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疾走する思春期のパラベラム『ブラインド・ジャスティス』

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




   ――――Piece3◇二者二様(愚者に酔う)――――




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「ねえ、一つ我儘言うけどさ」


紅き狂気が暴走に暴走を繰り返した後。
彼の歩みは一時停止をしていたのであった。

要因である加藤清正は、須藤、飯島とロクに治療の心得がなかったためか治療が大きく遅れたのも相俟って、出血量は予定以上に甚大であった。
あの一連の出来事の後、一刀両断が須藤にしたそれ――元々やっていた《四字熟語》たちのロワイアルで紆余曲折に施した様な手捌きで加藤清正の応急処置を施すが、
少々遅かったために、どこか疲弊した加藤には休憩が必要だ、と須藤が判断したために、加藤は璃神と共に仮眠をとるという流れになった。

付近に家屋が見当たらなかったために路上になることになったが、加藤は構わないと断りを入れ、早々に眠りについていった。
そんな姿を確認すると、万が一に備えて戦闘態勢を取った一刀両断や銀丘白影は須藤の号令もあって、喋りかけるには一歩離れた位置に配置された。
須藤の付近で健在なのは、飯島遥光だけとなった。

先の一言は、飯島遥光のそれだった。
今まで続いていた沈黙もそれはそれで重苦しかったために、須藤はそれにのっかった。

「なんだ?」

須藤凛と飯島遥光は、壁にもたれかかり座っている。
首を左に向けると、そこにはあどけなき、されど真面目な面の飯島の姿がある。
飯島は前を向いて、悩ましく考えるような仕草を取るも直ぐに引っ込めて、真摯な口調で口を動かす。

そういうフェチの人間がいたら、その様はきっと心打たれるであろう。
そんなフェチはない! と会って早々豪語していた彼にとっては、そんなこと縁遠い(とはいえ彼が好きな狭山雪子は、どちらかというとこんな体型だ)が、
この顔は、須藤でも癒されるような可愛さを有していた。もしくは落ちつくとも言えよう。

だから、か。
須藤は若干油断していた。
――――というよりも、予想だにしていなかった。
彼女が、そんなことを考えるのだろうか。そう思わせる一言がぶちこまれた。


「ぼく、このパーティから抜けることに決めたんだ」


飯島遥光は真面目な口調で、そう言った。
一刀両断や銀丘白影には、その声が届いていないようではあったが、それでも須藤には、ちゃんと聞こえていた。
聞き間違えや、言い間違えでなければ、随分と衝撃的な内容が、飛び込んできた……ように思えた。

須藤は、しばしの間固まったかのようにピクリとも動かず、
動きを止めていた。飯島はそんな須藤の様子を見て不思議そうに首を傾げた後に、一つの答えに辿りついた。

「……? ああ、聞きとれなかったかな。うーんとね、ぼくはこのパーティから抜けたいんだ」
「……いや、聞こえたけど」

――聞き間違えや、言い間違いではなかった。
ご丁寧にも言い直してくれた飯島自身が、その可能性を無に還した。
結果として、須藤は呆けた声を零すだけに終わったが。

いきなりの展開過ぎて、練れるほど頭が温まっていなかった。
ネットスラングでいうところの「超展開乙!」なんていうものがぱっと思い浮かんだが、どう考えてもそれが通じるほど現実は捻くれていない。
展開だとか、フラグだとか云々以前に、彼女がそう言っているのだから、それを受け入れるべきではないのであろうか。
というところまで考えて須藤はそれをかき消すように首を振った。

一旦は遠回しな思考を打ち切り、本能的に須藤は飯島に問い正していた。

「……どうしたんだよ、急に……」

色々思うところはあれど、最終的には彼の疑問はそこに尽きた。
素直に言ってしまえば、訳がわからない、の一言に始まり終わってしまう。
対して、突拍子な告白をした飯島の顔に変化は見られない。
そんな様子を見て、一先ず須藤は冗談で言っている訳ではない。そう悟る。
飯島は真摯な様子で言葉を紡いだ。
いつも感じるおどおどといった挙動不審さや自信なさげな様子など片鱗も感じさせない堂々としたものだ。


「……簡単だよ、ぼくがいると、それは災厄なんだよ。……むしろ今まで甘えていたぼくが悪いんだ。おにーさんの気にする話じゃないんだ」
「……気にするなって方が無理に決まってんだろ。それになんだよ、災厄って。勝手に決めてんじゃねえよ。
 たとえそうだったとしても、その無理を通して守りきるのが俺たちなんだぞ! そんな風に自分を」
「うん」

困惑しながらも律義に答えた須藤の弁を遮る。
その様に須藤は多かれ少なかれ怖気づく。

須藤にとっては、実際そのつもりでいた。ハナから……言っちゃ悪いけれど、飯島遥光と言う存在は戦闘面で当てにはしていなかった。
恐らく、飯島遥光とてそれを重々承知していたんであろう、と須藤からしてみればそう思っていたのだが。
飯島の顔からは、何故だかいつものような幼さは見えない。
何処か陰のある、なにかを想起するかのような、まるでなにかを慈しんでるかのような、そんな顔。


「守る、そうだね。守る。――ぼくは何時だって守られる」


含みのある言い方だった。
須藤にとって、こんな飯島は初めて出遭ったのかもしれない。
若干の戸惑いを抱き、飯島の言葉を、待った。が、待つほどの時間もなく、直ぐに言葉は返ってくる。

「ねえ、おにーさんはさ、考えたことってあるかな。
 いつだって守られる、守ってあげることが出来ない人間が、守られるということにどんなに辛いことなのか」
「……え?」

またしても呆けた声が出た。
先ほどから、予想の範疇にない台詞が溢れ出している。

須藤には、考えてみたところで、共感できる話ではなかった。
――たとえば津村匠を思い出す。
須藤はいつも彼を助けて……というより支えてきているつもりでいる。それがさも当たり前かのように。
だが、須藤からしてみれば、それで津村がどう思っているかなんて知らない。
「ありがとう」と言ってるかもしれないし、「ねたましい」と言っているかもしれない。
――思えば、いつも須藤は、『助ける側』の人間ではあった。
そんなことに想いを走らしていると、飯島からは見透かしたような言葉が吐きだされる。


「――辛いんだよ、ずっと背中しか見ることができないのは。多分、きみみたいな人間には、分かんないことだと思う。
 ぼくに会ってから、ずっとぼくのことを守ってくれた、きみみたいな『強い』人間には、絶対に分からない」


目から鱗ではないにしろ。
そんな事を言われるのは、須藤にとっては初めての体験だ。
護るだけが、救済ではない。
救いたければ、相手を慮ることが必要だ。――何処かからそんな声が囁かれた。

でも、だからといって。
その意見を「ああ、そうですか」とだけで受け入れれるほど、須藤は聞きわけがいいわけではなかった。


「……別に辛くたって、お互いに支え合えれば、いいだろうが。なんでそんな悲観すんだよ。
 俺にしてみれば、遥光ちゃんがそんな事言うこと自体が悲しいよ」


紛れもない、嘘偽りのない真摯な彼の気持ちである。
いきなり、何の意図があって――いや、チームを脱したいが理由なのは分かるが――彼女がそんな悲しいことを言うことが、どうしても彼としては受け入れられなかった。
何よりも、彼女がそこまで卑下する理由がつかめずに、むしろそれが彼としては嫌悪感にも似た感覚をくすぐられる。
今までだって、須藤は飯島に助けられてきたのに。形容し難い感傷が胸を貫き、蠢いていた。
それでも、飯島は己の意志を変えるという兆しを一向に見せない。

「支え合うのが無理だから、ぼくは言ってるんじゃないか」

きっぱりと、須藤の言い分を拒絶する。
率直に言ってしまえば此処までの拒みは、須藤にとっては意外だった。
須藤からしてみれば、飯島と言う人間は意志の弱い、『弱い』人間だと認識していたものであったが、どうやらその認識では少々間違っていたようだ。
今更ながらに、身を以て感じる須藤。

「最初はぼくもきみの事を支え上げることができればいいな、って思ってたよ。
 だけど、きみは心の髄まで強すぎるんだもん。言っちゃ悪いけどこんな不安定な人材でもチームを作れるだなんて、感服したんだよ。本当、素敵だった――まるでぼくとは吊りあわない」

実際彼女は、陰ながらに何時だって須藤に称賛の声を浴びせては、まるで自分の事のように喜んでくれていた人間である。
振り返るように想起すれば、なにかしら須藤が活躍を収めると、何かしら褒められていた気もする、須藤はそこまで考えて、何故か空気に似合わず、頬を綻ばせてしまう。
何でだろうか――――考えるまでもなかった。
このチームにとって、いや。そんな大きな話ではない。

須藤にとっては。


「きみもそのチームの一員だろ。俺はそんな理由を通さない。許容なんてできるわけない」


須藤にとっては、飯島遥光と言う存在は、まだ必要だった。
彼女の『弱(優し)さ』は、まだ、中途半端にしか成長を果たせていない須藤の心には、必要であった。
『弱(優し)さ』と『弱(未熟)さ』を掛けあわせることは決して『大きな弱さ』になるとは限らない――それが今の須藤が論じるテーゼだ。
『弱さ(-)』足す『弱さ(-)』は、確かに『弱さ(-)』なのだろうけれど、
『弱さ(-)』掛ける『弱さ(-)』は――『強さ(+)』である。

だけど、飯島はそれでも。
それでも飯島は『我儘』を貫き通す。

「だから最初に言ったでしょ。我儘だって。おにーさんの許容なんてこの際言ってあんまり関係ないんだよ」
「違うな、ここは俺がリーダーのチームだ。――勝手なことはさせないよ」

強固たる両者の意志は、まるでかみ合わない。ずれた歯車のように。
飯島は、そんな須藤の言い分に微かな笑みを浮かべると、それでも沈んだ口調で返す。


「そうだね、ここはおにーさんのチームだ――自然と、ぼくは淘汰されるべき存在だって気付くはずだよ。
 ……ぼくは、結果的に言っちゃえば、足手まといなんだ。――今回、清正おにーさんが改めて教えてくれたんだ」


飯島は、加藤清正の姿を視線に捉えながら、憂いた表情で須藤に語る。
声は悲しさを含ませたブルーな色合いをしたもので、溌剌とした元気な声を知っている――そんな声しかあまり聞く機会がなかった須藤からしたら、聞いてるだけで滅入ってくる。
須藤からしてみれば、今のこの現状の方がよほど災厄なんだけどな、と表面上だけとはいえども少しばかりの余裕を有していた。

――そんな一方で須藤は、ようやく彼女が何を指して弁を発しているかの根本的な部分に辿りつくことが出来た。
須藤からしてみれば、「なんだ、そんなこと」程度にも思えるほど、小さな理由だった。
小さく微笑みを零すと、飯島に対して諭すように語る。


「……清正さんが怪我をしたのは、遥光ちゃんの所為じゃない。清正さんは、きみを護りたいからこそああやって庇ったんじゃないか。
 そうだな……いうならそれは名誉の負傷って奴だ。きみは何も悪くない。そもそも悪いのは襲いかかってきた紅狐であってきみを責め立てる理由なんてどこにもねえさ」


さしあたって須藤の中では、この意見に異論はない。穴なんて見当たらない。
たとえば飯島が、加藤清正の負傷を自分の所為だと決めつけてチームを脱したいので言うのであれば、それは益々須藤にとっては認められる話でない。
それは誤認だ。改め直す必要が絶対に在る。須藤はそう信じて疑わなかったし、飯島も理解してくれるだろう。

――と思うのすらも甘かったのか。
――現実、この場の飯島遥光は、どこまでも『厳し』かった。


「そんなのは、ただ事実を捻じ曲げていないだけの詭弁だよ。――現実を見ていないだけって言うのかな。
 ……おにーさんはさ、こう考えると、その理論をどう通すの?」


言葉を濁すことなく、語尾を茶化すこともなく。
ただ、彼女は彼女なりの視界で見た『仮想現実』を須藤に突撃させる。
現実を見ろと言った割に、仮想を呈す。――まるでちぐはぐだったが、彼女は続ける。


「たとえばぼくがあの場にいなかったら、そう考えた時におにーさんはどう考えるの?」
「……そんなん、分かるわけないだろ」
「そうだね、分かるわけない。――だからこそおにーさんはこう断言することもできないはずだ」


一瞬。一拍。
一刹那。一呼吸。
一陣の風が、両者をなぞると、飯島は放つ。


「ぼくがいなくても、誰かが怪我をすることになる――そう、言い切れるの? おにーさんには」
「…………」


しばし須藤は思考の渦に飲み込まれていく。
何を考えていたのだろうかは判断しきれないが、背筋には汗が一筋、零れる。
暑いわけではないのだろう。――むしろ今のは、冷えたように、酸素を求む魚のように、口をパクパクさせ。目を泳がせて。
言葉に出したくても、なにかが詰まって言えないのであろうか。じれったさを噛みしめる中、何かしらが須藤の言葉を吐かせない。
……まるでそれを代弁するかのように、飯島は並べたてる。


「そうだね。まず先あたって白影おじ……おにーさんと両断おねーさんは大丈夫だろうね。実際鉄砲だって防いだもん。弓矢程度で死んじゃうとは思えない。
 清正おにーさんはまあ、妹花ちゃんを抱えていたとはいえども、やっぱりその程度で負けるとは思えない。そのついでに妹花ちゃんは清正おにーさんがいればまず大丈夫だったろうしね」


付け入る隙のない『仮想』だ。
清正の常人離れした超人的動きは既に早野を捕らえる一件にて確認している。
――矢程度に後れをとるような相手ではない。そうは思わせる動きであった。
須藤も図星でもつかれたのか、特に言うこともなく黙殺を続ける。
飯島の口上は続く。


「……まあ、残るは凛おにーさんだけど。凛おにーさんの場合は仮に避けれなかったとしても、清正おにーさんは無理のない動きで矢を止めれた筈なんだよ。
 きっと、あんな飛びかかる形には、ならなかったんだろうね」
「いや――言ってしまえば、配列がよくなかっただけだ。
 反対意見を言わなかったみんなもみんな……俺も含めて、不出来だったんだ」
「そうだね、そういう配列が悪かった。でもまあ、それでも責任はリーダーたるおにーさんにある。
 ……これを責任転嫁とは言わないと思うんだ。おにーさんは、そういうのも含めて、リーダー、まとめ役に回ったはずなんだから。
 それにそこは今関係無いよ、ぼくがあそこにいなかったら、って話をしてるんだから」
「……」


事実、加藤清正はその辺りの危惧を示していた。
リーダーの役目は、重たい。
そのメンバーが有能なら有能なほど、潰されやすくなる。

もっとうまいことに事を運べていたならば、こんなことにはならなかったかもしれない。
――そこを見通せなかった、リーダーの指揮力不足。
仮にそうでなかったところで、非難の声が浴びせられるのは、最終的にはリーダーになるであろう。
本来リーダーとはそういうものだ。決して漫画などで見る華麗さなど余程の事がない限りそもそもの話無理なのである。


「まあ、別にぼくは勿論おにーさんを責め立てるわけではないんだよ。不快にさせたらごめんね。
 ……で、うーんと、話を戻すけど、……そうだね、ぼくからしたら、『ぼくがいなければ』の仮定の話でみんながあの場面で怪我をする可能性は滅多にないんだよ。
 おにーさんの意見は言わなくていいよ。転んだ、とか足を捩らせたら、とかそれこそ不可視な未来なんて言われたってぼく困っちゃうもん」


例えが可愛らしい限りであったが、生憎須藤はそこまで頭を回らすことが出来ない。
全くもって、おなじ意見を抱いた以上、反論の余地もない。
……あらん限りに飯島の言い分こそが詭弁、戯言の域に達していたけれど、須藤は反抗の弾丸を込められず。
静かに――話を受け止める。


「だからさ、もういいんだよ。むしろ今だって遅いぐらいだった。……ぼくがきみに甘えていなければ、清正さんが傷つくこともなかっただろうね。
 特別ぼくがこのパーティを結成させるのになにかをしたわけじゃないし、ぼくがいなくともこのパーティはきっと形成されてたんだと思うよ。
 ――ホント、わかってたなら、ぼくもいい加減人に甘えずに、『強く』生きてればよかったのに。――だからぼくは『弱い』んだ」


一息ついたのか、「ふう」とひとつ溜息を洩らすと。
そこからは今までの捲し上げが嘘のように沈黙を貫いた。
体育座りで――須藤の言葉を待つかのように、ずっと、静かに。

しばらくたった後に。
ようやく須藤がその口を開く。
酷く、苦々しい声色で、自分がそうさせたのかな、と思うと何処か心が痛くなる飯島であったけれど。
自分の立場を思い出すと、顔を引き締めて、須藤の言葉を真摯に聞きいれる。


「…………そんなん、関係ねえよ」


飯島は、顔をあげる。
須藤の顔は、飯島からの位置では窺えなかった。
けれど飯島は想像付く。――苦虫をかみつぶしたような顔をしているんだろう。
予測以前に感覚が訴えた結論だ。

――実際、須藤はその形容が正しすぎるぐらいに、顔をしかめていた。
ただでさえ腫れて痛々しかった容貌が、さらに台無しになっている。
それでも、そんなことが気にならないぐらいに、彼は困惑して、憤慨して、様々な感情をちゃんぽんにする。


「……そんなんがどうしたッ! 俺には、俺たちのチームにはきみが必要なんだよ!!
 遥光ちゃんが疫病神だったとしても! 俺はそんなこと気にしない。護ってみせるんだ!」


……でも。
彼は彼なりに彼の信じる「正義(在り方)」を貫き通した。
『リーダー』を志願した時に発した輝かしき光(意志)が宿る。
それが誠意だと言わんばかりに、今までの沈黙なんてなかったかのように、声を張り、飯島に素直な気持ちを伝える。


――――思いが伝わるだなんて、限らない訳だけど。



「……そうだね、きっとおにーさんなら。『優し』いおにーさんならそう言ってくれると思ったよ。
 だけどね、……それはきみの意見なんじゃないかな。決して『リーダー』としての意見じゃない」


「……え?」
「チームを慮るなら、殺し合いを打倒すると考えるなら、ぼくなんて切り捨てて、少数精鋭の体制で頑張った方がよっぽど力を発揮できるんじゃないかな。
 ……ぼくに救急係なんて指名したところで、そんなのさっきみたいにロクに役立つことなんてないよ。
 教えてもらったところで、それこそ一刀両断さんの方がよっぽど役に立つんだったら、そんなのやっぱ意味ないんだよ」

飯島遥光は、それでも引かない。
一生懸命に喋って、喋り倒して、詭弁を操る。
……なにが彼女をそうまでさせるのだろうか。
彼女の言葉は止まらない。


「仮にもおにーさんは『リーダー』だ。――どっちを取るべきか、考えるまでもないよね。
 ……ぼくなんかを選んじゃダメなんだよ。……きみは、未来のために、チームを選ばなきゃダメなんだ」
「……そんなわけ」
「あるんだよ」
「…………」


言い返せない。
……確かに、飯島がいなければ戦略としても幅は広がるであろうし、互いに互いが気遣う場面もすくなることによって活き活きと動き回ることには確かになるだろう。
須藤自身、満身創痍にも似た身体状況とはいえ何もできないわけでは決してない。
護身用にトンファーだって用意されているのだ。ある程度の人間であれば戦える。
それは先の図星が、全てを物語っている。
だからって。だからと言っても――ッ!


「……そんな理屈なんてどうでもいいだろ。――俺には、きみが必要なんだよッ! 分かってくれよ!」


それこそ。
随分な言い草だと感じてこそいるけれど。
須藤の感情は、ついに爆発を迎えた。――それも、幾らか遅かったのだけれど。


ガサガサ、と。物音をたてながら飯島は立ち上がる。
大袈裟に音をたてながら、スカートについた服を払うと。
一歩、二歩と前に出て。
太陽に背を向ける形で、須藤の方を振り返ると……一蹴。

それまでの、およそ機械的で――凛としていた大人びていた声じゃない。
何処か崩れた、押せば崩れてしまいそうな、幼い声だった。
須藤は顔をあげる。


「――ごめんね。ぼくはその気持ちに応えない。――きみの我儘は通さない」



陰になって分からなかったけれど。
――――須藤には、その顔は泣いているように見えた。


タンッ、と。足音が刻まれる。


須藤の視界には、どんどんと小さくなっていく飯島の背中。
手を伸ばしても、掴むことを許されない。
立とうとしても、無力感が彼の身体を苛む。
追えばいいのに、走って追えば普通に間に合うだろうに、不思議と気力が湧かなかった。
刻々と、飯島の背中は遠ざかっていく。


「なんでだよ……なんで……」


最初っから最後まで。
意味難解なばかりであった。
唐突に何を言い出すのかと思ったら、この始末。
――今にして思えば論破のしようもあったんではないかと思えるほどの未熟な口述。


「……っんで……だよ……」


護ると決めた矢先にこの失態。
感情に任せて、地面を殴る。
感情の嵐は、しばらくやむ気配を見せなかった。


地面を思い切り叩いた拳が、実に痛かった。




 □ ■ □



人間なんて言うものはいつだって自分勝手なんだろう。
飯島遥光は思い耽る。

思い返すまでもなくイメージされるは熊本潤平の像。
――あれこそ自分勝手の極みであろう。
そんな横暴さが、内に秘めしその強暴さが飯島にとっては心地よかったのだけれど。

(ぼくは、おにーさんにたいして、ほんとうにひどいことをしたんだよね……)

忽然と広げられた離脱劇。
まるで茶番と馬鹿にされそうなほど、安っぽい台詞であった、と飯島自身至り、思わず苦笑する。

(潤ちゃんみたいには……いかないね)

潤ちゃん――流星(ブレイカー)――熊本潤平。
曰く永久の朋。曰く盟友。曰く恋人。

彼の本分、というと彼の逆鱗にでも触れそうでこそあるが、
壊し屋たる所以の、挙げれば暴力や知力もそうではあるが、それなんかよりもよっぽど手軽な攻撃手段。
……詭弁遣い……いや称されるに戯言遣いでもここでは形容しておくとでもしようか。
その類稀なるよく動く舌に、少なからず羨望はあった。
何しろ彼女とてあの饒舌な弁に何度も助けられてきた身だったのだから。
あまりにも純白な彼女には、その舌を模倣しきることは難しかったようではあるが。
彼女の本分はむしろ逆位置。

(……支えるのが、ぼくのしごとだったはずなのにね……)

彼女の本分、仕事と言えるべき全うできた仕事と言えば、サポート役他ならなかったのに。
立ち位置を崩してまで、彼女を離脱を志願した。
望んでいない害を与えてでも――彼女は戦線から身を引いた。

理由なんて簡単で。
もう既に話したことが全てである。

ただ純粋に、邪魔をこれ以上したくなかった。
これ以上パーティに入っていたって、ただの保護対象――愚か足手まといになるぐらいなのであれば、撤退するのが利口である。
まあ、究極的な話をしてしまえば揺るぎない事実なのであろう。

言い変えてしまえば、立ち向かわずに逃げた。
それは決して『強さ』でなく、『弱さ』であることなんて、百も承知であったけど。
互いに心に傷を負わすことなど理解の範疇にあったけれど。

(……潤ちゃんが、壊したくないって理由がなんとなくわかったかも……つらいね)

元より、団欒、和気藹々と言うのが大好きな彼女にとってはなおさらの話だ。
弁論としては、確かに不出来だったのかもしれない。しかしながらそれでも、攻撃的なことを言ったことは間違いない。
彼女にしてみれば、勇気を振り絞った行動なのかもしれないけれど。
良く換言するならば、彼らに未来を託した。――ともとれるけれど、独り善がり、エゴから脱していないのも彼女は知覚している。

だからこそ。
あと一歩の、振り切り。踏ん張りがつかないのであるのだ。


「はァい、そこのガキ。ストォーップ」


不思議と。
怖くはなかった。

普段ならば、こんな狼――茶と白を入り交ぜた狼が銃を構えている時点で、泡を吹いて倒れていたっておかしくない。
非常識にも程がある。
非日常にも程がある。
だけど、彼女は一歩も引くことなく、その血に飢えたような瞳を窺う。
……どう考えたって、死亡カウントダウンももうそろそろ切れるだろう。

十分に、フラグだってたっている。
――ヒーローに楯突くものは淘汰されるのが世の常。
服装を見るからに警官だと分かるこの狼に排除されるのもある意味皮肉ではなく、あるべき姿なのかもしれない。

須藤らから離れた彼女にすでに、補正などと言う便利なものは存在しない。
ただのか弱き一人の少女。――幼すぎる少女に過ぎない。


――――もう何も怖くない。そう思った。


乾いた銃声。
大きな轟音を立ててそこに一つ、落ちた。
飯島の脳天に向かって、一直線に。


(……ごめんね)


……暗転。





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最終更新:2012年12月18日 14:53