天を獲る
世界を己の色に染める
その栄光を君は求めるか
その重荷を君は背負えるか
人は己一人の命すら思うがままにはならない
誰もが逃げられず、逆らえず
運命という名の荒波に押し流されていく
だが……もしも、その運命が君にこう命じたとしたら
世界を変えろと
未来をその手で選べと
君は運命に抗えない
だが――世界は君に託される
『仮面武者 剣嵐』
希望崎学園のどこかにあるというヒーロー部部室。
部室とはいうが他の運動部のように部室棟に部屋があるわけではない。まるで秘密基地のように隠されているのだ。
関係者しか知り得ないその部室にて、仮面の男が申し訳なさそうに正座していた。
「まことに申し訳ないでござる……。拙者が不甲斐ないばかりに」
目を引く派手な白装束に身を包んでいるが、これでも仮面の男は忍者――NINJAだ。
コードネームは“仮面の銀鴉(マスク・ザ・シルバークロウ)”。仲間にはクロウと呼ばれている。
「これでは……拙者はヒーロー失格でござる……」
仮面のせいで表情は読み取れないが、声色から落ち込んでいることはありありと分かる。
そんな彼を、小柄な少女が励まそうとしていた。
「え、えぇと……先輩は、その、頑張ってましたよ! ワンパンでやられましたけど!」
「……はぁ~、でござる」
「あ、あれ、先輩!? え、えぇとぉ……ど、どうしよう……!?」
この少女――意志乃剣の頭の出来は、少々残念だ。
更に沈んだ様子を見せるクロウに、剣は必死でかける言葉を考えるがまったく思いつかないどころか自分が追い討ちをかけたことにすら気づいていない。
そも何故クロウが落ち込んでいるかというと、理由は先の部活連合による連合紛争からだ。
彼はヒーロー部の代表として紛争に参加した。とはいっても、ヒーローらしく争いを解決しようとして、だ。
だが結果として、雪合戦部の南波南の一撃を食らって昏倒するという情けない姿を見せることになってしまった。
「やっぱり拙者は諜報に回るべきでござるかなぁ」
「えぇっ、そんなぁ!」
NINJAであるクロウの戦闘力は、ヒーロー部の中でも高い方だ。先の戦いで一撃でやられたとはいっても運が悪かったのもある。
だからこそクロウは鬼雄戯大会でもヒーロー部代表としてエントリーする予定であった。
――うぅっ、だけどこの先輩のモチベーションは……ちょっと厳しいものがあるなぁ。
先輩ヒーローのへこみっぷりに、剣はそれも仕方ないかと納得する。取得スキル『不屈』はどこにいってしまったのだろうか。
しかし、そうなると大きな問題が浮上する。
「それじゃあ……誰がエントリーします? 私出ましょうか?」
「そうでござるなぁ……。グリーンレッド殿はミッション遂行中でござるし、サジットアポロレオ殿は修行の為にいないでござるし……」
「あーっ、無視するー!」
頬を膨らませて怒りをアピールする剣だが、クロウはまったく取り合わない。
それもそうだろう。なにせ剣はヒーローとして戦う術を持っていない。辛うじて魔人ではあるのだが……。
……私の魔人能力、自分でもよくわかってないんだよね。
魔人として目覚めた時は確かに力を得た感覚があった。心が奥底から熱くなった。だが、それだけだった。
具体的な能力は分かっていない。身体能力向上も、せいぜい一般人に毛が生えたものだ。運動オンチの彼女はそれすらも使いこなせていない。
……お姉ちゃん曰く、ヒーローとして戦うようになれば、分かる……らしいけど。
幼少の頃に姉に言われたことを思い出して、剣は大きな溜息をつく。
姉は剣と違って何をやらせても完璧な人間であった。できないことがあっても不断の努力で成し遂げてしまう。
まさに姉こそが剣にとっては理想のヒーローであった。姉のようになりたいと、ヒーローになりたいと思った。
しかし、現実はこれだ。
力の無い自分がヒーローとして戦うことはない。なら、自分が力に目覚めることもないのではないだろうか。
そんな堂々巡りの矛盾を前にして、剣は足掻いていた。鬼雄戯大会への参加希望もその一環だ。
「運命、か……」
――時がくれば、運命の花が開くだろう。
姉の言葉だ。彼女は剣の魔人能力を看破したらしい……が、それを話してくれることはなかった。
「もう、わけわかんないよぅ、お姉ちゃん……」
剣が本日2度目の大きな溜息を吐いた時、彼女の持つ携帯が震えた。
「メール……?」
「む、こちらもでござる」
「先輩、iPhone使ってるんだ……」
何はともあれメールの内容を確認する。差出人は、
「部長だ」
「うむ、こちらもYU-YA殿でござる」
もしやと思いクロウの操作する画面を覗いてみたところ、全く同じ内容のメールであった。
YU-YAはヒーロー部の頼れる部長だ。どこかチャラい印象を受けるが、しかし仲間を纏めるのはうまい頼れるリーダーだ。
……? あれ、部長ってYU-YA先輩だよね……?
ふと違和感を覚える。別の人が部長だったような気もする。だが剣がいくら記憶を遡っても、YU-YAが部長だったという記憶しかない。
気のせいかと考え直し、再びメールの内容に目を落とす。
『面白いものを手に入れた。体育の用具倉庫前まできてくれ』
メールにはベルトのバックルのようなものが写っている画像が1枚添付されていた。
「先輩、これなんだと思います?」
「ふぅむ……分からぬでござるな。ともかく、行くのがよいか」
クロウの言葉に頷くと、2人は用具倉庫まで移動することにした。
「なに、これ……!?」
「むむぅ……!」
用具倉庫に移動した2人であったが、そこには待ってる筈のYU-YAは居なかった。
代わりに居たのは、
「なんでこんなところにモヒカン雑魚が……!」
理性を持たず、本能のままに暴れまわるモヒカンヘアーの世紀末生命体。
以前の希望崎学園ならそこまで珍しいものではなかった。
しかし、今は違う。パントマイムよしおが生徒会長となって学園を支配してからは駆逐された筈ではなかったのか。
「十や二十では済まない数でござるぞ!?」
無数にいるモヒカン雑魚。一説には1人見かけたら無限の数だけ現れるとも言われている。
「ヒャッハー! 女だぁ~!」
「ヒャッハー! ぶっ殺してやるぜー!!」
「やばっ、気づかれた!?」
「逃げるでござるよ!」
こちらをターゲットとして認めたモヒカン雑魚は棍棒やら火炎放射機やらを手に襲い掛かってくる。
いくらなんでも無限に湧いてくるモヒカン雑魚を対策も無しに相手することはできない。2人は逃げることを選択する。
「――あれは」
だが、その前に剣があるものに気づいた。
用具倉庫のすぐ傍に落ちているベルトのバックルのようなもの……。YU-YAが送ってきた画像に写っていたものだ。
「よくわかんないけど……!」
部長がわざわざメールで見せたんだからきっと大事なものの筈だ。そう判断した剣は、必死に逃げながら何とかそれを回収するのであった。
どれぐらい逃げたのだろうか。
「やばっ、先輩と逸れた……!?」
気づけば一緒に逃げていた筈のクロウの姿が見えなくなっていた。混乱のせいだろう。
追いかけてくるモヒカン雑魚の数は半分ぐらいに減った……ように見える。
「いや、でも、これ結局無限じゃ……!? って、あ――」
しまった。逃げる道を間違えた。
目の前には高く立ちはだかるフェンス。もはや逃げることのできない行き止まりだ。
「ヒャッハー!」
「ヒャッハー!」
「ヒャッハー!」
追い詰められた。
力があればフェンスを登って逃げることができたかもしれない。もしくはモヒカン雑魚を駆逐できたかもしれない。
「だけど……私は……!」
何もできない悔しさに、歯を軋ませる。
ヒーローなら、ヒーローならこの窮地を脱することができるのに。
「……ヒーロー?」
そういえば。
さっき拾ったベルトのバックル。これは……見ようによっては、ヒーローの変身アイテムにそっくりではないだろうか?
「えぇい、ダメでもともと!」
バックルを腰に当てる。するとバックルから金属製のベルトが伸びて、剣の腰に固定された。
更に、今まで何も無かった筈の剣の右手に、光が生まれる。
「これは……」
光を握る。何かを掴んだ感触がある。
「……判子、えと、スタンプ?」
桜の花を模したスタンプが、その手に握られていた。
どういう理屈で出てきたものかは分からない。だが、こういうものの使い方は相場が決まっている。
「これは――多分、こう、だよね!」
スタンプを、バックルの真ん中に押す。
―スタンプ オン―
バックルから機械音声が流れ、その直後、激しい花吹雪が剣を包む。
モヒカン雑魚が棍棒を投げつけてみるものの、花吹雪は棍棒を跳ね返し、その中にいる剣に攻撃が届くことはない。
そして――花吹雪が晴れた。
『ブロッサム――櫻華剣嵐!』
そこに居たのは先ほどまでの剣ではない。
桜の意匠が散りばめられた、仮面の鎧武者――新たなヒーロー!
「いい夢、見せてあげる!」
仮面武者・剣嵐、爆誕!
だがモヒカンたちは怯むことはなく、剣嵐に突っ込む。
「ヒャッハー! 変身したところでなんぼのもんよぉ~!」
棍棒を振り下ろすモヒカン雑魚。剣嵐はそれを篭手を装着した左腕で受け止めると、右手に持った薙刀を逆袈裟に振るう。
「てぇい!!」
「うぎゃあぁ!?」
斬られて吹き飛んだモヒカン雑魚は爆発!
仲間をやられて逆上したモヒカンどもが次々と襲い掛かるが、いずれも薙刀――サクラセイバーにより散らされていた。
「いける、これなら――っ!?」
サクラセイバーが受け止められた。モヒカン雑魚の中にもできる奴がいたようだ。
……? 見たことがある?
攻撃を受け止めたモヒカンの顔を見て、何かを思い出しそうになる。
だがモヒカンの振るう棘付き棍棒による連続攻撃が、その思考を外に追い出してしまった。
「強い……! これは一気に決めないと……!」
その時、セイバーの柄に窪みがあることに気づいた。
剣嵐はヒーローとしての直感で、窪みにスタンプを押す。
『ブロッサムチャージ』
サクラセイバーを淡い光が包む。
剣嵐はサクラセイバーを構えなおすと、モヒカン雑魚に渾身の一撃を叩き込む!
「セイハーッ!!」
その一撃は、受け止めようとした棍棒をも砕いて、モヒカン雑魚の体を切り裂く。
斬りつけられたモヒカン雑魚を、桜の形をした光が包み、
「ぷべらぁ!?」
爆発。モヒカン雑魚の肉体は浄化され、桜の幻光となって散り、消えていった……。
リーダー格のモヒカン雑魚が倒されたのを見て、モヒカン雑魚どもは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
もとより剣はモヒカンから逃げていたのだ。追いかける必要はない。一息ついてから変身を解除する。
「これが……私のヒーローとしての力……」
腰から外したバックルをじっと見つめる。
これがあればヒーローとして戦える。それどころか鬼雄戯大会にも参加することができるだろう。
「大丈夫でござるか!?」
そんなことを考えていると、クロウが目の前に突然現れた。NINJAらしい心臓に悪い出現の仕方だ。
「拙者の次元斬断アシュラブレードはどうしても速効性に欠ける故……申し訳ないでござる」
「そんなに気にしなくていいですよ、先輩。これのお陰で大丈夫だったんだし」
「これは……YU-YA殿の」
「あ」
そうだ。
そういえば部長のYU-YAはどこにいったのだろうか。
「……うーん、でもまぁ、そのうち戻ってくるかなぁ?」
何はともあれ。
こうして仮面武者・剣嵐に変身することができるようになった意志乃剣は、ヒーロー部の代表として鬼雄戯大会にエントリーすることとなった。