犬猫おもいで秘宝館システム5臨時@ wiki
神楽坂・K・拓海様依頼 平林様作品
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元帥の夢
老人は、夢を見ていた。
長く、そして美しい、夢を……。
長く、そして美しい、夢を……。
夢の欠片は、時間を行きつ戻りつ、そのひとひらごとが螺旋を描きながら、老人の脳裏を舞う。
──ベッドから、起き上がるのも億劫だ。
栄達と北アフリカの乾いた風。軍人への道。生を享けた街の旧い路地……。
──なにせ、歳を取りすぎた。
もう、知り合いと言えるような人々は、とうの昔に老人を置いて旅立ってしまっていた。
勲章。エーゲ海の蒼。戦術研究の日々。そして、戦場、戦場、戦場……。
鋼と鉛と血。「敗軍の将」という、間違いではないからこそ厄介なレッテル。
それゆえに、老人は長い戦後を、完全に軍務から離れて過ごした。そうせざるを得なかったのだ。
人間は、ときに時代から役割を与えられる。そこに自由はない。
──ベッドから、起き上がるのも億劫だ。
栄達と北アフリカの乾いた風。軍人への道。生を享けた街の旧い路地……。
──なにせ、歳を取りすぎた。
もう、知り合いと言えるような人々は、とうの昔に老人を置いて旅立ってしまっていた。
勲章。エーゲ海の蒼。戦術研究の日々。そして、戦場、戦場、戦場……。
鋼と鉛と血。「敗軍の将」という、間違いではないからこそ厄介なレッテル。
それゆえに、老人は長い戦後を、完全に軍務から離れて過ごした。そうせざるを得なかったのだ。
人間は、ときに時代から役割を与えられる。そこに自由はない。
──それにしても、難儀なものだ……。
齢九〇を超えてなお、戦場の夢を見る自分に苦笑しながら、ゆっくりと老人は体を起こした。
年齢不詳の東洋人が寝室に入ってきたのは、ほとんどそれと同時であった。
「失礼致します。元帥、作戦会議のお時間です。お越しいただけませんでしょうか?」
澱みなく言ったその男──どうやら、日本人のようだ──は、そのまま老人の返答を待って敬礼した。
──さて、これは夢の続きか。
老人は首を傾げた。
──あるいは、自分もついに耄碌してしまったか。
後者であるならば、自分もまた、そろそろロンメルたちと同じところに召されるのであろうと老人は考えた。
──地獄か……まあ、地獄だろうよ。
もとより、その覚悟は四半世紀も前に済ませていた。ずいぶん長い余生であったな、と老人は思った。そして、従容として死出の旅に発とうと、天を仰いだ。
「元帥、どうされましたか? 揚陸作戦の策定が急務であります。ぜひともお出ましいただきたく」
再び日本軍将校に呼びかけられ、老人は長い夢から醒めた。いや、新たな夢を見ることになった。
──揚陸作戦か。
「どこに揚陸する? 敵戦力は? それから彼我の補給と……」
若返ったように勢い込んで話しながら、これはまずいか、と思った。このところ息が続かない。
しかし、老人の呼吸器にはいささかの不調もなかった。
「……とにかく、情報だ。情報がなければ、いかなる戦略も役には立たない」
話しながらベッドから降りた老人の足取りは、もはや壮年のそれであった。体力気力ともに充実した、戦略の大家でもある指揮官。
「はっ、仰せの通りです。できうる限りの材料は揃えておりますから、ご覧いただければ」
「そうか……貴官の名は?」
名を聞かれると思っていなかったのだろう。将校は躊躇したように見えた。あるいは、自分への敬意か。
──どうやら、この男は悪くない。
「私には発音が難しいかね?」
再度問うて、将校をじっと見る。彼は、目線を逸らさずに答えた。
「カグラザカ、であります」
──難しいじゃあないか。
「では、カギュラザッカくん、歩きながら聞こう」
太いベルトで軍服の上衣を締め、髪を撫でつけてピストルを差すと、廊下に出て早足で歩き出す。その姿はもはや老人ではない。
「はっ!」
カグラザカが慌てて後をついてくる。
「揚陸作戦であることは承知したが、敵を撃滅する必要があるかね? それとも要地を押さえて優勢を作りたいのか……あるいは戦線を作りたいのか。目的によってやり方は変わるだろう」
「はっ、尤もであります。現在我々には、ハワイ島及びマウイ島を攻略せよとの命が下されております」
「彼我の戦力について、口頭で大掴みに説明してもらおうか……」
早足で歩きながら、思考も高速で回転する。
式神として召喚された男の名は、エットーレ・バスティコ。
軍人として栄達してイタリア王国陸軍元帥をつとめ、北アフリカ戦線でロンメルの果敢に過ぎる作戦を修正、戦後は軍事史家として活動し、一九七二年に九五歳の天寿をまっとうした人物である。
齢九〇を超えてなお、戦場の夢を見る自分に苦笑しながら、ゆっくりと老人は体を起こした。
年齢不詳の東洋人が寝室に入ってきたのは、ほとんどそれと同時であった。
「失礼致します。元帥、作戦会議のお時間です。お越しいただけませんでしょうか?」
澱みなく言ったその男──どうやら、日本人のようだ──は、そのまま老人の返答を待って敬礼した。
──さて、これは夢の続きか。
老人は首を傾げた。
──あるいは、自分もついに耄碌してしまったか。
後者であるならば、自分もまた、そろそろロンメルたちと同じところに召されるのであろうと老人は考えた。
──地獄か……まあ、地獄だろうよ。
もとより、その覚悟は四半世紀も前に済ませていた。ずいぶん長い余生であったな、と老人は思った。そして、従容として死出の旅に発とうと、天を仰いだ。
「元帥、どうされましたか? 揚陸作戦の策定が急務であります。ぜひともお出ましいただきたく」
再び日本軍将校に呼びかけられ、老人は長い夢から醒めた。いや、新たな夢を見ることになった。
──揚陸作戦か。
「どこに揚陸する? 敵戦力は? それから彼我の補給と……」
若返ったように勢い込んで話しながら、これはまずいか、と思った。このところ息が続かない。
しかし、老人の呼吸器にはいささかの不調もなかった。
「……とにかく、情報だ。情報がなければ、いかなる戦略も役には立たない」
話しながらベッドから降りた老人の足取りは、もはや壮年のそれであった。体力気力ともに充実した、戦略の大家でもある指揮官。
「はっ、仰せの通りです。できうる限りの材料は揃えておりますから、ご覧いただければ」
「そうか……貴官の名は?」
名を聞かれると思っていなかったのだろう。将校は躊躇したように見えた。あるいは、自分への敬意か。
──どうやら、この男は悪くない。
「私には発音が難しいかね?」
再度問うて、将校をじっと見る。彼は、目線を逸らさずに答えた。
「カグラザカ、であります」
──難しいじゃあないか。
「では、カギュラザッカくん、歩きながら聞こう」
太いベルトで軍服の上衣を締め、髪を撫でつけてピストルを差すと、廊下に出て早足で歩き出す。その姿はもはや老人ではない。
「はっ!」
カグラザカが慌てて後をついてくる。
「揚陸作戦であることは承知したが、敵を撃滅する必要があるかね? それとも要地を押さえて優勢を作りたいのか……あるいは戦線を作りたいのか。目的によってやり方は変わるだろう」
「はっ、尤もであります。現在我々には、ハワイ島及びマウイ島を攻略せよとの命が下されております」
「彼我の戦力について、口頭で大掴みに説明してもらおうか……」
早足で歩きながら、思考も高速で回転する。
式神として召喚された男の名は、エットーレ・バスティコ。
軍人として栄達してイタリア王国陸軍元帥をつとめ、北アフリカ戦線でロンメルの果敢に過ぎる作戦を修正、戦後は軍事史家として活動し、一九七二年に九五歳の天寿をまっとうした人物である。
*
『ゴーストブリゲイド』最終話、サマライズアタック作戦──作戦目標達成。
かつて「敗軍の将」であったバスティコ元帥は、的確な作戦立案によって日英連合軍を勝利に導いた。
かつて「敗軍の将」であったバスティコ元帥は、的確な作戦立案によって日英連合軍を勝利に導いた。
*
そして、四年八ヶ月に及んだ戦争は、一九四六年八月に終わりを迎える……。
「それで、まだ何か用かね?」
バスティコは原稿に向かいながら、くだんの日本軍将校に声をかけた。
「はい。……元帥をわが国にお招き致したく」
戦争が終わっても、この男はちょくちょく顔を見せる。
「執筆が忙しいのだよ、カギュラザッカくん。それに、日本は遠い」
「はい。いいえ、お招きしたいのは日本ではなく……」
バスティコは思わず顔を上げた。
「どういうことだ、きみは日本人だろう」
「いやまあ、そうではありますが……」
カグラザカは、なんとも説明しづらそうな表情をつくった。
まあ、説明しても説明にならない。なんとか説得して来てもらうしかないのだからそうなのだが、とはいえバスティコからすればそんなカグラザカの事情など関係のない話であった。
「で、どこの国だね。コリアかね?」
バスティコがからかい混じりに問うと、カグラザカは、得意の芸に失敗した手品師のような顔になった。
そして、今度は真面目な顔を作ってから言った。
「む……む、無名騎士藩きゅ、であります!」
少し噛んだ。
「……知らん国だ。それは夢の中の天国かね?」
「いえ、どちらかというと地獄であります」
バスティコは万年筆を放り出した。
「ますます意味がわからないな、軍人ならば、言葉をもっと明確に使いたまえ」
「はっ、はい……」
どうやらバスティコ元帥の招聘には、いま少しの時間が必要であるらしかった。
「それで、まだ何か用かね?」
バスティコは原稿に向かいながら、くだんの日本軍将校に声をかけた。
「はい。……元帥をわが国にお招き致したく」
戦争が終わっても、この男はちょくちょく顔を見せる。
「執筆が忙しいのだよ、カギュラザッカくん。それに、日本は遠い」
「はい。いいえ、お招きしたいのは日本ではなく……」
バスティコは思わず顔を上げた。
「どういうことだ、きみは日本人だろう」
「いやまあ、そうではありますが……」
カグラザカは、なんとも説明しづらそうな表情をつくった。
まあ、説明しても説明にならない。なんとか説得して来てもらうしかないのだからそうなのだが、とはいえバスティコからすればそんなカグラザカの事情など関係のない話であった。
「で、どこの国だね。コリアかね?」
バスティコがからかい混じりに問うと、カグラザカは、得意の芸に失敗した手品師のような顔になった。
そして、今度は真面目な顔を作ってから言った。
「む……む、無名騎士藩きゅ、であります!」
少し噛んだ。
「……知らん国だ。それは夢の中の天国かね?」
「いえ、どちらかというと地獄であります」
バスティコは万年筆を放り出した。
「ますます意味がわからないな、軍人ならば、言葉をもっと明確に使いたまえ」
「はっ、はい……」
どうやらバスティコ元帥の招聘には、いま少しの時間が必要であるらしかった。
依頼者:神楽坂・K・拓海@無名騎士藩国様【国民番号:33-00729-01】
製作者:平林@蒼梧藩国様【国民番号:46-00898-01】
2024年2月27日お引渡し
製作者:平林@蒼梧藩国様【国民番号:46-00898-01】
2024年2月27日お引渡し
【製作者コメント】
近現代の軍事や戦史は疎いのいですが、史実とゲームを跨ぎながら書くのは楽しかったです!
近現代の軍事や戦史は疎いのいですが、史実とゲームを跨ぎながら書くのは楽しかったです!
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