中庭に面した校舎の三階ベランダに身を潜め、龍の出現を待つ。
レオナさん経由で弾正院さんから手に入れた龍の活動パターンが正しければ、もうすぐ来るはずだ。
確かに龍の耐久力は極めて高いが、攻撃の破壊力なら互角以上のはず。
やがて、龍が巨体を現し、ゆっくりと中庭をのし歩く。
そしてミケナイトが潜むベランダの真下に来た時、ミケナイトは斬馬大円匙を構えて飛び降りた! 先手必勝!
「っりゃあああーっ!」
龍の弱点はその長い首!
重力加速度を乗せたスコップを叩き込み一撃で決めてやる!
しかし龍は野生の直感で襲撃を察知すると、降ってくるミケナイトを巨大な目で睨み上げ、吼えた。
「ギャオオオーン!」
すると忽ち嵐が巻き起こり、荒れ狂う風がミケナイトを包み込み体勢を崩す。
しまった。午頭女さんにI.Z.K.効果を付与してもらうべきだった。
後悔しながらミケナイトは斬撃をあきらめてレイノルズ数操作を駆使して空中姿勢を制御し、突風の中でかろうじて着地を決めた。
見上げると龍の大顎が真っ赤な舌と鋭利な牙を覗かせ迫ってくる。
ミケナイトはスコップを頭上に掲げて噛みつきを防ごうとする。
だが、龍の牙はスコップをがっしりとくわえ込み、首を振ってミケナイトを放り投げた。
為す術もなく宙を舞い、校舎外壁の2階付近に叩き付けられる!
壁面をずり落ちるように落下するミケナイトだが、地面激突前に壁を蹴って体勢を立て直し、足から着地。
そして、その場でハンマー投げのように三回転して特大スコップを投擲する!
空飛ぶギロチンと化して龍へと向かう斬馬大円匙!
土日の特訓で身に付けた新技、大気弾『狩るにゃんジャッジメント』だ!
周囲1マスの狩るにゃんフィールド内ならば気流操作による投擲後の誘導でほぼ必中!
龍の喉元に突き刺さるスコップ!
さらにミケナイトは大円匙に取り付けられた鎖を引いて跳躍!
水星の武器にヒントを得た、バーナイト君のDIY改良だ!
刺さった大円匙を手懸かりに龍の首の後ろに飛び乗り、力任せに大円匙を引き抜く!
「っおりゃああーっ!」
引き抜いた勢いのまま垂直に一回転!
重い斬撃を再度、龍の首に叩き込み、飛び降りて離脱……する予定だった。
龍の首から飛び降りて地面へと向かう空中のミケナイトに、龍は向き直り、その巨大な口をおおきく開いた。
ミケナイトには、その動きがひどくゆっくりと感じられた。
無数の牙に囲まれた喉の奥に、揺らめく焔が見える。
狩るにゃんフィールドに可能なのは猫が着地体勢を取るような空中姿勢制御が限界で、空を自在に飛べるような能力ではない。
つまり、この状況では……。
龍の口から燃え盛る吐息が吐き出され、ミケナイトの全身を包み込んだ。
(=・ω・=)
「龍の攻撃で最も恐ろしいのはドラゴンブレスだ。直撃を受ければ三発で君は倒れるだろう」
レトナイトさんは、金色の兜の奥に深刻な表情を覗かせながら言った。
「逆に言えば、二発までなら耐えられるだろうってこと。被弾を恐れずスコップを叩き込む。多分それが一番勝率が高い」
そう述べながらも、銀の兜に隠されたハスナイト先輩の目は不安げだった。
「ありがとうございます。全力で行きます。そして、必ずや龍を打ち倒して見せます!」
(=・ω・=)
燃え盛る龍の吐息がミケナイトの全身を焼き焦がす。
至近距離での直撃。常人なら即死であったろう。
しかし、魔法エンハンスされた猫耳兜とだぶだぶサーコートの内側に保持されたエーテル層がミケナイトを守った!
お互いの被弾は二撃ずつ。次のラウンドで先制権勝負だ!
ブレスに炙られながら着地したミケナイトはすぐさま旋回を開始する。
全身にまとわりつく残り火を振り払いながらジャッジメント投擲用意!
一方、龍もブレス終了後ただちに追撃にかかる。
牙を剥いて地上のミケナイト目掛けて突進!
「っりゃあああーっ!」
ミケナイトが一瞬早い!
手から放たれた斬馬大円匙は一直線に飛び、龍の眉間に深々と突き刺さる!
「グギャアアアアーッ!」
龍は苦悶の叫び声を上げる。
体勢を崩し、その長い首が、地響きを上げてミケナイトのすぐ脇に倒れた。
彼は、龍族としてはまだ若い個体だったが、それでも齢百歳を越えている。
その龍の、永い時を見つめてきた大きな瞳が静かに閉じられた。
眉間に突き刺さったスコップの付け根から、龍の鼓動にあわせ大量の血がだくだくと溢れだしている。
「やった……私は狩ったにゃ……。人間として……ミケナイトが龍をたおしたんだ……」
安堵の笑みを浮かべて、ミケナイトはその場にへたりこむ。
これできっと、戻って来てくれるはず。
そう思うと、胸の中が暖かい気持ちで一杯に満たされた。
ブウンッ!
背後で何か巨大なものが振るわれる音。
振り向く間も無く全身に衝撃を受け、弾き飛ばされるミケナイト。
これは……尻尾? 巨大な尻尾。
回転しながら吹き飛び、地面で二度バウンドして仰向けに倒れる。
龍が。ゆっくりと。鎌首を持ち上げた。
「そんな……まだ動けるなんて……!」
ミケナイトの中の人は愕然とした。
三ターンで決まるはずだった。
戦闘シミュレータの致命的な実装ミス……大気弾の威力が攻撃力×2+5だと思い込んでいたのだ!
メタ視点さておき、瀕死のダメージを受けたミケナイトは動けない。
ダメだにゃー。おじいちゃんにおそわったとーり、エモノにはきっちりトドメささなきゃー。
ミケナイトの脳裡に響く、獣性の囁き。
ざわり。全身の毛が逆立つ。獣人化の兆候……!
龍の口元で赤い焔が燻っている。
ドラゴンブレスの前兆……次に喰らえば間違いなくもう立ち上がれない。
かるにゃん! ドラゴンを
かるにゃん!
内なる獣が騒ぐ。
そうじゃない、私は人間として……。
人間として勝てるのか?
獣の力を解放せずに、動くことができるのか?
ダメージは重篤。ドラゴンブレス発動まで残された時間は僅か。
「がんばれミケナイト!」
誰かの声がした。
一人じゃない、何人もいる。
重い首を回し、声の方を見やる。
「がんばって! あなたならできるO(≧∇≦)O」
水着パーティ防衛戦を共に戦ったレオナさん!
「君の戦いはしっかり撮ってるぞー!」
委員長に要注意と言われた気がしたけど別にそんなことはなかった弾正院さん!
「立てよ。それともテメェはその程度の奴ってことか?」
私が目標とする強い人、野球帽さん!
「思いっきりやれ! 後には最強の俺が控えてるから心配要らないぜ!」
名簿を見て魚だと思ってたけど普通に人間だったカツオさん!
「龍退治を俺に見せてくれ!」
傘部の背が高い、えーとえーと、雨で始まる名前の人!
私が龍に挑むと聞いて、こんなに多くの人が応援に駆けつけてくれた!
獣化現象が止まり、獣の力が内在化する。
みんなが私の戦いを見てくれる。私が人間だって証になってくれる。
体内を子猫が駆け巡る。満ち溢れるパワー!
……でも、足りない。
ここには、絶対に居て欲しい大親友が、居ない。
ミケナイトは素早く身を起こし、体を丸めて一瞬の溜めを作ってから大地を蹴った。
今まさにブレスを吐かんとしている龍の頭部目指して一直線に跳躍。
魅羽は、自分を止めようとした大親友を殴り飛ばしてしまった。
人間として許されざるルール違反。獣の所業。
あれ以来、タマ太は魅羽の前から姿を消した。
龍が大きく口を開く。
無数の牙。赤い舌。喉の奥に燃える焔。
だが、ドラゴンブレスが放たれるよりも速く。
ミケナイトの爪が龍の鼻面を捉えた。
だから魅羽は、人間として龍を倒さなければならない。
獣の力を御することができる証として。
タマ太が安心して戻って来られるように。
鼻面を掴んだ手を軸に前方に半回転。
狙いは額に突き刺さったままのスコップ。
スコップの柄に全力の蹴りを叩き込む。
刃が龍の脳まで届くように。
体の中を巡る獣の力を全部ぜんぶのせて。人間として。タマ太のために。
龍の額から大量の鮮血が噴出し、その巨体が傾いて行く。
口元から吐きかけの炎をこぼしながら、倒れる。
地響きと血の混じった土埃。
ミケナイトも猫捻りする余裕すらなく肩から地面に落ちた。
龍の角を手で掴み、よじ登るように身を起こすミケナイト。
龍は動かない。
額に刺さった血塗れの斬馬大円匙をぐいと引き抜く。
大きく深い傷からどろりと脳漿があふれた。
百年を生きた猛き龍は、遂に力尽きたのだ。
ドラゴンスレイヤー!
(『ミケナイトのドラゴンハント!』おわり)