猫耳兜の魔法少女が振るう斬馬大円匙の巨大な剣先が迫る。
節足甲冑の魔法少女は「5-2後藤」と書かれた濃紺スクール水着の前で、両手をロクロに構えた。
どろり。手甲状に変形している“ぷてりん”の遊泳肢から緑色の粘液が溢れ出し、うさの平たい胸の前でビーチボール大の球体を形成する。
半透明でぷよぷよした球体は見るからに柔らかそうで、後藤うさの胴体は球体ごと両断されるであろう思われた。
だが、ミケナイトの魔法エンハンス剛腕で振るわれた特大スコップは球体の半ばまでめり込んだ所で動きを止めた。
後藤うさの魔法少女能力は『液体の粘度操作』である。
うさの手の中にある液体球は、コールタールよりも粘り気のある切断不能物体なのだ。
粘液による防御で相手の打撃を絡め取って投げ飛ばす。
それが後藤うさの魔法格闘術『海ソーサリー』!
だが、後藤うさは投げない。
理由はふたつ。
ひとつめの理由は、本日のうさの目的はめごちゃんの試合を観戦することだからだ。
希望崎の風紀委員会と本格的に事を構えるつもりはまったくない。
だから、防御に徹する。
『海ソーサリー』の粘液防御は簡単には崩せないはずだ。
後藤うさは、ミケナイトの短い魔法少女歴を侮っていた。
ミケナイトは戦ったことがあるのだ。
ミケナイトは思い出す。
水星ちゃんとの戦いを。
いかにして高い防御力を誇る太陽系第一惑星を倒したかを。
「狩るにゃんっ……インパクトぉおおっ!」
液体球に絡め取られたスコップに、魔法エネルギーを流し込む!
狩るにゃんフィールドを敵体内に直接叩き込む魔法発勁!
ミケナイトの魔法少女能力は『レイノルズ数操作』である。
レイノルズ数を操作することで、流体の挙動を支配するのだ。
つまり……後藤うさの『粘度操作』と本質的には同系統の能力である。
同系統能力の正面衝突。
本来ならば魔法少女歴が長く自身の能力への理解も深い後藤が勝てるはずの局面だった。
だが、後藤の精神には大きな隙が生じていた。
(馬鹿な!? その声は……!?)
後藤うさは動揺した。
ミケナイトの声が、ある少女の声に生き写しだったからだ。
その少女は、50年前に命を落としたはずの……。
精神集中が乱れ、防御球体の粘度が下がる!
「っりゃああーっ!」
ミケナイトは斬馬大円匙を一気に振り抜く!
緑色の液体球が弾け飛び、後藤うさのスクール水着とミケナイトの三毛猫カラーワンピース水着に降り注ぐ!
発勁貫通! 後藤うさが吹き飛ぶ!
「グワーッ!!」
プールサイドを囲う緑色のフェンスに叩きつけられた後藤うさは白煙を巻き上げて爆発!
爆煙がおさまると、そこには甚平を着た白髪のしわしわなお爺さんがいた。
……この老人男性が、ベテラン魔法少女・後藤うさの正体である。
ザンッ。斬馬大円匙でプールサイドを突き、ミケナイトが宣言する。
「水着パーティーは男子禁制です! お爺さんでも容赦しません。即刻、立ち去ってください!」
「わかった……じゃがひとつだけ教えてくれ……なぜ儂が男だとわかった?」
「老人ホームに勤めてる学園OGから電話があったんです。『魔法少女に変身して水着パーティーに紛れ込むお爺さんがいるかもしれないよっ!』って」
「ぬううーっ、ゆにばちゃんめ裏切ったな……!!」
後藤はうつむき、入れ歯で歯軋りをした。
「あーあ、だからやめとこうって言ったでしょ」
後藤うさに師事する多脚魔法少女・夢見花卒羽はそう言ってシュルシュルと長い二本の三つ編みを伸ばして、小さな老人を抱え上げた。
「さ、帰りましょ、老師」
腰を抜かした師匠を軽々と髪の毛で抱え、六本のタカアシガニ状の歩脚で卒羽は悠然とプールサイドから去っていった。
手には空になったトロピカル・ジュースの器。
卒羽は水着パーティーをそれなりに満喫できたようだ。
後藤うさは為されるがままに運ばれている。
いや、抵抗する力も無いのである。
後藤うさが戦いたくなかったもうひとつの理由。
90歳を超える老人である彼には、フルパワーの魔法少女戦闘は数分しか継続できないのだ。
ミケナイト VS 後藤うさ
勝者、ミケナイト!
『もしもし? こちら振樹です』
「やあ、渋流くん。ちょっと頼みたいことがあるんじゃ」
『なんすか? ま、他ならぬ後藤さんの頼みなら何でもしますがね』
「実は猫岸家について、改めて調べて欲しいのじゃよ」
『え、だってあそこは……特に新しい情報とか出ようもないんじゃ?』
「それが、不思議な子に出会ってしまってね……」
『……ほう、そいつは奇妙な話ですね。調べてみましょう』
「よろしく頼む」
『でも、そーゆーオカルト混じりの調査は、刑事の俺なんかより適任の探偵が居るんじゃないすか?』
「具体的な心当たりがあるみたいな言い方じゃな?」
『ええ。シマは希望崎でしょ?』
「うむ」
『その探偵の名は――霊媒探偵・晩田院巫弥』
(「ミケナイト VS 後藤うさ」おわり)