ドクター・ストップ
ウ ポン ト アサム プシコサヌ、(すると、沼の底がバンとはじけて、)
ポン ト ノシキ ウ ペレコサヌ、(沼の真ん中がパッと割れ、)
マカン カッコロ ペ チ シプスレ。(何者かが現れました。)
アイヌ カッ ネ チヌカラ クニ チラム(人の姿に見えるはずだと思っていた)
ルロアイカムイ トゥムンチカムイ シク ネ マヌ(その『溶かし尽した神』という戦神の眼は)
エコパラパラセ。(炎が燃え上がるようにギラついています。)
ニマク ネ コロ ペ(その歯なるものからは)
ル カニ ワッカ コエタワウセ。(『溶ける黒金の毒水』がダラダラ垂れています。)
キラウ ネ コロ ペ(その角なるものからも)
ル カニ ワッカ コエタワウセ。(『溶ける黒金の毒水』がダラダラ垂れています。)
トゥマム ネ コロ ペ(胴体なるものは)
ウ ルプネ ラムラム(巨大なうろこに包まれて)
ル カニ ワッカ コエタワウセ。(『溶ける黒金の毒水』がダラダラ垂れています。)
(砂澤クラ『ポイヤウンペとルロアイカムイの戦い』より抜粋。拙訳)
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「……このままじゃ、無理だ、な……」
圧密されてゆく岩盤の重みの中で、ヒグマの声が呻いた。
「全く……、身動きが……。息も……」
切れ切れとした喘ぎ声は、か細い。
灰色熊、ヤイコ、シーナーという3頭のヒグマが、島の地底のさらに地下の落盤の中に、封じ込められていた。
元から僅かに過ぎた残存空気は、秒を追うごとに希薄になっていく。
脱出する糸口を探そうと、真っ暗な落盤の裡に身をもがいても、それはただ徒に彼らの酸素消費量を増やすだけだった。
江ノ島盾子の仕掛けた罠は、余りにも美しく、狙い通りに、この三頭を封殺してしまっていた。
「灰色熊さん……! あなたなら、脱出できるはずです……」
「ああ、オレ『だけ』ならな……。だがそうしたらその瞬間、お前ら二人とも、死んじまう……!」
シーナーの呻き声に、ぎゅうぎゅうに密着した位置から、灰色熊の歯噛みが答える。
自身を鉱物の結晶構造に溶かし込ませ、石と同化できる灰色熊であれば、この岩盤の中も、泳ぐようにして移動していくことはできた。
だがそうして彼という支えがなくなった瞬間、固溶強化された灰色熊の体で辛うじて守られているヤイコとシーナーの二頭は、完全に落盤に押し潰されて死んでしまうだろう。
「……ええ、ですが、もう、迷っていられる時間もありません……」
「どうか、灰色熊さん、だけでも……」
それでもこのまま脱出することもできず、三頭とも窒息死してしまうよりはマシ――。
そう考えて、シーナーとヤイコは、自分たちの上に覆いかぶさる灰色熊へそう声を絞った。
灰色熊はその言葉に、数瞬、戸惑ったようだった。
それでも彼は、薄々以前から考えていたように、落ち着いた声で、二頭に応えた。
「……わかった。オレは、この地盤と同化する」
そう言って、言葉を続けた。
「……そして全能力を使って、お前らを地上へ逃がす、隧道(トンネル)になってやる」
「――!?」
二頭は、灰色熊の言葉に耳を疑った。
灰色熊は、軽い口調で笑った。
「なに、オレ一頭よりもお前ら二頭の方が頭数的に役立つだろ。単純計算だ単純計算」
「灰色熊さん、そんなことをすれば、あなたは――!」
「……それに、オレが死ぬと決まったわけでもねぇよ。
トンネルの壁になっちまった後でも、まだオレの意識は残ってて、元に戻れるかも知れねぇ」
灰色熊の能力である固溶強化は、自分の周囲のあらゆる結晶構造に自分の体を溶かし込むことができた。
しかしその領域は当然、自分の肉体の体積分のみだ。
自身と異なる鉱物を多く取り込んで、体の構造が変わっていってしまえば、それだけ灰色熊自身の意識も希薄になっていく。
実験開始当時、『心を読む程度の能力』を有する
古明地さとりにすら全く感知されなかった石版の状態がその例だ。
そしてその石版の状態こそが、彼が自己の存在を最大限に隠蔽しつつ、同時に最低限、元の生体に戻れるだけの意識を保てる極限の折衷点だった。
彼がもし、自身の能力の限界を超える体積・形状の結晶構造と同化してしまえば、その同化が完了してしまった瞬間、彼の『灰色熊』という意識は陽炎のように薄れて消えてしまうだろう――。
帝国設立時から灰色熊のことを知るシーナーとヤイコは、そのことがすぐに解った。
『元に戻れるかも知れねぇ』と軽く言い放つ彼の言葉は、明らかな嘘だった。
「ああそうだ。脱出ついでに、お使い頼まれてくれよ、ヤイコ……。
これは『ヒグマゴロク』……。ナイトの奴に打ってやった『ヒグマサムネ』と対になる刀だ。
恵のやつに持っていってやってくれ。……診療所が心配だ」
落盤の闇の中で、身じろぎした灰色熊から、何か細長いものがヤイコの体に押し当てられた。
子熊のようなヤイコの体でも掌に余らぬ、短刀だった。
「そんな……、灰色熊さんがご自身で……!」
「頼む」
有無を言わせぬ、重い口調で灰色熊は言った。
そして彼はそのままシーナーの方にも語りかける。
「それと、シーナー……、もう容赦するんじゃねぇ。
誰が『彼の者』と通じてるかわからねぇんだ。ヒグマに仇なすヤツらを、もう見逃せねぇ。
『彼の者』の本拠地を見つける間にも、敵はみんな、チタタプ(叩き殺し)にしちまえ……!!」
「それは……、ですが、『実験には関わらないで欲しい』と、イソマ様の御言葉が……!」
「そりゃ『出来れば』って、努力義務だったろ? 『それだってぼくに止める権利はない』ともイソマは言ってた。
もう、地上に遠慮してる場合じゃねぇだろ……! 俺たち皆の、未来のためなんだ……!!」
荒い息で、灰色熊は叫んだ。
言葉を呑んだシーナーの前で、彼はかすかに、微笑んだようだった。
「頼むぜ二人とも……。これでみんなにまた、うまいメシでも、食わせてやってくれや……」
呟きのようにその言葉が消えていくと同時に、ヤイコとシーナーの上に触れていた毛皮の温もりが、薄れていった。
そしてその重みが、感触が消え、真っ暗な上部に空洞ができたのがわかった。
彼らの周りの落盤が、まるで生き物のように蠢き、轟音を立てて動いた。
石礫がごりごりと移動し、圧密され、階段のように切り欠きを成しながら、上に向けて空洞を伸ばして行く。
シーナーとヤイコは、這いずるようにしてその空間を上へ上へと、少なくとも20メートル以上は登った。
最後の石が動き、目の眩むような日差しが暗闇へ差し入る。
地上――。
モノクマの工房のほぼ直上、E-7の草原の中に、彼ら二頭は転がり出るようにしてたどり着いていた。
そして彼らはすぐさま、自分達の這い出てきたトンネルの元に跪く。
「灰色熊さん――!!」
シーナーの絞り出した声は、大理石のような表面を見せていたトンネルの内壁に、虚ろに響いていった。
その石は、最早ものを言わず、身じろぎをすることもなかった。
暫くして、シーナーの声の反響が、彼自身の鋭い聴覚にすら全く捉えられなくなった頃、そのトンネルは風化したかのように色あせ、静かに砕け、崩れ落ちていった。
ヤイコは思わず口元を押さえて、声を震わせた。
「あ、あ――……」
生まれたときから隠密に徹してきた灰色の熊は、そうして誰にもわからないような姿で、ひっそりとこの世から去っていった。
【灰色熊 石化・死亡】
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「灰色熊さん……、これしか、なかったのですか……。ヤイコは……、胸が、苦しいです……」
柳刃包丁のような見た目を持った短刀――、灰色熊の形見となってしまった『ヒグマゴロク』を抱えて、ヤイコは歯を食いしばっていた。
子熊のような彼女の隣でシーナーはふらりと、その枯れ木のような黒い体を起こす。
「……わかりました。灰色熊さん。……必ずや、ヒグマに害なす者を、殺滅してみせます」
ヤイコが見上げると彼は、崩れ落ちたトンネルに目を落として、涙のように真っ黒な液体を空中に零していた。
「あなたの思い、しかと受け止めました……」
「シーナーさん……」
「……ヤイコさん。悼んでいる時間はありません。あちらにも何らかの手が回っているとしか考えられません。
あなたは総合病院側から診療所に降り、急ぎ布束特任部長や田所さんに合流して防衛に当たって下さい。A.S.A.P(可及的速やかに)!」
シーナーの語気は、自らの心に鞭打つように激しかった。
誰よりも同胞の死を重く受け止めながら、それでも逸早く前に進もうとしている彼の心境が、痛みを伴ってヤイコには認知できた。
「シーナーさんは、一体どうなさるのですか……?」
「……私は、『彼の者』の新たな本拠地を探索しに向かいます。
現状のヒグマ帝国の版図を鑑みるに、この短時間で機材を搬入し、新たな工房として機能させられる要地は限られます。
――具体的には、『艦娘工場』の近辺のみ。上手くいけばツルシインやシバ、キングさんたちとも合流できるはずです」
「つまり、今すぐに北方に向かわれるのですね?」
「そうです。ヤイコさんは直ちに西へ向かってください。……灰色熊さんの遺志を、無駄にせぬように――!!」
言うや否や、シーナーの姿は真っ黒な霧に包まれたように見えた。
そして次の瞬間には、ヤイコの五感から、シーナーの存在は完全に消え去った。
微かに彼の生体電気が北へ向かって行ったことだけが、ヤイコの『自分だけの現実』に捉えられていた。
「シーナーさん……、どうか、ご自愛を」
ヤイコは動悸を打つ胸を押さえ、ただそれだけ呟いて走り出す。
シーナーを制止するような祈りを投げながらも彼女には、もはやシーナーが何者にも止められないような状態になっていることが察せられた。
ヤイコの胸を打つ痛み。
これがきっと、『悲しみ』だ。
布束砥信に教えられた、『愛』という存在が引き裂かれようとした時、きっと心にはそんな痛みが走る。
その愛の痛みを、シーナーは恐らくヤイコより何倍も強く感じているだろう。
肉体の痛みを幻覚で消してもきっと、その痛みだけは絶対に消えない。
その痛みで迸る彼の行動は、冷徹な暴走だ。
愛を守ろうと、取り戻そうと奔るその想いは、今のヤイコすら動かす原動力だった。
況やシーナーのその猛りは、止めようとしても、止められないだろう。
彼は医者だ。
普遍性を持つ専門家だ。
医者は止められまい。
ヒトをストップさせるのは、いつでもドクターの側だから――。
そう考えながらヤイコは、
西へ、西へ。乾いた潮の草原をひた走りに走った。
かたかたかた、と。
彼女の銜えていた短刀の鞘が、危機を知らせるように鳴ったのは、その折だった。
顔を上げたヤイコの眼に映ったのは、ヒグマだった。
それは誰にも恥じることのないヒグマだ。
体長は2メートルと半分。
毛並みは一般的な茶色。
図鑑に載るようなヒグマだったろう。
――その焼けただれた顔面から、金属の骨格が覗いてさえいなければ。
「……『制裁』さん、で、いらっしゃいますか……?」
立ち止まったヤイコは、記憶のデータからそのヒグマと思しき名前を引き出した。
ヤイコの前方30メートル程に佇んでいる『制裁』というそのヒグマは、狂ったように引き剥いたその牙の隙間から、めろめろと喚きを零すだけだった。
「まいまいまいまいまいまい……。あっとーえれえが……!! あああああぽんろあ!!」
「……? すみません、どこの言葉でしょうか。ヒグマ語を喋って下されば解るのですが」
ヤイコは口から前脚に刀を持ち替えながら、首を傾げた。
言葉は理解できずとも、ただ一つ、その語気から推察できる事柄が、そこにはあった。
怒りの籠ったその呻きは、明確にヤイコを『敵』としていた。
理解できる言葉を話せ。と思っているのは、本当は彼の方なのかも知れなかった。
「……まいまいおすへーらあだな!! ……あほんるい!!」
吠えると同時に、制裁ヒグマはヤイコに向けて疾駆し、一気に跳びかかって来る。
応戦の構えを取りながらも、ヤイコは牙を噛んだ。
自分の保有する情報のなんと少ないことか。
ヤイコには、先達である制裁ヒグマがなぜこのような行動をとるのかの理由も掴めない。
自分の保有する愛情のなんと狭いことか。
ヤイコには、この同族の真意を理解し、寄り添ってやることもできない。
割り切る――。
自分の役目を遂行しよう。と、ヤイコはそこでただそれだけを念じた。
この戦闘の理由が、結果がどうあれ、ここを切り抜けて診療所の人員と合流することこそが現在のヤイコの目的だ。
自分が作られた存在であることを明確に自認するヤイコにとって、そう瞬間的に行動方針を決定することは、長く精神に染みついた容易い思考だった。
だがそうであっても、ヤイコの牙はきつく噛み締められる。
自分の超能力と、灰色熊から託された短刀があってなお、制裁ヒグマの攻勢を切り抜けられるかわからない。
彼我に横たわる絶対的な体格差と、相手の能力を知らぬという事実が、ヤイコに明白なディスアドバンテージを突き付けている。
怒りの迸る『敵』の顎は、もう目の前に迫っていた。
【E-7・鷲巣巌に踏みつけられた草原/午後】
【制裁ヒグマ〈改〉】
状態:口元から冠状断で真っ二つ、半機械化
装備:オートヒグマータの技術
道具:なし
基本思考:キャラの嫌がる場所を狙って殺す。
0:背後だけでなく上から狙うし下から狙うし横から狙うし意表も突くし。
1:弱っているアホから優先的に殺害し、島中を攪乱する。
2:アホなことしてるキャラはちょくちょく、でかした!とばかりに嬲り殺す。
※首輪@現地調達系アイテムを活用してくるようですよ
※気が向いたら積極的に墓石を準備して埋め殺すようですよ
※世の理に反したことしてるキャラは対象になる確率がグッと上がるのかもしれない。
でも中には運良く生き延びるキャラも居るのかもしれませんし
先を越されるかもしれないですね。
【穴持たず81(ヤイコ)】
状態:疲労(小)、海水が乾いている
装備:『電撃使い(エレクトロマスター)』レベル3
道具:ヒグマゴロク
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため電子機器を管理し、危険分子がいれば排除する。
0:早急に診療所へ……!!
1:モノクマは示現エンジン以外にも電源を確保しているとしか思えません。
2:布束特任部長の意思は誤りではありません。と、ヤイコは判断します。
3:ヤイコにもまだ仕事があるのならば、きっとヤイコの存在にはまだ価値があるのですね。
4:無線LAN、もう意味がないですね。
5:シーナーさんは一体どこまで対策を打っていらっしゃるのでしょうか。
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「『柔らかなる拳・烈迅』。『剛なる拳・伏龍、臥龍』――。
……覚えが早いし、触鞭の使い方も上手いぞ。さすがに同化している分、思考との同調が容易なんだな」
「いえ、劉鳳さんの教え方がお上手だからですわ。やっぱり劉鳳さんは素晴らしい正義のお方ですの」
ビルのロビーの開けた場所で、美男子と美少女が、ダンスでも踊っているかのように身を寄り添わせていた。
劉鳳という青年と、そのアルター『絶影』に同化した
白井黒子という女子だ。
白い装束の内で腕組みをしているような黒子の肩に手を置いて、劉鳳は自分のアルターであった絶影の操作方法を伝授している。
髪の毛のような触鞭と正拳突きと微笑みが交わされる彼らの様子を、
佐倉杏子がソファーの端に腰を掛けて眺めていた。
抱え込んだ大槍に赤い魔法少女衣装で頬を預け、彼女は漫然とした視線で二人のやり取りを見つめる。
劉鳳は、黒子と会話と訓練をする中で、ノイローゼのようだった精神状態からまた調子を取り戻してきたようだった。
その恢復の大部分は、明らかに黒子が劉鳳を持ち上げるように、言葉と語気を選んで話してやっているがためのものだ。
――根本的な解決には、何一つなっていない。
そして結局、根本的な解決など、ありえないのかも知れなかった。
今給湯室にいるであろう
狛枝凪斗は、救助に来たくせにろくに救助の役に立ってない劉鳳に向けて、辛辣な言葉を吐いた。
その語調は確かにいささか激しすぎるところがあっただろう。
だがその実、指摘の内容は何一つ間違ってはいない。
杏子自身と
カズマは、政府から直接救助がくるなんて頭から思ってはいなかったし、主催者の有冨という男をタコ殴りにしてやるつもりで一致していた。
そして、それができるだけの力と自信はあるつもりだった。
だが、狛枝凪斗のようなほとんど一般人のような参加者には、そんなことはできないだろう。
その場合、参加者の死が次々と明らかになっていく中、彼のような参加者が生還するためには、外部からの救助という可能性がかなり大きな望みとして存在していたに違いない。
その場合、劉鳳と白井黒子と出会って得られた情報は結局、『外部からの助けはほとんど絶望的です』という、執行猶予付き死刑宣告にも等しいものだった。
そして、有冨春樹に組していた人間である
黒騎れいすら困惑するしかないヒグマ帝国およびその内乱。
その糸を引いているらしいモノクマという多数のロボットは、杳として本拠地も掴めない。
ラマッタクペというヒグマおよび、キムンカムイ教という宗教に
目覚めたヒグマたちは言動に謎が多すぎる。
一体、何が敵だ。
何をぶちのめせば、自分たちはこの島から脱出できるのか。
まるっきり、わけがわからないのだ。
確かなことが何一つ掴めない、漠然とした気持ち悪さだけが、杏子の思考に重く纏わりついていた。
「……あ」
杏子はそうして黒騎れいと狛枝凪斗のことを考えていた中で、ふと、彼らが給湯室で二人きりになっていることを思い出した。
黒騎れいは、元々主催者側だ。
狛枝凪斗は彼女を疎んでいた。適当な口実をつけて彼女を引き離し、給湯室で射殺して一人逃げ出しているとかいうことも最悪考えられる。
杏子は額を叩いた。
失策だった。ヒグマのことに気をとられてそんな可能性すら見落としていた。
狛枝凪斗が『信用できない』時点で、そういった考えも持っていなければならなかったはずなのに――。
「すごいぞ白井……。一緒に動いているこっちまで気持ちよくなってくる……」
「訓練ですもの、何よりですわ。劉鳳さんがお上手ですから、もっとご奉仕いたしますわ」
「なぁちょっと、劉さん、白井さん――」
「あ、佐倉さんもご一緒なさいます? 戦闘のいい訓練になりますわよ」
「ああ、やはり体を動かしていると気分が晴れる」
触鞭と拳法とで散打の演習をしていた劉鳳と黒子に、狛枝の様子を見に行こうと声をかけようとして、杏子は固まった。
返ってくる二人の外部乱入者の爽やかな笑顔に、杏子は胸を煮られるような気持ち悪さを感じた。
白井黒子の目配せは、『劉鳳さんのご気分を良くしてあげてくださいまし』と言っていた。
先程から感じていた気持ち悪さの一端が、それでわかった。
……この戦闘訓練だのなんだのという時間には、全く意味がないのだ――。
矢継ぎ早にやってくる人々との情報のやりとり。
ラマッタクペに負わされた不必要な手傷の修復時間。
心身を回復させるためのリソースと時間の浪費。
そんなこんなで佐倉杏子とカズマと黒騎れいは、津波による地上封鎖も含めて朝方から優に8時間近くもこの場で足止めを喰らっている。
巴マミも、
暁美ほむらも、自分たちが行動できないでいるうちに、放送で呼ばれてしまった。
黒騎れいは、あくまで首輪が機能を失っただけかも知れないとはフォローしてくれたが、それでも無事であるより、死んでいる可能性の方が何倍も大きい。
手をこまねいている時間はなかったし、今も無いはずだ。
情報も訓練も体力回復も重要だが、それらを活かす前に全ての状況がバッドエンドを迎えてしまったら元も子もないのだ。
本当だったら、白井黒子の友人を尋ねて西に行くか、それとも黒騎れいの友人を探して地下に降りるか。
そうでなくとも、巴マミの目撃情報を辿って走るか何か、自分たちは行動していただろう。
最低でも、この場に留まっているという選択肢だけは、有り得なかった。
焦りは禁物だが、兎に角動かねば、また犠牲者が増えるかもしれないし襲撃に会うかもしれない。
狛枝凪斗の様子を確認したら、無理にでもカズマを叩き起こし、移動すべきだろう。
またどうせ彼は反論してくるのかも知れないが、それで時間を食うくらいなら当て身で気絶させてデイパックに詰めてでも全員で動こう――。
「……いや、劉さん、白井さん。訓練はそこそこにして今すぐ――」
「なんだよ……。楽しそうなことしてんじゃねぇか……! 混ぜろよ劉鳳……!!」
だがそう杏子が口を開こうとした瞬間、背後から衣擦れと共に低い声が起き上がった。
「あら、カズマさん! お目覚めになりましたのね!」
「ふふ……、そう言うと思ったぞカズマ。来い。久しぶりに素手でやり合おうじゃないか」
「ああ、望むところだ……!!」
気絶していたカズマが、劉鳳と黒子の打ち合いに当てられてか、いつの間にか目を覚ましていた。
杏子との出会い頭にも夢現のまま劉鳳劉鳳言っていた彼だ。
その思い入れに並々ならぬものがあるのはわかる。
実際、劉鳳と合流してからのカズマは、白井黒子と同等以上に劉鳳のことを気にかけっぱなしだ。
こんな場面でなければいつまででも自由に殴り合ってくれてていい。
だが今はその時ではない――!!
ただちにロビーに降りて殴り合いの構えを取ろうとするカズマを、杏子は差し止めようとする。
「いや、カズマ――! そんなことしてる時間は――」
「すまないけど皆さん、そんなことしてる時間はないよ。カズマクンが起きたなら何よりだ。
飲み物と軽食は見つけてきたから、食べながらでもすぐにこの場から『東に逃げよう』」
その瞬間、彼女の発言に重なるようにして、ロビー一帯に声が響き渡った。
狛枝凪斗と黒騎れいが、両手にペットボトルやビスケットを抱えて戻ってきていた。
「……ええ。私もそうする。で、その後は、みんなとは別れて、一人で
四宮ひまわりを探すわ……」
「アイスティーのストレートかミルクか好きな方で。あとビスケット一人一袋。特に劉サンと白井サンは何の物資も持ってきてないんだから感謝しなよ」
「う、ああ……、す、すまない……」
「おい、どういうことだよテメェ……」
「ちょっとお待ちくださいまし! 逃げるってどういうことですの!?」
「結局単独行動する気なのか!? どういうことなんだよ、れい!?」
冷たい紅茶のボトルと銀紙のパックを配りながらの二人の言葉に、次々と疑問が飛ぶ。
まず狛枝凪斗がぴたりと眼を据えて、一同に答えた。
「……あのね、さっきのラマッタクペっていうヒグマの真の目的は、『ボクたちの足止め』しか考えられないんだ。
ボクのゴミみたいな頭でも思い至るんだから、皆さんなら当然もうとっくに解ってるものと思ってたけど。
何が来るかわからない。もう手遅れな可能性すらある。だから急いで、ボクらは『東に』逃げなきゃいけないんだ」
「……!?」
時間が無い。移動しなければならない。という点では、狛枝凪斗の思考は佐倉杏子の考えと一致していた。
だが、彼が焦りを押し殺しながら、そんな具体的な方針を語れる理由には、聞いている誰一人として思い至らなかった。
狛枝は反応の鈍い人員に苛立ちつつ、ストレートティーとビスケットをてきぱきとデイパックに詰めて説明する。
「黒騎サンが言ってたろ。ラマッタクペは『生物の魂の所在を認知できる』んだ。恐らくその移動も性質も。
こんな中途半端な損害をボクらに与えて立ち去るなんて、ここに『何か』がやってくるまでの時間稼ぎとしか考えられないんだ。
6割方『強くなれ』ってことで、残りの4割がその『何かとの出会い』。総計して、『何かの襲撃から生き残って戦力になって見せろ』ってことだ。
ボクはそんな危険な橋を渡るのは御免だ。あ、でも皆さんがそんな絶望的不運の果てに希望を見つけたいってなら止めない。
……だから皆さんがついて来ないなら、説得する時間も惜しいんで、ボク一人ででも逃げるよ」
黒騎れいが、狛枝の言葉に無言で頷いた。
給湯室であらかじめその話を考えを聞いていたらしい彼女にも、その思考は納得できるもののようだった。
「だからと仰いましても、どうして、何もない東に――?
せめて佐天さんたちのいらっしゃる、西に向かいたいですわ!!」
「何もないから東に向かうんだ。北はラマッタクペが、南はメルセレラとケレプノエが去った方向だ。
あと、彼らとの戦闘に夢中になって誰も気付いてなかったのかも知れないけれど、西の方からは、大砲が何発もぶっ放されたような音や土煙が上がっていた。
噴火し、巨人が現れ、目下大規模な戦闘が勃発している、隠れ場所もないハゲ山に向かって死にに行きたくはないだろう?」
問いかけた白井黒子は、自分のツインテールで口を覆い、息を飲んだ。
確かに、そのような状況であるなら、現状で東以外の方角に動くのは自殺行為かも知れない。
「……ちょっと待て! 戦闘が起きてるなら、むしろそこに助けに向かうべきだろ!?」
「オッケー、じゃあカズマクンはそうするといい。もう戦闘は終わってるだろうから死骸と『敵』しか残ってないだろうけどね。
さっきの戦いの二の舞になりたければ好きにしなよ。言ったように説得の時間も惜しいんだ」
「ッッ、てめぇ……!! 何決めつけてやがる!! ふざけんなよ……!!」
「……やれやれ」
いきり立つカズマの語気を、狛枝は何の感慨もなくそのまま流す。
肩をすくめて息を吐く、腹立たしさを感じさせる彼の態度はむしろ、午前中から同行している杏子に、事態の深刻さを察知させた。
カズマにとっては、狛枝の発言はまるっきり想像に立脚した突拍子も無いものだ。
ラマッタクペの行動が『時間稼ぎ』だというだけでそもそも発想の飛躍であるし、もし仮に『何か』が来たとしても、それをそこまで警戒する必要があるのかどうかも不明だ。
真っ直ぐ西に向かわず、東で一度様子を見るというのも、カズマの性格としては我慢ならないものだ。
だが狛枝はカズマに向け、『素晴らしいよ! もしかしたら、君が希望なのかもしれないね!』などと、ある種狂信者のような喜色で言い放っていた男だ。
崇拝対象を見限ったようなこの態度は、その狛枝の御眼鏡を覆すだけの事態が目下発生しているということに他ならない。
「……カズマクンだけじゃなくて、あの時は佐倉サンも黒騎サンも居たからなァ……」
「何ぶつぶつ言ってやがる!? あぁ!?」
「カズマクンには関係ないよ、こっちの話だ。――襟を離してくれ。ボクはもう行くから!」
彼の態度を咎めようとするカズマと、狛枝はもみ合った。
その隣で、神妙にデイパックを整理し、狛枝と同じく逃げる準備をしているような黒騎れいへ、杏子は問いかけた。
「移動するのはまぁいい……。にしても、お前はどういうつもりだよ、れい!! 死ぬ気か!?」
「心配してくれてありがとう、杏子……。でも、もうあなたたちに迷惑はかけられない。
……自分の行ないを清算するためにも、いつまでも意気地なしではいられないわ。
一度東に退いたら、私は下水道から地下へ。あなたたちは、大回りしながら慎重に百貨店を目指すのが良いと思う。
連絡手段があれば一番いいんでしょうけど……。私も地下を探索できたら百貨店に上がるから。それまで別行動しましょう」
「まずもって地下に今すぐは降りれねぇだろ!? アルミフォイルかオーバーボディを探さねぇと……!!」
「ああ……、ごめんなさい。あの時は盗聴の心配もあったし、全部話す気も無かったから指摘しなかったんだけど……」
黒騎れいは、なんとか彼女を差し止めようとする佐倉杏子に向け、銀紙のパックに包まれたビスケットの袋を取り出した。
それを目の前に掲げられた杏子は、彼女の意図を察しかねて首を捻る。
その杏子に向け、黒騎れいはそのパックをできる限り綺麗に破いて、中のビスケットを差し出した。
「……食べる?」
「お、おう……。そりゃ、食べ物出されりゃ断らねぇけど……って、おいおいおいおい」
杏子が一枚取ったのを確認するや、れいは残りのビスケットを全部ざらざらと自分のデイパックの中に空けてしまった。
そして困惑する杏子に向け、れいはその包みを開いて、一枚の銀色のシートにして広げた。
「……さて杏子、『銀紙』って一体、何からできてるか知ってる?」
「銀、紙……って、まさか……!?」
「そのまさかよ。基本
支給品に入ってる栄養食のパウチとかでも実は同じ。
それだけだとちょっと大きさに不安はあったけど、これくらいの面積があれば十分、首を一周して余る……」
杏子は思わず、頬張っていたビスケットを丸呑みした。
れいが頷く。
「――スナックや保存食の包みはみんな、『アルミ』でできてるわ。ぶっちゃけアルミホイルと同じよ。
私たちは実のところ皆、気づきさえすれば最初っから、首輪の電波を遮断して地下に潜れる装備を渡されていたってことなの……!!」
黒騎れいは言いながら、丁寧に自分の首輪を、そのアルミ蒸着されたフィルムで覆ってしまう。
余りに盲点に過ぎて、衝撃的な報せだった。
今にも一人で去ってしまいそうな彼女にすがりつくように、杏子は声を絞った。
「で、でもよ。地下にはヒグマがうじゃうじゃいるんだ……。一人だとまた、あの時みたいに死にかねねぇぞ……!?」
「……いいえ。狛枝凪斗にも指摘されたんだけど。
地下には『ヒグマがうじゃうじゃいる』からこそ、私は一人の方が生き残れる確率が高いの」
心を砕く杏子の声に、黒騎れいはマフラーをずらし、自分の首筋に印された5枚のカラスの羽のようなあざを見せた。
「私一人なら、あの時見せた『光の矢』でヒグマを強化・暴走させ、所構わず同士討ちさせている間に逃げ隠れ、探索を継続することができるわ。
強力なヒグマ一体と対面した時にはそもそも『撃たせてもらえなかった』けど。一対多の状況ならむしろ、その中の弱そうなやつを見繕って、私は自在にヒットアンドアウェイの戦法を採れる。
研究所の地理は一応把握しているし、私の隠密能力でも何とか逃げ延びれると思うの」
「ええ、それに私も、今れいを喪う訳にはいきませんからね。何としても示現エンジンの実態は確かめます」
れいの言葉には、その肩にとまるカラスも、羽を自慢げに広げて応じる。
杏子は、れいの言う退き撃ちの戦法と、自分たちの総力による飽和火力を天秤にかけ、必死に言葉を絞り出した。
「……それでも、危険すぎんだろ!? まとまって行動した方が絶対いい――!!」
正直なところその天秤を傾けたのは、『これ以上、知らぬところで友を喪いたくない』、という想い一つであったのだが。
れいは心苦しそうに唇を噛み、隣へ視線をやった。
「……でもね、統制のとれてない集団って、一人より危険だと思うわ。
私が今までやってきたその戦法そのものが、そんな隙を利用するシロモノだから……」
ほとんど口の中で呟かれたその言葉は、間近で話をしていた杏子にしか聞こえなかった。
見やったロビーの横では、一人立ち去ろうともがく狛枝を、カズマが無理矢理押さえつけようとし、その周りで劉鳳と白井黒子が、まごつきながら彼らを宥めようとしている。
戦闘中だった一団から逃げようとする日本語ぺらぺーらを射て、戦況をより混迷に陥れた黎明。
鷹取迅からうち捨てられ自失していた穴持たず00を射て、広範囲の人間とヒグマとに大損害を与えた早朝。
その実績を鑑みれば、黒騎れいの言う戦法の、えげつない有用性は明らかだろう。
「誰もこのグループを纏められないなら、むしろ一度、別行動して頭を冷やした方が、みんなのためだと思うの……」
周囲に無差別な被害ばかり出す己の戦法を、ヒグマン子爵らとの戦闘以来、黒騎れいは忌むようになった。
しかしだからこそ、大量の敵に挑みかかるゲリラ戦闘においてのその戦法の狙い目と効果を、彼女は手に取るように解っていた。
「東にだって何あるかわかんねぇだろうが!! 一人で動くんじゃねぇ!! 締め落とすぞ!!」
「わからないかな!? それでボクが踏み台になっても、残ったキミたちに希望が残るんだから万々歳じゃないか!!」
「わけわかんねぇよ!! もういい、テメェしばらく寝てろ!!」
「待てカズマ! 俺の延髄切りの方がお前より苦痛なく落とせる!!」
「皆様おやめくださいまし!!」
杏子とれいの苦い視線の先では、四人が押し合いへし合い叫んでいた。
この一団をかつて纏めていたのが誰かと考えれば、それは間違いなくカズマだった。
彼自身が上に立たずとも、その気味合いに和して皆が着いてきた。
だが、狛枝凪斗が論説を展開し、カズマ自身も劉鳳への没入や狛枝への反発を強めて以降、その纏まりは大きく崩壊してきている。
特に今この時。
狛枝の言説を採るにせよ採らないにせよ早急な行動が必要となるだろうこの時に、一団が崩壊するのだけは、避けなければならなかった。
その場合、カズマ以外にこの場を俯瞰して纏められる人物は――。
そこまで考えて、佐倉杏子は意を決した。
「『鎮まれぇッ!! アタシが全員を、連れていくッ――!!』」
槍を地に突き、彼女は全身の力を揮って叫んだ。
その場にいた全員の耳に、その声はあたかも直接響き渡ったかのようだった。
乱闘のようになりかけてすらいた一団の騒ぎは、水を打ったように、ぱったりと静まっていた。
;;;;;;;;;;
佐倉サンの叫んだ声が聞こえた。
耳元で言い放たれたような、大声だった。
その声で、ボクの胸倉を掴んでいたカズマクンの力が緩んだ。
だからその瞬間、ボクは彼や劉サンたちを振り払って、一気にビルの外へ駆け出していた。
「――あっ、待てっ!!」
カズマクンの声が聞こえたが、構っている暇はない。
ボク程度の考え休むに似たり。と杞憂で済むなら、それはそれで良い。
だが、ここに『何か』が襲撃してくるだろうという推測は、ほとんど確信に近かった。
ここでボクが単独行動に出るのは、ボクのカスみたいな才能である『超高校級の幸運』を、せめて最大限に活かすために他ならない。
ボクの『幸運』は、それが大きければ大きいほど反動で『不運』を呼び込む、他の超高校級の才能とは比べるべくもない最低のものだ。
だがこれは逆に、降りかかる『不運』が大きければ大きいほど、反動で『幸運』が訪れるものだと言い替えることもできる。
禍福は糾える縄の如し。とは良く言うけれど。
そこにつけて、グループを分断するボクのこの行動は、一種の大博打だ。
この場に残る者と、逃げる者。
本当に『何か』が襲い掛かってきて残った者が死ぬという『不運』が発生するなら、逃げる者は『幸運』にも生き残り、希望に向かって進み続けられるだろう。
実は『何か』なんて襲撃せず、逃げた者がどうかして死ぬという『不運』が発生しても、それなら『幸運』にも残る者はその状況を察して、希望に向かって進み続けられるだろう。
どちらも起こらずに平穏に終われば、それはそれで笑って済ませて、希望に向かって進み続けられるだろう。
どのパターンに至っても、希望は失われない。
ベットさえできれば、この賭けの勝ちは確定している。
この場で全員がまとまりを欠いて、『何か』に一網打尽にされることだけ避けられれば、後はどう転んでも道は続くのだ。
もはや時間的に遅かったかとも思ったが、幸い、ボクは賭けに『間に合った』ようだ――。
と、そう思った瞬間だった。
「うぷぷぷぷーの、ぷー――!!」
「くっ――!?」
ビルの玄関を抜けて路地に飛び出した瞬間、そんな耳障りな嘲笑と共に、向かいの建物の屋根から何かが飛び掛かってきた。
――いや、その正体は、解っている。
「ちぇ~、残念だなぁ。狛枝くんの決断がもうちょっと遅ければ奇襲の準備を万端にできたのにさぁ~」
横にステップを踏んでアスファルトに転げ、ボクはその襲撃者に向けて即座に身構えた。
ちょうどボクが踏み切った位置の地面に爪を突き立てていたそのロボットは、ゆっくりとボクに向けて顔を上げる。
白と黒とに塗り分けられた、子熊のようなロボット。
――襲撃してくる『何か』とは、モノクマだった。
「……それは良かった。どうやら遠慮なくキミの策謀を叩きのめせるようだからね」
「おおこわいこわい。……でもこれを見ても強がってられるかなぁ~?
別に奇襲しなくてもオマエラくらいちょちょいのちょいなんだぜぇ~?」
すかさずリボルバーを取り出してモノクマに向けたボクへ、そいつは下卑た笑みを浮かべながら指を鳴らした。
するとモノクマが潜んでいた建物の屋根がガラガラと崩れ、そこから身の丈数十メートルにもなろうかという巨躯が起き上がってくる。
「『超弩羆級のモノクマロボット』!! あの絶望的事件をこの島で再現してやるよ!!
さ~ぁ、これを見てもまだ、ボクらヒグマに敵対しようと思うかぁ~!?」
そのビルに等しい巨大なモノクマ型のロボットは、地響きを立てるようにして路地に出て、ボクを見下ろした。
ボクはぎりぎりと歯を噛んで、拳銃を構えたまま後ずさりする。
それでも、ボクの決断は変わらない。
「――出やがったな!! てめぇが親玉かぁ!!」
「悪は処断するッ!!」
「勿論ですわ――!!」
「狛枝の予測は、本当だったってことだな!!」
「ええ、この機に、返り討ちにしましょう!!」
ビルの中からは、カズマクン、劉サン、白井サン、佐倉サン、黒騎サンが次々と走り出て、その巨大なロボットの足元を道路の真ん中で取り囲む。
……やっぱりボクはツイてる。
モノクマはどうやら、ボクらのことを見誤ったようだ。
まさか賭けに出て、『黒幕を仕留められる』という幸運まで手に入るとは――。
ボクは不敵に笑いながら、背に回したデイパックに片手を入れる。
「……当然だろう? ヒグマなんて絶望的な生き物は……、生かしておく訳にはいかない!!」
ボクのデイパックには、最後の支給武器、対戦車無反動砲『AT-4CS』が入っていた。
ヒグマはおろか、こんな巨大ロボットだって木端微塵にできるだろう、とっておきの装備だ。
ボクは叫ぶと共に拳銃を捨て、その無反動砲を取り出して構えた。
モノクマの眼が、ボクの予想外の動きで驚愕に見開かれた。
ボクらは勝つ。
当然だ。
だって希望は、絶望なんかに負けないんだから――!
【F-5 市街地/午後】
【狛枝凪斗@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園】
[状態]:右肩に掠り傷
[装備]:リボルバー拳銃(4/6)@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園
[道具]:基本支給品、AT-4CS(1/1)、RPG-7(0/1)、研究所への経路を記載した便箋、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×2本
[思考・状況]
基本行動方針:『希望』
0:ヒグマなんて絶望的な生き物は……、生かしておく訳にはいかない!!
1:『幸運』は掴めた! 必ずここに、『希望』はやってくる!!
2:アルミホイルかオーバーボディを探してから島の地下に降りる。
3:出会った人間にマミ達に関する悪評をばら撒き、打倒する為の協力者を作る……けど、今後はもうちょっと別の言い方にしないとな。
4:球磨川は必ず殺す。放送で呼ばれたけど絶対死んでないねあの男は。
5:モノクマも必ず倒す。
6:カラスも必ず倒す。
;;;;;;;;;;
シーナーは、鷲巣巌に踏みしだかれた草原のE-7から北上し、E-4の街から地底湖の近辺に降りようと走っていた。
その姿は、不可視の靄に包まれてどんな生物にも認められることはない。
その足音は、不可聴の泥に包まれてどんな生物にも捉えられることはない。
その臭いも、不可嗅の霧に包まれてどんな生物にも聞かれることはない。
その身は傷だらけでも、殺意だけは洶洶と吹き零れている。
現状の彼を捕え得る唯一の相手は無生物であるモノクマロボットだけだったが、それも、網膜に焼き付くような彼の怒りを恐れてか、彼の前には現れなかった。
――ヒグマに仇なす者を殺滅する。
その意気だけで、今のシーナーならば『治癒の書』の効かぬ無生物であっても殺滅できるだろう。
正確には、意気と、技術と、知識だけで、である。
神秘の名においてドクターは偉く、専門家の名前でドクターは強い。
能力とは、彼にとってその名の後に自ずと生まれるものに過ぎなかった。
「……こちらは、あの人間たちがいらっしゃる場所でしたね」
そうしてE-6の街並みに入ってきたところで、シーナーは思わず歩みを緩めた。
そのエリアは、今朝方の津波からシーナー自身が護った場所である。
そこで彼は、ヒグマである隻眼2と李徴と、懸命に意思疎通を交わし協力しようとしている参加者たちを見ていた。
例え人間でも、あのような者たちもいるのだ――。
と思えば、彼らから人間へ少々情報が漏れるくらい気にならなかった。
この実験環境下でも、あのように種族を超えて付き合い、互いに生きていける環境こそ、望まれていた本当の結末なのかも知れない。
それは遠い微かな、馬鹿馬鹿しい展望だ。
だがそれは確かに、一度はシーナー自身がその眼で見た、新たな可能性の一端だった。
だから今の彼は、自然とそのエリアを突っ切らぬよう、斜めに途を逸らしていた。
殺意に塗れた自分が、育まれているであろう聖域の萌芽を荒らしてはならないと、そう思ったからだ。
隣のエリアとの境から、そんな理想の世に土足で踏み入らぬよう、山裾の脇を抜けて北上すればいいだろうと、そう考えていた。
そうして走る彼の振動覚に、聴覚に、嗅覚に、視覚に、呼吸の粗い、ヒグマの存在が捉えられた。
痛みに、泣いているような息遣いだった。
「どうしてこうなるの……? アタシがいくら『己の名を守っ』ても、誰も……。
誰もアタシを、崇めてはくれない……。これじゃあアタシは、『己の名を告げ』たり、できないわよ……」
背にもう一頭のヒグマを負い、嗚咽を漏らして、何かから逃げてくるようなそのヒグマを、シーナーは知っていた。
メルセレラ。
灰色熊とも繋がりのあったキムンカムイ教の信徒の中でも、その名を自分で見出したというヒグマのはずだった。
彼女に負ぶわれている紫色の毛並みをしたヒグマは、穴持たず57とされる者だ。
その子は何者かから攻撃を受けて脳震盪でもおこしたのか、すっかり昏倒してしまっている。
――強い能力を持つであろう彼女たちを、逆にこうして襲った者がいるのだ。
メルセレラの嗚咽や穴持たず57の様子から、シーナーはそう判断した。
シーナーの存在に気付くことなくすれ違おうとする彼女たちに、シーナーは思わず、幻覚の中で声を掛けていた。
『……何があったのですか、メルセレラさん』
「――なっ!?」
呼び止められたメルセレラは、突如虚空から発せられたその声に急停止し、慌てた様子で周囲を見回した。
そうしてその視線は暫く宙を彷徨った後、シーナーのいる近辺に確かに固定される。
「……オハイヌ(幻聴)とオハインカル(幻視)ってことは。あんたね。
ラマッタクペの言ってた『モシリシンナイサム(国の異なる側)』のキムンカムイってのは」
メルセレラは、そこにシーナーの存在を確かめるように、恐る恐る前脚を差し出した。
シーナーは一歩退いてその脚を避けた。
まだシーナーは、メルセレラに向けてその姿を見せてはいない。
彼女はシーナーと外気との漠然とした『温度差』で、そのおおよその位置を推測しているようだった。
『……あなたがたのようなヒグマを、襲う者がいたのですか』
「イコホプニ(襲われた)……。いいえ……、トゥミコル(戦い)になってしまったのが、そもそも間違いだったのかも知れない。
アタシも、ケレプノエも、あいつらに……。完全に打ちのめされてしまったもの……」
結局姿を捉えられなかったシーナーの声に、メルセレラは前足を戻し、握り締めながら呟いた。
相手の格好良さを褒め、自分の素晴らしさを認めてもらい、人間から崇めてもらおうとしていたメルセレラからすれば、先程の戦いの顛末は、意図と異なる全くの敗北だった。
だがメルセレラにはまだ、自他の能力をそうして見せつけ合う以外に、自分を認めてもらう術が、解らなかった。
打ちひしがれたように沈むその言葉に、シーナーの胸はざわついた。
「ねぇ、あんた、一体私はどうすれば――」
『――その、あなた方を打ちのめした者の所在を、お教えください』
直後、顔を上げて問おうとしたメルセレラを喰らうように、溶岩のような怒りを持った音声がメルセレラの内耳に響いた。
重く、熱く、周囲の空間を焼き殺すような透明な鬼気に、メルセレラは思わず身を退いた。
気絶したケレプノエの体を守るように立ち上がり、彼女は口を震わせる。
「え、え――、F-5の、ビル街の中……」
慄きながらメルセレラがそう答えるや否や、彼女が感じ取っていたヒグマの体温は、即座にその場から立ち去ろうとする。
彼女は追いすがるように前脚を伸ばした。
「あ、ま、待って……!!」
『――ご心配には及びません。私は臣民の……、いえ、正義の味方です。
ヒグマに害なす者どもは、必ずや殺滅してご覧に入れますので……』
メルセレラの意図を聞くことなく、シーナーの体温は、メルセレラの感知能力の及ばぬところにまで走り去ってしまった。
そんな声だけの、夢現の出来事のような会話を経て、メルセレラはただ顔を伏せ、首を横に振った。
「……駄目なんだ。きっとトゥミコル(戦い)じゃ、崇めてもらえることなんて決してない」
幻聴の痕もない真昼の街中で、メルセレラはその声の記憶に刻まれた、シーナーの決心を推す。
崇められることも、名誉を得ることも、そんなことは何も考えず、ただ相手を殺すためだけに戦いに臨む、そんな思いだった。
安易な復讐心や功名心とは比べるべくもない、目的に達する利便性だけを追求した刃物のような感情。
その怒りをも手段に変えて揮うであろう、透明でどす黒い彼の殺意が、メルセレラにはただただ恐ろしかった。
「アタシは……、どうすればそんな風に、なれるのかしら。
アタシのラマト(魂)は、どうすれば認めて、もらえるのかしら……」
負ぶっていたケレプノエの体を抱きしめてメルセレラは、自身とは正反対の目的へ心を突き進ませるシーナーの姿を憧憬した。
行く先は違えど、果たしてどうすれば、そんな『魂の構え』で進めるのか、メルセレラには未だ解らなかった。
「――メルセレラ、様……?」
抱きしめていた、妹のようなそのヒグマが、身じろぎをして眼を開ける。
メルセレラはそんな彼女に頬を寄せて、顔を埋めた。
「メルセレラ様……、どうなさったのですかー? 一体何が、あったのですかー……?」
「ケレプノエ……、ケレプノエ……ッ!!
あんたは、あんただけは……、絶対にアタシが、守ってあげるから……ッ!!」
歯を食いしばり、眼をきつく瞑り、彼女は震えた。
その誓いが、妹分のヒグマのためではなく自分のための誓いなのだと、メルセレラは言いながらに理解した。
自分の存在を、意義を、少しでも保証してもらうための、そんな打算的な、傷の舐め合いの申し出。
友情とか、愛情とか、そんな言い繕いはいくらでもあるかも知れない。
だが結局メルセレラの欲しかったことは、そんな身勝手な保証一つだった。
身勝手でも、ただそれだけだった。
それさえあれば、満足だった。
もう飾らない。自分の能力の凄みなんて要らない。
もう迷わない。キムンカムイの布教なんて要らない。
本懐以外のことなんて、二の次だ。
あの幻覚のヒグマの如く、削ぎ落として削ぎ落として、自分の真心で向かって行こう――。
メルセレラはただそう決心して、今一度地に、脚をつけた。
【F-6とE-6の境 市街地/午後】
【メルセレラ@二期ヒグマ】
状態:疲労(中)
装備:『メルセレラ・ヌプル(煌めく風の霊力)』
道具:無し
基本思考:メルセレラというアタシを、認めて欲しい。
0:手近なところから、人間や他のヒグマを見つけて自分を認めてもらう。
1:ケレプノエは、絶対に守る。それがただの打算だとは、解っているけれど。
2:能力のぶつけ合いをしても、褒めてもらえなかった……。どうすればいいの?
3:態度のでかい馬鹿者は、むしろアタシのことだったのかもね……。
4:あのモシリシンナイサムのヒグマは……、大丈夫なのかしら、色々と。
[備考]
※場の空気を温める能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その加温速度は、急激な空気の膨張で爆発を起こせるまでになっています。
【ケレプノエ(穴持たず57)】
状態:健康
装備:『ケレプノエ・ヌプル(触れた者を捻じる霊力)』
道具:無し
基本思考:キムンカムイの皆様をお助けしたいのですー。
0:メルセレラ様、どうなさったのですかー?
1:ラマッタクペ様はどちらに行かれたのでしょうかー?
2:ヒグマン様は何をおっしゃっていたのでしょうかー?
3:お手伝いすることは他にありますかー?
[備考]
※全身の細胞から猛毒のアルカロイドを分泌する能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その濃度は体外の液体に容易に溶け出すまでになっています。
※自分の能力の危険性について、ほとんど自覚がありません。
;;;;;;;;;;
杏子が叫んだ声が聞こえた。
耳元で言い放たれたような、大声だった。
その声で、狛枝を掴んでいた俺の力は、思わず緩んだ。
そしてその瞬間、奴は俺や劉鳳たちを振り払って、一気にビルの外へ駆け出していた。
「――あっ、待てっ!!」
叫ぶ俺の声に振り返りもせず、奴は一散にビルの外へ走り出やがった。
狛枝は信用できねぇし、気に食わねぇ奴だ。
意味わかんねぇことばっか言うし、気が狂ってるとしか思えねぇ。
100万歩譲ってもそれは確かだ。
だが、奴を一人飛び出させて見殺しにするなんてのは、もっと我慢できねぇ。
俺の拳は、そんな取りこぼしを許すほど小さくねぇ。
だから俺は狛枝を追う。
進む時も、全員で前のめりだ――。
と、そう思った瞬間だった。
「うふふふふ、『ホワイトトリック』――!!」
「くっ――!?」
狛枝がビルの玄関を抜けて路地に飛び出した瞬間、そんな耳障りな嘲笑と共に、向かいの建物の屋根から何かが飛び掛かっていた。
――いや、その正体は、解っている。
「う~ん、惜しかったですねぇ~。もう少し仲間割れしていて下さると楽に皆殺しだったんですがぁ~」
白い雷光を纏ったその襲撃者の攻撃を、狛枝は辛うじて横にステップを踏んで躱し、アスファルトに転げた。
ちょうど狛枝が踏み切った位置の地面を焼き焦がして着地していたその男は、ゆっくりと俺に向けて顔を上げる。
黒いスーツに、オールバックの白髪と趣味の悪い眼鏡を合わせた、気持ち悪い口調の痩せ男。
――襲撃してくる『何か』とは、無常矜侍だった。
「てっめえ……!! 生きてやがったのかぁ――!!」
「はぁい。運よくこちらの帝国に拾われましてねぇ。攫ってきた熊のアルター使いを食べて、再☆精☆製を受けてきたところです。
ヒグマから吸収した力も、ようやく名前が決まりました。……私が決めました♪」
劉鳳のいた組織を乗っ取り、寺田あやせを操り、俺が確かに一度ぶっ倒したはずのその男は、そうしてトカゲみてぇに笑っていた。
『熊のアルター使いは全員連れて行かれてもう……戻ってきてないんだよおおおおおおおおお』、というセリフを、確かに俺はどこかで一度、聞いていたような気がする。
その犯人は、模倣犯でもなんでもなく、無常本人だったというわけだ。
俺はシェルブリットを装着して、起き上がって身構えた狛枝と一緒に、無常矜侍を囲んで戦闘態勢をとる。
すると瞬く間に、薄笑いを浮かべたまま、無常矜侍の体躯が内側からぶくぶくと膨れ上がり始めた。
「……喰らいなさい、これぞ私のアルター『ヒグマープション』!!
能力は教えてあげません☆ これでこちらの皆さんも、あぁ、あえなくあの世行き。
さ~ぁ、これを見てもまだ、ヒグマに敵対しようと思いますかぁ~!?」
見上げるほどに巨大化し、毛むくじゃらになった無常は、下卑た笑みを浮かべて俺を見下ろした。
俺は小指から順に力を込めてシェルブリットを握り、拳を構えたまま一歩、後ずさりする。
踏み出して、全身で殴るための、一歩だ。
「ふざけないで欲しいね!! 絶望は必ず、撃ち滅ぼす!!」
「悪は処断するッ!!」
「勿論ですわ――!!」
「狛枝の予測は、本当だったってことだな!!」
「ええ、この機に、返り討ちにしましょう!!」
ビルの中からは、劉鳳、白井黒子、杏子、黒騎れいが次々と走り出て、その巨大な無常の足元を道路の真ん中で取り囲む。
疑うまでもなく、俺たちの心は一つだった。
「……見下してんじゃねぇ!! ヒグマだろうと何だろうと、邪魔するならぶっ飛ばす――!!」
黒幕にこいつがいても、熊がいても、俺のやることは変わらねぇ。
とにかく突っ込んでボコす。
殴る!
叩きのめす――!!
それだけだ。
【F-5 市街地/午後】
【カズマ@スクライド】
状態:気絶、石と意思と杏子との共鳴による究極のアルター、ダメージ(大)(簡易的な手当てはしてあります)、疲労(大)
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品×0~1、エイジャの赤石@ジョジョの奇妙な冒険
基本思考:主催者(のヒグマ?)をボコって劉鳳と決着を。
0:ヒグマだろうと何だろうと、邪魔するならぶっ飛ばす――!!
1:黒幕が無常ならむしろやりやすいんだよ。もう一度殴り飛ばされろ!!
2:ヒグマたちには絶対落とし前をつけさせてやる!!
3:『死』ぬのは怖くねぇ。だが、それが突破すべき壁なら、迷わず突き進む。
4:今度熊を見つけたら必ずボコす!!
5:狛枝は信用できねえ。
6:劉鳳の様子がおかしい。
[備考]
※参戦時期は最終回で夢を見ている時期
;;;;;;;;;;
佐倉杏子の叫んだ声が聞こえた。
耳元で言い放たれたような、大声だった。
その声で、狛枝凪斗を掴んでいたカズマの意識が、一瞬逸れた。
そしてその瞬間、奴は俺やカズマたちを振り払って、一気にビルの外へ駆け出していた。
「――あっ、待てっ!!」
叫ぶカズマの声に振り返りもせず、奴は一散にビルの外へ走っていく。
俺は反応が遅れた。
佐倉杏子の言葉も、カズマや俺たちの今までの制止も、まるっきり無視した動きだったからだ。
一体なぜ、そんな何の根拠も無さそうな自分の信念を盲目的に貫けるのか。
今の俺には、自分の現況を鑑みて、その顛末に悪い予感しか抱けない。
「何やってますの劉鳳さん! 彼を止めますわよ!!」
「あ、ああ――!?」
まごついていた俺は、絶影と同化した白井黒子に手を引っ張られていた。
もう既に、カズマは狛枝を追って走り出している。
俺はそれを見るや、一気に白井の能力でビルの外へ先回りで転移させられ、道路に降り立っていた。
と、そう動いた瞬間だった。
「はぁあぁ――、『エイリアァァ――ス』!!」
「くっ――!?」
狛枝がビルの玄関を抜けて路地に飛び出した瞬間、そんな怒号と共に、向かいの建物の屋根から何かが飛び掛かっていた。
――いや、その正体は、解っている。
「何をオタオタしているのだ、この馬鹿が!! 単独行を許しおって!! 最早貴様に生きている価値などない!!」
突風を纏って飛び降りてきたその人物を、狛枝は辛うじて横にステップを踏んで躱し、アスファルトに転げた。
ちょうど狛枝が踏み切った位置の地面を、ただの着地で陥没させていたその男は、ゆっくりと俺に向けて顔を上げる。
青と白を基調としたHOLYの制服に、かっちりと固めた黒髪と、逞しい肉体の威容が張り詰めているその男。
――襲撃してくる『何か』とは、マーティン・ジグマール隊長だった。
「あ、あなたは……!! 生きていたのですか――!?」
「……情けない。情けないぞ劉鳳。貴様、危険な組織が動いていたここへ救助に来るなら、HOLYを出る際に瓜核かイーリャンに、せめて一言でも行先を報告して来たんだろうな!?」
「ぐ……っう!?」
「やはり言っておらんのか……! 物資も持たず報告もせず、救助隊の風上にも置けんな貴様は!!」
「お、お知合いですの、劉鳳さん!?」
「ああ、御嬢さん、私はこの馬鹿の元上司の、マーティン・ジグマールと言う。
こいつのためを思って、その力を引き出す踏み台となって殺されてやったんだが、どうやらそれも犬死にだったようだ。
ここの帝国で甦らせてもらって良かった。これでこの不心得者を、きちんと処分してやれるのだからな」
偉大な恩人であるその男は、生前に見せていた寛容さなど欠片も感じられない、明王の如き憤怒の顔を俺に向けていた。
彼の叱咤の鞭を、甘んじて受けることしか俺にはできなかった。
『これでは母親の仇はとれないな! 大切なものも守れない!! 信念も貫き通せない!!』
マーティン・ジグマール隊長はかつて、俺を発奮させるためにそんな尖った言葉を刺してきたことはあった。
だがヒグマの力を得て生き返ったらしい今の彼は、当然の如く俺を見限り、もう殺して始末することしか頭にないようだった。
「……この『ヒグマー・エイリアス』で私が直々に処断してくれる!!
お嬢さんたちは安心すると良い。この阿呆を殺したら、私とヒグマが皆を送ってあげよう。
さぁ覚悟は良いな劉鳳!! この期に及んでヒグマに敵対しようなどとは、よもや思うまいな!?」
隊長が形成した自律稼動型のアルターは、ビル程の巨大なヒグマの形をしていた。
それとは別に熊の着ぐるみのようなアルターを融合装着し、もふもふになった隊長は、それでも怒りの形相を崩さず、俺に向けて明白な殺意をぶつけていた。
俺は一歩、後ずさりする。
なんかもう、ジグマール隊長が本当に後を引き継いでくれるなら、俺はここで切腹でもして責任を取った方がいくらかマシなのではないかとすら思えるほどだった。
「……何者であろうと、劉鳳さんを殺すようなことは、させませんわ!!
襲ってくるなら、私はヒグマを、処断いたしますの!!」
だがその瞬間、崩れ落ちそうな俺の腕を掴み、少女が凛とした声を張る。
白井黒子――。
死してなお、俺にずっと寄り添っていてくれた彼女が、そうして力強く、俺に向けて頷いた。
「ふざけないで欲しいね!! 絶望は必ず、撃ち滅ぼす!!」
「――すまねぇがそんなムシの良い話は信用できねぇな!!」
「ええ、どうせ江ノ島盾子っていう黒幕の息がかかっているんでしょう!?」
「狛枝の予測は、本当だったってことだな!!」
ビルの中からは、カズマ、黒騎れい、佐倉杏子が次々と走り出て、その巨大なアルターの足元を道路の真ん中で取り囲む。
俺は彼らの威勢に背中を押されるように、ジグマール隊長へ向けてしっかりと面を上げた。
「……ああ。例えそれが隊長だろうと。俺はヒグマを倒し、皆を救う――!!」
その信念を思い出させてくれた白井黒子の髪を、俺はしっかりと握り返す。
――もしかすると彼女こそ、今の俺の『相棒』なのかも知れなかった。
俺に足りない穴を、塞いでくれる存在。
そうだ。
今までだって俺の信念は、俺一人では貫ききれなかったではないか。
俺には、彼女が、必要だ。
気づくのが遅すぎたかもしれない。
だがそれでも願わくは、俺がこれ以上一人で道を踏み外す前に。この二人で。
いや、ここの全員で、俺たちを未来へ進ませてくれ。
頼むぞ、俺の、『絶影』――。
【F-5 市街地/午後】
【劉鳳@スクライド】
状態:進化、アルターの主導権を乗っ取られている、疲労(中)
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:参加者を助け、主催者(ヒグマ含む)を断罪する。
0:例えそれが隊長だろうと。俺はヒグマを倒し、皆を救う――!!
1:ヒグマ……、許せん……。
2:白井黒子に絶影の操作を教える。
3:頼むぞ、俺の、『絶影』――。
[備考]
※空間移動を会得しました
※ヒグマロワと津波を地球温暖化によるものだと思っています
※進化の影響で白井黒子の残留思念が一時的に復活し、アルターを乗っ取られた様です
【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
状態:絶影と同化、アルターの主導権を握っている、疲労(中)
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:参加者を助け、主催者(ヒグマ含む)を断罪する。
0:襲ってくるなら、私はヒグマを、処断いたしますの!!
1:
御坂美琴、
初春飾利、
佐天涙子を見つけ保護する。
2:劉鳳さんをサポートし、一刻も早く参加者を助け出す。
[備考]
※進化の影響で白井黒子の残留思念が一時的に復活し、劉鳳のアルターと同化した様です
;;;;;;;;;;
杏子の叫んだ声が聞こえた。
耳元で言い放たれたような、大声だった。
その声で、狛枝凪斗を掴んでいたカズマの意識が、一瞬逸れた。
そしてその瞬間、彼はカズマや劉さんたちを振り払って、一気にビルの外へ駆け出していた。
「――あっ、待てっ!!」
叫ぶカズマの声に振り返りもせず、狛枝は一散にビルの外へ走り出ていく。
「いや、いい! 狛枝に続く!! あたしが先導するからさっさとここから逃げるぞ!!」
「わ、わかったわ――」
その時即座に、私の隣で杏子が、皆に腕を振って声を上げた。
カズマや劉さん、白井黒子に続き、私も頷いて狛枝凪斗に追いすがる。
――良かった。
ギリギリだったのだろうけど恐らく、これで間に合う。
給湯室で『あんまり残された時間は多くないと思う』と言っていた彼にその理由を問うて返ってきた推理は、私にとっては非常に合点のいくものだった。
気持ち悪い錯視のような違和感を、払拭してくれる理論。
彼の言葉で、私は先延ばしにしていた決を断ずることができた。
彼の言う『信用ならない』という言葉は、恐らく一般的な意味合いとは違う。
たぶん狛枝凪斗にとって、世の中の大半のモノは信用ならないもので、『鵜呑みにしてはならない』のだ。
見聞きする物事を客観的に評価して、本当に『正しい』推論を得るための心構えが、それなんだろう。
自分を信じ、希望を守ることだけを最優先にした上での結論が、『この場からの早急な逃走』だ。
私の身の振り方だって、現状では単独で地下を探索するのが、被害を最小限に抑える最善手だろう。
皆に感謝し、皆を守りたいからこそ、『誰も信用しない』。
そのスタンスは十分、私も見習うべきものだ。
きっと、私たちに確かな希望をもたらしてくれる――。
と、そう思った瞬間だった。
「くはははは、『羽根の弾丸』――!!」
「くっ――!?」
狛枝がビルの玄関を抜けて路地に飛び出した瞬間、そんな耳障りな嘲笑と共に、向かいの建物の屋根から何かが飛び掛かっていた。
――いや、その正体は、解っている。
「はっはっは、下等生物どもがわざわざ大挙して出迎えか。復活の午餐にはちょうどいいなァ!!」
その襲撃者から放たれた弾幕のような羽根を、狛枝凪斗は辛うじて横にステップを踏んで躱し、アスファルトに転げた。
ちょうど彼が踏み切った位置の地面に、大鳥のように悠然と降り立ったその男は、ゆっくりと私に向けて顔を上げる。
中世の彫刻のような筋肉美に長い黒髪を遊ばせた、ある種凶悪な神々しささえ感じさせる半裸の男。
その男の姿に、私の肩でカラスまでもが驚愕した。
――襲撃してくる『何か』とは、あの羽根ヒグマの男だった。
「あ、な、なんであなたが――!!」
「フン、愚問だなぁ~……。再生したからに決まっておろうが!!
あの程度で私を倒せたと思うたか下等生物ども!! 貴様らには最も絶望的な死をくれてやろう!!」
ヒグマとも人間とも何の生き物ともつかぬその男は、腕をタコの肢やタカの翼のように変化させつつむくむくとビル程の大きさに膨れ上がっていく。
「……『超究極“羆”生命体(スーパー・アルティミット・“ヒグマ”・シィング)』!!
復活中にさらに幾体もの新規ヒグマの遺伝子を取り込んだ、究極を超えた究極よォ!!」
見上げるほどに巨大化し、名状しがたい毛むくじゃらの蠢動物になったその男は、鼓膜の破れそうな殺気を込めて叫んだ。
私は抗いようもない恐怖に一歩、後ずさりする。
そんなバカな。
この男は確かに、カズマや杏子たちが跡形も無く消し飛ばしていたのではないのか?
狼狽で身動きのとれなくなったその瞬間、私の耳が、カラスに嘴で深々とついばまれた。
「しっかりしなさい、れい――ッ! 弓を! 弓矢を取るのです!!」
その確かな痛みと声に、私は反射的に、手の内に漆黒の弓を生成していた。
痛い――。
ということはこれは夢でも幻でもなく、現実のはずだ。
有り得ないように見えても、これが現実なのだ。
「ふざけないで欲しいね!! 絶望は必ず、撃ち滅ぼす!!」
「悪は処断するッ!!」
「勿論ですわ――!!」
「テメェが何回甦っても、またぶっ飛ばしてやらぁ――!!」
「ああ、あたしたちが、もう一度アンタに説教食らわしてやる!!」
ビルの中から走り出した面々で、その巨大な男の足元を道路の真ん中で取り囲む。
私も、彼らの威勢に当てられるように、弓矢を構えた。
「ほぉ……、この私を見てもまだ、ヒグマに敵対しようと思うのかァ――!?」
「愚問ですね、ヒグマなどという下等生物は確実に殺します――!!」
その時、羽根ヒグマの男は、溶岩のようなおどろおどろしい声音で、威圧するように私たちへ、今一度問うた。
私は思わず、即答したカラスに続けて、口を開きかけた。
だが私の肩の上で、カラスの挙動は、なんだかおかしかった。
深く嘴で私の耳を噛みこんだまま、何度も爪先で私の背を蹴っている。
一体なんだというのだ、あなたはこんなに威勢よく啖呵を切ったのに――。
そこまで考えて私は、急に背筋に寒気を覚えた。
カラスの爪先。
その蹴りが、痛い。
痛い。
カラスが肩口をひっかく爪の動きは、確かに現実のはずだ。
夢ではない、はずなのに。
……いや、だからこそ――。
はっきりと今、この目に見えているものを、この耳に聞こえているものを、私は『夢』なのだと確信した。
この視聴覚に映っているものを、『信用してはいけない』。
『ニ』。
『ゲ』。
『ナ』。
『サ』。
『イ』。
『レ』。
『イ』。
――ひっかかれた皮膚は、そんな形に痛みを帯びた。
【F-5 市街地/午後】
【黒騎れい@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:軽度の出血(止血済)、制服がかなり破れている
装備:光の矢(5/8)、カラス@ビビッドレッド・オペレーション
道具:基本支給品、ワイヤーアンカー@ビビッドレッド・オペレーション、ランダム支給品0~1 、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×1本
[思考・状況]
基本思考:ゲームを成立させて元の世界を取り戻す……?
0:この状況は、一体、何――!?
1:カラスの伝えようとしていることは……!?
2:四宮ひまわりは……、私が探しに行かなきゃ……!
3:私一人の望みのために、これ以上他の人を犠牲にしたり、できない……!
4:ヒグマを陰でサポートして、人を殺させるなんて、いいわけない……!
[備考]
※アローンを強化する光の矢をヒグマに当てると野生化させたり魔改造したり出来るようです
※ジョーカーですが、有富が死んだことをようやく知りました。
【カラス@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:正常、ヒグマの力を吸収
装備:なし
道具:なし
基本思考:示現エンジンを破壊する
0:この男は、私が喰らったのです――!! こんな状況は、現実では、有り得ない!!
1:しっかりしなさい、れい――ッ! 私は何も言っていませんよ!? 弓矢など出さずに、早く逃げなさい!!
2:示現エンジンは破壊されたのか!? 確かめなくては!!
3:れいにヒグマをサポートさせ、人間と示現エンジンを破壊させる。
[備考]
※黒騎れいの所有物です。
※ヒグマールの力を吸収しました
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あたしが叫んだ、まさにその瞬間だった。
その瞬間、あたしは信じられない光景を目にした。
ホテルのロビーを、音速にも思える瞬間的な速さで、真っ黒な水が一瞬にして埋める。
その水は、あたしの声がみんなの耳に届くか否かのタイミングで、その場の全員の耳に入り込んだ。
黒い水はまるで意志を持つかのように、あたしにも飛びかかっていた。
だがその時、あたしが叫んでいたことが、恐らくあたしを救った。
まるでその声の振動で吹き飛んだように、あたしへ襲い掛かっていた水が目の前で弾かれた。
一瞬あたりは、文字通り水を打ったように静まる。
そしてその直後、その墨汁のような液体は、今度は全員の目玉に向けて、入り込もうとした。
「くぉっ――!?」
光速に思えたその挙動をあたしが防げたのは、目の前で自分の槍を掴んでいたという、ただその幸運のお陰だけだった。
黒い水はあたしの槍の魔力を受けてか、顔面すれすれで弾けて消える。
その水の挙動に思わずのけぞったあたしが尻餅をついた瞬間、カズマに掴まれていた狛枝凪斗が、外に走り出していた。
「――あっ、待てっ!!」
カズマが、狛枝を追うように走り出した。
「何やってますの劉鳳さん! 彼を止めますわよ!!」
「あ、ああ――!?」
「わ、わかったわ――」
それに続くようにして、白井さん、劉さん、れい、と、その場の全員が動く。
「お、おい――、待てみんなッ――!? この水が見えねぇのか!?」
慌てて起き上がり、一番傍にいたれいに手を伸ばす。
だが既に走り出していた彼女の背中に、あたしの指先は届かなかった。
皆はあたしの声をまるっきり無視して、ロビーを埋める黒い水が流れてきた方向である外へ、走り出すなりテレポートするなりで飛び出してしまう。
あたしは唇を噛んで、一歩にありったけの気合を込めてロビーに踏み出した。
パッと、水面に油を一滴落としたように、その挙動で足元の黒い液体はあたしを避けて散る。
なんだかわからないが、この水はあたしの魔力で相殺することができるらしい。
背筋にすさまじい悪寒を感じながらも、あたしは飛び出してしまった彼らに、黒い水面を割りながら追いすがった。
「くっ――!?」
そして、真っ先に外に出ていた狛枝が、突然何もない道路の真ん中で横に跳ね、何かを避けるように地に転げる。
その時には、私を除く全員がその道路に出ていて、揃って何かを取り囲もうとしていた。
その『何か』とは、ほとんど足音も無く静かにこの場へ歩いてきた、一頭の痩せたヒグマだった。
その真っ黒なヒグマの眼は、炎が燃え上がるように真っ黒にギラついていた。
そしてその深い沼地のような双眸からは、この粘性の高い墨汁のような水がダラダラ垂れている。
みんなはそのヒグマを見て、めいめい驚きの声をあげていた。
「あ、な、なんであなたが――!!」
「てっめえ……!! 生きてやがったのかぁ――!!」
「あ、あなたは……!! 生きていたのですか――!? ぐ……っう!?」
「お、お知合いですの、劉鳳さん!?」
「……それは良かった。どうやら遠慮なくキミの策謀を叩きのめせるようだからね」
――皆はこのヒグマを、知っているのか……!?
全く見覚えのない、枯れ木のような不気味な黒熊を取り囲む一同のもとに走り寄り、あたしはそいつと眼が合う。
そいつは首を傾げて、低い声で一人ごちた。
「……そうですか。めずらしい。私と同じタイプの能力なのですね」
「なっ……、何を、言ってやがる……!?」
「まぁ、なんであれ、私があなた方にお尋ねする事項は、変わりません。
確度は下がるでしょうが、無意識へ問うのを口頭で問うだけです」
あたしは震える声で、目の前に佇むそのヒグマに向け槍を構える。
みんなはそいつの周りを取り囲んでいながら、そいつを見てはいなかった。
狛枝も、カズマも、劉さんも白井さんもれいも、全員見当違いの位置を見ながら、あとずさりしていた。
『同じタイプの能力』――。
幻覚に違いない。
それも、あたしなんかより数段強力な――。
「……はぁ、『彼の者』の知り合いに、外からいらっしゃった闖入者ですか。
ミズクマさんが取り逃すとは。……やはり、ここで見つけられて良かった」
「おい……ッ、あんた、カズマたちに、一体、何したってんだ――!!」
その骨ばった仙人のようにも見える黒いヒグマは、そのうつろな眼に何を見ているのか、周りの皆の挙動を見回しながら、そんな独り言を言う。
そいつは、あたしの問いに答えることなく、逆にあたしへ問うてきた。
「……あなたがたは、ヒグマに敵対しようと思っているのですか?」
そしてその問いに、周りのみんなは、即答した。
「……当然だろう? ヒグマなんて絶望的な生き物は……、生かしておく訳にはいかない!!」
「……見下してんじゃねぇ!! ヒグマだろうと何だろうと、邪魔するならぶっ飛ばす――!!」
「……何者であろうと、劉鳳さんを殺すようなことは、させませんわ!!
襲ってくるなら、私はヒグマを、処断いたしますの!!」
「……ああ。例えそれが隊長だろうと。俺はヒグマを倒し、皆を救う――!!」
そうして皆は手に手に武器を取り、身構え、『見当違いの方向に』狙いをつけた。
あたしは恐怖に震えた。
包囲のド真ん中に泰然と佇みながら、溶岩のような怒りが、そのヒグマから湧いているのがわかった。
ヒグマは溜め息をつき、その声色を激しく燃やす。
「……あなた方が望むヒグマの姿とは、そんな『敵』の姿なのですね。なるほどそうですか。
では望み通り――。ヒトの道の名前にかけても、……そこから一歩も動くな」
ダラダラと、その声とともに目から歯から体から零れ落ちる濁った黒が、あたしたちの周りを逆に取り囲んで、意志を持つように沸き踊った。
ラマッタクペの『足止め』の真の目的――。
そこで襲ってくる『何か』の正体を、あたしは慄然として思い知らされた。
【F-5 市街地/午後】
【
穴持たず47(シーナー)】
状態:ダメージ(大)、疲労(大)
装備:『固有結界:治癒の書(キターブ・アッシファー)』
道具:
相田マナのラブリーコミューン
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:ヒグマに仇なす者は、殺滅します
1:まだ休めるわけないでしょう、指導者である私が。
2:莫迦な人間の指導者に成り代わり、やはり人間は我々が管理してやる必要がありますね!!
3:モノクマさん……あなたは、殺滅します。
4:懸案が多すぎる……。
5:デビルさんは、我々の目的を知ったとしても賛同して下さいますでしょうか……。
6:相田マナさん……、私なりの『愛』で良ければ、あなたの思いに応えましょう。
[備考]
※『治癒の書(キターブ・アッシファー)』とは、シーナーが体内に展開する固有結界。シーナーが五感を用いて認識した対象の、対応する五感を支配する。
※シーナーの五感の認識外に対象が出た場合、支配は解除される。しかし対象の五感全てを同時に支配した場合、対象は『空中人間』となりその魂をこの結界に捕食される。
※『空中人間』となった魂は結界の中で暫くは、シーナーの描いた幻を認識しつつ思考するが、次第にこの結界に消化されて、結界を維持するための魔力と化す。
※例えばシーナーが見た者は、シーナーの任意の幻視を目の当たりにすることになり、シーナーが触れた者は、位置覚や痛覚をも操られてしまうことになる。
※普段シーナーはこの能力を、隠密行動およびヒグマの治療・手術の際の麻酔として使用しています。
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:石と意思の共鳴による究極の魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り:大)
道具:基本支給品、ランダム支給品×0~1
基本思考:元の場所へ帰る――主催者(のヒグマ?)をボコってから。
0:このヒグマは、なんだ!? 皆は何をされてる!? 一体どうすればいいんだ!?
1:遅かった……! もっと狛枝の言うことにも耳を貸していれば……!!
2:たとえ『死』の陰の谷を歩むとも、あたしは『絶望』を恐れない。
3:カズマと共に怪しい奴をボコす。
4:あたしは父さんのためにも、もう一度『希望』の道で『進化』していくよ。
5:狛枝はあまり信用したくない。けれど、否定する理由もない。
6:マミがこの島にいるのか? いるなら騙されてるのか? 今どうしてる?
[備考]
※参戦時期は本編世界改変後以降。もしかしたら叛逆の可能性も……?
※幻惑魔法の使用を解禁しました。
※この調子でもっと人数を増やせば、ロッソ・ファンタズマは無敵の魔法技になるわ!
※佐倉杏子以外のこの場の全ての生物は、視覚・聴覚・嗅覚を『治癒の書』の支配下に置かれています。
最終更新:2015年05月17日 12:13