強敵、平井律先輩を倒したミケナイト。
しかしミケナイトには休息する暇も、互いの健闘を称えて律先輩と豆乳を飲む暇もありませんでした。
タマ太が単に気絶しているだけなのを確認したミケナイトは、背後から近付いてくる気配を察して振り向きます。
見覚えのある野球帽を被った、小柄な選手。
その手には生徒会特別役員キビト・ケンの首。
「よォ。小さなナイトはお休み中かよ?」
「むっ。私はまだまだ戦えます!」
「あ? アンタはまだ“見習い”だろ? 俺が言ってるのはそっちの猫さ。アンタを護るナイトっぷり、見事なモンだったぜ?」
「……?」
魅羽は以前に一度、この人と戦ったことがあります。
まったく勝負になりませんでした。
その時はまだ魔法少女ではありませんでしたし……なにより戦う意志が弱かったのです。
でも、今の魅羽は違います。今の魅羽は、猫耳の騎士・ミケナイトなのです。
「強い自分になりたくて。あなたと戦えるようになりたくて。私は大会に参加しました。今度は前のように無様に負けたりしません!」
「嬉しいねェ。じゃあ少しは……楽しませてくれんだろうなァ!」
キビト・ケンの首を放り投げ、野球帽は右正拳突き!
身に染み着いた「兵藤の武」をそのまま絞り出したような正確で美しい突きです。
ミケナイトも斬馬大円匙の水平斬りで応戦します。
馬術部で習った英国式の大剣術をそのままスコップに置き換えた太刀筋!
兵藤の鉄拳と特大スコップが激突!
巨大武器のリーチと質量を上乗せして尚、当たりは全くの互角!
反動で飛び離れる野球帽とミケナイト。
ばぎん。宙を舞っていた木人の首が、地面に激突して二つに割れました。
「短い間にずいぶん強くなったじゃねェかよ? 武器も剣よりソイツのがアンタに合ってるぜ」
「……ありがとうございます」
「クハハッ、礼はいらねェぜ。技術も武器も雑だって意味だからよォ!」
「……っ! また軽口を!」
ミケナイトは特大スコップを握り締め、軽く腰を落とし、上体を前に傾けます。突撃開始2秒前!
不思議と怒りはありません。
野球帽の言葉が、裏表のないサッパリとしたものだからでしょうか。
今はただ、前よりも強くなった自分の全力を、強きもの・野球帽にぶつけたい。
それだけでした。
(タマ太……!)
ミケナイト――猫岸魅羽は泡を吹いて倒れている友達に、一瞬だけ視線を向けた。
タマ太と一緒だったから、馬たちに嫌われてワンワン吠えられながらも厳しい馬術部の練習を頑張ってこれた。
タマ太と一緒にいろんなところに散歩して、沢山の友達と出会えた。
タマ太が与えてくれた不思議な力で、今こうして私は戦うことができている。
きっとタマ太は私が平井先輩に気押されてる情けない姿を見て、心配のあまり気絶してしまったのだろう。
もう、あんなみっともない戦いはしない!
この一撃はタマ太のために――全力で!
ミケナイトの全身全霊全力突撃!
「いいねェ! だがコレで終わりさ!」
野球帽は突進に合わせて完璧なタイミング回し蹴り!
狙うは猫耳ヘルム! なぜ鎧をつけてない胴体ではなく完全防護を施した頭部を?
蹴り足が猫耳兜の顎を掠めるように打ちました。
ミケナイトの兜が首を軸にぐらりと揺れます。
それは、首を720度回転させて捻じ切るような残虐な蹴りでこそありませんが、恐るべき必殺の蹴りでした。
兜越しに小さく揺さぶられたミケナイトの脳は、肉体の制御権をあっけなく手放しました。
兵藤一族秘伝『斬岳・無明』!
戦乱の世に起源を持つ「兵藤の武」は効率的に敵を倒すために洗練されてきました。
もともと想定する敵は、鎧兜に身を固めた武士。
迚持ライのような非物理領域からの搦め手に不覚を取ることはあっても、物理戦闘で後れを取ることはありえません。
相手が西洋剣術を使う騎士だったとしても、それは同じことです。
――でも、相手がただの騎士ではなく、魔法少女だったとしたら?
(この一撃……必ず決める……! タマ太のために!)
脳から切り離されて崩れ落ちるのを待つばかりのはずだったミケナイトの肉体が突進をやめません!
「っりゃあああああーっ!」
チャージング斬撃炸裂!
全力フルスイングを胸部に受けて吹き飛ぶ野球帽の小柄な身体!
みしり。野球帽は身体の軋みを感じました。
(アバラをやられたッ! 糞がッ! アイツ何故動けるッ!?)
魔法少女の精神は、脆弱な肉体の従属物ではありません。
その精神状態が臨界点を突破すると、あらゆる物理現象を超越した事象を引き起こすのです。
その境地の名は“MoMa”。
“MoMa”を使いこなした魔法少女は、敵と対峙した瞬間に勝利すると言われています。
それは全盛期の野球神に等しい力……!
キビトに左腕を折られました。
今の一撃で肋骨もヒビが入ったようです。
満身創痍の野球帽でしたが、その闘志は依然衰えていませんでした。
いえ、強敵を前にしてその闘志は一層燃え上がっているのです。
強敵。そう。強敵です。
目の前にいる猫耳の騎士は紛れもない強敵であると、野球帽は認めました。
ミケナイトの一撃は、野球帽の胸の奥底まで届いたのです!
兵藤の秘伝技には二つのモードがあります。
ひとつは、相手の意識を刈り取り、最小限のダメージで戦闘不能にする「無明」。
もうひとつは、相手の肉体を破壊し、最大限のダメージで再起不能にする「赤滅」。
後者は真の強敵にのみ放つ禁忌の技です。
「うぉりゃああーっ!」
ミケナイトの全力攻撃が続きますが……野球帽は避けません!
ミシィッ! 野球帽の脇腹に斬馬大円匙が食い込み肋骨が砕けます!
しかし、不敵に歪む野球帽の赤い唇!
「砕月――赤滅!」
野球帽の右手が魅羽の喉輪を捉えます!
魅羽の身体がまるで質量が無いかのように、ふわりと宙に浮きました!
……「砕月」を決めるためには、尋常ならぬ膂力と、卓越した技巧、そしてそれらを束ねる強靭な精神が必要です。
そして、キビト・ケンとの戦いで消耗した今の野球帽には精神力が不足していました。
(……しまった! タイミングがズレた!)
技の入りが浅いことを察して野球帽は「砕月」を中断してミケナイトの喉から手を離しました。
ミケナイトは後方宙返りを決めると着地後即座に踏み込みスコップ斬!
ミシミシミシィ! アバラが何本も折れた手応えが、ミケナイトにもはっきりと感じ取れました。
「糞がァーッ!」
野球帽は飛びそうになる意識の中、やぶれかぶれで反撃のパンチを撃ちました。
右拳がミケナイトの胸に突き刺さります!
「兵藤の武」に裏打ちされた正確な打撃と、平井律との戦いで蓄積されたダメージによって、ミケナイトはついに限界を迎えました。
(あ……駄目だ……私もう倒れちゃう……。でも……かなり頑張ったよね……タマ太……)
魅羽はがくりと膝をつき、前のめりに大グラウンドの地面に倒れ伏しました。
【第2ターン 大グラウンド】
ミケナイト●―○野球帽 決まり手:右正拳突き
野球帽は思い起こす。「砕月」を止めた瞬間のことを。
完全にタイミングが崩れていたにもかかわらず、ミケナイトの身体は宙を舞っていた。
なぜか。それは、ミケナイトが自ら飛んでいたからだ。
もしあのまま「砕月・赤滅」を出していたら、ミケナイトは必殺の一撃を完全に回避していたのではないだろうか。
そして、必殺技を空振りした野球帽の硬直時間に、全力スコップ斬撃がクリーンヒットしていたのではなかろうか。
そうなった場合、ここに倒れていたのは野球帽自身であろう。
野球帽は身震いした。
「無明」と「赤滅」の違いは技の最終段階だけだ。
「無明」は相手の頭部を地面に叩きつけ、脳震盪による無力化を狙う。
「赤滅」は更に顔面に肘や膝を叩き込み、正中線の急所を打ち抜く致死打撃を追加する。
つまり、どちらのモードであろうと回避方法は一緒なのだ。
以前、文化部の部室棟エリアにおける戦いで、野球帽は猫岸魅羽を「砕月・無明」で倒した。
その時に見切られてしまっていたのか……?
いや、「兵藤の武」は一度で見切られるほど底の浅いものではない。
さっきの完璧な回避は、偶然の助けもあったのだろう。
(だが、いずれにせよコイツは恐るべき強敵だ……)
野球帽は兵藤一族の流儀に従い、強敵に対する作法でミケナイトを讃えることにした。
すなわち――この場で潰す。
今ならまだ、試合中の事故として処理できるタイミングだ。
野球帽がミケナイトに向かって倒れ込もうと肘を構えた瞬間。
「ニャア(おい貧乳、試合終了だぜ)」
猫の声と共に、背後から凄まじい殺気が野球帽に降りかかった。
タマ太がいつの間にか目を覚ましていたのだ。
その全身には無数の爆竹。
必殺「ねこばくフレンズ」をいつでも放てる状態だ。
「ウニャーア(言ったはずだぜ、ミウに手出ししたらただじゃおかねぇってな)」
「あー、そんなこと言われてもなァ。猫語とかわかんねえし……。ま、大体わかったけどな!」
そう言って野球帽は、大グラウンドの中央をのし歩くピンク色の怪物の方を見た。
「じゃあこうしようぜ! まずは俺があの化け物をブッ倒す! その後で一緒に豆乳! それでいいな!」
タマ太はうなずいた。
そして野球帽は、傷だらけの身体をひきずるようにしながら怪物の方へと歩いていった。
めでたしめでたし。