数千の軍隊が駆けながら敵軍の先鋒部隊に突撃をかける様は、まさに戦場の花形といえる。
 大量の砂煙を巻きあげながら歩兵隊と騎馬隊が両軍で当たり乱れる様は、合戦の最も大きな、瞬きの合間の一瞬に煌めく花火だ。
 灘らかな丘陵の間に広がる広大な平原を挟んで対峙した両軍は、其々の軍旗をはためかせながら激しい交戦の渦中にあった。
 その中で、一方の軍に一際旺盛な勢いを誇る部隊があった。
 下翼に位置するその部隊は、音に聞く曲刀使いの武神と長大な剣を振り翳す戦女神の率いる傭兵部隊だ。
 武神が凄まじい用兵ぶりで敵陣を瞬く間に撹乱すると、隙を突いて戦女神が上げる突撃の号令で一気に眼前の敵部隊が壊滅していく。
 そして更には、前線には戦斧を舞うが如くに振り回す戦乙女と、単騎で矢の弾幕を作りながら漏れた獲物を剣で刈り取る戦士の二人の活躍が特に目立つ。
 さらに恐ろしいことには、傭兵部隊は部隊構成の三分の一を補助に回し、打ち倒した敵の殆どを生け捕りにして行く。
 この圧倒的な戦力差により、最初の接敵から四時間程度で既に、その戦の勝敗は明らかな様相となっていた。


「はっはっは、良くやってくれた!これは約束の残り1500オーラムだ!」

 大変な上機嫌で袋いっぱいの金貨を手渡してくるスタンレーの軍団長ジェイスンに、ハリードは口端を吊り上げながら無言で返した。
 そのまま一言二言だけ交わしてその場を離れ、同じ酒場の隅のテーブル席に座るカタリナ達に合流する。

「久しぶりに、でかい稼ぎの仕事だったな。前金と合わせて3000オーラムだ。普通に暮らせば二、三年は遊んでられる額が、この一戦で稼げたワケだ」
「王位を囲って同国の軍団長同士が争うなんて、正直呆れてものも言えないわ。そのくせ、意地ばっかりご立派なのに練度が悪い。此方に人を殺める気がなかったとはいえ、本当になまくらで生け捕り出来るなんて、余程鍛錬を怠っていたのね」

 ラムを煽りながら肩を竦めて言うカタリナに、同じくラムを片手に非常にくたびれた様子のポールが長い息を吐いた。

「まさか移動中に事件どころか戦争にまで巻き込まれるとは、カタリナさんとの旅は全く飽きがこないねぇ・・・」

 心からそう思う、と付け足しながらラムを一気に飲み干すポールに、カタリナは再度肩を竦めたのだった。

 ランスを出た彼女等はぎゅうぎゅう詰めの術戦車で予定通りにイスカル河を南下して北メッサーナに入ろうかという頃、夜半に辿り着いた宿場で運悪く野盗の集団に出くわした。
 なんとそれはポールが元々捕まえられていたという盗賊団であったが、宿場を襲おうとしていた彼らは呆気なくカタリナ達によって叩き伏せられてしまう。
 これをそのまま放置してはまた悪さを働くだろうと、カタリナ達は盗賊団を最寄のメッサーナ王国の都市であるスタンレーに輸送することにしたのだが、着いてみれば軍事都市スタンレーは、今まさに火蓋が切って落とされるかの様相で隣接都市ファルスとの合戦の準備に明け暮れていた。
 そこで今度はスタンレーの軍団長ジェイスンに褐色のトルネードことハリードが目を付けられ、ジェイスンはカタリナ達が連行してきた盗賊団を彼女等の傭兵部隊と勘違いし、なんと此度の戦への参戦を求めてきたのだった。
 当然のようにいつもの癖で報奨金を吊り上げにかかる前金主義のハリードに、ジェイスンは此処で渋ったら負けだと太っ腹に応えた。
 これによりいよいよ後戻り出来なくなった一行は、盗賊団を一週間程で即席の傭兵部隊に鍛え上げる事になる。
 此処で盗賊団の面々は血も涙もない鬼のような鍛え方をするハリードとカタリナにすっかり怯え、更には心酔してしまい、即席で鍛えたとは思えない連携度と忠誠心を誇る傭兵団へと変貌した。
 そして合戦が終わってみれば実に見事な快勝ぶりであり、第一の勲功を挙げたカタリナ達の部隊面子は元来連行されるはずだったのが、なんと期間雇用の傭兵団として正式にスタンレーに常駐する事となったのだ。
 この一週間少々でそんなことが立て続けにあってたいそうくたびれた様子のカタリナ達がテーブルを囲んでいると、そこに集団で近づく人影があった。
 それに気が付いてカタリナが顔をあげると、そこに顔を出したのは此度の戦で大活躍した元盗賊団の面々だった。

「姐さん、今回は本当にありがとうございやした!」
「だから、誰が姐さんよ」

 すっかり姐御キャラにされてしまったカタリナが眉間にシワを寄せながら言うと、男達のひとりが代表して頭を下げた。

「あの宿場町で姐さん達にぶっ飛ばしてもらえなかったら、俺等はいつまでもうだつがあがらねぇで、終いにゃお縄か野たれ死にでした。このご恩は一生忘れやせん。必ずや返させてもらいやすぜ」

 その言葉で一同が頭を下げると、カタリナは悪い気もせずにニヤリと笑った。

「・・・期待しないでいるわ。ま、頑張りなさいな」

 次いで男は、ポールに視線を向ける。
 元は捕虜から盗賊団員としてここに属していたポールは、多少複雑な心境でその視線に応える。

「まさかあの若造が姐さんに肩を並べる戦士になっていたとは、驚いたぜ。おめぇ、そんな強かったならしのぎん時にもやってくれてりゃよかったのにな」
「は、勘弁してくれよ。こちとら、毎日その姐さんにボコられてんだぜ?」

 ポールのその言葉に集団で笑いが起きる。
 そこに丁度、エレンとハリードが大量のジョッキを両手に掴んでやってきた。

「ほら、あんた等もぼーっとそんなとこに突っ立ってないで、運びなさいよ。まずは派手にいこう、派手に!」
「うっす、隊長!」

 何時の間にか彼らの隊長になっていたエレンにどやされ、全員があわててカウンターを往復してジョッキを手にした。

「全員持った?じゃあ、この度の快勝を祝してー・・・カンパーイ!」

 そう言ってジョッキを高く掲げたエレンに合わせ、狭い酒場の壁全体を揺らすような乾杯の大合唱がその場に響き渡る。


 この翌日にはスタンレーの砦にて盛大に叙勲式が行われたが、叙勲を辞退したカタリナ等は一通りの準備を済ませ、午後には再びピドナに向けて発つ事にした。

「かなり時間が掛かったわね・・・」
「予定より二週間近く遅れたかねぇ。まぁ、こんだけ色々あってそれで済んだほうが寧ろ驚きか?」

 術戦車に荷物を詰め込みながらぼやくカタリナをなだめる様にポールが言う隣で、エレンはこれからまた狭い車内に詰め込まれる前に大きく背伸びをした。

「でも、あんなに大暴れしたの初めて。ハリードがロアーヌ軍の指揮官したときは、あんなだったの?」

 エレンの言葉に、今回の報奨金のチェックをしていたハリードは肩を竦ませた。

「いや、ロアーヌは今回より余程楽なもんだったな。兵の練度が高すぎて、あまり俺のやる事は無かった」
「実力だけ言えば、そりゃあそうでしょうね。あの時ミカエル様が連れて出ていた部隊は、ロアーヌ騎士団でも私と同期も多い、最も鍛え抜かれた部隊構成だったもの」

 カタリナがハリードにそう付け加えると、ハリードはふんと笑った。

「お前みたいなのがあんだけいたら、世界征服できそうだな。しかしまぁ癖は強かったが・・・って、それもお前譲りか」

 カタリナがその言葉に眉を顰めると、ハリードはふっと笑ってから背後を窺った。

「ほれ、見送りも待ちくたびれちまうぜ。出発の時間だ」

 それに習って皆が振り返ると、街の奥に聳えるスタンレーの砦の城壁には、横一列に並んだ傭兵部隊の面々が直立していた。
 一矢乱れぬその姿から、端の兵の号令によって剣を高々と掲げ、ロアーヌ式の騎士敬礼の姿勢をとる。
 メッサーナの軍団旗の隣でロアーヌ式敬礼というのは何とも珍妙な組み合わせだったが、まぁ姿勢は悪くないなと頷くカタリナ。

「ふふ、行きましょう」

 それにくすりと笑ってそう言うと、一行は狭い車内へと入り込み、間も無く軽快なモーター音と共にその姿は南へと遠ざかっていった。
 術戦車の速度があれば、一行は一日程度の走行でピドナに着く予定だ。

 狭い車内で揺られる中、カタリナは自らの指にはめられた王家の指輪を見つめながら、心なしか自分が高揚感に包まれている事を感じ取った。
 それははたして、いよいよピドナに戻れば求めて止まなかったマスカレイドの手掛かりが掴めるからか。
 それともこの不穏な時代の中で自らが八つの光として選ばれ、この世界に対して何らかの役目を背負ったからか。
 何れの答もまたピドナに有るのであろうと感じ、カタリナは助手席から外の流れる景色を見つめていた。





最終更新:2012年04月20日 23:30