大変なことになってしまった。

昭和冬木、聖杯戦争開始時の岸波白野の心境は、おおむねそのようなものといえた。


「うん、こんな事になるなんてね。思ってもみなかったよ」

隣に座るネバーセイバーも同じ気持ちのようだ。
どこかの学校の制服に身を包んだ格好は街で見る女子高生と変わりない。同じ部屋で隣にいると、友達同士にも見えそうだ。
制服姿の彼女はあまりにも当たり前でいて、まったく違和感がない。
『鎧姿よりかはこっちの方が楽かな』とは本人の弁だ。
ネバーセイバーという特殊性故か。本来戦いに身を置く筈のない少女だったサーヴァントにとっては、今の格好の方がしっくりくるということだろう。

よし、少し落ち着いた。
もう一度冷静になって、今の状況をまとめてみよう。



「聖杯戦争の本戦まで生き残ったと思ったらいきなり討伐令の標的に手配された」



…………やっぱりまるで意味がわからない。



「物騒な響きだよね、討伐令ってさ。マスターはこういうのもう経験あるんだっけ?」

討伐令というのは、行き過ぎたルール違反を犯したマスターへ与えられる聖杯戦争の運営側からの罰則だ。
ムーンセル校舎―――SE.RA.PHでの戦闘行為をしたサーヴァントには、ステータスにペナルティが与えられていた記憶がある。
2回戦で戦ったマスター、ダン・ブラックモアのサーヴァント、ロビンフッドがこれに当たる。
決められた標的を取り合うというのは、4回戦でのハンティングクエストに似ているといえるだろう。
その時戦った相手は――――――誰だっただろうか。
………………………………………いけない、うっかりど忘れしてしまったみたいだ。

「ど忘れって、大丈夫?先にちょっと休む?」

いや、大丈夫だ。
本当にすっぽり記憶から抜け落ちちゃっただけだ。
続きになるが、ペナルティのかかる事例はムーンセルでもあったが、排除に等しい罰則が与えられるのは今回が初めてのはずだ。

「けどさ、今のはそれと違うよね。私達、何かしたわけじゃないのに、いきなり指名手配までされてさ」

ネバーセイバーの言う通りだ。
少なくとも、自分達は運営に目をつけられてるような事をした憶えは一切ない。
大それた動きはしてないし、戦闘だってこの前とのアヴェンジャーとが最初だった。何か違反となる行いをしたわけではない、と今は断言していい。
そもそもこの討伐令が出されたのは如何なる理由なのか。
運営への反逆なり、過度の一般人(NPC)の殺傷なり、糾弾する理由ぐらいは書いておいてもいいだろうに。
どうしてこうなったのか、という経緯が、この文面からは抜け落ちてる。

通信で現われた、裁定者(ルーラー)のサーヴァント。
ムーンセルでの上級AIに代わって聖杯戦争を運営していくのだろう存在は、明らかにその配役を間違えていた。
公正に進行させていくという気を微塵も感じさせない小馬鹿にした態度。
白黒のずんぐりむっくりした体型の後ろにはきっと、悪魔の羽と尾が隠されている。

しん、と頭の奥が痛む。何も置かれていない場所に、無くしてしまったものを見るような。
窓の外で風に吹かれて飛ぶ木の葉が、桜の花びらにでも見えたのだろう。 


ともかく、何の理由もなく無作為に狙われたとは思えない。
行動が原因でないとしたら、後はそう、自分達がここにいるという事実そのものについて。
ならそれは――――


  きっとネバーセイバーの存在だ 
 >きっと岸波白野の存在だ


「うーん、どうかな。ムーンセルから送られたっていうなら私も似たり寄ったりだし。あり得ない存在なのは私も大概だよ?」

ネバーセイバー。夢幻の剣士。
ムーンセルが観測した夢の世界での物語から編まれたサーヴァント。彼女もまた、特異といえばそう言える存在だ。
そんなサーヴァントだからこそ岸波白野が引き合わせたのか。逆に岸波白野が選ばれたからこそ彼女があてがわれたのか。

ムーンセルに聖杯戦争の抗体として送り込まれた岸波白野
ルーラーがそれが運営の不都合になると気づいて、対抗手段を打ったということだろうか。
直接的な排除に出ると他のマスターに不審を与える。だから討伐令という形で参加者に自発的に襲わせ、こちらの動きに制限をかけた……?
因果関係はまだはっきりしていない。ネバーセイバーもさっぱりだという顔をしている。



……腕を組んで今後の方針を考える。
ムーンセルが自分を送り込んだ目的はどうあれ、まずは生き残らなくては話にならない。そして現在の状況は開始直後にして四面楚歌という絶体絶命だ。
ルーラーに直接物申す?………いやいや、それは流石に自殺行為だ。
ネバーセイバーは、何か気にすることはないのだろうか?

「私?んー……特にはないかな。
 指示とか戦術とか、そういうのはマスターに任せるよ」

と、無関心ともとれる言葉を返された。

「あ、言っとくけど投げやりってわけじゃないよ?
 ほら、私ってサーヴァントとしては新人みたいなものだし。まだふわふわしてるっていうか、形が定まってないのかな。地に足がついてない感じでさ。
 どこかで気が抜けちゃうって心配があるんだ」

申し訳なさそうに、自分でも情けないと心底自覚しながら弱音を吐いた。

「けどマスターは私と逆で、聖杯戦争を経験してるんだよね。しかも優勝までしちゃったんでしょ?
 だったら、あなたの指示や判断の方がよっぽと正確で、信頼もできると思うんだ。
 新米のサーヴァントと、ベテランのマスター。あべこべだけど、そういう関係は私も慣れてるんだ。見出すプロデューサーと、それに導かれるアイドル。
 そうすればきっと、戦うべき時に私は戦える。今の私は、あなたのサーヴァントだからね」

英霊として不確かな状態であり、願いと呼べるほどはっきりとしたものは持っていないネバーセイバー。
夢の中の自分が夢を見ている。彼女はそんな蝶のようにあやふやな状態のままでいる。

炎を纏う黒衣のサーヴァント、アヴェンジャー。
あの夜での戦いが、ここにいる彼女にとって初めての戦いだった。
そこにどれだけの不安があったのだろう。たとえ技術や能力が備わっていても、それを振るう記憶があっても、それを現実に起こした過去が欠けている。
知っていることと実際に使えるかは別の話だ。
戦いを重ねることによって、ようやくネバーセイバーはサーヴァントとしての力を自ら把握していける。
本来只の少女の身でしかない上で。岸波白野を信頼すると告げる。

不確かな記憶。心許ない肉体。けれど消えない魂の想い。
未熟っぷりはお互い様だ。優勝者だなんだといっても魔術師としてへっぽこなのは残念なことに変わらない。

マスターとサーヴァントは支え合ってこそと誰かは言っていた。
意思と力。どちらかにしかないものを補完し合って進んでいく。
彼女が力を貸してくれる信頼に、自分は意志を示すことで応えたい。
希望を持って未来を望みたいと、そう思った。



「それとさ、マスター。敵がいない時くらいは真名呼びでもいいよ?私自身馴染まない感じだし。
 なんなら私も白野って呼ぼうか?」

なるほど。ネバーセイバーという呼称は慣れないし、凜のことも考えれば本来の名で呼んだ方がいいかもしれない。
しかし、これは個人的な問題なのだが、凜、と聞くと、目の前の人物とは別の顔がイメージされてしまう。

「そっか、マスターの友達にも凜って人がいるんだっけ」

月に向かったマスター。その優勝候補の一角でもある少女、遠坂凜。
記憶が無くて右往左往していた頃の自分を見かねて、本来敵である立場でありながら助言をくれたりと世話を焼いてくれた。
その実力といい、気持ちのいい性格といい、荒廃した地上でも見る者の記憶に残りやすい、鮮烈な人間だ。

「そんなに凄い人と一緒の名前だと、余計な気を遣わせちゃうか。ごめんね、今のはなしで」

いや、そんなことはない。
凜という名前はとてもよく似合ってると思う。

「………………っ!」

率直な気持ちを伝えると、凜は口を手で抑えて暫くわなわなと震え、

「マスターってさ、たらしとか言われたことない?」

と、ジト目で返された。
よく分からないが、なにか良くない評価を受けてしまったらしい。

「そっかぁ、天然かぁ。そういうとこは卯月と似てるか。隣にいる人は苦労するだろうな……あ、今は私か」

奈緒みたいに突っ込み役になるのかな……などとぼやく凜。
結局その後、ふたりきりの時は名前を呼び合うということで話は落ち着いた。



「――――――ああ、さっきのだけど、やっぱり気にしてるのはあるよ。 
 討伐令でさ、私の顔写真が配られたじゃん。あれって、他のマスターにも届いてるんだよね?
 それが多分、困っちゃうだろうなって……」

アイドル的に、写真写りが悪いと宜しくないとか?

「そ、そんなんじゃないって、もう……!
 ほらいるじゃんこの街にも……『渋谷凛』がさ」


あ―――――――――


そうだ。そこに行き着かなかった。
サーヴァントであるネバーセイバーとしてではない、生身の渋谷凛。冬木の街でアイドルとして活動している少女がNPCとして存在している。
大衆が想像する渋谷凛とはこの方のイメージだ。そしてそれはマスターだって同様だ。
討伐令の手配書に書かれたサーヴァントと同じ顔の人間が、テレビや雑誌で引っ張りだこのアイドルとして顔を出しているのだ。
彼女の方をサーヴァントだと勘違いしたマスターが襲ってくる可能性がある。
そうでなくとも、同じ顔というだけで関係性を疑われるのは十分にありえる…………!

大変なことになってしまった。
まさか自分達への討伐令で関わりのない人に矛先が向かってしまうとは。
このままでは無関係の渋谷凛が聖杯戦争に巻き込まれてしまう。なんとかして守るか、遠ざけられるようにできないものか。

「いいの?私の我が儘みたいなものなのに。あんまり意味があることじゃないよ?」

でも、凜は向こうの凜を助けたいと思っているのではないのか。
だから自分にこのことを伝えたのでは?

「そりゃあ、自分が殺される場面なんて見たくないけどさ……それで白野が危険な目に遭ったら本末転倒っていうか、私の立つ瀬がなくて……」

ならそれでいい。
それにこれは凜だけの都合じゃない。

「え…………」

ここにいる凜はサーヴァントだが、それと同時に渋谷凛だ。
英霊として生涯を終えたのではない、普通の少女の魂を持っている。冬木の街を踊る、アイドルの『渋谷凛』の記憶と心。
夢の中の自分が、夢を見ている自分自身を守りたいと思う。伝え、残していくことを無意味だと、わたしは断じられない。

自分を殺されたくない。動き出す切欠なんてのは、その程度の理由で十分だ。
そしてわたしはそう願う人の手を取って、できるだけの手助けをしてあげたい。
――――――どこまでも伸ばせる腕なんてないから、せいぜい届くのは隣の人くらいだけど。



「……………そうだった。一緒にいて分かってきたけど、意外と白野って頑固だもんね。こうと決めたらてこでも動かなくて、どんどん限界に向かって突き進んでいくの。
 それじゃあ改めてお願いするね――――――マスター。『私』を助ける方法を、一緒に考えてくれる?」

もちろんと頷く。
どうするか考えるとはいったものの、まずは向こうの凜の居場所を知らないことには始まらない。
自宅、あるいは芸能事務所。それから各収録のためのスタジオ。候補はこれだけ絞れる。
ならばここは――――――


 <私がアイドルになる
  ネバーセイバーを事務所に向かわせる


「え?あんたがアイドル?ふーん……悪くないかな」

なんと。あっさり許可が降りるとは
しかも本家本元のアイドルからのお墨付き。これはひょっとしてデビュー、いけるのでは?

「冗談だよ。あっそんな落胆した顔しないで。悪くないのはほんとだよ?
 先輩目線で偉そうに聞こえそうだけど、飾り気は少なくても綺麗に咲いた満開の花みたいでさ。
 あとは愛想があればもっといいと思うな。とりあえず『笑顔です』なんてしきりに言われちゃいそうだよ」

……そんなに表情が固いだろうか、わたし。自分でほっぺをむにむにしてみても実感はない。
教室だと友人からはぼんやりしてるとか言われるのが多かった気もするが。

「事務所へは私が行くよ。私が『私』のままなら、どうやって過ごすのか予想もつくしね。
 ふふっ変装してるわけでもないのに怪盗みたいに潜入するなんて、ちょっとワクワクするかも」

そうやって割とノリよく今後の計画を練っていく凜。凝り性というか、真面目にのめり込むタイプのようだ。
凜も心配だが自分達の身の回りも考えなくてはいけない。夜が更けるまでには方針を固めておこう……




【一日目・未明/B-9、白野の自室】


岸波白野@Fate/EXTRA】
[令呪] 残り三画
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] コードキャスト複数
[所持金] 一般学生並
[思考・状況]
基本:諦めず、とりあえずは前へ進む
1:渋谷凛(NPC)に危険が及ばないようにしたい。
2:討伐令を警戒。その理由が気になる。
3:自分達の安全もしっかり。
【備考】
どれだけのコードキャストを保有しているかは後の書き手にお任せします

【ネバーセイバー(渋谷凛)@アイドルマスター シンデレラガールズ(グランブルーファンタジー】
[状態]健康
[装備] 蒼身の剣
[道具] 召喚石・傷ついた悪姫
[所持金] なし
[思考・状況]
基本:夢のまま終わらず、立ち向かう
1:渋谷凛(NPC)に危険が及ばないようにしたい。
2:基本的な指示はマスターに任せる。

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最終更新:2018年08月11日 16:36