「キィエアアアァァァッ文我一如!!」
「文即是空――ッ!!」
「文学キエーッ!!」
朝。薄暮を劈く文学少女達の哮り。
希望崎学園文芸部。回廊の窓より門徒らの執筆の様を眺める影も、少女である。消灯の屋内にあって、僅かに反射する丸眼鏡。黒く流れる長髪。そして……尋常ならぬ文気。
――文学少女であった。名を、空木啄木鳥(うつぎきつつき)と云う。
そして今、空木の傍らには影の如く小姓が控え、報告を囁いている。
「師範代。図書館地下の件、検視報告をここに」
「――下手人の特定。有か、無か」
「無にございます。文芸にて死した以外の事実は、一切」
「……結構」
報告を止める一言に、小姓はやはり影めいて姿を隠す。そういった存在である。
空間には、再び門徒達の執筆の喊声のみが残った。文我一如。文即是空。正しき文学を志すものは、すべからく自我と空とをひとつに成さねばならぬ。不要な我欲を滅した先、全てが許される純
文学。未熟なライトノベルが為して世に邪悪の誹りを受ける過激な暴力描写も性描写も、正しき純文学が為すのであれば、俗悪ではない。
しかしこの風景に、空木は僅かな苛立ちを覚えた。秩序。ほんの前夜の無残――希望崎図書館に降りた文学少女達の死をも、すでに忘れ去ったようにすら。
(二十と三の文学少女が殺られたのだぞ。我ら希望崎学園文芸部の門徒が)
希望崎の文芸部が、文壇の頂点に君臨する最強ではなかったのか。如何なる戦闘者が相手であれ全殺せしめる純文学が。
――下手人は文学の遣い手。当然、そうであろう。正統たる彼女らの文芸が打ち斃される以上、相手はそうでなければならぬ。しかし。
(誰が、それを成し得た)
空木と比すれば遥か未熟であれ、地下探索行の任を負った文学少女二十三名、並なる遣い手ではない。下手人は想像を絶する文章力であろうと評価する他ない。空木啄木鳥自身ならばその離れ業とて可能なことだ。だが、自らの他はどうか。“四文鬼”の残り三人のいずれかか。関西の野で文を磨くと聞く、耳長の小説家か。あるいは彼女の理外に存在する、強力な文芸者の手によるものなのか。
修行の有様を横目に、空木は回廊を引き返す。偉大なる文芸部室。長い壁面には、かつての偉大なる文芸部長新島マリアがしたためた、「ゴーイングマイジャンル」の書。庭では門徒の一人が、三点リーダを三度続けて用いた咎で、囲まれ棒で打ち据えられていた。全身の骨が折れ、既に絶命しているであろう。珍しい事態ではない。
師範代である空木は、この過酷な早朝修練をとうに免れた身である。そして彼女自身が自らに課す執筆の凄まじさは、この門徒達の比ではない。“四文鬼”の内、誰よりも基礎文章力を高め、誰よりも禁欲的なる純文学を用いる、文芸部の求める理想たる文学少女。各部活代表同士の殺戮の果てに部費を定めるという――文学少女にとっては遊戯の如き――鬼雄戯大会に、空木が誰よりも先に名乗りを挙げた理由は、その誇りにこそあった。
敵対者は全殺あるのみ。
(その矢先に兇徒。……凶兆か)
果たして、危惧の通りであった。視線の先――いまだ夜闇が重く残る廊下の突き当りに、白い文学少女の影があった。今この時まで、努め忘却し続けていた存在であった。
「志筑」
「鬼雄戯大会への御出座――まこと、おめでとう御座います」
「志筑。その、書は……貴様」
志筑綴子(しづきつづりこ)であった。三月の時を隔てなお、かつての妹弟子の相貌からは、無情より他の心を読めぬ。彼女の白魚の如き指が掴む書の方が、余程雄弁に事実を伝えていた。
幾人もの黒い血に塗れた書。存在しないとされる真性奥義書。……文学少女達が果てた、希望崎図書館地下の。
「貴様か。貴様が書を獲ったか。門徒共を殺したか!」
「これはしたり。うふふ。あれは文芸部の者達でしたか。余りに稚拙な文芸でしたゆえ……。気付かぬ不行儀をお許しいただきたい」
侮蔑の色を込めた不遜な笑いが漏れるも、志筑の表情筋はやはり氷の如き無情である。淀み濁った白い瞳からも、何も読めぬ。
空木は覚悟を決めた。相手が“魔文”の志筑であれば、そうせねばならぬ。自身が正しき文学の全てを収めた師範代であり、相手が道を追われた邪道の妹弟子であったとしても。
「文芸の道は、奥義書の存在を認めぬ。渡せ」
「無論、このようなもの。お返しいたしますとも。……今は、私の目前に」
もっと欲しいものが御座ります――。
その声が響いた時には既に、叩き伏せられた空木の肉体が、床板を割っていた。
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一日後、報道部室。文芸部の参加選手として、インタビューを受ける少女の姿があった。それは文学少女である。
「本来出場を予定されていたが残念なアクシデントにより辞退となってしまいましたが……志筑桜子様、鬼雄戯大会の意気込みに関しては、如何でしょうか」
ただしそれは、白い髪の少女であった。
少女は問いに対して一言――全殺、と答えるのみである。
瞳からは、無情より他の意志を読めぬ。
文芸部選手……志筑綴子、参戦!