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あああ

27. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 19:39:22.33 ID:X3t9et.o
  〜〜〜〜

  そうして目的地に着くまで、車内では入江さんの力強い演説が開始されていた。
  メイドのここが素晴らしいとか、メイドとしての心構えの問題とか、とにかく色々。
  まあ、ぼくもほどほどに共感できる内容ではあったが。まだまだ甘いよな、うん。
  ちなみに春日井さんは無言だった。

  そして、十分ほど走り車は停止した。

「さあ!  着きましたよ!  行きましょういっきー!  春日井さん!」ちょっと引くくらい元気な入江さん。

  後部座席で肩を竦めていた春日井さんも少し復活したのか。

「まあ行ってみようじゃないか」と言い、車から出て行く。

  駐車場を抜ければ、そこはなんてことはないファミレスだった。  
  偽装?

「……ぼくにはただのファミレスに見えるんですが」

  瞬間、眼鏡を光らせ、ぼくの呟きを聞き取った入江さんが叫ぶ。

「いっき―、君はまだ若い。その程度の事で君はメイドのなんたるかを判断するつもりかい?」

  両手を広げ天に掲げる入江さん。そして擬音がついたと錯覚させるくらいの勢いで、人差し指をぼくに突き付ける。

「外装を見ただけで判断するつもりかい?  君はその程度の漢なのか?  だとしたらそれは――」

「どうでもいいから早く入ろう」氷のような冷たさであった。

  春日井さんの声で我に帰った入江さんは、すまなそうに頭を掻き。
  
「ああ、これは失礼しました。では入りましょうか」
28. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 19:43:26.89 ID:X3t9et.o
  こうしてぼく達は魔境に入り込んでいく。
  意図していなかった事のように。
  理解していなかった事のように。
  時間は進んでいく。それでも秒針は決して戻らない。
  分からなければ良かった。
  解らなければ良かった、と。
  だけど、それは否応無しにぼくの網膜に飛び込んできた。
  ぼくには分からない。
  けれど一つだけ、たった一つだけ理解できた。
  これは、

  これは、メイドなんかじゃない。

  ぼくの心は急速に冷めていく。
  いや、元々心なんて在って無いようなものじゃないか。
  ぼくにとっては、心なんて在って無いようなものじゃないか。
  この、欠陥製品であるぼくには、心なんて在って無いようなものじゃないか。
  そんな事、分かってたのに。分かりきってたのに。
  なのに、ぼくは、
  ぼくは――。

  入江さんは、軽く放心しているぼくを満面の笑みで見つめて、ぼくの肩に優しく手を掛けた。

「どうだい、いっきー。これが、これが、エンジェルモートだ!」

「……ああ、はい」なんとか返事を返すぼく。

  うん。これはとりあえず合わせておいた方がいいですよね。盛り上がってるし。

「これはメイドじゃないんじゃない?」と、氷よりもなお冷たい、絶対零度の春日井さんの声。

「…………」入江さ――――。

  怖っ!  本当に怖っ!

「……ごめんなさい」素直に謝る春日井さん。

  今のは、確実に殺されるかと思った。
  鬼だ。
  殺人鬼なんて可愛らしいもんじゃない、それはまさに《冥土の鬼》の目だった。
  今も怯えている春日井さんをよそに、入江さんは再び笑顔に戻り、店員のメイド(仮)さんに席を案内してもらう。
29. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 19:47:30.29 ID:X3t9et.o
  段取りがついたのか、入江さんはぼくと春日井さんに言う。

「それでは、行きましょうか。これがエンジェルモートです」楽しそうな入江さん。

「……はい」従うままのぼく。

「……はい」従うしかない春日井さん。

  店員のメイド(仮)さんに席に案内されぼく達は席に着き。
  席は一般的なボックス席。ぼくと春日井さんが並んで座り、入江さんが向いに座った。
  入江さんは満足げに店員のメイド(仮)さんを見終えてから、ぼくと春日井さんに視線を投げ、少しだけ抑えた声で言う。
  
「ええと、それでは自己紹介しましょう。僕は入江京介、表向きは雛見沢に唯一の診療所、入江診療所の所長をさせてもらっています。
いっきーさんはもう解ってらっしゃると思うのですが、この雛見沢の風土病、雛見沢症候群を研究している研究所であるところの、
入江機関の所長でもあります。ああ、診療所も本当に営業していますから、もしもいっきーが雛見沢にいる間、怪我や病気になった場合は遠慮なくどうぞ」

「はあ……だいたいの事は富竹さんから聞いてるんですが。本当にD・L・L・R症候群、いや、
ここでいう雛見沢症候群の研究をしているってのは、にわかには信じられない話ですよね」

  ぼくの問いに入江さんは眼鏡を直し答える。

「ええ、一応言っておきますが、D・L・L・R症候群の研究はあくまで副次的な要素だったんですよ。
始めはほんのちょっとした体調の変化程度だったのですが。それがどんどん重い症状になっていき」

  入江さんは目を細め、悲しそうに、悔しそうに呟き。
  それは普通の科学者には有り得ない反応。ぼくは続きを口にしていた。

「それが殺人病のようになってしまった訳ですか……」

「……残念ながら、そういうことになります」

「ところで入江先生。このお寿司を頼んでもいいかな?」あんたは黙ってろ。

  入江さんは、いいですよ、と頷き、机に備え付けられている店員さんを呼ぶボタンを押した。
  ぼくとしても気になっていた事があるので聞いてみる。

「それじゃあ、あの……ここ何年かの殺人事件と、行方不明事件もやっぱりその関係なんですか?」

  はっとしたようにぼくを見つめる。
  それは痛い所を突かれた、というよりも――

「ええ……けれどそれは」
30. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 19:50:23.13 ID:X3t9et.o
「ああっ!  いーちゃんじゃないですか?」

  と、誰かがぼくを呼んだ。声のした方を見るとメイド服(仮)に身を包んだ……誰だっけ?
  えっと……たぶん、詩音ちゃんが、注文を取りに来ていた。

「あの、詩音ちゃん……だったっけ?」

  恐る恐る聞いてみる。

「そうですよ、詩音ですよ……あの、もしかして忘れてました?」

  詩音ちゃんは、可哀想な人を見る目をぼくに向け言う。
  人をそんな憐れんだ目で見ないでくれ、ぼくの記憶力は憐れまれるほど酷いのは事実だけど。

「いや、覚えてるよ。たぶん」

  ぼくの曖昧な答えに、ほんの少しだけ悲しそうに頷き。

「まあ、そうですよね」

  と、言い。  店員さんの鏡とでもいえるような笑顔に戻った。

「おねーさん。上寿司一つお願い」

「あんたは黙れ」さらに上寿司。このろくでなしめ。

「はい、上寿司お一つですね。いーちゃんはどうします?」伝票に書き込みながら、営業用とは思えない笑顔でぼくを見て。
「スイーツとか割とお勧めですよ。ああ、でも男の子だし甘いのは苦手ですか?」と聞いた。

「いや、嫌いじゃないよ」好きでもないけど。  

「ほう。詩音さんはいっきーとお知り合いだったのですか?」

  ふうん。入江さんは詩音ちゃんと知り合いなのか。……まあそうだよな診療所とかの事もあるだろうし。
  しかし、研究機関としても動いて村に一軒の診療所ってのは大変なんだろうな。

「あれ?  監督いたんですか?」と、驚く詩音ちゃん。

  ……いや、ほんとに見えてなかったような言い方。
31. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 20:00:23.61 ID:X3t9et.o
「ははは、詩音さんはほんとお茶目さんですね」

  屈託なく笑う入江さんの目の光は本当に嬉しそうで、大の大人としてどうなのだろう、と思う戯言遣いであった。
  そして、それはもう存分に、まさに舐めまわすようにじっくりと詩音ちゃんを観察した後、入江さんはぼくにメニューを渡し。

「さ、どうぞ。いっきーも遠慮せずに頼んで下さい」賢者の瞳でぼくを見る。

「はあ、どうも、すいません」何となく頷いてしまったぼくは、なるべく安めな物を選び、詩音ちゃんに注文を頼んだ。
「それでですね、さっき詩音ちゃんが言っていましたけど、入江さんは何かの監督なんですか?」ぼくは入江さんに聞いてみた。

「ああ、それはですね――」問いを答えようとした入江さんを遮るかたちで。

「先生はこの雛見沢の少年野球チームの監督をしているんですよ」  詩音ちゃんは言った。

「僕がこの町や村に貢献出来る事は、その程度しかありませんからね」

  というかね、この人ほんとに聖人なんじゃないのか?  ……目線はメイドさんにくびったけだけど。
  しかし、この人は科学者なんだよな。
  科学者にとっては研究という事柄は被検体を物としてみる事であり、良識を捨てて知識を補完する存在だ。
  それに倫理など無く、あくまでサンプルの一例として見なければ研究など出来はしない。だから、それの――

「……ああ、もう」ぼくって奴は。

「どうしました?」入江さんはぼくを心配するように問う。

「いや、たんなる戯言です」  ぼくはそう答えた。
33. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 20:22:29.04 ID:X3t9et.o
  〜〜〜〜

  料理を食べ終わり、雛見沢について情報を聞き終わった。
  途中何度か詩音ちゃんが来た事もあり、まともな話は出来なかったけど。
  まあ、この程度で充分だろうか。まあ、十全とはいきませんが。

「沙都子ちゃんにはもう会いましたか?」

  入江さんは表情を正す。一瞬だけ俯いた時に、何とも言えない悲しそうな顔が見えたけど。
  見えてしまったけど。

「ええと、はい。梨花ちゃんの家にいた子ですよね?」

「はい、そうです」頷き。「いっきー、もし迷惑でなければ、彼女に優しくしてあげてください」  

  まるで懇願するように、ぼくに言う。
  
「そりゃ、出来ればしますけど」ぼくには、それを全うする自信はないけど。

  だけど、なんでぼくにそんな事を頼むのだろう?
  入江さんは悼むように言う。

「彼女は重度の雛見沢症候群――患者なのです」

  ああ、なるほど。だから沙都子ちゃんはあんなふうになっていたんだ。
  酷く危ういバランスで成り立った存在。ぼくが感じた不自然はそれだったのか。
  ……でもそれにしてはあやふやで、もっと別の意志もあるような。

「でもぼくは……」

  言い淀むぼくを見て入江さんは気付いたように微笑み。

「いえいえ、何も取りたてて可愛がれ、とか。直してくれ、という訳ではないですよ。普通に接してあげてください」

  お願いします、と言い。真摯な態度でぼくに頭を下げた。  

「……はあ。分かりました」頷いてしまう。結局、ぼくは流されてしまった。

  たぶん、この人はそれが言いたかったんだろう。
  二人の間に何があるのは分からないけど。それにぼくが聞いて良いような話でもないだろうしな。

「ふうん。メイドが見たかった訳じゃないんだね」

「黙れ、[<FONT color=#00ed0>ピーーー</FONT>]ぞ」台無しだった。

「いえいえ、それも本音です」ああ、そうですか。それも本音すか。
36. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 20:35:16.06 ID:X3t9et.o
  〜〜〜〜

  ここはホテル前。
  食事を終えファミレスを後にしたぼくと一名を、入江さんはついでですから、と言い送ってくれた。

「それでは、また」

  車窓から手を振り入江さんは去って行った。
  うーん、なんか激しい人だよな。色々な意味でだけど。
  ……それよりなにより、嫌な予感がするのですが。

「あのですね、春日井さんは何処に泊まるのでしょうか?」

「早く入ろうよ。私は遠出して疲れたんだよ」

「春日井さんもこのホテルなのでしょうか?」

「そうだよ。このホテルだよ」いけしゃあしゃあと。

「では。ぼくはぼくの部屋に行きますね」ロビー。

「うん。そうだね」

「春日井さんの部屋は何階ですか?」エレベーター内。

「ああ。その階だよ」

「あの、春日井さん……どうしてぼくの後を憑いて来るのでしょうか?」フロア。

「同じ方向だからだよ」

「……じゃあ、これで」部屋の前。

「うん」

「……何で入ろうとしているのでしょうか」

「入れてよ」ぼくはもう諦めました、色々と。
37. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 20:40:42.89 ID:X3t9et.o
  〜〜〜〜

  こじんまりとしたホテルの一室。無駄な装飾や照明がないのがなんとも悪くはない。
  ぼくはソファーに腰掛けていた。

「実験動物、か」

  今日あった事を思い出し、ぼくは呟く。
  ほんの小さな罪も、ほんの少し罪も、焼きつき。取り込み。ぼくを縛り続ける。
  それは、ぼくの原罪とでもいうべき物とでも表現すれば良いのか。
  分断され、引き裂かれ、引き離された――いや、始めからそんな物はなかったのだろうか。
  ……そう言えば説明が付く気がする。それは逃げの一手でしかないけれど。
  それでもいずれ身動きできなくなるんじゃないかという錯覚に捕らわれる。
  いや、錯覚というか、確信というか。
  混沌とした思考は止まらない。

「魔女の窯といった方が適切かもしれないよな」

  ごった煮。それは四月に行ったあの島のような状況と似ているかもしれない。
  傍観者であったこのぼくが。敗北者であるこのぼくが置かれていた状況に。
  だけど、それを直ぐに判断できるほど、ぼくは世界を知っている訳じゃない。
  表層だけをなぞってみても、あの時と今では、まるで違うんだけれど。違うんだけれど。

「……なんかすっきりしないんだよなぁ」

  その程度がぼくなんだろうけど。
  ぼくはベッドで寝ている春日井さんをちらりと見た。いい神経してやがるよな。
  間違ってもこの人を羨ましいとは思わないけど、その神経は見習いたい。

  しかしいったいぼくは何がしたいんだろう。
  いや、違うな。……結局、ぼくは何もしたくないんだろうね。
  手遅れ。手詰まり。閉塞。閉鎖。
38. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 20:42:34.97 ID:X3t9et.o
  そうなのに、ぼくは何を期待しているんだろう。
  誰かを助ける事が出来るとでも思っているのだろうか?
  そんなおこがましい事をぼくは思っているのだろうか?
  正直なところ、巻き添えは御免だ。
  なのに、どうしてぼくは考えてしまうんだろう。
  理由は分かっているのに、あえて考えてしまう。
  代用品。代替品。
  変わり。
  変化。

「……はあ」

  姫ちゃんの時もそうだったけど、ぼくは何度同じことをすればいいんだろう。
  誰かに誰かを投影したところで、何もならないのは分かっている。
  時間は元には戻らない。
  けれど、あの殺人鬼なら、あのぼくと鏡映し向こう側の殺人鬼なら――零崎人識ならどうするのだろう。
  解りきった問いに意味などない。それを問うことなく……あいつは行動するだろう。
  だからぼくは動かない。
  戯言遣いは流される事しか出来ない。

「それも戯言なんだよな」

  そうしてぼくの雛見沢での一日は閉じてしまった。
39. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 20:48:04.90 ID:X3t9et.o
  ■TIPS

ジェイルオルタナティブ
  代  替  可  能。

  どんなものにも変わりはあって、誰かが何かをしなくとも、他の誰かがその何かをやって、
かけがえのないものなど、この世にはないという、そういう概念。

バックノズル
  時 間 収 斂

  たとえそれが現時点では何の兆候もない、生じていない事象であったところで、それが起こるべき事であるのならば、
避けようもなく、いつかどこかで起きてしまう、もしも起きなかったというのならば、
それはもう、遥か昔にとっくに起き終わっていたと――避け得るものなど、この世にはない、という概念。

  成功に意味はなく。
  失敗に意味がない。
  因は違えど、果は同じ。
40. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 20:50:38.23 ID:X3t9et.o
二日目

  0

  たとえば、誰かが携帯電話でメールを打ってるところを、横から覗き込む奴がいたら、かなり嫌な感じでしょう?

  1

  ぼくは目を開けた。
  部屋はカーテンがされているのでまだ薄暗いが、窓からは微かに太陽の光が差し込んでいる。
  推測するに、大体――六時くらいだろうか。
まあ、どうせ寝れないのだし。

「……そろそろ起きるとしますか」

  ぼくは呟き、ソファーからゆっくりと身体を起こす。
  ベッドで寝ている春日井さんは――まだ睡眠中のようだ。
  なんというか、さすがだよな……ほんと。
  ソファーで横になっていた為か、体が少々軋んでいる感じがする。
  なるべく音を出さないように、軽い柔軟体操で体を伸ばし、各所の軋みを丹念にほぐした。
  さて、と。あまり気が進まないけど用意でもしようかな。

「あまり気が進まないのだけど、用意でもしてみようかな……」

  口に出してみても、やはり気が進まない。なんとも気が滅入ってくる。
  というより、真意が読めないってのも要因の一つなんだろうけど。

「学校行きたくねぇなぁ」不登校児顔負けのことを言ってみる。

  最終学歴が小学校卒業のぼくが言うと、何とも情けない気がするんだよね。
  しかし、何故ぼくが学校に……。
  まあ、今更に文句を言ってもしょうがない。

「かくして、運命に流され続ける戯言遣いなのであった」

  状況の認識の為に自分で解説してみたが何とも締まらない。というか馬鹿みたいだ。
  いや、事実馬鹿なんだろうけど。

「……はぁ。諦めますか」

  掛けていた布団を畳み、春日井さんの足元に置き、そのままの流れで、服を持って洗面所に行き、洗顔と着替えを済ます。
  そして春日井さんが起きた時の為に、書き置きを残す。
  そうしてぼくは雛見沢に出かけるのであった。
41. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 20:53:28.83 ID:X3t9et.o
  〜〜〜〜

  バスを降りたぼくは、昨日と同じように古手神社までの道を歩く。  
  途中、何件か商店があるのを見つけた。
  ところどころ錆びて色褪せたコーラの看板が、何ともいえないノスタルジックな感情を呼び起こす。
  あくまでぼくの問題なのだけれど。こういうのって、なんか気に入らないな。
  小学生以降、ぼくはヒューストンに留学していたから、見てないってのは当然なんだろうけど。
  でも、それとも違うというかなんというか……。
  ……よく分からないな。

  そうして、しばらく歩くと、石段と自転車が見えてきた。
  ぼくは、長い旅の果て、古手神社の石段に到着してしまった。

  おしまい。

  ……にしてしまいたいところだけれど、そうもいかないんですよね。
  とりあえず今は何時なのだろう?
  ぼくは腕時計で時間を確認する。まだ約束の時間には少し早いだろうか。

「待つか」あんまり早く行ってもあれだし。

  石段に腰かけ、辺りを見渡す。見事なまでに何も無い。  
  
「……エイトクイーンでもやろうかな」

  エイトクイーンとは、要は頭の体操。
  あまり楽しい物ではないけど、暇つぶしにはなるしな。
  ぼくは頭の中にチェス盤を作り、女王を配置していく。

  一つ目。二つ目。……三つ目。…………四つ目。
  うん、割と良い感じ。女王は順当に配置されていく。
  そして、五つ目に突入しようとした時――視界の端に何かを捉えた。
  女の子が恰幅のいいおじさんを――いや、おじさんっぽい物体を左手に抱え、こちらの方向に歩いている。
  良く見てみるとおじさんっぽい物体は、ケンタッキーフライドチキンでおなじみのサンダース大佐であり、
(厳密には大佐という意味ではないのだけれど)開いた右手には鉈を握っていた。それも凄い笑顔で。
  どう考えてもお近づきにはなりたくない感じ。ちなみに女王はとっくに逃げ出している。
42. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 20:55:37.53 ID:X3t9et.o
  というか、

  ぼくも逃げていいですか?  むしろ逃げろ!

  が、時既に遅し。女の子の足取りは軽く、既にぼくの目の前まで来ていた。
  そして石段に座っていたぼくを見つけ、停止した。

「……」

  無言。
  ヤバい。怖い。

「……」

「かぁいいでしょ?」

  と言い、いろいろ無残に壊れたカーネルをぼくに見せてきた。
  ええと……どういうことなのでしょう?  これは答え次第ではもしかしてまずめな状況なのでは?
  というか、かぁいい、って可愛いって意味だよな。
  しかしこんな状態のカーネルを可愛いと思う人類はそうそういないはずだろう。
  崩れた頭部からは、まるで脳漿を模したように草が飛び出てるし。割れた腹部からは自転車のチューブみたいなのが出てるし。
  女の子はぼくの混乱など露知らず、再びカーネルをぼくの目の前に掲げた。
  カーネルとぼくの距離は一センチもない。

「コレ、かぁいいでしょ?」

「……はい」可愛くないです。

  戯言抜きの恐怖だった。
  さすがに瞬間的な恐怖は入江さんには敵わないものの、この子の継続的な恐怖は結構なものである。
  雛見沢住人の恐ろしさを垣間見た気がする。
  そうして、目の前の女の子は、たっぷりと時間を掛けてぼくを見つめ、口を開いた。

「それで、あなたは誰なのかな?  かな?  どうしてそこに座っているのかな?  かな?」

  ふむ、一応意思疎通は普通に出来るようで、石段に座っていた不審者に声を掛けた、という感じか。
  この場合の不審者はぼくという事だろう。ぼくも不審者の定義を改めなければならないよな。と、この子を見て思う。
  さて、とりあえず名乗って良いものか悪いものか。名乗らないけど。
43. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 20:59:21.23 ID:X3t9et.o
「いえいえ、名乗るほどの者では御座いません、ぼくは一介の戯言遣い。後者の質問はここの子に用事があってね、ってとこかな」

  アイドルのような仕草で、女の子は首を傾げる。
  よくよく観察してみると、丁度肩くらい迄の茶色の髪の毛。
  服装は一般的なタイプのセーラー服を着ていた。高校生だろうか、わりと可愛らしい感じの女の子だった。
  半壊したカーネルと、鈍色に光る鉈のセットはとてもシュールに感じるけど。

「レナは竜宮レナっていうんだよ。あなたの名前は何ていうのかな?  かな?」

  かな?  を連続するのは癖だろうか。
  それに、こういう子は何となく苦手だな。……理由が予測出来るだけましなんだろうけど。

「悪いんだけどさ、レナちゃん。ぼくはね、今まで他人に本名を教えた事が一度しかないのを誇りに思ってる人間なんだ。
だから《戯言遣いのおにーさん》でも《いーたん》でも《いっくん》でも《いっきー》でも《いーちゃん》でも、好きなように呼んでくれ」

  この二日で既に何度目になるだろう台詞をぼくは言う。

「梨花ちゃんや沙都子ちゃんはなんて呼んでるのかな?  かな?」

  ふぅん、……そう来ますか。ぼくは返す。

「……えっと、いーちゃんかな」

  ぼくの言葉を聞いたレナちゃんは頷き、まるでスイッチを切り替えるように惚けた顔を変えた。
  天然にして、純真無垢に、純一無雑に、清純無垢に、元からそうであるかのように、元がそうであったかのように、元々そうだったかのように、
  彼女は、嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ私はいっくんって呼ぶよ。いいかな?  かな?」

「……ご自由にどうぞ」
44. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 21:05:17.27 ID:X3t9et.o
  成程ね。
  壊れているわけじゃなくて、あえて壊しているわけだ。
  いや、ずらしていると表現した方が的確だろうか。それはそれでやり辛いな。
  ぼくは腕時計を再び見た。分針は待ち合わせ時間の手前を指している。

「それじゃあ、また後で。……たぶん学校で会えるだろうしね」

  ぼくは言った。それを聞いたレナちゃんは本当に楽しそうに。

「あはは」

  と笑った。
  そしてレナちゃんはぼくから目線を切り、再び歩きだす。
  そして初めて彼女を見た時のような惚けた顔で、ぼくに振り返り。

「それじゃあ、また学校でねー!  はう〜、お持ち帰りぃ〜!」

  と言い、まるで手の延長だとでもいったように、カーネルをぶんぶんと振り回した。
  ……あれって軽く三十キロくらいはあるよな。
  そしてレナちゃんの姿は見えなくなった。

「ふう……」

  狂言回しの仕事じゃねえよな、これは。
  それにしても、何となく嫌われた気がする。ぼくはなにかレナちゃんに嫌われる様な事でもしたのだろうか。
  考えても――やっぱり解んないんだよな。
  まあいいや、としておく。

「……はてさて、これは戯言なのでしょうか」
45. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 21:13:21.86 ID:X3t9et.o
  〜〜〜〜

  所変わって場所は古手家。

「いただきます」

  何故だか食事中のぼくであった。
  目の前に並んだ朝御飯。メニューは卵焼きにお味噌汁。
  日本の朝食につきものの献立だった。見た目も悪くないし、これは結構期待できるのでは。
  それでは、一口目。
  ――お。

「うん、なかなか美味しいね」

  なかなかに美味しい。見た目に反した味じゃなくて良かった。

「ボクじゃなく沙都子に言うといいのです」

「結構料理が上手いんだね、沙都子ちゃん」

「結構は余計ですのよ」

  頬を膨らまして不満げな沙都子ちゃん。

「じゃあ、わりと上手いと思わざるをえないと言って言えなくもないんだね」

「回りくどいので、もうちょっと優しさを加味してお願いしますわ」

「わりと上手いと思わざるをえないと言って言えなくもない優しさ」

「まずそうになった!?  というか……美味しいと言う気がないんですの?」

「いや、なくはないんだけど。……それじゃあ文の最後に優しさと付けて雰囲気が変わる言葉でぼくを唸らせてくれたら、戯言抜きで言ってもいいよ」

「その勝負受けて立ちますわ!」

  ばん、とちゃぶ台に手の平を叩きつけ、拳を握り、崩していた姿勢を正した。
  明らかに気負いすぎである。
  しかし、何でこんな展開になったのだろう。実際のところぼくにもわからない。
  それでは、と前置きを付ける沙都子ちゃん。
46. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 21:17:11.41 ID:X3t9et.o
「黙って食べ続けた優しさ」

「ぬ」

  やっていることは普通に食べ続けているだけなのに、後ろに優しさとつけるだけで、
不思議と誰かの為に頑張ってるようだ――そんなことは一言も言ってないのに。

「親が成績を心配する優しさ」

「むむ」

  やっていることは普通に心配しているだけなのに、後ろに優しさとつけるだけで、
不思議と腹黒く感じてしまう――そんなことは一言も言ってないのに。

「幼女を愛する優しさ」

「なんと」

  やっていることは普通にぺドフィリアなのに、後ろに優しさとつけるだけで、
何となく慈愛溢れるよう感じてしまう――そんなことは一言も言ってないのに。言ってないのに。

「彼女との別れを選択した優しさ」

「……やめてくれ」

  やっていることは普通に別れただけなのに、後ろに優しさとつけるだけで、
まるで彼女の為に別れたようだ――そんなことは一言も言ってないのに。言ってないのに。言ってないのに。
  
「負けを認める優しさ」
47. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 21:21:37.55 ID:X3t9et.o
「ぼくの負けだ……。えっと、逆立ちすればいいんだっけ?」

「それは違います」びしりと言われた。まあ、この状態だったらパンツは見えないもんな。

  ――というかね。

「いや、さ。ふと思ったんだけど、こんなのってぼくのキャラクターじゃない気がするんだよね」

「いいじゃありませんか。だいたいですね、こんな一見さんに不親切なSSをここまで読む人は、だいたい元ネタも読んでますわ」

「……何言ってんだきみ?」

  元ネタ?  SS?
  わからない。沙都子ちゃんが何を言っているのかさっぱりわからない。皆目見当もつかない。
  たぶん雛見沢症候群の影響だろう。気を付けないと偶にこういう事が起きてしまうかもしれない。
  一応注意しておくべきだよな。うん。
  うん。

「ごちそうさま」

  ご飯を食べ終わり箸を置いた。

「おそまつさまです。――それでは、どうでしたか料理の方は?」

  こういうふうに面と向かって聞かれると、ちょっとこそばゆいんだよね。
  一応負けを認めた訳でありまして。

「美味しかったよ」と言う優しさ。

「それでは学校に行くのです。にぱー☆」
48. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 21:26:52.64 ID:X3t9et.o
  〜〜〜〜

「あー、それでなのだけど。学校に行ったらぼくは何をすればいいのかな?」

  学校へ向う道すがら、ぼくは梨花ちゃんに問うた。
  窺うような物言いになってしまうのは、今の心情を憂慮するならしょうがないのだけど。
  とりあえず、ぼくのこれからの処遇は彼女に任せるしかない。

「そうですね……み〜……」

  悩んでる。……ほんとに考えてなかったんだな、この子。

「……年長組に勉強を教えてあげてください。いーは大学生なのです、かしこいかしこいなのです」

  と言い、梨花ちゃんが背伸びをしてぼくの頭を撫でようとするのを躱した。なんだか微妙に馬鹿にされた気がする。
  しかし勉強を教える程度なら、わりと楽な部類に入るからいいっちゃいいんだけど。

「それはいいんだけど――でもさ、やっぱりちゃんと先生に教えてもらったほうがいいと思うんだよね」授業の進行具合もあるし。

「それはそうなのですけれど」

  沙都子ちゃんが割り込むようにぼくに言う。説明好きなんだろうかこの子は。

「担任の知恵先生じゃちょっと年長組の勉強まで手を回すのは難しいですからねー」

「知恵先生?」字的には、ちょっとだけ智恵ちゃんと似てるな。

「ええ、知恵先生。校長先生以外の唯一の教師ですのよ」

「へぇ、先生もあんまりいないんだね」

「はっきり言って廃校ぎりぎりなのです」

  全校生徒集めて、やっと一クラスってのは聞いてたけど、そこまで寂れているとは……。
  まあ、そうだよなぁ。どう見てもこの村って、クローズドヴィレッジにしか見えないもんな。
  むしろ出ようとしても、この村から出ていけないのか。
  まあ、いいか。

「家庭教師をしたことがあるし、高校生くらいの勉強で少人数なら、ぼくでもなんとかなると思うよ」

  さすがに姫ちゃんに勉強を教えるよりは楽な筈だろう、たぶんだけど。

「では、そうしてくださると嬉しいのです」

  という運びで学校に向かうぼく達であった。

「その時いーは、あんなに悲惨な状況になるとは、夢にも思わなかったのです……。にぱー☆」

  ろくでもないナレーションを入れるな。
49. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 21:29:21.93 ID:X3t9et.o
  〜〜〜〜

  梨花ちゃんと沙都子ちゃんの後ろについて歩き、目的の場所に到着。
  古手家から徒歩で、だいたい二十分くらいだろうか。時刻は八時を少し過ぎていた。
  ぼくの前を歩いていた梨花ちゃんが足を止め、振り返り両手を一杯に広げて無邪気な笑顔で言った。

「着きました。ここが私達の学校なのです」

  雛見沢分校。
  登校時に聞いた情報によると。
  興宮の公立学校分校。教員は校長と教師の二名のみ。施設は営林署の建物を間借りしており。
  小、中、高、等学校併設の学校。ということらしい。
  正門を抜けると、校舎の全景が見えた。
  うーむ。  
  想像していたよりかは立派だった。ちゃんと学校に見えるしな。
  奥の方には営林署の名残だろうか、機材や作業機械が積み重なって放置されているようだ。

「沙都子、ボクはいーを知恵先生に紹介してくるのです」

「わかりましたわ。先に教室に行っていますのよ」

  沙都子ちゃんは手を挙げ、校舎に入って行った。
  それを見届けた後、梨花ちゃんは唐突に

「沙都子はとても良い子なのですよ」と言った。

「え?  一体……どういう事?  そりゃあ、さ。沙都子ちゃんが良い子だっていうのは分かるんだけどさ……」

「いーには、知っておいてほしかったのです」  

  と、一瞬だけ儚げに笑ったように見えた。
  それを見た瞬間。

  ぞくり、とした。
最終更新:2009年04月23日 23:11