「ふむ……意外と狭いですね」
「天井も思ったより低いね―」
水星と柊美星はミケナイトと約束した戦場、渡り廊下の下見に来ていた。
鎖を武器として扱い投げを主体とする水星が勝利するためには、戦闘場所の事前の確認が非常に重要となってくる。障害物の有無や広さによって、鎖の振り回し方、位置取りなどが変わってくるからだ。
水星が顎に手を当て戦法などを考えていると、ぬっと人影が現れた。
「ん。あなたは……」
目深に野球帽を被った小柄なジャージの女性。
不敵な笑みを浮かべてこちらに歩いてくる。
「屋外文化系だった気がしたけどいつの間にか屋外運動系になってた野球帽さんじゃないですか」
「ホントだ。記憶が確かなら私達と同じ屋外文化系だったはずで、仲間だと思っていたら、実は敵対勢力の屋外運動系だった野球帽さんね」
そう、彼女は屋外文化系なような気がしたがよくよく見たら屋外運動系だった、野球帽。水星と同じく鬼遊戯大会の参加選手だ。
「そういうおめェらは水星とその先輩の柊って奴か。なんだかやたら含みのある言い方だが、オレは屋外運動系だ。屋外文化系だなんて、気のせいだろう」
「そういうことなら、私達の発言に含みがあるのも気のせいでしょう。別に、オカルト研究会ってやっぱり文化系じゃね? とか思ってませんよ」
「そうそう、仲間だと思ってたのに裏切られた気分だな―、とか思ってないよ」
「……おめェらなかなか面倒くせーな。」
「どこがですか?」「どこが?」
「……ハァ」
野球帽は心底面倒くさそうにため息をつき、頭を掻いた。
「で? こんなところで何してんだ? 戦場の下見ってやつか?」
「はい。少しでも勝率を上げるためには下見は大事ですからね。野球帽さんの方は?」
「オレはうるせーのから逃げるためにぶらぶらしてるだけだ。あー……水星、お前に聞きたいことがあるんだけどよ」
「なんでしょう?」
「――勝率を上げるだどうこういってたがよォ、お前、ホントに勝ち残るつもりあるのか?」
午後のまどろんだ空気が一変、張り詰めたものへと変貌する。問いを投げられた水星にとって、その言葉は予想だにせず、しかし核心をついた言葉だった。
「……」
「水星……?」
隣に立つ柊が声をかけるが、水星は黙って野球帽を見据えたままだ。
「完全に勘だが、おめェからは死を覚悟した気配を感じる。まるでバンザイアタックでもヤりにいくような雰囲気だ」
「……なるほど。最強と自称するだけの嗅覚は備えているようですね。えぇ、確かに私は”アレ”を使うことで死ぬ危険性が跳ね上がります」
「フン、成る程。詳細は分からねェが勝つために死の危険すら背負うか。オレはそういう姿勢嫌いじゃねえが、おめぇの隣のねーちゃんはどう思うかな?」
「……ッ!」
水星は一瞬身を強張らせた後、怯えるようにゆっくりと柊の方を見た。
「ねぇ、水星。どういうこと?」
「……」
戸惑うように瞳が揺れている柊。対する水星は躊躇うように口を開いては閉じ、何も話さない。
「まァ、そこらへんは二人でゆっくり話すんだな。オレはそこまで知ったこっちゃねー。……もし大会中に戦うことになったら宜しく頼むぜ、水星」
「……えぇ。その時はよろしくお願いします」
野球帽は後ろ手に手を振り、去っていった。
残ったのは水星と柊。
夕暮れの光が窓から差し込み、チャイムが時刻を告げる。
二人の間には静寂が横たわり、しばらく時が進むことはなかった。
やがて、柊が口を開いた。
「絶対に生き残るって約束したじゃない! 死ぬ危険性が高いってどういうこと!?」
「……勝つためには、勝つためには仕方ないんです」
「そんな……無理に勝たなくてもいいよ! それよりも、私は水星が生き残ることの方が……」
柊の言葉の途中で、水星は手で制した。
「……この話は、あとでしましょう。後で必ず話しますから。すいません、今は少し一人にさせてください」
「……分かった。後で必ず話してよ」
「はい。後で必ず」
そう言って、水星は来た道を戻っていった。
夕暮れの校舎には、一人涙ぐむ柊のみが残った。
【END】