VSゴールデン・レトナイト

時は既に夕暮れ時。
頼りない蛍光灯に照らされた馬術部の部室は闇の気配を隠し切れていないが、黄金の騎士は内側から光を放っているかのように気高く輝かしかった。
猫岸魅羽は、黄金の騎士の名を知っている。
ゴールデン・レトナイト。
馬術部を創設した伝説的なOBである。
今は大学生のはずなのに、なぜこんな所へ?

「試合は見せさせて貰った。今のまま龍に挑んだならば、君は内なる獣に喰い殺されることになるだろう」

レトナイトは、力強さを湛えた声で静かに宣告した。
傍らには愛馬のゴールデン・レトリバー。
レトリバー馬は無言で、全てを見透かすような優しい目で魅羽のことを見つめている。

「では、私はどうすれば良いのでしょうか」

魅羽は入り口に向き直り、正座の膝を正して素直に尋ねた。
自分が何者なのか不安になった時に、頼れる存在が現れて安堵していた。

「さいわいなことに明日の創立記念日から三連休だ。特訓をするといい。ついて来なさい」

レトナイトに従い、部室裏へと向かう魅羽。
そこには部員が使用するための頑丈な木のテーブルが置かれている。
レトナイトは皮袋の中から一本の丸木を取り出してテーブルの上に置いた。

「君にはこの『不滅の薪』を使ったスカム修行をしてもらう」

「スカム……とはどのような意味でしょうか?」

「汚物という意味だ。つまり、これからする修行は無意味だと最初に言っておく。見なさい」

電光石火!
レトナイトの西洋式抜刀術が一閃し、テーブルの上の丸木が縦真っ二つに割れた!

「君には一日中、薪割りをしてもらう。そして、この『不滅の薪』は、何度でも蘇る。これがスカム修行たる所以だ」

レトナイトが二つに割れた薪を両手に持って一つに合わせると、薪は全く元通りの丸木に戻った。

「ミケナイトへの変身は禁止する。朝から晩まで、食事、トイレ、風呂以外の時間はこのテーブルの上で薪を割り続けること。それだけが修行のルールだ」

「なるほど、筋力と持久力を鍛えつつ正しいフォームを身に付ける。合理的な修行ですね……!」

「違うよ」

「えっ、違うんですか?」

「無意味だと言ったはずだ。これは無意味に耐える精神修行なのだよ」

テーブルに立てた丸木の中心目掛けて、スコップをふり下ろす。
スコン、と軽い音を立てて丸木が真っ二つに割れる。
割れた半円柱の木を両手にとって合わせると、完全に接合して元の丸木に戻る。
テーブルの上に再び立て、スコップを構える。
これでワンセット。10秒とかからない。

早朝から初めて、もう何百回繰り返しただろうか。
そろそろ千回は越えたかもしれない。
五百回あたりで時間の感覚を失い、数えるのはやめてしまったのでさっぱりわからない。
昼ご飯は食べたっけ? ああ、さっき食べた。ならば午後か。

上達の楽しみが目に見えてあったのは最初の百回ぐらいだけだった。
レトナイトさんが持っていた魔術的アイテム『不滅の薪』は非常に割りやすく、それが作業の不毛感を増している。
割った薪が積み上がってゆかないのも精神的に辛い。
賽の河原で石積みをしているような、無限ループに囚われた感覚。
腕と足腰の痛み、全身の気だるさが支配する空間に、薪を割る音が響き続けた。

もしこれが筋力トレーニングならば、三日で上がる成果はたかが知れている。
斬撃フォームの矯正が目的ならば、もっと様々なフォームを練習するべきだろう。
ゆえに、これはやはり無意味と戦う精神修行なのだ。

スコン。スコン。
黙々と薪割りを、ただ続ける。
スコン。スコン。
疲労と筋肉痛を身体が訴えてきて煩わしいので、脳と肉体の連絡系統を一時的に遮断する。
スコン。スコン。
それでも肉体は自動的に手順通り薪を割り続ける。

こうなると、以外と暇なものだ。
ここでじっくり自分自身を見つめ直すのも、修行のうちかもしれない。
自分は何者なのか、思考のヴォルテックスが魅羽を飲み込み翻弄する。
確かに覚えている。
獲物を捕らえ、引き裂き、血肉を喰らう感覚を。
私は何者なのか。
そして、脳裏に再び現れるもう一人の自分自身。

はーい! よんだかにゃー?
わあっ出てきた! 一体貴方は何者なの!?
えー、ワタシはアナタだよ。わすれちゃったのー? ひっどーい!
ごっ、ごめんなさい! でも、本当に思い出せないんです……。
まー、ニンゲンにならなきゃだから、しかたないけどにゃー。

もう1人の自分はクスクスと笑った。
意外と悪い子でもなさそうな感じだ。

身体は半自動で薪割り修行を続けながら、魅羽の脳内では自分会議が続いている。
脳内に結ばれたイメージは薄靄がかかっているように不鮮明だが、対峙する「もう一人の自分」は魅羽本人の何倍も猫っぽい雰囲気を纏っていた。

教えて。貴方は……私は何者なの?
おしえてあげたいけど、おしえれないにゃん。
何故だめなの?
じつは、ワタシもよくおぼえてないのにゃー。
そんなぁ。さっき酷いって言ったくせにー。
んっふふー、でも、おしえられることもあるよ。
何? 教えて! どんな事でもいいから!
つよくなるホウホウ!
あっ龍退治にすごく最適! お願い、どうすればいいの?
カンタンだよー。ルールなんてブッこわしちゃえばいいのにゃ!

もう一人の魅羽は、溌剌として言った。
「規範意識を棄てろ」と。
ようやく魅羽にも相手の正体が解ってきた。
自分が“人間”であるために。
人間の世界の規則に従って生きるために抑圧してきた衝動が、「もう1人の自分」となって現れたのだ。
マタタビ遊びのようなグレーゾーン行為をやりがちだったのも、彼女の働きかけによるものだろう。

チカラをかしたげるにゃ! しってるでしょ? ワタシのパワー!
うん……剣嵐さんを片手で振り回してた……。
もいちどヒトツになろう! ニンゲンのルールなんてわすれてさ!
そうだね。貴方は私。ごめんね、ずっと閉じこめてて。
べつにきにしなくてイイにゃん。だってジブンがしたことだもんね!

脳内イメージの薄靄が晴れてゆく。
魅羽の目の前にいたのは小さな子猫。
タマ太よりも可愛らしくて幼い、小さな三毛猫の女の子。
魅羽は子猫を――もう1人の自分をそっと抱き上げ、強く抱きしめた。
子猫はスウッと魅羽の胸に吸い込まれ、ひとつになった。

コンゴトモヨロシク! さあ、ルールをブッこわすにゃん!
……ごめんね。
にゃっ?
ルールは壊さない。だって私は“人間”だから……私は“猫岸魅羽”だから。
にゃっ!? おのれハカったにゃー!?
ルールは守る。でも、ルールに縛られたりしない。自分らしく生きる。“人間”として。このへんが妥協点でしょ?
うにゃー。ま、そんなトコかにゃー。
輝海ちゃん、水星ちゃん、馬術部のみんな、風紀委員のみんな。大切な友達が、いっぱいいるから。
うん。そうだねー。トモダチはだいじだもんにゃー。

理由はよくわからないけど、私の本性は獣らしい。
これは、認めるしかない。
獣と言っても可愛い子猫なのは救いと言えば救いだろう。
そして……自分の本性を受け入れた上で、慎重に解き放ってゆこう。
外側は“人間”として規範を守りつつ、内側では本性を抑えず、心は自由に。

魅羽は薪割りの手を止め、何度も深呼吸した。
身体の奥底から力が溢れてくる。
全身の毛がざわつく。
獣の姿になったあの時と同じ感覚。
理性の手綱をしっかりと握り締め、心の中で子猫の姿をした暴れ馬と共にギャロップする。
内面に渦巻く獣のヴォルテックスは更に激しさを増してゆく。
魅羽の肌が熱を帯びて赤く色付く。
身体から蒸気が立ち昇ってゆく。
力が、爆発しそうだ。

「っにゃああああーっ!」

魅羽は獣の導きに従い、力強くスコップを振り下ろした。
ズゴォン! スコップは薪を割っただけでは止まらず、薪を乗せていた頑丈なテーブルまで真っ二つに叩き割った!
しかも、ミケナイトに変身していない生身のままで。

これが、新能力『狩るにゃんベスティアリ』である。
魔法少女能力的に説明すると、体内に狩るにゃんフィールドを展開し、呼吸器系、循環器系、細胞内TCAサイクルの全てを支配する能力だ。
レイノルズ数を完全制御することでエネルギー効率を最適化し、爆発的に身体能力を向上させる。
極めて精密で複雑な制御が必要な能力だが、魅羽は体の中を元気に駆け巡る子猫をイメージすることでこれを実現したのだ。

だが、魅羽は目眩を覚えてばったりと仰向けに倒れた。
『ベスティアリ』は急激に体力を消耗する両刃の剣なのだ。
一度倒れてしまうと、一日中薪を割り続けた疲労がどっと押し寄せてきた。
これはいけない、と感じた直後には、魅羽は既に眠りに落ちていた。


(=・ω・=)


夢を見た。
おじいちゃんに狩りを教わる夢だ。
なかなか上手く鼠を取れずヘトヘトに疲れた私は、おじいちゃんの背中に乗せてもらって猫岸の家に帰る。
そんな、懐かしい夢だった。

レトナイトさんが、ゴールデン・レトリバーの背に私を載せて運んでくれたのだと、翌朝に寮長さんが教えてくれた。

☆スキル「強者」取得
☆特殊能力『狩るにゃんベスティアリ』確定

(『VSゴールデン・レトナイト』おわり)






最終更新:2016年10月16日 18:44