巨大ウーパールーパーVS巨大オクトパス 購買部前の決戦!

 購買部前は、既に異界と化していた。


「俺! 食事! 貴様! 邪魔!」

「うじゅる……うじゅるう……うじゅるる……
(※:所詮は獣か。人の言葉も介さんようだな)」

 片や全身をぬめぬめと粘液で覆う巨大な怪物。
 全身を照り光らせる魔人ビオトープの王。ウーパールーパー、めご。

 八本の柔軟な手足、巨大な頭部。
 生まれながらの圧倒的水中適性を誇る水泳部の新人。オクトパス。

「不理解! 愚カ! 俺! 支配!」
「じゅるじゅる……ふしゅるるるるる……
(よかろう。暴力は本意ではないが、罪なき店を襲う非道、許せん)」

「それでは、両者合意と見てよろしいですね!!
 鬼雄戯大会本戦、開始ィ―――――ッ!」

 どこからともなく現れた審判の号令と共に、両者はぶつかりあったのだ。
 ――飛び散る粘液。引き潰された肉片、米粉。ここで発売されていたはずの弁当の残りであった。

 八本の脚から放たれる洗練されきった発勁。
 暴れ回る獣の破壊がぶつかりあう。

「己! 生意気!」
「フシュルルル……!(この質量……侮れん!)」

 魔人学園にあってなお怪物の域に存在する二者の衝突。
 溢れ出るエネルギーは、もはや小宇宙の爆発に等しい。

 弁当が飛び、焼きそばパンが焼きそばとパンに分離崩壊。
 コッペパンが木端と化し、茹で卵が爆発四散し、パック牛乳が千切れ飛んだ。

 仲間を先に逃がしていた気丈な学生店員の少女が、べとべとな粘液に身体を覆い尽くされわれながらも、
 先に逃がしていた仲間に助け出され、かろうじてその場を離脱した。

「生意気! オ前! 倒ス! 支配!」
「ブジュルブジュル――――ッ!!(やらせはせん!)」

 泥仕合……と呼ぶことすら躊躇われた。
 もはやそれは、一つの戦争だった。

 肉体の大きさにおいては、僅かに、しかし確かな差で、水泳部が勝っている。
 しかし、オクトパスは理性ある人間である。
 八本の脚を有し、尋常ならざる水中適性を備えながらも、彼は愛の為に戦う。

 それは、この大戦争には決して、向いているとは言い難い。
 棲処を追われたビオトープの王は、圧倒的な怒りと暴走で動いている。

「飯! 喰ウ! 邪魔!」
「ふしゅ―――ッ!?(何!?)」

 発勁を放つべく上がった触手が、突如として床に叩きつけられる。
 ぱくぱくぱくと、ウーパールーパーが宙に浮いていたお握りを食べる。

 魔人能力【幼生大戦争】。
 水に浮いて食べにくい餌から『浮力』を奪って沈める為の力――
 怒りと暴走により、半ば重力操作にすら近い域に達していた。

 水泳に適した巨体が、たった二度三度の交錯で、
 今や眼前のウーパールーパーと同じ程度の体力にまで引きずり降ろされた。

「ふしゅる―――ッ!(だが――!)」

 だが、オクトパスは崩れない。水泳において、ペースを乱すこと=死だからだ。
 再びの発勁――いや、それだけではない!
 オクトパスは、その水泳向けの八本の脚を使い、ウーパールーパーを締めあげた!

 その長い脚は、水泳の際に独特の泳法に使えるだけではない!
 こうして伸ばせば、その軟体は一転、捕えた相手を決して逃がさぬ縄となるのだ!

「ヌ―――!? 邪魔! 不快! 不快不快不快!」

 暴れ回るウーパールーパー。だがその暴走の威力は、明らかに減じていた。
 繰り返す零距離からの発勁。その度にウーパールーパーの体表に波紋が走る。
 オクトパスの理性の技が、ウーパールーパーの怒りの暴走を、完全に抑え込んでいた。

 先程までとは一転して、周囲の被害はない。
 だが、巨躯二匹が密着したその内部には凄まじいエネルギーが満ちている。

 もし仮にこの場に肉体自慢の魔人がいたところで。
 暴れ回るウーパールーパーの尻尾、あるいは締めを確実なものにするべく床を噛む
 オクトパスの脚に触れただけで、ミンチと化すに違いない。

「離セ! 無礼! ヌゥゥゥゥゥウウ!」
「ふしゅ――――ッ!(チィィッ!)」

 三度目の大暴れが、オクトパスを引き剥がした。
 壁に叩きつけられる直前で、八本足の水泳部は壁に張り付く。
 彼の脚は震え、既に満身創痍。だが――

「己……オノレ……生意気……許……」

 ――ずうううん、と。
 熊殺しのウーパールーパーは、購買部の机を押し潰し、その場に倒れた。
 立ち上がる気配は見せない。

「熊殺しのウーパールーパーめごちゃん、VS オクトパス、決着!
 勝者、オクトパス!!
 屋外運動系部活連合に1ポイントが加算されます!」


「……ふしゅるるるるる…………(危なかった……)」

 オクトパスは肩を竦め、静かに汗を拭う。
 紙一重の勝利であった。

 あのウーパールーパーの大暴れは、本人の肉体に過剰な負荷を掛けている。
 それゆえの威力であったが――もし仮に、あのウーパールーパーの身体がそれに耐えられる
 肉体をしていたならば、紙一重で負けていたのはオクトパスの方であったろう。

 ともかくオクトパスは、購買部を襲う脅威を退けられたことに安堵し、


「――では鬼雄戯大会、二戦目!
 一太郎VSオクトパス!」
「ふしゅ?」

 視界いっぱいに迫る、彼の体表よりもなお赤いレッドカードと。
 それが、どんな職人の包丁よりも鮮やかに、自身の巨体の致命部位を貫いたのを見た。 


 ――オクトパスには知る由もない。

 目の前の審判が、彼らの審判を行うと同時に、
 別の参加者と戦い、無傷で勝利していたこと。

 そして鬼雄戯大会本戦のルールに忠実に、
 勝者であるオクトパスに試合を挑んだこと。

 それを理解するには、彼はあまりにも遅すぎたし、運が悪すぎた。
 そして、これこそが、鬼雄戯大会なのだ。


◆       ◆


「グ……!」

 数分後。
 誰もいなくなった購買部で、巨体が身じろぎする。

「見テイロ! アノ邪魔者! 八本足ノ水泳部! 復讐! 不可避!」

 右腕が折れているようだ。
 以前より慎重に動かなければならないだろう。

 怒りに打ち震えながら、熊殺しの幸運な怪物は、ずんずんとその場を後にした――






最終更新:2015年01月10日 16:34