●部室
「女王様、今日の件ですが、私の自由にさせて頂いて構いませんか?」
『まあそりゃ、構わんが。』
「ありがとうございます。」
『四囲美。』
「はい。」
『刀。今なら持っていけない理由はないと思うが持ってかんのか。』
「…。」
四井美は黙って一礼すると外に出た。
●密約
「はぁ、てっきりリベンジでも来るかと思ったのに、話ってそういうこと」
埴井鋸は、治療時に交した彼女の言葉に応え、彼女と落ち合っていた。
昨日、散々挑発したのが効をそうし2連続でカモがひっかかった~とるんるん気分だった
彼女だが、話が進むうち、いつも浮かべているへらへら笑顔を強張らせていった。
四井美は頭を下げてきた。
鋸は苛立ちの表情を隠さずに吐き捨てた。
「ああん、違うだろ。”お前達”が『お願い』するときはそうじゃねぇ、違うだろ。」
四井美は土下座した。
ガス。
その頭を鋸は足で踏みつけ歎願者の顔面を地面にぐりぐりと押しつけた。女学生は全くの無抵抗だった。
想定外だ。想定外のカスだ、コイツ。まさか、ここで部の廃部を避けるためキビトのサインを
頂けないでしょうかと”自分に”お願いしてくるとは思わなかった。
昨日と今日、自分がお前のツレになにやったのかもう忘れたのか。そんなに部活が大事か…これだから
プライドのないやつは…。
鋸は暫く、足を足踏み機においていたが、やがていつもの調子を取り戻しニタニタと哂いだす。
「いいわ、今回でぶっ壊れたキビト・ケンのハンコ貰ってきてあげるわ。アンタのいうように
結局アレ、只のクグツだから科学班に言って判押させるだけの話なのよね。
無論、只ではない。条件次第ね。」
鋸はここで大会参加選手3名の名を挙げた。
「代わりに将来勝ち組に確実に入っていききそうな連中、誰でもいいので潰してきてもらおうかしら?
同陣営狙ったら不自然だろうし、真野は…まあアレはどうやっても捕まらないだろうし」
貯金してる上位ランカーに怪我を負わせて借金させる。
マイナスにおちこんだ連中は更に某で叩いて浮上できないまで沈める。
私の欲しいのはそういう連中への『でかいダメージ』―意味わかるわよね、豚は極限まで太らせてから食べる。
それが私のお・仕・事なのよ。一・般・ち・ゃ・ん」
そう、これが本来あるべき魔人と自分達(もぶ)の正しい姿だ。四囲美は自分を完全に見下したであろう
相手を直視することもなく視やり、心の中で韜晦する。
この学園には純然たるカースト制度が存在している。いつだって。
まず生徒会長ヨシオを頂点とした生徒会メンバー。
そして各部や委員会の有力魔人たち。
ついで、それらの庇護下に活動を許された魔人外の学生。
そして最下層になんの力を持たない一般学生や弱小部活動メンバーたちが来る。
「一般学生」には力を持つものはほとんどいない、ただ一方的にヒエラルキー上層の”されるがまま”だ。
悪名高き学生自治法は学校内の治外法権を約束し、それが彼らが平和に生きる保証と権利を奪った。
魔人たちがこの世の春を謳歌する影で力なき「一般」は常に搾取されていた。
学園の平和を守るヒーロ部?風紀委員会?
欺瞞だった。お前達が今奪い合ってる部費の原資の大部分はなんだ。血みどろになった体育館やプールの
修復や清掃に借りだされているのは誰だ、誰が誰に命じられている。
弱者の怒り。ルサンチマン。
そもそも裕福な者や子女は、危険な希望崎学園にわざわざ来たりしない。魔人を完全排除した天道学園
あたりでボディーガードに囲まれていればいいのだから。世界は常に下層に厳しい。
この現状を弱者が乗り越え、踏破する手段は主に二つ。今ある「外社会」の様に圧倒的数を頼みに相手を
圧するか、あるいは何れかの手段により同様の力を手に入れ。これに抗するか。
そして今日、その変革を為そうとした一つの存在が闇に屈し、堕ちた。
●制裁
午後、体育館。
「「「押忍。押忍。押忍。押忍。押忍。押忍。押忍。押忍。押忍。
押忍。押忍。押忍。」」」
四囲美は破壊されたキビトケンの代わりに新生徒会役員―正確には生徒会直轄部として生まれ変わった
『新生・空手部』のスパーリングの相手を勤めていた…否、形式こそスパーだが事実上の集団リンチの様相と化していた。
そして、それが本日、学園の闇に屈した存在『新生空手部』に与えられた通過儀式だった。
そこにカツオの右腕を鋸で引き落としてきた埴井鋸が現れる。やたらとテンションが高く、見た目にもそのご機嫌のよさが伝わった。
「やほー無能ちゃん、お仕事頑張ってる?吉報よ~」
明るく彼女が右腕(カツオの)を振るが反応はない。四囲美は道場の床に伏したまま、虚ろな眼で横たわったままで
動かなかった。
「貴方の狙うはずだった門司くん、月見ちゃん、剣嵐ちゃん全員、初戦敗退よ。
しかも月見ちゃん、剣嵐ちゃんは死亡。ようやく借金マイナスで脱落した部活がでてきたわね。
いやぁ、将来勝ち組に入りそうな連中だったんで笑いが止まらんわ。
これも貴方が全員空振りしたおかげ…しかし目を付けた直後に全員がこれってアンタ本当に疫病神じゃね。」
彼女は煽るように右手(カツオの)に摘まませ、一枚の紙をひらひらと振る。
四囲美の指が、初めてぴくりと動いた。
「先にケビの木製ハンコは押してもらってきたけど、残念ながら今回のお仕事ぶりじゃね――」
彼女がゆっくりおきあがった。
返すのはお預けね。そう鋸がいいかけたとき、彼女はゆっくり立ちあがった。
「…。」
タイミングを外され思わず沈黙してしまった鋸に対し、彼女は虚ろな目のまま頭を下げる。
「ありがとうございます。明日こそ期待に答えれるよう頑張りたいと思います。」
「ええ、ああ。」
そういうと四囲観はふらつきながら、彼女の横を通り過ぎた。
鋸は調子を狂わされたまま、曖昧に返事を返す。
「失礼します。」
「「押忍。押忍。押忍。」」
そのまま鋸と空手部員たちが見守る中、室内の道場を出る際に一礼すると外に出た。
「…。」「…。」
「ところでお前らさ…って、あ。」
ここで鋸は、初めて自分のサインとケインの捺印が押された申請紙を四囲美が持って行ってしまったことに
気づいた。何をやっているのだ。大ポカもいいところだ。いや、自分だけではない。
空手部の連中もおかしい。
、、、、、、、、、、、、、
何故、アイツを無事に返す。
鋸は出ていく前に”何をしたっていいからコイツ、徹底的にやっちゃて”と空手部に命じてから、狩りに出た。
戻ってくるころには薄い本状態になっているのを期待してだ。
いや『空手部』の生徒会での立場を判らせるために、鋸は暗にとはいえ、はっきりそう彼らに命じたつもりでいた。
それが何故、黙って見送るというような、こんな調子崩れな真似をしているのだ。
「なんだこりゃ、なんか…、すげー気味が悪い…」
疫病神、先ほど自分でいった何気ない言葉が、一周して彼女の中にじわりと忍びこんできた。滲むように
這いよるように…。
「ふへへへへ、やーめた。やめだやめ。」
そして鋸は―
埴井鋸は、あの女とその部の件に深く関わり合いになることを止めることにした。今なら実損ゼロだ。
キビトの件に関しては向う側が吹聴することはまずないし、黙っていれば誰にも判らない。
ならば適当に距離を置いておくのが正石だろう。
自身に火の粉が振りかかりそうなことヤバそうなことにはそれ以上踏み込まない、
残虐にそして果てしなく卑屈に、
それが彼女の処世術なのであった。そしてそれは恐らく正しい判断で会った。
●最速
四囲美は体育館を出ると水で患部を冷やすため、ふらふらとグランド脇の水道口のほうに向かう。
そして校舎の角を回ったところで人影に遭遇する。
そこには気だるげに壁に身体を預ける一人の男がいた。
女はちらりと男に視線を向けただけで、興味なさげにその前をふらつく足取りで通り過ぎる。
その足が止まる。
「何故、お前は本気を出さない。」
女は億劫そうに男を見た。男はキロ制限の道路標識でも見るような目で女を見た。
男の名は真野来人。学園最速を標榜する男。
●繰言
給水口、蛇口から水が流れる。
季節はまだ肌寒い、そんな最中、女はむき出しにした患部を水で冷やしながら、振り返ることもなく
数mの距離を置き壁に身を傾ける男の言葉を否定した。
「私はただの一般生徒よ。妙なこと言わないで」
女の言葉はその水の冷たさのようにそっけなかったが、男の豹とした冷徹な声はそれを遥か上回った。
「例えば今朝の件。お前は相方を大人しくさせていたが―
手刀一発で暴れる重傷人を気絶させれる”素人”など存在しない。いや玄人でも難しいかもな。
明らかな手練れの技だ。」
男は女の戯言に付き合う気はないようだった、自身のペースで言葉をただ続ける。
「そして、もう一つ。『眼』だ。初日の戦い、お前の相方は完全にオレを見失っていたが、お前だけは
オレの動きを終始、確実に捉えていた。結果あろうことか三度も攻撃を喰らったわけだが…
そこで聞きたい。あの時、お前は俺を”何回以上””斬った”。」
女はため息をついた。
両者の間に数秒ほど沈黙が落ちる。いつの間にか夕は夜の帳を迎えていた。
そして男は不意に自らに振りかかる『必殺』を知覚した。
身体を僅か捻ると斬撃を軽くいなすと、放った先を見やる。女は背を向けたまま、全く身動き一つしていなかった。
表情は不敵な笑みに歪んでいた。
「そうそれだ。オレが感じたのはそれだ。実際の攻撃よりも遥かに速く届く斬撃。正体は―」
『殺気』か
「ヴェーダをやったのも、それだな。アイツがあそこまで完璧に先手を取られるとは妙だと
思ったがなるほどこれで『納得』がいった。」
確かに、四囲美は心の中で首肯した。英子と四囲子の二人がヴェーダと戦った際、攻撃を加え倒したのは
英子だった。だが実際の勝負を決したのは彼の機先を制し、カルタ術から先手を奪ったのは四囲子の
放った殺気による目くらましの一撃だった。
ヴェーダのカルタ・スナイプ―あまりに鋭すぎる感性は放たれた殺気の斬撃を本物と認識。そのあまりに
理想(はや)すぎた神速に彼は感嘆し、免許皆伝を叫ばすに至った。それが真相だった。
「抜刀術の初歩よ。昔取った杵柄。新たな出会いを受けて、失われた昔の自分。」
ここぞとばかり枷を切ったようにポエムる女。女は高二病だった。
「最速の抜刀術、鬼無瀬時限流。連中は基本、部に所属しない。大会では相まみえることはないかと
残念に思っていたが…」
男は笑みを浮かべた。こんなところに潜んでいたか。そして
果たして、その居合とオレ、どちらが速いか。そう確かに呟いた。
(コイツ…)
ここに至り女はようやく男の真意に気づく。
恐らく鬼無瀬の居合術と己のスピードを競わせるつもりでいるのだ、そして恐らく『勝つ』気でいる。
(し、真性のスピードバカだ…)
そもそも性質が違うし、突っ込んでくるコイツより『観て』迎撃する居合のほうがどう考えても速いに
決まっている。それとも本当にこちらの目にもとまらぬ速さで動くつもりなのか…。
どちらにしろ相手をする気はなかった。女は振り返り、手を振った。
「生憎、剣は置いてきたの。少なくとも英子といる間は…」
そして次の瞬間手首を掴まれていた。
††
気づくと息吹が感じられるほど近く、男の顔が己が直ぐ目の前にあった。
「!?」
一瞬で間合いを詰められた驚愕、それ以上に四囲美は男の表情に愕然とした。
男は喰いいるように何かを見ていた。
それは今までの四囲美の人生で初めてみる、表情だった。どこまでも真剣でそれで…
恐らくその時の男の表情を一生忘れないだろう。そう思った。
それほどの。
「お前、相方と一緒になってから何年になる。」
「え、あ、…五年、…いや四年かしら」
「そうか」
男は手を離した。
「…すまなかった。先ほどの件は忘れてくれ。」
男はもう一度呟いた。
「すまなかった。」
男は女に背を向けると去っていった
一人取り残される形となった四囲美は、あまりの展開についていけず茫然と呟いた。
「一体なんなのよ。あの男」
その間も、水だけは止まることなく流れ続けていた。
そして翌日より、
四囲美の悪夢が始まる。