――最速の競技、とはなんであるか。
例えば誰かはそれを短距離走であると言おう。肉体のみで生み出される速度においては他の追随を許さないと言うだろう。
例えば誰かはそれを馬術であると言おう。人の足は馬に追い付くことは出来ぬと言おう。
いやいや、それはバトミントンであると言うものもあろう。時速160kmを超えるシャトルを撃ちあうバトミントンこそ最速であると言われれば納得もいこう。
移動速度に限定しないのなら候補はまだまだある、卓球、ホッケー、ラクロス、陰陽道、文芸、俺の道………
そして、そのいずれをも一方的に倒すことができる。
その自負がヴェータにはあった。
2月の大気にさらされたコンクリートから、彼の両足へと冷気が伝わってくる。
屋上を吹く風は階下よりも冷たい、だが、弓の弦を引く彼の指がぶれることはない。
眼下に広がるグラウンド。集まる鬼雄戯大会の参加者が小指ほどの大きさで見えている。
指に伝わる弓の張力を確かめる。問題はない。誰一人の例外もなく詞燃弾で貫くことができよう。
文学少女がいる。
マスコットが居る。
フォークソング部が、野球部が、不明部が、
そして最速とうたわれた陸上部員が居る。
だが、誰一人としてヴェータに届くことはない。
地上をどれほどの早さで移動できようと、同じ速度で屋上までの高さを駆け上がることができようか。
どれだけの野球選手であろうと、重力に抗い打ち上げる白球が弓より高い精度を持つことがあろうか。
故に、彼は断言する。
自分は、グラウンドに居る誰よりも優位に立っている、と。
なればあとは吟味するだけだ。
果たして、どれが一つ目の戦果にふさわしいか―――
――最速の競技、とはなんであるか。
なんであっても関係ない、と、ビンセント・タークハイツは断言する。
初速、最高速、加速……さまざまな基準において最速の競技は存在しよう。
だが、そんなもの宅急を前にしてはなんの意味も持たない。
いかな競技であれど、常に「最速」を保ち続けることはできないのだ。
トップスピードまで持っていく助走、初速を出すためにクラウチングスタート、高速のシャトルを打ち出すスナップ。
そんなもの、準備されていなければなんの意味もない。
故に、ビンセント・タークハイツはあらゆる最速をあざ笑う。
獲物を前にわざわざ襲い掛かると宣言する狩人がいるだろうか?
届け先のインターホンを押してからわざわざ名乗りをあげる宅配者がいるだろうか?
どんな最速も、予兆の無い拳に対応することはかなわないのだ。
意図せぬタイミングで意図せぬ場所から配達する。
それさえ満たせれば荷物を受け取ることの出来る相手はいない。
そしてそれは、鬼雄戯大会であっても変わることはない。
じり、じり、と慎重に獲物へと近づく。
相手の警戒の一歩外、半歩外、四分の一………
キリキリ、と弓の軋む音が耳朶を打つ。獲物は確かにそこにいる。
これ以上の位置はない。
これ以上のタイミングはない。
仕掛けるのならば、今―――
ヴェータとて、奇襲を警戒していなかったわけではない。
だが、屋上へと続く扉はただひとつ。校舎より高い建物はない。
扉さえ封鎖してしまえば、校舎の内からも外からも屋上へとやってこられるものはいなかったはずだ。
だから、まさか、階下の窓から壁伝いに奇襲者がやってくるなどと、想像していたはずもない。
奇襲者……宅急部の、ビンセント・タークハイツはタンっ、と硬い音をさせて窓枠を蹴る。
壁の凹凸に手をかけ、パイプを蹴り、まるで落下するような動きで、重力に逆らいビンセントはヴェータへと迫る。
引き寄せられるように、ただただ進む。獲物の姿など確認する必要もない。
流れる空気が、音が、そして狩人としての勘と宅急部員としての経験が相手の急所を伝えてくる。
一撃で叩き潰す。一撃で駄目な、相手が事態を把握する前に追撃を。
それで全てはお終いだ。
ギシ、と足蹴にしたパイプがきしむ。距離が近い。相手の姿が初めて目に入る。
ビンセントの目の前には、弓弦を引き絞るヴェータがいた。
視線が交差する。ヴェータの目には驚愕も動揺もなく、ただ獲物を狙う意志がある。
脳裏に浮かぶのは驚愕と動揺。何故、何故、奇襲に気づくことができたのだ。
そしてそれすら詞燃弾に吹き飛ばされた右腕の痛みにかき消され、ビンセントは重力の向くままグラウンドへと落下していった。
――確かに、ヴェータはビンセントの存在に気づいていなかった。
彼がビンセントの奇襲を知ったのは、ビンセントが窓枠を蹴り彼に対して向かってきたその瞬間だ。
階下から猛烈な速度で迫ってくるビンセント、対してヴェータはグラウンドに照準も集中も向けていた。
完璧な奇襲であった……だが
ビンセントが鳴らした足音は、一音節を頼りに読み札を判断することと比べればあまりにも雄弁で
階下から迫るビンセントに照準を向けるのは、数多の取り札から読み札と合致するものを選び出すよりもあまりにも容易で
ビンセントが迫るより早く詞燃弾を放つことは、対手より早く札を取ることと比べればあまりにも遅く
……つまり、ビンセント・タークハイツは舐めていたのだ。
こと『判断速度』という点において、競技かるたを上回るものは存在しないという現実を。
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【第1ターン グラウンド】
ヴェータ○―●ビンセント・タークハイツ 決まり手:カルタ