『悪夢』(ゆめ)
E-4地域、一際高いビルの屋上から島を見渡す人影があった。
黒いスーツに黒い帽子、黒ずくめの格好の中に鮮やかな緑色の髪が特徴的な眼の細い男。
世界虚空情報統制機構の諜報部に属する男、ハザマである。
「んー……これはいったいどういう事象なんでしょうねぇ」
柔和に見える裏に底知れぬ闇を感じさせるその表情で、不思議そうに、そして不機嫌そうに彼は呟く。
表向きは常に人を小馬鹿にした余裕の態度を崩さない彼がここまで困惑した態度をとることは、傍らに人がいまいが非常に珍しい。
そもそも、彼の存在している世界の事柄であれば、彼が知らないことはほとんど存在しないのだ。
それに加えて彼の困惑の度合いを深めている理由は他にもあった。
「私はあの『クソ眼鏡』(トリニティ=グラスフィール)に刺された……はずだよなァ……」
思い出すだに忌々しいのか、ほんの少しその本性を垣間見せながらもう一度思案する。
彼がこの場所に呼び出される直前、どこにいたかと言えば、死の淵である。
そこからどうやって現在の状況に至ったか、一切わからないのだ。
先ほどから幾度か試みているレリウス=クローバーへの連絡も一切反応がない。
「とりあえず、自分の状況を省みるのが先……ですか……」
どっかりと屋上にしゃがみこむと、もともと開いているのかどうかもわからないほど細い目を瞑った。
『死神』ラグナ=ザ=ブラッドエッジと『次元境界接触用素体NO.13』ことν-13が『窯』へと飛び込み、
『黒き獣』となり、『事象兵器』巨人(ハイランダー)タケミカヅチが世界を焼く、そのループを打ち破り、
世界の『悪夢』を見続けるマスターユニット『アマテラス』を破壊しようと目論む彼は、もともと
『暗黒大戦』で『黒き獣』を倒した『六英雄』の一人、ユウキ=テルミである。
精神体となっていた彼は『蒼の継承者』(カラミティ=トリガー)となった『次元境界接触用素体NO.12』である
ノエル=ヴァーミリオンに『観測』されることで存在を確定させた後、『狂気の人形師』レリウス=クローバーと共に
『帝』への助力を行い『アマテラス』を破壊すべく、『タカマガハラシステム』を無力化、掌握していた。
その後『統制機構第0師団 審判の羽』に所属するツバキ=ヤヨイを帝の『呪縛陣』(マインド・イーター)によって、
また『第7機関』のココノエの弟子であるライチ=フェイ=リンを、彼女の愛する研究員ロイが境界に接触し変容し、
『魔素流動体』となったアラクネを人間に戻す研究を手伝う条件で手駒としていた彼らが、
彼がクソ吸血鬼と呼ぶレイチェル=アルカードの干渉により、『確率事象』(コンテニュアム・シフト)であったすべての
可能性がついに確定したことをきっかけに計画を最終段階に移し、『天岩戸』(ネメシス・ホライズン)を開いて『アマテラス』
を呼び出し、世界の命をを蒼へと還し、『繭』(エンブリオ)より『蒼炎の書』を……
そこまで思い出してハザマはもう一度苦々しい顔をする。
そう、そこで刺されたのだ
「背後からプラチナとかいう小娘の姿を借たあのクソ眼鏡に刺されたんだよな……」
自分を慕い、すぐに騙される眼鏡をかけた女性の姿を思い浮かべる。
『暗黒大戦』があったあの時代、『六英雄』と呼ばれたメンバーの一人、『トリニティ=グラスフィール』は
その魂を『事象兵器』(アークエネミー)『無兆鈴』に隠して現代に蘇っていた。
そしてハザマに干渉を行い、精神体を引きずり出し『殺せる』状態にまでさせていたのだ。
しかも、レイチェル=アルカードによってその身体は影である『ハザマ』と本体の『ユウキ=テルミ』に『複体』(ドッペルゲンガー)として分けられ、
在り様は通常の逆、ハザマが本体でテルミが影という状態にまで貶められていた。
本来であれば『封印兵装 十六夜』が覚醒した姿である『零識 イザヨイ』の『不死殺し』(イモータルブレイカー)でもなければ
殺すことなど不可能な彼がそこまで追い詰められたのは、やはり『刻の幻影』(クロノファンタズマ)として現代に蘇った
セリカ=A=マーキュリーによるところが大きい。
魔素の活動を浄化する『秩序の力』を有する彼女は、ハザマにとって天敵ともいえる相手だが、さらにやっかいなのは世界に『いない筈の者』は
『観測』(み)ることができず、さらにその『いない筈の者』(クロノファンタズマ)と行動を共にする者もまた『観測』(み)ることができない。
それゆえに、かの『十聖』大魔導師ナインの娘ココノエとレイチェル=アルカードに計画を狂わされたのだ。
「ん……そういえば……」
ふと気づいたことがある。
「この『世界』……魔素がないですね……」
彼の住む世界、その時代では世界中に溢れ、人々がそれを利用して生活するにまで至っている魔素の存在が感じられない。
が、それだけではない違和感がある。
「試してみますか。第666拘束機関解放、次元干渉虚数方陣展開、コードSOL、『碧の魔道書』(ブレイブルー)起動」
ハザマの周りに緑色に輝くリングが展開される。これは彼の造った『碧の魔道書』の力に違いない。
しかしそれは異様なことだった。
魔素がないなら、この魔道書も含め、すべての術式は発動することがないのだから。
「やはり……」
最初に魔素がないことに気づいた時、もしかすればセリカ=A=マーキュリーと同様に魔素の動きを止める『クシナダの楔』が使用されたのかと思った。
計画上邪魔であったため、レリウス=クローバーが押さえにいったはずのあの兵器が使われ、世界から魔素が消えたのだと。
しかしそれはおかしかった。
たとえ自分が倒れている間に、シシガミ=バングの持つ『事象兵器』(アークエネミー)『鳳翼 烈天上』によって『クシナダの楔』が発動したとしても
それならばこの『碧の魔道書』は発動してはいけないのだ。だとするならば、ここはもう彼の知る世界ではない。『確率事象』(コンティニュアムシフト)の一つですらないのだ。
「クソがっ!!どうしろってんだよ!!そもそもなんだよ!ヒグマってよォォォォ!!!」
ユウキ=テルミの本性である凶暴さと残忍さを露にし、屋上の給水塔に向けて5C>2C>22C>5D>5D>236D>大蛇武錬殲のコンボを叩き込む。
ぐしゃぐしゃにひしゃげた給水塔から水が噴出し、テルミの逆立った髪を濡らしていく。
「いいぜ!どいつもこいつもぶっ殺しゃあイイんだろうがアァァァァァァァァ!!!!」
叫んだ瞬間、彼の身体は光に包まれ、会場から掻き消えた。
「ッハ!?あぁ!?どこだよここはぁ!」
彼が目を覚ましたのは、世界虚空情報統制機構の諜報部執務室、つまりハザマの部屋だった。
机につっぷした形で眠る体勢となっていた自分に驚き、きょろきょろとあたりを見回す。
「俺様……あいや、私、一体……」
呆然とする彼の耳に、ノックの音が飛び込む。
「入るぞ、ハザマ」
返事も待たずに入室してきたのはレリウス=クローバー技術大佐だ。
「あの、ええと、レリウスさん?」
「どうした、寝ぼけているのか」
「あ、いや、あ、はい、どうやらそのようで……」
「ふむ、それは興味深い、どんな夢を見たのだ?」
「ええと、夢……ですか、そうですね……」
ハザマが渋々先ほどまでの体験をレリウスに話すと、レリウスは興味深げに応えた。
「なるほど。貴様の話が本当だとするならば、貴様は本当にその場所にいたことになる。だが、その世界の
ルールがそれを許さなかったのだ」
「世界のルール?どういうことでしょう?」
「簡単な話だ。貴様は回想や説明の名の下に、おおよそ『日本語』とは思えない言葉を羅列しすぎた。それで『世界』がそれを
『異国の言葉で書かれた話である』と判断し、これを『夢オチ』としたのだ」
「夢オチ……ですか……」
「ああ、まあ働きすぎの貴様には丁度よい気分転換とも言える」
「んー……気分転換にしては胸糞悪かったがなァ……ま、せいぜい背後に気をつけるようにするぜ」
「ああ、そうしろ」
かくて世界は輪廻を続ける。
蒼を求める物語は、ヒグマを認めず、新たな蒼炎(あお)を求めて、まだ走り続けていた。
【ハザマ(ユウキ=テルミ)@ブレイブルーシリーズ 夢オチにてリタイア】
最終更新:2015年01月12日 19:33