「な・ん・だ……これはアアーーーーーーー!!」

多味倫太郎は手に持っていた物体を床に叩きつけた。
それはひらがな4文字のタイトルでお馴染みの、ある有名な漫画の単行本である。
アニメや映画にもなった、『日本で一番売れたティータイム漫画』だと聞いていたのだが……
とんだ期待はずれであった!

まるでティータイムの真実を描いていないっっ

ティータイムは魔窟だ! 血涙だ! 極限だ!
それは地獄だ! それは天国だ! 水面下の白鳥だ!

ティータイムは……人生だ!
それが溶け出したものが!
『紅茶』だ!!!

倫太郎が振り返ると、この漫画を部室に持ち込んだ後輩女子2名はびくりと震えて即座にきおつけの姿勢を取った。
ティータイム競技は男女混合で行われる。無論、部員としての秩序に男女の別は無い。
倫太郎は荒げていた呼吸を落ち着けると、後輩たちに視線を向けた。

「駄目だな。許そうかとも思ったが、これは我々の部室には相応しくない。俺が預からせてもらう」
「すっ……スミマセン!!」
「わかったらすぐに練習の用意だ。時間が惜しい。ランニング始め!」

一喝された後輩女子たちは機敏な動きで背を向けると、ぴたりと動きを揃えて走り去った。
目を伏せて頷きながら主将・倫太郎はそれを見送る。彼の目指すチームにはまだ遠い。

そもそもティータイム部のこの理想的な部室には、漫画の入る余地はない。
白を基調としたテーブルが複数、間には適度に植えられた緑が洗練された雰囲気を生み出し、
壁に掲げられた「一注入魂」の掛け軸や旧日本海軍の戦艦「金剛」の白黒写真、
そして紅茶界の生ける伝説「不動大尊」の肖像画は茶会への集中力を呼び覚ます。

几帳面に整頓された食器棚には清潔な純白の皿やカップが並ぶが、これらは訓練用であり一つ5キロ程度の重量がある。
文化部とは思えないほど肉体を酷使するのもティータイム部の特徴である。しかし部員の大半は女子なのだ。

もともと女性中心の競技であるという歴史はあるが、こと希望崎のティータイム部は女子率が高い。
それは正直、主将のルックスによるところが大きかった。最近の1年生の入部のきっかけの大半はそれである。
今では倫太郎に感化され紅茶競技への情熱をそれなりに燃やす彼女らも、しかし主将に怒られるのはちょっと嬉しいのであった。
その下心がバレたら、また怒られる気がするけれど。

何しろ主将の多味倫太郎センパイは。
女性のようにスラリとした体型で、
女性のように艶やか(つややか)な美肌を持ち、
女性のように艶やか(あでやか)な所作で紅茶を注ぐ。
まるで憧れの美女のようなイケメンの男子なのだ!!

あと、女性のように月に一回は体調を崩して体育を休む。
そんな弱い一面も彼女らにはまた、魅力的に映るのであった。

ティータイムのために必要な基礎体力をつけるべくランニングする後輩女子ら。
その前を、彼女等を追い抜いた倫太郎が走る。ショートカットのうなじから汗を飛ばしつつ。
それは厳しい部活の中の、ひとときの癒しであった――。



その晩。
多味倫太郎の自宅、彼の自室。
倫太郎――いや、多味倫は一糸まとわぬ姿でその書物を読み耽っていた。
『彼女』が、唯一本来の自分に戻る時間。その時、倫は己の能力の呪縛からも解放されるのだ。

目の前の紙面で繰り広げられるのは、全く中身の無い、彼女の蔑視するティータイム。
しかし、その光景は、その景色は、
「美しい――!」

溜息とともに思わず本音を漏らした倫は、全裸でその漫画を抱きしめた。
そしてあるページに顔を近づけると……黒髪ツインテールのキャラクターに、舌を這わせた。
「aznyn prpr……!!」
くぐもった何らかの音声がその唇から漏れ聞こえる。

部活では鬼の先輩。しかし家に帰れば。
多味倫太郎は、まさしく年頃の少年であり!!
多味倫は、まさしくそういう趣味の、ひとりの少女なのであった。






最終更新:2014年08月09日 13:48