「よう、遅かったな」
「うわ、もうそっちは終わってたのかぁ」

 ポールとエレンが中央部分の吹き抜けに戻ると、そこにはすっかり寛いだ様子のカタリナとハリードがいた。
 石造りの低い柵に腰掛けたカタリナの傍には、仄かに光を放つ兜が鎮座している。どんな素人でも一見してわかるその神々しさは、間違いなく聖王が身につけていたものだろう。

「・・・今日は此処までだな。時間もいい頃合いだ、残り一つは明日に攻略しよう。カタリナも、それでいいだろう?」

 エレンとポールの様子をそれとなく見てハリードが言うと、カタリナも直ぐさま頷いた。

「ええ。無理に急いでも後で予定が狂うだけだし、落ち着いて行きましょう。私もちょっと、疲れたわ」

 その言葉を皮切りに、四人は一度聖王廟を離れることにした。

「しかしこっちは問題ないと踏んでいたが、よくお前らで試練を突破したな」

 帰り道にハリードが言うと、エレンは口の端を吊り上げながら、これ見よがしに胸をそらせた。

「当然よ。そっちには負けてらんないわ」
「危うく俺は斧で叩き割られるところだったけどな」

 冷や汗を流しながらポールが言うと、一同に笑いが起きる。

「聞くまでも無いだろうが・・・そっちは全く問題なかったか?」
「まぁな。巨人と巨大植物と龍族が相手だったが、存外卒無く仕留めた。お前のとこのリーダーは怖いな。まさか最後にゃ龍族の巨体を真っ二つにぶった切るとは、流石の俺も何かの冗談かと思ったぜ」

 ポールが聞くと、ハリードは大仰に肩を竦めながらそう答える。
 すると、一人だけ人外認定されそうな空気にカタリナが堪らず抗議の声を上げた。

「ちょっと、それまで散々そのリーチの曲刀で懐深く斬りつけまくってた男の言う台詞?」
「分かってるって。どっちも人外なんだろう?トルネードとロアーヌ最強騎士のコンビなんて、誰も相手したかないわな」

 お互い様だと悟ったポールが呆れ顔で言うと、二人はお互いの顔を見合ったのだった。



「くはぁー!傷に滲みるー!」

 温泉の湯に肩まで浸かったエレンが、半ば悲鳴じみた声を上げる。
 思いのほか全身に及んでいた切り傷などが多かったので先に術師に治療を施してもらったとはいえ、今日の今日に作った傷はまだ後に引くようだ。
 それを見ながらゆっくりと後から湯に浸かったカタリナは、そんな状況でも突き抜けて明るい様子のエレンに苦笑いをした。
 妹のサラとは、本当に気性の異なる女性のようだ。

「貴女と一緒にピドナに帰ったら、トーマスとサラはどんな顔をするかしらね」
「あれ、カタリナ様はピドナで二人にあっているの?」

 カタリナの言葉に、エレンが意外そうな顔をする。そういえばその辺りのことを話していなかったなと思い、カタリナは軽く背伸びをしながらつづけた。

「ええ。実のところ、トーマスとサラにはピドナで随分助けられているわ」
「そうだったんだ・・・。サラは、その・・・元気?」

 少し声が沈みがちになってエレンが聞いてくる。ロアーヌで喧嘩別れをしたとの事だが、それがずっと気になっているのだろう。
 元気でやっていると伝えると、エレンはまだ少し寂しそうな様子で安心したと口にした。

「シノンではずっとあたしの後ろにいたような子だったし、あたしもずっとそのまま守っていくつもりだったから、それが今となってはこんなに離れ離れで・・・やっぱ心配で、さ。・・・でもよかった。まぁトムの事だから滅多なことはないとは思っていたけど」
「トーマスは凄いわよね・・・。あんな物腰と能力を持っている人、宮廷にだってそうは居ないわ」
「なにせ、シノンの頼れるリーダー、だもの。周りはみんなトムを信頼してたわ」

 カタリナが感慨深そうに腕を組みながら言うと、エレンはちょっと元気を取り戻した様子で言った。

「でもサラも、やっぱり貴女のことが気になってたわね。ピドナで、貴女に少し似た気性の鍛冶屋の女性と協力しててね。その人を見る目が、どこか身内を見るような感じだったもの」

 事実そうだったとピドナでの日々を思い出しながら、カタリナは語った。
 本人とは随分気性の異なるノーラとのあの仲の良さは、ノーラ側は兎も角としても、サラとしては姉を意識していないはずもない。
 気にかけているのも、お互い様だという事だろう。
 それに少しくすぐったそうに応えるエレンは年相応に可憐で、こうして改めて見てみると降ろした髪と湯の温度に上気した肌の色も加わり、本当に容姿に恵まれた人物だと感じる。
 妹のサラはこじんまりと可愛いタイプだが、エレンは鋭角的すぎないものの顔立ちがはっきりした美人だ。
 手斧とグレートアクスを振り回すにしてはノーラほど筋肉質でもないし、しっかり丸みのあるボディラインとこの顔立ち、そして明るく強い気質は同性の目からみても羨ましがられただろう。

「天は二物を与えるって、ある事なのねぇ・・・」
「え?」
「ふふ、何でもないわ。早くピドナに帰って、サラに会いましょう」

 カタリナがそう言うと、エレンは笑顔でしっかりと頷いた。





「・・・で、トルネードさんはエレンちゃんとはできてんのかい?」

 板の向こうに遠く微かに聞こえる女性陣の声を聴きながら、ポールが湯に浸かるハリードに問いかけた。
 それに対し、ハリードはふんと鼻を鳴らす。

「そうだと言ったらどうなんだ?」
「エレンちゃんにも聞いてみる」
「・・・やめろ。できてない」

 ハリードがそう言ってそっぽを向くと、ポールはニヤニヤしながらこちらもゆっくりと湯に身を浸した。

「イテテ・・・あー、沁みるわぁ・・・」

 筋肉痛なんです私達、と盛大に主張してくる全身の筋肉を労わる様に撫でながら、ポールは今日の疲れを溶かさんと湯の中で一心地ついた。
 そんな様子のポールに、ハリードが話しかける。

「あの弓の試練、よくお前で超えたな。試練は何れも最近になってからオウディウスによって解放されたものだが、それでも幾人もの弓の猛者が既に挑戦しては挫折していたはずだ」

 その言葉に、ポールは肩を竦める。

「故郷では有名なニルスって爺さんの元で弓は教わったんで、そこそこ腕はあったつもりだが・・・しかしあれは、なんつーか・・・弓の腕を試すもんじゃなかった気がするな」

 返された言葉に、ほう、とハリードが言うと、ポールは思い出す様に妖精の弓を握った手のひらを見つめた。

「賊上がり如きが言うような事じゃないだろうが・・・あれは多分弓の腕とかじゃ無くて、もっと内面的な、なんかを見るための試練だったように思う。例え弓の腕が百発百中でも、それだけじゃ的は射抜けなかったんじゃねえか、ってな。・・・だったら俺には他に何があるったら、そこはわかんねぇけど」

 そんなポールに目を細め、次にハリードは夜空を見上げた。
 湯気に霞んだ向こうに見える星々の何れかは、死蝕を起こした死の星なのだろうか。

「内面的な何か・・・か。となると、お前は俺よりも強いかもしれんな」
「・・・・・・あ?なんだ、それ」
「そのままの意味さ」

 怪訝な顔をしているポールには目線を合わせぬままに、ハリードは夜空を見上げたままだ。
 そこに、風に流れて賑やかな様子の女性陣の笑い声が聞こえてきた。
 ふとその方向にハリードが目を向ける。

「・・・行ってみるか」

 ぽつりとハリードがつぶやく。対するポールは乾いた笑みを浮かべた。

「・・・いくら勇猛果敢なトルネードさんでも、それは流石に自殺行為じゃねぇの・・・? いきてぇけど」

 言いつつ、ポールもそちらを向いた後、悟りの域の表情で夜空を見上げるのだった。





 翌日の朝早くに聖王廟再攻略に取り掛かった一行は、オウディウスの助言を受けて聖王の棺の下に隠された階段から地中へと進んだ。
 聖王廟の地下に広がる試練回廊は東西に比べてかなり広く、配されたいくつかの試練も一筋縄ではいかない代物であり、ここの調査にまず一行は三日ほど費やす事となった。
 ここでおおよその構造を理解するまでに特に目覚ましい活躍をしたのは、エレンとポールであった。
 カタリナとハリードが意識的に二人に任せた面もあるが、それに応える様に二人は己の持ち味を存分に振るって立ちはだかる魔物を撃破していったのだ。
 剣と弓を扱うポールは元より、それを羨ましがって手斧の投擲技術を編み出したエレンによって遠近両方において二人が暴れまわり、遂に四日目には危な気なく三つ目の聖王遺物である聖王が身につけていたであろう羽の様に軽いブーツを入手した。
 直ぐさま聖王家へと向かって挨拶を済ませた四人は、一日の休息を経て翌日、昼食を軽く摂ってからいよいよピドナに帰る算段を立て始めることにした。

「どうするよ、カタリナさん。術戦車は三人乗りだぜ?」

 ポールのこの指摘に、カタリナが腕を組んで考える仕草をする。
 そこに怪訝な表情を見せたのは、まだ術戦車を見ていないハリードだった。
 話すよりも実物を見せたほうが早かろうとカタリナ達がハリードを街の入り口の脇に止めてある術戦車の位置に案内すると、そこに鎮座する見たこともない物体にハリードは大層不思議な表情を見せた。

「ツヴァイクの西の森に住む教授の発明よ。動力は朱鳥術を用いたカラクリらしいわ」

 カタリナが簡単に説明をすると、ハリードは術戦車をコンコンと叩いたりぐるっと周囲を見渡したりしながら神妙に唸った。

「こいつは凄いな。耐久度にもよるが、量産出来たらこれまでの戦の歴史を大きく変えるぞ・・・」

 戦、という言葉にポールが大きく顔をしかめる。それを察したのか、ハリードは彼に笑ってみせた。

「心配するな。見たところこれは、かなり純度の高い軽鉄を用いている。それだけでも精製にはかなりの時間と労力と金がいるだろうから、量産は現実的じゃあない」

 逆を言えばそこがクリアになったら量産可能であるという事だが、作り手が教授一人ではどの道量産には程遠いだろう。
 ポールもそこにしつこく噛み付こうというわけではないようで、多少唸るに留まった。

「・・・何とか頑張ったら、四人いけないかしら」
「いけないことは無いだろうが、身動き取れずに暑苦しくなるぞ・・・?」

 車内を覗き込みながら呟くカタリナに、ポールが腕を組んで答えた。

「・・・取り合えず四人でイスカル河を下流に進んでいって、キツそうなら途中の宿場町で二手に別れて馬でも借りましょう」

 取り敢えずはスピード重視で行くことを決め、四人は狭い車内に入り込んだ。
 運転手はもちろんポールだ。

「狭・・・こりゃあ早くつかないとキツイな。じゃあ、いくぜー」

 エレン達の見送りに集まってくれたランスの人々を背に、術戦車は幾分鈍重な走り出しでその場を後にした。




最終更新:2012年04月20日 23:03