正体を隠している人の、正体を暴くのは面白い。
馬術部所属の風紀委員。
白黒茶色の三色ロングヘア。
スコップを腰に携え、ジャージの上にだぶだぶのサーコート。
二本の尾を持つ三毛猫を伴っている。
果たしてミケナイトの正体は何者なのか、私は非常に興味をそそられている。
(=・ω・=)
水着姿の女性が二人、プールサイドで交戦している。
二人の水着は既に薬品によって損傷を受け、中破状態だ。
不慣れな投げ技を狙い続けるミケナイトの攻めは、明らかにぬるかった。
これは、薬袋品にとって予想外であり、好都合で、そして興味深かった。
気弾を連打すれば数ラウンドでミケナイトは確実な勝利を得ることができたはず。
「まるで、私がその水着を溶かすのを待ってるみたいですね?」
手に持ったフラスコの中に光る溶解液を揺らして見せながら聞いてみる。
「そ、そんなわけにゃいです! 正々堂々決闘ですっ!」
特大スコップをぶんぶん振り回し、慌てて否定するミケナイト。
なるほど、脱がされるのを望んでいるのだな、と品は理解した。
ミケナイトは、嘘をついたりするのは苦手なようだ。
予想外だったが、理解できない行動ではない。
ミケナイトの狙いは「脱衣指南書」による追加賞金なのだろう。
鬼雄戯大会の進行に伴う出来事は傷害、殺人、露出などであっても通常の校則や風紀事項の適用外とする裁定が既にでている。
つまり、初日のミステリアスパートナーのように全裸で戦闘を続けても、規則は何一つ侵していないということだ。
だからと言って全裸ボーナスを狙いに行くのは風紀委員としてどうなのかと疑問だが、猫岸魅羽はそれをやってしまうメンタリティの持ち主だった。
そこが、猫岸魅羽の面白いところだと、薬袋品は考えている。
いかにも風紀委員らしい規範意識の高さと、ルール違反でなければ非常識行動も辞さない二面性。
品の予想では、後者が魅羽の本質だ。
自由奔放な本性を抑制するために、自分自身に規範の枷を嵌めて優等生を演じているのだろう。
(私は見てみたい。規範意識の戒めから解き放たれた、猫岸魅羽の本当の姿を)
正体を隠している人の、正体を暴くのは面白い。
足元を刈るように振るわれる投げ狙いの低空スコップを軽やかに飛び越えながら、薬袋品はミケナイトの頭上で『ディゾルバー』を炸裂させた。
砕けた丸底フラスコの中から溶解液が飛び散り、二人の水着を溶かしてゆく。
薬袋品、大破!
残された水着の面積はマイクロビキニの如くごくわずか。
細くしなやかな肢体の美しい肌のほとんどが、白日の下に晒される!
そして……ミケナイト轟沈!
もはや水着は完全に溶け去り、猫耳鉄仮面を残すのみ。
その豊かな胸も、尻尾の生えた健康的な肉付きの尻も、あますとこなく観衆の目にするところとなった!
激闘に興奮した純粋な格闘愛好家達の純粋な大歓声が湧き上がる!
その熱狂ぶりは昨日、水着クイーン決定した瞬間よりも烈しいものであった。
魅羽は、観衆の反応に確かな手応えを感じていた。
やはり、私には女性的魅力がちゃんとあるんだ。
目的達成。後は薬袋さんを倒し、素早くここを立ち去ろう。
いくら顔が隠れていても、裸でこんなとこに居るのは恥ずかしいから。
「まだ終わってませんよ」
薬袋品の眼鏡が、真夏の太陽を反射して鋭く光る。
ガシャン。足元で金属落下音が響き、魅羽の視界が突然開けた。
猫耳兜のフェイスガードが脱落したのだ。
「にゃっ!?」
慌てて左手で顔を隠す魅羽。
だが、左手が兜に接触した瞬間、兜本体も中央から真っ二つに割れてガシャリと地に落ちた。
髪留めは既に融解しており、アップスタイルで兜の中に纏めていた三色の長髪が、支えを失いはらりと解けて肩に掛かる。
「兜のミスリル素材に合わせて調合した特製ディゾルバー、どうやらクリティカルしてくれたみたいですね」
薬袋品は、自分の身体を隠そうともせず嬉しそうに微笑む。
「さあ、これで完全に丸裸です。本当の貴女を見せてください、ミケナイトさん――いえ、猫岸魅羽さん!」
魅羽は特大スコップの剣先で身体を隠しながら後ずさる。
なんてこと。魔法金属でできた猫耳兜が溶かされるなんて。
私がミケナイトだということが、こんな最悪に恥ずかしい形でみんなにばれてしまうなんて。
観客の大歓声が、ずいぶん遠くのように聞こえる。
頬が燃えるように熱い。照りつける真夏の太陽よりも、もっと熱い。
早く――早くこの場所から逃げ出したい!
できるだけ早くこの場を立ち去る!
そのためには!
迅速すみやかに!
目の前の敵を狩るにゃん!
「んにゃああーっ!」
プールサイドを素早く駆ける薬袋品を、スコップで掬うように持ち上げ叩き付ける! 叩き付ける!
薬品による反撃が肌を灼くが、構わず何度も叩き付ける!
どんな劇薬よりも! 頬を焦がす羞恥の焔のほうがなお熱いから!
「うにゃあああーっ!」
とどめの一撃!
だが、マタタビ酔いのせいか、羞恥で混乱ているせいか、夏の太陽のせいか、あるいは微かな殺意のなせる業か。
斬馬大円匙の軌道が僅かに、より残虐な方向にぶれたのだ。
魅羽の手に伝わる、肉と骨を両断する嫌な手応え。
見上げれば、青い空に一筋の赤い線を引きながら舞う、細く白く美しい、薬袋品の右足。
薬袋品は右足の支えを失って、水と流血で濡れたプールサイドに倒れた。
(ああ)
(これでもう終わりですね)
(でも“足を斬られて良かった”かもしれません)
(私の予想が正しければ、魅羽さんの正体が、これでもっと見られるはず)
期待に目を輝かせ、品は魅羽の立っている方向へと顔を向ける。
だが、目が霞んでよく見えない。
足からの出血とともに、意識も薄れてゆく。
観客席から、品の名を叫びながら駆け寄ってくる足音が聞こえた。
(こうなったら私の代わりに魅羽さんの正体を見届けてもらいたいものですが……)
(私がこのざまで、あの人にそれを望むのは、まあ無理でしょうね)
(でも)
(毒島先輩が、こんな大きな声を出すことがあると判ったので、今日の収穫は十分ですね)
第4ターン
ミケナイト ○ ― ● 薬袋品
決まり手:斬馬大円匙による右足切断
右足を失って横たわる薬袋品を、魅羽は呆然と見つめていた。
己の裸身を隠すことも忘れて。
特大スコップで乱雑に斬られた断面からは骨と潰れた筋組織が覗き、真っ赤な血がだくだくと流れ続けている。
血の匂い。
「違う……そんなつもりじゃ……」
じゃあどんなつもりだったのかにゃー?
心の中で、もうひとりの自分が話しかけてくる。
エモノをやっつけた。それでオッケーじゃないかにゃ?
駄目。人を殺したり傷つけたりするのは規律違反だよ。
それはニンゲンのセカイのきまりだよね? そんなの、きにしなくてイイんじゃにゃい?
駄目だってば。私は人間だから、規則を守らなきゃ。
でもタイカイではきまりはまもらなくてもいいんだよ?
守らなくても……良いのかな……?
オッケーオッケー! イインチョーだってイッパイころしてるにゃん?
そっか。良いのかぁ。
さあ、おもいっきりニオイをかいで!
血の……匂い……獲物を捕らえ、殺し……食べる!
そう! そのチョーシ! おじいちゃんのおしえてくれたことをおもいだすのにゃ!
狩る……獲物を狩る……! 狩るにゃん!
「ヴニャアーオ!(狩るにゃん!)」
魅羽が人ならざる声で、低く鳴いた。
両手を床につけ、背を引き絞った弓のように丸めて力を溜める。
標的は、薬袋品。
まずはガスマスクをつけた邪魔者を排除し、それから、食事だ。
「ニャアッ!(ミウっ! いけないっ!)」
さっきまで黙って脱衣試合の行く末を見守っていた三毛猫又のタマ太が鼻血をぬぐって駆け付ける!
「ヴニャン(邪魔しないで)」
魅羽は片手でタマ太を軽くあしらう。
跳ね飛ばされたタマ太は、プールの水面で二度バウンドして反対岸に到着し、動かなくなった。
その時。一陣の花吹雪が舞い、魅羽の視界を覆い尽くす。
花吹雪が去り、視界が晴れると魅羽の前には、鎧を纏ったヒーローが立っていた。
(様々な花が蒔絵風にあしらわれた胸部装甲のアップ)
(白銀色の兜側面からのアップ)
(虹色に輝くゴーグル部分の正面からのアップ)
「そこまでだ! 君の相手は私がするっ!」
それは生徒会所属となった仮面超役員・剣嵐・極であった!
斬馬大円匙を投げ捨て、魅羽が叫ぶ!
「ヴニャアアアアアオ!(だったらオマエから狩るにゃん!)」
全身から三色の毛が生えて素肌を覆い隠す!
手の平には肉球が形成され、爪が長く鋭く伸びる!
「身も心も怪物になってしまったのか……!?」
剣嵐は極彩色のスタンプをひねりながらベルトに二度、スタンプ・オンする。
『サクラセイバー』『コスモスキャノン』
虚空から桜色の薙刀と、秋桜色の巨大銃が現れ、剣嵐・極の手に握られた。
生徒会役員(オーバーロード)となった剣嵐は、全てのフォームの武器を同時に使いこなせるのだ!
「セイハー!」
コスモスキャノンから砲撃!
直後にサクラセイバーからの飛ぶ斬撃!
斬撃は砲弾に追いつき包み込み巨大なエネルギー弾と化して、獣人となった魅羽に炸裂!
プールサイドに巨大なエネルギーの爆炎が立ち昇る!
これが剣嵐・極の……弱攻撃だ!!
「ヴニャーッ!(ぶっ殺してやるにゃっ!)」
爆炎の中から猫獣人が飛び出して剣嵐に掴みかかる!
仮面に爪を立てて鷲掴みにし、力任せに押し倒す!
マウントポジションを取ろうとする魅羽の腹を剣嵐は蹴り上げ、掴んだ腕を軸に後方に回転させて叩き付ける! 巴投げ!
仮面役員の強烈な投げを受けながらも猫獣人は素早く立ち上がると剣嵐の頭部を再び鷲掴みにする!
そして、腕一本で剣嵐の身体を吊り上げ、ハンマー投げのように水平に三回転させてから地面に叩き付ける! 人外の怪力!
「ぐっ……やはりやるしかないのか……!」
剣嵐は極スタンプをサクラセイバーに押印する!
『極チャージ!』
季節外れの桜吹雪が、剣嵐と魅羽を包み込み、観客たちの目から覆い隠す!
魅羽は……桜吹雪の中で誰かが笑っているような気がした。
「ニャ……ア?(輝海……ちゃん?)」
それは、入学式の日に魅羽が見つけた、最初の宝物。
希望崎で、たくさんの人と出会った。
たくさんの宝物を、いっぱい、いっぱい見つけた。
だから……だから私は……獣なんかじゃない! 私は人間なんだ!
「オウカストーム・春嵐万!」
極彩色に輝くサクラセイバーが魅羽を切り裂く!
……桜吹雪が収まった時、そこに獣人の姿はなかった。
剣嵐の足下に全裸で横たわっているのは、一人の人間、猫岸魅羽だった。
(『ミケナイトの正体』おわり)