6度目のゴングが聞こえる。
地鳴りを上げる歓声、むせ返るキャンバスの熱気。
目の前には、ふざけた格好をした男の姿。
ふさげやがって!なんだその格好は!?
ボクシング部代表!?
貴様みたいな野郎が 鬼雄戯大会を口にするなぁっ!
……行かせない 行かせない 行かせない!
ボクシング部代表はこの俺! スズハラ太郎だ!
我は死神! 様式・死神(モード・ミキストリ)!
~~ミステリアスパートナー参戦SS2 『誰が為に鐘は鳴る』~~
「チィっ!」
放たれるリードブロウ。頬をかすめる砲弾。
その風圧は皮を裂き、肉を削ぐ。
空振りですら寿命が縮む暴風地帯。
だが、それがどうした?
「なんだそれ?」
地雷原を駆け抜ける無謀さで。
フットワークと呼ぶにはあまりにも雑なステップで。
「なんだそれ?」
腹ワタが煮えくり返ってるんだよ!
カンタンにボクシング部代表と言うなっ!
鬼雄戯大会を舐めるんじゃねぇっ!
「なんだそれぇっ!?」
「がはっ!?」
左手に感じる手応え。
散弾の雨に潜り被せた左ストレートだ。
その先にははっきりと見える。
ふざけた格好をした、あの男の姿が。
……観衆よ!見ろ!思い知れ!
「こいつには何も期待できないというコトを!!」
奴のジャブが砲弾ならば、俺のジャブは死神の鎌。
特徴的なメキシカンジャブ。
その『伸び』と『軌道変化』は、徐々に命を削り取る。
変幻自在の軌跡は予測すら至難の業。
もう貴様は、死刑台に昇っているんだよ!
「~~っ! 相変わらず小賢しいジャブだぜ」
……そうだ、相変わらずのジャブだ!
そろそろ目は慣れたか?
「だがよ。 流石にこれだけ見せられれば、嫌でも慣れるってモンだぜ」
……そうだ、そのために打ち続けたからな!
「カカカッ! そろそろこっちの番かよ?」
……そうだ、もっと近づいて来い!
知ってるか?必ずダウンを奪えるパンチを。
それは……”意識の外から放つパンチ”
俺のジャブは十分に見ただろう?
直線の軌道に目が慣れているだろう?
もうお前は、フックが来るだなんて考えてすらいないだろう?
これが世界レベルの駆け引きだ!
食らえ!
―――――『パーフェクト・フック』―――――
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左手には、柔らかい肉の感触が残っている。
今までに何度も味わった感触。『パーフェクト・フック』が完璧に突き刺さった証。
俺の左拳は、確かにあいつのテンプルを撃ち貫いた。
だというのに。
「……何で。 何で貴様は立っていられる!?」
咄嗟に避けた? 否、有り得ない。
俺の戦略を読んでいた? 否、有り得ない。
だったら……
「今のは効いたぜぇ~? 何を貰ったんだ? フックかよ?」
「何でだ!?何で貴様は立っていられる!?」
「あぁ? そんなの決まってんだろーが。 テメーの拳は”軽い”のよ」
「どっかの女が言ってたぜ。鬼雄戯大会はありとあらゆる部活動による異種格闘技戦ってな」
「”ボクシング”なんて小さい枠のチャンピオンを目指してるテメーじゃ、ちょいと力不足だとよ」
「だったら……だったら貴様は何のために鬼雄戯大会に出る!」
気がつけば、大きく右を振りかぶっていた。
見え見えのテレフォンパンチ。
避けることなど造作も無い。
だが、
「これも、どっかの女が言ってたんだけどよ」
「”ボクシング”が最強の格闘技だと証明したいんだとよ。ケッ、難儀なモンだぜ」
俺の右拳を額で受け止め、退屈そうに言いやがった。
身体は火照っているのに、芯は凍えるほど寒かった。
俺の右拳から覗くあいつの目。
その姿。その野生。
まるで、俺の憧れた……。
思考を取り戻したのは、背中に感じる異物感が切欠だった。
コーナーポスト。
自分が退がっていたと気づくことには、それほど意味を要しなかった。
何故ならば――――。
「遠くまで逃げたところ悪いんだけどよ」
「そこは――――俺の射程距離なのよ――――」
何故ならば、あの男のそんな台詞が聞こえてきたから。
何故ならば、その瞬間、目の前が漆黒に覆われたから。
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けたたましくかき鳴らされるゴングが聞こえる。
地鳴りを上げる歓声、むせ返るキャンバスの熱気。ひんやりとしたマットの感触。
見上げると、ふざけた格好をした男の姿。
「遅くなっちまったがよ」
「これで、ボクシング部の代表、そして、鬼雄戯大会最後のエントリー者が決定だ」
ふさげやがって! ふさげやがって!
……世界チャンピオンの前に、まずは貴様を倒してやる。
だから……。
それまで……負けるんじゃねぇ。
<第0ラウンド ~ボクシング部 室内リング~>
●:スズハラ太郎-ミステリアスパートナー:○
(6R2分25秒:ダッシュストレート)