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 時は少し遡り、島中央の山裾、その西側の状況に視点は移る。
 そこでは、地響きを立てて歩みを進める穴持たず13・ヒグマン子爵――、いや、G羆魔神我から、必死に逃げるヒグマと人間たちがいた。
 メルセレラ、李徴、宮本明黒騎れいである。
 巨大化したG羆魔神我は、自我も希薄な様子で、漫然と、ただゆっくり歩いているだけに見えた。
 だが、その歩みの実際の速度は、ゆっくりに見えても、ヒグマたちの全速力とほとんど同じであり、メルセレラたちは一向に距離を離せなかった。

 そのさなかに、武田観柳が発したテレパシーの点呼。
 その最後に、黒騎れいははっきりと自分の友人の声を聞いた。

「四宮さん――!! 四宮さんの声だわ! 私、行かなきゃ!!」
「わかったわ! 行きなさい、黒騎れい!!」

 メルセレラの背から降り、デイパックを宮本明に投げ渡し、黒騎れいは友を助けるべく、南へ走って行った。
 李徴と宮本明が、その少女の背に声援を投げる。

「零女士、武運を祈る!!」
「行ってこいレイちゃん!!」

 黒騎れいを下ろしたことで、ヒグマ形態でいる必要がなくなったメルセレラが、再度魔法少女に変身する。

「カ゛゛゛゛ッッッッ――!!!!!!」

 振り向きざまに、背後に聳えるG羆魔神我の巨体に向けて、固有武器のスピーカーから強烈な指向性音波を放つ。
 だが、今や30メートル近くにまで巨大化したG羆魔神我に対しては、その攻撃はG羆魔神我の動きを鈍らせる程度にしかならない。

 その間に、メルセレラの元にはケレプノエと隻眼2が追い付いてくる。

「メルセレラさま! ご無事ですか!?」
「ケレプノエ! アンタこそ無事で良かった! アタシが時間を稼ぐから、早く逃げて!」

 メルセレラの音波と、G羆魔神我の脚の振り上がりが、拮抗している。
 脂汗を流して耐えている、姉のようなヒグマの姿に、ケレプノエも奮起した。
 彼女の姿がヒグマから、アイヌ民族衣装の魔法少女の姿に変わる。

「――いいえ、もう、ケレプノエも、逃げません!」
「……ヒグマに根性見せられたら、俺たちだって逃げてらんねぇな!!」
「明、ゆめ引き際を見誤るなよ!!」
『李徴さん、宮本さん! ケレプノエさんメルセレラさんも! くれぐれも無茶だけはしないで!』

 彼女たちの姿に当てられ、宮本明もまた、李徴の背から降り、丸太を構え始めた。
 G羆魔神我の巨体に対抗できる攻撃手段を持たない李徴と隻眼2は、いつでも逃げ出せる心構えをしつつ、彼らの様子をハラハラしながら見守るほかなかった。


「――『デストゥリエーレ・モルタ(数馬)』!!」


 その時、佐倉杏子の駆る、炎の馬の大群が、南方からその場に殺到する。
 大きな炎の弾幕が、ついにG羆魔神我をふらつかせ、後ろにたたらを踏ませた。
 杏子はそのまま北へ走り去っていき、代わりにその場には、黄色いスカートの魔法少女が降り立つ。
 巴マミである。
 彼女は目の前に聳え立つ、ビルの如き異様なヒグマの巨体を見上げた。


 深夜に巴マミが、この島で初めて邂逅したヒグマ。
 彼女の意識の根底から恐怖を呼び覚ました、因縁深い者だ。

 彼との決着をつけることこそが、この島での巴マミの集大成に他ならない。

 今は焦りも、恐怖も、ない。
 彼女は目の前に、3門の巨大な大砲を召喚し、G羆魔神我を取り囲んでいた。


「『ティロ・フィナーレ・トリアンゴロ』!!」


 万感の思いを込めて、放つ。
 今度は全て、イタリア語で。


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「――衛星局(サテライト)よ! 瑞鶴の改造していた航空基地の機材を得られれば、もっと大規模に放送ができる!!
 そこを江ノ島盾子に奪われるわけにはいかない!!」

 グリズリーセイバーエンジン――、童子斬りにてエネルギー探知を行なっていた四宮ひまわりからの情報を受けて、天津風が叫んだ。
 ヒグマ島希望放送の面々は、絶対的に不足していた電力の当てに、にわかに色めき立った。
 天龍がデイパックを担ぎ呼びかける。

「天津風! 俺も一緒に行くぞ! 遠征なら任せろ!!」
「助かるわ! 御坂さん、連携・送電のための必要機材を急いで用意してちょうだい!」
「わ、わかった!」
「でしたら私の金をお使いください!」
「こちらもお願いします!」

 御坂美琴と武田観柳、初春飾利たちが、天津風と天龍に機材を手渡してゆく。
 その様子に、佐天涙子も身を乗り出していた。

「天龍さん、南の基地に行くのね!? 私も一緒に行こうか!?」
「いや、さっきの……相田マナってヤツもここに向かってくるはずだ。
 涙子、お前はこっちの防衛に必要だ。本拠地に戦力がいなくちゃ話にならねぇ。
 とりあえず俺たち艦娘が先行して、拠点を押さえるだけ押さえる!」

 放送局内で、あわただしく始まった遠征準備に、同じ艦娘として、マイクを握る那珂がまごつく。

「天龍ちゃん遠征行くの!? 大丈夫!?」
「お前はここで舞台するんだろ? お前のための遠征だ。歌は通信で聞いとくから。心配すんな。気張れよ主役!」
「う、うん! 天龍ちゃんありがとう!」

 出立しようとする天龍と天津風の様子を眺め、佐天涙子は呟く。

「……歪んだ月みたいな私だけど。天龍さんたちみたいな、船を導く、星になりたい……」

 佐天涙子はそのままゴスロリ包帯衣装で、機材を整理していた武田観柳の前に意を決して駆け寄る。

「ねぇ、武田さん! なんかこの放送局の防衛に使える武装とかないんですか! 武器商人なんですよね!?」
「ええ? 確かに武器商人ではあるんですが、今ここには皆様からの支給品くらいしかないですからね……」

 戦友たちの姿に打たれ、奮起している佐天涙子に、観柳は面食らう。
 だが、彼女は真剣だ。全力で、ここにいる全員を守り抜きたいと思っているのだ。
 その姿に、観柳はしばし思案を巡らせて、デイパックを手に取る。


「一応こんなのはありますが……」

 観柳がデイパックを広げて見せたのは、全長数十メートルにも及ぶ巨大な列車と大砲――。
 それは、フォックスから譲り受けた支給品、嘗て『ジョーカー・バルコム』と謳われた『南斗列車砲』であった。

「うわぁ、すごい! これ列車砲ってヤツ!?」
「うお、すっげ! 良いじゃねぇか! こんな武装あるなら使おうぜ!!」

 いつの間にかそこには、外のバラック小屋から浅倉威子が戻ってきていた。
 佐天涙子と一緒に目を輝かせる浅倉を見て、武田観柳は苦笑した。

「いえ、でもこれ動かすには、20人は人手が必要らしいですよ?
 一度この不思議な背嚢から出したが最後、ロクに移動もさせられないでしょうし……」

 観柳の心配をよそに、浅倉は早速デイパックの中に顔まで突っ込んで中をまさぐっている。

「本当に20人も要るかぁ? 仕方ねぇな。とりあえず魔力とかですぐ動かせるように、ちゃちゃっと整備してやるわ」
「え!? 浅倉さんそんなことできるんですか!?」
「ご丁寧に取説もついてんだから、初見の大型車両でも整備くらいできらぁな。俺は自動車整備工してたからよ」

 ぺらぺらと浅倉がめくる、『南斗人間砲弾指南書』が、本当に南斗列車砲の説明書を兼ねているのかは甚だ疑問ではあったが。
 整備士である浅倉が大丈夫と言うのならば大丈夫なのだろう。

 浅倉はそのまま武田観柳からデイパックを受け取り、防衛設備としてHIGUMAアスレチックの東の端に列車砲を鎮座させてしまう。
 早速作業に取り掛かった浅倉の様子を、ついてきた佐天が後ろから興味深げに眺める。

「お前もこういうの好きなのか?」
「うん! 説明書読んで、新しいもの動かせるようになるの、楽しいじゃない?」
「……ハハ、そうだな。こうしてる最中は、イライラも吹き飛ぶ。丁度いいからお前も手伝えや」
「わかった!」

 浅倉の指示に従い、佐天涙子も『南斗人間砲弾指南書』を読み込んで整備を手伝い始める。
 放送局の防衛に外へ出てきた、くまモン、キュアドリーム、呉キリカたちも、鎮座する列車砲の威容に感嘆する。

「随分仰々しいモノ出してきたなぁ、あさささ……。私はどうなっても知らないぞ」
「おう、せいぜい轢き潰されないよう気を付けとけよ呉」

 軽口を叩く浅倉に、続けざまに声をかけたのは、騒ぎを見て外に出てきた那珂だった。

「すごいね威子ちゃん! こんな大きな機械でも整備できちゃうんだ!? 熟練整備員なんだね~!」

 駆け寄り拍手してくる、彼女の満面の笑顔に、浅倉は思わず目をそらしてしまう。
 直前にキリカに応対していた時とは、全く違うあたたかい光が、心に広がるようだった。

「……お、おう。お前もなんか調子悪いんだったら、応急修理くらいしてやるから、すぐ言えよ。……那珂」
「ありがと~!! すっごい嬉しい!! 威子ちゃんのおかげで、那珂ちゃんは絶好調のキラキラだよ!!
 あ~、この夜戦が終わって威子ちゃんと一緒に暮らせるようになったら、いっぱい修理してもらおうかな~」
「一緒に……」

 褒められて、期待される。
 そんな他愛もないことの心地よさが、浅倉には全て、初めての刺激だった。
 那珂に抱き締められ、頬ずりしてもらうごとに、どきどきと高まる胸の高揚感を、どう言い表せばよいのか。
 浅倉は知らなかった。


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 時を同じくして、布束砥信、星空凛、龍田、間桐雁夜、ビショップの一行が、ビショップの形成した水の道を高速で滑走してくる形でヒグマ島希望放送に到着していた。
 遠征に出発しようとしていた天龍たちが、ちょうど一行を出迎える形になる。

「龍田!」
「天龍ちゃん! 話は聞いてたわ! 私も遠征に同行します!」
「おい、天津風もだが、お前その破損状況で大丈夫なのか!? 無理すんじゃねえよ」
「天龍ちゃんったら……。今はヒグマ製の私の方が強いのよ? 一緒に行かせて?」
「龍田さんのお姉さん? 今、龍田さんと契約している間桐雁夜だ。龍田さんをよろしく頼む……!」
「その顔の傷……、あんたも相当な修羅場をくぐってきたみたいだな……」

 間桐雁夜が、天龍に頭を下げ、龍田を預ける。

「うおお凛ちゃん! 本物の凛ちゃんだぁぁ――!!」
「にゃ!? あなたが凛のファンのヒグマさん!?」
「ちょっと、ヒグマが全力で抱き着いたらニンゲンは壊れマスよ蔵人サン……。加減ナサイ」

 クックロビンが、バラック小屋から飛び出して星空凛に抱き着き、感動の涙を流しながら凛の両手をぶんぶんと振って握手する。
 その様子を横目に、ビショップや布束砥信は呆れた。
 そんな彼女たちの前に、クックロビン、百合城銀子と共に小屋で炊き出しの番をしていた司波深雪が歩み出る。
 パレットスーツを着てアイちゃんを抱えた布束に向け、深雪は深々と頭を下げた。


「布束さん、今回は私の不手際で大変なご迷惑をおかけしました……」
「……Good for you。あなたにしては殊勝なことね。責任はこの戦いが終わってから存分に追及してあげるわ。
 今は私たちのためにもヒグマのためにも、とにかく全力を尽くしなさい」
「はい……」

 同僚からの当然の叱咤激励に、深雪は項垂れる。

「布束さん久しぶり、会えて良かった……!」
「御坂美琴、Thanks a lot。わざわざ日本本土から来てくれたのね。フェブリの件に引き続き、感謝してもしきれないわ……」

 放送局内から顔を出した御坂美琴に招かれ、布束は内部に入ってゆく。
 頭を下げたまま残された司波深雪に、続けて呼び掛けたのは、ビショップヒグマだった。

「シロクマさん! どうか助けて下サイ!」
「ビショップさん!? どうしたんですか一体?」
「シーナーさんに、ヒグマ帝国を復興しろなどという指名をされてしまいマシテ……」

 スライム状態でもその焦りが見て取れるビショップは、戸惑う深雪に、両前脚を合わせて懇願した。

「シロクマさん……! ヒグマ帝国の指導者ナンテ、私には荷が重すぎマス……!
 あなたは元ニンゲンだからということでシーナーさんの候補には入っていなかったのかもしれマセンが、それでも充分、国を救った英雄であるハズです!
 ぜひシロクマさんガ、ヒグマ帝国を復興させてくだサイ!!」
「私が、英雄……?」

 ビショップの必死の勢いに、深雪は困惑し続ける。
 だが、その懇願の中に含まれた『英雄』という単語に、深雪の心は波立った。

「ハイ! シロクマさんがニンゲンだった時のことなど、私たちは知りまセン……!
 デスが、『シロクマさんは間違いなく、ヒグマ帝国の建国に尽力した、まぎれもない英雄でいらっしゃる』のデスから!!」

 そして続く、真っすぐなビショップの言葉に、深雪の心は貫かれた。
 衝撃に、彼女は思わず数歩後ろにたたらを踏んだ。

 深雪の中で、全てが繋がった。
 記憶が巡る。
 自身のかたちが、そのヒグマから呼ばれた名前で、はっきりと教えられたかのようだった。


「だ、大丈夫デスカ!? シロクマさん!?」
「あっはっはっはっは――! ありました、ありました、私のコネは、ここに……!
 はーおっかしぃ……。そうですよ、そうですよね……。私の縁も、スキも、ずっとここにあったんじゃないですか……!
 灯台下暗しにもほどがある……ッ!!」


 司波深雪は、弾けるように笑っていた。
 戸惑うビショップの前で、ひとしきり泣き笑い、彼女は居ずまいを正した。

「……わかりましたよ、ビショップさん!」
「で、デハ、帝国の次の指導者をなさって下さるのデスね!?」
「いえ、指導者はぜひビショップさんがなさって下さい! そして私たちを、『シロクマさん』と『シバさん』を、建国と救国の英雄として、ずっと崇め奉るんです!!」
「エェ!?」

 そして彼女はビショップの肩を叩き、微笑む。
 心底嬉しそうに震え続ける司波深雪に、深く頷きながら百合城銀子が歩み寄っていた。

「ああ、ああ……、ようやく見えました。私が、私がスキを手に入れるために、何を為すべきか……!」
「ようやく気付いたか、がうがう……。良い顔つきのクマになったな、深雪」
「はい。ありがとうございます、百合城さん……。
 夕立さんや、この島で散っていった皆々様にも、感謝しなくてはなりませんね……」


 司波深雪は、ヒグマ島希望放送の局内に入り、布束砥信や御坂美琴、武田観柳たちに向けて、深々と頭を下げていた。

「すみません布束さん」
「What?」
「おあと、STUDYのことは頼みますね。この件に関して、私は引責辞任ということにさせて下さい」

 顔を上げた深雪は、晴れやかな笑顔を浮かべていた。
 それは誰もが息を呑むような、絶世の美少女と形容するにふさわしかった。


「刺し違えてでも、江ノ島盾子を斃します。私が真に守るべきものは、今この瞬間から、ヒグマ帝国となりました。
 司波家の深雪ではなく、ただこの島に生きた穴持たず46、シロクマとして、私は戦います……!!」
「ちょっとお待ちください! 確かに私も先ほどあなたに全力を尽くせとは言ってしまいましたが、何かヤツに対抗できる算段があるのですか!?」
「……あります。そしてこれはきっと、私にしかできません」

 面食らった観柳の呼びかけに、司波深雪はきっぱりと言い切る。

「……あなたがそう言うのなら、できるんでしょう、優等生」

 ため息と共に、布束砥信が彼女に応えた。


「有冨の代わりに私が言うのも変な話だけれど。STUDYは『能力よりも知性が勝ると示す革命』を目的として、各学校の成績上位者が集まった組織よ。
 魔法科高校の優等生であり、今やヒグマでもあるあなた以上に、その理念を体現できる存在はいないわ」
「そうですね……。これは、絶望というテロスを変革する、革命です。
 私が、主催として、人間として、ヒグマとして、あの絶望を招いてしまった責任者として、全ての後始末をつけます」

 同僚の静かな声援に、微笑む彼女の姿は、ユリの花を思わせるようだった。


「決を採ります。私、元STUDY所属・司波深雪もとい、ヒグマ帝国庶務班長・穴持たず46シロクマの出征に賛成の方は、挙手を」


 司波深雪は、厳然とそう述べて手を挙げる。
 布束砥信と、百合城銀子の手がそれに続く。
 御坂美琴を始めとしたその場の人々は、困惑して3人を見回す。

「……え、何この文化。知らないんだけど?」

 それはSTUDY内で、有冨春樹が決まって行なっていた、会議の締めの儀式だった。
 司波深雪、布束砥信、百合城銀子はその後、挙げていた手を前に差し出し、円陣となって手を重ねた。


「……Kamuy bless you(神のご加護が、あらんことを)」


 同僚だった一頭のヒグマの少女に向け、布束砥信はそう呟き祈った。
 同僚だった研究者の言葉に、深雪は満足げに胸を張ると、踵を返す。


「ええ。天龍さんたちと、イヨマンテ(熊送り)しに行きましょう、百合城さん。ヤツの全てを焚き木にして……!」
「……がうがう」

 二人は、意を決した表情でヒグマ島希望放送を後にして、先行した艦娘たちを追って走り始める。
 その姿を呆然と見送りかけていたビショップは、ハッとして叫んだ。


「……エエイ!! 揃いも揃って何ナンデスカ一体! 最速で移動したいナラ、結局私の能力が欠かせないでショウ!?
 ねぇ艦娘の皆さん!? 私もお供しますよシロクマさん!!」


 天龍、龍田、天津風、司波深雪、百合城銀子、ビショップの6名は、そうして先遣遠征部隊として、B-8の基地の制圧に向かっていった。


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「あなたが例の新聞記者の方!? この度はよろしくお願いいたします。青年実業家の武田観柳と申します。名刺が無くて申し訳ない」
「あ、これはご丁寧にどうも……。新聞記者というか、ルポライター、取材記者の間桐雁夜です。よろしくお願いします」

 司波深雪や龍田たちを遠征に送り出した後、続けてヒグマ島希望放送は、ルポライターの間桐雁夜を招き入れていた。
 彼は武田観柳との挨拶もそこそこに、さっそく初春飾利たちに声をかけ、有用な情報を集め始めた。

「ちょっとその黒幕の悪行とか、ヒグマ帝国の印象改善に使えそうな情報とか、教えてくれない? 話の中で使うんで」
「どうなさるんですか?」
「いつも懇意にしてる出版社の編集長に連絡する。民放にも繋がってるから、たぶんすぐ枠も融通してもらえるはず。
 てかこれ古舘伊知郎さんのテレビ電話? 今こんな小型化されてんだね……」

 物珍しそうにスマホをいじり、彼は懇意の番号にビデオ通話をかける。
 彼が聖杯戦争に参加していた当時は、限られた大会社などでしか使われていなかった技術であるが、流石に彼の順応は早かった。
 通話先に映った編集長の男性は、雁夜の記憶よりもだいぶ老けて見えた。

『おお、古舘くんと思ったら間桐くんか! 随分久しぶりじゃないか、何だねこんな夜中に――、って、どうしたんだそのケガは!?』
「お久しぶりです編集長……! 実は、今話題のヒグマ島に来てまして、そこでこんな状態に……!」

 だが、面食らったのはお互い様である。
 久しぶりに連絡をしてきた取材記者が、顔の半分を爛れさせた総白髪になっているのだから。
 男性は『ヒグマ島』という話題の単語に、ぐっと身を乗り出していた。

『なんだって!? ヒグマにやられたのか!?』
「違います。むしろ自分は、ヒグマ帝国に手当てしてもらって生き永らえたんです……!
 この島が、そして北海道周辺と日本の情勢がこんな状態になっているのは、全て『江ノ島盾子』という者のせいなんです……!!」

 さすがのルポライターである。
 ルポライターは、社会問題を綿密に取材し、真実を客観的に伝えることを生業とする。
 そのため、間桐雁夜の出版社での誠実性の評価は元から高い。
 そして事実、雁夜はこのビデオ通話でも、一切の嘘を語らず、真実だけを話した。

 だが、間桐雁夜の相貌を歪ませるほどのケガは、そもそも聖杯戦争参加前の実家での特訓が原因であるし。
 手当をメインでしていたのは、確かにヒグマ帝国所属となった田所恵ではあったが、別にヒグマにしてもらったわけではないし。
 大元の原因は有冨春樹率いるSTUDYの馬鹿げた計画のせいであるのだが、とりあえずまるっと経過をすっ飛ばして現状の黒幕の江ノ島盾子に全ての責任をなすりつけた形になる。
 嘘をつかなくても、熟練の報道関係者ともなれば、この程度の情報・印象操作は容易いものだった。


「恐らく黒幕はサラミ法で、全世界の銀行から資金を盗み出していて――」
「この島のヒグマは、あくまで哀れな実験動物だったんですよ。ほら、こちらが今同行しているクックロビンさん――」
「こちら現役アイドルの星空凛さん。ご存知です? 良かった。他の生存者も皆、ヒグマと敵対するつもりなんてないんです――」
「あと、特別部隊は全てが殺害されたと報道されているようですが、こちらに御坂美琴さんが居る時点で完全な虚偽ですよ――」
「というかそもそも、普通に無事な生存者が確認されてる時点で、核ミサイル撃つなんて有り得ないですよね――?」


 数分の通話の中で、男性は直ちにメモとレコーディングを行ない、パソコンを立ち上げ始めていた。

『わかった!! 大スクープだ!! 間桐くん本当にありがとう!! すぐに配信と緊急特番の枠を取る!!』

 男性は目を輝かせ、鼻息も荒く通話が切られる。
 間桐雁夜は一同に振り向いて、グッとガッツポーズを決めた。

「川﨑宗則さんの情報とか、あと官邸にも誰か女の子たちが乗り込んで来てたみたいで、総合して信じてもらえたよ!」
「亜久里だわ……! やってくれたのね!」
「きゅぴらっぱ~!!」

 布束砥信の腕の中で、アイちゃんが喜ぶ。
 円亜久里とレジーナが、その心を合わせて変身するプリキュア、キュアジョーカー。
 彼女や、万博のマスコットや海上自衛隊の艦娘たちが総理官邸に乗り込んで、なんやかんや喚き散らしたらしい。

『……ミャクミャクが向こうに居るなら、伝えて欲しいことがあるモン』

 放送局内が歓喜に湧くその時、外からテレパシーでくまモンの言葉が届いていた。

『話の中にあった、“江ノ島のイージス艦”という存在を発見し、破壊して欲しいモン。
 それがこの島に核ミサイルを発射する砲台……。そして、島外での黒幕の本拠地のはずだモン。
 くまモンからの伝言と、そう言ってくれれば伝わると思うモン』
「わ、わかった! 確かに、島外に協力できる人がいるなら、そうしてもらうのが一番だ! 確実に伝えてもらう!」

 間桐雁夜はくまモンからの指摘で、直ちに外部協力者に動いてもらえるよう、メールを送信する。

 発祥は違えど、同じゆるキャラとして共演したこともある友として、くまモンはミャクミャクさまが外で動いているということに、大きな心強さを感じていた。
 ――メロン熊クマー。ミャクミャク。必ず、ゆるキャラとして、ボクはヒグマを斃し、キミたちに報いるモン……!
 そしてただ静かに、彼は拳を握り込んで、決意を固めるのだった。


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「これで後は、こちらの準備さえできれば行けるわね! 舞台がまだ整ってないけど……!」
「最初は俺と布束さんあたりが現地取材のテイで、インタビュー含めて繋ぐ。なんかそのプログラムを流す必要があるとかいうなら、BGMにでも混ぜてくれ。
 こういうのは速報性が一番大切なんだ。クオリティーなんて気にせず、まずはすぐにでも始めよう」

 出版社からは、直ちに公式ホームページ、公式SNSアカウント、動画サイトでの公式生配信枠などが立った連絡が届く。
 追って、民放でも緊急特番および生放送の枠を取ってくれるということであった。

 御坂美琴と間桐雁夜が息巻く中、その時切羽詰まった一本のテレパシーが一同の元に飛来した。


『――天龍よりヒグマ島希望放送へ緊急連絡! 南方より多数の機影接近アリ!! 暫定識別呼称“羆嵐”!
 深海棲艦になった大和が製造してたのと同じ、小型の戦闘機型ヒグマだ!! 総員、対空戦闘準備を願う!!』


 南方へ向かった遠征部隊がいち早く確認した異変――。
 それは小型の艦載機型ヒグマである、羆嵐の大編隊であった。
 冠毛種子の大群を思わせる、月夜を埋め尽くす黒い雲霞が、一斉にヒグマ島希望放送に向けて襲来していた。

 ヒグマ島希望放送の人員は即座に応戦した。

「『天網雅楽(スカイセンサー)』!!」
「プリキュア・スターライトソリューション!!」

 御坂美琴のレーダー網が、直ちに展開される。
 テレパシーで共有されたその情報に基づいて、キュアドリームが上空へクリスタルフルーレを構えていた。

 瑞鶴の編隊を全て撃墜したこともある、御坂美琴とキュアドリームのコンビネーション。
 幾条にも枝分かれするクリスタルフルーレのレーザーが、急降下してくる羆嵐たちを撃墜してゆく。
 だが、今や羆嵐の数は、キュアドリームのレーザーの分枝よりも遙かに多い。

 整備中の南斗列車砲の上から、シュートベントの連装砲を構えた浅倉威子と、アルター『砂漠の月(デザートムーン)』を形成した佐天涙子がさらに迎撃を試みる。

「オラオラァ!!」
「『蒼黒色の第四波動(ダークリヴィッド・フォースウェーブ)』!!」

 それでもまだ、数万匹はいるかと思われる、大規模なイナゴの群れを思わせるその軍勢は堕としきれない。

「ちくしょう! 防御が間に合わない!! おい! 誰かどうにかしろ!!」

 巨大な速度低下の陣を全面に張りながら、呉キリカが叫んだ。


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 島の南、E-8には、西へ向かう闇が一つ。
 それは大量の羆嵐を現在進行形で産み落としながら、悠然とB-8の航空基地へ歩みを進めている江ノ島盾子だ。

「なんだか、さっきのコロポックルヒグマに色々配布させたり、小細工を弄してるみたいだけどさぁ……。
 まあ結局、戦いは物量と策略がモノをいうんだよ。
 魔法も体力も物資もフルスロットルで使って……無事でいられる? そんなわけないよねぇ!!
 よくわかんないカラスまで相手にしておいて、リソースが足りるわけないでしょ!」

 虚ろな表情の江ノ島棲姫たちを先導とし、女王のパレードのように、ミニスカートをたくし上げて優雅に歩く。
 そのスカートの下からは、ぼとぼととコウモリのように羆嵐が落ちてきては、翼膜を広げて飛び立ってゆく。

 安室嶺を吸収したことで、羆嵐の生産スピードと総生産量、そしてその羆嵐単体の戦闘能力を爆発的に上げた彼女は、月夜をヒグマの闇で埋め尽くしながら、勝ち誇ったようにせせら笑っていた。

「特にオマエの濁りはひどいことになってるんじゃあないか、小悪党!! ほぉら、さっさと絶望しちまえ――!!」


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 その時武田観柳は、魔法少女姿に変身し、ヒグマ島希望放送の旗の下に立っていた。
 残る全魔力で回転式機関砲を形成すると、その胸元のソウルジェムは真っ黒に濁る。
 その様子に慄くこともなく、ただ彼は、回転式機関砲を構えて決然と言い放った。


「――もはや私の構築した『しすてむ』には、絶望など、必要ありません!!」


 彼が叫ぶや否や、その胸のブローチについた、ヒグマの血のイヤリングが回転する。
 ソウルジェムに貯め込まれた濁りがその回転に吸い寄せられ、同時に、彼の背後には、いくつもの回転式機関砲が、千手観音のように湧き出でた。
 武田観柳のドッペルである。


《激情のドッペル Gatou Ringu(ガトウリング)
 その姿は、回転式機関砲。
 この感情の主は、身一つで地位と金を稼ぎ続け、多くの因果と感情を貯め込んできた。
 因果が招いたこのドッペルの姿を、主は圧倒的な力の象徴と感じて、激しい憧れと信頼を寄せている。
 それは身を削る恋にも似て、このドッペルは己の血を金の弾丸に換えて、自他が壊れるまで放ち続けるだろう。》


「経世済民! 『金が全てを支配する』のは自然の摂理!
 この世に経済活動がある限り、私が絶望に堕ちることなど、有り得ないのですよ――ッ!!」


 ハイテンションに叫びながら、彼はヒグマ島希望放送へ襲い来る羆嵐の群れを、金色に輝く弾幕で瞬く間に粉砕してゆく。
 いつの間にか武田観柳の隣には、漫画に描かれたような薄っぺらい男と、彼と糸で繋がった、巨大な道化師のような魔女が佇んでいた。
 武田観柳の絶望を吸い取って、再びグリーフシードから孵化した人形遣いの魔女である。
 使い魔の男が、焦って観柳に呼び掛けていた。

「ちょっと兄さん! 報酬が多すぎまさぁ!」
「ああ、阿紫花さんのぐりぃふしぃど1つじゃあ回収の荷が重いですか?
 すいません、あとせいぜい3,4人分の絶望だけだと思いますんで、もう少し気張ってくださいね!」

 だが観柳は、へらへらと笑って男の肩を叩くのみで、行動を改める気配もない。
 人形遣いの魔女は、回収され続ける絶望を吸収し、その躯体をどんどんと膨らませていった。
 使い魔の男は、自分の本体を呆然と見上げて慄くしかできなかった。

「うおお、ヨクラートル・ラトウケアエがどんどんデカくなる……!!」
「いやあ、新規事業は小さく始めるに限りますね。これを都市一つとかの規模でやったら破綻が目に見えてました。
 日本本土に帰ったらぜひとも改良しましょう!」

 からからと笑いながら、観柳は自分の試作した新製品である『自動浄化しすてむ』の出来栄えにご満悦であった。
 魔法少女たちのソウルジェムを、金のブローチとヒグマの血のイヤリングで、人形遣いの魔女のグリーフシードと魔法的な連結を持たせたのが、この試製システムの肝である。
 黄金の回転を生じさせるイヤリングの駆動力で、魔法少女の絶望を巻き取り、グリーフシードに回収させる。
 また、その吸収・保持させた魔力を再度変換し、対となる逆回転でヒグマの血のイヤリング自身に還元させ、HIGUMA細胞の活性化によってドッペルとして具現化させるのだ。

 魔女化と絶望を踏み倒し、起死回生の手段として再利用する、資金浄化(マネーロンダリング)の極致。
 一回限りの試作品であっても、今夜一晩を乗り切るにはお釣りがくるほど上出来だ。

 猛烈に瞬く回転式機関砲の砲撃と、魔女の棍棒の重なり合いが、羆嵐の形成する闇を切り裂いていた。


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ――はちべえトマト。

 そして放送局外の小屋の前で、くまモンの振り払った腕から飛んだのは、真っ赤な血の散弾だった。
 先ほどまでの血の耳飾り作りから活性化していたHIGUMA細胞が励起され、まさに蜂の刺突のように、その血しぶきは襲い掛かる羆嵐を穿ち落とした。

 ――日奈久のちくわ。

 そして彼はさらに、撃墜した羆嵐自身を砲丸として、次々に上空に投げ返し、同士討ちですり身のように粉砕していく。
 武田観柳と人形遣いの魔女が打ち漏らした、残る僅かな軍勢を駆逐しているのが、彼、くまモンであった。


「踊ろう、踊ろう、終わらないDance beat――」

 夜空を切り取るレーザービーム、私と見てよ――?

 そしてくまモンの舞踏に、泥の鞭が踊り込む。
 それを操っているのは、先ほどまで炊き出しの肉骨茶(バクテー)で補給していた星空凛だ。

 ゴーレムの泥が触腕のように奔り、立体機動装置の替えブレードの全てを掴んで、空中に閃く。
 鋭い刃を持った巨大な蛸のように、あまりにも熟達したオタ芸のように、キレの良すぎるダンサーのように。
 閃きと共に羆嵐が切り刻まれてゆく。
 星空凛は、ステップを踏み終わってポーズを決める。
 それに続けて、くまモンが腕についた血肉を振り払う。


「……『輝夜の城で踊りたい』」
 ――あとぜき。


 彼女たちの前で、ヒグマ島希望放送に迫っていた残りの羆嵐が、全て寸断されて地に落ちていた。
 スクールアイドルとくまモンのコラボレーション。
 月明かりと雪明かりに照らされたその姿は、それだけで舞台の1シーンのように決まっていた。

「うおお!! 凛ちゃぁぁーん!! 最高ぉ~ッ――!!」

 クックロビンが、その様子を前に狂喜乱舞して悶えた。


「ルポライターの間桐雁夜です!! 日本の、世界の視聴者の皆さん!! 聞こえますか!? 見えてますか!?
 これがヒグマの島の真実の現状です!! 自分たちは、江ノ島盾子という人物の策略に嵌められ、襲われているんです!!」
「Good evening、生物学的精神医学研究者の布束砥信よ。これを見ている人たちは、ぜひ周りの人にも教えてあげて。
 今まで流れていたヒグマ帝国に関しての情報はほとんどが虚偽報道よ。私たちは今、ヒグマと共に必死に戦ってるの!!」
「葵さん、凛ちゃん、桜ちゃん! あと教会の監督者さんたちも! 視聴者の皆さんは、この放送を知り合いに手あたり次第知らせて下さい!!
 そしてこの島に向けて、核ミサイルが発射されるのを、止めてくれ――!!」

 その様子を、ヒグマ島希望放送は既に生放送で中継し始めていた。
 間桐雁夜と布束砥信が必死に呼び掛ける姿が、出版社の公式アカウントから、動画として流れてゆく。


『あれ凛ちゃんじゃね!?』
『なんだあの物理的にキレキレのステップ!?』
『くまモンおるやんけ』
『これマ? コラとかAIとかじゃなく!?』
『てかプリキュアおらんかった?』
『プリキュア死んだからトランプ共和国激おこなんじゃ?』
『犠牲者の皆様のご冥福をお祈りいたします…』
『ちげーよありゃキュアドリームだ。死んだのはキュアハートとキュアエース』
『ほんとに死んだのかわかんねーじゃん』
『現地から中継なら、こっちの情報の方が信頼できるだろ』
『ヒグマ擁護するとかバカかよ』
『ヒグマなんか一緒に居たら喰われて終わりなだけだろ』
『↑シャケの工作員乙www』
『↑ヒグマ今画面内にいたやろ』
『あれ本当にヒグマ? 毛深くてデカいだけのドルオタでは?』
『テロリストはヒグマじゃなくて、ジュンコって奴だったってコト!?』
『ジュン子が悪いんだよ』
『マジかよ江ノ島最低だな』
『何あの凛ちゃんのダンスレア杉、切り抜く』
『くまモンやっぱ武闘派だったな』
『誠に遺憾です』
『江の島に対する風評被害がすごい。綺麗で良い所なんだよ……?』
『純子とかいう奴は嫌いになっても、江の島は嫌いにならないで下さい』
『今北産業』
『これ何? スクフェスの新作の宣伝?』
『ニュースキャスターのお姉さんかわいいな』
『お兄さん顔グロい』
『ヒグマにやられた傷?』
『火傷じゃね』
『え、ガチで戦争してるの???』
『全国のアオイさん見てあげてー!!』


 スマホを持ってカメラマンに徹していた初春飾利は、興奮に息を呑んだ。

「すごい……! コメントの流れが速すぎる……! 同接もどんどん増えてます!!」

 雁夜たちを追って、食い入るように画面を見たまま彼女は歩く。
 だがその時、墜落していた死に掛けの羆嵐が一匹、最後の力で初春に飛びかかっていた。


「Fervor, mei Sanguis(沸き立て、我が血潮)……!」


 瞬間、水銀の鞭が、初春の直前で羆嵐を寸断する。
 スマホカメラの画角に入らないようにしながら、シャワーあがりの黒木智子が、髪をタオルで拭きながら外に出てきていた。
 初春はそれでようやく襲われかけていたことに気づく。

「あ、ありがとうございます黒木さん!!」
「……なんかいつの間にかすごいことになってるな。私も悠長にしてる場合じゃねぇわこれ……」
「コメントで是非顔見せてと来てるんですが、映りませんか黒木さん!?」
「やめてくれよ、ガラじゃないしダサシャツの風呂上がりだぞ……?」
「……むしろ見たい、とコメント多数!!」
「そ、そんな……、わ、私みたいなの、需要、あるのか……? ふひ……」

 黒木智子は照れて、目元を隠した状態でピースサインなどしてしまう。
 そんな他愛もないやり取りで、さらに配信のコメントと同接数が回った。

 ひとりひとりのコメントが、灯火のように未来を少しずつ照らしてゆく。
 ひとつずつは小さくとも、その漂う情報のかけらが、インターネットの海の中に確かにエコーとなり呼び合い、広がり続けてゆく。
 初春は、スマホの画面を眺めながら手に汗を握る。
 間桐雁夜の提案した、この現地取材の体裁の緊急生配信は、ツカミとしては大成功であった。

「よし、プログラムも流れて行ってる……! このペースで行けば、国内はたぶん大丈夫です。
 ただ、世界中に広がるにはまだ足りない……!!」

 頷きながらも、初春の表情は苦々しい。
 初春の作成した『対江ノ島盾子用駆除プログラム』は、テレビ放送、インターネット配信に乗って流れてはいる。
 だが、再生されているのは主に日本国内だけだ。
 江ノ島盾子の複製拠点は、恐らく世界中にあるはずであり、全世界に回らなければ、彼女の復活は阻止しきれない。


「――大丈夫!! 遠くを目指した心が、歌ってる! この海原に!」

 だが、不安に苛まれる初春と、黒木智子の肩をその時、那珂が力強く抱き寄せていた。

「天龍ちゃんたちを信じて! 新しい世界を呼び寄せよう!! 那珂ちゃんたちの歌で!!」

 遠征に向かっていった同胞たちを信じ、那珂はその身に、熱くボイラーを燃やした。


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「やはり、全力を出しても、大した痛手にならないのね……!」

 その時、既にG羆魔神我はB-5、ヒグマ島希望放送まで1キロあまりの位置にまで接近していた。
 巴マミのティロ・フィナーレの連撃やメルセレラの音波は、進撃してくるG羆魔神我の歩みを、遅らせることしかできなかった。
 その上、先ほど来襲した羆嵐の大群に対し、宮本明やケレプノエ、李徴、隻眼2を含む全員が応戦せざるを得ず、ここまでG羆魔神我の進撃を許してしまうことになっていた。

 歯噛みする巴マミたちの元に、暁美ほむらからのテレパシーが入る。


『――武田さんの言う機能が正しいなら、神浜市の“ドッペル”が使えるんだわ!!
 このブローチを付けている間は、魔力を使い切っても魔女化しない!
 魔女になる際の絶望のエネルギー変化を、むしろ自分の力として再度使える!
 魔力を出し惜しみせず、全身全霊で戦って!!』


 C-6にて、グリズリーセイバーエンジンと、四宮ひまわり、黒騎れいを、翼の結界で羆嵐の襲撃から保護しながら、暁美ほむらが叫んでいた。
 武田観柳の開発していた『自動浄化システム』は、暁美ほむらも一度経験した、『マギアレコード』と呼ばれる世界線で出現していたシステムだ。
 実際に観柳がドッペルを使ったその有様も確認し、彼女はこのシステムの信頼性を確信した。

 そのテレパシーを受けて、メルセレラが奮起する。


「アタシの名前を呼んで! みんなの綺麗な声で!!」

 彼女はスピーカーから全力の音波を放ちながら、周囲の者にそう呼び掛けた。

「美色楽女士!!」
「メルセレラさま!!」
『メルセレラさん!!』

 李徴が、ケレプノエが、隻眼2が叫ぶ。
 そして、巴マミと、宮本明の声が続いた。

「お願い、メルセレラさん!!」
「全力で行けぇ!! メルセレラ――ッ!!」

 まるでライブ会場のコールのような、彼らからの全力の叫びに、彼女のテンションは最高潮に達した。


「そう、アタシの名(レ)は、『煌めく風』の――、メルセレラ!!」


 彼女の背後から、アサガオの花のような、巨大な金属ホーンが生える。
 足元には巨大なターンテーブルが形成され、まるでお立ち台かのようにメルセレラを乗せたまま、ゴゴゴゴと地響きを立てて持ち上がってゆく。
 それはアンティークな、レコードを再生する蓄音機であった。


《称呼のドッペル Mer-se Rera(メルセレラ)
 その姿は、蓄音機。
 この感情の主は、自分の中にあらゆる者の名前を刻み続け、それを呼び合うことを最上の喜びとしている。
 相手が誰であっても、自分の名前を呼んでもらえるまで、このドッペルは名前を空気に刻み続ける。
 たとえ相手が破壊されたとしても、主が満足するまで、その空気を刻む叫びは止まらない。》


「煌めきの嵐よ――ッ!!」


 巨大なアサガオ型のホーンから、さきほどまでよりもさらに強烈な音の波がG羆魔神我の全身を叩いた。
 G羆魔神我の巨体が押され、東へ後退してゆく。

 その時さらに、突如西から飛来した巨大な砲撃が、G羆魔神我の右肩を貫き、大きくその体勢を崩した。
 同時に、宮本明の『黄金回転の丸太』がその左脚を貫く。
 G羆魔神我はそのまま地面に地響きを立てて横倒しとなった。


『グッハッハッハッハァ――!! 命中ぅー!! 良いなぁ、惚れ惚れする威力じゃねぇか!
 気に入ったぜぇ、ジョーカー・バルコム!!』
『は、反動すっご……』

 浅倉威子の魔力が浸透し、紫色の蛇のようなラッピングを施された南斗列車砲が、遥か遠方からG羆魔神我を撃ち、倒れさせたのだ。
 その単発の威力は、巴マミの標準的なティロ・フィナーレの、数十倍はあるかと思われた。
 だがテレパシーの中では、列車砲に同乗している佐天涙子の慌てる声が聞こえる。

『てか浅倉さん、これ次弾なくない? 単発だからまた砲塔掃除して装填し直しでしょ?』
『あぁん? 面倒くせぇなぁ。また最初からやり直しかよ……』

 それっきり、浅倉威子と佐天涙子からのテレパシーは、南斗列車砲の整備に戻ったのか途絶してしまう。
 だがそれでも、そのあまりにも心強い支援射撃は、巴マミの心にも火をつけた。


「私だって、今度こそみんなを救ってみせる――!!」

 彼女の叫びと共に空に広がったのは、数万丁ものマスケット銃であった。
 マミの背中から、翼のように次々と銃が生え、伸びてゆく。
 彼女の背に広がるその数万の銃口の叢は、まるで胎蔵界曼荼羅のように整然と組まれ、転輪した。


「『ティロ・フィナーレ・リベレーション』!!!!」


 それは巴マミの全力の奥義の一つだ。
 隙間のない暴風雨のような弾丸の嵐が、さらにメルセレラの音波による空振と共に、倒れ伏すG羆魔神我の全身を穿った。


「GUOOOOOOOO――!!」

 G羆魔神我が、吠えた。
 全身に響いた痛みが、刺激が、今まで虚ろだった彼の眼を赤く光らせていた。
 身を起こしたG羆魔神我の口から、猛烈な圧縮空気が放たれる。


 ――グレートタイフーン。


「きゃあっ!?」

 その突風に、メルセレラと巴マミの攻撃もろとも、周囲にいた人とヒグマが一斉に吹き飛ばされる。
 ただ一人、粘稠性の高い毒液と共に地面に身を伏せていたケレプノエだけが、その場で突風に耐え忍んでいた。


「――ヒグマンさま! なぜこのように荒ぶるのですか! もう誰も、いたずらにカントモシリ(天上界)へ送られるべきではありません!
 もうこんな悲しいことを、しないで下さいませ!!」
「GUOOOOOOOO――!!」

 ケレプノエの叫びに、G羆魔神我は応えない。
 ぶくぶくと肉を粟立て、肩と脚の傷を再生し立ち上がるも、ただ我を忘れ、暴れ続けているだけだ。
 ――ああ、ヒグマンさまは、ウェンカムイ(悪い神)になってしまわれたのだ。
 と、ケレプノエは、その様子にようやく悟った。

「……ソンノヘタプ、エイキチキ(本当にあなたがそんなことをするのなら)」

 アイヌ語が、ケレプノエの口を突く。

「ユクスットゥイェ、チキクシネナ(肉の根を絶やして見せましょう)!!」

 それはキムンカムイ教二代目教祖、ラマッタクペが本気で殺意を露わにした時に吐いていた、神話(カムイ・ユーカラ)の一節だった。
 ――『タノタ・フレ・フレ(この砂赤い赤い)』。
 金のブローチが、魔力に反応して矢尻のように変形した。

 彼女は、自分の力がどうすればこの先へ進化できるのか、本能的に理解していた。

「ネシコポンク、ネシコポナイ、ウウェウヌ、ペテトクン、アイエアクアワ(胡桃の小弓に胡桃の小矢をつがえ水源を射ると)――!」

 ケレプノエは、暴風の中で叫びながら、金の矢尻を、自分の胸に突き刺していた。
 痛みが、彼女を覚醒させる。


「ペテトコワ、ネシコワッカ、ヌプキワッカ、チサナサンケ(水源から胡桃の水、濁った水が流れ出した)――!!」


 ケレプノエの胸から流れた血が、毒液と混ざり合い、ぶくぶくと泡立って立体となっていく。


「ケレプノエはあなたを、耳と耳の間に坐らせます!!
 ――フォックスさま!! どうかケレプノエにヌプル(力)を、お貸しください!!」


 ケレプノエの前には、赤紫の液体で出来た男の像が立ち、構えていた。
 しなやかな筋肉に満ちたその躯体は、刺々しい肩当てを着こみ、カマを携え髷を結った、悪人面の偉丈夫の姿をしていた。
 宮本明も、隻眼2も、メルセレラも、見知った人物の姿――。

「フォックス、さん……!?」

 数十メートルも温泉街の地面を飛ばされていた宮本明が、呟く。
 彼の隣で、李徴も隻眼2も、その姿を見て、震えた。


「……キツネノボタン、キツネノテブクロ、ジギタリスなど、トリカブトに近しい毒草は数多ある――!
 フォックスの姿を持つ幽かなる波紋よ、どうかお主が、克葡娜(ケァプーナ)小姐の手を取り、守る者たらんことを!
 今ここに、隴西の李徴が名付けよう! 傍に立ち、立ち向かうもの(スタンド)、『フォックス・グローブ』!!」


《スタンド名―『フォックス・グローブ』
 本体―ケレプノエ
 破壊力―C
 スピード―A(瞬発力)
 射程距離―D(5m)
 持続力―B(ケレプノエが起きている間)
 精密動作性―C
 成長性―B
 能力―スタンド全体が、ケレプノエ本体から分泌されたトリカブト毒の液体でできている、物質同化型のスタンド。髷を結った悪人面の偉丈夫の姿をしており、両手に装備したカマで相手を切り裂く。スタンドを構成するある構造により、触れただけでは基本的に毒に侵されることはないが、このスタンドが切り裂いた傷には、即座に高濃度の毒が浸み込むため、非常にわずかなものであっても致命傷となるだろう。》


 鎌を持った髷戦士の姿をした毒液の幽波紋(スタンド)、『フォックス・グローブ』。
 怒りに濁り切ったケレプノエのソウルジェムが、さらにそのスタンドビジョンを、変化させた。


「ケレプノエライケ、クスネナ(ケレプノエはお前を殺す、殺してやるからそう思え)!」


《世紀末のドッペル Fox Glove -decadant-(フォックス・グローブ・デカダント)
 その姿は、死神。
 この感情の主は、自分と親しく触れ合ってくれた人の姿を、いつまでも自分の傍にいてくれるように毒でかたどった。
 周囲の者を死に至らしめるこの『スタンド』は、ドッペルと化したことで両手に携えていたカマの他に、大きなデスサイズや毒の爆弾も備えている。
 より死神然としたその姿は、瞬発力を維持したまま攻撃のリーチと威力を大きく伸ばしている上、遠隔操作型に近い自律行動ができるようになっており、遠くの驚異からも主を守り続ける。》

《スタンド名―『フォックス・グローブ・デカダント』
 本体―ケレプノエ
 破壊力―C→B
 スピード―A(瞬発力)
 射程距離―D→B(100m)
 持続力―B→E(ドッペル化の継続時間のみ)
 精密動作性―C
 成長性―B→?》


「クスネナァァァァァァァァァァァ――!!!!」

 世紀末のドッペルは、人間離れした跳躍力でG羆魔神我に飛びかかっていた。
 体に巻き付けた、毒液の爆弾を投擲し、その鎌で斬りたてる。

「GUOOOOOOOO――!!」

 G羆魔神我は悶えた。
 いくつもの切り傷から、通常の動物ならば既に何度呼吸困難で死んでいてもおかしくない量の毒を注入されている。
 だが、数十メートルの巨体にまで肥大しているG羆魔神我の活動を停止させるには、まだあまりにも足りなかった。

 雄たけびと共に、G羆魔神我はその全身から、何本もの勢い良く鋭い骨の刃を突き出していた。
 ――マジンガーブレード。
 全身を骨の刃でハリネズミのように武装し、世紀末のドッペルの攻撃を阻む。
 投擲する毒液の爆弾も、表層の毛皮に当たるだけで、体内にまで浸透させられない。

 吹き飛ばされていたところから、ようやく体勢を立て直し始めていたメルセレラや巴マミも、G羆魔神我のあまりの威容に、攻めあぐねていた。


「苦戦してるようだなぁ、恩人!」
「――あなたは!?」
「あぁん!? 私のうさまるを拾ってくれて、恩返しの途中だったじゃん! 同じ見滝原中の、新人魔法少女だ、よっ!!」
 ――くまモンだモン。

 その時、黒い魔法少女と黒いヒグマが、巴マミの隣に着地する。
 ヒグマ島希望放送から援軍として走ってきた、呉キリカとくまモンだった。

 呉キリカと巴マミが連れてこられた世界線は異なっているため、巴マミにとっては、彼女は同学年ながらほぼ初対面の人物だ。
 だがキリカにとっては、巴マミは三国織莉子から贈られた、呉キリカの大切なもの!――ウサギのぬいぐるみを拾ってくれた恩人である(その後、この島に連れられてきた際に、キリカはほぼ同様のシチュエーションで夢原のぞみにぬいぐるみを拾ってもらったことになる)。


「決めた! 帰ったら恩人2人に、今度こそクレープをおごろう! トッピング盛り盛りでな!!」

 キリカは狂猛な笑みで口角を引き裂き、高らかに宣言する。

「魔力切れを気にせずに済む今なら、奮発してもいい!! 私の愛を、あんな薄いお菓子と、一緒にしないでもらいたい!!」

 そしてその両手に巨大な鉤爪を生成して、彼女はG羆魔神我に向けて駆けだしていた。


「速攻でカタを付けよう! 『バウンスファング』――!!」


 地を蹴って跳ね上がったキリカの鉤爪が、下から上へ、大きくG羆魔神我を切り裂いた。
 その爪痕に沿って、骨の刃が何十本も裁ち落とされ、バラバラと地に落ちる。鮮血が噴き出す。

「GUOOOOOOOO――!!」

 二度目となる大きなダメージに、G羆魔神我は絶叫する。
 その一撃に持てる全ての魔力を込めていたキリカのソウルジェムは一気に濁っていた。
 那珂から譲り受けた、白い貝殻の小さなイヤリングが回転する。
 その回転と共に、キリカの胸から、再び巨大な魔女の肉体が湧き出してくる。

 呉キリカが持つ篭絡のドッペル・ラトリア。
 その針は、彼女の性質に由来する呪いを帯びていた。
 じくじくとした痛みが、その傷を負わせた犯人を強烈に意識させる。
 意識を挑発され、篭絡されたG羆魔神我の標的は、ヒグマ島希望放送から呉キリカの方にずれていた。


「そぉら、テンション上げろォ! この私の愛の大舞台に立てたことを、光栄に思うんだなァ!!」


 G羆魔神我の前で、篭絡のドッペルを生やしたキリカはステップを踏みながら飛び跳ね、挑発する。
 その動きにつられ、G羆魔神我は地響きを立てて南側に方向転換し始める。
 G羆魔神我の胸元がばっくりと開き、その中に巨大な炎が渦巻く。


 ――ブレストバーン。


 焦熱地獄のような、業火による火炎放射が、キリカもろとも、その射線上の全てを焼き尽くすかと見えた。

「――愚かしいな。それも私の掌の上だ!」

 だがその時、キリカの胸から生え聳える篭絡のドッペルは、シルクハットを取って深々とお辞儀していた。

「GUOOOOOOOO――!?」

 火炎放射は、ほとんど前方に飛ばなかった。
 G羆魔神我は自身の噴出した炎に巻かれ、火だるまとなっていた。


 ――『バウンスファング』。
 なぜ単純なジャンピングアッパーにすぎないように見えたその一撃に、呉キリカは全力の魔力を込めたのか。
 そのタネは、袖口から周囲一帯へチャフのように大量に振り撒かれていた、小さな爪だった。
 クレープの全面にトッピングされたマシマシのカラースプレーのように、その小さな爪は、G羆魔神我のほぼ全周を覆いつくしている。

 空間に浮遊する爪の一つ一つに仕込まれたキリカの固有魔法の陣は、相手攻撃の速度を減衰し防御するバリアとして機能していた。
 鈍化した炎は、後から来る炎を押し返し、カウンターとしてG羆魔神我自身を焼いていたのだ。

 速度低下の陣で覆われたその空間は、あたかも包み焼きかダッチオーブンかのように、G羆魔神我を自身の炎で丸焼きにしつつあった。
 苦痛によろけるG羆魔神我を、空間に撒かれたキリカの鉤爪が、まきびしか機雷のようにさらに抉っていく。


「こういう手もある。さあ、今のうちに追撃してくれ!」
「ありがとう、呉さん――!!」


 呉キリカの強力な支援で、巴マミ、メルセレラ、ケレプノエは体勢を立て直し、その銃を、ドッペルを、再び構え直す。
 だが彼女たちが再度攻勢に転じる前に、G羆魔神我は空に向けて叫んでいた。

「GUOOOOOOOO――!!」
「はっ――」

 G羆魔神我の猛りと共に、空に浮かぶ雲が光る。
 その危険性を巴マミが察知できたのは、戦闘経験から来る、ただのカンだった。
 縫い綴じられた過去のどこかで、これと同じ攻撃を受けたような――。
 伸びたリボンが、G羆魔神我の直近にいた呉キリカ、メルセレラ、ケレプノエを掴む。

 彼女がリボンを高速で引き戻し、G羆魔神我の周囲から退避できたのは、ほとんど奇跡であった。


 ――サンダーブレーク。


 G羆魔神我に向けて、その時巨大な落雷があった。
 数百万ボルトの高電圧が周囲の空間を襲い、瞬間的な超高温は、半径10数メートルのあらゆるものを焼き飛ばす。

 呉キリカの爪が。
 展開されていたマスケット銃が。
 メルセレラの蓄音機が。
 フォックス・グローブのビジョンが。
 落雷による熱で、ことごとく破壊され、蒸発してしまう。

 衝撃で炎も消えたG羆魔神我が、赤く目を光らせ、聳え立つ。

 その威容を、魔法少女たちは地に転げたまま、呆然と見上げることしかできなかった。


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


『――お行きなせぇ、ヨクラートル・ラトウケアエ!!』

 その時突然、G羆魔神我の側頭部を、巨大な棍棒が強打していた。
 それは数多の絶望を回収し、今やほとんどG羆魔神我と同等の体格にまで巨大化した、人形遣いの魔女・ヨクラートル・ラトウケアエであった。
 意識外からの強烈な頭部打撲にふらつくG羆魔神我を、その巨大な魔女がいくつもの腕でがっちりと固定する。

『今、阿紫花さんにそちらの援護に回ってもらいました!! 今のうちに、お願いします!!』

 武田観柳からのテレパシーが飛ぶ。
 その呼びかけに応えたのは、今までジッと地に手をついて力を溜め続けていた、くまモンだった。

 ――みんな、ありがとう。おかげで、準備は整ったモン。
 ――ボクはヒグマとして、ゆるキャラとして、ヒグマンを倒すモン。

 くまモンが手をついていた地面が光りだし、地響きを立てて盛り上がってゆく。

 ――この一撃で、全ての決着をつけるモン!

 くまモンが気合を込めた瞬間、巨大な龍亀の姿をしたエネルギーが地を割り、くまモンを乗せて空に奔った。


 ――『亀蛇(ガメ)が舞い踊る、妙見祭り』――!!


 亀蛇(ガメ)とは、北極星や北斗七星を司る神である妙見神が、海を渡って熊本にやってきた際に乗ってきた神獣である。
 北方の神獣、玄武とも同一視される『武』の神であり、その勇壮な舞は、今も熊本八代地方の妙見祭りに伝わっている。
 グリズリーセイバーエンジンと同様に、龍脈のエネルギーを直接吸収して放つその一撃は、くまモンの身命を賭した、最強最大の奥義だった。

 そのエネルギーの突貫は、G羆魔神我のぶ厚い胸板を砕き、その背部までを貫き通した。
 胸骨を割り、心臓を裂き、背骨まで砕いた手ごたえ――。
 くまモンは、勝利を確信した。


「GUOOOOOOOO――!!」
 ――なっ!?

 だが、くまモンの渾身の一撃は、G羆魔神我にトドメを刺すには、至らなかった。
 G羆魔神我の呻きと共に、その腹部から、巨大な爆弾が転げ落ちる。


 ――ネーブルミサイル。


 至近距離で発生した大爆発に、ヨクラートル・ラトウケアエが吹き飛ぶ。
 亀蛇(ガメ)のエネルギーが爆散し、くまモンは空中に放り出される。
 自由落下するくまモンの視界には、G羆魔神我の前脚からいくつもの鋭い骨の刃が飛び出すのが見えた。


 ――ドリルプレッシャーパンチ。


 巨大な回転する骨のドリルと化したG羆魔神我の前脚が、全力を出し尽くしたくまモンの体を捉えていた。


「くまモンさん――!?」


 叫ぶ巴マミの目の前で、回転する巨大なパンチが地面を穿ち、そこにくまモンの黒い体をすり潰していた。


「ああ……、ああ……!?」


 目の前でトマトのように潰れた命の有様に、巴マミは声にならない悲鳴を上げた。

 全力を出しても、あまりにも足りなかった。
 救世主を目指して走り続けて来た自分の力は、どこまで行っても足りず、目の前にいた救うべき命を、何度も取りこぼし続けて来た。
 そして今も。
 カナリアが籠から逃げ出すための展開図は、いつまでたっても描けなかった。
 『魔女』と『使い魔』と『人間』と『ヒグマ』と『りょうしん』をすくおうとして、いつも誰かが死んでしまうのだ。

 目の前には、己の無力さだけが、赤と黒の展開図として描かれているようだった。


「……大丈夫です。誰の旅立ちも、無駄にはなりません。このケレプノエが、させません」

 震える巴マミの肩をその時、ケレプノエが抱きしめていた。
 それは今まで、彼女がやりたくてもできなかった、励ましと寄り添いだった。
 彼女は力強いまなざしで、G羆魔神我を見上げていた。

「ヒグマンさまは、ケレプノエとフォックスさまのワッカ(水)を焼きました」

 彼女は淡々と、次に何が起きるのかを理解して呟く。


「……今はカンナカムイ(雷の神)もアペフチカムイ(火の神)も、ケレプノエたちの味方なのです」


 G羆魔神我が、苦悶に膝をついた。
 地響きを立てて、崩れ落ちる。
 ――呼吸困難を起こしていた。


 フォックス・グローブを構成する毒液は、ケレプノエの自身の血液と混ざり合い、『ミセル』を形成していた。
 この構造によりフォックス・グローブは、直接触れるだけでは相手を毒さずに済むようになっており、相手の血中に入った時のみにその毒性を発揮できる。
 このスタンドは、ケレプノエが自分の能力を完全にコントロールできるようになった証でもあった。

 また、トリカブト毒の主成分であるアコニチンは、加熱により毒性の低いアコニンに分解される。
 だが毒成分をその中に内包した、血脂の微小球であるそのミセルは、生半可な熱では分解されない。
 今、フォックス・グローブ・デカダントの『毒のミセル』は、未だに水蒸気に乗って空間に漂っていた。
 そして浮遊するその毒は今、くまモンの穿った胸の大穴から、急速にG羆魔神我の体内に取り込まれていたのだ。

 死を偽装して効果を発揮する、跳刀地背拳を思わせるそのドッペルの能力に、フォックスを知るその場の者たちは感嘆していた。


「……そうだわ。こんなところで名前を見失ったエパタイ(馬鹿)にやられてるようじゃ、ラマッタクペに笑われるわね」

 妹分の逞しい成長に、メルセレラは苦笑して頭を掻いた。
 自分をリボンで助け出してくれた巴マミに向け、彼女は肩を叩き微笑む。

「ねぇ、アンタの名前は、何ていうの?」
「巴、マミ……」
「良い名前じゃない、巴マミ。ほら、耳を澄ませなさい。アンタの名前を呼んでくれるヤツは、いっぱいいるわよ……?」

 そうして彼女は、手に持った何かを巴マミに差し出す。
 それは、メルセレラの持つ、称呼のドッペルの残骸だった。
 ターンテーブルに乗っていたレコードのかけらから、この島に刻まれた『声』が、流れ出していた。


『うん……。正義……。正義(ジャスティス)と言えばね。こうして泣いているマミちゃんの姿こそ正義なんだよ』
『いや、だからね。何を言いたいかと言うと。今のマミちゃんは、すごく。すっごく、カワイイ。ってこと』
『……聞いたクマ? マミちゃんは皆に必要とされてるクマ。特に、純朴な男子の片想いを無下にして散るわけにいかんことは、わかるクマ?』
『何を言う。いつでも正義を信じる英雄……。衆人を鼓舞し勇気づける存在……。
 そういう者を世間では、「アイドル(偶像)」というのだろう? ……マミ、そのものではないか』
『そんな顔をするな……。笑ってくれ、マミ。私はそれが、見たいんだ……』
『くそ、足手纏いになるくらいなら、自刃した方がマシだぜ……。もう血も、腕も、無いんだ……。一人で行けよ、マミ……。
 それじゃあよ……、これ、持っててくれねぇか? 重くてな。……ない方が、歩きやすいからさ』
『……あなたがその契約をしてしまった時、私はその場の雰囲気で押し切られたんでしょう。
 阻みたくてもそれを止められなかったんでしょう。でも今は違うわ。
 球磨が、マミさんが、纏流子が。私の道を共に歩んでくれた多くの人々が、私にこのチャンスをくれた!!』


 メルセレラは知っていた。信じていた。
 最後の最後で、あと一押しの力をくれるものは、自分の名前を呼んでくれる、他者からの声なのだと。
 名前を含んだ会話を自身に刻み続けるそのドッペルの特性が最も活かせるのは、こんな時に他ならない。

 称呼のドッペルのかけらから流れた声たちに、巴マミは衝撃を受けたように息を呑んでいた。


『――マミちゃん、魔法少女っていうのはみんな、マミちゃんやほむほむみたいに弱いのにゃ?
 あんな見え見えの電撃を前にして棒立ち、今の凛を見ても棒立ち。お前らの戦闘力をアテにしてたのに、死ぬ気で守ってやった凛がバカみたいだにゃ』
「……いいえ、違うわ、凛さん。例え仮に、私ひとりじゃ弱かったとしても……」

 星空凛の声による発破に合わせ、巴マミはゆっくりと立ち上がった。


「あなたたちが信じてくれた分、因果を紡いでくれた分、展開図を描いてくれた分……! 私は強くなれる――!!」


 なぜ、巴マミは魔力を全力で使っても、ドッペルが発現していなかったのか。
 なぜ、巴マミはG羆魔神我の雷撃から逃げられるだけの余剰魔力を残していたのか。
 それは彼女の意識の根底に、恐怖があったからに他ならない。

 全身全霊を尽くしたつもりでも、彼女は無意識に、魔女化や死を恐れ、その魔力をセーブしてしてしまっていたのだ。


「……遠くを目指した心が眠る、この場所には、暖かい光が満ちていたわ!!」


 巴マミは、頭から自分のソウルジェムのついた帽子を取る。
 くしゃくしゃに握りしめた帽子の上の魂は、迷い続けた彼女自身のように、黒と黄色の暗いまだら模様だった。


「この身に纏った悲しみさえも――!!」


 だが、死は、終わりではない。
 たとえ自分が死んだとしても、誰かがその想いを受け継いでくれる限り、真の死は訪れないのだ。
 死んでしまった者たちの想いを背負い、進み続ける限り、その者たちは生き続け、力をくれる――。
 ようやく今、マミはそのことを、魂で理解した。

 ――巴マミが救えなかった『りょうしん』は、今、救われた。


「あなたたちが未来へ進む空を、照らす灯りよ――!!」


 天高く、帽子を握る手を突き上げる。
 巴マミの帽子についたソウルジェムが、真黒になる。
 涙のようにあふれる黒い濁りが、金のブローチの下で回転するヒグマの血のイヤリングに巻き取られてゆく。
 そしてHIGUMA細胞が、水煙のように、神仏を照らす後光のように、彼女の背中に広がった。


《聖体拝領のドッペル Candeloro(キャンデロロ)
 その姿は、飛天光背。
 この感情の主は戦いの果てで見出した正義を体現し、抱いていた恐怖と不安を乗り越えて新たな奇跡を手に入れた。
 また、その姿は主の精神面の変化によって本来と違ったものへと変異し、自分に思いを託してくれた者たちの心を、周囲に花として咲かせている。
 大羆聖離魂砲撃(ティロ・ウルサドッペリオン)とは、ヒグマの島で倒れた全ての人へ新たな希望を告げる祝砲である。》


 『ティロ・フィナーレ・リベレーション』を上回る、巨大な曼荼羅のように、そのドッペルは広がる。
 神々しい神仏のように、巴マミはその中央部に浮かび上がる。
 周囲にはいくつもの蓮の花が咲き、妖精のように誰かの魂が飛び回る。
 纏流子の片太刀バサミを剣のように構え、マスケット銃を錫杖のように携えた彼女は、周囲一帯に眩い威光を放つかのようだった。

 彼女の頭上には、いくつものリボンとHIGUMA細胞が絡まり合い、巨大な大砲を形作ってゆく。


「この砲撃は、遠くを目指し、志半ばで倒れた全ての人に告げる、私からの新たな希望――!!」

 その砲塔は、数多のリボンで形作られた、巨大なヒグマのようだった。
 地に伏して呻くG羆魔神我は、その巨大な砲の姿を見て、血を吐きながら叫んでいた。
 それはまるで、積年のライバルに感情をぶつけるような、今までとは違う、明らかに意思を持った叫びだった。

「DEVIIIIIIIIIIL――!!」

 G羆魔神我は上半身を起こし、引き裂かれた胸部から最後の火炎放射を放とうとする。
 その仏敵に対して、巴マミは指揮棒のように片太刀バサミを掲げる。


「『大羆聖離魂砲撃(ティロ・ウルサドッペリオン)』――!!」


 これが、私たちに続いた憎しみの連鎖への卒業式となる号砲――!
 そして叫びと共に、ハサミを振り下ろした。


「――『布愛成(フィナーレ)』!!」


 ヒグマ型の巨砲から放たれた、直径数十メートルにも及ぶ巨大な閃光が、G羆魔神我の火炎放射とぶつかる。
 圧倒的なその威力は、たちまち火炎放射ごとG羆魔神我の全身を呑み込んだ。

 その身を焼かれる中で、G羆魔神我――いや、ヒグマン子爵は、自分の心を取り戻した。

 ヒグマン子爵が最期に見たものは、圧倒的な光だった。
 昔どこかで出会ったような、眩く、暖かく、優しさすら感じる威光。


 ――ああ、これが、お前の見た希望か、デビル。
 ――物語の中心舞台に立つのは、主役でも、悪役でもない……。
 ――その輝きで、周囲までをも照らす、これが偶像(アイドル)――。


 その光に乗って旅立とうとする先に、何頭もの仲間の姿が見えた。

 腕から骨の刃を出した大柄なヒグマが、頷いている。
 魂を呼ぶヒグマが、こちらの姿を見ておかしそうに笑っている。
 黄色いネズミを肩に乗せたヒグマが、手招きしている。
 頭部を巨大なメロンにしたヒグマが、半ば呆れている。
 彼女と寄り添って立つ、漆黒のゆるキャラのヒグマが、最後にヒグマンの前脚を取る。


 暗い海の向こうへ踏み出しながらヒグマンは、これこそが未来へ進む空を照らす灯りなのだと、確信した。


【G羆魔神我(グレートヒグマジンガー)(ヒグマン子爵)(穴持たず13) 死亡】
【くまモン@ゆるキャラ 死亡】


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 飛天光背を形成していたドッペルが、巴マミとともにゆっくりと地に降りる。

 飛天のように飛び回る、妖精のようなドッペルの一部が、彼女に口づけをするように寄り添っては、消えてゆく。
 デビルヒグマ、纏流子、球磨、碇シンジ、ジャン・キルシュタイン、みそくん、フェルナンド、デデンネ、そして多くのヒグマたちと、名前も知ることのできなかった人たち――。
 それは巴マミに、今まで関わってきたあらゆる人々の魂を思わせた。


「こんなに暗い世界でも、大好きだったわ……。あの頃は、まだ知らずにいたけれど……」


 自分のドッペルが形成した、巨大なヒグマの姿をした金色の大砲に、巴マミは呼び掛ける。 
 ヒグマの大砲は、最後に笑いながら、巴マミの頭をその右の爪先で撫でたように見えた。


『……ああ、また、な』


 その大砲がリボンに戻る刹那、誰かの囁きが聞こえた気がした。
 それは、ただの風だったかもしれない。
 それは、ただの空耳だったのかもしれない。


「……ええ。『アリーヴェデルラ(あなたと、また会いたいです)』(さようなら)」


 巴マミは、その空耳に向け、花が咲きこぼれるように、笑った。


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ヒグマ島希望放送の東端では、巴マミの極大の一撃で立ち上った、閃光、爆炎、突風に、二人の少女が目を細めていた。
 南斗列車砲の前に立つ、浅倉威子と佐天涙子である。

「……オぉイ、折角整備しなおしたのによぉ、もうこいつの出番は終わりかよ? もっと楽しませてほしいぜ」
「浅倉さん、まだ使う機会はいくらでもあると思うわ。天龍さんたちの状況次第かも……!」

 南斗列車砲の再発射の準備を整えていた浅倉が、不平をたれる。
 佐天涙子がそれをたしなめた。

 涙子が想いを馳せて見上げる南の空。
 その先で、天龍、龍田、天津風、司波深雪、百合城銀子、ビショップの先遣遠征部隊は、襲い来る羆嵐の編隊を斬りはふり、一直線にB-8へと向かっていた。


 ――第四回放送:最終決戦3『海色』に続く

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最終更新:2026年06月05日 15:25