――宅急部
希望崎学園において流通を担う部活の一つである。
特徴は恐るべき配達速度。
通常配送ならば国内で8時間、速達であれば2時間を切ることすら珍しくない。
短所は全体で60%を上回る不在票投函率。
口さがない生徒たちは「宅急部の荷物は不在票を持って営業所まで受け取りに行くもの」といって憚らない。
学園全体に必要性を認識されつつも上述の欠点から嫌われている宅急部ではあるが、一方で宅急部員が特定の届け先を嫌うことはまず無い。
全ての届け先は均等に顧客であり、不在票投函の難易にて「区別」をすることはあれど、それに伴う好悪で「差別」をすることはほとんどない。
宅急部員が不在票を投函するのはあくまで一件あたりにかかる時間を下げるための工夫であり、特定の届け先への悪意を持って行われていることではないのだ。
故に、特定の届け先を嫌うことは『ほとんど』無い。
何事にも例外は存在する。
そして真野来人はその例外の一人である。
被不在票投函率が低いから――ではない、むしろその点に関しては全くの逆である。
真野来人に対する不在票投函率は100%、一度として彼が玄関先で荷物を受け取ったことはない。
最初に真野来人の元へと宅急部員が訪れたのは5月の中旬、ゴールデンウィークの終わった直後のことであった。
当時からその速度が話題に登っていた彼に対し、宅急部は一年生区域担当宅急部員の中でも最有望株を当てる。
初宅配の新入生に対する扱いとしては最上と言っていいものだろう。
これで不在票投函に失敗した場合、初年度の5月時点で一年生担当エリアリーダーか二年生区域担当を特例投入するという前代未聞の事態になりかねない。
不在票を投函できるのか、はたまた荷物を受け取られてしまうのか……宅急部中の注目を受けながら配達した部員は、インターホンを鳴らして拍子抜けすることになる。
インターホンを鳴らしても全く反応がなかった。すなわち、正しい意味での『不在』
結果は先送りか、といつものように不在票に必要事項を記入し、宅急部員は部室へとまっすぐ帰還する。
「不在票が届いていた。荷物はまだ戻っていないそうなので、待たせてもらった」
戻った部員を迎えたのは無感情な言葉。
宅急部の部室でパイプ椅子に座り、退屈そうな顔で不在票を弄ぶ真野来人がそこにいた。
真野来人の家から部室に戻るまで寄り道はしていない。
そも、彼の家に宅配したのは一番最後だ。途中で寄るべき場所も存在しない。
距離がそこまで離れているわけでもない。
配達した部員の足が遅いわけでもない……むしろ平均より速い。高速系の不在票術者を除けば上位である。
なのに、真野来人はそこにいた。
配達した部員が荷物を持って部室に戻るよりも速く、不在票を手に宅急部へと訪れていた。
汗の一つもかいていない。顔色も変えていない。
ただただ暇そうな表情で
「待たされた。早くしてくれ」
と言った。
宅急部運営による競技の結果、担当部員の変更はされないことになった。
そして次も、その次も、更に次も、宅配の結果は変わらなかった。
真野来人が荷物を直接受け取ることはない、そして配達した部員が真野来人より速く部室へと戻れることもなかった。
彼は速い、圧倒的に速い。だが宅配の邪魔をするものではない。
高速系の部員に担当変更をするべきではないか?あるいは特例措置を認めるべきではないか?
そういった議論は幾度か上がったが、配置変更が宅配効率を変えるものではないとして措置は行われなかった。
そうして、真野来人は宅急部にとって取るに足らない一届け先となった。
……実際に宅配を担当する部員、ビンセント・タークハイツ以外にとっては。
―――
深見忌を殴り倒し、ビンセント・タークハイツは息をつく。
一戦目は遅れをとった。治療にも費用が掛かった、だが、まだ挽回は可能だ。
部のためにも借金を背負うわけには行かない。
勝てる相手を見繕い、狩る。そうやって賞金を稼がねばならない。
なすべきことも、そのための方法も彼は理解していた。
グラウンドに轟音が響く、視界の端で土煙が見える。
聞くものが聞けば突風としか聞こえないであろう。
だが、ビンセント・タークハイツにははっきりと理解できる。
それは屈辱の音
それは敗北の音
――ビンセント・タークハイツはあらゆる最速をあざ笑う。己の土俵の上では敵でないとあざ笑う。
――それはすなわち、裏を返せば真っ向からでは追いつけぬと認めている、ということである。
足音に速度の衰えは感じられない。対して、自分は深見の能力で手傷を負っている。
勝ちが見込める相手ではない。
万が一勝てたとしても、被害は甚大であろう。
戦う理由は―――
足音の先へと回りこむように走りだす。背後から追いつくことは不可能だ。待ち構え、カウンター気味に拳を叩き込む。それで一撃だ。相手は速いだけだ。耐久力はない。ベストなタイミングで、相手の速度をも乗せてこの拳さえ当てられれば無力化することは出来る。拳を固め、息を吐く。狙うはただ、一交差。
――戦う理由は、己の誇り以外に何が必要だろうか。
土煙を上げて走る真野が視界に入る。
ビンセントは右拳を構え……………
――――
追うものは、常に先行者の背中を見続けることになる。
そこに何を感じるかは個々人で異なる。
屈辱か、感服か、畏怖か、あるいはそれ以外の何かであろうか。
だが、追う者が何を感じようと先行者には届かない。
走りながら振り返る馬鹿はいない。
後ろに何人いようと、最速で駆け抜ける者に見えることはない。
先行するものは、ただ孤独に先の風景をみるだけだ。
それは真野来人にとっても変わらない。
たとえビンセントが真野に対してどんな感情を抱いていようと、真野にとってはただの宅急部員であり。
――遅い
と、それ以上に抱くべき感情はない。
故に彼はすれ違う。ただ最速で、ビンセントの横を駆け抜ける。
ただ、少し、ああ邪魔だな、と思い。
すれ違いざま、左肩に引っかかった太い棒のようなものを振り落とした
あとに残されるのはただ一人、右腕を失ったビンセント・タークハイツのみである。
【第2ターン グラウンド二戦目】
真野来人○―●ビンセント・タークハイツ 決まり手:速度