水星と柊先輩と新入部員と。【前編】

私の名前は、一条千冬。
希望崎学園の学生だが、魔人能力を持たない一般的な生徒だ。
普通の人と違う所といえば、極端に引っ込み思案なところだろうか。
一年の最初、皆が部活を選び入部している時、私は入りたいと思った天文学部に入部届けを出すことが出来なかった。何か深い理由があったわけではない。ただ、なんとなく勇気が出せず躊躇ってしまったのだ。
他人がなんとも思わない様な普通の事柄でも躓いてしまう。あとちょっと勇気が出せたら、と思うことが何度もあった。
小学校中学校となんとかやっていけたが、高校でも同じようにやっていけるか、入学当初はとても不安だった。
それでも、幸運なことに友達は何人かできた。おとなしいグループで、クラスで目立つことはないが浮かない程度の位置はキープできていた。

そう、私はクラスで浮いてなかった。
“彼女”とは違って――

その人は名前からして、普通ではなかった。
苗字も無く、ただ「水星」という名だけがクラスの名簿に載っていた。
彼女に関して、まず最初に強く印象付けられたのは自己紹介の時だった。

◇◇◇

「えっとぉ、私の名前は……一条ちひゅ……千冬です。趣味は天体観測です。よろしくお願いします」

噛んでしまった。顔が真っ赤になったのが分かる。私はいそいそと席に戻った。
高校一年の最初の自己紹介ということで、私だけでなく皆緊張している様子が伺える。
私と同じように途中で噛んでしまう人、途中で何を言おうとしたか忘れて照れ笑いを浮かべる人など、失敗をしてしまう人は複数いた。私だけでなかったのだ。ちょっと安心した。
そんな中、堂々と席を立ち、飄々とした様子で教壇に向かう人が居た。水星さんである。
クラス分けが発表されて、苗字もなく「水星」とだけ書かれた文字を見て不思議に思った人は少なからず居たようだ。先生の挨拶や皆の自己紹介が始まるまでの僅かな時間に既に噂になっていた。
その水星さんはぺこりと一礼してから、自己紹介を始めた。

「どうも。水星です。皆さんご存知、太陽系第一惑星です。地球を征服しに来ました。この教室を拠点に支配していくつもりです。ふははははーっ、我が征服計画の礎になること、光栄に思うが良い! 愚かな人類めー!」
「「「……」」」

教室中が静かになった。
先生までもが固まってしまっている。

「……ふふん、皆さん恐怖のあまり声も出せないようですね。でもご安心ください。さっきのは冗談です。征服なんてするつもりはありません。これから一年、よろしくお願いします。ふふっ、それにしても皆さん動揺しマーキュリー(しまくり)ですよ。おっと、水星ジョークがでてしまいましたね。くすくすっ」

何かツボに入ってしまったのか、肩を震わせ笑いながら自分の席に戻る水星さん。
そして言うまでもないことだが、クラスメート達は恐怖に怯えて黙ってしまったのではない。呆気にとられてしまったのである。水星さんが言ったように動揺はしていただろうが。

その後の昼休み、水星さんに話しかける者はいなかった。
かくして「変人」の称号を手に入れた彼女は、クラスで浮く存在となった。

◇◇◇

それからしばらくは、水星さんに関して特に気にするようなことはなかった。
いや、気にしてはいたけど見て見ぬふりをしていた。
彼女はクラスでは変わらず浮いていて、いつも一人だった。しかし、水星さんは特に気にしてるような様子はなかった。

私は、彼女を強い人だと思った。
私は、絶対に孤立することに耐えられないと思う。私は一人で学校生活を送っていくことなどできないと思う。
どうして彼女は平気でいられるのだろう?
その疑問の答えを、私はある日目撃することになる。

二階にある職員室に用事があった私は、その帰りに普段はなかなか通ることのない二年生の教室の前を歩いていた。
その廊下で、私は水星さんを見つけた。
誰かと談笑している。相手は二年の先輩だろうか。
その時見た水星さんは、無表情だけどどこか雰囲気が柔らかく、とても楽しんでいるように見えた。
そういえば風の噂で彼女は天文学部に入ったと聞いた。ということは、話し相手は天文学部の先輩なのだろうか。

そして、私は悟る。
――あぁ、水星さんは一人じゃなかったんだ。クラスではなく、部活に居場所があったから、平気でいられたんだ。

情報通の友達に聞いた所、天文学部は今二人だけで、水星さんが話していた相手は部長の柊先輩らしい。
それから私は、なにかしら用事をかこつけて、頻繁に二年生の教室の前を通るようになった。そこでは、水星さんと柊先輩が楽しそうに話しているのを、何度も見た。
そして、よくよく注意していると、色んな所で二人が仲良く行動しているのを見かけるようになった。
背の低い水星さんと背の高い柊先輩。無表情な前者と表情豊かな後者。対照的な二人だけど、かっちりと嵌ったようにお似合いに見えた。
そしてそんな二人を、遠くから眺めるのが私は好きだった。
きっと、二人の関係に憧れてたんだと思う。
私には、そこまで仲の良い友だちはいなかったから。
一人でいるのが嫌だから、なんとなく馴れ合っている。そんな集団が私をとりまく友人たちだった。だから休日に遊んだりしないし、仮に学校の外で会っても他人の振りをするか、軽く挨拶するだけ。そういう密度の少ない関係を続けていた。
友達は多いけど、親密度は薄い私。仲の良い人は一人しかいないけど、その一人とはとても仲が良い水星さん。
私はどっちがいいか聞かれたら、迷わず水星さんの友人関係のあり方を選ぶだろう。
でも、現状どうすることもできないから、ただ二人を眺めることしかできなかった。
その輪に入りたいと思いつつ、私は勇気を出せなかったのだ。

◇◇◇

鬼遊戯大会。
生徒会が企画した、いわば部費争奪戦とも言える格闘大会。
部活に入ってない私には他人事だと思っていた。
魔人能力も格闘技術もない私には無縁のものだと思っていた。
鬼遊戯大会の参加者名簿一覧をみるまでは。

「ぇ……」

思わず、小さく声が出た。
掲示板に貼りだされた参加者一覧。友達が皆興味本位で見に行くというので、私もついてきた。
その中に、私の憧れている水星さんの名前も含まれていた。
最近生徒会は各部活に対して厳しい扱いをしていると聞く。
天文学部は二人しかいないから、このままでは潰されてしまうのかもしれない。そう考えると鬼遊戯大会は、部活存続させる為の千載一遇のチャンスなのかもしれない。
だけど。
鬼遊戯大会は魔人達による本気の勝負だ。もしかしたら、水星さんは死んでしまうかもしれない。
私がこっそりと見ていた幸せの風景が、壊れてしまうかもしれない。
そんなのは嫌だ。
大した趣味もない私にとって、あの二人を遠くから見ることはもはや唯一の楽しみになっていた。
なんとかしたい。でも、なんともできない。
もしかしたら、水星さんに直接辞めるように伝えれば、止められるかも知れない。
けれど、私にはそんな勇気はなくて。
勇気を出せない臆病な自分を呪いながら、私は鬼遊戯大会が始まるまでの期間を不安な心持ちで過ごすことしかできなかったのだ。

【続く】






最終更新:2016年10月16日 19:26