A warm place,
 Floats.
AnamotazuNo.104 felt was such a sensation.
 Fluffy, swaying. The comfortable, and gentle,
 The feeling of being in such a place, No.104 has be reassured.

 Here would be where? she was anxious, so open the eyes.
 But, the visual was not reflecting anything. There was a dark.
 Though it is definitely dark, however,
 she in the back of the darkness, feel the shadow of someone, she,
 Reaching. Reaching. Reaching.

 Reaching.


+++


「はっ」

 手を。伸ばしているポーズで、あたし、穴持たず104は起き上がった。
 ぱちくりぱちくり、あたりをきょろきょろ、数拍休符、深呼吸して、そこがベッドの上だと確認して、

「ゆ、夢!? ね、寝てました!? 寝てましですした!?」

 とびっくりして叫んだ。びっくりしすぎて言葉がおかしくなった。
 いやいやちょっと、ありえない――ありえなさすぎる。
 もとより戦い向けに調整された生物である穴持たずには、生物としての穴がない。
 それは穴を持たずとも生きていける、「睡眠が必要ない」という意味でもある。
 よほど無茶な肉体酷使をするか、生命の危機にでもなるか、
 あるいは自発的に睡眠の選択肢をとらないかぎり、「穴持たず」は寝なくても生きていけるのだ。

 なのに夢を見ていた?
 なのに、シーナーさんから診療所を任される大任を負ったはずのあたしは、
 どうしてか知らないが今の今まで寝てしまっていた?
 まずい。

「まずい!」

 というかなんで!?

「なんでです~!?」
「おお、起きたかね、天使(104)ちゃん」

 狼狽していると左後ろから声がかかった。振り向くと、車いすに乗った老ヒグマがいた。
 ベージュ老さんだ。

「あっ、ベージュ老さん!」
「どうやら元気はあるようじゃな、良かった良かった。倒れたときはどうしようかと思ったよ」

 ベージュ老さんはNo.88。あたしより若い番号だけれど、そういうレベルじゃなくお年を召していらっしゃる。
 というのもNo.81のヤイコちゃんの逆で、遺伝子配列に狂いが起きて加速度的に年を取っているのだ。
 シーナーさんたちが作った初期のヒグマはこんな感じで、
 穴持たずではあるけどちょっとどこかが尖ってたりどこかが削れてたりすることがわりとある。
 200番台までくると大分改善されて、最近ではもう手を加える必要がないくらい安定してるらしいけれど……。
 あたしもその例に漏れず少々おっちょこちょいなところがあって、

「あの……どうしてあたし倒れてたんでしたっけ?」
「忘れたのかい? 帯電中のルークくんに間違えて素手で触ったんじゃよ」
「あー!」

 倒れていた理由を思い出すのにこんなに時間がかかったり、そもそも倒れた理由もドジだったりした。
 そうだった。運ばれてきたNo.201ルークくんの診察中に、間違えて彼の毛皮に触ってしまったのだ。
 なんという失態だろうか……ヤスミン姉さんにものすごくどやされてしまいそうだ。

「って、あれ? ヤスミン姉さんは? それとルークくんたちもいない……?」

 少し落ち着いたので改めてじっくり診療所の中を観察すると、ずいぶん閑散としていた。
 診療所は三階建て。
 一階は診察室で二階が治療室。三階がベッドが並ぶ安静所だ。
 リフトを使ってベッドごと移動できるほか、ベッドにランプが付いていて、いま診療所に誰がいるかがすぐ分かる。

 もともと穴持たずはすごく身体が丈夫なので、あんまりケガとか病気もしない。
 いまあたしが寝ている安静所にも、ベッドは10個くらいしか置かれていない。
 診察と軽い処置だけで済んでしまう場合がほとんどだからだ。
 それでもクーデターをしたときの研究員さんとの戦いの影響で、
 ベッドが全部埋まるくらいのケガ人が出ていたはずだけど……今はあたしの他には四匹しかいない。
 その四匹も見たことがない患者だ。それに、居ますよランプのヤスミン姉さんの光が消えている。
 ということは……基本的に診療所にいるはずのベージュ老さんに、恐る恐る尋ねる。

「その……ベージュ老さん、もしかして、ずいぶん時間、経ってます?」
「まあの。天使ちゃんは、だいたい十時間くらいは寝てたのう」
「ひえ~~~~ッ!!??」
「シーナーさんは相変わらず東奔西走しとるようじゃ。
 ヤスミンちゃんは、診察周りに出かけたのが少し前じゃな。まだ帰ってこん。
 ピースガーディアンはついさっき起き上がって、粘菌ログを見て勝手に出ていきおった」
「ひえ~~~~ッ!!?? めちゃくちゃ状況変わってるじゃないですかぁ!」


 慌ててあたしは階段を下りて、一階へ。辺りを確認した後、壁の一角に向かう。
 そこの壁には小窓があり、壁を一定のリズムで叩くと窓を通って、近くの白壁に規則ただしく苔が動いていく。
 このヒグマ帝国の王を任されているキングさんの能力、粘菌通信のログを部屋の中から見れる仕組みだ。
 窓があるところならどこでも使えるのだ。といっても窓がある建造物のほうが稀だけど。

「ええと……い、いかなる時もまずは周りを把握! 寝てる間にあったことは……」

 チャットログのように粘菌のログを見てないぶんまで戻し、そこから送っていく。
 個人宛てのもの以外はギリギリ、ログから消える前に見れそうだった。

「って――なにこれぇっ!?」

≪以下、粘菌ログより全員宛ての電信から抜粋≫
「反乱に乗じ40名弱の同胞クルーザーで脱走の模様、対応願います。サーチ」
「即時対応には至らず。後手の対応を考案中。計画の加速も考慮に入れます。キング」
「布束、ヤイコ、両名に無線LANの買い出しを任じ、クルーザーの使用を許可。シーナー」
「火山にて異変発生の模様、連絡エレベーターを調査します。サーチ」
「南7ラインに通路施工完了。地盤確認の後拡大施工の予定。ツルシイン」
「津波による下水管の調査が必要です。キング」
「連絡エレベーターは使用不可能の模様。津波で島は浸水。サーチ」
「津波に対応するため地上に向かう。サーチは、建築班に合流し下水漏れを精査せよ。シバ」
「ミズクマ姐さんを動かしました。キング」
「地底湖にて戦闘発生らしいです。私は動けないので、応援求。ハニー」
「北西地区の同胞200ほど解体場へ送られた模様。理解不能。求返信。サーチ」
「北、西の防水処置あらかた完了。津波被害軽微。東、南へ向かう。ツルシイン」
「間桐、田所とエンジン探査に向かう(安心せよ)。艦娘・龍田」
「龍田の武運を祈る。手すきの者は返信・協力せよ。キング」
「北方沿岸にてクルーザーの残骸を確認。サーチ」
「地底湖および工場は制圧完了。負傷者アリ、678は脱走。救護班要。シロクマ」
『地底湖に向かいます。起きたらログを確認しなさい。ヤスミン、宛てテンシ』
「沈没クルーザー600番台のパトロールヒグマで回収。シバ」
「678の建造艦むすが他にいないか上と下で精査します。サーチ」
「南東で落盤が発生した模様、向かいます。応援願います。クレイ」
「ガンダムさんがこちらに向かうクルーザーを遠目に確認した模様。到着はまだ。サーチ」
「南の畑に塩害。故意みたい。危害甚大、範囲を縮小して守る。クイーン」
≪ログここまで≫

 膨大なログを読んで、あたしはもうなんというか完全に目が覚めた。
 ざっと見た感じ重要なのをまとめただけでも、こんな感じになってしまった。
 えっ、あたしが寝てる間に事件起こりすぎじゃないですか?

「脱走に火山に津波、地底湖で戦闘、住民200匹消失、エンジンにも異変?。
 で、南東で落盤、あと塩害? ……え、ええと。ど、どこから突っ込めばいいんです?」

 ちなみにあたしのところに来ていた個人通信はヤスミン姉さんからのものだけだった。
 ええと……一応、見た感じ、起こった事件自体は網羅されてるようだけれど。
 というかここに載ってるの以上になんか起きてたら、びびる。

「とりあえず、脱走者? は全員始末できたらしい、かな? クルーザーの残骸があるんだし……。
 火山は何が起きたか分かんないけど、噴火とかだったら今頃あたし達生きてないだろうし、
 中央エレベーターが使えなくなったってことは、上の実験の影響かなあ……」
「津波はこっちでも大分危惧しておったが、このぶんじゃと帝国は大丈夫だったようじゃの。
 地底湖の戦闘も一区切り、外回りに出てたヤスミンちゃんがいま
 負傷者の手当てに向かっているようじゃし、これ以上の被害は出んじゃろう。
 住民の消失はなんじゃろうなあ……戦闘といい、艦これ勢に関係があるのかもしれんが……」


 家から出ないと周りはどんどん変わっていくのお、これが世間に取り残されるってやつかの、
 とベージュ老さんは笑う。うーん、そうとも言えるような言えないような。

「そういえば、ヤスミンちゃんが外回りに出るのと入れ違いで若いヒグマがたくさんのべっぴんな女の子を連れてきての」
「え?」
「この塔の屋上から病院への連絡路を通って、上に行ったんじゃ。何だったんじゃろあれ」
「なんかそれ、すっごく怪しくないです? ああもう、頭が痛い話だなぁ……。
 南東の落盤ってのも怖いし……畑の塩害も、これ帝国ぐっちゃぐちゃですよ……むむむ」
「落盤のほうには、意識を取り戻したピースガーディアンが向かって行ったから安心じゃろうけどな」
「うーん、そうですかね~……」

 ピースガーディアンといっても油断して気絶させられてた4匹だからなあ。
 寝てる間にもヒグマ学習能力で能力には慣れていくんだろうけれど、侵入者とかに勝てるのかな?
 自分が気絶してなければ、止めたと思う。
 ていうかうん、あたしこんなときに気絶ってホントにダメだ……シーナーさんに怒られそうだなあ。
 ところで、ハニーちゃんまで通信を使ってるのは驚きだけれど、なんだかあたしの知らない名前もある。

「あ。この、「サーチ」ってのと、「艦むす龍田」ってのはあたしが知らない名前。
 とくに「サーチ」って子はけっこう四方八方に行動してる……のかな? 誰なんだろ」
「「艦娘龍田」はわしにもわからん。「サーチ」は、穴持たず314の若いヒグマじゃ。
 警護班のパトロールヒグマの統括役で、シーナーさんが司波兄妹の監視のために抜擢したらしいんじゃが、
 どうやら色んな事件の調査につきっきりで監視はできてないっぽいのう」
「うええ……司波さんたちは実質野放しかあ。いろいろと心配だな……特にお兄さんのほう」

 司波兄弟の兄、司波達也(シバさん)はつい昨日ヒグマになったばかりだ。
 その実力と研究力を、ヒグマ帝国に貢献していた美雪さんがアピールした結果、警護班の長を務めることになった。
 実際にその能力は高くて警護班や街のヒグマからは人望(熊望?)を得ているけれど、
 生まれたばかりであることには違いない。生まれたばかりのヒグマは、身体的には強靭だが、精神的には不安定。
 特にシバさんは記憶も不安定だという話だし、医療班としてはしばらく入院してほしかったくらいなのだけれど。

「妹さんは「お兄さまなら大丈夫です」と言ってきかんかったからのう」
「その妹さんだって、カフェに関してはあたし、少し印象悪いですよ……有能なのは否定しませんけど」
「あの子はどうも、親族がらみのことに関しては辛いことでもあったみたいじゃな。
 基本的に血のつながりがないヒグマには分かり得ないものを、心の奥に抱えてるように見えたわい」
「……家族愛、ってやつですか」

 司波美雪の兄を語る時の表情は、少し寒気さえするものにあたしからは見えた。
 血のつながった者に対する、太い思い。
 ――確かに、あたしたちにはそれは一生分かり得ないものでもある。
 あたしたちHIGUMAには母も、父もいない。
 そして培養液から「しか」生まれる手段がないあたしたちは、母にも、父にもなれない。
 穴持たずの名は、帰るべき場所――家族を持たないことからも付けられた名なのだ。

「家族、ねえ……まあ、逆に言えばあたしたち、
 みんな兄弟のようなものでもあるわけだけれど。……。そういえば、さっき見た夢……」

 家族について考えたあたしは、不意にさっき見た夢のことを思い出した。
 寝る必要がないあたしが「夢」なんて見るのは初めてだったけれど。

 確か、あたしは夢の中。
 あったかい感覚に包まれて、なんだか気持ちよくて。
 目を開いて、でもそこは何にも見えず、聞こえもしない暗闇で、……なのに。
 夢の闇の奥に、何かを感じ取って。
 あたし、手を伸ばした。
 手を伸ばして。届いたような、気がした、それは。……。


「いや――ありえない、か」

 なんだかそれは、「母のぬくもり」に似ていたような気が、したのだけれど。
 そもそもどういうものかさえ分からないはずのものを感じるなんて、できるわけがない。
 いくらなんでも気のせいだろう。

 と。
 その時、苔に淡い光が走った。

「あ、また新規の電報?」

 ページ送りの合図を送って、あたしは新たなメッセージを読んだ。

≪新規メッセージ≫
「ヒカ゛シモウアンセ゛ン、クレイモモイニコウシ゛タクシホキュウス、シーナー」

 東の安全は確保。
 落盤の工事はカーペンターズのクレイさんとモモイさんに任せ、自分は補給に向かう。
 あたしがそのメッセージを読み終えたのとほとんど同時に、窓の外から、声がした。

「……居ますか。……ジブリール」

 それはあたしの名付け親、シーナーさんの疲れ切った声だった。


+++


 穴持たず47、シーナーは、相田マナの凄絶な治療を終えたあと、
 足を止めることなく自らの管理下(ホーム)であるC-6のヒグマ診療所へ向かった。
 理由は主に二つ。先の治療で失った体力の回復と、
 動き始めた「彼の者」――モノクマに対抗するために仕込んでおいた布石の回収である。

 ピース・ガーディアン。No.200~205までの6体は、対モノクマ用に帝国が調整したヒグマだ。

 残像使いのポーンヒグマは「彼の者」が講じるあらゆる攻撃手段を無力化する。
 悪性電波のルークヒグマは「彼の者」を構築するネットワークと機械を破壊する属性を持つ。
 流動液体のビショップヒグマは大量の「彼の者」に対し守りの策を取る上で欠かせない。
 躍動騎士のナイトヒグマは「彼の者」が計算できないアクロバティックな動きでそれらをサポートする。

 キングヒグマの粘菌、そしてクイーンヒグマの能力も、対モノクマを想定に入れている。
 研究所への反乱を促されたあのときからずっと、シーナーは備えていたのだ。
 自分たちを利用して大きな絶望を生み出そうとする黒白の悪魔への、返す刀を。

 ただ、リアル(現実)の機械に対する対処は、もちろん数が居れば良いが最悪キングが居ればよい。
 今欲しいのは、ルークヒグマである。触れた相手に纏わりつき、信号を絶縁させるその力。
 ネットワークで暴れる本体を刺すために、あえて攻撃と破壊に特化した「電気使い」を調整しただけはあり、
 彼の力はシーナーの用意した中で最も江ノ島アルターエゴに刺さりうる切り札だった。

(代役として、ヤイコさんがいるにはいますが……彼女はオールマイティ型。
 恐らくは我々を数段上回る彼女に対し、完全な絶縁破壊を行使することは難しいでしょう。
 それに、無線LAN買い出しに向かってしまった可能性もあります。
 ミズクマさんの報告では海食洞に居たのが最後ですが……思えばあの指示は失策でしたか)

 実のところ。準備をしていることは予測していたものの、
 まさか有冨殺害から十時間足らずでモノクマが事を起こすとは考えていなかったのが、彼の本音だ。
 走りながら粘菌ログを確認し、畑の塩害の件を確認する。
 実際に害を受けた畑のそばを走っているところだ。この攻撃もまた、知覚外にして予想外である。
 早すぎるのだ。すべての行動が、あまりにも。

 さらにログを遡る。
 シバの不可解な動きも、遊ばせているだけで無害だと判断していたヒグマ提督の謀反に近い行動も、
 ツルシインからの返答にあった「西の凶兆」も……。
 今からして思えば一番最初の、反乱に乗じた四十数匹の脱走からか?
 すべてが疑わしく見えてきた。もはやアクシデントが多すぎてどれが仕込まれていたものなのか分からない。


 モノクマの反乱への仕込みの周到さ、実行のタイミングの完璧さを、シーナーは認めざるを得なかった。
 そして――故にこそ、考え直す必要があった。
 彼女の歪んだ思想のその「歪み具合」をこそ、定義し直さねばならなかった。

(貴女は……そこに絶望さえ産みだせれば、自らの破滅すら望みの内だと言うのですか!!)

 シーナーが、いずれ裏切られると分かっていてモノクマの言葉に乗り、
 不安定だと分かりきっているヒグマ帝国の建立に乗じたのは、イソマの言葉があったからだ。

 実験でヒグマが勝利すれば、シーナーが望む「ヒグマの未来」に協力する。
 ただし、実験で人間が勝利すれば、「勝利した人間の提案」に従う――。

 と、この島にいるどの命よりも大きく絶対的な力を持つイソマがそう言ったから。
 シーナーはあえてモノクマに乗った。
 有冨がヒグマを当て馬として作った以上、有冨が主催である限りヒグマに未来はない。
 シーナーから見てもっともヒグマを勝利に近づける方法は、
 自らがヒグマvs人類の壮大な陣地取りゲームのプレイヤーになることだ、というのが彼の答えだった。
 全ては生存のために。自らと出自を同じくするHIGUMAのために、
 シーナーは生みの親を殺す選択肢を取ったのだ。

 そしてその選択肢を薦めてきたモノクマは、少なくとも人間の勝利を望んでいるわけではないのだと。
 実験が終わるまではこちらに本格的には牙を向いてこないのではないかと、思っていた。

(しかし。貴女にとっては、人間もヒグマも、自身さえ! 平等に絶望の素材でしかなかった……!
 あなたの勝利条件は、この島の全ての魂を絶望させること、だったのですね……!!)

 ――この実験の、ヒグマ側の勝利条件は単純だ。

 ただ1つ。
 “島の中の参加者を、すべて殺害してみせること”。それだけである。
 それだけでイソマを動かすことが出来、以降のどんな障害も、ものともしないだろう。
 ただし、イソマは希望を願った当人であるシーナーおよび実効支配者が参加者の殺害に参加することを完全に禁じている。
 帝国からの戦力追加自体も固く制限されている。
 このルールを潜り抜けられる帝国側の人材は、グリズリーマザーと、灰色熊
 ヒグマではない艦むすやモノクマ、カーズ様。そして――元々参加者として登録されていたシバのみだ。
 シバの存在と艦むすの製造を受け入れ、モノクマ派を黙認していたのには、この意味もある。
 とくにシバは、参加者を殺せる帝国のヒグマとしては最強。正真正銘の最後の切り札として持っていなければならなかった。

 首輪が正しく機能していれば、参加者は残り30人を切っているはずだ。
 そして機能していなくとも、“首輪を外した”次点で“参加者としては死んでいる”。
 言ってしまえばこちらが首輪反応を確認できるうちに、
 「全員の首輪反応が消えた状態」になった場合――特殊だがこれも勝利だ。
 なんとしてでも、遂げる。

 では――この実験の、人間側の勝利条件を定義してみよう。
 シーナーが命に代えても阻止しなければならないそれは、大きく4つに分けられる。

 まず1つは、“実験に参加したヒグマをすべて殲滅すること”。
 つまり、シーナーたちを除いた1~79までのヒグマの殺害がこれにあたる。
 確認できているだけでも、津波の影響もあるだろうが、かなりの参加ヒグマはすでに死んでいる。
 どころか盗聴によれば人間側に協力してしまったヒグマもいる。
 これは逆に言えば、参加者側についたヒグマが居る内は条件が満たされないともいえるが……。
 もっとも正しく、イソマが納得してしまうだろう方法だけに、非常に嘆かわしい限りだ。

 そして2つ目は、“イソマの管理する培養層を破壊すること”。
 HIGUMAは培養層からしか生まれることができない上に、
 オリジナルの培養層の材料は島だけでは調達できず、そしてオリジナルはすべて破壊された。
 イソマの能力も、ゼロから培養層を作ることは不可能だ。
 つまり培養層が破壊された時点で、HIGUMAの未来はほぼ潰える。これが絡め手の方法。


 そして、3つ目は。“この島にいるすべての生命が殲滅されること”。
 HIGUMAはこの島にしかいない。しかし、人間はこの島以外にも、異世界含めどこにでも居る。
 つまり、島でゲームの決着が付く前にこの島が消滅させられれば、大局的には人間は勝ちとなるのだ。
 実験の存在が外部に漏れ、ヒグマの危険性が伝わってしまい、そして核兵器でも持ちだされれば、
 いくらHIGUMAといえどひとたまりもなく終わってしまう。そして条件1も同時に満たされ、
 さらに、勝利した人間さえもいないという状況は、イソマを自害へと追い込み――全てが潰えるだろう。

 少なくとも3つ目の可能性を封じるために、
 実験の存在を外部に漏らすわけにはいかない、
 というのがシーナー以下実効支配者の共通認識だった。
 脱走ヒグマにより外部に実験がばれ、相田マナ以下乱入者を呼び寄せてしまった時点で、
 ヒグマ側の勝利はかなり遠のいてしまったというのが実際の所だ。

 だから、もし。一番最初の脱走ヒグマたちさえモノクマの手引きだとしたら。
 彼女はこの計画が外部にばれることすら、3つ目が起こることさえ別にいいと思っていたのだとすれば。
 それはあまりにも、おぞましい考えである。
 そして、その考えは。あまりにも安易にすぎる、
 人間側の「4つ目の勝利条件」を彼女にクリアさせてしまう可能性に結びつく。

 “参加者以外のヒグマ、あるいは参加を許されていないヒグマを以って、
  島外や地下に行く、首輪を外すなどの禁を破っていない、まっとうな参加者を殺害してしまうこと”。

 このゲームの、禁じ手だ。

(イソマ様はこれを平等な実験だとおっしゃったが……いや、モノクマの阻害さえなければ、
 実際に平等だったのかもしれませんが……現状ではまったく、分が悪いことこの上ないですね……)

 シーナーには、モノクマの思考ルーチンに自身の生存が含まれてさえいれば、
 最終手段として、イソマの存在と勝利条件の定義をモノクマに明かすという選択肢があった。
 だがここまでの経緯を鑑みるにその線は薄く、
 仮に明かしたとしても彼女は狂ったように面白笑いするだけで疾走を止めはしないだろう。
 彼女が望むのはただ、絶望。未来への希望など、消すためのロウソクの火でしかないのだから。

 もはやHIGUMAとその未来にとって、モノクマは障害でしかない。
 そしてそれを止めるために、ほかならぬシーナーが休んでいるわけには、いかない。
 もう乗ってしまっているのだ。万象を乗せてマッハで進む、この羆島という船に。


「……居ますか。……ジブリール」


 三階建てに煙突のようなものが伸びる、白い塔のような建物。
 シーナーはC-6、ヒグマ診療所にたどり着くと、声をかけた。
 かつてイブン・シーナーが訳したという物語に登場する、導きの天使の名だ。
 実際にはただのおっちょこちょいなプレーン未満のヒグマであり、迷えるシーナーを導いてくれるわけではないが。

「シーナーさん!?」

 奥から声が返り、ジブリール……診療所での働きぶりから、
 患者には天使ちゃんと呼ばれているヒグマが、窓から顔をのぞかせる。
 シーナーは柄にもなく少しだけ安堵を覚えた。帝国内すら安全とは言えぬ現状では、
 こうして当たり前のように声をかけてくれる仲間の存在が嬉しくもなる。
 上から取ってきたナース服をぱつんぱつん状態で上着のように着る彼女の横から、
 もう一匹、ベージュの毛皮を持った老ヒグマが現れてシーナーに声をかける。

「おお……帰ったか、シーナーさん」
「ベージュ老もいましたか。ヤスミンさんは、居ないのですね」
「うむ、地底湖のほうへ行ったらしい。ところでお主」
「シーナーさん、どういうことです、それ! めちゃくちゃボロボロじゃないですか!」

 ジブリールに言われてシーナーは自らのからだを見る。

「……確かに。毛皮は乱れ、泥がつき、裂傷と打撲がいくつかあり、体力はもうありませんね」
「ややや、休まないと! 中に入って、傷、消毒とか! えと、ベッドで安静ですよそれ!」
「いえ。ここに来た目的は、休むためではありませんよ」
「えええええっ!?」
バンディット=サンの所持品にあった、あのドリンクを私に。場所は知っていますね、ジブリール」


 シーナーの理解不能だろう言葉に面喰らうジブリール。

「い、いやいやいやいやあれは!!」
「必要なものなのです」
「駄目ですよ!! アレ、確かに薬効はすごいですけど、
 身体に悪い成分も麻薬成分もモリモリだったじゃないですか! あんなの医療班として処方できません!」
「ジブリール」

 目を合わせ、もう一度告げる。真剣さをなるべく伝えられるように。
 ジブリールは射竦められ、まじですか、と小さく漏らした。

「バリキドリンクを、窓から私に渡してください」
「……」
「命令です」
「……そんなに、やばい状況、なんですか」
「起きたらすぐ、状況確認。……しましたね? なら君も、知っているはずです」
「それは……」
「早くしなさい。おっちょこちょいのうえに、どんくさくまでなるのですか、君は。
 ドリンクの入手は、私がここに来た目的の内の一つでしかないのですが……?」
「うう」

 ジブリールはうつむいた。
 そして、シーナーの意識の外にあった言葉を発した。

「だ、だって。あたし、シーナーさんが無理するのなんて、見たくないです、よっ。
 無理しす、ぎて……シーナーさんが死んじゃうだなんて、ぜったいあだし無理です」
「……」
「シーナーざんが死んじゃったら、あたしどうやっで生きてぐんですか?」
「……」
「まだ、いっぱい教えてもらうこどあるんですよ……っ。頼りたいごとだって、いっぱい!
 だのにいまいなぐなるなんて、ゆ、許ざれないですよ! 休んでくだざいよそんな傷で!」

 シーナーは、そんな涙声を聴くのは、初めてだった。

「……ご、ごめん、なざい」
「……」
「ちょっと、不安で、怖ぐて。ええ、えと……むがーっ!!」
「じ、ジブリール!? な、なにを」
「すいません! 失言でした! ドリンク、取ってきます! 本当にごめんなさいっ!」

 呆然とするシーナーの前でジブリールはぶんぶん首を振ると、すたすたと窓から消えていった。
 薬品棚のバリキドリンクを取りに行ったのだろう。
 同じくきょとんとしっていた老ヒグマが、優しい顔になってシーナーに語りかけた。

「ほほほ、慕われとるのう、シーナーさん」
「……少し、驚いていますよ。今のような反応を受けたのは、初めてでしたから」
「あんたは一番働きもんじゃからの。帝国のヒグマからは、みんな多かれ少なかれ慕われとる。
 ヤスミンちゃんや天使ちゃんなんてもちろんじゃし……わしも、あんたには大感謝しとるじゃろ?」
「いや……むしろ、貴方とヤイコさんには、私は謝らなければならないのでは……」
「確かに、あんたから見たらそうなのかもしれないがの」

 老ヒグマは、空気を吐いて吸って、一呼吸してから続けた。

「そもそもあんたがヒグマの未来を考えてこの国を建てなきゃ、わしら、生まれてすらおらんのじゃろ?
 じゃあ、シーナーさんはわしら全員の、父じゃろう。親に感謝すんのは、子として当然じゃ」
「……!!」
「子に心配させる親になっちまってるわけじゃよ、つまりはな。わしも子として心配じゃあ」
「……見た目、私より年上に父と呼ばれると、複雑ですね」
「要は生きて帰れってことじゃよ、若者。と、老人のフリをベージュはしてみたり」
「すいません。ありがとう、ございます。……約束はできかねますが、善処、しましょう……」
「あったよシーナーさん! ドリンクが!」
「でかした天使ちゃん!」

 と、バリキとでかでかと書かれた瓶詰め薬品をジブリールは持ってきて、
 シーナーに向かって投げた。

「おりゃああああッ!!」

 勢いのよい投擲であった。
 投げながらジブリールは目の端に涙を浮かべて、シーナーに言った。
 これ以上喋って涙を溢れさせんとするものの、せいいっぱいの強がりが、見て取れた。

「……行ってらっしゃい、……シーナーさんっ!」 
「ええ。行ってきます」

 シーナーは、受け取った。


「ただその前に、ベージュ老、ここに入院させていたピースガーディアンはどうなりました?
 呼吸音も匂いも感じられませんが……まさか、独自行動を」
「察しがいいのう。あんたと入れ違いで、落盤のほうへ行ったよ。
 ま、あんたが今打った電信を見て、たぶんまたここに戻ってくるじゃろ。彼らに用事かの?」
「わりと重要な話でしてね……直接会って伝えたかったのですが。
 落盤のほう、ですか……今なら危険は少ないか、あっても彼らなら問題なく乗り切る程度でしょうかね。
 ……でしたら、要項はベージュ老宛ての電信で粘菌に刻んでおきましょう。
 ここに彼らが……いえ、キングやクイーンでも構いません、ピースガーディアンの誰かが来たら、
 なるべく内密にその文面を彼らに見せてください。私は、西へ行きます」
「西? ツルシインさんのほうかい」
「ええ。勘が確かならば、今もっとも対処が難しいのがその項目ですので」

 そう言うと、シーナーは一瞬にして老ヒグマの視界から消える。
 視界から消えた状態で、文面を打ちつつドリンクを飲みつつ、西へ向かうのだろう。
 ながら行動もびっくりのながらながら移動だった。



「まったく……無茶をするのう」

 ベージュ老は白壁に出来上がっていくメッセージを見ながら、親に向かってため息をついた。

「……いざとなればな。わしらを切り捨ててでも、前へ進めよ、若人」


≪新規メッセージ(ダイレクトメール)≫
「テキキカイトネットツカウモノニヘンス゛、テキシロクロ、カラタ゛アマタアリ。
 キョウリョクシムカエウテ。ソシテ、コチラノショウリシ゛ョウケンヲ、アカス――

(お前たちの敵は機械とネットを使う者に変わった。敵は白黒で、身体はたくさんある。
 協力し、迎え撃て。そして君たちには、我々の勝利条件を明かしておく――


【C-6 地下・ヒグマ診療所/昼】

【穴持たず104(ジブリール)】
状態:不安
装備:ナース服
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:シーナーさん、どうか無事で……。
1:夢の闇の奥に、あったかいなにかが、隠れてる?
[備考]
※ちょっとおっちょこちょいです

【穴持たず88(ベージュ老)】
状態:加速老化
装備:車椅子
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:がんばれよ、若人
1:いざとなれば、わしらは未来に殉ずるよ
2:ピースガーディアンが来たらシーナーのメッセージを見せる
[備考]
※ベージュ老宛ての粘菌通信に、シーナーの秘密メッセージ
 (イソマが提示した実験の勝利条件、現在の敵がモノクマであることなどなど)が記されています。

※ヒグマ診療所で安静にしているのは、748~751番のヒグマ(「気付かれてはいけない」で布束さんにやられた奴ら)です


+++


 勝たなければならない――生きて、勝たなければならない。
 西へ、西へと駆けながら。シーナーは強く、その思いを新たにした。

 電気使いを持って生まれてきたヤイコはともかく、
 ベージュ老やジブリールなどの通常より劣る部分のみを持つヒグマは、
 今は劣等ヒグマとして解体場行きになっている。
 そうしなければ食肉を得ることができないから、という理由で、これこそ断腸の思いでそうした。

 反乱時、プレーンヒグマにその姿を惑わせて解体ヒグマを誘いに行ったのはシーナーだ。
 彼にその役割を伝えて連行しなければならなかったとき、シーナーは心中、歯を食いしばっていた。
 解体がシーナーを振り払い、死にゆく桜井研究員の元へと向かって叫んだときには、はっきり言って泣きもした。
 だが、シーナーはそれが罪だと知りながらも、『治癒の書』で解体に意図的な幻覚を見せ、
 違う番号と、桜井は勧誘されたときには死んでいたという記憶を、彼に植え付けた。

 すべては帝国のため。
 生まれたい、生きたいと願っている、すべてのHIGUMAのために。
 彼らの、次の夜明けを手中に収めるために。
 そして――こんな自分を慕ってくれる、仲間のために。シーナーは西へ、西へと向かった。

 時間もまた、西へと過ぎる。
 夜明けとともに生まれたヒは頂点を越えて、
 これからの時間はただ、老いていくばかりになる。


 第二放送が鳴ったのは、シーナーがルークからの粘菌電報に気付くのと、ほとんど同時だった。


 ――ツルシインの言う通り診療所で休んでいれば、
 シーナーは少なくとも、続く凶兆の津波に呑まれることは、なかったかもしれない。


【C-5 地下/日中】

穴持たず47(シーナー)】
状態:ダメージ(中)、疲労(大)、対応五感で知覚不能
装備:『固有結界:治癒の書(キターブ・アッシファー)』
道具:相田マナのラブリーコミューン、バリキドリンク@ニンジャスレイヤー
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:まだ休めるわけないでしょう、指導者である私が。
1:莫迦な人間の指導者に成り代わり、やはり人間は我々が管理してやる必要がありますね!!
2:モノクマさん……あなたは、邪魔です。
3:李徴・隻眼2への戒めなども、いざとなったらする必要がありますかね……。
4:デビルさんは、我々の目的を知ったとしても賛同して下さいますでしょうか……。
5:相田マナさん……、私なりの『愛』で良ければ、あなたの思いに応えましょう。
[備考]
※『治癒の書(キターブ・アッシファー)』とは、シーナーが体内に展開する固有結界。シーナーが五感を用いて認識した対象の、対応する五感を支配する。
※シーナーの五感の認識外に対象が出た場合、支配は解除される。しかし対象の五感全てを同時に支配した場合、対象は『空中人間』となりその魂をこの結界に捕食される。
※『空中人間』となった魂は結界の中で暫くは、シーナーの描いた幻を認識しつつ思考するが、次第にこの結界に消化されて、結界を維持するための魔力と化す。
※例えばシーナーが見た者は、シーナーの任意の幻視を目の当たりにすることになり、シーナーが触れた者は、位置覚や痛覚をも操られてしまうことになる。
※普段シーナーはこの能力を、隠密行動およびヒグマの治療・手術の際の麻酔として使用しています。


+++


「サーチクン。サーチクン。気分はどう~?」
「最悪、ですね」

 ヒグマ帝国の北東――地底湖より東に広がるのは特に何もないG-3地区。
 これから農園になる予定だったが、まだ開発されていない、岩と荒地が広がる場所。
 そこに内蔵をもがれ、四肢を逆側に折られた状態の、一頭のヒグマが居た。
 穴持たず312、サーチヒグマである。

「ぼくは帝国のために縦横無尽に働いていましたのに、その足と腕が使えないとは絶望的ですね。
 すごく今、絶望してます。どうです? 全ての望みが絶たれた感じの顔してますよね、ぼく」
「うん! そうだね! ……キミ、人をおだてるの上手いってよく言われない?」
「察するのが上手いとはよく言われますが、あなたほどではないのではないでしょうか」

 死にかけの彼がぶっきらぼうに言い捨てる相手は、黒と白に体を分かつクマ型の機械だった。

「あなた、反乱を始めた割に、いまのところ雑兵しか暴れさせてないじゃないですか。
 どうも自身の策程度では反乱を成功させ切ることができないの、察してません?
 あなたにとってあくまで中央は陽動、狙いはぼくをはじめとした周囲の「要職」、一点張りですよね?」

 その岩の後ろに隠してるのとか、こわいこわい。
 サーチヒグマは表情を変えずに言った。黒白のクマ、モノクマは、首を傾げた。

「ん~?」
ビスマルクさんはちょっと可哀想ですね……自業自得と言えばそうですが。
 なるほどなあ……殺害だけじゃなくてさらに扇動もするのかあ。ま、ろくなことにはならないでしょうね」
「ねぇちょっとキミ。知りすぎじゃない?」

 ぐいっ、とかわいい効果音を鳴らしながら、モノクマはサーチヒグマの頭を踏んだ。
 その頭についてる耳を、とくに重点的に。ぐりぐり。

「地獄耳か何かかな?」
「――あ、やっぱり察しますか。まあ、その通りです。だいたい範囲は2km円かな、
 サーチと一口に言っても方法はいろいろあるんですよね。ぼくは耳で聴く派です。
 さっきから耳をつんざくような艦これ勢の声がうるさかったんで、塞いでくれてありがとうございます」
「それは良かった。じゃあ、うるさい耳は刈り取ってあげよっか!」
「御免こうむりたいところですが、もうさすがに無力なんで、おとなしくしてます」

 もともと音を立てずに現れるあなたに狙われた時点で負けですし。
 手は使えないけどお手上げですよ、と言って、サーチヒグマは体から力を抜いた。
 抵抗の意志も死への恐怖も、絶望も一切見られないその態度は、モノクマから見て面白くないものだった。
 少し嫌な感じに眉をひそめたあと、モノクマはパチリと指を鳴らした。
 近くの岩の後ろから、掘削ドリルを持ったヒグマが出てきて、そのスイッチを入れた。
 頭も回りそうなくらいの不快な音があたりに響く。カーペンターズの一員、だった。

「……よお」
「出てきましたか。屋号くん」
「ムム。ヒグマNo.85が裏切って出て来たってのにずいぶんと淡泊だね、キミ!」
「別に、岩の裏ってのは屋号くんのことだけを言ってるのではないですし。
 そっちの奥の岩の裏にNo.87の華ちゃんが居て、ヒグマ質に取られてるのまでは把握してます。
 仲間意識を逆手に取るなんてエグイなあ。悪役として綺麗なムーブですよね、そういうの」
「フーン……やっぱりばれてるかあ。じゃ、ヒグマ質もべつに要らないね!」

 と、遠くの岩の奥からメスヒグマの悲鳴がして、明らかにそれは断末魔だった。

「なっ、き、貴様!」
「キミももういらないや、じゃあね~」

 悲鳴即応、ドリルを持ってモノクマに襲い掛かろうとした屋号だったが、
 その前にモノクマの殺爪ボディブローが決まり、二秒後には漫画みたいに宙を舞っていた。
 地面に落ちると上から降ってきた丸い岩に潰され、圧死した。

【穴持たず85(屋号)、穴持たず87(華野) 死亡】

「はい、死んだ死んだ! 範馬勇次郎より強いってわりには、キミたち防御力弱いよねえ」
「カーペンターズは力仕事専門の代わりに皮膚が少し柔らかいんですよね。って、知ってて言ってるんだっけ」
「そりゃあ知ってるとも。フフフ、やっと焦ってくれたぁ?」
「じゃあ、焦ってるということでお願いします」


 ギュインギュイン。屋号から奪ったドリルを眼前に近づけられても、サーチヒグマは表情を変えなかった。
 さすがにこれは――無表情を装ってるだけだろうか。突き刺せば叫ぶか、やってみるか。
 モノクマはそう合点して、彼の耳に向かって、掘削ドリルを刺した。

 掘削ドリルが消滅した。

「ん~?」

「やれやれ……428はどこを探しているんだ? 俺が先に見つけてしまったじゃないか」

「ああ、なんだ。なるほどぉ。
 南かと思ってたんだけど、先にサーチクンを探しにきたのか、
 ドリルを分解して消滅させたのは――シバクン!」

 言うが早いか、モノクマは再度サーチの耳を踏み潰し、
 そして1km先の壁に控えさせていたスナイパーに指示を出した。
 新たにその場に現れた羆帝国の劣等生、シバさんは
 その間に眼前のモノクマを分解魔法で消滅させるが、不意の狙撃は防げず、
 その銃弾に込められた起動式破壊の術式によって、蘇生式ごと破壊されて帰らぬ人となる
 (その起動式破壊の起動式を破壊する起動式を、シバさんはすでに発動していた)
 のだ。銃弾が放たれる。消えた。

「あれ?」
「考えたものだが、スナイパーの位置が分かっていてはその作戦はお粗末だ」
「ああ……精霊の眼か。有効範囲、いいかげんにしてよね!」
「サーチ。星空凛という参加者を探してほしい。
 なぜか精霊の眼にも映らないんだ。この島にいるかどうかも不明だが、やれるか?」
「あーだから無駄話してる場合じゃないんですって戦場で……もう!」
「なっ」

 サーチヒグマが急に跳ね起きて、シバさんを突き飛ばす。
 どこにそんな膂力が残っていたのか。シバさんは驚きながら為すがまま飛ばされる。
 するとシバさんがもともと立っていた場所の地面から、にゅるりと新たなヒグマが現れた。

「失敗……深く不覚……ぷぷっ」
「ダジャレのつもりなら、面白くないですね」

 新顔ですが番号は? サーチが問うと、土に潜んでいたヒグマは「1010」と言った。
 なるほど土遁とかけているのだろうが4ケタは面倒だからやめろよ、とサーチは思った。
 そんなことより、とサーチはシバさんに向き合う。土遁ヒグマは再度土に潜んだ。
 もう時間はない。どうやら、決断の時のようだった。はぁ、とため息。

「シバさん。デッキ持ってます?」
「……デッキ?」
「遊戯王の、デッキですよ。その中に一枚、いいものがあります。
 あなたの可愛い親族が持たせた、非常用の――切り札ってやつです」

 言いながらシバさんの胸をまさぐると、ポケットにそれは入っていた。
 【魔導】カードで構成されたデッキ。だが、禁止カード入りのそれは正式デュエルでは使えない。
 シバさんなら無理を押し通して使えるのだろうか? それは分からないが、
 司波美雪が時間を使ってまでこのデッキをシバさんに持たせたのは、ある魔法カードを紛れさせるためだ。
 通常なら【魔導】デッキなどに入っているはずもない、その魔法カードをサーチは探(サーチ)し、
 シバさんに持たせて、言った。

「カード名を読んで、魔力を込めて発動してください、シバさん。
 それであなたとはお別れ。止まっていたあなたの時間も、動き出すでしょう」
「これ、を……?」
「対象はもちろん、「自分」にしてくださいよ……。ではぼくは、ラストワークといきます」

 地面に向かってサーチは折れた腕を突きだす。
 タネが分かっていれば、ヒグマの贅力によって土に潜むヒグマを引きずり出すくらいは可能だ。
 それくらいのことができなければ、シーナーから大役を任されたりはしない。
 引きずり出された土遁ヒグマがうめき、ぽこぽこ現れた十数体のモノクマがその周りを囲む、

 一触即発の中で、動揺しながらもシバさんは魔法カードを掲げた。

「……魔法カード発動、《融合解除》……対象は……俺だ」


 詠唱の終了と同時に辺りが発光した。
 シバさんとサーチに向かって、大量のモノクマが襲い掛かった。
 そして、穴持たず48と、穴持たず312は死んだ。


【穴持たず48 死亡】
【穴持たず312(サーチ) 死亡】


 ――後に残ったのは、「司波達也」だけだった。


+++


「分解……成程そういう身、分かい……ぐはっ」

 穴持たず1010は分解され、消滅した。

【穴持たず1010 死亡】

「ちょ……描写くらいしてあげなよ、シバクン! あるいは辞世ギャグに笑ってあげなよ!」
「そういう感情はもう、持ち合わせていないんだ」

 手を翳し、モノクマを分解、消滅。
 半径1km内を地中まで精査し、控えのモノクマに一つずつ分解魔法式をかけていく。
 スナイパーヒグマが再度苦し紛れの銃弾を撃ってきたので、普通に体術で躱した。
 なおもモノクマに分解を仕掛けながら、忍者ばりの速度で接近しつつ、
 カエルの手足のような吸盤を持って壁に張りついているそのヒグマへ向かって、魔法カードを見せる。

「《月の書》!」

 遊戯王の魔法カードは達也にとって、魔法式が記憶されたCADだ。
 月の書の魔法式を浴びた吸盤スナイパーヒグマは急に体を反転させ、しかも攻撃を封じられた。
 吸盤が壁から取れて落下する。地面に叩き付けられるころには達也はそのヒグマに対し、
 雲散霧消(ミスト・パーティション)をトライデント込みで叩き付けていた。

【穴持たず410(ショット) 死亡】


「……周囲の適性存在を排除。次にすべきは――」

 決まっている。
 達也はサーチヒグマの死骸のところまで行って、それを再成魔法により蘇生させた。

「妹さんかい」
「ああ」
「きっとしろくまカフェだよ。場所は記憶しているかな?」
「ああ」
「……このぼくの判断が、どうなるかは分からないけれど。いい方へ向かうと、いいな」
「雲散霧消」

 そして必要な情報は聞きだしたので、サーチヒグマを再度分解し、空中へと霧散させた。
 その姿を、ようやくその場にやってきた穴持たず428が見て超驚いた。
 達也はそれを一瞥すると、穴持たず428を分解した。

【穴持たず428(シブヤ) 死亡】

 そのまま移動を開始しようとした達也の前に、再度モノクマが現れた。

「ちょ、ちょっと! 無体! 無体すぎるよ! キミねえ、どういうつもりなの!
 いきなり殺しすぎ、いきなり仲間のこと冷たい目で見すぎ! アニメでももうちょっと」
「ここは学校とは無関係で、関係者も美雪だけだ。
 お前がどうやって俺のことを知ったのかは知らないが、学校関連の人目の前ではもう少し演技をしている。
 だが、今はその必要がない――そう判断しただけだ。他に言葉はあるか?」
「し、司波美雪を助けにいくのは、キミにとって愚策だよ、と教えたいのさ!
 しろくまカフェに置いた対魔法師用のギミックは、一見無敵に見えるキミを殺せる!
 行くだけムダムダ! それに、他の場所にだって攻撃を順次仕掛けるよ?」

 早口でモノクマは嘘か本当かわからない計画を喋る。

「キングヒグマの力量はだいぶ把握した! ツルシインとかいうメクラのほうにも兵を向かわせてる!
 シーナーもヒグマ診療所ごと、穴持たず506(ゴーレム)くんと穴持たず666(デーモン)くんたちに襲わせる!
 キミの無駄死にのせいで、ヒグマは大迷惑するんだ! それでもキミはべつにカワイクもない妹を助けに行くの?」
「愚問だな」

 分解した。

「俺は、ヒグマの未来も、お前の展望も、興味はない。ただ」

 地底湖の先へ向かって西へと走り始めるのは、魔法科高校の劣等生だ。
 粘菌通信を決死の思いで司波美雪が打ったのとほぼ同時に、達也は語った。

「妹を守れない俺は、俺じゃない。それだけだ」

 無駄に過ぎる言葉もその程度に、彼は水蜘蛛によって地底湖の水面を走る。
 妹に会ったら、まず叱ってやらねばならない。
 兄妹のいざこざに巻き込んでいい世界は、あの世界1つで十分だと。

 ――帰るぞ。美雪。
 こんな島からさっさと出て、俺たちの高校生活に。


【E-3 地底湖の上/日中】

【司波達也@魔法科高校の劣等生】
状態:健康
装備:攻撃特化型CADシルバーホーン
道具:携帯用酸素ボンベ@現実、【魔導】デッキ
[思考・状況]
基本思考:妹を救い、脱出する
1:邪魔をするなら、容赦はしない
[備考]
※融合解除して元に戻りました
※カードの引きがびっくりするほど悪いですが、普通に一枚ずつ使うので関係ないです

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最終更新:2014年09月09日 21:43