽいと思うけど我慢してね」 
「ええ!?僕なの?」 
ポンとその肩に手を置き、当然のようにクライヴを屋根裏の扉までずりずりと押し進めるウェダ。 
まさか自分が入ることになるとは思ってもいなかったのか、クライヴは必死に足でブレーキをかけるがウェダのパワーには勝てるはずもなく、 
ずりずりと押されていく。 
「やだなあ~悪いことしてお仕置きされてるみたいでめちゃめちゃかっこ悪いんだけど…」 
「やーねぇ、悪いことしてお仕置きされてるんじゃないの……?」 
「──ひいぃ!!」 
にこやかな笑顔の裏に隠された重圧を本能的に察し、震え上がるクライヴ。 
笑ってはいるが、明らかにいつものウェダではない。その背後に仁王が見える。 
密かに、この面子の中で最も血が沸騰しているのは彼女なのかもしれない。 
「うう…どーせ僕は厄介ものだよ…」 
しくしくと鼻をすすりながら、力なく屋根裏へ通じる梯子に足をかける。 
その様子をぼう、と見ていたハレの腕が、ふ、と軽くなる。…グゥが離れたのだ。 

「屋根裏にはグゥが行く」 
「…グゥ?」 
いつの間にか前に出ていたグゥが、そんなことを言う。 
…一人になりたいのかな。そうだよな、あんなことがあったんだもんな。 
出来ればオレも付いててやりたいけど、今はそっとしとくのが良いのかもしれない。 
「え?なんでグゥちゃんが…」 
「ね、ねぇ母さん?グゥがそうしたいって言ってるんだから、好きにさせてやってくれないかなぁ…」 
言って、母に目配せをするようにじっとその目を見つめるハレ。 
ウェダはしばらく考えた後、パッと表情を明るくして、 
「そうね。じゃあハレはグゥちゃんに付いててあげて」 
なんてことを言って来た。 
(だからそうしてやりたいけど、今は一人にしとくのがいいんだって!) 
それをなんとか目で伝えようとするが、こんなときに余計なヤツが割り込んでくる。 
「お、いいんじゃないの、それ。僕とウェダちゃんがこっちで寝て、お前らが屋根裏に消えると。理想的な性活じゃないの」 
「…センセ、静かにしないとしばらくしゃべれなくなるわよ?」 
「ひぃぃぃ!!」 
この男の辞書には反省という言葉は存在しないのか、余計な口を出し火に油をなみなみと注ぐ。 
ここまで来るとなんだか逆に可愛そうな奴に見えて来るから不思議だ。 
「ね、グゥちゃん。それでいいよね?」 
「…いいよ」 
そんなハレの思惑を知ってか知らずか、グゥは何度かウェダとハレを見比べた後、こくん、と小さく頷いた。 
(…オレの気苦労って一体…まあ、グゥが良いって言うならオレとしても願ったりなんだけど…) 
結局、屋根裏にはハレとグゥが上ることとなるのだった。 
一階には当然、ウェダとクライヴが寝ることとなる…と思っていたのだが、 
「それじゃ、私はレベッカのとこで寝るから」 
などと言って、アメを抱いてすたすたと玄関を出てしまう。 
「ちょ、何でウェダちゃんまで行っちゃうのさ!?せっかく二人っきりで寝れると思ったのに」 
「…それじゃお仕置きになんないでしょ?」 
「そ、そんなぁ…」 
そのまま、ウェダは一瞥もせずレベッカの所へ行ってしまった。 
寝室に一人残され、呆然とするクライヴ。その背中に漂う哀愁に少し同情もしたが、ハレも今は心からクライヴのことは忘れたかったし、 
単純に『ざまあみろ』と思う気持ちのほうがずっと強い。 
結局そのままハレも、何も言わずに屋根裏に上る事となった。 

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