水星と柊先輩と新入部員と。【後編】

翌日早朝、私は再び天文学部の教室の前にいた。
柊先輩は、毎日授業が無い時はこの教室か、廊下で過ごしていると言っていた。
きっと、水星さんと共にこれらの場所で過ごしていたのだろう。でも今は……
ぐっと手を握りしめる。水星さんは今いないのだから、私が代わりに支えなければならない。
私は今、昨日のプールでのビデオを持っている。友達に無理を言って、貸してもらった。
水星さんが死ぬ瞬間がここに収められている。このビデオを見せればもしかしたら現実を見てくれるかもしれないと、一縷の望みを持ったのだ。辛いかもしれないが、正気に戻してあげた方が先輩のためだとおもうから。

ノックをして、扉を開ける。
「……失礼します」
そこで私が見たものは――

「あの、先輩あまりくっつかないで下さいよ。ろくに作戦会議が出来ないじゃないですか」
「えー、いいじゃーん」

やたら身体を密着させようとする柊先輩と、それを引き離そうとする水星さんだった。
「へ? え……? 水星さん?」
なぜ、水星さんがいるのだろうか。彼女は間違いなく死んだはずでは……そしてなんだろう、この拍子抜けするようなほんわかした空気は。
「あ、千冬ちゃんこんにちはー」
「ん?お知り合いです?」
「ほら、この間言ったじゃん。新入部員の一条千冬ちゃん」
「あぁ、なるほど」
呆然とする私の前に、水星さんは歩み寄ってきた。
「えーと、確かクラスメイトですよね? 一条さん」
「ぁ、はい……」
「入部してくれてありがとうございます。歓迎しますよ。よろしくお願いします」
そう言って、手を差し出してくる水星さん。
「こ、こちらこそお願いします!」
それに応じて、握手をする私。いや、そうじゃなくて……!
「あの、水星さん一体どうしてここに……? 確か、その、死んだはずでは……?」
私は、水星さんが生きていると言い張る柊先輩を説得するためにここに来たはずだ。でも、その水星さんが生きて目の前にいる。これでは、私のほうがおかしかったみたいではないか。
「はい、一時は確かに死にましたよ。けど、この通り。私は今、生きてます」
「え? それって蘇ったってことですか?」
「そうなりますね。まぁ、どうして蘇れたのかということに関しては私もよく分かってないので、聞かれても困るんですけど。あはは、信じられないって思うかもしれませんね」
そう口にして、苦笑する水星さん。私は一瞬、何かの夢を見ているのではないかと思った。けれど、思い出す。この世界は様々な能力を持つ魔人が居る世界だ。生徒会の埴井鋸さんは金さえ払えば一瞬で怪我を治癒してくれる。同じように、死だって覆せる魔人もいるのではないだろうか。
未だ納得できない気持ちもあるが、ここはひとまず水星さんが生き返ったという事実を受け入れるべきなのではないかと思った。

「いえ、信じます! その……水星さんが死んだ時はショックでした。憧れの人だったので。でも、こうして生きて会えて光栄です!」
「え? 私が憧れ、ですか?」
「へぇー、物好きが居たものね」
「えと、水星さんというか柊先輩にも憧れていたというか……柊先輩と水星さんの二人の関係に憧れてて……」
「ふむ。そんな憧れるような関係でしたかね、先輩?」
「特別な関係じゃない! 同棲だってしてるんだもの」
「へ!? お、お二方、同棲してるんですか? 」
「まぁ……成り行きでそんな感じになっちゃいましたね」 
「わっ、わわわ! えと、じゃあ今お邪魔でしたかね? いや、間違いなくお邪魔でしたよね! 私が入ってきた時もなにやらお楽しみの最中だったみたいですし!」
「ちょ、ちょっと待って下さい。勝手に先輩がひっついてきただけで特にそういうのじゃないです」
踵を返して出ていこうとしたが、水星さんに腕を捕まえられてあえなく離脱は失敗した。
「ほんとに誤解しないでくださいよ。私達付き合ってるとかじゃないですからね」
「ほ、ホントにですか?」
「ホントに本当です。一条さん、思い込みが激しいみたいですね。やたらベッタリしてくるようになった先輩といい、苦労しそうです。……何やら急に子供が二人できた気分です」
「も、もしかして柊先輩のお子を身篭って……!?」
「ッ!? な、何言ってるんですか。物の例えですよ。それに私達は女同士です! 早速思い込みの激しさを見せてくれますね……とりあえず落ち着いて下さい。一条さんにはお礼をしなければならないのですから」
「お礼、ですか?」
「昨日、先輩を正気に戻そうとしてくれたらしいですね。ありがとうございます。柊先輩のことを思って行動してくれる同志に出会えて私は嬉しいです」
「あ、あれは……水星さんがその場に居たら絶対正気に戻すよう行動するだろうと思って。でも、結局力には成れませんでした……」
「いえ、行動を起こしてくれたこと自体に感謝してるのですよ。勇気ある行動だと思いますよ。私は、その勇気を讃えます」
水星さんは爽やかな笑顔で言った。思わず顔が熱くなるのを感じた。臆病な私が、勇気を持ったことで感謝される日がくるとは思っても居なかった。
そして、なんと返答しようか戸惑っていると、後ろから柊先輩が覆いかぶさってきた。
「ひゃっ!?」
「千冬ちゃんって小動物チックだよねー。可愛い~」
腕を回され、頭をがしがし撫でられる。
「わっわっ、えと、あの……」
「先輩、一条さん困ってますよ。離れてあげてください」
「ちぇー」
柊先輩は、渋々といった様子で開放してくれた。
「すみませんね。なんだか先輩、正気に戻ったはいいものの抱きつき癖が発症してしまったようで」
「そ、そうなんですか……」
「あ、それで今後の活動なんですけど、鬼遊戯大会が終わるまではちょっと天体観測できなさそうなんですよね……」
「いや、全然構いませんよ! むしろ鬼遊戯大会に専念してくださいっ! 私、応援してますから!」
「ありがとうございます。せっかく入ってくれたのに申し訳ありません」
「私は、お二人と関われるだけでも幸せです……!」
「ふふ、慕ってくれる人がいるというのは、嬉しいものですね。おっと、もうこんな時間ですか。そろそろ移動を開始しないと」
「あ、鬼遊戯大会ですね! 頑張ってください!」
「どうも。応援、よろしくお願いしますね」
「はい!」
「じゃあ千冬ちゃんは私と一緒に応援席の方にいこうか」
「はーい!」
柊先輩に手を引かれ、移動し始める。私は今、憧れの人と関われて本当に幸せだ。
この二人の行く末を見守っていきたい。願わくば、水星さんが生き残れますように。そして、三人で天体観測をするのだ。
それはきっと、今以上に幸せなことだと思うから。
私は浮かれた足取りで、応援席へと向かった。

【END】






最終更新:2016年10月16日 19:31