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唯バタフライ2

79. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 21:48:04.54 ID:bkI1IzjZ0
紬「ルームシェアですね。憧れちゃいます」

律「憂ちゃんは寂しくないの?」

憂「大丈夫です。毎日でもお姉ちゃんの所に通いますから」

澪「いやいや、毎週くらいにしておきなって」

澪「そうそう、唯ってば弦楽専攻を選んだんだけどさ」

和「ああ、ギターが出来ると思ってたのね」

唯「そうなんだよぉ。そしたらバイオリンとかチェロとかでさぁ」

和「説明会で聞かなかったの?まぁ唯のことだから想像できるけどね」

澪「いいんじゃないかな。同じ弦楽器だし、唯も一から勉強しなおす方がためになるだろ」

81. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 21:48:57.32 ID:bkI1IzjZ0
律「澪は作曲専攻だっけ?作詞教えてもらった方がいいんじゃないのか?」

澪「うるさいな。詞は本人の思うように書けばいいんだよっ」

軽音部の部室に笑い声が響く。

さわ子「さぁ、皆。乾杯するわよっ」

律「さわちゃんが飲みたいだけだろっ」

紬「まぁまぁ、乾杯しましょう」

律「おっしゃっ。じゃぁみんなの合格を祝ってっ!」

──乾杯!

86. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 21:50:37.91 ID:bkI1IzjZ0
※
唯はその時の事を今でも覚えている。
思い返すと、唯の記憶が途切れる症状が最後に表れたのもその時だった。

卒業式が終わり校庭で卒業生は互いに別れを惜しんでいた。

唯は校舎を見上げながら歩いていた。
軽音部の部室が見えるところまでくると足を止め
耳を澄ました。

──聞こえるよ。あずにゃん。

──あの時の演奏が。

──私の記憶には無いけれど、あずにゃんと最後に演奏したあの曲が。

暖かい涙が頬を伝う。

──なんて声を掛けたらいいんだろうね?

──さようなら?

──ううん、行って来ます。かな?

その時、部室の窓際に唯は人影を見た。
背の低い、長い黒髪の女の子。
87. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 21:51:59.18 ID:bkI1IzjZ0
唯が手を振ると、女の子もこちらに手を振り返してきた。

女の子が笑ったような気がした。
唯も笑い返すと、女の子は消えてしまった。

律「お〜い。唯〜っ」

律の声を聞いて振り返ると
軽音部の皆が、憂が、和が
そこに居た。

律「みんなで写真撮ろうぜ」

唯「うん」

唯が頷いた瞬間に意識が途切れた。

────・・・・・・
89. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 21:53:37.38 ID:bkI1IzjZ0
・・・・・・────

律「どうした?唯?」

唯を心配して律が顔を覗き込んでいた。

唯「なんでもない。撮ろうよ写真」

律「ああ、そうだな」

律は憂にカメラを渡して
軽音部の部室が見える校舎を後ろに
軽音部のみんなと和を交えて並んで立つ。

憂「みなさ〜ん。笑ってくださ〜い」

憂の掛け声に皆は最高の笑顔を見せた。

それが高校生最後の写真だった。

第一部  完
94. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 21:58:28.88 ID:bkI1IzjZ0
※第二部
卒業式の日を境に唯の記憶の途切れる症状は無くなった。
あれから一年以上経った今では、
そのことも忘れてしまっていた。
日記も、大学生活の楽しさからか、
症状の出ないことを安心してか
何時しか書くことも無くなり
卒業式までの日記だけを思い出として
ダンボール箱の中に仕舞っていた。

唯は入学祝いに両親から贈られたバイオリンを弾いていた。
ギターをやめてしまった訳では無かったし
弾き方を忘れることも無かった。

今までのように一つのことに熱中する性格は変わらないが
ギターだけではなく、弦楽器全般、ひいては音楽全般と幅を広げて
その情熱を注いでいた。

95. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 22:00:52.00 ID:bkI1IzjZ0
同じアパートの一室に同居する澪と共に
週末には路上で演奏したりもする。

ただ、エレクトリックギターやベースでは電源の問題やアンプを運ぶのも困難だったため
澪はアコースティックギターに切り替え
唯はバイオリンと、今までとは毛色の違う演奏をしていた。

初めのうちは、澪は恥ずかしがって音を奏でるだけだったが
次第に慣れはじめたのか、歌詞を書いて
澪がボーカルとして歌を歌った。

足を止めて聞き入る人も居た。
日によっては閑散とした有様ではあったが
演奏する楽しさで気にならなかった。

また、軽音部の皆と演奏がしてみたい。
そんな思いも唯の中にはあったが
最近は昔の仲間に連絡を取ることも無かった。

和とはメールのやり取りがあったが
律と紬は今、何をしているのか近況すら知らずに居た。

澪に律の様子を聞いたこともあったが
顔を曇らせているのに気づいて以降は律の話をすることをやめた。
97. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 22:03:02.62 ID:bkI1IzjZ0
夏休みに入り大学が休講になると
唯は実家へと帰省した。

憂「お姉ちゃんお帰り」

唯「ただいま、憂」

久しぶり、といっても毎週唯のアパートに通う憂の顔だ
懐かしいとは思わなかった。
唯は故郷に帰ってきた懐かしさを湛えた感慨に浸りたいと思っていたが
諦めざるを得なかった。

憂は今年地元の大学に進学した。
少し大人びて見える憂に少しだけ寂しさを感じたこともある。
彼氏でもできたのかと本人に聞いた事もあったが
そんな暇は無いと、ばっさりと言い切った。
足しげく2時間掛けて唯のアパートに毎週通っているのだ
確かにそんな暇も無いだろうと思う。

唯「お父さんとお母さんは?」

憂「何時ものことだよ」

この時期両親はお盆休みを取ると
何時も二人で旅行しているのだった。
ふと憂が寂しいのではないかと思ったが
そのために自分が帰省したことを思い出した。
99. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 22:05:21.45 ID:bkI1IzjZ0
その日は、姉妹水入らずの時を過ごした。
久しぶりに地元の商店街に行くと大分様変わりしていることに
驚きを隠せなかった。
諸行無常などという本人にもよくわからない言葉が頭に浮かぶ。
変わっていくんだなとしみじみと感じた。

唯にとって嬉しいこともあった。
唯の行きつけだったアイス屋は今も変わらず残っている。
一瞬、あの時のことを思い出して
取り乱してしまうのではないかと不安にもなったが、
心が揺れ動くことは無かった。
梓のことはあの学園祭ライブで区切りをつけたのだと
今更ながらに実感した。

憂と肩を並べてベンチに腰を下ろしてアイスを舐める。

憂「お姉ちゃん大学はどう?」

唯「うん、楽しいよ」

憂「路上で演奏してるんだって、澪さんから聞いたよ」

唯「憂も聞きにきてよ」

憂「うん。必ず行くね」

こうしていると高校の時を思い出す。
帰りに食べた変わらぬアイスの味がそうさせるのだろうか。
他の皆は今何をしているのだろう。
100. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 22:07:26.99 ID:bkI1IzjZ0
唯「憂、りっちゃんが今何してるか知ってる?」

憂は顔に暗い影を落とす。

憂「少し前まではね。たまに遊びに連れてってもらったりしてたよ」

唯「今は?」

憂「連絡取ってない。直接聞いたわけじゃないけど学校も辞めちゃったみたい」

唯「そう・・・」

律の性格からして、今まで唯は特に心配などはしていなかった。
それでも、あの時の澪の顔や今の憂の表情を見ると
唯も不安になってきた。
何があったのか、一度本人と会って話をしなくてはいけないのではないか
もし、自分に出来ることがあるのなら律に手を貸してあげよう。

101. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 22:09:19.09 ID:bkI1IzjZ0
唯「りっちゃん、今どこにいるかわかる?」

憂は小さく頷くと携帯電話を開いて唯に渡した。
携帯のメモ帳には律の住所が入力されている。
どうやら、自宅ではなくアパート住まいのようで
それほど遠くに住んでいるわけでもなかった。
行ってみよう、唯はそのデータを自分の携帯へ転送すると立ち上がった。

唯「憂、私行ってくるね」

憂は不安そうな目を向けてきたが何も言わなかった。

唯「夕食までには帰ってくるから」

そういい残して唯はバス停へと歩を進めた。

102. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 22:11:24.29 ID:bkI1IzjZ0
唯は律の住んでいるであろうアパートの前に来ていた。
どこにでもある、マンスリーアパートだ。
部屋は201、唯は外階段を上り
部屋の前までくると少し考える。

何を言えばいいのだろう。
律の現在の様子は何も知らされていない。
突然押しかけたことで気分を害してしまうかもしれない。
もしかしたら、誰かと同棲している可能性もある。
しかし、幸せならそれでいいのかもしれない
唯には邪魔をすることなど出来ないし
本人が望むならそのままでも・・・。

唯は備え付けられたインターホンを押す。

声は聞こえなかったが、中から物音が聞こえてきた。
鍵が外れ、ドアが開いた。

扉から覗かせた顔を見て唯は驚いた。

亜麻色の髪には白いものが雑ざり
顔の皮膚は弛んで皺が目立つ
瞼は赤く、目の下には隈が出来ていた。
しかし、それでも面影はあった。
紛れも無い、律の姿がそこにはある。

唯「り、りっちゃん・・・」
104. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 22:13:32.11 ID:bkI1IzjZ0
律は、唯の顔を一瞥しただけで
何の表情も見せなかった。
ただ一言、入れよ──とぶっきらぼうに言った。

唯は玄関に足を踏み入れる。
饐えた臭いが鼻を衝いたが
努めて顔には出すまいとした。

ワンルームの室内は荒れ果てていた。
フローリングにはゴミが散らかり放題で
キッチンシンクには食器や残飯が溜まっていた。

律は万年床になっているらしい布団に腰を下ろすと
適当に座れと言って唯を促した。

唯は足の踏み場も無い床の上から
雑誌やペットボトルなどのゴミを退けて
一人分のスペースを確保すると小さく座った。

律「で、なんか用?」

唯は何を口にすべきか迷ったが
率直に聞いてみた。

唯「りっちゃん、何があったの?」

律「はっ、そんなことを聞きにわざわざ来たのかよ」
106. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 22:15:15.88 ID:bkI1IzjZ0
唯「だ、だって・・・」

律「別になんもねーよ。学校辞めて引きこもってんだよ」

唯はさっきまで律の変わり果てた姿から
目をそらしていて気づかなかったが
よくよく見ると、律の手首には何本もの赤黒い線がある。
リストカットの痕だ、自殺でもする気だったのだろうか

律は唯の視線に気づくと、
手首の傷を唯に見せて言った。

律「そんなに珍しいか?」

律「普通に生きてる奴にはわかんねぇだろうな」

投げやりだった。
律は自棄になっているのだ。
唯が黙っていると律は自分から語りだした。

律「バンド組んでたんだよ。学校の友達が紹介してくれてさ」

律「その友達の知り合いがライブハウス経営してて
    そこで、何度か演奏もさせてもらったよ」

律「私が組んでたバンドなんだけどな」

律「最高だったよ。最高にクレイジーだ」

律「馬鹿みたいにギターじゃんじゃん鳴らして、馬鹿みたいに絶叫して」
107. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 22:17:06.21 ID:bkI1IzjZ0
律「何でそんな演奏が出来るんだよって聞いた」

律「お前もやるか?って言われて──」

唯「りっちゃんまさかっ!」

律は袖を肩まで捲り上げると唯に見せた。
赤い斑点、ところどころ鬱血して青くなっている。
小さな瘡蓋。
さらには、爪で引っかいた痕もあった。
傷だらけになった腕。
きっと心も傷だらけなのだろう。

唯「ねぇ・・・病院、行こう?」

律「はぁ?何いってんだよっ馬鹿かお前はっ!
    んなとこ行ったら警察に連絡されるに決まってんだろうがっ!」

律「それとも何か?お前は私が警察に捕まってもいいと思ってんの?」

唯「違うよっそんなことない・・・でも・・・クスリなんて・・・駄目だよ」

律「いい子ちゃんぶりやがって、お前はいいよな」

律「知ってるぜ、澪と一緒に路上演奏やってんだってな」

律「そんなんで満足してるんだから幸せだよなっ」

唯「私と澪ちゃんはそれで満足してるって訳じゃ──」
109. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 22:19:00.93 ID:bkI1IzjZ0
律「じゃあなんだよっ!プロでも目指してるって?笑わせんな」

律「バンドも組まずにデュオでプロデビューかお目出度いねぇ」

唯「私だってずっとバンド組みたいって思ってたよっ
    今だって、あの頃のメンバーで・・・」

律「だったらっ!だったら何で私を誘わなかったんだよっ!!」

律は怒りを顕にした。

唯には返す言葉も無かった。
路上で演奏するのにドラムセットを運ぶことは出来ない。
同じような理由で、澪はアコースティックギターに
唯はバイオリンを選んだのだ。

ライブハウスでの演奏も頭にはあった。
ただ、最近ではチケットの売り上げが
ライブハウスの使用料を下回ることの方がざらだと聞いて
澪は路上での演奏でファンを増やしてから
本格的なバンド活動を始めようと言っていた。

クラシックな演奏からバンド演奏に切り替えたとき
ファンが付いてくるだろうかとの不安もあった。
それでも、澪は自信を持って答えたのだ。

──私達の音楽を好きで聞いてくれるんだ。大丈夫だよ。

そして、その時には──律と紬に声を掛けようと。
118. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 22:32:18.92 ID:VEUNcMSn0
しかし、遅すぎたのだ。

唯「ごめん。ごめんね、りっちゃん」

唯はただ謝ることしか出来なかった。

律「いいよ」

唯は、律の言葉の意味を求めて顔を見る。
律は、頬を引き攣らせながら歪な笑顔を作っていた。

律「いいからさ。唯、金貸してくんね?」

唯は落胆した。
その金を何に使うのかは明らかだった。
今までどうやってお金を工面していたのかはわからない
それがとうとう昔の友人に金をせびるまでになってしまったのだ。

唯「りっちゃん、だめだよ」

律「何でだよ。ちゃんと返すからさ」

唯「お願いだから・・・」

律「なぁ助けてくれよ。クスリ切らして気分悪いんだよ」

唯は首を振る。

律「そ、そうだ。唯にもやらしてやっからさ」
119. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 22:34:08.12 ID:VEUNcMSn0
律「いいだろ?最高にハイな気分になれるんだぜ?」

辛かった、昔のような明るく元気な律の姿はそこには無い。
律は目を見開き焦点の合わない瞳を漂わせる。
唯には、こんな狂人じみた目を向ける律が酷く醜く思えた。

唯は立ち上がる。
もう、ここに居る理由が無い。
唯が玄関へ足を向けると、律は怒鳴り声を上げた。
何を叫んでいるのか内容は聞き取れない。
物が壊れる音もした。
唯は振り向くことはなく、玄関の扉を開くと外へ出た。

──私達友達だろっ!

最後にそれだけは聞き取ることが出来た。
唯はその空虚な残響を部屋に閉じ込めるように扉を閉めた。
120. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 22:37:06.04 ID:VEUNcMSn0
夏が終わりを迎えても
律の事が頭から離れることはなかった。

結局唯は警察には連絡しなかった。
酷く罪悪感に悩まされることになったが
友達を警察に突き出すことなど出来ないのだと、
してはいけないのだと
都合のいい理由を取り繕った。

紬はどうしているのだろう
律のことを考えると
紬のことも心配になってくる。

皆変わってしまったのだろうか
急に切ない思いが込み上げてきた。

唯は自室のクローゼットからダンボール箱を引き出し
中にある、卒業アルバムを取り出した。
昔の思い出に浸りたくなったのだ。

唯は一度アルバムをダンボール箱に戻して
それを抱えてリビングへ運んだ。
澪と一緒に思い出を語りたいと考えたからだった。

澪「唯、なにそれ?」

リビングでテレビを見ていた澪が
唯の持つダンボール箱に目を止めて言った。
122. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 22:39:23.67 ID:VEUNcMSn0
唯「うん、思い出」

ダンボール箱の中には
卒業アルバムの他
合宿の写真
バンドスコア
歌詞のコピー
デモテープ
学際ライブのDVD
そして、唯が付けていた日記が入っている。

澪「懐かしいなぁ、ちゃんと持ってたんだ」

澪は目を輝かせて言った。

唯「ねぇ見て見て。これ」

唯は合宿の写真の中から
澪の寝ている姿を写した写真を取り出した。

澪「な、何で唯が持ってるんだよ」

唯「え?皆持ってるはずだよ」

澪「ほ、本当かっ!律のやつ、誰にも渡すなって言っておいたのに」

唯「澪ちゃん、これ」

唯はまた別の写真を澪に見せる。
124. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 22:43:18.01 ID:VEUNcMSn0
澪「あぁ、梓か・・・」

悲しげな表情ではなかった
懐かしそうな、暖かい表情だった。

唯「かわいいね」

澪「本当だな」

それからは澪と二人で思い出話に花を咲かせた。
ライブ映像も繰り返し見た。
懐かしい、あの頃を思い返しながら。

ずいぶんお喋りに夢中になっていたのか
時刻は夜の11時を過ぎていた。

澪「私、お風呂入ってくるよ」

澪はそう言って立ち上がり
リビングを出て行った。

唯はダンボール箱の中を覗く。
日記が目に留まり、取り出してみた。
日記は全部で4冊あった。
普通の大学ノート、30枚60ページ
そのノートに1ページにつき4,5日分の日記を書いていた。
毎日書いてはいても内容はそれほど多くは無いのだろう
3年弱の記録がたったの4冊に収まってしまうのだ。
126. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 22:46:01.48 ID:VEUNcMSn0
唯は一番新しいノートを手にする。
何となく、最後のページを開いた。

──今日は卒業式。

初めにそう書いてあった。
そう言えば、この日記を書き始めた理由。
唯は自分が記憶の途切れる症状を持っていたことを思い出した。
この日記の最後に書かれている、卒業式の日を境に症状は無くなったのだ。

日記にもその日の症状が書かれていた。

<部室を眺めていたら、りっちゃんが声をかけてきた。
みんなで写真を撮ろうと言ってくれて、とてもうれしかった。
私が、「うん」と言って頷くと、またあの症状がでた。>

そう、そこで記憶は一度途切れたのだ。

日記を見つめているとあの時の光景がありありと浮かんでくる。
声が聞こえた。


>>87


──唯、唯っ。どうかしたのか?

目の前に律の顔があった。


>>89

130. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 22:51:06.14 ID:VEUNcMSn0
>>87

唯の目の前に広がる光景は
忘れもしない、あの卒業式の日。
カメラを携えた律が──あの時の律が目の前に居た。

律「唯?どうしたんだ?」

律の笑顔を、律の声を聞いて
唯の心の中には様々な思いが去来した。

──何か言わなきゃ。

──何か伝えたいことがあったはずだ。

──そうだっ!

唯「りっちゃん」

律「ん?なんだよ、唯」

唯「卒業しても、一緒にやろうよっ。バンドっ!」

律は笑って大きく頷く。

律「ああっ。やってやるさっ!」

──ありがとう。

声に出したつもりだったが、届かなかったようだ。
唯は再度光に呑まれた。
132. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 22:53:25.74 ID:VEUNcMSn0
唯は日記から顔を上げる。
一時の幸せな夢だったのだろうか。
日記を仕舞い、先ほどの律の笑顔を頭に思い描く。
自然に笑みが零れた。

暫くして玄関の扉が開く音が聞こえた。
唯は不思議に思って玄関へ向かう。
澪は先ほど浴室へ行ったはずだ。
ここへ訪ねてくるのは、あとは憂ぐらいしかいない。

唯が廊下の角から玄関を覗くと
澪が居た。

唯「あれ?澪ちゃんさっきお風呂って・・・」

澪「ん?なんのことだ?私は今帰ってきたところだけど」

澪「それよりさ。ライブのチケット完売したってさ」

突如、唯の頭の中を鈍い痛みが奔った。
それは一瞬の事だったが
次の瞬間には唯の知らない光景が頭を駆け巡る。
──これは・・・記憶?
唯は理解した。
一瞬のうちに頭の中に詰め込まれた記憶。
その記憶は唯があの日律に掛けた言葉によって生まれた記憶だ。
変わったのだ。あの日からの未来が、そして現在が、世界が。

134. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 23:00:56.68 ID:VEUNcMSn0
夢ではなかった。
事実、唯は過去に遡っていたのだった。
卒業式の日に律に掛けた言葉。
一緒にバンドをしよう、その言葉が未来への道筋を変えた。

卒業してからは頻繁に律と連絡を取り合った。
澪は音楽スタジオを借りてのバンド練習を提案した。
律は友達の知り合いが経営するライブハウスでバイトをしてスタジオ代を稼ぎ
唯と澪もそれぞれ空いた時間をバイトに費やした。

ある日、律は店長に無理を言って
一度だけ只でライブハウスの舞台を貸してくれるように頼んだ。
しつこく懇願する律に折れた店長は、
特別、定休日に演奏することを許可した。

本来定休日ということもあり人は疎らだったが
3人は最高の演奏を披露した。
これが切っ掛けとなり何人かのファンが付き
その後のライブのチケットの売り上げも好調で
思わぬ収益にも繋がった。

3人はそのお金を貯めて
いつか自作のCDを作ろうなどと夢を抱いていた。

澪「唯、鼻血・・・」

澪は青ざめた表情で唯を見ていた。
唯は自分の鼻の下に手をやり指先で触れる。
触れた指を見ると赤い血が付着していた。
135. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 23:03:47.79 ID:VEUNcMSn0
唯「ご、ごめんごめん。大丈夫だから」

唯は急いでリビングへと向かうとティッシュで鼻を拭いた。
洗面所へ行って鏡で顔を確認してリビングへ戻ると
澪は座ってテレビを見ていた。

唯「何とも無いから。安心して」

澪「そうか、なんかあったのかと思ってびっくりしたぞ」

唯「それで、さっきの話」

澪「ああ、ライブのチケットな。
    律が友達やバイト先の客に頼んでさ、完売したってさっき連絡があったんだ」

唯「りっちゃん、やるねぇ」

澪「ホント、律のお陰だよな」

唯は記憶の中にある律の顔を思い浮かべる。
ライブハウスでバイトしていた律。
そこの舞台で勢いよくドラムを叩く律の顔を。

澪「唯は和と憂ちゃんにチケット渡したのか?」

唯「うん。二人とも来れるってさ」

紬は、何をしているのだろうか。
唯は記憶の中を探るが
紬に関する記憶は浮かんでこなかった。
137. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 23:08:21.03 ID:VEUNcMSn0
唯「ねぇ澪ちゃん。むぎちゃん、今何してるのかな?」

澪「さあな、連絡も取れないしな」

唯「やっぱり駄目なのかな」

高校の頃の軽音部のメンバーが揃うことはもう叶わないのだろうか
唯はダンボール箱を抱えて自室へ入って行った。

唯は、ベッドの上に腰掛けて日記の項を捲る。
変えられたんだ。
そう、未来を、現在を変えられるんだ。
唯はもう一度あの頃に戻って
今度は紬を今のバンドへ誘おうと考えていた。

──今日はむぎちゃんと一緒に

その文が目に飛び込んできた。
この時ならと、唯は日記を見つめる。

暫く見つめていたが、先ほどのような感覚は得られなかった。
さっきのは夢ではなかったはずだ。
唯はもう一度意識を集中させて文字を見る。
しかし、幾ら見つめていても何も起こらなかった。

唯は諦めた様に日記を閉じると
ダンボール箱の中に仕舞った。
140. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 23:12:40.46 ID:VEUNcMSn0
翌週末、律のバイトするライブハウスに3人は集まった。

律「いよっ」

紛れも無い律の顔。
変わらない元気で明るい笑顔。

唯「りっちゃ〜ん」

唯は思わず律に抱きついた。

律「おいおい、どうしたんだよ」

記憶の中にはあっても、いざ本人を前にすると
感動は抑え切れなかった。
唯は懐かしさと律の暖かさに触れ今にも泣き出しそうになっていた。

律「なんだよ。澪が相手してくれなくて寂しかったのか?」

澪「ばかっ。私はちゃんと唯の面倒をみてるんだぞ」

律「ほほう、面倒なのか・・・可哀想になぁ唯〜」

澪「ち、違うっ。ああもうっ馬鹿律っ!」

澪は怒って外方を向いた。

142. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 23:15:03.94 ID:VEUNcMSn0
律「そう言えば、和と憂ちゃんはまだ来てないのか?」

唯「さっき連絡があって、もうすぐ来るって」

律「そうか。二人は私達の演奏聞くの初めてだっけ?」

唯「うん。二人とも楽しみにしてるって」

律「憂ちゃんは唯しか見ないだろうけどな」

唯「そうかな?」

律「そうだよ。見せてやれよ、唯のギターをさ」

唯「うん」

唯は目を輝かせて頷いた。

3人は一通り、リハーサルを終えると
到着した和と憂を出迎えた。

和「お待たせ」

憂「みなさん、こんばんは」

唯「和ちゃん、久しぶりっ」

和「何言ってんのよ。この前あったばかりじゃない」

唯「そうだっけ?」
144. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 23:18:12.03 ID:VEUNcMSn0
唯の記憶の中では先週の初めに和と会って
ライブのチケットを手渡したのだった。

和「そうよ。それにしても、随分立派になったものね。
    まさか本格的にバンド活動するなんて思っても見なかったもの」

澪「まあ、それも律のお陰ではあるんだけどな」

澪は照れくさそうに言った。

律「なんか煮え切らない言い方だな。
    ホントのところ私は唯のお陰だと思ってるぞ」

澪「唯が何か言ったのか?」

律「唯、覚えてるだろ?卒業式の日。
    私に言ってくれたよな。一緒にバンドしようって」

唯は頷く。

和「へぇ、唯がねぇ」

律「それでさ、私も決意できたんだよ。やってやろうってさ」

唯「じゃあ夢は武道館っ?」

律「夢は大きく、だな」

澪「それも悪くないな」
145. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 23:20:28.07 ID:VEUNcMSn0
澪は時計を見る。

澪「そろそろ本番だな」

律「緊張してんのか?」

澪「もう、慣れた」

律「なんだよ、詰まらないな。
    さっきの唯みたいに私に抱きついてきてもいいんだぞぉ」

憂「お姉ちゃん、そんなことを・・・?」

和「相変わらず甘えてるのね」

唯「だってぇ〜」

唯が照れ笑いを浮かべると
皆の表情も和やかになる。

律「いくか」

唯と澪が頷く。

憂「お姉ちゃん、がんばって」

和「みんな、がんばってね」

3人は振り返って和と憂に
力強い眼差しを向けて大きく頷いた。
148. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 23:24:38.16 ID:VEUNcMSn0
その日のライブは大いに盛り上がった。
チケットが完売したこともあり客の入りは申し分なく
ライブハウスの店長も満足気な表情だった。

ライブ終了後は5人で祝杯を挙げようと云う事になった。
ライブの成功と、武道館への夢を願って。

唯は居酒屋と云う場所に初めて足を踏み入れて戸惑っていたが
和は慣れた様子で酒と肴を注文していた。
話しによれば大学の付き合いでよく立ち寄るそうなのだ。

唯「女の子同士で?」

和「大学の教授がね、学生達と飲みたがるのよ」

和も大変なのだと唯は思った。

澪はビールを一杯飲んだだけだったが
酔いが回って律に猫なで声で甘えていた。

澪「りぃつぅ〜だっこぉ〜」

律「誰だよ澪にこんなに酒飲ましたのは」

憂「ビール一杯しか飲んでませんでしたよ」

律「うはぁ。こいつこんなに酒癖悪かったのか?」

唯「澪ちゃん、今までお酒なんて飲まなかったよ」
149. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 23:28:10.55 ID:VEUNcMSn0
律「マジかよ。誰かお冷もらってきて」

憂「私がもらってきます」

憂はそう言って立ち上がると座敷を出て行った。

澪「りぃ〜つぅ〜」

律「ああっもう、気色悪いぞ澪っ」

途端に澪は泣き出してしまった。

律「あぁ悪かった悪かったよ。だっこな」

律は仕方なさそうに澪を抱くと
澪は安心したのかそのまま眠ってしまった。

律「ちょ・・・重い・・・」

和は座布団を二枚重ねると
律から澪を引き離してそこに頭を乗せて寝かした。

律「和、慣れてるんだな」

和「まぁね」

和はそう言って溜息を吐いた。
152. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 23:31:21.44 ID:VEUNcMSn0
そこに憂がお冷をもらって帰ってきたが
澪の様子を見て必要ないのだと思ったのだろう、
コップをテーブルの上に置くと
唯の隣に座った。

憂「お姉ちゃんはお酒大丈夫なの?」

唯「私もそんなに飲んだこと無いけど、今日くらいはね」

唯はそう言って日本酒をあおった。

律「唯、お前は酒強いんだな」

唯「りっちゃんも飲みなよぉ」

唯は律のコップに日本酒を注いでいく。

律「まぁ、今日くらいはな」

律も日本酒の注がれたコップを傾ける。

律「和は何飲んでるんだ?」

和は茶色い液体の注がれたグラスを手にして言った。

和「ウィスキー」

律は氷の入ったそのグラスの中身をみて水割りか何かだろうと思っていたが
和は、ロックよ──と言った。
154. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/23(日) 23:34:35.91 ID:VEUNcMSn0
唯「和ちゃん、大人だねっ」

和「唯はまだまだ子供よね」

唯「そんなこと無いよ。私だって」

唯は店員を呼ぶと和と同じものを注文した。

憂「お姉ちゃん、無理しないで」

唯はこの時ばかりは憂の言葉に耳を傾けることはなかった。
憂も口では言っているものの
先ほどの澪の姿を唯に重ねて
もう少し酔って欲しいと密かに願っていた。

唯は運ばれてきたウィスキーをちびちびと飲みながら
昔の思い出話に耳を傾けていた。

和「そう云えば、学際ライブ。あの時は凄かったわよね」

律「あぁ、みんな大泣きしてたな」

憂「私も感動しました」

和「でも、よく軽音部再開する気になったわよね。
    あの頃はすっかり元通りだと思ってたけど、
    多分、もう演奏は聴けないんじゃないかなって」

律「まぁ、梓のこともあったしな」
最終更新:2009年08月24日 00:38