ホリーランドSS『英子と四囲美の人間革命―三日目―』

●業
渡瀬 四囲美は鬼無瀬流の傍流の家に生まれる。
渡瀬家の人々は代々、熱心な鬼無瀬流剣術の信奉者であり、いずれ、家から本家に一角の剣士を
排出したいと願っていた。

そんな渦中、四囲美は一族の子として生まれる。
そして彼女は幸か不幸か、剣の才に恵まれた。しかも、尋常ならざるレベルで。

『天才』。

そう評して余りある才の片鱗が、少女に見られたのは彼女が鬼無瀬の門をくぐり、初伝の伝授の為、
初めて師範代と立ちあいを行った時であった。

鬼無瀬流抜刀術初伝「抜駆逐」。

鬼無瀬流抜刀術、居合の基礎。これを繰り返してみよと告げた師範代に一礼すると、
彼女は一呼吸の元、師に向かい無数の虚像の斬撃を浴びせつつ、先ほど見た居合の一撃を放った。

その数、虚実を含め、実に十三。
とっさに受けつつも師は驚愕した。無数の殺気の刃に隠し必殺の居合を放つ。その技は初伝ではなかったからだ、

その技は…
その技は…
彼自身が最も得意とする鬼無瀬時限流奥義の一つ『暮蛇蛙』だったのだ。

「どこで御身、その技を」
許可なき資格なき者への奥義の伝授は硬く禁止されている。
慌てて幼きで弟子に問いただした師範代に少女は首をかしげると不思議そうに問い返した。

「でもこの技、お師さまが、いつも鏡の前でイメージトレーニングされているじゃないですか?」

えっと、なにか不味かったですかと。
師はことの経緯をしたためると翌日本家に彼女を推挙し、そのまま道場から出奔した。
武芸の世界に置いて天才と称される人物は意外と多い、このことで彼女もその一人に数えられることとなったのだ。

本家への推挙を知り、彼女の家族が狂喜したのはいうまでもない。
だが、その最中、本人はただ、道場で空席になった師の席をぼーとみていた。


††

天才そう評してもいいだろう。修行の推移を見ながら、本家の魔人師範達はそう判断した。

 彼女は人の子、数えで十に届いたばかりの矮小の身でありながら、どんな教えられた鬼無瀬の技も、
まるで生地に水が染み込んでいくようにやすやすと吸収していった。
巨躯ひしめく道場にあり、その彼らの十倍以上のスピードで剣技を修得していく様は、ある種の
感動すら憶えたという。そして少女は厳しい稽古が終わると自修練に励む同門達を尻目に日課とし
一人本堂に赴き、鬼無瀬の文献の写本を行っていた。
『文武両道たれ』という彼女の”元”師の言葉に従うように。
本来なら禁じるべき行為なのだが、同門の彼を知る師範たちはこれを黙認した。


そして1年、2年立ち、その異常が現れた。

いや現れなかった。

変化がないのだ。

いつまでたっても
どのような修練や試練を与えても、彼女は魔人化しなかったのだ。
稽古も行うし、修練も受けている。だが、一向にその兆しがないのだ。

最初は苦笑していた魔人師範達も修練が進むうちに首を捻りはじめた。
そんなはずがないのだ。鬼無瀬のカルキュラムは魔人化するように”できている”。もし、できなけ
れば命を落とす。最終的にはデッドオアダンゲロス、その2択1択に必ずなる。
修練は無茶の連続、いうなれば崖から突き落としているようなものなのだ。人の身で今まで皆伝まで
登りつめた存在は一人もいない。日が立つにつれ原因は何なのか、どう対処すればいいのか師匠たちは
真剣に協議しはじめるようになっていた。


††


…限界かな。

同様のことを彼女も感じていた。彼女にとっても鬼無瀬の修練は甘いものではなかった。
今までのところのらりくらりと開発した『しん技』でごまかしてはいたが、それも限界に来ていた。

鬼無瀬の技の分類には奥義、中伝、初伝のほか失伝、禁忌、秘伝などがある。
皆伝者が修得するのは前述の3つ。禁忌はなんらかの理由で抹消された剣術、失伝は作られたものの
歴史の中で消え去って失われたもの。秘伝は非伝、特別なものにしか伝授されない。

彼女のいうしん技とは彼女が文献から探り、再現させた失伝のことだ。
しん技とは一度死んだ技だ。
少女は剣における『開発・復元』の天才だったのだといえよう。なかでも幻惑系の剣術を彼女は得意とし、
気や剣の動きにより相手の注意を奪ったり、隙を作ったり…もっとも悪辣なものは催眠状態にして
偽の記憶をすり込んだりすることができた。
いけないこととは自覚していたけど、どうもどこかで何かの一線を越えてしまったらしい。そう彼女は判断した。

…で、どうしようか

少女はいま別れ道にいることを自覚していた。今なら多分、魔人化できるだろう。それが如実に感じられた。
本当に鬼無瀬の修練は甘いものではない。掠れ逝く視界の中、もう一度それを見やる。

…ああ

実の親が自分に跨り首を絞めていた。

…でも、たぶん、かくせいしたら私この場にいる皆殺すよな。こういう場合”むざい”になるんだっけ

心の中で乾いた笑いをたてると彼女は進むべき道を選ぶ。

両親への愛情がブレーキになったわけでも、命を奪うことに躊躇いがあったわけでもない、
自分のせいで二度と会えなくなってしまった最初の師匠を想い浮かべた訳でもない…
ただ、だだ

…なんかメンドクサイ

そんなアンニュイな気持からだった。少女は高二病であったのだ。
そして彼女は覚醒することなく意識を手放した。

次に目覚めた時、彼女は病院のベットにいた。
分岐点を越えれば”それ”は二度と現れない。そう言われている。
非魔人というカテゴライズを獲得することで彼女は仮初ながらも一つの自由を手に入れたのだ。
そしてメッキが剥がれた幼き天才はひっそりと鬼の一門を去っていった。

なお文献を読み解き、再現して見せた『失伝』は軽く片手の指を超えたが、それは
其の術は彼女自身と実験に付き合った二本の刀”達”のみが知るところで有り、その刀も
別の門下の元に渡り、その失われし技は再び世に出ることはなかった。



●虹
そう、出会いは小六の時だった。

四井美は道を歩いていた。
それは雨上がりの午後、晴れ上がった青空には大きな綺麗な虹がかかり、道には大きな水たまりが
幾つも溜まっていた。
向うから自分と同じくらいの少女がかけてきたのが見えていたので、よけようと端によけたら、
少女は何の目ぶれもなく水たまりの中に派手にすっころんだ。
びたーんという擬音がこれ以上ないくらい当て嵌まる転び方だった。

なんでここで転ぶの?転ぶ気配を全く感じとれなかった四井美が唖然としてみていると
ダイブした少女にもぞもぞと動きがあった。あ、これは絶対泣きだす流れだなと思ったら、

その少女は何が楽しいのか笑いだした。

――
―――
本当にそのときは何気なしだった。

私はすーと彼女に手を差し出してみた。
彼女は不思議そうに大きな眼でこちらを見ると手を伸ばして私の手を握った。握られた手はどきりと
するほど柔らかかく、冷たいのに暖かかった。そして今度はこちらの手をぐいっとひっぱられた。

おきあがるかと思ったらまたもや逆、そして私は、

びたーんという擬音がこれ以上ないくらい当て嵌まる転び方で水たまりにダイブしていた。

全身水浸しとなり茫然としている自分の横で何故か少女が大きく頷いた。


――
―――
しばらく後
そこにはきゃっきゃと水浸しになりながら水を互いに掛け合うただの二人の少女がいた。


それから2年後、四囲美は再会した彼女、林場英子と友達となる。






最終更新:2016年10月16日 18:54