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昭和冷戦期①


皇紀2623(昭和38/西暦1963)年
 国連は総会に於いて世界危機に端を発した一連の戦争に対し「第三次世界大戦」の呼称を付与。実際の戦闘行為による「直接的」推定死者数を8億2706万人=総人口(30億人)の27%(内大半が核攻撃によるものである)と推定し、日府米ソによる完全封鎖政策が取られた支那大陸と印度亜大陸で、新型インフルエンザによって今後10年以内に最低でも延べ10億人(生まれてきても直ぐ死ぬであろう人数が勘定されている)以上の死者が見込まれると発表。
  • 1月
 国連総会に於いて日府米ソは共同でフランスによって散布された新型インフルエンザウイルスの概要を公開。極めて強い毒性を持つ飛沫感染型で、より詳しい解析にはフランスから押収した資料の分析が待たれるが、少なくとも第一次世界大戦末期に流行したインフルエンザに対するワクチンまたは抗生剤の類が効かないものと見られ、仮に支那大陸または印度亜大陸からの流出を許した場合、人類滅亡に瀕する可能性があるとし、大戦末期の戦略核攻撃と港湾から生活に至るまでの文明的施設の破壊、戦後の封鎖政策継続姿勢を正当化した。
 ポーランド王国、統治機構が実質的に崩壊し混乱する旧ドイツ帝国領プロイセン王国東部を保障占領。航空偵察と西から東へ逃れた人々の証言から、ワイマール以北で深刻な放射能汚染が発生していると判明。プロイセン王室は行方不明に。
 ブラジル帝国、フランス領ギアナの併合を宣言。
  • 2月14日
 フランス人(有色人種除く)の人口が極めて多く(1000万人)占領統治の面倒を嫌われた為、フランス人を代理統治者として戦勝国へ貢がせる策源地とする予定だったフランス領アフリカでクーデター。ダカール港に浮上した「ル・ルドゥタブル」の核弾頭を装備した弾道ミサイルとアフリカ大陸に保管されていた核弾頭を以て「正当なるフランス人民のフランス人民によるフランス人民の為の政府」である自由フランス人民共和国を宣言。フランス国内の貧困層を支配者層として移民させフランス人民戦線内閣流の教育を施された、白人至上主義の共産主義者から成る「赤いフランス」が出現する。
  • 2月15日
 国連は緊急総会を開き、核武装した自由フランス人民共和国への対応を協議するも、既に核弾頭の在庫の殆どを先の核攻撃で使い切った(としている)各国では、即応核戦力が支那・印度両地域の封じ込め作戦に拘束されて払底しており、既に大陸封鎖以外の面では復員体制に入っていた為、これ以上の核弾頭の使用は核戦力バランスを崩す可能性もあり、先制核攻撃による強制的武装解除(物理)を断念。
  • 2月16日
 フランス国内で自由フランス人民共和国成立を受けて扇動された市民が、「敗北者」であるド・ゴール政権に対する反政府デモを開始。一部が進駐軍と衝突する。
  • 2月17日
 ダカール港に潜入したイタリア軍特殊部隊が「ル・ルドゥタブル」に機雷を取り付け爆破。「ル・ルドゥタブル」は沈没を免れたものの坐礁し大きく傾斜。当面の間、弾道ミサイル発射不能となる。
  • 2月18日
「自由と平等と博愛の精神に満ちた自由フランス人の思いに鑑みて」自由フランス人民共和国は「核兵器による先制」を否定し、「叛乱軍による同胞同士の内戦激化を避けるべく」植民地へ退避し、改めて「疲弊した本国を回復する為に必要な国家そのものの一時的な移転」を行った「正統なるフランス政府」であるとし、国連に対し「正式な講和条約締結の仲介」を要求。誰も額面通りにその宣言が守られるとは思って居なかったものの、敵の全滅と引き換えに自軍の半壊を経てやっと講和が成立した矢先の再決戦に及ぶ力は(少なくとも欧州・大西洋上には)無く、各国は万一の際の報復体制を取りつつも交渉に臨む事に。
  • 2月19日
 自由フランス人民共和国、交戦国に対しド・ゴール政権の締結した降伏文書の条件を追認。更にド・ゴール政権を「旧本国に残存した自治政府」とし「賠償の実行は新本国とは独立した外交権を有し採算制度を取る旧本国が行う」「新本国たる自由フランス人民共和国はフランス人民存続の為、今後一切の賠償請求に関わらない」「旧本国では生活出来ない人々の新本国への移住を妨げない」事を認めるなら、「核兵器の常設国連軍による新本国内での凍結措置」に応じるとする。
  • 2月20日
 フランス本国が二度と足腰立たなくなれば良いことと、核戦争の恐怖さえ去れば良いこと等から、政府の内心は兎も角、凄惨な核戦争を目の当たりにして厭戦気分の漂う市民により、自由フランス人民共和国承認の動き高まる。各国は国内安定に拘束され対外的な反応が薄くなったド・ゴール政権を半ば無視する形で交渉に臨む。
  • 2月21日
 自由フランス人民共和国と交戦国の間に講和条約調印。先の要求をほぼ追認する形となり、常設国連軍による監視部隊が「ル・ルドゥタブル」から弾道ミサイルを取り出し、或いは自由フランス人民共和国の国内に於いて核兵器を保管すること等が取り決められる。
  • 2月23日
 ド・ゴール政権への反政府デモ、沈静化。自由フランス人民共和国、ド・ゴール政権と会談。自由フランス人民共和国支持者で何時でも倒閣される恐れのあるド・ゴール政権、自由フランス人民共和国に屈する形で事後追認。新本国への移住希望者第一陣の出発を5月に定める。
  • 3月
 アメリカ、キューバ全土を完全制圧。パナマ共々の併合を宣言。完全崩壊したパナマ運河の再建を諦め、閘門を持たない新パナマ運河の建設を発表。
  • 4月
 ザクセン王国、バイエルン王国、ヴュルテンベルク王国、ラインラント諸侯国連邦の旧ドイツ帝国加盟国が国連に加盟。各国から承認を受ける。
 ポーランド王国、史実国境線より以東の旧ドイツ帝国領プロイセン王国地域の併合を宣言。併合地域より以西では深刻な放射能汚染が見られる為、国境を封鎖することを宣言。旧ドイツ帝国加盟国も追随。
 旧ドイツ帝国軍の残存部隊、各々の兵士は其々の希望した旧ドイツ帝国加盟国に帰属させ、装備品は各国で受け容れられる分については引き受けることに。故郷を失った者と各国で受け容れられなかった装備品に関しては常設国連軍が受け容れ、また海軍艦艇に関しては沿岸警備に必要な小型艦艇以外の大型艦が常設国連軍に希望した人員ごと委譲された。
  • 5月
 旧仏領印度支那、三分割され越南帝国、柬埔寨王国、ラオス王国の独立準備政府が成立。日本による統治機構構築と人員育成が完了次第の独立となる。
 フランス、新本国への移民第一陣が出発。移民希望者は本国に残存する人口の半分(2000万人)にも及ぶ。
 ワルシャワ条約機構、調査の結果ワイマール近郊で炸裂したのは水爆の中でも特に放射性降下物の多い「3F爆弾」であり、調査結果から直接の爆発から生き残ったワイマール市街も極めて深刻な放射能汚染を受け、短時間の間に生存者多数が死亡したと見られることを掴む。示威用に独自の水爆開発を決意。
  • 11月22日
 アメリカ、ケネディ大統領がテキサス州ダラスで狙撃を受けるも、第三次世界大戦直後であることから防弾カバーをリムジンに装着していたため難を逃れる。犯人は中華系移民(=狙撃犯は史実と異なりオズワルドでは無い)で、第三次世界大戦に於いて、日本による支那大陸全面核攻撃をアメリカが掣肘しなかった事で支那大陸が核攻撃を受けて壊滅したことへの逆恨みだった。この結果、アメリカ国内での黄色人種(ケネディ政権は大戦のドサクサに紛れた公民権運動の更なる段階的な拡大に臨んでいたので、その流れを後退させかねないケネディ暗殺未遂は、他の有色人種からの怒りを買った。尤も日系移民はアメリカには殆ど居なかったが)への迫害傾向が強まる。

皇紀2624(昭和39/西暦1964)年
  • 2月
 アメリカ、第三次世界大戦に於ける戦費とパナマ運河再開削計画の資金問題から、宇宙開発計画のリソースを弾道ミサイルの早期警戒システム構築と、弾道ミサイル迎撃ミサイルの開発に集中することを決定。月有人飛行計画は大きく後退する。
  • 3月27日
 大日本帝國、荒家道南部でマグニチュード9.2の荒棲家大地震発生。安脚礼地で大きな被害を出す。
  • 10月1日
 新幹線開通。姫路~大阪~京都~名古屋~東京を時速230kmで運転する高速列車に各国が驚愕する(当時の常識的な速度でも160kmだった)。

皇紀2625(昭和40/西暦1965)年
  • 2月
 上海租界、新型インフルエンザ感染防止の為の維持費負担に堪えかねた欧州列強により、国連統治下の国際自由自治都市に。グレートブリテン領香港、ブラジル帝国領マカオも国連へと委譲される。
  • 8月31日
 大日本帝國、東海道新幹線に一年弱遅れて山陽道新幹線を開通。東京~博多間直通化。これに伴い今まで単に「新幹線」と称していた東京~姫路間の区間は東海道新幹線に改称される。更に北陸道、九州道、台湾道の各新幹線が連合帝國直轄事業として国費を投じて整備されることが決定される。
 また首都圏へ直結する路線や、大需要が見込め相対的に建設費を抑制しやすい(土地取得費が低い)が路線長が長い地域での整備を優先する方針の連合帝國とは別に、地方政府として日本帝國が半ば連合帝國政府への対抗意識を表すかのように単独で予算を投じ、関越新幹線と陸奥道新幹線を建設することが決まり、連合帝國は新幹線を始めとした交通整備需要から好景気に突入していく(好景気に突入せねば第二次支那事変以来の戦費償還が出来なくなるといった台所事情もあったが)。

皇紀2626(昭和41/西暦1966)年
 国連主導で各国政府間ホットラインが整備される。国連航空宇宙局が設立され、列強同士の見栄から地味に苦しい台所事情を隠して続けられていた宇宙開発競争の一部が、国連主導の国際共同開発へと移管。これに伴い国際的に計画が統合された為、各国で費用圧縮が発生し財政的負担が軽減される。一方、国連航空宇宙局で開発された技術は常設国連軍の装備開発計画へも反映されることになる。
  • 11月
 自由フランス人民共和国への移住者、累計500万人に達する。

皇紀2628(昭和43/西暦1968)年
  • 5月21日
 フランス本土から自由フランス人民共和国への移住が進む一方、遅々として進まない復興政策に不満を抱く市民がド・ゴール政権に対するデモを実施。これが全国規模に発展し一千万人規模に膨れ上がり、常設国連軍フランス占領軍総司令部は「公共の福祉に反するゼネラル・ストライキはフランス占領統治政策に重大な悪影響を及ぼす」としてゼネストを禁じ、実際に占領軍ばかりか周辺諸国軍が国境に布陣するに及び、デモ隊は順次解散した。この結果、フランス国内では「南の新本国の方が自由だ」という認識が広まることになり、人口流出が進むことになる。
  • 11月5日
 アメリカ、月への到達を目標に掲げながらも第三次世界大戦によって頓挫し内政面に注力せざるを得なかったケネディ政権に対し、(列強)諸国との協調による世界再編で以てアメリカの夢を世界と共に実現することを目標とする、アメリカ的ヒーローストーリーを掲げたリチャード・ニクソンが大統領選挙で当選。

皇紀2629(昭和44年/西暦1969)年
  • 4月28日
 フランス、シャルル・ド・ゴールが解離性大動脈瘤破裂により死去。フランス存続の為に嫌われ役を買って出た政府首班の在任中の死去、そして昨年のゼネラル・ストライキを占領軍への要請により未遂に終わらせたと見られていたこともあり、フランス各地で昨年のゼネラル・ストライキ残党が「祝賀デモ」を行う。
  • 4月29日
 フランス、占領軍のバリケードを突破したデモ隊が政府庁舎に乱入し放火。政府関係者が散逸してしまったため事実上の無政府状態に。占領軍は非常事態宣言を発令したものの、自由フランス人民共和国を刺激することを懸念したため、武力鎮圧の準備を整えたのみで事実上傍観。
  • 5月2日
 ド・ゴール政権の次席継承順位であるジョルジュ・ポンピドゥの死亡が確認される。国連安全保障理事会が開催され、自由フランス人民共和国の不関与不干渉を取り付けたことから、占領軍は武力鎮圧を決定。フランスの完全分割と更なる移民促進を行うことで了解が取られる。
  • 5月3日
 フランス占領軍や国境に布陣したイスパニア軍、イタリア軍が「無政府状態に於ける保障占領」を名目に各地で武力行使。
  • 5月4日
 フランス、重要な橋梁等が空爆で落とされ交通が寸断。各地のデモ隊の各個撃破を狙った分断作戦が実施される。
 グレートブリテン軍がノルマンディーに上陸。
  • 5月8日
 フランス、各地で侵攻軍に対するテロが相次ぐも全土が分割占領される。内訳は以下の通り。
・国連占領地域
 イル=ド=フランス、サントル、リムーザン、オーヴェルニュ、ブルゴーニュ
・グレートブリテン占領地域
 オート=ノルマンディー、バス=ノルマンディー、ブルターニュ、ペイ・ド・ラ・ロワール、ポワトゥー=シャラント
・イスパニア占領地域
 アキテーヌ、ミディ=ピレネー、ラングドック=ルシヨン
・イタリア占領地域
 プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール、ローヌ=アルプ
※アルザス、ロレーヌ、フランシュ=コンテはルクセンブルク=エルザス=ロートリンゲン王国領。
※ノール=パ・ド・カレーはベルギー王国領。
※シャンパーニュ=アルデンヌ、ピカルディは第三次世界大戦末期の核攻撃で潰滅後、封鎖。
※イル=ド=フランスの内、セーヌ川右岸の地域は封鎖。
 フランスを十把一絡げに占領するのは対処が困難であるとして、分割占領への変更が各国との交渉により決定される。
  • 5月19日
 国連とフランス占領国から成る「欧州復興委員会」が発足。事実上のフランス人不穏分子の追い出し政策である「居住地自由法」制定。
  • 8月
 自由フランス人民共和国、旧本国からの移民受け入れ枠を拡大。受け容れの為の居住区造成に外国資本の導入を条件付で表明。
  • 10月
 大日本帝國、テロリストに関する刑罰を強化。
  • 11月5日
 日本陸軍、大菩薩峠に爆発物等を持ち寄って集結していたテロリストグループを全員殲滅。裁判を経ない殲滅が実行された背景には、ある程度テロリストの活動が把握出来ておりその制御にある程度成功していた事と、「昨今の情勢に鑑みて治安を揺るがす危険物を用意して集合することは極めて重大な挑発行為であり、危険分子の確実な排除は逮捕し法の裁きを受けさせる事に優先したと判断した」ことが挙げられた。無論、これが見せしめ的に実行されたのは明らかであり、以後テロリストの逮捕率は各国でも殲滅率に対して著しく低下する。

皇紀2630(昭和45/西暦1970)年
 羽越道新幹線、沿海州新幹線の整備を決定。新幹線の成功を見た満州国が近代化と称した事実上の貨客分離のため、満州新幹線の整備を決定。
  • 3月14日
 大日本帝國、大阪万博開催。
 大阪砲兵工廠、廃止決定。国軍府庁舎を残して生産設備は淡路鎮守府へ移転し、大阪城は離宮と公園、史跡として整備することに。
  • 3月31日
 淀号乗っ取り事件発生。日本聯合航空機を乗っ取った犯人らは「核攻撃の惨禍に喘ぐ朝鮮半島または支那大陸への人道的見地からの渡航」を目的として「京城または平壌、北京、南京の何れか」に向かうよう要求していたものの、犯人らが乗っ取った当該機種で到達可能な朝鮮半島または支那大陸の飛行場は、先の第三次世界大戦に於いて何れも消滅または潰滅していた為、犯人らの要求を達成可能な地域は存在せず。犯人らが所持していた武器がほぼ偽物であると判断した博多警視庁特殊部隊(海軍特別陸戦隊上がりの猛者のみで構成されていた)が機内に突入し無血制圧。
  • 5月12日
 瀬戸内乗っ取り事件発生。翌朝、昨今の情勢に合わせた判断基準に基き、陸軍狙撃兵が射殺。
  • 8月19日
 全日本航空機乗っ取り事件発生。犯人は機転を利かせた機長が扉を開けさせたことで取り押さえられた。

皇紀2631(昭和46/西暦1971)年
  • 1月15日
 グレートブリテン領エジプト王国、アスワン・ハイ・ダム完成。
  • 2月
 常設国連軍、大日本帝國の支援を受け、打ち棄てられ飢餓状態により壊滅していた旧大韓王国領済州島を拠点とする常設国連軍東アジア方面第11軍を創設。第三次世界大戦から10年となる一年後の西暦1972年の稼働を目標に怒涛の勢いで整備を開始。
 グレートブリテン、ロールスロイス社がRB221エンジンで膨らんだ負債により破産。同社はグレートブリテンの国防産業にも深く関わり、尚且つ伸長著しいアメリカの旅客航空機市場の足を引っ張りたい(RB221エンジンはアメリカのロッキード社が開発したL-1011トライスターに適合する唯一のエンジン)という思惑もあり、グレートブリテン政府はロールスロイス社の国有化を決定する。
  • 7月31日
 加賀市沖で不審船を発見。漁師からの通報で出動した陸海空軍が上陸を試みた不審者を捕縛。朝鮮人と確認されたため周辺一帯と不審者捕縛に参加した兵士らが一時新型インフルエンザに対する隔離措置を取られる。不審船は海軍艦艇により日本海遙か沖まで連れ出された後、乗員ごと航空攻撃と艦砲射撃で沈められた。
  • 8月23日
 大日本帝國、陸海空軍が朝鮮半島の沿岸地域を再度攻撃し徹底的に海上への脱出口を潰す。
  • 12月31日
 グレートブリテン、チョークポイントの掌握による世界情勢のコントロールを部分的に放棄することによる国防面での再編の一貫として、マルタを国連に譲渡。国連はマルタ島に独立準備政府を立ち上げさせると共に、その支援を発表。マルタ島のグレートブリテン軍基地は常設国連軍が引き継ぎ、常設国連軍地中海方面第3軍の拠点とする。

皇紀2632(昭和47/西暦1972)年
  • 1月6日
 常設国連軍、全世界規模での展開(特に新型インフルエンザ汚染地域)による「力による平和維持」能力獲得の為、「航空作戦機要求提案」を国連加盟国全てに送付。その提案の最大の特徴は「国連主導の国際共同開発とし、分担比率に応じたライセンス料を支払うよう義務付けるが、国連加盟国であればライセンス生産または輸入を可能とする」という点にあり、内装に関しては常設国連軍が設定する規格(後に国際軍用仕様規格に発展)に収まれば搭載する中身は自由として「外身同一中身別物」の機体が出現することも可能としたことにある。
  • 1月14日
 アメリカ、ニクソン大統領は月有人探査計画後の次世代有人ロケット計画は国連航空宇宙局を中心とした国際共同開発にしたいと表明。更に「航空作戦機要求提案」に対しアメリカ企業連合(ドリームチーム)で参画の意志があると発表。自ら言い出すことによる計画主導権を事実上握る。なお、この後各国の政府・軍需企業がバスに乗り遅れるなとばかりに参画を表明した。
  • 2月19日
 日本赤軍を名乗る武装集団が信濃国軽井沢町のあさま山荘に立て籠もるあさま山荘事件発生。
  • 2月28日
 東京警視庁特殊部隊(日本陸軍習志野空挺団に出向して本職と同等の空挺降下特殊作戦が行えるまで鍛え上げられた猛者)があさま山荘に突入し全員検挙。なお、武装集団は後の裁判で逮捕の際に過度に暴行を加えられたと主張したが、昨今のテロ事情に鑑みて犯行者が極めて凶悪な行為に及ぶ可能性の有無の判断は難しかったとして、主張は却下されている。
  • 3月15日
 大日本帝國、北陸道、関越の各新幹線開通。それぞれ東山(京都)~新潟間、新宿~新潟間。
  • 4月
 アメリカ合衆国、グレートブリテン国有会社となったロールスロイス社のRB221エンジン生産再開を巡るロッキード社の交渉、不調に終わる。L-1011トライスターを発注していた各航空会社、納入不履行になると見込みロッキード社との契約を破棄。マグダネル・ダグラス社DC-10型機との契約に移行し、ロッキード社は経営危機に瀕する。
  • 5月15日
 旧仏領印度支那、越南帝国、柬埔寨王国、ラオス王国の三国となって完全に独立。国連に加盟すると共に日本との間に安全保障条約を締結する。
  • 5月26日
 第一次戦略兵器制限交渉が国連総会に於いて開催。各国の第三次世界大戦終結時の核弾頭保有数と現時点での核弾頭保有数の公表と、今後の弾頭数追加を行わない事(飽く迄弾頭数であって、その威力向上の為の廃棄と新造・更新までは制限していない)を明確な条約の形で世界各国の前で締結。これに伴い核弾頭保有数の比率は概ね以下の通りとなった。
・核弾頭保有数(実数は之に50前後を乗じる)
 国連:大日本帝國:グレートブリテン帝国:アメリカ合衆国:ソビエト連邦:イスパニア帝国:イタリア王国:ワルシャワ条約機構加盟国(共同保有)=
 10:15:15:20:10:1:1:5
 また事実上開発の能力を有する自由フランス人民共和国に関しては、既存の核弾頭は引き続き常設国連軍の管理下に置くものとし、「開発能力」に関しては維持するものの「製造」は行わないと自ら表明し、之も条約内容に含まれた他、先制核攻撃に対する全世界的な防衛網が必要であるとして、国際弾道弾迎撃ミサイル開発計画が国連加盟国全ての出資によって国連航空宇宙局に付託される(但し各国独自の迎撃ミサイル開発を阻害するものではないし、開発成功の暁には導入を強制するものでもない)。
 その他、既に開発計画が進行中または開発を予定していた国家については、核開発計画の放棄に対し「国連製」核弾頭を監理員と共に提供し、その搭載兵器は弾道弾迎撃ミサイルに限るとすることで、核拡散を抑止しつつ救済するものとする体制を取るものとし、核兵器の国際的監視体制構築が図られた。
  • 7月7日
 大日本帝國、田中角栄内閣発足。国連航空宇宙局主導の国際宇宙開発計画に呼応した大規模宇宙開発促進の為の国土整備である「日本改造計画」を掲げる。
  • 7月16日
 アメリカ合衆国、初の月面有人探査ロケット打ち上げ。
  • 7月20日
 アメリカ合衆国、初の月面有人着陸に成功。
  • 7月23日
 国連航空宇宙局、初の独自開発ロケットの打ち上げに成功。弾道ミサイル早期警戒システムの一環でもある地上探査衛星、軌道に投入される。
  • 7月24日
 アメリカ合衆国、月面有人探査ロケットの地球帰還に成功し、人類史上初の地球・月間有人往復飛行に成功。ニクソン大統領、既に発注済みの残り三回分の打ち上げロケットを以て現行の月面有人探査計画は終了することを表明。
  • 8月
 大日本帝國、旧仏領印度支那の完全独立を受けた駐留全軍の撤退作業を完了。
  • 9月
 日府米ソの四台超大国首脳会談が布哇王国首都ホノルルで開かれる。この中で、第三次世界大戦後の緊張緩和の継続が相互確認されると共に貿易促進交渉が持たれる。その中で、一度は持ち直したものの中型~大型噴進(ジェット)旅客機の開発に失敗し、業績低迷から経営危機に陥っていた日本航空機製造を救済したい大日本帝國と、RB221エンジンの莫大な開発費の返済に失敗して破産した重要な国防産業企業であるロールスロイスの再建資金を欲するグレートブリテンと、そのロールスロイス再建に絡んだエンジン供給制限によってL-1011型機が製造出来なくなり経営危機に陥ったロッキードを抱えるアメリカの利害が合致。本来は蚊帳の外であるソ連による発案として顔を立てる形で、経営危機に瀕した日府米の航空産業企業の再建案として、RB221エンジンが発生させた負債と交換の形を採ったRB221の製造権と関連特許の安価提供を低迷する日本航空機製造が受け、また日本航空機製造はロッキード社から負債と交換で製造権ごと民間機部門を購入することで、各々の再建に資してはどうかとする事実上の勧告が各国から各社に行われた。
  • 10月
 日本航空機製造は大日本帝國政府からの債務保証を受け、経営再建案として府ロールスロイス社からはRB221エンジンの製造権及び関連特許を、米ロッキード社からは民間機部門を丸々購入し、低迷の原因である中~長距離民間旅客機部門の再生に取り組むと発表。併せて社名を「日本ルリックィード(Nihon R'llyckweed)」に改称する。四台超大国首脳会談が持たれ、ソ連が取り持ち日府米の各有名企業の救済に貢献した(とされている)ことは、第三次世界大戦後の緊張緩和(デタント)の象徴となった。
  • 12月
 常設国連軍、東アジア方面第11軍による朝鮮半島と支那大陸に対する航空偵察調査結果を発表。朝鮮半島では核攻撃を受けなかった市街地は荒廃し、人口が激減した為か一部は自然に埋もれつつある他、西暦1963年度の総会に於いて発表した以上に人口減少が進んだ為か、夜間に灯火の類を確認することも難しく、耕作地も殆どが雑草に埋もれつつあると推察され、支那大陸でも核攻撃を受けた都市はクレーターとなったまま人が住み着く様子もなく自然に埋もれつつあり、多くの地域で人口減少に伴う様相の変容が見られるとした。

最終更新:2014年05月25日 14:55