「よし、カツオ先輩と勝負の約束を取り付けられたぞ」
校舎裏の人気のない日陰の場所。
雨竜院暈哉は鬼遊戯大会の参加選手一覧が載っているパンフレットを眺めていた。
現在見ているのは最強の男、「カツオ」のページだ。
「最強を名乗るだけあって、カツオ先輩はなかなかの強敵だ。勝てるかな……いや勝たなきゃな。傘部の皆も、半左も応援してくれてるんだ」
「そうそう、その意気ですよ」
「あぁ。決して楽な道ではないだろうが、カツオ先輩に勝って、次も勝って、どんどん勝ち残って、そして……」
「そして?」
「そして……半左に告白するんだ。って、あれ……?」
「ん? どうかしましたか?」
暈哉が顔を上げると、目の前には伸びきった黒髪のテンションの低そうな女子が立っていた。
その少女に会ったことはなかったが、暈哉には見覚えがあった。
「お前は確か……」
いつの間にか現れていた少女に目を白黒させながら、暈哉は慌てて持っていたパンフレットをめくる。
「……水星、か。何の用だ? というかいつからそこに居た!?」
「いや、普通に会話に混ざった辺りからですよ? 何をそんなに驚いているのですか?」
「普通は驚くからな!? なんでナチュラルに人の独り言に混ざってんだよ……」
「ふーん、そういうものなのですか。そうですか。私そういう機微に疎くてですね……すみません。それにしても……」
水星は暈哉をじっと見て、言い淀んだ風に言葉を止めた。
「それにしても、なんだよ?」
「半左さんって、最近転校してきた二年生の男の人ですよね。柊先輩が話してました。いまいちクラスに馴染めていないみたいだったけど最近友達ができたみたいだって。もしかしてその友達って雨竜院先輩だったんですか?」
「あぁ……多分俺のことだ。って、あー!」
半左のことが話題にあがったことで、暈哉は勝ち残ったら半左に告白するという旨の発言を聞かれたことを思い出した。思わず頭を抱えてうずくまる。
「どうしたんです?」
水星は表情を崩さず呑気に上から覗きこんでくる。
「あ、あのさ……」
暈哉は立ち上がり、水星の両肩を掴んだ。
「む? 人気が無いことを良いことにあんなことやこんなことをするつもりですか? きゃーえっちー」
「いや、無表情でそんなことを言われてもだな……。ていうかそんなことしねぇよ! 俺は女には興味ねえよ」
「あぁ、やっぱり同性愛者さんですか。半左さん男だったはずだけどおかしいなーって思ってました。なるほど」
「なんか文句あるか?」
「いえ、私は特に同性愛者だからって差別するようなことはしませんよ。むしろ柊先輩を狙うような可能性がゼロになるということで安心しました」
「……そうか。で、悪いんだがさっき喋ったことは内緒にしてくれねぇか。頼む!」
「ん? 今ジュース奢ってくれるって」
「言ってない」
「ちぇっ。まぁいいでしょう。話したところで私にメリットもないですしね」
「すまねぇ、恩に着る。……そういやお前なんで俺のところに来たんだ?」
「同じ屋外文化系連合として鬼遊戯大会に参加するということで、挨拶しにきたのです。本当は面倒くさくて嫌だったんですけどね。柊先輩が言うので仕方なく来ました」
「そ、そうか……」
それだけの理由で来た奴に、割りと重大な秘密を聞かれてしまった訳か。そう思い、暈哉はまた頭を抱えたくなった。
「……まぁ、なんだ。よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします。では他の人達にも挨拶をしなければならないので、そろそろ行きますね」
「おう。あ、ちょっと待て」
「ん?」
「ほらよ」
暈哉は財布から硬貨を取り出し、立ち去ろうとする水星に投げ渡した。
「ジュース代だ。最近暑くなってきてるし、熱中症には気をつけろよ」
「……」
水星は立ち止まり、渡された百円玉を眺め無言でしばらく立っていた。
「なんだ? お礼も言えねえのかよ」
「いえ、意外と気の効く方だな、と思いまして。ありがとうございます」
「『意外』は余計だ、バーカ」
「ふふっ」
水星は、暈哉との会話で初めて表情に笑みを浮かべ、一礼すると去っていった。
【END】