◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――――Piece9◇幸せの価値(
死逢わせの勝ち)――――
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「へへっ、見たか! 俺のミラクルサイクロンシュート!」
ピースサインを高く掲げて、須藤らとは若干離れた位置にその男は立っていた。
ワイシャツを脱ぎ、素肌にブレザーだけという奇抜な服装――されどその理由は腹部を見れば一目瞭然。
腹部に巻かれた少し赤く滲んだ御世辞にも丁寧とは言い難いグルグル巻きの包帯。ブレザーをボタンは一個も閉められていないため、重傷の痕跡は衆目に晒される。
何故ワイシャツの方を着なかったのだろうか、という疑問も抱いたが、須藤にとってそれはこの際どうでもいい。
彼がそこにいた。
その事実だけが、重要なのだ。
銃撃の痕跡か、穴のあいた紺色のブレザー、薄汚れた紺色のズボン。皮肉にも白い包帯がよく映えるその服は須藤も見知った服装。
左胸に装飾された校章にはホームベース型を背景に黄金色に照らす三日月が描かれている。
――それはまさしく、私立三日月中学校の制服で、今現在須藤が着衣しているそれと同一だ。
須藤が知る限り、この場でその制服を着ている可能性がある人物はただ一人、それは――――。
「――――浅倉ッ!?」
「おうよ、俺は御指名通り
浅倉翔様よ。元気してたか須藤くんや」
同級生、浅倉翔。
見知った狐目が、須藤を捉える。
尖った目つきでこそあるが、そこに不良と面向かった時に感じるような威圧感や恐怖心は湧かない。
優しげに見つめるその瞳には敵意など一切含まれていなかった。
――怪我を負っているけれど、いつも通りの浅倉翔が、そこにいる。
「ま、感動の再会は終わってからのお楽しみだ。――まずはあいつを片付けるぜ、須藤」
手足、首をぐるぐると回しながら、浅倉は須藤に呼び掛ける。
あいつ――サッカーボールで手首を狙われ、遠くに弾き飛ばされた拳銃を拾おうとする
早野正昭を片付けようと。
「おうよっ、背中は任せるぜ元サッカー部主将!」
「任せろってんだ! 俺を誰だと思ってやがる!」
「心強い友達だよ!」
「お互い様だぜ!」
互いに鼓舞するように叫び続け、声を掛け合う。
意味なんてないぐらいくだらなくて、内容のない掛け合いであったけれど、それは不思議と力になる。
友達が近くにいる――そんな事実が互いを鼓舞する。
それほど付き合いが深い仲だったかと言うときっと違うのだろう。
須藤凛にとっては津村匠。
浅倉翔にとっては宇田川龍馬。
もっと仲のいい人物は確かにいる。いるには違いない。
だがしかし――――彼らには彼らなりの繋がりがあり、三日月中学3年D組流の友情タッグは、そんじょそこらの危機には屈しない!
須藤凛と浅倉翔の両名は、互いに共鳴し合い、叫ぶ。
「「じゃあ行くぞ!!」」
――須藤は同田貫を強く握りしめ、早野に向かって駆け寄った。
――浅倉はそんな須藤に続くように地を蹴った。
浅倉に武器と言えるものはない。
強いて言えて先ほどのサッカーボールであるがそれは先ほど蹴飛ばしてしまったので手元、足元にはない。
故に獲物は拳のみ。
手負いの身でありながらも彼が戦うには徒手空拳しか選択肢はない。
言葉にしなくとも見ただけで判断できる。
須藤がこの場に置ける切り込み隊長になることは自ずと彼らの中で決められた。
浅倉と比較し怪我は浅く、刀が獲物の須藤の方が間合いに入り攻撃を決めやすいのは自明の理――。
地面が蹴る音が迫る中。
早野は僅かに慌てつつ、弾き飛ばされた銃をようやくといったところで拾い上げる。
瞬時に構えようと引き金に指を掛けた――――だが、既にその頃には、須藤は間合いに這入り込んでいた。
なまじ、50M走6.2秒を謳っている訳ではない。彼の動きは、文句のつけようがないほどに、速かった。
重たき刀を振り上げる。
加藤清正には大分劣る刀捌きではあるが、一撃を与える分には申し分ない。
一縷の光が刃に瞬く。
光は泡沫のように消えていき――刹那、早野の腕を目掛け、剣は振り下ろされた。
「――ちっ」
舌を打ちつつ、早野は間一髪のステップで須藤から距離を開ける。
だが銃を撃たせまいと、須藤の猛攻は止まることは決してない。――避けられた分だけ、また詰め寄る。
須藤は第二撃を振るいつつ、声を張る。
「浅倉、続けよ!」
連携攻撃を決めようと、浅倉に呼び掛ける。
相手が銃な以上、ジリ貧な攻防では不利になっていく一方。
叩き返すのならば一気に攻め立てる方がいいに決まっている、この優位な状況のままに終わらせる――それが須藤の考えであった。――同時に、浅倉の考えでもあったのだ。
浅倉も同じことを考えて、同じように立ち回ろうと考えていた。
――だが、それはうまくきまらなかった。
「…………あ、……れ……?」
須藤の後方。
浅倉翔が立っていた座標から、物音が一つ零れる。
ドサァ、と大きな音を立てて体勢を崩し、蹲る。
「浅倉!?」
「お、おかしいな……」
走れるわけがなかったのだ。
よもやここまで来るのにも相当苦労していたはずの彼が、走ろうだなんて作戦としてあまりにも破綻している。
容貌から分かるほど酷使された身体は、脳の言うことをまるで利こうとはしない。
そもそもの前提で、彼の傷は尋常じゃない。
シャツが血塗れになり、切るのを躊躇われるほどに、傷を負っていた。
死神のような狐、数多の殺害人数を誇る
小神さくらと競り合って、たかだか一中学生、変哲もない彼が無傷で済むわけがない。
彼の体は、限界を迎えた。――迎えて、しまった。
「こ、こんなはずじゃあ……」
苦虫を噛みしめたような顔で、拳を握りながら浅倉は漏らす。
先ほどのミラクルシュート――命名通り奇跡的な命中と威力の伴った強力なシュートは、言わば火事場の馬鹿力。
最期の気力をフルに使いきったということ。
修学旅行前日、あれほど頑張っても打てなかったシュートのさらにその進化系を打てただけでも本来であればもうけものなのだ。
――それ以上は、ただの高望みでしかない。そんな現実が、浅倉を突き詰める。
そして。
そんな隙を易々と見逃すほど、早野も殺人に対する覚悟を決めていないわけではなかった。
彼には、それほどまでして叶えたい望みが――あるのだから。
「――――隙だらけだ!!」
今までの小さなステップとは違い、大幅に身体を揺らす。
須藤が浅倉の状況に驚いて油断をしている隙に、五歩ほど離れた位置に立つ。
引き続いて俊敏な動きで銃を構えると――銃口から一発、銃弾が排出される。
浅倉は腹の辺りに刺さる激痛に小さな呻き声を落とす。
片手で背後に残る疵口を摩ると、熱いぬめり。
間違いなく、もはや新鮮味の欠片もない浅倉自身の、血液。
「「っ――!」」
浅倉と同時に、須藤の息を飲む音が顕著に聞こえる。
実際には五秒と満たない僅かな時間であったのだろうが、須藤は浅倉が撃たれるシーンを魅入られるように視界から外せなかった。
立ち上がろうと踏ん張っていた浅倉を、容赦なく撃ち落とす銃撃。
――もう二度と見たくもない血液の乱舞が、再度彼の眼前に繰り広げられていて。
ただそれだけで、須藤の視界は真っ赤になった。
「てんめえぇぇえええええええええええええええ!!」
怒号。
次いで斬撃。
怒りに任せてのあまりに考えなしの行動。
直線的な斬撃は、いくら力が入ろうとも早野には届かない。
「くそっ! くそっ! くそっ! くそっ!」
何度も何度も、刀を振るう。
その度に刀は空を斬り、須藤の苛立ちを増長させる。
友達を撃たれたという事実はそれほどまでに重たく、故に裁くべきだと刻苦する。
血眼になって、心の思いゆくままに銀の軌跡を描く。
そんな時である。
粗雑に振るっていた刀の腹が偶然にも早野の右手を打ち抜いた。
醜い音が響く。――骨が砕ける音。
早野は痛みのあまり、思わず銃を再度落としてしまう。
そのまま左手で右手を抑えつつ、痛みに悶え苦しむ。
須藤は、大きく呼吸を繰り返しながら、その様子を見つめる。
どう見たところで演技ではなさそうな態度。事実彼の手には大きな手応えが生じていた。
十中八九、彼の刀が彼の手を砕いたのだろう。
冷静な彼なら、申し訳なく思うなり、一先ず武器を回収したりとできた。
だが、今の彼は違っていた。
怒りに心頭まで浸かっていた彼に、冷静な判断を求めるのは酷である。
「浅倉!」
彼を無害に出来たと判断し終えると。
早野に対し何をする訳でもなく、彼に背中を見せながら、浅倉の元に駆けつけていた。
浅倉の事が心配でならないと言った様子で、駆けつける。見方によっては正しい判断だ。
だが、今回の場合、それはあまりに無鉄砲といえる。
――早野の右腕を封じたとはいえ、銃を没収させるわけでも左手を封じたわけではない。
攻撃だったら、まだやりようが早野にはあった。
(……そういうのを、愚の骨頂って言うんだよ!)
震える右手の痛みをこらえつつ、近くに転がるM4カービンを拾い上げる。
流石に右手並の精密さは期待できないであろうが、それでもここからの距離であれば十分である。
今もまだ背中を見せる須藤を捕らえようとして、銃口を定めている最中――。
「そこまでじゃ、先の青年」
逞しき声が鼓膜を叩く。
早野は驚いた様子である場所を見つめる。
そこに立っていたのは――先ほどまで仮眠をとっていた加藤清正の姿。
「……発砲音をここまで間近で聞いて起きんわけがないからのう」
蓄えられた顎鬚を掻きながら綽々とした態度で、されど威圧のある視線は早野を捉える。
急遽早野は銃口を須藤から清正の方へと向け、威圧を威圧ではねのける。
されど加藤自身は銃口を向けられてもものともせず。
冷静な面持ちで、早野の凶行を改めてもらおうと、奮い立ち声を張り上げた!
「……では、おぬしには……わる…………」
声は張り上げて、そのまま続かなかった。
――発砲音。
加藤清正の声を遮り轟く銃声。
それらが意味することは凄まじく明瞭――銃弾が加藤清正の腕に炸裂する。
「鬱陶しい」
早野は、一蹴した。
なにかが始まるよりも前に、全てを吹き飛ばす。
極めて利己的だが、合理的な行動でもある。
一々ヒーローの変身シーンを待つ奇形の悪人などテレビの中でしか存在しない。
――先手必勝と言う言葉があるように、どのような手段にしろ、先手を打つことには意義が大いにある。
されど彼は加藤清正。
元殺し屋の能力なき異能者。
銃弾であれば、おそらく加藤清正程の人間であれば避けることも叶ったかもしれない。
それでも避けることが出来なかった。
いや、台詞の途中だったからと気を抜いていた訳ではない。
敵を前にして、気を抜かすなんというヘマを犯す間の抜けた奴ではない男だ。
されど避けれなかった理由。そんなものは簡単で。
ただ単純に、小神さくら戦で負った足への傷が癒えきってなく、動いた瞬間に激痛が走り動けなくなった。言葉にすればそれだけのこと。
あれほど深々と貫いたのだ。その感覚は当然の感覚であり、どんな人間に対しても、彼と同様の傷を負ったら、激しく動くことはまず無理だ。
それでも、彼は拳法の達人ではなく、剣法の達人。
獲物に剣があれば、銃弾を弾く作業ぐらいは楽にこなすことはできただろう。
――しかし今の彼には、獲物はない。彼の獲物であった剣、同田貫正國は今現在須藤が握っている。
徒手空拳となり、なおかつ足の自由が利かないとなると、もはやなす術は一つ。
胸や頭、致命傷となる様な箇所に被弾をしないことぐらいしか、彼に出来ることはない。
実際彼は胸に飛来した銃弾を何とか左腕で止めきることが出来た。
人目を付けさせて須藤と浅倉の逃亡時間を稼いだはいいが、手出しが全くできない状況へと陥っている。
加えて言うなら、須藤たちは――その場から動く気配はない。どのような事情があるのかは加藤からは判別できないが、それには苛立ちを覚えずには居られなかった。
――銃弾はもう一発放たれ。
「……がっ、は…………」
加藤清正、凶弾に倒れる。
今度は腹に穿たれた弾丸を防ぎきれず、再度地面に平伏せる。
単純な力量で言えば無比の実力を誇る加藤清正は、何もできないままにその場に堕ちる。
(……)
無言のまま、早野は標的を引き返す様に須藤らに向けた。
須藤は浅倉の元へと辿りつき、加藤が撃たれたのを知ってか知らずか、浅倉の身体を揺さぶり続けている。
ふとして浅倉と目があう。
瞳には既に、最初に見せていた活力はない。
虫の息、という言葉がこれほどまでに似合うものはそうそうないであろうほど、蒼白した顔。
早野は疲弊を含んだ溜息を零し、慣れない左手に引き金を掛けた。
「いい加減に死ねよッ!!」
銃弾は吸い込まれるように、早野に背中を見せて浅倉の身体を抱える須藤の背中に奔る。
風を切る音が聞こえ、音速で迫る。
幾ら須藤とて背中に目があるわけではない。――排出された銃弾を避ける術など一つもない。
――ただ、浅倉は違う。
――銃口がこちらに向いたのを見ていた浅倉翔と言う男には、『須藤に銃弾をあてさせない』手札があった。
――その名も、『自己犠牲』。
銃声が響く、一秒前。
浅倉は瞬時に須藤のネクタイと肩に手をやり、須藤の身体を強引に沈める。
完全に力の抜け切っていた須藤を沈めるのにさほど力は必要なく、簡単に須藤の身体は地面を這った。
しかし放たれた銃弾は止まるわけではない。
グングンと進軍していき、直線的な動きで――須藤のその先にいる浅倉を狙う。
須藤は、直ぐ様顔を上げる。
だけどその時には、全てが終わっていた。
浅倉の胸に、血の華が咲いていた。
あまりにも簡単に、浅倉翔は被弾した。
須藤凛ら六人が小神さくらの猛攻を僅かな損傷を受けながらも防ぎきったのに対して。
丹羽雄二が
天王寺深雪の狂気性を鎮めきったのに対して。
丹羽雄二らが小神さくらの襲撃を往なしきったのに対して。
須藤凛が先ほどまで早野正昭の銃撃に対し押しきっていたのに対して。
――――浅倉翔と言う人物は、あまりに慈悲なく、被弾した。
遅れて、浅倉は背中から地面に倒れ、震える手で胸を抑える。
止まない血の流れ。
滞ることない命の損失。
自らの命が――もう直なくなるであろうことは、容易に想像つく。
それでも浅倉は綻んだ。
彼の顔は、後悔なんて微塵も感じられないほど満足げである。
「…………は、はは」
笑みがこぼれる。
どうしようもないほど、瀕死に至った彼は笑う。
決して自我が崩壊したわけではない。
彼はブレザーのポケットに手を突っ込んで、ある機械を取り出す。
「わりぃな……須藤」
その機械を、須藤の方へと差し出して、
とても死ぬ寸前とは思えないほど活き活きと、普段の調子で話しかけてくる。
気味が悪いほどにいつも通りの口調。
理由なんて単純で、浅倉は湿っぽいものを好まなかった。
自らの死に、必要以上の傷は負ってほしくない、その一心で無理をしてでも、『いつも通り』を演じきる。
「どうでもいいこと、いうけどさ………俺は嬉し……かったんだ。お前は『あんなこと』をされても……俺を友達って思って……くれた、本当嬉しかった」
振り返る。
過去に巻き込まれていた殺し合いを。
強いられたとはいえ、弟を殺し、あまつさえ須藤凛にまで凶行を及ぼうとしたあの時を。
あの時確かに、浅倉は須藤を殺そうとしたのだ。
きっとそのことも須藤は理解しているはずである。だからこそ、逃げたのだろうから。
しかし今は、隣で戦ってくれた。
浅倉を心配してくれる。――――昔のいざこざなんて『なかったこと』にしてくれる。
そのことが、浅倉にとってとても嬉しいものだった。
須藤の優しさが、どうしようもなく彼の心に響きわたって。
――本当に素晴らしい友達に巡りあえたことが素直に嬉しくて。
「だから……こそ……俺はこういうべきなんだろう」
一度瞳を閉じて、流れる走馬灯を見る。
宇田川との色々。
須藤との色々。
クラスメイトとの色々。
確かに家庭の事情で、全てに満足できる事情ではなかったけれど。
それでも、死に瀕して、改めて考えるとその生活は、とても充実していて、華やかだった。
人を殺して、一度は色を失せた人生に、間接的とはいえ再び色を取り戻す切っ掛けとなった人物。
須藤凛。
そんな彼に、彼はここに来てからずっと。
ずっと言いたかったことを言うのだ。
飾り気なく、素直な気持ちを――――須藤凛と言う友達に。
「ありがとな、須藤」
――――浅倉翔の贖罪の旅路は、ここに幕を閉じた。
最期の最期で、浅倉翔は救われて、終焉を迎える。
「……は。」
須藤凛は、浅倉の言葉を受け入れて、声を漏らす。
何を言っているんだよ、そう言いたかったけど言えなかった。
いろんな感情が交錯して、無茶苦茶に掻き乱された彼の頭では何も考えることが出来ない。
須藤凛と浅倉翔(フタリ)が須藤凛(ヒトリ)になった、この喪失感。
現実味の得ない虚無感に、ただただ須藤は言葉を漏らすだけ。
「なんだよ……あの時って。……お前は俺に何をしたってんだ」
言葉を連ねる。
今の彼には、それしかできなかった。
目の前に広がる死を受けきる止めることが出来なくて。
幾ら『死体には慣れた』と錯覚しようとも、友人の死を目の前で繰り広げられて、平常を保てるほど――彼は常軌を逸していない。
彼は、須藤凛は、『変哲もない中学生』なのだから。
実際のところ。
須藤凛の混乱を増長させている事実がある。
浅倉翔が以前参戦した『戦闘実験第六十八番プログラム』。この存在に対する記憶の有無。
須藤凛は参加していない。
浅倉翔は、参戦していた。
――――俗に言うところの、時系列の違い。それが須藤をひたすらに惑わせる。
浅倉翔の死と、浅倉翔の真意の汲めない発言の掛け合わせは、須藤をこれでもかと、責め立てる。
「答えろよ……」
無論答えれるわけがない。
彼は死んだのだ。
もはや彼が再び口を開くことはない。
後戻りができない。
取返しのつかない。
それが生命の終わり――死なのである以上、浅倉が再び動く道理はない。
須藤の気持ちは高まるばかり。
今この場に須藤だけが生きていることに対する葛藤は降り積もる。
徐々に、されど着実に。
須藤の心は悪辣に犯されていく。
「答えろよ――――浅倉あぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
絶叫。
須藤の思考が赤から黒に染まる。
切羽詰まった須藤が最終的に残されていた行為は、叫ぶ事しかなかった。
身体を乱暴に揺さぶるが、反応はない。
今もまだ流れ続ける血液が、飛び散るだけ。
ここに来る過程で募っていた苦痛が爆発する。
――たとえばそれは、殺し合いそのものであったり。
――たとえばそれは、
一刀両断らの喧騒であったり。
――たとえばそれは、
飯島遥光の離脱劇であったり。
――たとえばそれは、浅倉翔の死であったり。
「――――ッッ!!」
眦に煌く一縷の涙が、今更ながらに目の前の現実を急速に実感させる。
どれだけ過酷であろうとも現実逃避の許されない、紛うことなき辛辣な現実を、受け入れなければいけない。
故に須藤もまた、その事実を認めてしまった。
浅倉翔が亡くなった事を、認めてしまった。
襲いかかる無力感で、須藤はうずくまって、大声で泣き喚く。
早野はそんな須藤を一瞥し。
眉間に皺を寄せながら、銃口を向ける。
「…………ごめんな」
小さく呟くと。
彼は引き金に手を掛ける――
――直後の事であった。
――――バラララララララッ!
別方面。
加藤とも須藤とも、よもや早野とも違う方角から轟く弾幕音。
位置的に表して、早野の左。
即座に早野は左へと向き直して、銃を構える。
そこから現れたのは、一人の青年だった。
「……ちっ、ちょっと遅れちまったみたいだな」
僅かに筋肉質な体つきをして、どこか怠惰な雰囲気を纏った青年。
彼に――早野は見覚えがある。
あれはまだ、バトルロワイアルが始まって間もなくのこと。
紅狐、小神さくらとの逃亡劇の先にいた青年であった。
静かに怒りに似た、されどどこか自責するような念を秘めていた瞳は実に印象的であった。
「……よ、誰がいるかと思ったらお前か」
「……そうだ俺だよ」
名を丹羽雄二。
偶然とはいえ先に早野自身が名前を騙った人物本人。
二、三時間ほど前に邂逅を果たした男と、巡りあう。
(……ふーん)
とはいえども、全てが全ておなじであったかというと、違う。
男の風貌は以前とは異なっていた。
まずは見た目から、着替えたのか以前の服と異なり、今はパーカーを羽織っており、
殺し合いと言う事実に向きあったのか、新たに銃を構えていた。
されど早野が一番目についたのは、そこではない。
そんなものは瑣末な問題だ。
「随分と面構えが変わってんな」
「御蔭様でな」
彼が一番不思議に思ったのは、彼の瞳である。
やり場のない怒りを込めていたあの時とは違う。
――輝かしい意志が煌いていた。
「お前はどうして、殺し合いに立ち向かう」
「別に。俺は俺のしたいことをするだけだ。――ま、一応理由づけはしておくぞ。――とある男に人無を倒してくれって頼まれたから俺はひとまず殺し合いを否定する!」
だからこそ、苛立たしくもある。
自分と同じ匂いがした男がこうも輝かしく変貌するという事実に、妬みすら感じる。
後戻りが出来たという、自分とは異なる身の立場に、身勝手ながらに嫉妬する。
彼が後戻りするための道を全てを壊したことはわかっているけれど。
「……そーかよ」
怠惰な雰囲気とは相反する熱き信念を前に、思わず早野の殺意は殺がれる。
自分自身と対比して、劣等感が湧き立ち、自らの惨めさが打ちひしぐのを増長する。
それでも。
それでも彼はたった一つの残された道を歩かなければならない。
優勝して、あの時彼が殺してしまった命に謝らなければいけないのだ。
使命感が身体を動かす。
銃を動かす。
連動するように、丹羽もまた、早野に向けて銃口を向ける。
「「…………」」
膠着状態。
なにかを喋るわけでも、或いは引き金を引く訳でもない。
何も起きない、無の時間。
そんな中、沈黙を破ったのは、早野だった。
「……はあ、こうしてても仕方がねえよな」
銃口を降ろす。
いや、それだけに止まらず銃そのものを仕舞い始めた。
この場に置いてそれが意味することは降参の意。
幾ら奇襲をしかけようと思っても、タイムラグは大きすぎる。
簡単に丹羽に攻撃を許してしまうだろう。
早野は丁寧に、ポケット、さらには袖口まで見せ、敵意を伏せたことを証明する。
訝しげに丹羽は尋ねる。
「……どういうつもりだ」
「どういうつもりも何も、俺が不利だと感じたから退くだけだよ。今の俺は体調が万全な訳じゃないし」
早野は苦痛の表情を浮かべながら右手をぶらぶらさせる。
変な方向へ曲った指は、右手が骨折していることを示していた。
先ほどまで左手で握り、それほど訳なく銃撃を浴びせ続けていたが、それでもこの場は一旦退くことを表明す。
「じゃあな」
「……達者でな」
別れの言葉を掛けると、スタスタと早野は歩みを進める。
念には念を置き銃口を向けるが、敵意を感じないまま、本当にそのまま早野正昭は戦線から抜け出していった。
あまりに呆気ない終わりを目の当たりにして、若干呆然としつつ、直ぐ様意識を目覚めさせる。
視線を、先ほど絶叫をあげていた少年の方へと向ける。
紺色のブレザーに紺色のズボン。その少年に抱えられて倒れている――否、どうみたところで死んでいる少年を一瞥すると、胸のあたりに狭山から聞いた通りの校章が見える。
どうやら、彼らは――狭山の通う学校、三日月中学の生徒であるらしい。
(……つっても、この再会は狭山には酷っつーもんだよなあ)
なにせ、「浅倉」と叫んでいたことから、死んだのは浅倉だと察し付く。
確かに狭山から知人だと、会いたい人だと聞かされた名である。
……だがこのタイミングの再開は、何も生み出さないだろうと、推察するのは容易なことだった。
「――――はあ、はあ、大丈夫ですか!? 丹羽さん――」
それでも、現実の悪魔は、何処までも劣悪に微笑んだ。
そこにあったのは、天王寺深雪――――ひいては、
狭山雪子の顔だった。
「――――須藤、くん? 浅倉……くん?」
問いかけるそのか細い声は、一面を凍らせた。
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最終更新:2012年12月18日 17:31