「『フォーク(両取り)』!」
「逃がさないわ!」
噴水のように吹き上がった幾条ものビショップの水槍が、羆嵐を貫く。
天津風の放つ連装砲とMG34機関銃が、さらに飛び交うその群れを撃墜してゆく。
「『三室の嵐』!」
「『暴れ天龍』!」
龍田と天龍が振るう刃の閃きが、その航路を豁然と切り拓き、一行を進ませる。
全速で進み来た天龍、龍田、
天津風、
司波深雪、
百合城銀子、ビショップの先遣遠征部隊は、目論見通り江ノ島盾子より先に、B-8に形成された瑞鶴の航空基地に到着していた。
江ノ島盾子の放っていた羆嵐の群れが、何匹もその基地には取りつき始めていたが、その残党を、司波深雪の弾き玉と百合城銀子の爪、天津風の銛が掃討する。
基地の発電機のタービンに、天津風と天龍が、預かってきた電力送信装置をとりつける。
立てられた金のアンテナから、電波に乗ってヒグマ島希望放送へエネルギーが送電されてゆく。
マイクロ波エネルギー伝送である。
本来ならばかなり大規模になるその送受装置は、
武田観柳の魔力を帯びた金を
御坂美琴が造形したことで、艦娘が持ち運べる程度の大きさまで小型化できていた。
その作業の間に、グリズリーセイバーエンジン経由で龍脈から供給されたエネルギーを得ていた龍田が、艤装から天龍と天津風に燃料を分配する。
間桐雁夜から返してもらったワンピースを着こみ直した龍田のものを含め、3つのヒグマ製強化型艦本式缶をフル稼働させるには十分な蓄えであった。
「……もう一度確認させてもらっていいかしら? 江ノ島盾子には、炎自体は効かなくとも、一定以上の単純な熱や物理攻撃は効きはする、って認識で良い?」
「武田さんの情報からするに、彼女の火炎耐性は『火グマ』のものと全く同質です。
彼女の耐久性能は、『死グマ』の純粋な身体能力、『火グマ』の耐火吸炎性能、『ヒグマ型巨人』の巨人化能力、そして『ミズクマ』のペドゲネシスによるものでしょう。
中途半端な攻撃をしてしまうと、巨人化で反撃されてしまう可能性がありますが、とにかく燃焼以外の強力な攻撃手段で一気に絶命させ、即座に卵細胞を全部潰せば斃せます!」
基地周囲の羆嵐を掃滅し、拠点防衛の体制を整えながら、一行は江ノ島盾子を迎え討つにつけての最終確認を始めていた。
天津風と司波深雪のやりとりを聞き、天龍と龍田が頷きをかわす。
「じゃあ『紅葉』じゃなくて『水絹』か」
「そうね。お互いに『紅葉の錦』抜きで行きましょう。あとみんな、『七日行く風』は伏せてね~」
片腕の状態での薙刀の振り心地を確認している龍田に、司波深雪が問いかけていた。
「そういえば……、シーナーさんが亡くなったということは、あなたがこの島の聖杯戦争とやらの、優勝者になるんですか、龍田さん」
「そうよ~……。ただ、肝心の聖杯の場所が全く分からない。万能の願望器である聖杯が手に入れば、この戦いの決着もすぐ付けられるんでしょうけど……」
困ったような龍田の様子に、司波深雪は呟く。
「……もしかすると、私ならどうにか、聖杯を持ってこれるかもしれません」
「本当!?」
「……ええ。その時は必ず、あなたが確保してくださいね」
彼女はどこか諦観を帯びた笑顔だった。
その笑顔の裏の真意を量りかねて、龍田は尋ねる。
「あなたは、スキを諦めたの……?」
「いいえ? 諦め、捨てたのは、愚かな私自身です。本当、気づいてしまえばこんな簡単なことだったのに……。
そこまでに、皆様には大変なご迷惑をおかけしちゃいました。その私の愚かさの尻ぬぐいだけは、きっちりここでさせてもらいます」
『聖杯を持ってくる』という、信じがたい言葉をさらりと吐いた彼女の言葉の真意は、やはり龍田には掴みきれなかった。
それでもその言葉の裏には、自分たち軍艦が数多乗せてきた勇士たちと、同じ熱意が感じられた。
彼女の様子に、龍田は言葉もなく頷いていた。
しばらくそこには、ただ波の音が聞こえた。
その時、東端で散発的に飛来する羆嵐を撃墜していた天津風からの報せが飛ぶ。
「来たわ! 東より江ノ島盾子と、彼女に酷似した姿の深海棲艦10隻の行進を目視!」
「本当に探知にぜんぜんかからねぇんだな……、どんな隠密性能してやがる……!」
「やはりステルスヒグマの能力も吸収していると見て間違いなさそうですね」
夜の草原の数百メートル先に、深海棲艦・江ノ島棲姫を先導として、悠然と行軍してくる少女の姿が見えた。
ピンクゴールドのツインテール。
雪夜に似合わぬギャルじみたミニスカートの制服。
超高校級の絶望。この島の騒動の黒幕・江ノ島盾子である。
司波深雪は、即座にビショップヒグマに対して強く指示を出していた。
「ビショップさん! あなたは伝令を兼ね、直ちにヒグマ島希望放送へ退却!!
江ノ島盾子は私たちが相手します!! 助けを呼びつつ、自分の身を最優先で守りなさい!!」
「……は、ハイ!」
水しぶきをあげて、高速で北へ撤退してゆくビショップの姿を眺めても、特段江ノ島盾子は変わった動きを見せなかった。
彼女はそのまま悠々と航空基地の前の一行の元に近づき、せせら笑う。
「……ふぅん、私様の戦力を間違っても上げないために、能力持ちヒグマには相手させない作戦ってわけ?
羆製艦娘はもうダブってるし、オマエラもまあヒグマとしちゃほぼバニラだもんな」
50メートルほどの間合いをあけて、江ノ島盾子と司波深雪たちは対峙した。
行軍を止めた江ノ島盾子が、先頭に立つ司波深雪に向けて、煽りを飛ばす。
「それにしても随分やる気じゃない深雪ちゃん? どういう風の吹き回し?
私様がオマエの魔法演算領域はきっちり破壊してやったはずだけど?」
その言葉は、司波深雪にとって、記憶の意味を試されているように感じた。
彼女は瞑目し、息を整える。
「……私は、最初からずっとヒグマだったんです。魔法なんて使ってられない。
私はヒトを喰う……。あなたを喰い殺す、クマです!!」
そして目を見開き、決然と言い放つ。
その瞬間、司波深雪からは百合の香りが爆発的に立ち上った。
「もう怖くない。スキを忘れなければ、いつだって一人じゃない。
スキを諦めなければ、何かを失っても透明にはならない。
――だから私は、透明な嵐に、飛び込む!!」
百合の風が吹きすさぶ。
服の裾をはためかせる。
司波深雪の体内に移植されていた、HIGUMA細胞が励起する。
熊耳が生える。爪が生える。肉球が生える。ボロボロの衣服が弾け、毛皮のように薄緑色のエプロンドレスがはためく。
それは百合城銀子と同じデザインの装束だった。
――ウィニングモード。
司波深雪自身が、全身全霊を以てクマとなる覚悟を決めた証。
これは彼女の思いに、HIGUMA細胞が応えた姿に他ならなかった。
「うおおおお、ユリ熊ァァァァァァァァァァァァァァァァ――!!!!」
百合城銀子が、感極まって叫んでいた。
「ユリ熊嵐!!」
司波深雪の前に躍り出て、彼女は江ノ島盾子に向けて宣言する。
「今深雪は、その身で証明してみせた!! 私たちのスキは、必ずやこの透明な嵐を破り、テロスを変革する!!」
「……はぁ~あ、何言ってんだか……」
江ノ島盾子は、彼女たちの様子に、呆れて頭を掻く。
そして酷薄に口を引き裂くと、獰猛な笑みを浮かべて、叫んだ。
「テメェのスキなお兄様は、もうとっくに死んでんだろ、バカタレがァ――!!」
10体の江ノ島棲姫たちが、飛びかかる。
B-8にて、衛星基地防衛戦の火蓋が切られた。
~~~~~~~~~~
「よし、衛星局(サテライト)からの電力来ました! パソコンで配信行けます!!」
「来てる来てる……! これで電力を照明と音響に回せる……!」
その頃、ヒグマ島希望放送では、航空基地から送電された電力を受けて、
初春飾利と御坂美琴が奮起していた。
現地中継で繋いでいた配信を、さらなる拡散を狙って舞台でのライブに切り替える準備を整える。
その間に、放送局の東でG羆魔神我に対抗していたメンバーが帰ってくる。
「おい恩人とはいえふざけんなよ! あんな派手に砲撃ぶっぱなしやがって!
私がドッペル込みでギリギリ陣を展開できたから良かったようなものの……! 巻き添えで全滅するとこだったぞ!?」
「本当ごめんなさいね呉さん……。本当の全力を出したら全く加減できなくて……」
「あーもう疲れた。私もう十分働いただろ? あ゛~、休ませてくれ~」
巴マミの『大羆聖離魂砲撃・布愛成(ティロ・ウルサドッペリオン・フィナーレ)』による極大火力の砲撃の余波は、
呉キリカがかろうじて魔法陣を展開したことで防がれていた。
彼女が居なければ、G羆魔神我の周囲数十メートルにいた、メルセレラ、ケレプノエ、
宮本明、李徴、隻眼2も巻き添えで間違いなく死んでいただろう。
くまモンの死を悼みながら、クックロビンがバラック小屋に彼らを迎え入れて、炊き出しの肉骨茶(バクテー)でねぎらう。
急造の舞台も設営されて、簡易的なライブハウスのようにもなっているそこは、休息におあつらえ向きの場所だった。
「亜久里ちゃん! レジーナちゃん! トランプ共和国に伝えて!! アイちゃんはここにいるし、マナちゃんは絶対に連れ戻す!!」
現場インタビューの体裁としては最後になるだろう配信では、キュアドリームが、初春飾利の持つスマホに向けて必死に呼び掛けていた。
「だから、この放送を、トランプ共和国から、世界中に、発信して!!」
プリキュアからの切実な呼びかけに、配信のコメントには賛同する声が集まる。
だが、報道各所とのメールやチャットを確認していた間桐雁夜は、苦々しい顔で彼女に呼び掛けていた。
「日本政府とトランプ共和国からは、
相田マナの無事を早急に確認させて欲しい、とのことだ。
概ねこちらの言い分は理解しているが、そこが確認できない限り、全面協力はできないと……!」
「そんな……!」
国の腰は、重い。
そもそも一国家が慎重さを欠き、数時間もない間に急激に方針を決めて動けることの方がおかしいのだ。
ここを考えるに、江ノ島盾子の事前の根回しや、杉下右京主導の派遣の迅速さの異常性がよくわかる。
そして続けて、雁夜は舞台放送の演出準備をしている御坂美琴に、怪訝な顔を向けていた。
「あと、御坂さん? 政府からは、別にあなたは正式に派遣したメンバーじゃないとか言われたんだけど、そこどうなの?」
「う゛っ……!? た、確かに、正式に派遣されたのは黒子で、私は相田さんと山岡さんのヘリに隠れて着いてきただけなんだけど……」
「ちょっと! そこちゃんとしておいてくれよ! これ国際的な信用問題なんだよ!?」
美琴は、痛い所を突かれて固まってしまう。
ゼロ・グラビティな宇宙空間での激戦が思い出される。
日本政府から正式に特命を受けて派遣されたのはあくまでテレポーターの
白井黒子だけであり、御坂美琴自体は、そのルームメイトで、レベル5にして常盤台の超電磁砲という超有名人であることは把握されているものの、本来この島に来ているはずの人物ではないのだ。
日本政府とトランプ共和国が、ヒグマ島希望放送に対して全面協力できないのは、ここの疑問点などが払拭できていないからであった。
このため国からは、真に正式派遣されたメンバーである、劉鳳、杉下右京、白井黒子、山岡銀四郎、相田マナの誰かの無事の確認と、彼らからの正確な情報が要求されていたのだ。
至極まっとうな要求であり、美琴は何も言えなかった。
彼女たちに対し、その時外から
佐天涙子のテレパシーが飛ぶ。
『御坂さん! その相田マナさんは今どこにいるかわからない!? 私がこっちから討って出るわよ!
たぶん、アレに対抗できるのは、今のメンバーなら私くらいだわ!!』
「相田さんは『天網雅楽(スカイセンサー)』の感知範囲内にはいない……! まだここから2キロ以上離れてる位置のはずよ!」
息巻く佐天の問いかけに、美琴は首を振る。
だがそこへ、さらに別のテレパシーの応答が入る。
『アタシが捕捉した! C-2だ!!』
佐倉杏子だ。
元々の感覚増幅魔法と『治癒の書(キターブ・アッシファー)』の魔力により、その探知能力を大幅に上げている彼女は、炎の馬で走りながら、相田マナを追い、そしてついにその位置を捉えていた。
まさに接敵寸前となっている彼女からのテレパシーに、キュアドリームが意を決して顔を上げていた。
小屋の椅子にだらしなく手足を投げだして座るキリカへ歩み寄り、ぬいぐるみを差し出す。
「キリカちゃん! 本当お疲れ様! 私が預かってたけど、これ持って休んでて! 大切なものでしょ!?」
疲れ果てて意識を飛ばしかけていたキリカは、
夢原のぞみのその行為に、バッと顔を上げる。
大切なウサギのぬいぐるみを握りしめ、キリカは踵を返すキュアドリームを呼び止めていた。
「おい、のぞみ――!」
キュアドリームは、まるで戦場に往く兵士のような表情をしていた。
彼女に指を突きつけ、キリカは言う。
「私は帰ったら、絶対に恩人にクレープをおごるからな。覚えておけよ!」
「――うん、ありがとう! 楽しみにしてる!!」
「トッピング増し増しで良いからな!! よく考えとけよ!!」
キリカらしいその応援に、キュアドリームは満面の笑みを浮かべて頷き、ヒグマ島希望放送を飛び出していった。
外では既に、佐天涙子がC-2に向けて走り出している。
彼女たちを送り出すヒグマ島希望放送の中で、その時一人の少女が、小屋の舞台に向けて進みだしていた。
「……世界中に、流さなきゃいけないんだよな」
黒木智子が、いつの間にか、HIGUMAアスレチックのダサTシャツから、
布束砥信のコレクションであるゴスロリ衣装に着替えていた。
呟きながら彼女は、舞台袖の那珂や御坂美琴に向けて歩み寄る。
「ならおあつらえ向きのがある。アンタらはその間に他の音源でも準備しときな」
彼女はデイパックから、一枚のCDを取り出して御坂美琴に手渡した。
「――まず私が、前座になってやるよ」
ゴシックロリータを纏う黒木智子の体に、月霊髄液が絡まってゆく。
それは銀のティアラやアクセサリーのように変形して、舞台衣装として彼女を飾った。
~~~~~~~~~~
「――さすがにちょっと私様をナメすぎなんじゃない?
ほぼ無能力の連中が、力だけで私様をビートダウンできると思ってんのか!!」
「力だけじゃありません! 私たちにあるのは、力と、技と、知性です!!」
B-8で勃発した戦闘。
突撃してくる江ノ島棲姫たちに向けて、司波深雪たちも叫びながら走り寄っていた。
先頭の江ノ島棲姫が指や艤装を展開し、機銃を乱射してくる。
その弾幕を司波深雪は低い姿勢で躱しながら、その足元に滑り込んだ。
「フェンリルバイト……!」
――土遁・犬蕨。
江ノ島棲姫の股を抜け、背後に回り込むその急速な動きに、江ノ島棲姫は意表を突かれて振り向く。
その時すでに、司波深雪の体は江ノ島棲姫の頭上に躍り上がっていた。
「パドマー……!」
――風遁・逆蓮。
地下でヒグマの首を捻ることのできなかったその忍術は、今ヒグマとして
目覚めた司波深雪の膂力を以て、完全に揮われた。
頭上で旋回しながら敵の首を掴み、全体重をかけて地に落とす。
その一撃は江ノ島棲姫の頸椎を折り、脊髄を捻じ切る。
絶命し斃れた江ノ島棲姫の腹を、司波深雪は即座に食い破った。
「……大層マズいキンカンですね」
そして司波深雪は、はらわたから噛みちぎった江ノ島棲姫の卵巣を地に吹き捨て、肉球ブーツとなっている脚で踏みつぶした。
「がうう……!?」
だが、同様にクマの身体能力を持っている百合城銀子は、別の江ノ島棲姫との打ち合いに苦戦していた。
押し勝てない。
クマモードとウィニングモードの転換による幻惑程度では、ランスロットの無窮の武練を一部ながらインストールされているヒグマ・オブ・オーナーを吸収している江ノ島棲姫に通用しなかった。
――圧倒的に技量が足りない!
一方で、歴戦の駆逐艦である天津風も苦戦していた。
「くっ――」
天津風の放つ連装砲や、MG34機関銃は、江ノ島棲姫の弾幕を撃ち落とし押し勝ってはいる。
だが、江ノ島棲姫に届いた弾丸は、ヒグマイッチなどの打撃技術でそのほとんどが弾かれ、仮に江ノ島棲姫の肌に当たってもほとんどかすり傷にしかならないのだ。
――圧倒的に火力が足りない!
江ノ島を上回る戦闘技術と、その装甲を突破できる攻撃力。
両方が揃っていない限り、江ノ島棲姫を倒すことはできないのだ。
その時、天津風の前に一隻の軽巡が滑り込む。
「『沖つ白波』――!」
旋風と共に巻き上げられた高温水蒸気が、江ノ島棲姫の進路を阻み視界と射線を塞ぐ。
思わずのけぞった江ノ島棲姫の腹部にその時、真っ白な蒸気の奥から、薙刀の刃が突き刺さっていた。
「『海神の幣』!!」
龍田の薙刀の刃先から大量の高圧水蒸気を体内に噴射され、江ノ島棲姫は木っ端微塵に爆散する。
艦娘には、炎ではない高熱で、HIGUMA細胞を灼き殺す攻撃方法があった。
ボイラーから噴き出す、高温高圧蒸気の曝射攻撃である。
特に天龍と龍田――。
近距離戦闘術に秀でた天龍型軽巡洋艦の両者は、このヒグマ島の戦闘において、現段階の江ノ島盾子に唯一相性有利を取れる存在かも知れなかった。
江ノ島棲姫と拮抗して打ち合う百合城銀子の元にも、その時上空より一隻の船影が差し込む。
「――『藐姑射(ハコヤ)の橋』」
凄まじい長距離を飛び込んできた天龍の刀が、上空から江ノ島棲姫に振るわれる。
反応した江ノ島棲姫が、それを対空しようと拳を振り上げる。
「『樵廡(しょうぶ)の』――」
だが江ノ島棲姫が貫いたのは、ただの水蒸気の塊だった。
蒸気による幻惑――。
隙を晒したその脳天を、翻っていた天龍の刀が上からたたき割る。
「『洞(ほら)』」
天龍峡十勝の一つ“樵廡洞”は、大きくオーバーハングした岩であり、その下で木こりが庇にしたであろうと想像されている。
「『諏訪の水絹』!!」
そして天龍は頭をカチ割った江ノ島棲姫の腹部に刀を突き刺し、その内臓を水蒸気爆発させて完全にトドメを刺す。
既に天龍は、島風から託されたヒグマ製の強化型艦本式缶の性能に完全に順応していた。
龍田から万全に燃料の補給も受けたこの戦闘で、天龍の肉弾戦闘術のキレには、さらに磨きがかかった。
羅漢仁王拳の風を纏った拳で、別の江ノ島棲姫が殴りかかってくる。
天龍はその拳を刃の腹で受けながら、回転する。
「『富士の』――」
攻撃を受け流し、高速回転しながら、その刃は白熱した。
「『巻き狩り』!!」
相手の攻撃の勢いをも乗せた天龍の斬り上げが、江ノ島棲姫の腹部から胸までを断ち割る。
高温の水蒸気とともに焼き切られ、茹った内臓から湯気を吹き出しながら江ノ島棲姫が斃れる。
天龍峡十勝の一つ“芙蓉峒 (ふようどう)”。芙蓉とは富士山のことを指す。
その別名を富士巻狩岩と呼ばれる、白い縞のある奇岩は、まさに富士の麓で行われた大規模な狩猟を偲ばせる。
続けざまに、指と艤装から銃砲を放って牽制してくる2体の江ノ島棲姫の足元に、天龍は滑り込む。
「『仙牀(せんじょう)の磐(いわ)』ッ!!」
回転し滑り込みながら振るわれた天龍の刀が、江ノ島棲姫たちの足首の腱を次々と切り裂き、体勢を崩す。
天龍峡十勝の一つ“仙牀磐”。仙とは千を意味する。非常に広く平らなその岩は、文字通り千人もの人を座らせられたのだろう。
天龍は、倒れた江ノ島棲姫たちに追撃しようと飛び掛かる。
だがその動きは、蒸気と共に爆発的にその体積を肥大させた江ノ島棲姫に吹き飛ばされる。
「ヴォオオオオォォ――!!」
巨人化である。
4メートル級の巨大な獣人と化した2体の江ノ島棲姫が、地に転げた天龍に迫る。
天龍は、脇構えの体勢で待機している妹に向けて呼び掛けていた。
「しくった! 龍田、頼む!」
「白雲の、龍田の山の、瀧の上の、小椋(をぐら)の嶺に、咲きををる――」
天龍と、長歌を詠唱している龍田の前に、スケートボードに乗った天津風が滑り込む。
「『鱶狩り』!!」
「『烏帽(うぼう)の石』!!」
天津風の投擲した銛と、天龍の耳の上に装着されていたユニットがミサイルのように飛んで、巨人化した江ノ島棲姫たちの目に突き刺さる。
天龍峡十勝の一つ“烏帽石”は、まさに平安時代の烏帽子のように佇み、仙人たちを着飾る岩であった。
「桜の花は、山高み、風しやまねば、春雨の、継ぎてし降れば、ほつ枝(え)は散り過ぎにけり、
下枝(しづえ)に、残れる花は、しまらくは、散りな乱(まが)ひそ、草枕、旅行く君が、帰り来るまで――」
僚艦による迎撃の間、高橋虫麻呂が龍田越えの道中に歌った長歌と共に、龍田の裡に燃えるボイラーが、タービンが、勢いよくその熱量を高めてゆく。
そして送られる藤原宇合(うまかひ)一行の心情に寄せて作られた返歌が、彼女の思いを、龍田山の風を、最大限まで高めて届かせる。
「我が行きは、七日は過ぎじ、龍田彦――」
「総員! 『七日行く風』だッ――!」
薙刀が、宙へ走る。
「――『勤此花乎、風尓莫落(ゆめこのはなを、かぜになちらし) 』」
龍田山に吹く七日分の突風を凝縮した宝具。
真横に向けて躍るように抜き放たれた風の刃は、眩い光を放ちながら、島の南方の半径数キロメートルの空間を、海上まで扇状に切り裂いた。
2体のヒグマ型巨人は、その全身をプラズマ化した熱風にごっそりと消し飛ばされる。
あとに残ったのは、ただその場に立ち尽くす、膝から下の脚4本だけだった。
だが、一帯の全てを薙ぎ払ったかに見えた龍田の大技と、敵の損耗の数は一致しなかった。
この場には、あと4体の江ノ島棲姫が残っていたはずだった。
「上――!?」
その異常に気付いた天龍が、司波深雪が、百合城銀子が、地に伏せた姿勢から上空を見上げる。
雪の夜空に、残る4体の江ノ島棲姫は、大きく跳び上がって龍田の宝具を躱していた。
――フォーメーション『ホワイト・ナックルズ』。
それはクラッシュ、ロス、ノードウィンド、コノップカ――。フォーメーションヒグマの動きだった。
上空から強襲してくる江ノ島棲姫たちの攻撃に反応できたのは、元々が上半身のみの腹這いの状態で行動していた、天津風だけだった。
「まだ、やれる――!!」
クックロビン作のスケートボードと、連装砲くんと共に、全身のバネで彼女は跳び上がり、その手に持つ銛で江ノ島棲姫を迎撃しようとした。
――フォーメーション『ゲット・オーバー・イット』。
天津風の体を、4体の江ノ島棲姫の爪が、四方から貫いていた。
吐血した彼女は、江ノ島棲姫たちと同体となって地に転げる。
だが、天津風の眼から、光はまだ消えていなかった。
「私たちは、幾つもの涙の海を越えてきたのよ……」
彼女は江ノ島棲姫の爪を全身に受けながら、装備していた銛の全てを4体の江ノ島棲姫全員の腹部に刺し込んでいた。
四方の江ノ島からどれだけ殴打されても、天津風はその銛を離さない。
彼女と初春飾利を守り続けた、
パッチールのように。
自衛官、皇魁のように。
上院議員、ウィルソン・フィリップスのように。
弁護士、
北岡秀一のように。
敗北。水底。眠り。絶望。喪失。別離――。
去来する幾つもの哀しみと誇りに報いるように、その背のボイラーが熱く過熱してゆく。
「進むのよ、みんな――!」
大切な仲間たちが生きてくれるなら……!
乙女の姿、しばし留めん――!
「強化型艦本式缶、解放――!!」
そして叫びと共に今、願い込めた一撃が爆ぜた。
「天津風――ッ!?」
天龍の叫びがこだまする。
暴走させた強化型艦本式缶による巨大な水蒸気爆発。
一帯を一瞬昼の青空に錯覚させるかのような煌めき。
その不沈の駆逐艦による自爆は、4隻の深海棲艦を、もろともに爆砕し尽くした。
【江ノ島棲姫 10隻全て轟沈】
【天津風・改(自己改造)@艦隊これくしょん 死亡】
~~~~~~~~~~
1945年、天津風は航行不能となったアモイ湾の浅瀬にて、戦闘能力を失った難破船と侮って襲撃を仕掛けてきた現地の匪賊を、死傷者を出しつつも25mm機銃の水平射撃を浴びせて健在を誇示し見事に撃退した。
だがこの襲撃は、アモイが半ば敵中であるという事を示していた。
また米軍機まで未だに天津風の頭上に張り付いている状況で、動けないまま敵に身を任せる訳にも行かず、最後の望みを賭けて再度曳航を試みるが失敗。
もはや自力での艦の復旧は不可能と判断し、艦長は止む無く艦の放棄を決断、ついに総員退艦を下令する。
天津風は、アモイ根拠地隊の協力により匪賊から再度の襲撃を受けつつも、全ての武装と物資を陸上へと引き揚げた後、軍艦旗降下。
本来ならその各々が駆逐艦一隻を轟沈させるに十分足るであろう三度の大損害を乗り越えた不沈艦は、1945年4月10日夕刻、艦内の主要部八ヶ所に仕掛けた爆雷に点火し自沈した。
~~~~~~~~~~
一帯に溶けた風は、必ず希望を呼び込むように――、と、残った僚艦たちに告げるかのようだった。
立ち上がった司波深雪が、視線を遠くにやり、ゆっくりと呟く。
「……随分と余裕なようですが、どうしました?
私たちごときの肉弾戦と、そして天津風さんの特攻で、あなたのお粗末な複製体は、全滅しましたよ」
その声に、草原の中から嘲笑が答えた。
「うぷぷぷぷ……。私様は単に、オマエラが無駄なあがきをしてるのを、楽しく眺めてるだけだよ」
江ノ島盾子が、寝そべったまま笑っている。
彼女は戦闘を江ノ島棲姫たちに任せ、自分はそのまま悠然と、休日のバラエティ番組でも見るかのように、見物に徹していただけだった。
その姿勢のまま動くこともなく、彼女は龍田の宝具の一撃すら躱していたのだ。
自分の産み出した羆嵐を、ツマミのフライドチキンかのようにバリバリと捕食して、彼女は億劫そうに立ち上がる。
「……絶望ってのは、覆しようがない絶対の結末だから絶望なんだ。
私様は、このままタイムアップでもいいんだが? って感じだから、のんびりやらせてもらってるワケ」
睨みつけてくる司波深雪、天龍、龍田、百合城銀子たちを前にして、江ノ島盾子の余裕の笑みは、全く崩れなかった。
その威圧感は、同じ身体性能をしていたはずの複製体である江ノ島棲姫とは比べ物にならない。
この邪悪な精神・自我こそが江ノ島盾子の本体なのだ、と、一行は否応なく認識せざるを得なかった。
天龍たちは、江ノ島棲姫に通用した白兵戦術と同じような攻め方をしても、江ノ島盾子本人には全く通用するビジョンが見えなかった。
戦闘の熟達者ならば、誰もがある程度思い描く、数々の攻め手に対する攻防の予測――。
今の江ノ島盾子に対してそれを思い浮かべた時。
その全ての予測の先で、天龍と龍田は己の行動が『喰われ』、敗北・轟沈する未来を見てしまっていた。
「今オマエラは島の中の脅威を必死にひとつひとつ倒していってるみたいだが、それでどうなった?
よくわかんねぇカラスと、んで、さっき向こうで光ったのは、ヒグマン子爵でもぶったおしたか?
そうしたところで結末は何にも変わんねえってのに、ご苦労なこったぜ」
遠くから睨み合うのみで、攻めあぐねている一行に向け、江ノ島盾子は大きく手を広げて嘲笑った。
「この島が絶滅するタイムリミットまで、あと2時間を切ってる」
滔々と演説を打つ江ノ島盾子は、いちいち見得を切るように大仰なポーズをつけておちょくる。
「オマエラがここの電力を確保しに来たってことは、大方、あの御坂美琴ちゃんの能力を使って外部に助けを求め始めたってことだろ。だがそれでどうなる?」
そして彼女は指を立てる。
「①、私様が用意した、この島を狙う核ミサイルの発射を止められる訳がない」
二本の指をピースサインにして目の横にかざす。
「②、外部に協力を求めても、
円亜久里や相田マナがおっちんでる以上、トランプ共和国の怒りは収まらず、どう転んでも絶対に世界中の協力は得られない!」
三本の指を立てた両手を胸の前でクロスさせて、彼女は舌を出した。
「そして、わかってんのか? ③、私様を殺したら、全世界で、現時点の私様と同じ性能の私様が量産されるんだぜ?
ここで私様を倒そうが倒すまいが、オマエラは詰んでるんだよ!!」
江ノ島盾子の勝ち誇ったような哄笑が、南の草原に響く。
「……ぐだぐだと下らない御託を並べて、気は済みましたか?」
その笑い声を引き裂くように、司波深雪の冷たい声が飛ぶ。
今まで誰も見たことがない、鬼女のような表情を浮かべて、司波深雪は歩き出していた。
その声は、冷たく、静かな、怒りに燃えていた。
「――あなたは、私が、死んでもぶち殺す。それだけです」
――お兄様。
例え私の全てが海色に溶けても、私は進み、変わり、そして還ります……!
どうか、前に進むのを、見ていて下さい……!!
決意と共に、シロクマは抜錨する。
――第四回放送:最終決戦4『eternal reality』に続く
最終更新:2026年06月08日 22:34