矢部翼は、エレベーターに乗っていた。
確かにデパートの中を捜索するのは有益である筈なのだが、それで大切な時間を無駄に浪費してしまっては元も子もない。
それに、歩き回ることで溜まっていく疲労だって皆無ではないのだ。
小さくたって塵も積もれば山となる。
手持ちを整えすぎたのが原因で殺し合いをリタイアなんて羽目になったら、本当に笑えない。
もう二度と負けるわけにはいかない。
矢部はエレベーターの一階のボタンへと右手を伸ばしながら、囚われの身となった妹の顔を脳裏に思い描く。
彼女を助けられなかった。
結構健闘したと自分でも思うが、結果は途中敗退。
「…………情けねえな、今更弱気かよ」
矢部は心の中で一瞬蠢いた弱気の虫を笑い飛ばすだけで振り払うと、何の躊躇いもなくボタンを押そうとして、手を止めた。
このデパートの探索はお世辞にも進んでいるとは言い難いのだが、ここで唐突に、見落としていたとある支給品の存在を思い出したのだ。
武器は手に入っていたし、大体こんなものを渡されてもどうしろというのだといった感じで、スルーしていたのだが。
此処はデパート、多重店舗の複合店。
ならばホームセンターのブースも入ってはいないだろうか?
矢部は適当な階のボタンを押すと、エレベーターを出て、それから店内の見取り図のようなものがないかを探した。
結果、それはすぐに見つかった。
人無は悪辣な人物だと矢部は心から思っているが、こうした手がかりは残してくれていたことに少しだけ感謝する。
ホームセンターは5F。
それを確認すると矢部はすぐにエレベーターへ戻り、5Fへと向かう。
(正直、なんて色物を支給してくるんだと思ったがな……こんなところで化けるとは思わなかった)
矢部はエレベーターの下降による若干の不快感を覚えながらも、自分の支給品を確認したときのことを回想する。
銃を入手できたし、手持ち無沙汰とは縁遠い恵まれたスタートダッシュを切ることができた。
そう、できたのだが。当然といえば当然ながら役に立たないような支給品もあって、その一つに一冊の物騒な本があった。
それは『危険物の作り方大全』なる、コンビニなんかで売っていそうな陳腐な表紙が特徴的なもの。
一応目は通したものの、当たり前だが肝心な材料が無ければ作れないものばかりで、外れとの烙印を押さざるを得なかった。
だが、どうだ。
自分はまだ頭を最大まで回していなかった。
自分の幸運を見くびっていたと言ってもいい。
まさか会場内に、道具を揃えるにうってつけな場所があるとは。
矢部は会心の笑みを浮かべていた。
彼の気分は、裏技を使って無敵状態になってゲームを遊ぶ時のような、そんな高揚感に支配されていた。
「着いたか」
程なくしてエレベーターは目的のフロアで停止する。
開いたドアから滑るように出ると、矢部はガンアクション映画なんかであるように、周囲へ銃を向けながら周囲の安全を確認した。
流石に二度目ともなれば、殺し合いのノウハウは覚えてきた。
やはり油断は禁物。
おそらくこれが妹を救い出す最後のチャンスであり、それを棒に振るような真似を出来るわけがない。
重要なアドバンテージを得る瞬間だからこそ慎重に、これまで以上に万全の警戒を払って、矢部は探索を開始する。
見取りを改めて把握している暇はない。
慎重を貫きつつも動きは手早く、棚を物色していく。
材料を集めることは簡単でも、それで終わりではない。
この後は店内のトイレにでも潜伏して、いよいよ本番の製作へと取り掛からねばならないのだ。
こういった作業は初めてだし、工具や薬品の知識にも特別秀でているわけでもないのだから、作業は慎重を喫したい。
だから早く、使うモノを集めておく。
棚を回って、目に付いた材料を集めていく。
およそ普通の生活を送っていれば触れることのないだろう劇薬も躊躇い無くディパックへと放り込み、準備を整えていく。
無論、劇薬なのだから落とさないようにしなければならない。
それで負傷を被ったなんて、いい笑い物だ。
時間にしておよそ十数分ほどで、とりあえずの必要な物品を確保することに成功した。
他の参加者はこのフロアに居ないと見て間違いないだろう。
「――さて、と」
矢部翼はすっかりこの極限状況に慣れた様子で、器用に棚の間を縫いながらフロアの端っこ、男子トイレへと入り込んだ。
こんなところで作業をするのは彼だって気が乗らないが、まさか贅沢を言ってられる場合でもあるまい。
適当な個室に入ると鍵を締める。
便器の上に上って隣の個室に飛び移り、また施錠を行う。
施錠をすれば否応なしに自分がいることはバレてしまうが、鍵さえ締めていれば最低限反撃の時間を稼ぐくらいは出来る筈。
それこそ手榴弾を投げ込まれでもしたらアウトだし、精々単純な拳銃程度しか扉は遮ってくれないだろうが、それでも無いよりはずっとマシだ。
矢部はふぅ、と一息をつく。
ホームセンターの存在に気付いた時からずっと気を張って動いていたのだ、肉体には大きくはないが疲労の色が見え始めていた。
ディパックを開くと、休憩もそこそこに件の本を取り出す。
……よくよく見ると、著者の項目に『人無結』の名前があった。
あの少年の遊び心だろうか。
意図はさっぱり分からないし理解したくもなかったので、矢部はペラペラとページをめくると目的のページを開いた。
「ダイナマイト…………!」
すべての物品を作れればそれに越したことはない。
閃光弾や簡易的な火炎瓶、果てにはスタンガン、ブービートラップの作成方法まで事細かに記されているのだ。
すべてを遂げられれば他の参加者よりも格段に勝る武器を手に入れられるだろうが、さすがにそれは現実的ではないと判断した。
だから彼は比較的簡単な、かつ強力な威力を実現できる兵器・ダイナマイトを幾つか作成してみることにした。
用途は手榴弾より多種多様だ。
あちらはピンを抜いたらすぐに投げないといけないが、こいつは導火線の長さ次第で自由に爆発までの時間を調整することが出来る。
普通に爆弾としても申し分ないが、ちょっとひねって。
例えば簡単な時限爆弾のようにしても使えるだろう。
材料は、意外にも手頃な物品だ。
混酸を作るための、硫酸と硝酸。
ニトログリセリン、ニトロセルロース。
それだけあれば爆発力は実現することが出来る。
ある手順をしっかり踏まないと、ダイナマイトで資産を築いたノーベルのように、大切なものを吹き飛ばすことになってしまう。
だから作るときも気は抜けない。
「しっかし、こんなの手順さえ分かれば中学生でも作れるぞ。大丈夫なのか、今の世の中」
ああ、いや。
大丈夫ではなかったな。
矢部は自分の参加しているこのゲームを省みて苦笑した。
もしかすると自分はもう、大分色々と麻痺してきているのだろうか。
首尾よく殺し合いを制し、妹を救い出すことが出来たとして――それで矢部翼は、元通りの日常に戻れるのか。
考えるまでもない。矢部は再び笑う。
戻れるわけがないのだ。自分はもう何人もこの手で殺めてしまった。理由があったとしても、そいつは理由としちゃ下の下だ。
妹は救わなければならない。
これまでに殺してきたすべての人達の死を無駄にしないためにも、俺は何としても悲願を遂げなければならない。
彼女は――日溜まりの中で笑っていればいい。
俺は――――、
「……こんなもんか。あとは導火線を付けてっと」
一個目のダイナマイトが完成を目前にしていた。
どれくらい時間が経ったのかは分からない。
少なくとも、体感時間よりは長い時が流れただろうと思う。
下らねえ、と矢部は先程まで抱いていた一種の迷いを吐き捨てる。
なにが戻れないのかもしれないだ。
そのくらいのことは、覚悟している。
ちゃんと割り切った上で、こうしてるんだ。
自分で選んだ道なんだから、笑うのも泣くのも自分次第。
でもまずはやるべきことをやる。この道をウォーキングコースに例えたなら、まだ半分にも差し掛かっていないのだ。
そんな序盤で終わった後のことを考えるだなんて、取らぬ狸の皮算用もいいところだろう。
気分を新たにして、矢部はニ個目の製作を始める。
手持ちの材料では四個がせいぜいだが、とりあえずは十分だ。
とっとと作り終えて、少し身を休ませたらまた血生臭い殺し合い。
「休んでいる暇はないな」
そう言うと、矢部は別なことを考え始めた。
それは、このダイナマイトの使い方についてだ。
威力のほどは、まさか実際に起爆させて試すわけにもいかない。
実用してみて初めて分かることなのだが、一応過信はしないでおく。
だがまあ、人無結が無益なブラフをバラマくとは考え難いし、対人相手なら十分な殺傷力を誇るのは間違いないだろう。
手榴弾と先程比較したが、もちろんこっちが万能というわけではない。
あちらのように状況に応じて臨機応変に起爆出来る代物ではなく、相手に見つかってから使うのでは遅すぎるような、厄介な代物だ。
攻撃に使うなら、先手を取るか。
もしくは先に仕掛けておいてその場所へと誘導を行うか。
後出しにほぼ用途が限定される武器というのがここまで扱いに困るものだと、矢部はこのとき初めて知った。
便利で強力ではあるが、知略が要求されそうだ。
「由美子――」
ぼそりと声が漏れる。
嗚呼、あいつは今、どこで何をしているのだろうか。
まだ無事でいるだろうか――それとも。
考えるだけ無駄だと矢部は首を振る。
どうせ、じきに全ての願いは叶うのだ。
自分の優勝で、このゲームは幕を閉じる。
「…………――――」
ただ黙々と、作業へ向かう。
こみ上げる不安から逃避するように、手を動かす。
作る。作る。作る。作る。破壊の道具を。
小一時間ほど経過した頃だろうか。
矢部は手持ちの道具で目論見通りの数のダイナマイトを製作し終えると、来たときと同じく慎重に個室を出た。
ディパックに入っている限りは安全な筈。
(俺は、やらなきゃならないんだよな……)
自分の不運を呪いながら、それ以上に妹の無事を案じながら、マイナスの雰囲気をその全身から醸しつつ、矢部はエレベーターへ乗り込んだ。
彼の冒険(あくむ)は、未だ終わらない。
【Cー2/デパート・エレベーター内/一日目/日中】
【矢部翼@需要なし、むしろ-の自己満足ロワ3rd】
[状態]:背中にダメージ
[服装]:特筆事項なし
[装備]:Gew41(W)自動小銃(10/10)
[道具]:基本支給品一式、Gew41(W)弾倉(1)、『危険物の作り方大全』、ランダム支給品1(武器はなし)、自作ダイナマイト×4
[思考]
基本:妹の安否を知るために優勝し、主催者に会う。
1:もう迷わない。
2:目に付いた参加者を片っ端から殺すつもり。
[備考]
※本編死亡後からの参加です
※
熊本潤平、
香坂幹葦(狼化状態)の外見のみ把握しました。
※デパート5Fの男子トイレ個室内に、ダイナマイト作りに使用した材料の余りが放置されています
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最終更新:2013年02月11日 03:13