情報収集チームのグレートアーチへの出発をいよいよ明日に控えた、陽も穏やかなピドナの昼下がり。
 サービスの水準においては世界最高峰とも称され、メッサーナ王国新市街のシンボルとも言われる建造物であるここピドナホテルのオープンカフェテラスにて、一際通行人の視線を集める女達がテーブルを囲んで賑やかに談笑していた。
 美しく磨き上げられた真新しいニス塗りのテーブルには洗練された香りのアフタヌーンティーと上品なサイズの焼き菓子が並び、それらをお供に話に花を咲かせているのは、何故かスーツ姿のカタリナと同じくスーツ姿のサラ。その隣には爽やかな青を基調にした涼しげなワンピースに身を包んだエレンに、今年の流行らしいカラーコーディネイトですっかり町娘なモニカとミューズ。
 モニカとミューズは申し訳程度にメガネを掛けて変装している様だが、彼女らの集まり自体がえらく注目を集めるものだから、殆ど効果がないと言っていい。

「相変わらず、このスーツって言うのは慣れないわ・・・」
「でもカタリナさん、撮影中はめっちゃノリノリに見えたけど」

 卸したてのスーツの固さにカタリナがぼやくと、エレンは先程の撮影会の様子を思い出しながら笑った。

「業界成長率では、ぶっちぎりのナンバーワンだもんね。週明け発行のメッサーナジャーナルは、今日の写真付きで号外が各国に飛び回るんだって」

 焼き菓子をつまみながらサラが言うと、彼女は先程の撮影会でカタリナがとったポーズを真似してみた。

「あは、似てる」

 それをみて笑っていたエレンは、視線の脇に通りの向こうから此方に手を振る人物を見つけて、こちらも勢いよく手を振りかえした。

「あ、おそーい!こっちこっち!」
「ごめんごめん、おまたせ・・・って、なんか場違いじゃないかい、あたしは」

 いつもの作業着で現れたノーラは、その場の面々の格好を見て頭を掻いた。

「そんなことないよ!気合いを入れる場合もあるけど、今日の女子会にそんな気を使う必要なんてないわ!」
「そ、そういうもんかい・・・?」

 唐突に力説するサラに気圧され、納得したのかどうなのかといった表情でノーラが空いている席に着くと、程無くしてボーイが颯爽とオーダーを伺いに来る。

「あー・・・じゃあ、トゥイクを。出来ればシングルポットで」

 メニューをさっと見て伝えると、優雅に一礼してボーイが去って行く。

「とぅいく?」

 エレンが首を傾げながら聞くと、これには代わりにモニカが応えた。

「その名の通り、トゥイク半島のトゥイク地区で採れる茶葉ですわ。ウィルミントン等があるガーター半島と並び、高級茶葉の産地として有名なのですよ」

 モニカの説明に、へぇー、とカーソン姉妹が揃って相槌を打つと、カタリナはその様子に微笑みながらノーラに顔を向けた。

「ノーラさんって職業柄ブラックのコーヒーって感じがするんだけど、意外とティー派よね。偏見かしら」
「あは、それはよく言われるよ」

 それに苦笑いをしながら応えたノーラは、焼き菓子を一つ口に放り込んだ。

「まぁコーヒーも好きなんだけどさ。でも、父さんはあたしを女らしく育てたかったらしくてね。小さい頃から、飲み物といえばティーだったんだ。目論見は見事に失敗したけどね」
「あら、そんな事はないと思います。ノーラさんは、とても女性らしいと思いますよ」

 ミューズがすかさずそう言うと、ノーラは面食らった表情で彼女を見た。

「ノーラさんの他人への気配り方ですとか、お作りになられる作品の繊細さとか。ああいったものは、それこそ女性ならではという気がします」
「あー、確かにそれは私も思います。ノーラさんに作ってもらった武具って、機能性はもとよりディテールにも拘ってるのが分かるもの。無骨なだけだったり、反対に飾りだけみたいな市販品とは品格が違うのよね」

 ミューズの言葉にカタリナも合いの手をいれると、ノーラは照れ隠しに頭を掻きながら、運ばれてきたガラス製のティーポットに視線を落とした。

「はは、まいったね。こんな成りで女らしいなんて言われる日が来るとは思わなかったよ」

 ゆっくりと茶漉しを通してよく温められたカップに紅茶を注ぎ、一口啜る。

「ん、流石はピドナ随一のホテルカフェだね。温度もしっかりあって美味いわ」
「ふえー、紅茶の味を知ってるって、なんか大人!」

 此方はアイスレモンティーを啜りながら、エレンがやたら感心した声をあげた。

「そんなご大層なもんじゃないよ。習慣だっただけさ。それに紅茶の味を知ってるより、エレンみたいにとびきり美人な方が絶対に得だよ」

 ノーラがウィンクをしながらそう言うと、いきなり話を振られたエレンはきょとんとしながら目を瞬かせた。

「サラを見た時は、随分可愛いなと思ったけれどね。そしたらその姉はこんな美人だってんだから、美人姉妹ってのは本当にいるんだなって思っちゃったよ」

 その意見にカーソン姉妹以外の面々が頷くと、サラはそこでやれやれと言った様子で肩を竦めた。

「ロアーヌのアウスバッハ兄妹と言えば、世界的に有名な美男美女姉妹。そしてクラウディウス家の令嬢は、ピドナ旧市街の住人がその心優しさと美しさを讃える女神。更にはモニカ姫からまず連想する人物といえば、名高き美貌の懐刀にして最強のロアーヌ騎士。そんな面々に囲まれて美人姉妹だなんて、とてもじゃないけど恥ずかしくて堪らないわ!」
「あっはっは、間違いない!」

 サラの咆哮に対してノーラが派手に笑うと、釣られて皆も笑った。

「・・・っと。所でエレン、聞こうと思ってたんだけどさ」

 一頻り笑ったところで、ノーラはティーポットを水平に回しながら、エレンに視線を投げかけた。

「ん、なに?」
「あんた・・・あの傭兵とはデキてんのかい?」
「でっ!?」

 びくんと跳ねるように何故か背筋を伸ばしたエレンは、顔面を紅潮させながら口をパクパクと動かした。

「・・・ふぅむ。サラ様、エレン様のこのご反応・・・どのように思われますか?」

 モニカがエレンのその様を見て、サラに伺いを立てる。すっかりこの分野に関しては、サラのことを師と仰いでいるようだ。
 それに応えてサラは軽く腕を組みながらエレンを眺め、キリッと伊達眼鏡の位置を直した。

「・・・正に、お友達以上恋人未満の反応・・・! お互いがまだそう意識したわけじゃないけど、でも無意識に相手を視線で追ってしまうような、そんな状態・・・。これは最ももどかしく、また甘酸っぱい時期。つまり・・・」
「つ、つまり・・・?」

 あえてそこで溜めをいれたサラに、モニカがゴクリと唾を飲み込みながら迫る。

「つまり・・・これは、萌え! モニカ様、これを萌えと言うのよ!」

 思わずモニカと、釣られてミューズも乗り出して聞きいるところに、サラはそう高らかに断言した。

「成る程・・・。確かにこの、もどかしくも介入できない二人の世界は、他に例えようの無い何かを感じますわね。ここに美学を見出したのが、萌えと言うものなのですね」

 お嬢様二人がやたら感心した様子で神妙に頷くと、サラはハンカチを取り出して口に咥えた。

「でも、悔しい・・・!私のお姉ちゃんがみすみす手篭めにされていくのを、黙って見ているしかできないなんて・・・!」

 ギリギリとハンカチを引っ張りながらのサラの熱演に、話題の中心であるエレンは頬を膨らませながら抗議した。

「手篭めって・・・あ、あのねぇ! あたしとあのおっさんの、何処をどうみたらそうなるのよ!単に一緒に旅をしてるってだけでしょ!」

 しかし、サラは何を言っているのだと言わんばかりに目元を抑えて天を仰ぎ、次いでびしりとモニカを指差した。

「同じく一緒に旅をしたユリアンとモニカ様はこのザマじゃない!」
「このザマって・・・」

 カタリナが思わず苦笑する向かいで、モニカは場違いに照れている。

「いやですわ、サラ様。わたくしを引き合いに出さないでくださいな」

 その様子に、うぐぐ、と一瞬反論の言葉をなくしたエレンだったが、しかし直様モニカの横で朗らかに笑っているミューズに目を付けた。

「そ、それを言うなら! シャールさんと同棲しているミューズさんの方が話題性抜群じゃない!」
「え、私ですか?」

 突然白羽の矢が立ったミューズは、周囲に助けを求める様に困惑した。

「え、あたしはそもそもそういう関係だと思ってたんだけど、違うのかい?」

 ノーラが素でそう口に出すと、ほんのりとミューズの頬に赤みがさす。しかし、これにはサラが人差し指を立てながら首を横に振った。

「ふっふっふ、違うんですよノーラさん。そちらも、まだ甘酸っぱい感じなの。でもそこの関係については、私よりもっと説明に適した人がいるわ」
「へぇ、誰なんだい?」

 ノーラがサラの様子に微笑みながらそう聞くと、サラは優雅に紅茶を一口啜り、目を細めた。

「ふふ。プレゼンテーションのお時間です、社長!」
「なんで私!?」

 まさかのご指名に、カタリナ社長が声を大にした。
 しかし、サラ以下その場のメンツの視線が全て自分に注がれていることを悟ると、カタリナは当惑しながらも渋々口を開く。
 最近、なんだか場に流されやすくなったのが彼女の目下の悩みだ。

「え・・・っと、そうね・・・」

 言い淀むところにサラから無言で伊達メガネを手渡されると、カタリナはそれをかけてキリッとしたあと、顎に手をあてがった。

「・・・思うに、シャールさんにその気がない」

 ずばり単刀直入なその意見に、流石にミューズがちょっとショックを受ける。
 だが、構わずカタリナは続けた。

「いえ、正確にはきっとね、もっと明確な優先事項があるのよ、彼にはね」
「優先事項・・・ですか?」

 カタリナの言葉をミューズが繰り返して聞くと、カタリナはコクリと頷いた。

「そう。彼は私の目から見ても高潔で、誇り高い、卓越した騎士。そんな彼の中には、間違いなく何よりも優先されるものがあるわ」

 言いながらカタリナは、ふと心の中に広がる故郷ロアーヌを思い浮かべた。

「それこそは・・・主への忠誠よ。それは騎士が自らの心に誓う、何事にも勝る絶対の優先事項」
「あー、成る程ね」

 ノーラがうんうんと頷きながら言うと、カタリナはそれに頷き返しながら続けた。

「彼ほどの騎士ともなれば、その誓いを絶対に曲げない。そして今シャールさんはミューズ様を主とし、忠誠を誓っている。そうなると・・・気があるかどうかは抑も問題ではなく、彼には自発的にそういうアプローチをするなんていう選択肢が、最初からないのよ・・・多分ね」

 目を細めながらそう述べたカタリナに、一同は低く唸った。

「流石の洞察力です、社長」

 伊達眼鏡を回収しながらサラが称えると、カタリナはそれに肩を竦めて応えながら、紅茶に口をつけた。

「カタリナが言うと、なんだか余計に説得力があるねぇ・・・」

 ノーラが何故かニヤニヤしながらそう言うと、ティーカップを手にしたカタリナの動きが一瞬止まった。
 そこに、同じくにんまりとした表情のモニカが呟く。

「うふふ、まるでそれって、お兄様とカタリナの図みたい」

 ここに至って完全に墓穴を掘った事に気がついたカタリナは、隣でほくそ笑むサラに気が付かずにわたわたと手を振った。

「いやいや、ちょっとタンマ、今のはあくまでもそういう見方もあるんじゃないのかなっていう客観的な意見の一つというだけであって、べべ別に自分自身の何がしに例えて意見を述べたとかそういうんじゃないから!」
「すんごい焦りっぷり。ちょっと萌えっていうのがわかるわ~」

 エレンが呑気にそう言うと、その場の一同にどっと笑いが起きた。
 そうして一頻り笑い合っていると、そこに偶々通り掛かったらしいポールがカタリナ達を見つけ、意気揚々と満面の笑みで近寄ってきた。

「あれま、こんなところで女子会? なんだよつれないなー、俺も誘ってくれよ~」

 何やら両手に大きな買い物籠を持ったポールはいつも通り小器用にその状態から肩を竦め、冗談めかして言う。

「なに言ってんのよポール。あんたは旅の携帯品買出し係でしょー? しっかり買ったのー?」

 エレンがアイスティーを啜りながら言うと、ポールは勿論さと答えながら手の荷物を軽く掲げて見せた。
 確かにその荷物の中身は、予めカタリナ達が決めておいたものが詰め込まれている様だ。

「あとは最後に、メッサーナ織工房に寄って終了だ」
「・・・織工房? なにかそこで必要なものってリストアップしてたかしら?」

 ポールの述べた行き先にカタリナが疑問を投げかけると、ポールは待ってましたとばかりに即答した。

「何言ってんだよ、最重要なのがあるじゃないか! なにせ今回の行き先は、あのグレートアーチだぜ!?」

 急なハイテンションで捲し立てるポールに、しかしその意図が分からないカタリナとエレンは同時に首を傾げる。
 だがそんな事には構わず、ポールは自信満々に言い放った。

「水着だよ、ミ•ズ•ギ!南国リゾートに水着が無いなんて、考えられないだろう!?」

 力強く言い切るポールだったが、対する女性陣の反応は冷めたものだった。

「・・・あんたねぇ。遊びに行くわけじゃあるまいし、そんなもん要らないわよ。それに海に入るにしたって、ワザワザそんなもん買わなくたってそのまま入ればいいじゃない」

 エレンがそう言うと、ポールは大仰にため息をついて見せた。

「俺やトルネードのおっさん用じゃあない。水着は、カタリナさんとエレンちゃん用さ!」
『はぁ!?』

 ポールのその言葉に、カタリナとエレンが同時に怒声を上げる。

「なぁに、心配するなって。これでも俺はセンスの良さには定評があるんだぜ! バッチリ二人の魅力を十割増ししちまう様なのをチョイスすっからさ!」

 俄然乗り気で喋り続けるポールに対し、カタリナとエレンは怒りの表情で立ち上がった。

「ちょっとポール、ふざけてんじゃないの。無駄金使わずに、その荷物を持ってとっとと館に帰りなさい」
「そうよそうよ。大体あんた、サイズもわかんないのに買ったって、それこそなんの役にも立たないお荷物でしょ!」

 女性陣二人の猛抗議に晒されるが、しかしポールは余裕の表情だ。
 その不敵な笑みに思わず二人がたじろぐと、ポールは追撃を掛けた。

「ふっ。お嬢さんたち、ポール様を舐めてもらっちゃ困るぜ。この俺の観察眼にかかれば、そんなものは一目瞭然さ! そう、例えばカタリナさんは上からはちじゅうぼげぇッ!!?」

 言い終わらぬうちに二人同時に繰り出された蹴りを胸と腹に受け、ポールは両手の荷物を周囲に勢いよく撒き散らしながら道の往来に派手に倒れ込んだ。

「・・・ぐふっ。二人とも今日は白どぁぁぁああああ!?!?」

 何かを言い掛けた瞬間、今度は天から降り注ぐ幾つもの月影の弓矢に体を貫かれそうになり、ゴロゴロと周囲をのたうちまわって回避するポール。

「ナイス追撃ですわ、ミューズ様!」

 歓声を上げるモニカの視線の先で、ミューズはにこりとポールに微笑みかけた。

「あまりおいたが過ぎると・・・貴方の大好きな南国の海に、沈めちゃいますよ?」
「す、すみませんでした・・・」

 砂埃にまみれてボロボロのポールは、ドスの効いたその殺し文句に背筋を凍らせながら答えた。

「・・・さて、では社長。このあとのご予定ですが」
「え、この後?」

 唐突にサラが手帳をパラパラとめくりながらそう言うと、カタリナは首を傾げながら彼女に向き直った。

「そう。この後です。折角ですから、この後はショッピングといきましょう」
「あ、いいですわね。まだこの辺りのお店、全く見れておりませんでしたの」

 モニカがサラの意見に賛成すると、ミューズとノーラも賛同の意を示した。

「私も此方は殆ど見ておりませんでしたから、回ってみたいです」
「あたしも丁度切らしてる材料があるから、ついでに買って行こうかな」

 そうして皆が立ち上がると、会計を察したボーイがこれまた颯爽とやってきた。

「チェックお願いします。支払いはあれがします。あとすみませんが後ほどこちらの住所に、カタリナ•カンパニーの名前で領収証を届けて下さい。但しは、飲食代で結構ですので」

 実にスマートな手付きで名刺をボーイに手渡しながら一方の手で倒れているポールを指差したサラは、くるりと皆に向き直った。

「じゃ、行こう!」
「すっかり秘書が板についてるわね」

 クスリと笑うエレンに満面の笑みで応えたサラを先頭に、女性陣はぞろぞろと移動を始めた。

「どうせだし、水着も見てく?」
「そうねぇ・・・。まぁ、ついでに見るだけ見てみましょうか」
「カタリナなら、パレオとかとても似合いそうですわよね」
「どうせならマイクロで攻めてみたらどうだい?」
「マイクロで攻める・・・攻める・・・」
「マイクロで攻めるのはグレートアーチじゃなくてロアーヌだよ!」






「都会は怖いところだよ、ニーナ・・・」

 談笑と共に去っていく女性陣を尻目に漸く散らばった荷物を回収したポールは、能面の様な笑みで伝票を差し出してくるボーイに財布を取り出しながら、涙ながらに故郷の恋人の名を呟くのだった。





最終更新:2013年02月14日 00:44