「あーん! ここって一体どこなのー!?」
F-3エリアに広がる市街地の一角では一人の少女がぼやきながら歩いている。
彼女の名前は
夢原のぞみ。サンクルミエール学園に通う女子中学生であり、プリキュアという戦士でもある少女だった。
ナイトメアやエターナルから平和を守り、キュアローズガーデンを見守りながら平穏な日々を過ごしていた。途中、フュージョンやブラックホールのような強大な闇とも戦ったが、他のプリキュアと力を合わせたおかげで平和を守ることができた。
だけど、のぞみの平穏はまたしても脅かされそうになってしまう。
「もう! 実験とか意味がわからない! たくさんの人やクマさん達をこんなことに巻き込むなんて許せない!」
のぞみはベッドから起き上がってから、いつものように楽しい一日を過ごそうと考えていた。友達みんなで集まって遊ぶのもいいし、どこかに出かけるのもいい。勉強はまだ苦手だけど、ココが教えてくれるならのぞみもやる気が出る。将来の夢である先生になる為にも勉強は必要だった。
だけど、のぞみの予定は何一つとして叶えられることはない。何故なら、何の前触れもなく殺し合いに放り込まれてしまったからだ。
当然ながら、のぞみは誰かを傷つけてまで帰りたいとも思わない。むしろ、プリキュアとして一人でも多くを助けようと考えていた。
意味なく誰かを傷付けることなんてのぞみは嫌だし、そんな方法で帰れたとしてもみんなから怒られてしまう。本当の意味で幸せになれるわけがなかった。
「そういえばみんなもどこかにいるのかな……? りんちゃん! うらら! こまちさん! かれんさん! くるみ! ココ! ナッツ! シロップ! いるならを返事してー!」
のぞみは親しい人達の名前を呼ぶが、当然のことながら返事はない。殺し合いの場にみんなが連れて来られているという確証はなかったが、できるなら隣にいて欲しい気持ちはあった。
やっぱり、一人は心細い。一人よりもみんなでいる方が好きなのぞみにとっては、今の状況はとても耐えられなかった。
会いたい。誰かに会いたい。風が流れる音しか聞こえてこない街中にのぞみは不安を抱いてしまう。
今はとても暗いから、もしかしたらオバケが出て来るかもしれない……不安が膨れ上がっていくせいで、そんな思考も芽生えてしまう。
「誰かいませんかー? 誰かー」
今度は友達以外の反応も期待したが、やはり何の反応もない。いくら待っても返事をしてくれる人が現れることはなかった。この会場にいると言うヒグマ達だって現れることはない。それがあまりにも悲しくて、のぞみは軽く溜息を吐いてしまう。
「誰もいない……そんな訳ないよ! きっと、力を合わせてくれる誰かいるはずだよ!」
だけど、ここで希望を捨てたら誰かに会えるわけがない。歩いていればいつか誰かと出会えるかもしれない。ココとだって、そうして出会ったのだから。
「そうだ! このバッグの中って何が入っているのかな? 調べてみようっと!」
のぞみは備え付けられた椅子に座りながらバッグのファスナーを開けて中身を確認する。
まず見つけたのはプリキュアに返信する為に必要なアイテムであるキュアモだった。これがあるからこそのぞみはキュアドリームとして戦うことができる。
次に見つけたのは食料と水。そしてタオルや石鹸のような身体を綺麗にする為に使う道具や、更には地図までもがバッグから出てきた。
一個取り出す度に「おおー」と感嘆の声をあげてしまう。殺し合いにはとても役に立たない道具だが、それでものぞみは嬉しくなれた。
「何が出るかな、何が出るかな?」
うきうきしたのぞみは歌を歌うように喋りながら、デイバッグの中身を確かめていく。
すると、バッグの中からウサギのぬいぐるみが姿を現した。
「おおっ! 今度はぬいぐるみさんが出てきた! 可愛いな~!」
のぞみは頬を緩ませるように笑いながらぬいぐるみを抱き締める。
伝説の戦士プリキュアといえどものぞみだって年頃の女子中学生。ぬいぐるみに目を奪われてしまうのは当然だった。
「ねえ、君は何ていう名前なの? うさちゃん? うさくん? ヒうさ? それとも、もっと違う名前があるのかな?」
ぬいぐるみに対して、まるで幼い子どものようにのぞみは問いかける。
ぬいぐるみが喋るわけがないのはのぞみだって理解しているが、それでも寂しい気持ちを紛らわせたかった。しかしそれは一時しのぎにもならず、すぐにのぞみは寂しくなってしまう。
「……こんなことをしたってうさぎちゃんが喋ってくれるわけないよね。あたし、何をやっているのかな」
ずーん、というSEが聞こえてきそうなくらいのぞみは落ち込んでしまう。
しかし、彼女は首を横に振って気持ちを切り替えた。
「いけない! こんなことをしている場合じゃないよ! 今は……」
「あったああああああああああああああああああああああああああ!」
「えっ?」
その時だった。どこからともなく少女の奇声が発せられて、のぞみがそれを聞き取ったのは。
のぞみが振り向いた瞬間、前方から黒髪の少女が走ってくる。それに反応する暇もなくのぞみがぽかんと口を開けていると、ぬいぐるみをひったくられた。
あまりにも突然すぎる出来事で、のぞみは何もできずに呆然と立ち尽くすしかできない。
「会いたかった! 会いたかったよ! もう離さない……君とはもう永遠に離れたりしないよ! ごめんね、589秒も離れたりして! でも私はその分、あなたを愛してあげるから!」
現れた少女は瞳からポロポロと涙を零しながらぬいぐるみを抱き締めていた。
それを見てのぞみは思う。このぬいぐるみは彼女にとって大切なものであり、ほんの少しだろうと手放さないくらいに持っているのだ。
「そのぬいぐるみはあなたの物なの?」
のぞみが尋ねた瞬間、少女はくるりと振り向いてくる。
そのまま、のぞみの両手を強く掴んできた。
「キミのおかげで私の愛は死なずに済んだよ! お礼を言わせて欲しい!」
「いえいえ! それよりも探し物が見つかってよかったね!」
「全くだよ! 君は私の恩人だ! 感謝してもしきれないよ! 私の名前は
呉キリカ! どうか、お礼をさせてくれないか!?」
「お礼……?」
呉キリカと名乗った少女の言葉にのぞみはぽかんと口を開ける。
嬉しい気持ちはわかるけど、ぬいぐるみを返しただけでここまで言われた経験はないので流石に困惑した。でも、彼女の気持ちを無碍にする訳にもいかない。
のぞみはほんの少しだけ悩んだ末に、キリカに満面の笑顔を向けた。
「それじゃあ、私と一緒にいてくれないかな?」
「一緒に……?」
「うん! あたし、こんな所に連れてこられてからずっと一人で寂しかったの! だから、あたしと一緒にいてくれないかな?」
「恩人はそれでいいの? 私の愛はそれだけで満たせるものじゃないのに?」
「勿論、一緒にいるだけじゃないよ! キリカちゃんと一緒に話して、キリカちゃんと一緒に歩いて、キリカちゃん一緒に食べて、キリカちゃんと一緒に笑う! 他にも、キリカちゃんとできることがいっぱいあるの! あたしは、あなたと色んなことがしたいから!」
ようやく出会えたキリカを前にのぞみはテンションが上がってしまい、饒舌になっていく。
同年代の少女と出会えたのも嬉しいが、彼女の役に立てたのも嬉しかった。それがのぞみの不安を吹き飛ばしていた。
「あたしは夢原のぞみ! よろしくね!」
「そっか……よろしく、恩人」
「違うよー! 恩人じゃなくて、のぞみって呼んでよ!」
「うっ……わかったよ。恩人……じゃなくて、のぞみ」
「うん! キリカちゃん!」