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――――Piece7◇奔走疾駆(本望チック)――――
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ところで、この二人をお忘れになってはいないだろうか。
ぼかす必要性もないので早々にあげてしまえば、
狭山雪子と
東奔西走だ。
《変哲もない人間》と、《四字熟語》。
しかしてその一行は、市街地へと足を向けていた。
際立って理由はない。必要性もない。――しかし彼らには、そちらの方へと足を運ばなければならない、謂わば義務感があった。
知っての通り、かはこちらからは存じ上げないが、東奔西走には能力――って謂いようにもよるがデメリットがある。
《東西そのどちらかにしか動けない》。そんな能力。いや、正しく言うとそれは本人の意思に干渉されず発動し続ける為に、もはや体質とも換言できる。
東奔西走という四字熟語の意味から考えれば、無慈悲なほどに正反対の能力であるが、当の本人の強さを顧みれば然るべき制限であるのかもしれない。
ともあれ、彼がそういう運命の下で戦わざるを得なくなった以上、そのことを度外視する訳にも当然いかない。
無意識に連行されていた狭山雪子とて同じこと。一人で行動できるならいざ知らず、狭山雪子にはそれに値する勇気も実力も兼ね備わっていなかった。
ならば、二人共々東西のどちらかに進むしかなく。結果として、神社の西に存在していた市街地へと、足を運ぶこととなったのだ。
何故東へ行かなかったのか。簡単だ。
――東へ向かえば、先ほどの二人に出遭う確率が極めて高くなるからに他ならない。
ジャック・ザ・リッパー。――そして
行木団平。
このバトルロワイアル屈指の曲者の異端者であり、同時に実力者。
分かりやすく悪漢していたジャックはもとより、正義ぶっていた行木に東奔西走は危惧――狭山雪子は、恐怖していた。
狭山が瞳で捉えた、獲物を狙う獰猛かつ空虚なる瞳。如何にも舌なめずりでもしそうなほど牙を向いた殺意。
能ある鷹は爪を隠すとはよく謂われる諺であるが、それをひしひしと感じたあの瞬間に置いて、狭山にとっての行木は、残念、残酷ながら味方ではなくなった。
敵であるかと謂えば答えはまた違ってくるのであろうけれど――実質命の恩人には変わりはないわけで。
会いたいかという質問においても、答えは違う。
出来ることならば会いたくない。それが東奔西走の答えであると同時に、狭山の答えでもあった。
多分、このまま会ったら、命の恩人に対して、無礼な態度をとってしまいそうだから。
それも恐らく狭山自身の身勝手で。――お礼をするなら、また後で。――怖いと感じるなら、克服してから。
そういった、狭山からの最低限な優しさではあった。
一度恐怖したものに対する恐怖を払拭するのは、簡単なことでは決してないのだ。
そういう思考経路の後に、二人で話し合った結果、最終的には市街地に向かうという結論に落ち着いた。
というわけで。
視点を現状における二人へともっていこう。
狭山が目覚めるに至るまでの物語は実に明快なものでいて、語るまでもない。
東奔西走の歩みの振動によって浅き眠りから目覚め、特に不和もなく協力関係が築かれ、今に至る。
「ふむ、悪くはない」
「そうですね、普段の街並みみたいですね」
「城壁なんてなければより一層そうなっとるんじゃがのう」
「そうですね」
狭山の頭の中では、東西にしか動けない東奔西走が、城壁に阻まれ市街地には入れなかった際、
わざわざ東奔西走を引っ張って、ここの入り口にまで辿りついた、つい先ほどまでの情景がリフレインされては、溜息を吐く。
「悪かったの」
そんな狭山を見て、申し訳なさそうに謝罪を述べる東奔西走。
狭山はそれを丁重にいなした。謝られてもそもそも東奔西走には非がない訳で、責めようがないし、そもそも責めるような話ではなかった。
助けられたも同然の東奔西走に対して、こんなことで非難を浴びせているようでは、それこそ申し訳なく感じる狭山である。
さしあたって会話のない行進。
そもそも老人と高校生にも満たない少女。
話題の焦点が合うこともそうはない。バトルロワイアルですべき情報交換は、既に終えている。
雑談のしようがない。
いや、別にしようと思えばできるのだ。
狭山雪子で言うなら、級友の話であるとか、自分について語ったりだとか。
東奔西走で言うなら、四字熟語の話であるとか、自分について語ったりだとか。
――ただ、一言で言うなら、そういう気分に二人はなれなかった。
理由は明快。
狭山雪子で言うなら、先の争いですり減った精神では、会話する気力がなかったため。
東奔西走で言うなら、それに対する気づかい。加え先の通り会話の発端がいまいち掴みきれないこと。
ジェネレーションギャップ、とはまた違うのだろうが、それでもなんの共有点をもたなかった彼女らの壁が狭まることは思いのほかなかった。
東奔西走はふと感じていた。
前の殺し合いで、
切磋琢磨と言う共有点のある人物に早々から出会えたことが、どれだけ幸せなことだったのだろう、と。
無論ながら狭山を助けるべく動いたことに後悔はしていないのだが、だからといってこの調子は、居心地が悪いのもまた事実。
不協和音ではない、気まずさを醸し出しつつ。
その時はやってきた。理不尽に、無差別に。
ビィイイイイイイイイイイイイイイ――――
けたたましく鳴るアラーム音。
甲高く鳴り響くその音は、さながら救援を求めているサイレン――。
「これは……ブザーの音……ですかね?」
「……じゃな」
これはそのまま、救援を呼ぶ声だ。
悪戯の可能性も恐らく低い。――ここでそのようなことを悪戯でするには、あまりにも迂闊。
きっとそのことはここにいる誰もがわかっていることだろう。
それとはまた別に、俗称マーダーが愚かな人間を引き寄せる為に使っている可能性も重々にある。
二人とて、それがわからないほど愚かではない――故の、焦燥。
「……どうします?」
「どう、といっても困ったもんじゃのう」
狭山の問いに、東奔西走は曖昧な返事を残す。
両者ともに、濁った言葉のまま、数秒が経つ。
狭山雪子は思う。
私一人なら、怖くて、多分向かわず逃げるだろう。
けれど東奔西走さんは向かって、確かめるぐらいはするだろう、と。
東奔西走は思う。
わしなら、とりあえず向かってから判断を下すじゃろう。
けれどユキコは怯えて、向かおうとは思わないだろう、と。
互いが互いをそれなりに理解して。
事実、互いが思いそうな事をずばりと言い当てた。
しかし、その先をどうすればいいかが分からない。
中途半端に理解が出来る為に、中途半端に相手を尊重したくなる気持ちが湧いて出る。
「……とりあえず、向かってみましょうか」
「あ、ああ……。お主がそれでいいならいいんじゃが……」
「なら、方角は西の方ですし急ぎましょう」
この場においては、狭山が早々と手をひいて、特になにが起きるわけでもなく落ちついた。
やり辛さが残る空気のまま、彼らは足早に無言のままの救援、或いは傍観へと向かう。
狭山は、内心で、想いを秘めている。
不満感、ではないのだろう。これを不満と言うのはただの我儘に過ぎない事ぐらい察している。
しかし狭山は、噛みしめる。秘めたる思いを、何度も何度も噛みしめる。
――知り合いが隣にいてほしい、と。
ただそれだけの単純な願い。それでも、とても強い願い。
別段、東奔西走とは話の通じない相手ではない。
おそらく普段の状態で二人が話し合うことになれば、それなりには、話が出来るのだろう。
現に東奔西走――否、××××は元々《四字熟語》に襲名される前は、道場を営み、
そこへ通う子供たちと和気藹々とやっていたのだ。子供の扱いも、決して不慣れではない。
しかし、今は普段ではない。むしろ普段とは、大きくかけ離れていた。
バトルロワイアル。――殺し合い。荒んだ冷たい空気に、必然的に晒される露悪趣味な、最低最悪の催し。
つい先ほど、狭山はその冷風を浴びたばっかりだった。暴食と無双劇場によるそれだ。
少しでも、いつもの温もりを、欲したくなるのもまた、然るべき流れ。
日常とは、気付きづらいものだが、とてもありがたいものである。
当然と言えば当然だし、考えるまでもないから考えたことのないこと。
故に今になって、狭山はそのことを、不明瞭ながらに思い至る。感情としてではなく、――彼女も知りえない本心が、痛感する。
だからこそ、せめてもの救いとして、アラームの先に――よく知る顔がいることを、狭山は願った。
□ ■ □
結論から言うと、そこにはその顔触れはなかった。
あったのは、
瀬戸麗華でも須藤凛でも
浅倉翔でもない。
――――見知らぬ顔だった。
「ちょ、ちょっと丹羽さん! 私はどうすればい――――」
「悪いけど黙って! こいつ正気の沙汰じゃねえぞ……っ!」
「…………」
一に、防犯ブザーを押し続ける白いワンピースを身に纏った白銀の女の子。
二に、その少女の手を取り、逃げ続けるパーカーの青年。
三に、クロスボウを手に青年らを射ち殺そうと矢を射抜く紅色の狐。
人目を着けさせるのが目的なのか、丹羽と呼ばれた男たちは路地裏には逃げようとしない。
相手の獲物がクロスボウであれば、まだ逃げる余裕は出来ているようだった。
「……ユキコ」
「……わかってます」
その様子を目撃した東奔西走は、差分一秒にも満たないと言っても過言でないほど瞬間的に、判決を下した。
狭山も、そうくるであろうことは予想付いていたのか、とりわけ驚いた様子もなく、受け入れた。
東奔西走の強さは、ここに至るまでの過程で、実を言うと見せてもらっていた。故に、その点に関しての心配は、狭山は抱いていない。
――それに、無双劇場のような、過剰な強さ故の、過剰な『正義』を行使したりしないだろう、と信頼を置くことは出来ている。
狭山は頷くと、紅色の狐――
小神さくらが、東奔西走のレール上に立つように、東奔西走を引っ張って、盤上に立たせる。
不自由な身体に申し訳なさを覚えつつ、東奔西走の瞳には、戦意が籠りはじめていた。
殺意ではなく――闘志。ここには明瞭なる差が生じてくる。
神社のそれで狭山が体感したそれとは違う。
狂気や悪意は感じられない、温かな瞳である。
無双劇場のような、自意識ありきの《冷酷な正義》とは違う――《温厚なる正義》。
「頑張ってください」
「無論じゃ」
凛と返す。
張りのある声は自身に満ち溢れている――というわけでは生憎ない。
彼は、一回《死んでいる》。
初見の東奔西走の能力を見取ったかのように、自らの退路を防がれて、足掻いた果てに殺された不気味な《記憶》が蘇る。
彼とて、腐っても、弱体化しても名人であるため、殺した相手の能力ぐらい察することは出来たが、
しかしそれでも、このバトルロワイアル。――何が起きるか分からない、相手が何をしてくるか、予期できない場合も多々あるだろう。
「――だが一つ、ユキコ、頼まれ事をしてくれないかのう」
「なんでしょうか」
幾ら己が強かろうとも、相手の出方次第では、どう転がるか分からない。
あの紅色の狐が、どんな輩かは
一抹の不安がよぎる。
「悪いが、あのパーカーの青年とワンピースの少女と連れて、どこかへ退避しておいてくれないかのう。
わしの戦いは、少々派手じゃし、なによりあの紅色の狐が何をするか、分からんのじゃ。念には念を置いといても、悪くはないじゃろうし」
不安が、言動となった。
無様な様は、見せたくないというのももちろんある。
彼の戦闘が派手だという点も否定はしまい。
この紅色の狐の風貌が徒ならざるものだというのも一理だろう。
ただし、それだけがすべてかというと、そうではなかった。
要するに、自信が足りなかった。
「狭山雪子と、青年少女をこの身一つで守りきる!」と断言できるほどの自信が、なかった。
理由はどうあれども、一度死を経験していた彼に、慢心は決して生まれない。
「……わかりました、では私は東奔西走さんが行った後、あの二人に接近してみます」
狭山は、その言動そのものを疑っていないのか。
素直に頷いた後に、視線をその例の二人に向けていた。こうして話している間にも、こちらの方へと近づいている。
彼らはまだこちらの姿に気付いていない。というよりも視線が一向に前に向かない。……まあ、後ろから矢が飛んでくると思えば、それも至って当然だ。
「済まぬな……とはいえあの二人が、真の善人とは限らぬ。心もとないとは思うが護身用の餞別じゃ、懐に仕舞っておきなさい」
東奔西走は、自らのディパックより支給品であったスタンガンを取り出すと、狭山に手渡した。
狭山は「ありがとうございます」と、スタンガンをポケット仕舞い、東奔西走に一礼をすると、自らが履いているスニーカーの靴紐を固く結び直した。
丹羽たちに近づくための用意である。
自らに純粋に従ってくれる狭山の姿を一瞥すると、小さくも苦い笑みを零す。
信じてくれる者がいる。ネガティブに陥っていた時に、その信頼は、とても嬉しいものだ。
もしくは彼女からしてみれば、信じる他選択肢がないかもしれないけれど、それでも――そうならば尚更。
その信頼を、動力源(ちから)にしないわけにはいかない。
このまま何もせずに笑っているわけにも、ましてや何もしないわけにはいかない。
当然の道理。
自衛のために鍛えてきたこの力と言えど、他人の為に発揮できるのなら、手抜かりなく揮わせて、存分に結果を残せる力を有する彼にとっては、当たり前の行動であった。
東奔西走は、動く。
その構えは――突進。。
四点流の四あるうちの構えの一つ。
小柄な老人に不釣り合いなほどの威圧が、瞬時に込められる。
スゥゥ――っと息を大きく吸いこんで、声と言う形で、空気を吐き出す。
「――東奔西走、いざ参る――ッ!!」
弱音を無理矢理誤魔化そうと、太鼓の如く、轟かす。
東奔西走は一直線に、駆け抜ける。
全身に風を浴び、三つ編みにされた髪が、風と共に踊っている。
みるみる内に狭山雪子との距離も、かけ離れていく。常人とは比べものにならない速さ。
もとより曲ることの許されない身体。
走り出したら止まらない。――それはさながら、機関車のように。
そして目的地――青年らのもとに到着するのも、さして時間がかからず。
「おぬしら退けぇ!」
喝、と。
暴風のような声が響きわたる。
声と言うよりももはや凶器の域にまで達すかのような衝撃に、丹羽と天王寺は同時に反応し
「うおっ……!?」
「……」
青年らは迫りくる拳をかろうじて避け切った。
小柄な老人から繰り出されたとは思えないほど切れのある拳は、止まらない。
元より狙いは彼らではなく、その奥にいる――狐。小神さくら。
「…………」
声と言うものは、言わば無差別。
テレパシーなどと違い、狙った相手だけに聞こえるものでは決してない。
あれほどの声量となれば、小神さくらに聞こえるのは当然のこと。
「はぁぁああああああ!」
「…………」
つまりは、小神にとっても、攻撃が待ち構えていることが予想のつく。
奇襲とは違う攻撃を、避け切ることは彼女にとってあまりに容易。
下段から、上段から、左右から雨のように降り注ぐ打撃をいなすことぐらいは、楽に出来た。
東奔西走は、生前――と言った言い方には語弊が生じるので、改めよう。
死ぬ間際に行った、屈指の異端者との戦闘に置いて、学んだことがある。
相手に手を出させる隙を与えないのが、最良の策である、と。
東奔西走の《ルール能力》の性質上、彼は南北からの攻撃に弱くならざるを得ない。
それに、死ぬ間際の戦いに置いて実際にしてやられた、東西の行路を防がれる――というのも実に痛い。
しかしそれに関しては、彼自身どうしようも出来ない。なにせそれは《ルール》なのだから。
だから、彼は相手がそれを察するよりも前に。
もしも自らの《ルール能力》が見破られたのならば、相手に対策を打たせる隙を与えない様に、攻撃を繰り返す他になかった。
自らの分かりやすい弱点を見出される前に、無力化を図る――それが今の彼に出来る最善策。
連打、連打、連打。
彼の四点流が小神に対して火を吹いていく。
実際、小神さくらはそれらの技に手間取っている。
リーチの差であれば、小神さくらに分はあるが、しかしながら東奔西走は、いとも簡単に彼女の懐に入り込んで、掌底を打ち込む。
小神がうろめき後退している最中にも、東奔西走の猛攻は止まる兆しを一向に見せない。
確かに小神さくらは強力だ。彼女のスペックそのものはこのバトルロワイアルにおいても無比のものだろう。
だが彼女の戦法と言えば、そのスペックを頼りきった粗雑な戦い方だ。
大雑把にいってしまえば、力任せでワンパターンな攻撃しかしないのだ。
先の
一刀両断の戦闘においても、彼女がしたことであれば、クロスボウでの攻撃と、肢体を駆使した打撃のみ。そこになにかを工夫したような節はない。
故に一刀両断も往なしきることができた。丹羽らにしてみたところで同じ様なものだろう。次にくる攻撃がわかりきっているからこそ、かろうじて避けることは出来た。
そして、武術の心得のある東奔西走からしてみれば、そのような雑な攻撃を避け切ることなど、
幾らスピードやパワーがあったところで、瑣末なものだ。
傍若無人の《ルール能力》を見切った観察眼で、小神の攻撃は既に見切り終えた。
四点流とは、伊達じゃないのだ。
「あの、そこにあなたたち!」
そうして、小神さくらと東奔西走の戦闘の火蓋が切られたとほぼ同時に、狭山は東奔西走と契った約束通り、丹羽と天王寺との接近を試みていた。
狭山は、先の場所よりかはある程度丹羽たちの場所へと近寄った路地裏より、顔と手だけを出してこちらこちらと招いていた。
丹羽と天王寺は若干訝しがった後に、考えている場合ではないと考え至り、狭山の元へと近寄った。
「……えーと、ご無事でしたか?」
様子を窺う声を掛けながら、狭山は改めて二人の身形を見る。
一人は社会人であろう精悍な顔つきをしていた。パーカーを羽織り、少女の手を片手に添え、装備らしい装備と言えば、もう片方の手で銃を装備していることか。
息切れた様子で上下に肩を揺らしながら、狭山がそうしているように、狭山の身形を見ている。
一人は狭山よりも幼く見える少女だ。青年と手を繋ぎ、恐らく引きづられていたのだろう、青年よりも力尽きている様子で、
それでもこちらに対する警戒心は解けきっていないのか、疲弊の色を明らかにさせながらも、もう片方の手に握るダガーを突きつけて、睨み返していた。
「あ、ああ……。助かった……あの人はあんた……いや君の連れ?」
「別にため口で構いませんよ。私が何をしたわけじゃあるまいし。……それで、はいそうですね。あの人は私と今まで一緒に行動していた人でした」
「そうか。じゃあ遠慮なくため口でいかせてもらうよ。……まあとりあえずあんたはどうするの? ここであの人を待つんか?」
「いえ、私はあなたたちさえよければ、あなた方に付いていきたいんです。あの人……東奔西走さんは一先ず離れろって言ってましたし」
「んー、俺は良いけど……。……お前はどう思う?」
と、一頻り会話が成立し、狭山は約束通り動こうと交渉に入った。
敵意をむき出しにする少女、天王寺に小突きをしながら、青年、丹羽は答え、容易に頷いてくれた。
そして丹羽は、天王寺に話を振る。
天王寺は小突かれた部分をさすり、言われたとおりにダガーを降ろすと、狭山の瞳を射抜きながら真摯な口調で答える。
「……だったら、私は一つあなたに訊きたいです。答えてくれたら、如何なる答えであろうとも、私は異論を唱えません」
「……なんでしょうか、答えれるものであれば、答えます」
「ありがとうございます」
立場上か、本当に感謝をしているのか、一礼をし、彼女は改めて向き直ると、尋ねた。
「あなたのしたいこととは、なんでしょうか?」
シンプルな問いだった。
しかしながら狭山は、一瞬咽喉で言葉を詰まらせる。
――思えば、今の私はなにを掲げて、この場にいるのだろうか。自問自答をする。
問いを述べた天王寺は、真剣だ。
今の彼女は、いろんな意見を欲した。
あくまで丹羽の行動指針は、一例に過ぎない。もしかすると、彼の指針は、人殺し同様に、彼女の肌に合わないやり方なのかもしれない。
しかしこの少女の、狭山の掲げる指針がもしかすると彼女の求める『答え』と類似するのかもしれない。
可能性という選択肢を広げるだけの行為であるが、視界を広げるというのも、やっておいて損はないこと。
今まで、『自ら考えて行動する』ことが少なすぎたために、選択肢がそもそも圧倒的に足りない天王寺。――むしろしないと、何時までもこの案件は解決しないだけであろう。
故に天王寺は、狭山に尋ねたのだ。
はあ、と一度息をはくと、申し訳なさそうに、丹羽は狭山に
「すまんが、答えてやってくれると助かるな」と促す。
狭山とて、答えてあげたい気持ちはある。
だが答えが定まらない。
今まで出会ってきた人たちを頭の中で想像する。
行木団平――彼は『強さ』故に、どこか道を外れてこそいたが、『護るべき人を護る』という大義名分を果たしていた。
名も知らない彼……つまるところジャック・ザ・リッパー――彼はどこまでも、人を殺すことしか考えていない様に見える。実際狭山たちに襲いかかった。
東奔西走――彼は人を『正しく』、温情あふれる『正義』を果たそうと、今もこうして励んでいる。
上記の三人は、道のさす方角は違えど確固たる目的が存在している。
対し狭山はどうであろう。今の今まで、何を目的に過ごしてきたのだろうか。
何度も何度も訊ね返せども、答えと言えるべき答えは、見当たらない。
確かに彼ら二人は、まだ分からない。
だが、ここで質問返しをすることは、野暮であろうことは、おのずと察する。
狭山は考える。
考えて、考え通し、考え抜く。
「えーと……そうですね」
それでも答えへ導かない。
自分の流されやすさというか、自立性のなさに若干の失望を覚えながらも、答えないのも失礼だと、とりあえず言葉に出してみる。
言葉を文字通り、寄せ集め選びながらも、今思い浮かんだ言葉を必死に紡ぐ。
「私は……見つけたいです」
何をだろう、と自分自身に問いなおす。
脳内サミットは途切れなく行われて、選択肢となる言葉を出だす。
本心とも呼べるほど、改変の施しを受けていない単語の連なりは台詞となり、天王寺と丹羽の鼓膜を叩く。
「見つけたいんです……友達を。大切な、大切な友達たちを」
その答えに――当たり前の答えであったが納得する。
そうだろう。行木に話した通り、狭山は最初から友達に会いたかった。それだけだ。
東奔西走との、妙なやり辛さからも感じていただろう。――友達と会って、笑いあいたいと。
「会って、その後はどうするんですか?」
「何でもいいよ。笑いあって、それがエゴでも――私は笑いあって、日常に帰りたい。それだけだよ」
「そうですか」
狭山は腑に落ちる。
ようやくのことで、自らを確立出来たような気がしたから。
朧げで、不透明な感情が、ようやくすっきりして、不思議と心内が晴れたような気がした。
「では、答えて頂いきましたので、約束通り私に異論はありません」
「……ありがとうございます」
「どう致しまして」
そこは『こちらこそ』じゃねえのか……。とぼやきながら、丹羽は狭山に一度頭を下げると簡単な自己紹介をする。
「改めて、俺は
丹羽雄二だ。どれだけ付き合うか分かんねえがよろしくな」
「私は
天王寺深雪です。先の無礼に関しては失礼しました」
「私の名前は狭山雪子です」
と、言ったところで、狭山は一回、息を吸う。
そして、今度は二人の姿をしっかり視界に入れると彼女は意を伝えた。
「質問返しで申し訳ないんですけど、丹羽さんたちは、何を目的に今、動いているんですか?」
先は尋ねることのできなかった質問であれど、今ならば問題ないだろう、と狭山は判断し、問いを投げる。
どんな答えが返ってくるのだろうか、と半分ほどは期待を込めて、言葉を待つ。
されど彼らは、さほど時間をかけずに、返答を繰り出した。
「俺は、そん時自分がしたいことをするよ。まあ殺したいだなんてきっと思わねえけどな」
と丹羽が答え
「私は、自分がしたいことを見つけたいです。現段階では、殺人をする気はありません」
と天王寺が答える。
それは問いの答えとして成立するのか、と疑問を抱きはしたが、二人からはお茶を濁した雰囲気はしない。
誠意をもった答えであることは、容易に想像つく。
狭山は、特に荒立てはせずに、その言葉を、その言葉のまま受け入れる。
ま、と仕切り直す様に丹羽が切り出す。
「先あたっての俺たちの目的はさっきの轟音――まあ、大きな音がしたんだけど、聞こえた?」
「……多分、分かる……と思います」
実際は知らない。
ただ話を合わせただけである。
「じゃあ多分、それだよ。俺たちはそこに向かおうって話になってたんだけど運悪くあいつに追いかけ回されてな。全くもって厄介だった……」
「つまり今から、来た道を戻って、そこに向かおうってことですか?」
「早い話そういうことだな。……友達に会いたいってならお前にとっても悪くはねえはずだぜ」
「そうですね……あのおっきな音で近寄ってくるかもしれませんし、あれの原因が私の友達かもしれませんし」
狭山は頷く。
どちらにしたところで、こんなところで呆と待機していたところで、東奔西走との約束は守られていない。
ならば彼らに付いていき、例え危険は伴おうとも、震源地に向かうことは、決して悪いだけではないだろう。
「わかりました、私もそこに付いていきます」
しばし頭の中で、今までの事を整理し、悩んだ結果、案外早く、答えは出た。
……今の彼女にとって、それほどまでに、友達に会いたいという感情は、膨大されているのかもしれない。
「分かったよ、まあ、堂々と広い道に出るわけにもいかねえし、遠回りだが路地裏から回るぜ」
「了解しました。……狭山さんもそれでいいんですか?」
「ええ、問題ありません」
意気投合を果たした三人は、路地裏に入り込み、轟音の元へと、足を向ける。
一歩一歩着実に、元凶の元へと駆け寄っていく。
そこになにがあるのだろうか、夢想してみたところで答えが導き出されるわけがない。
それでも、期待感や好奇心か、自然と歩調も速くなる。
なにかに駆られるように、一生懸命歩みを進める。
――――その先に何があるのだろうか、その一心で。
最中。
ふと、狭山は言葉にして漏らす。
初めて対面した時から、ずっとツッコミたくても、ツッコめなかったそれに対して、恐る恐る問いかける。
「それで……天王寺さんはどうしてそのような格好を……」
「黙ってください。事情があるんです」
プルプルと震えながら、屈辱に耐えているかのような顔をして恥を忍んでる姿を見て、思わず狭山は謝罪をする。
なんとも愛くるしい姿であれど、本人の剣幕によって、可愛さは打ち消されている。
――なんていう話は、蛇足だった。
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最終更新:2012年12月18日 17:30