雨竜院暈哉対埴井葦菜

 最強を自称する男・カツオと戦うべく、渡り廊下の左側へ馳せ参じた男が2人。
 1人は雨竜院暈哉。もう1人は埴井葦菜(2m56cm、289kg! デカい!!)。
 しかし2人の目の前でカツオは左手の窓から颯爽と飛び降り、着地するや否や体育館へヅダダダダ……と一目散に駆け出していく。
 その姿を2人はぽかんとして、並んで窓から見下ろしていたのだが、鳴り響くチャイムが開戦の合図となった。
『1回戦、開始の時刻となりました。各会場、試合を始めてください』
 2人がいる渡り廊下でも既に他の二組が戦い始めていた。やるしかない。
「仕方ないわね(野太い声)! 行くわよ(野太い)!」
 あしながおじさん埴井葦菜、太く長過ぎる脚で大きく踏み込み、近接。
(速い!)
 というか暈哉が遅い。反応0の上に鈍重な得物。蛟で下がるより先に間合いに入られたのは必然だった。
「とぅえりゃ!」
 傘の先を反らしつつ、丸太のような腕で当て身。
「うっ」
 葦菜には軽い一撃だが、体重差は実に4倍強。軽く済むはずはない。ぐらついたところを掴み、力任せの投げ技を放つ。
 が、寸前、今度は暈哉が柄尻で水月に打ち込んだ。痛みと呼吸の乱れから葦菜の投げは鈍り、暈哉に受け身を許した。
 爬虫の如くに身を低くした暈哉に躍りかかろうとする葦菜。対して暈哉は脱ぎ捨ててあった制服の上着、それを槍の穂先で巻き上げ、放った。宙を舞う学ランが葦菜の視界を遮る、と同時に傘を広げ、突進。
 叢雲牙ーー雲間より出し竜の牙。
「小賢しいわねっ(太い)!」
 叢雲を蜂の一刺しが貫いた。
 蜂のように舞い、蜂のように刺す。葦菜必殺の膝蹴りである。
 上着を吹き飛ばした葦菜の膝とアナンタの牙。2つは交差し、そしてーー。



 十数分後……。
「『臨』『兵』『闘』『者』『皆』『陣』『烈』『在』『全』」
「そればっかね」
 葦菜の前で、暈哉は九字の真言を唱え続けていた。敵前で印を結びこそしないが、祈りとは心の所作。口で唱え、心で結べば問題無い。
 体力は残り僅かだった。暈哉は何度か上手く葦菜の技を捌いてみせたが、満身創痍ではどこまで保つかわからない。そして、次に一撃貰えば間違いなく敗れるだろう。
 だがそれは葦菜にも当てはまっていた。暈哉よりはまともそうだが、やはり満身創痍と言っていい。右腕も折れているようだ。
(あの腕じゃあ投げは無理……膝蹴りで来る)
 暈哉は真言を唱えることで飛びそうになる意識を繋ぎ留め、丹田に気を溜めていた。
(次の膝蹴りを捌いて撃てるか……それが全て)
 葦菜の方も暈哉の思惑には察しがついていたが、取る手段を変えるつもりは無かった。
 左腕だけでは投げられないし、ビンタでは倒せない。
 何より、良くも悪くもプライドの高い葦菜はこの局面に至って必殺技で決め無いなどありえない、と妙な義務感を抱いていたから。
「行くわよ」
「おう」
 葦菜が駆け出し、そして跳ぶ。
 真言によって高められた暈哉の集中力は、はっきりとその様を捉えていた。
 自分に向って迫る鋭い膝。そして、高く持ち上げられた、筋肉で張り詰めた丸太のような太腿の間、蹴り技の連発で激しく擦り合わされることにより、薄くなったスパッツの生地が遂に裂け、人間離れした逸物が零れ落ちているのを。
「キャッ!」
 葦菜自身もToLOVEるに気付き、褐色の顔を赤らめるが、蹴りは止まらない。
(デケえ……)
 引き伸ばされた意識の中、ゆっくりと揺れる棒と袋に彼は目を奪われていた。
 暈哉は同性愛者だが、ビックディックに見惚れていたわけではない。
 緊迫した戦いの中、そこから大きく外れた出来事が起こればそちらへ意識を持って行かれる。ごく自然な反応であり、それを応用した技は数多く存在する(男の子同士の術、ハミチンサーブなど)。
 今回は偶然だが、このような不運も戦いには付き物と言えるだろう。
「ハッ!」
 暈哉が我に返った次の瞬間、やや低い軌道を描いた葦菜の膝が脾臓の位置に突き刺さっていた。

 暈哉を死闘の末に下した埴井葦菜。勝ち誇るでも無く、股間を隠した彼に、いや彼女に歩み寄る埴井家の三姉妹がちょっと引き気味だったのはきっと気のせいだろう。






最終更新:2014年12月31日 11:45