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――――Piece4◇盲信癖(猛進撃)――――
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血に濡れた少女、
天王寺深雪は当然の話だが相応の警戒心を抱いていた。
さもありなん。
目を覚ましていたら、覚えのない人間が眼前にいて自らはどうも違う場所に運ばれている、終いには手首を縛られていると来た。
このことを知ったら彼女じゃなくとも恐慌の一抹ぐらい抱くだろう。
丹羽雄二とて同様の理解を得ている。
彼とて鈍感ではない。――少女が恐怖を抱くことなど予想済み。
故に出来る限り怖がらすまいと、チェーンソー含め武器と言える武器はディパックに仕舞っていたのだが。
どうにもあまり効果はないとみた。丹羽はそれも仕方ないか、と適当に済ますが見方によっては適切な判断でもあった。
しかしこのまま黙っていてもしょうがない。
判断に辿りついた丹羽は天王寺に向かって彼なりの優しさを出来る限り体現したような口調で話しかけた。
「……んで、天王寺は」
「…………」
勢いよく怪訝さが増幅していた。
あまりの不自然さに天王寺の本能が危険だと察したのだろうか。
丹羽も悟ったのか一つ息を吐くと普通の声で話を続ける。
「そんでだよ、天王寺とやら……。……おまえはあそこで何を見た……」
「あそこって……」
「決まってんだろ、隣の住宅――つってもわからんか。あれだ、茶と白が混じった様な狼ともう一人死んでいった男。そしておまえの三人。
おまえらはあの家のリビングでなにをしてきた。……あ、言っとくが下手な嘘はつかない方がいいよ。俺はあの場面に実を言うと遭遇してたからな」
「…………っ! ……別に」
明らかな挙動不審。
彼女が目指すところの『殺戮機械』とはおよそ程遠い。
今更になってぶり返す気持ちの悪い感触。
ナイフを人体に刺したあの感触。ゴムを貫くのとではわけが違う。
つい先ほどまで牧歌的とは縁がない会話とはいえ、会話をしていた人間を刺す――行為そのものに感じる、怖くなかったはずの罪悪感。
よもや一度は恐怖でたじろいだほどの相手を討ち取ったのだ。本来であれば、彼女はここで喜ぶべきだった。
――阿見音様のために貢献できた、と。
なりふり構わず笑い過ごせばどれだけよかったことなのだろう。
しかし彼女は、笑えない。
思い返したところで、彼女にとっての笑える要素など何一つない。
冷酷さに特化したとは、何を間違っても言えない行い。
『機械らしさ』なんていうものは、やはりどこにもない。
あるのは謂えて――『人間らしさ』。何処までも現実は皮肉なものであった。
最終的に、思い出しては身を震わすしか、彼女は行動を起こせない。
これがゲームのキャラであったら、所謂バグというやつなのか。……きっと違うのだろうけど。
人間として、正常通り動いている感情に、故障などどこにもないのだ。
丹羽が感付くのに、時間など無用。
声は愚か、肩も明白に震わす天王寺を見て、彼女も被害者の一員ではないと悟る。
無論のこと、死体そのものを思い出して恐怖に打ちひしがれてる、とも考えられなくもないが、それなら「別に」などと言うあからさまな隠し文句をいう必要を感じない。
丹羽ならば、と考えた時、する行為はむしろ逆。少しでも他人に悲痛の声を吐き捨てて、自分の心を楽にしたいと考える――というよりも考える余裕もなく吐き捨てているだろう。
――あの男の加害者であると同時に、この無情なる現実の被害者側と判断するには、彼なりに材料は揃っているようだ。
とはいえ、ここで焦るのは良くない。
どちらが有利かだなんて自明の理。
それこそ彼が『最期』に出遭ったようなロボットじゃない限り、まだ交流を試みて損はない。
――言葉が通じるのであれば、急ぐ必要性はまだ存在しない。
ゆっくりと、問いただす。
「……別に、ってことはないはずだ。あそこで人が一人死んでるんだ。天王寺が関係無いことはないはずだよ」
「……私が何かしたって言うなら、あなたはどうするの?」
それは親からの仕置きを怖がるような子供の態度そのもの。
恐る恐るといった形で、威厳の片鱗なんてどこにもない。
――丹羽が出遭ったロボットと、彼女の『機械らしさ』を比べるのもあまりに過酷なことだけれど、丹羽もちょっと拍子抜けしてしまう。
所詮は子供。
何を目的に生きて、殺して、今ここにいるのかはわからないけれど、精神的な年齢は子供そのものであった。
ならば。
ならば丹羽にとっても話は簡単だ。
「別にどうもしないさ。――強いて言うなら俺の監視下に置かせてもらう。危険な奴を野放しにできるほど俺も馬鹿じゃないからな」
ただ一つ。
天王寺深雪の心を少しでも緩めれてあげれば、そう思う。
……無論として、自分が襲われないためだとか、河田にこのまま会わせたくないだとか。
理由としては沢山あるのだけれど――同時に、丹羽の甘さともいえる優しさがそこに宿る。
――優しさを知らない少女には、優しさを教えるべきである。
否、本来の優しさを表せない少女には、優しさの表し方を教えるべきである。
「そしたら、あなたは私に絶対に襲われる。適当な石でも拾ったら、私は絶対に貴方を殺す」
「やってみろよ――生憎だがそこで殺されるほど俺もお人好しじゃねえし、なにより天王寺に俺は殺せない」
「……何を根拠に」
「人一人殺した程度で、そんな震えているお人好しに、俺は殺されたりはしない。おまえは誰も殺せやしない」
丹羽も、人の事を言えるのだろうか。
数時間前に感じた、何が正しいのか分からなくなる自分に対する不信感。
早野に対して、言えなかったわだかまりが、再度自らの前に顕現する。
――はたして、そうなのか。実際人を一人殺したであろう人間が、躊躇うのか。
正義ぶっている自分が、本当に正しいのか――間違ってはいないのか。
天王寺は、喚いた。
「私はお人好しなんかじゃない! 阿見音様の為に! 私は全員殺すんだッ!!」
「…………」
耽る。
少女の剣幕に押された訳ではない。
違う、そうじゃない。
丹羽は、途中出てきた人物の名前に注視する。
阿見音様――様は敬称であろうから阿見音――名簿を見るに恐らく
阿見音弘之。
この人物が、恐らく天王寺と言う幼く身柄を、いいように改造し(いじくっ)たのだろう。
こんな、人殺しを強要させられるような、幼児離れした思考回路を植え付けたのだろうことが優に予想付く。
もしかすると彼女らの間にも何かそれを上回る事情があったのかもしれなかった。
でもだ。だったとしてもだ。それはやはり丹羽からしてみれば、
(……胸糞悪いな……)
許せれる話であるとは限らない。
別にこれが幼児だから、というわけでもないが、それでもこんな幼き子供に常人離れした考え方を叩きこんだ存在を許せるはずもない。
――
河田遥風に言うのであれば、絶対不許。
それは正義感だとかいう話より、モラルだとか社会常識だとかそんな域の議題に感じた。
……先ほどまで悩んでいたことがどうでもよくなるぐらいに、彼は怒りを覚えた。
何が正義だとか、何が正しいだとか。
そんな道理を踏みにじるかのように、阿見音という男は狂っているのだろう。
およそ先入観も入り乱れた勝手な憶測にすぎなかったが、その一言と、今までの天王寺の姿だけ見てこの結論。
そこまで考察して、打ち切った。
彼は何も阿見音という人物をどうこうするつもりなどないし、するにしたって考え過ぎだ。
良心の呵責か、自己嫌悪か。はたまた煮詰ったのか。
理由はどうであれ、これ以上、『今』は関係ない阿見音のことを考えるのはいただけない。
彼の言葉がようやく発せられる。
「それで……阿見音とかいう奴が喜ぶと思ってんのかよ」
よくもまあのうのうとそんな戯言が吐けるものだ、と丹羽自身で愕然とする。
つい先ほどまで悪く考えていたのだが、手のひら返して『善人』として扱う。
立派な嘘つきだ。
――数時間前に抱いた疑念は、どうやら解へと結びついたようだ。
(……まったくもって、俺には糾弾する権利なんてないよな……)
天王寺は考える態度など一切見せずに。
反射ともいえるべき速度で、丹羽への返答を返した。
瞳には、よほど丹羽の瞳よりも確固たる意志「だけ」は秘められている
「信ずる者こそ救われる、そして戦った者こそ多くの救いを敷くことができる。――それが私たち。だから私は、阿見音様を信じる。――戦う」
宗教と言うのは厄介だ。
いや、この言い方は些か適切ではない。
宗教性の薄いと思われがちな日本でも、普段の日常生活に置いて宗教に接する機会は少なからずある。
たとえばクリスマス。
意味合いは非常に変わり果ててしまっているが元を辿ればキリスト教。
日本には様々な宗教――仏教にしろキリスト教にしろ――錯綜しているが、それでも宗教に馴染んでいる。
故にここでは宗教と言うのは適切ではないだろう。
狂信者。
文字通り、狂ったまでに信じる者が、厄介なのだ。
この場合、天王寺深雪はそれだ。
阿見音という男を、盲目的に信じてやまない。
人を殺せと命じられたら――人を殺そうとするほどに。――殺『そう』とするほどに。
「……なんで、天王寺はそこまで阿見音ってやつを崇める? 人を殺『す』までに」
「…………」
一瞬詰まる。
そうなのだ、天王寺は既に一人の参加者を殺したのだ。
本人の内奥から湧き出た殺意が、そうさせた。
決心が、追いつかないままに一人の参加者を殺した。
……何故だか、湧き立つはずもないのに、天王寺は悲しさを身に浴びる。
覚悟した上の殺害行為。
錯乱しての殺害だったとはいえども、元より彼女はそのつもりだった。
なのにどうしてこうも戸惑うのか。
もっと胸を張って、言い切ればいいじゃないか。
この男に殺されるかもしれないという恐怖心が勝っているのだろうか?
ううん、とそこまで天王寺は考えた辺りで打ち切って、否定する。
彼女は元より阿見音の為ならば死ねるような人間だ。
名誉ある殉職であれば、喜んで買いでるような常軌を逸した人間である。
そのつもりであったのに。
……何を恐れるのだろうか。天王寺自身、疑問ばかりが湧いて出る。
何故だか不安になる。
これは本当に正しいことなのか。疼く思いは容赦なく心を叩く。
阿見音は天王寺のコウイを望んでいるのか。このコウイは本当に正しいのか、不安になる。
故に自分自身を確かめるように。
自己を保つように、アイデンティティを振り返るために。
丹羽の問いに答える。自分が正しいと、再び言い聞かせるために。
「私はあの人に助けられた。だから、その恩義に応えるのは当然のこと」
そうだった、と思い出した訳ではないが、再認識する。
天王寺は、阿見音に恩義を尽くす――責任がある、と。
その一方で、丹羽はやはり首を傾げるほかない。
助けてもらったから、他者を殺す。
そんなのは、正しいと言えるのか。可能性としてでも、存在するのか。
――存在は、するのだろうし、あながち間違ってもいないのだろう。現に目の前に、その理論を貫く少女がいる。
ただ、正しいのか。
たとえば、河田遥。
恩着せがましい言い方にはなるが、あの少女は、丹羽に助けられた存在だ。
丹羽としてもその自覚はあるし、あるが故に、放って置けないのであるのだが、ともあれ。
その場合の河田遥の行動指針を考えてみる。
仮に天王寺の弁を通したとしての、河田の行動。
――丹羽の為に、河田はなりふり構わず他の参加者を殺している。
(……あり得ない)
考察した次の瞬間には、その案を葬った。
それぐらいに分かりやすく、河田は好き好んで人を殺せるような、人間ではなかった。
――自らの、丹羽雄二と言う人間と、ロボットのような男を殺した時の顔を思い返せば、あまりにも分かりきっていたこと。
じゃあ、と。
先ほどあった青髪の若者に対しての自分はどうなのだろうか。
結果からしたら、丹羽はあの男に命を救われたも同然なのだ。
故にあの男の為に、人殺しに奔走するのか。
(……それはねえよな……)
同じく、思いついた瞬間に取り下げる。
確かに見逃してもらったとはいえども、だからといってそうとはならない。
理論だとか言う前に、感覚としてそれはおかしかった。矛盾といっても過言じゃないほど、おかしな行動である。
なら、天王寺ならばその理屈はまかり通るのか。
阿見音に助けてもらったからと謂って、人殺しを正当化する。
はたして、正しいのか。
……。
いや、その答えはあまりにも。
「そんな理屈、通らないよ」
明瞭だった。
「お前は人を殺した。それは確かだし、俺としてもそれを許す気はさらさらねえ。でも過ぎたもんは過ぎたもんだ。
これ以上俺からとやかく言われたところで、お前はうざったらしく思うかもしれねえな」
「…………」
ふと丹羽は胡坐から、近くに在った椅子へと座り直して、目線を天王寺の高さと合わせた。
その行為に、不思議と天王寺は息を飲んだ。澄んだ瞳は、眠たそうに濁った丹羽の瞳と、ぶつかった。
丹羽の言葉は続いた。
「でも、人を殺す理由に人を使うな。それも恩人を。自分の行動ぐらい、自分で責任とれよ」
それ以外にも、様々な考えが交錯したものだが、それでも丹羽の中でこの考えが際立った。
先に挙げた例でいうならば、河田が仮に人を殺していたとしても、丹羽の所為だと思うと、それは居た堪れなかった。
責任転嫁だとかそういう話ではなく、純粋に、自分の存在が河田を殺人鬼に変えたと、苦しくて仕方なかった。
天王寺の顔が、変わった。
思わず、天王寺の思考は弾けた。
その言を受け入れてしまったのなら、自分の価値が――なくなるから。
利用されるしか能がない天王寺にとって、その言葉は、耳に痛かった。
「俺からのアドバイスだ、阿見音という人物が大事なら、守った方がいい。それは確かだ。――――"何を犠牲にしても"守り通すくらいの覚悟も、もってもいいんだと思う。
だけど、お前が最悪の方法を執ったりなんかしたら、きっと阿見音は《憎む》よ。お前の事 」
奇しくもそれは、阿見音という男が河田に向けた言葉の正反対のものだ。
阿見音と言う男を訝しげに考える丹羽からしてみたら、本当に憎むかも理解しえない。
だけど、丹羽だったらいい気はしないから。
この場では、そう天王寺に訴えた。
――その言葉に天王寺は、唸った。
「そんなことない……お前に何がわかるッッ!」
心からの言葉であり、何故だか阿見音と言う人間まで馬鹿にされたような錯覚を覚え。
本能から直結して、言葉となって放たれた。
その信愛はそれほどまでに確固たるものであり、敬愛は計り知ることのできないほどに、膨大だった。
中学生ほどとは思えないほどの鬼のような気迫を纏った言葉に多少威圧される。
……だが、ここで小学生にビビり負けるほど丹羽と言う男も腐ってはおらず、一笑すると、答えた。
「何も知らねえよ。だから一般論を述べただけだ。――悪いが俺は人に説くほど立派な人間でもねえし、悟ってもねえよ。だけどな。少なくても俺は、そう思うんだよ」
それでも丹羽の答えは丹羽の答えで。
天王寺がいくら言おうとも揺るがすつもりは毛頭なかった。
そしてそれは。逆の立場も然り。
「それは違う……! 違う違う違う!! 私は阿見音様のために動きたいから動くんだ! それが私の答え! いけないのか」
「それはお前の答えじゃないだろ。阿見音とかいう奴が用意しただけの答えだ。納得もいかない命令に従うな」
「うるさいっ! 私は――私は! 阿見音様のためだけに……」
その声自体、震えていた。
強がり以外の何者でもないことぐらい、察しれた。
どんなに背伸びしようとも、やはり子供は、子供なのだ。
(……なんだよ、はぁ)
思わず息つくと、濁った瞳は逸らさぬままに、自らのディパックより一本のダガーと、銃を取り出し、椅子から立ち上がる。
「……っ」
縛られているなりに臨戦体勢を構えて、緊張で喉を鳴らす天王寺。
しかしそんな心配をよそに、丹羽がしたことは極めて無害なもの――むしろ天王寺に好機を与えるものだった。
のこのこと近づくと、天王寺の手足を縛っていたタオルをダガーでさらに裂き、ダガーをソファに突き刺した。
「…………?」
行動の意図が読めない。
その不安が、脳を支配する。
それでも丹羽の顔は変化の兆しを見せず、淡々としたもので。
――口が動く。
「あぁもうわかった。お前は阿見音とやらに尽くす。十分理解できた。――なら試しに天王寺深雪」
銃を地面に置く。
手を頭の後ろに回す。
分かりやすい降伏ポーズのまま、気だるそうな瞳は揺るがず。
坦々と吐き捨てる。
「そのナイフで、俺を殺してみろよ」
安っぽい、挑発を。
□ 天王寺深雪 □
私にとっての阿見音様――阿見音弘之様は。
掛け替えのない存在であり、無類の恩人であり、私が尽くすべき唯一の人間だ。
とある雪の日。
あの人が私を拾ってくれたその時からの恩義を果たすべく、今日までの私がいて、今からの私だっている。
とてもじゃないが、代替のつかない素晴らしき人間であることなんて、もうとっくの前に。
十年か。二十年か。或いは百年か。はたまた一億年と二千年前からか、ともあれ、私は知っている。
知らないわけが、なかった。
この恩義を忘れるだなんてことは、未来永劫絶対にない。
故に私が信念を曲げることも、未来永劫絶対にない。
阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様
阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様
阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様阿見音様。
心象で阿見音様を思い浮かばせ、私の気持ちを確固たるものにする。
人を殺したからなんだ。
人を殺したからなんだ。
ひとをころしたからなんだというんだろう。
私は例え間違っていた事をしていたんだとしても。
後悔なんてしない。後悔なんてあるわけない。
阿見音様に尽くせたと思うと、私の行動は決して無駄ではない。
むしろ大きくプラスに傾いたんだ。なにせあんなに変な、理解不能な男を始末出来たのだから。
なにも、おかしいところなんてない。
強いて言うならあの狼みたいな変な生き物を始末できず、倒れてしまったのは反省すべき点だった。
けれど私はそれに上回る功績を挙げた。
自分で自分を誉めてもいい様な、れっきとした快挙なんだ。
私は今ここで死んだって悔いはない。
――いや、悔いはある。最後まで阿見音様の御供をできなかったことや、参加人数を考えれば過不足な始末人数。
けれど阿見音様のために尽くし、阿見音様のために燃え尽きたことに遺憾の意を示すことなんて、ない。
どうやら、この男は私の
鬼一樹月殺害現場に居合わせていたそうだし、みすみす見逃してもらえるとは思えない。
ならば殉職でも、差支えない。最期まで阿見音様のために尽くせたという最大の勲章を手に入れることで、私は満足なんだ。
あとはどうか阿見音様が死なない様に――そう願うだけ。もはや私には抗いの余地すらない。手足を縛られ、武装を持っていかれた以上、私に太刀打ちできる隙はない。
まったくもって、嬉しい限りだ。私は死にますが、どうかご無事でいてください。
――――と、思っていたのはつい先程までの事。
「そのナイフで、俺を殺してみろよ」
――え?
と言葉になりそうだったのを、ぐっ…っと必死に咽喉で堪える。
男は私の近くにダガーを刺し、五歩ほど下がり、銃を置いて手を挙げる。
さながら――いや紛うことなき降伏のポーズ。
理解不能だった。
しかも私の拘束まで解き切って。
まるで私に殺されたい、というパワフルマゾヒスティック思考というよりも、超弩級自殺志願症であるかのよう。
しかしそれにしては、まるで陰鬱な覇気もない。
「どうした? 足でも痺れたか?」
にぃっ、っと物凄く不器用で引きつってるようにも見える――だけど一番最初に見せたそれよりかは、だいぶ自然で素敵な笑み。
一見して爽やかな好青年にも見える
それでいて、「俺を殺せ」と命令してきた。
もう一度言う、理解不能だった。
完全に私をおちょくっているかのような態度だった。いや、ようなではない。おちょくっている態度だ。
この男が何かしらの体術に秀でていて、それ故に小学生ぐらいの私にダガー一本持たせたところで、返り討ちなど余裕である。そうであるなら理解はし難いが納得はいく。
だが、男は違った。丹羽雄二だとか名乗っていた男は違ってしまった。
「あ? 信用ならないのか。ならいいよ。座ってやる」
座った。再び胡坐を掻いて、座った。
――訂正、理解不能プラス気味が悪い。
この男は知っているはずだ。
私が鬼一樹月さんを殺したことを、知っているはずだ。
私が人を殺せることを知ってなお――何故このような態度を示す?
生憎ながら私のデータベースには、載っていないきみの悪い行動パターン。
…………。
…………いや。
「――きゃははは」
笑い声を挙げて、馴染みはないが特別不慣れでもないダガーを握って、ソファから抜き出した。
そう、殺せばいいのだ。
殺せば今考えていたことが、すべて『無用』という形で処理できるじゃない。
私は絶体絶命のピンチから無事脱出し、丹羽という男を殺すことに成功する。まさしく一石二鳥。
殺せばいい。
殺せば解決する。
殺せば全て片付く。
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――――。
自分の体に鞭打って、ベットから降り立ち上がる。
どうやら寝違えたり、変な場所を痛めたことはなさそう。
改めて男の風姿を見定める。
全体的には気の感じれない、眠たげで怠惰なオーラ。
極端と言うほどではないが腕にばかり集まった筋肉をみると、事務業ではない力仕事。
工事現場や工場で働いている人なのかもしれない。眠たげな視線が、まるで働き者とは思わせないけれど。かといって自殺志願にも見えないわけだ。不思議。
と、見回している内に気付く。
この男、一向として私の瞳から視線をずらそうとしない。
感覚としては、「ジロジロ」っていうよりも、「ジーッ」みたいな?
思わずうろたえる。
瞳からは、眠気と反して一切の諦めや闇を見出せない。
自ら殺害を要求しといて、その視線を向けられると、どうにも居心地が悪い。――まるで私が殺さないと信じているかのような、そんな瞳が――痛い。
……?
痛い? なんで痛いの?
どの道私は今からこの男を殺す。同情の余地を与えてはいけない。
分かっているし、行動に示しているはずだ。――なのにどうしてこんなに痛いの? こんなに苦しいの?
私はこれからも人を殺さなくちゃいけない。阿見音様の為に。きっとそれはこの殺し合いに関わらず、だ。
「……殺せないよ。おまえには」
ふとこの男は漏らした。
私の瞳を貫いたまま、確固たる意志を秘めてそう呟いた。
おかしな事を言う。
私は現に一人殺したし、これからダガーをもって殺そうとしているのに。
殺せないわけがない。どう足掻いたところで、しくじるわけがない。
なのにこの男は、殺せないと断言した。先ほどまで感じられた眠気など霧散して。
この男は何をもって、私を信じているのだろう。
よもや私の良心に期待しているのか。だとしたら最高に滑稽だ。――そんなもん、とうの昔に私の中には存在しないのだから。
「そんなわけない。私は今からおまえを望み通り殺す」
「だったらさっさとやれよ。お前に良心や優しさなんてもんがないんだとしたら、とっとと殺せよ」
言われなくても殺します。
私はあなたを殺します。揺るがない。
あなたが何を言おうとも、何を信じようとも、何をモットーとしてようとも。
私は阿見音様の為に、丹羽雄二。あなたを殺す。
できる限りに的確に、あらん限りに綿密に――仕損じなく殺害する。
「でも、おまえはできないよ。――俺はそう思っとく」
だから。
だからそんなことを言わないでください。
私は阿見音様の為に彼を殺す。
私を信じる彼を殺す。
どこにも慈悲のかけようのない私を信じて殺す。
妄信してる彼を、妄信している私が殺す。
殺す――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
繰り返す。繰り返して、意志を固めても、どうにも意志が定まらない。
普段なら簡単にできることが、甚く難しい。
痛い。
どうしてだろう。
どうしてこうも胸が締め付けられるんだろう。
理解不能だ。――今度は自分自身に。
痛い。
ギリギリと心が抉られていく。締めつけられていく。
違う、私が求めているのはこうじゃない。
こんな気持ちじゃない。もっと冷たく、冷血な、無残な、不様な殺意だ。
私に生きる意味をくれた人。
阿見音様の為に、私は誰でも殺すし、誰でも不幸にする。
なのに。わたしは、どうしてこんなに。
「――じゃあ、殺(や)れよ」
なのに。なのにどうして阿見音様以外の人間に、こんなにも温かな感情を抱くんだろう。
信頼に満ちただけのただの言葉が、どうしてこんなに。
――――嬉しいんだろう?
「う、うぅぅううう……」
唸っていた。
知らず知らずのうちに唸っていた。
壊れていく。
《――――ころせ》
ここでこいつを殺さなければ私のアイデンティティが崩れ去る。
阿見音様に使えるという、白鷺教としてのキャラクターが、脆くも屠られようとしている。
なのにどうして後一歩が踏み出せない。
踏み出さなくちゃいけないのにもかかわらず、歩みが滞る。
ここで不可解で不愉快な戯言(ノイズ)を叩きだす蓄音機(この男)を殺さなきゃ、私はこわれる。
阿見音様のために尽くすという『私』が、崩れ去る。
怖かった。
そんな現実が待ち構えていると思うと怖くて仕方がない。
――だけどそれとおなじほどに、彼を殺すという行為も底しれぬ怖さがあった。
なんでだろう。
なんでこんな有り触れたような男に、こんな気持ちを抱かなければいけないんだろう。
《――――ころせ》
手に残った人肉の感触が脳を刺激する。
鬼一樹月を殺した時の感触が支配する。
カニバリズム信仰なんてない私には、その感触が耐えるに堪えない。
気持ち悪く気色悪い感覚が、今まで感じることのなかった露悪的な感触が蘇り、ダガーを握る右手を震わす。
震えた剣先の焦点がことごとくずれて、なかなか攻撃へと、殺害へとシフトしない。無論、この男は一歩たりとも動いていない、一挙一動たりともしていない。
なのに私の剣先は、彼の額を、目玉を、喉を、心臓を、腕を、腹を、足を、髪すらをも焦点として合わせれない。
――今までの破壊活動で、こんな風になったことなんてないのに。――鬼一樹月の刺殺を思い出しては、言い表せない悪寒がゾクリと肌を舐める。
――阿見音様の為に、阿見音様の為に。
言い聞かせるが、私を再び衝動的に動かすことはできなかった。
――殺せ、殺せ。
言い聞かせるが、脳裡で拒絶反応を引き起こす。
《――――ころせ/ころせない》
ダガーを落とす。
落とす、というよりも落ちた。
何故? 理由がわからない。
けれど再び握ろうとも思えない。
阿見音に尽くす、その一心で今まで私は戦ってきた。
それはこの殺し合いが始まる前からも、彼に拾われてきたときからずっと。
そして、揺るがない目標であり、目的であったのに。
離反する理由がわからない。
離反する理由はないはずなのに。
遅れて、ダガーが落ちる音がした。カチンと冷たい音。
その瞬間、曇っていた私の視界が、荒波に流され、クリアとなった。
モノトーンになっていた景色に、色が取り戻される。
「……」
刹那。突きささる。
見透かした様な、男の瞳。
なにが、私の何処に同情の余地があったんだろう。
信頼できる根拠も論拠も証拠もどこにもないのに、私のなにが男をそこまでさせたのだろう。
この気持ち悪いほどに心地いい、温かい、理解し難い信頼はどこから湧いて出たのだろうか。
そしてどうしてこうも、私は――。
「お前は、俺を――もう誰も殺せないよ」
簡単なんだろう。
思えばそれは、最初からだけど。
あの日――雪の日に、阿見音様に拾われた日からずっと。
私は――阿見音様の期待を裏切ったのに、底の方から安堵が湧き出ていて、最高に、惨めだ。
惨めで、教徒失格で、こんな無様な様が阿見音様にばれたら、もう一生口を利いてくれないのかもしれない。――それでも。
それでも、どこか心温まる自分がいることを偽ることが出来なくて。
私の心(盲信癖)は、この場をもって、決壊した。
《――――ころせない》
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最終更新:2012年12月18日 14:59