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失踪する思春期のパラベラム『君に愛を、心に銃を』

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




   ――――Piece10◇アクセル(悪/CELL)――――




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




回想。
なぜ狭山雪子らと丹羽雄二が時間差を置いて登場したか。
それは丹羽らが、例の轟音の元へ向かおうと駆けていた時の事であった。

「――銃声、だな」

丹羽の耳に、早野が加藤清正を撃った銃声が入ってきた。
天王寺、狭山も同様なのか、頷いて丹羽の呟きに同意する。
先の轟音の位置も、情報が音だけということもあり、あまりはっきりしたものではない為、丹羽らはそこが先の轟音の元凶となった場所だと判断した。
実際には、音と元となる倒壊した電柱はその先であるが、彼らの知るところではない。

「……で、どうするんですか」

天王寺が二人に尋ねた。
銃声が聞こえた。恐らくは先の轟音の元凶の所在も分かった。
では、それからどうするべきか。
元より天王寺には、意見と言えるほどの意見がなかったが為に二人に任せようと問いたのだ。

「私は、一旦様子を見てからでもいいと思います……」

狭山は控えめに発言する。
天王寺は一理ある、と頷く。
相手はどのような輩かは不明であるが銃を持っていることは確かなのだ。慎重に動いても損はないだろう。

「いや、俺は一回隠れながらでも接近してもいいと思うぜ」

丹羽は狭山の意見に反対するように意見を述べる。
天王寺はこれまた一理ある、と頷き返す。
相手が銃を持ち、実際発砲したということは銃を所有するものは殺し合いに乗ってるという可能性も決して低くはない。
加えて言うなら、発砲されたということは撃たれた相手がいるということ。そのものを助けれるということだって、場合によっては出来るだろう。この男らしいと天王寺は黙考する。

「じゃあ、こうしよう」

丹羽は意見をまとめる。
ちなみに今はまだ路地裏でコソコソと移動していた最中。
先の音源は直ぐ近くだ。きっと十分もしないで辿りつけるだろう位置に彼らは立っている。

「俺はこの銃を持って今の銃声のところに近づいてみる。だから一旦狭山と天王寺はここで待機をしていてくれ」

イングラムM10を掲げながら弁ずる。
確かに理にはかなっている。
所有武器が強いて言えて丹羽が授けたスタンガンとカッター程度(丹羽がチェーンソーを授けようとしたら無理だと断わられた)の狭山と、
アンテニー・ダガーしか武装できていない天王寺が一緒に付いて行くより、よっぽど丹羽一人で行動した方がいいだろう。
銃を相手に、身体能力が高いわけでもなく近接武器しか装備できていない二人がついていったところで足手まといになるのは目に見えている。
一緒に行動する、見栄を張っていたにもかかわらずいきなり別行動するのも、これ如何に。などと言った思考がよぎったが、この場合それも仕方ないであろうと、落ち着いた。

だがしかし。
狭山はこの提案に付いて一つの懸念を抱いた。

「……でもそしたら、丹羽さんにもしもの事があったらどうするんです……?」

丹羽の安全性だ。
狭山は知っていた。
このバトルロワイアルには、常識に囚われない非日常めいた強者が多かれ少なかれ存在することを。
たとえば銃を持っていたところで、神社で暴れた行木団平ジャック・ザ・リッパーには簡単に平伏すこととなるだろう。
丹羽から見て、いままで強者と呼べたものは、殺戮機械(洲崎宏)と、殺戮機械(小神さくら)。確かに両名揃って銃をもってるからといって簡単にどうにかできる相手ではなさそうだ。
銃を持ってるから大丈夫。という思考回路も相当危ないものだろう、と丹羽は考え改め直す。
銃を持ってるからと言って、安全ではないのなら、どうするべきなのだろうか。
じっくりと考えを巡らせて、もう一度提案する。


「なら、俺がしばらく経っても戻ってこなかったら、それからどうするかはお前らで決めろ。……まあここは冷静に判断できそうな天王寺に頼むわ」
「……は?」


天王寺が理解不能と言った調子で相槌にもならなかった文字を零す。
丹羽と対面してから何度目だろうか、と考え、数え切れないほどあったな、と呆れを含む溜息を洩らす。
そんな天王寺の憐憫を知ってか知らずか、丹羽の言葉はそのまま続いた。

「そしたら……うん。俺に万が一にことがあったら助けられるかもしれない。もしくは逃げればお前らの安全はひとまず確保できる」
「い、いや待ってください!」

狭山から異論の声が上がる。
丹羽は不思議そうな顔をして、狭山の言葉の続きを促す。
近くの天王寺はすっかり傍観者の位置に立ち、誰を弁護する訳でもなく立ち尽くしていた。
狭山の異論の内容はこうだった。

「それじゃあ丹羽さんの安全の確保と言う意味では解決してません!」

その通りだ。
丹羽の後者の提案には前者の提案を前提としたもので、結局のところ丹羽の安全性が確保された訳ではなく。
加え増援するであろう狭山、天王寺両名の戦力は前述の通り期待できるものではない。
異論があがるのも当然の話であった。
対し丹羽もその意見は予測できたのか、間をおかず弁論を叙する。

「そうだな。確かにそうだ。……だけどな、狭山。このふざけた場所にいて、安全な場所がどこにあるんだ?
 何処にいたって、悪いけど死ぬ時は死んじゃうんだよ。どんだけ生きたいと願ってても、どんなに安全性を確保したところで、死ぬときゃ死ぬんだ」

とても天王寺に風呂に入ることを提案した男のものとは思えない発言である。
あの時は血塗れの方が誤解を招きそうだったのもあり、正当性を兼ねることが出来ているのだろう、と天王寺は内心で推測していた。
推測したところでどうというわけではないが、天王寺は不思議と丹羽が言わんとすることを察す。


「そんな中で、……そうだな。後悔ないように俺は行動したいんだ。きっと……今、銃を撃った奴を、一見もせず放置しておくのは、きっと俺は後悔することになる」


天王寺の予想は、当たった。
実際『死ぬときは死ぬ』というのは間違いではなく、真理とも言える事柄だろう。
事実。丹羽雄二は今回のバトルロワイアルが始まってからここに至るまでに、大塚英哉鬼一樹月の死と遭遇しているし、彼自身一度死を体験しているのだ。
死に対することで言えば、目の前の二人よりもよっぽど理解を得ている。

その中で、彼の決意はあくまでも自己満足から派生した彼なりの正義を貫きたかった。
たとえばそれは、河田遥を身を挺して護った時のように。
たとえばそれは、天王寺深雪を身の危険を顧みず更生させようとした時のように。

「……何があなたをそこまで突き動かすんですか」
「言っただろう……。俺はしたいことをするまでだよ」

狭山は彼の思考を不思議がる。
思えば最初に会った時も、彼は見捨てたほうが確実に逃亡成功率は高まるのにもかかわらず、天王寺の手を引き続けていた。
狭山だったらどうするか、と言うのはさておいて、彼の行動理念はどうにも理解出来るものではない。
とても、昨日まで変哲もない人々と、変哲もない生活を送っていた彼女には、分かりえない境地の思考だ。

それでも、信用できないかと言ったら、そうではない。

「……じゃあ、分かりました。そこまで強い意志があるのに私が止める義理はありません」

この場はこれで引いておいた。
彼女は、彼の言葉を覆すほどの強い意志をもっていた訳ではない。
彼女は、彼の意志を尊重と同時に、強固な意志を前に屈したのだ。

「我儘で悪ぃな……。……狭山の好意は素直に嬉しいよ」
「……礼を言われるほどの事はやってませんよ」
「そうかよ、じゃあ勝手に感謝しておくさ」

丹羽は微笑んで、天王寺の方へと視線を移した。
蚊帳の外で傍観者を気取っていた天王寺は急に話が振られ驚いた様子で丹羽を見る。
その様子を丹羽と狭山は微かに笑い、口調に笑いを残したまま丹羽は天王寺に言った。

「んじゃ、とっとと行ってするべきことをやってくるぞ。天王寺、狭山のこととか判断とか宜しくな」
「え、ええ。精々頑張ってください」
「そういうときは頑張ってね、でいいだろうに……」

嘆息。
狭山は二人のやり取りをどこか羨ましそうに見つめる。
その視線の居心地はあまりよろしくなかったのか、慌てた様子で丹羽は身体を例の発砲音の方へ向ける

「改めて、行ってくるよ……」

彼は言い残すと、今度こそ走りだした。


そして今に至る。
狭山と須藤の、再会へと。



 □ ■ □



丹羽雄二と天王寺深雪は同時に失敗を悟る。
判断は瞬時に行われ、刹那には結果が叩きだされていた。
――その失敗は、丹羽や天王寺を傷つけるものにあらず。


「――――須藤、くん? 浅倉……くん?」


狭山がその言を洩らした瞬間。
誰よりも焦りの汗を流したのは、丹羽であった。
天王寺もまた、どうしましょうかといった青い顔で、丹羽にアイコンタクトで伝えようと試みる。
――一向に解決案は、出てこない。打開策が見いだせない。
何に対して? ――決まっている。この須藤と狭山の邂逅と言う単純明快な事象に対しての、解決案、打開策。


「……狭山……さん」


須藤凛は、浅倉の死体を前に、顔だけをこちらに向ける。
泣き腫らしたその顔には、悲痛な笑みが浮かんでいた。
――恐らくは、狭山に会えた嬉しさから、絶望の淵から見えた微かな光を縋った結果なのだろう。

それでも丹羽も天王寺も、そして狭山や須藤にとって。
望まない再会だったであろう。
少なくとも丹羽が須藤の立ち位置だったら、こんな再会は望まなかった。
こんなにも、悲しい再会は――心を痛めつけるだけなのに。親戚の葬式に顔を出すのとはわけが違う。
現実を直接受け入れなければいけない――そんな辛さに、変哲もない中学生が、耐えられるわけがないのだ。
よもや狭山は、本心から『友達に会いたい』と心底から願っていた――始末、この現状。……丹羽はそこまで考えて、一旦思考を閉ざす。
見れば、酸素の足りない魚のように、口をパクパクさせていた狭山から、ようやく言葉が紡がれようとしていたからだ。


「……ねえ、浅倉くんは……」


狭山が訊ねる。
いや、訊ねるというよりも、確かめる、と言う描写の方が適切だ。
――浅倉翔の死は、あまりにも分かり易く見てとれた。この状態で生きている――と信じる方が間違っている。
血は今でもあふれ、須藤の服を巻き込んで浸食していく。

狭山だってそんな事は知っていた。
眼前で広がるこの景色を、見れないと言う方がおかしな話で、狭山が例から漏れるなんて事もない。
死んでいる浅倉翔を抱える、泣き顔でこちらを見つめる須藤凛の姿は、実にはっきりと。一分の訂正箇所もなく視認する。
それでも。
彼女は問うた。
受け入れ難い現実を、最後まで否定しようと。
言わば現実逃避をしたい彼女は、最後の藁(希望)に縋っていたかった。

……だけど。
彼女が何を思おうとも、現実は揺るがない。
須藤の口から重々しく、事実が述べられる。


「……浅倉は死んだよ。……青髪の奴にたった今、殺された」


胸が裂けるような痛み。
四人が四人とも――須藤を含めて、その言葉が耳朶を通り抜けた途端に、楽天的なことは考えられなくなる。
緊迫された身体。
唇を動かすのすら、躊躇われる雰囲気の重圧。
空気に温度はあるのだろうか?
そんな他愛のない疑問すら湧くほど、凍てついた空気。
少なくとも、丹羽と天王寺は二人の間に言葉を挟もうだなんて、とてもじゃないが思えなかった。
出来ることなんて何もない。
どうしようもないほど、今のこの現状は当人らの問題だ。
狭山と、須藤。そして浅倉の遺体を見つめる他に、彼らは凍てついた空間の中、行動できない。


「……、で」


最中。
狭山は口を開く。
マシュマロのように柔らかな唇は、端正な形を歪め、言葉を排出する。
されどノイズが混じったかのようにその言葉は何処に消えた。
「……なにかな」と、何も感じられない、まっしろよりも虚無な声で須藤は狭山に促す。
光失せた双眸を埋(うず)める浅倉を抱いて、須藤は未だ浮かべた涙を拭う。
されど狭山はそんな彼の悲痛な姿を見つめず、冷たき地面を向いたまま、声を絞り出す。


「なんで、須藤くんは……須藤くんは……! 浅倉くんを助けきれなかったの?」
「……え?」


柔らかな唇から漏れ出したとは思えないほどの、捩られた金属片のような――冷たさと、鋭さを纏う言葉を。
クラス一の美少女、とも謳われる綺麗に整った美顔を、酷く歪め、ありもしない責任の所在を、須藤に付きつける。
何よりもまず先に。
この場の誰もが負うべきでない責任を、須藤に擦り付ける。

本来はそうするべきではなかった。
ゆっくりと、ゆっくりと空気を和らげてから、落ち着いた状態で、話を進めていければ、それが最善だった。
けれど、狭山は既に我慢がならなかった。
――どうしても理不尽に、それもよりにもよって級友の、浅倉がどうして死んだのかと言う、疑問を氷解させたかったのだ。
彼女の心は、友人の死を突きつけられて、それでもなお落ち着いてられるほど、異常じみていない。――違う、彼女は、あまりにも『変哲もない』学徒なのだ。
せわしなく転がり落ちる精神状態の中、彼女の言葉は、止まらない。――須藤に向けて、糾弾の弾丸を込めて――発砲する。


「だって! だって……なんで! 浅倉くんが死ななきゃいけないの!?」


期待していた。
狭山雪子は、友達に再び会えることに期待をしていた。
それは揺るがぬ本心で。
今の彼女の行動の主柱となっていた、と断言しても決して過言にあらず。

だからこそ、夢を見ていた。
全員が無事に、合流できる事を。
――蜜のように甘く、見ていた。楽観視をしていたのだ。
彼女にとって、人が死ぬということは、常識の範囲外で。
あの非現実――馬鹿みたいな強者と巡りあってなお中途半端ながら無事に生きていた、という事実が、どこか狭山を油断させていた。
全員、何があっても無事でいるだろう――そんな意識を、無意識の奥底で芽生えさせていた、とでも言うべきか。


弾丸(コトバ)を鼓膜に受けた須藤は、呆然とその言葉を聞いた。
須藤はきょとんと、狭山の問いを吟味して、ようやくその意味を理解する。
そうでもしない限り、意味すらも解きえない理不尽な問いだった。

須藤は、考える。
――そもそもどうして俺がここまで言われなきゃいけないんだろう、と。
そりゃそうである。
須藤だって別に浅倉を死なせたくて死なせたわけじゃない。
例え須藤に非が山のようにあったところで、究極的に悪いのは先の青髪――早野正昭に変わりない。悪意を以て殺したのは彼だ。

須藤にとっては最善を尽くしたつもりだった。
一生懸命に、浅倉と共に早野を打倒していた。
なのに。
憧れの狭山から向けられる視線は明らかに糾弾を意味している。
まるで自分がすべて悪いと言われているかのように――自分の無力さを突き詰められるかのように。

おかしい。
須藤は思う。

「……んだよ」

こんなのおかしい。
須藤は思う。

「…………なんで……俺が……」

何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
須藤は思う。

「…………違、う…………べつに……浅倉は………」

だからだろうか。
須藤の顔から、狭山に会えて得た、僅かな安らぎの色が徐々に褪せていく。
――先ほど飯島遥光と議論を交わした時のように、怒りに似た感情を顕わにさせす。
勢いのまま須藤は言葉を放つ。

「――――違うっ! 違う違う違う違う違う!!」

――散々彼は、ここに至るまで疲労を積み重ねてきたとは言った。
そう、彼はここに来るまで、あまりに無茶をし過ぎてきた。
その疲れが、ここに来てもまた、足を引っ張る。――思考の短絡さや、本能に対する無抵抗を招く。
紅に染まる声が、張り上げられた。


「知るかよっ! んなもん俺が聞きてえよ!!」


頭の中で――弦が。
怒りの糸が弾かれる。
周りの景色から、彩りが消えていく。
まるで燃えるかのような紅蓮が、三度須藤の視界を支配する。

もはや彼にとって狭山雪子の事などどうでもよくなっていた。
彼の言に狭山の問いに対する解は含まれていない。

そうするまでの、余裕が欠落している。
今の彼には、自らを正当化するのに必死になった。
それを阻害する狭山のことなど、気にも止めようともしない。
――俺は悪くない。悪くない。悪くない。
呪縛のように纏わりついた、呪(まじな)いの言は、いとも容易く須藤の正当化を助長する。
自分の行動を信じた、正当化ボーイの姿に、一時間ほど前の輝ける栄光は失せていた。
鋭い視線で狭山を睨む。
その瞳のどこにも、好意の文字は存在しない。
躍起となった心に、頭には冷静さが欠け、一つの、かつて命だったものに振り回される形で、須藤は――追随して狭山の理性が汚染される。

ただでさえ正常な思考が出来そうにないほどの驚愕の念は拍車がかかったように。
睨みつけられた狭山は、悲痛に声をあげる。


「知らないってわけがない! 浅倉くんのした……そんな浅倉くんを抱えて、なにも知らないわけがないでしょ!?」


狭山の恐怖は和らいでいた。――立腹に中和されていた。
さりとて心内は穏やかではない。
動揺は、波紋となり。波紋は、津波へと変わる。
大きく揺れ動いた、隙だらけだった感情は、あっという間に色合いを変貌させた。
ラブリーな天使は、一瞬にして翼をもぎ取られる。墜落した天使の先に待ち構えていたのは――行き止まりの現実だった。


「須藤くんを責めるなんて真似はしない。だけどワケぐらい話してくれたっていいじゃない!」
「だから知らねえっつってんだよ! 俺は悪くねえんだ!! どうしてそんな眼で俺を見る? 違えだろ、あいつら殺人鬼が悪いんだろうが!!」


荒げた狭山の声に、間髪もおかず須藤も意を吐き出す。
責める真似なんてしない――そんな微細な言葉すら、須藤の非を訴えているような気がして、気持ちが悪かった。
浮ついた彼の心には、如何なる言葉が通ることはない。
彼の心に入った傷も、心で縫い合わす必要がある。
だけど彼はそれを拒む。
呻きを砲撃に。
焦りを城壁に。
天守に佇む『須藤凛』という人間、人格を護るために、城は狭山の前に立ちはだかる。


「だからそれは話してくれなきゃわからないじゃない!」


堅牢にして荘厳と門を構える、心理の壁を崩す術を、狭山は知らない。
故に、彼女は門を崩さず、強硬突破を試みようとする。
それは須藤の反抗心をくすぐるだけで、最良の方法とは言わない。むしろ、改悪策ともとれるだろう。
懊悩としても、解は出ない。
どちらにしたところで、両者共々まともに話し合おうとする意が欠いている以上、この現状が解決する見込みなど――零に等しい。
丹羽も天王寺も、口をはさむ気配はなかった。


「んなもん分かるだろっ! 大体どうして俺が浅倉を殺さなきゃならないんだ、普通におかしいって。そんな眼で俺を見んなッッ!!」


須藤は分かっていた。
自分の言っている不条理さも、同時に狭山の言葉の節節から感じる正当さも、分かっていた。
この場で今、誰が悪いのか。
理解をしているし、須藤の大きく空振りした決意が全てを台無しに持っていったのも今では頭の奥底では理解は得てる。
現実に抗っている――なんていう格好いい言葉を使うつもりはない。
それでも認めたくなかった。認めてほしくなかった。
自分の失態が、浅倉の死を呼んだなんて、信じたくなかった。
その感情の理屈はあまりに単純で明瞭。説明不要なほど、簡単な理由。
幼稚な感情だとは、知っている。――それでも激情は滞ることを知らない。
命の重さは、須藤からしても、述べるまでもなく重い。
幾ら死体に見慣れてたとは言っても、重さが失われた訳じゃない。
知人――いや、それを上回る関係性でもあった浅倉が、目の前で死んで、須藤の心が揺れ動かないわけがない。

だからこその正当化。
奥底では理解しているからこそ、その事実を受け入れ難かった。
何度も何度も、心で唱える。

 ――俺は正しい。
 ――だからこそこうするしかないだ。
 ――全てが丸く収まるためには。
 ――この世界が、優しくあるためには。
 ――【 全て 】を騙すしかない。

自分に対する正当化。
非情な現実に対する憤怒。
様々な思いが混濁したまま、須藤の時間は流れてゆく。
されど、押し問答も長くは続かない。

「もう、いいよ……狭山さん」

須藤はふと、流れを断ち切る。
話がかみ合ってない事――かみ合わせていないこと。
須藤はそんなことは分かっている。それでも、「どうして引いてくれないんだ」と引き際を失った狭山に対して、思わずにはいられない。
狭山とて、同じだった。皮相な考えが両者を支配する。
言葉の穂を狭山が継ぐ。

「私だって、もういい。……須藤くんがそこまで分からず屋だなんて、知らなかったよ」
「…………そっくりそのまま返してやる、一旦さ、どっか行ってくれよ」


……傍らで、静かに傍観に耽っていた丹羽は、その言葉を呆然と聞いた。
いやいやいや、と内奥から今までの須藤と狭山の掛け合いを、否定する。
気持ち悪く空々しい二人の会話は、正直聞いていて、煩悶して苛立ちにも似た感覚が冴える。
どっちとも悪いところはあったが、だからといって、決別するほどの内容のある掛け合いとは見えない。
ゆっくりと話しあえば、絶対によりは戻せる――戻せはせずとも、回復は出来る。そのはずだった。
そう、流石にこのままではいけない、と。
丹羽が言葉を投げかけようとしていた時――声は隣からあがった。


「……それは、あなた方の望んだことなんでしょうか」


天王寺深雪は、心底不思議そうに二人に問う。
掌で銀髪をなぞりながら、真摯な瞳がそれぞれ二人を突き刺す。

「別に、それならそれでいいんです。私は、どうこう言う資格なんてないですから。
 でも、本当にお二人はこのようなことをしたいって願っているんですか」

二人の視線の矛先が、天王寺に向く。
穿つように刺さる視線を意に介さないで、二人を見つめ続けた。
そんな天王寺の視線を受け。
二人の視線は、自ずと浅倉翔の元へと寄って行った。
――――今、どんなことがしたいのだろう?
幼稚な疑問が、両者に生まれる。答えは明瞭で言葉にすれば呆気ないもの。

「狭山さんが、私と丹羽さんに向けていった『友達に会いたい』っていうのは、どうなったんですか。会えれば――それでよかったんですか」
「…………」

そうだった。
狭山は丹羽らにあった時の事を回顧する。
――浅倉の死体を見て、現実逃避の靄が思考を汚染したあの時から、忘却に葬られた、願い。
友達に会いたい。
自分の本心からの願い。
会って、笑いあって、日常に帰る――それが、狭山雪子、唯一つの望み。
――そうだ、諦めきれる望みではない。
今こうして、目の前には須藤凛がいるのだ。……全てが潰えたわけではない。


「須藤さんがどのような考えを持っているかは分かりませんけど、それでも友達思いなことはそこはかとなく伝わりました。
 それでいて、どうしてこうして言いあっているんですか。こういうときは、喜ぶものじゃないのでしょうか」

須藤は黙す。
何を言おうともしない。
浅倉の死体を力強く抱きしめた以外に、行動に変わりはない。
ふと見ると、涙は乾いていた。
よほど、未だ生乾きの天王寺の髪の方が、湿っぽい。

「確かに人の死は重たいです――それは本当に、重たいものなんでしょう」

天王寺深雪は言いながら、顧みる。
そうだ、人の命は重い――ナイフで刺したら、ポンッっとなくなってしまうほど、儚く、それ故美しく、重い。
いつも行使していた、『任務』、『命令』とはわけが違うのだ。
身をもって知っている。
人の死が――退廃への道標となるのは、心がない。


「狭山さんにはもう一度言いますが、私は『したいこと』というのが、自分自身でわかりません。
 だから本来は私がこのようなことを言う資格なんてないんでしょう」


彼女は、鬼一樹月の死を、殺害という事実はどのような道標となったのだろうか。
退廃だったのか。発展だったのか。
何が正しいのかは、天王寺じゃなかったとしても、おおよその人間が、大見得切って言えることではないだろう。

「――でも」

丹羽だって。
丹羽が正しいと思えることを言ったまでで、それが社会のすべてに通じるとだなんて、天王寺自身も含めて思っていない。
通じない相手には、通じないだろうし。
反感を買う相手には、買わす以上の意味など生まれない。
だけど。
否、それでも。
今の天王寺からしてみれば、狭山と須藤の言動は、当事者らが困窮をする以外の価値が、ない。あまりに儘ならない。


「――時には本心から、話すことは大事なはずなんです。とても私には、お二人が本心からお話しているようには思えません」


偽ることは、時として無為である。
天王寺は知っている――つい先刻までがそうだったのだから。
困窮の果てにいた彼女は、甚く感じることができたのだ。

「…………それは」

狭山は、洩らす。
その頭には落ち着きの色が徐々に姿を現す。
現実逃避の靄が、霧散する。
そうだ。その通りだ。
浅倉を悼む気持ちも大事だけど、須藤を蔑ろにする理由は何処にもない。
若干こじれてしまった仲を取り戻す必要がある。
決裂は、狭山の望むところではない。
改めて、須藤の顔に視線を移して――。
瞬間。



「うっせぇよっ! 何も知らねえ癖にウダウダ言ってんじゃねえ!」



吼く。
須藤の怒号が、三者の耳朶を強く叩く。
狭山の動きが止まる。
お構いなしに、浅倉の死体を強く抱きながら、須藤は続けざまに吐き捨てる。

「なんだなんだなんだよッッ。結局おまえらは俺が悪いって言いたいんだろ! 俺が、浅倉を護りきれなかったことを責めたいんだろ!
 こんなん誰も望んでなかったよ、狭山さんも、俺も! でも浅倉は死んだ。
 そのことを責めてえだけなんだろッ! 
 ああそうだ、俺が無力だから浅倉は死んじまったんだ! 重い命を奪ったのは俺も同然なんだよ!」

手のひらを返すような自供と同時に、それでも狭山たちの介入を拒む。
機械のように、停止した狭山とは裏腹に、あくまで人間らしく、動物らしく、鬱勃と放つ。
獅子の如く気迫に秘めた、ウサギに通ずる儚さ。
しっちゃかめっちゃかに掻き乱された心に余裕はありはしない。――他者の言を素直に受け入れるほどの、寛容でいて然るべき行いを執る猶予もない。

「勝手なこと吼えてんじャねーよ。俺の気持ちを勝手に改竄してんじゃねェ!! 分かった振りしてんじゃねえよ!! そういうんが一番ウゼェんだッッ!!!」

怖かった。
厭わしい感情の激流が、それでもなお止まる兆しを見せない。
固陋していく心の視野が、須藤の思考をますます短絡化への道へ誘(いざな)う。
凋落すべく思考は堕落の一路を辿って行く中、狭山は明らかに憮然とした態度で須藤の態度を噛みしめる。
これはもはや撞着ではない。
ただの、須藤凛の、独りよがりな現実逃避でしかない。

意志の疎通は、もはや不可能。
狭山はもとより。
天王寺はもとより。
丹羽だって、どう接すればよいのか、全くもって分からなかった。
――繊細な年ごろと言えば、それまでなんだろう。
世の中には思春期と言う都合のいい言葉だって現に存在する。
無茶に溜めていた疲労が。
無茶に耐えぬいた徒労が。
彼を、穿つ。

「もう、いいよ……そうだね、須藤くん。わかった」

そんな須藤に向かう、狭山。
悟るように、諭すように須藤の言葉を受け入れる。
そして同時に――彼女のここにいる意志が、ここにいる意識が、ここにいる意味が、大きく揺れ動いたということだった。

「私は別に、須藤くんが嫌がるのなら、一緒にいようだなんて思わない。一緒にいたって仕方がないもんね」

一瞬。
語尾が強まる。
されどお構いなしに、天王寺が問う前よりも、修正不可能な状態で、言葉は続く。

「ごめんね。変に構ったりして。私が、悪かったです」

言葉は感情を伝える、コミュニケーションの道具である。
それは例え、真意じゃなくても。
それは例え、本意じゃなくても。
人と人は、所詮言葉でしか会話が出来ない以上、言葉で得た情報で、相手を理解するしかないのだ。

狭山が須藤が体験してきた経緯を察するには、須藤の言葉を聞かなければ始まらないし。
須藤が狭山の仲間を思ってきたこれまでを知るには、やはり狭山の言葉を留めなければならない。
逆もまた、同じだ。

「だから、優しい須藤くんのことだから、私のことを気にしてくれるかもしれなから、言っとくね」

二人の関係は形だけの悲劇に過ぎない。
二人の対立は言葉だけの悲劇に過ぎない。
だけどそれでも、一度決したものを巻き返すのは難しくて。

「――――須藤くん、私はあなたの事が大っ嫌いでした」

人と人は、不器用だった。
彼と彼女は、あまりに言葉を頼り過ぎた。
感情の正しい表し方。
少年少女は、それを理解していない。
だから、飯島遥光ともうまくいかなかった。
だから、一刀両断ともうまくいかなかった。
だから、狭山雪子ともうまくいかなかった。
もう、分かりきっていたことなのに。
それでも少年は、感情を制御できずに、ただ喚いた。
少女もまた、それを諭すような真似が出来るほど、成熟した人間ではない。
青い果実は、不味いのだ。
青い果実をかじっても、得られるものは不快感。
少年は。
少女は。
それを知らずに、互いの身をかじった。



「じゃあね。須藤くんも頑張って生きてください」



だから、悪の細胞は、急激に活性化する。
物語は――冗長な前ふりをもって、二人の中を決した。
それは、これまで須藤が掛けあってきた言葉の中で、最も軽い言葉で締められる。

狭山雪子は、後ろを振り返ることなく、立ち去った。



時系列順で読む


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070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 加藤清正 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』
070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 璃神妹花 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』
070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 須藤凛 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』
070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 銀丘白影 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』
070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 小神さくら 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』
070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 丹羽雄二 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』
070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 天王寺深雪 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』
070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 浅倉翔 070失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』
070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 稲垣葉月 070失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』
070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 狭山雪子 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』
070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 東奔西走 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』
070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 早野正昭 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』
070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 被験体01号 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』

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最終更新:2013年01月08日 20:49