現在の希望崎学園内において一番の話題といえば鬼遊戯大会である。
各部の存続を掛けて血で血を洗い、時には死者すらも出すバトル。
ハルマゲドンが度々起こる希望崎学園生徒にとって格好の話題となるのも宜なるかな。
この一幕も本大会に於ける世間話の一つ。
希望崎学園内のとある教室。
語らっているのは二人の男子生徒、話の種は言うまでもなく鬼遊戯大会である。
「おい、お前知ってる? 体育館で最期まで勝ち抜いた奴」
「いや、しらねーけど。空手部員、野球帽とかその辺り?」
「違う」
「ほんじゃ、七菜ちゃんとか?」
「それも違う」
「門司? 月見? カツオ? 紅炎峰? 神社? 武藤? 風紀委員か?」
否定され続けたせいか、はたまた正解を勿体ぶって焦らす様に後半は苛立ったように男子生徒が名前を続けて言う。
しかし、出された名前はどれも正解とは違う、だから相手の男子生徒はこう答えるのだ。
「そいつらじゃあない」
「ってーと……え。 誰?」
困惑する男子生徒、体育館で名高い闘士-ファイター-は出し尽くしている筈である。
だからその名前はあまりにも不意打ちに過ぎた。
「蟹田正継」
「誰だよ、そいつ」
「落語研究会の会長」
「……ふーん」
名前の聞いたことのない奴だと男子生徒は思った。
しかし、別段珍しいことはない。 無名の闘士-ファイター-であれ鬼遊戯大会に参加できるほどの力はあるはずなのだ。
今回の事も騒ぎ立てる程のない運の良いラッキーマンだったというだけだ。
しかし、相方の男子生徒が続けた言葉は聞き捨てならない衝撃を与えた。
「しかも、そいつは無傷で制した」
「は?」
「傷を負うどころか、一度たりとも攻撃を受けずに体育館を勝ち抜いたんだ」
「……おいおい、そんな馬鹿みたいな話があるわけねぇじゃねぇか」
「俺もアイツの姿を見なかったらそう言っていただろうな……だけど、俺は見たんだ」
相方の男子生徒は目を瞑り、その時の情景を思い出そうとする。
危険故に、戦闘が終わるまで立入禁止になっていた体育館。
その施錠が解かれ、選手が体育館が開放されるその時。
あるものは死亡し、またあるものは大怪我を負い死屍累々といった様相を見せる中、その男は出てきた。
傷はおろか埃一つ体についてなかった男、蟹田正継。
「こんなことがあるのかと思わず体が震えたよ」
相方の男子生徒の体が震える、興奮によるものだ。
その様子を見て、話を聞いていた男子生徒はそれが事実だということを認識する。
そして彼自身、その話を聞いて興奮し体に震えが走った。
俄に信じがたいこの事実は希望崎学園内を静かに駆け巡ることになるだろう。
そして全くの予想外の使者である落語研究会会長、蟹田正継というダークホースは注目を集め始めることになる……ッ!
「という話が既に出回っているんですが、そこんところどう思ってるんですかね。会長」
そう問いかけるは落語研究会の二年生、堺未来生。
答えるのは勿論―――
「いやぁ、事実とはいえちょっと怖いねぇ」
落語研究会会長、蟹田正継その人である。
「あたしは普通に楽~に勝てそうな相手と闘っていっただけだからねぇ。『凄い男が出てきた!』なんていうのはちょいと違う、と」
軽薄そうな笑みを浮かべつつも謙遜する。
しかし、笑みの下に見える瞳は描いた絵図通りに事が進んだ策士の光を放っていた。
「で、新しく入部希望者が来ていますが……どうします?」
「とりあえず、仮入部だけはさせておいて欲しいねぇ。もしかしたら使うかもしれないからさ人は集めておきたいよ」
瞳の光がその様相を変える。策士のものから全くの別の何かへと。
より昏い、暗澹としたものへと。
「―――『地獄大喜利』を、さ」