柊美星の憶測
「――私、今日死んでしまうかもしれません」
いつも通りの部室。
早朝、作戦会議の為に集まったその場所で水星が突然言った。
部屋には私と水星だけ。千冬ちゃんはまだ来ていない。
あまりに突然のことに、聞き間違えたのかと思った。
「え、死ぬって今言った……?」
「はい、言いました」
「……どういうこと?」
「いえ、只の勘です。勿論死ぬつもりは毛頭ありません。死んだら先輩を悲しませてしまいますからね」
「そうよ。また死ぬとか冗談やめてよね……まったく、不吉にも程があるわ」
「まぁ、何も根拠がなく言った訳ではないですけどね。そろそろ”彼女“が動き出す頃だと思いますので」
「“彼女”……?」
「いや、確かに先輩の言った通り不吉ですね。この話は辞めましょう。ただ、一つだけ、伝えたいことがあるのです」
「……何?」
「私が死んでしまっても、前回の様に狂ったりしないでください。正気で居て下さい。辛いでしょうが、なんとか自分を保って下さい。わざわざこんなことを言うのは、私がその姿をみるのが辛いという理由だけではありません。現実をしっかり見据えることで、見えてくるものがあるはずです。それを、どうか見逃さないで下さい」
水星の言ってることはあまりにも抽象的で、何のことを言っているのかは分からない。それでも、水星は真面目な表情で語っていた。だから、しっかり受け止めようと思う。心に刻もうと思う。
「……うん、分かった」
「ありがとうございます。さて、そろそろ一条さんが来るころですね。机を並べたりして準備でもしましょうか」
「うん、そうだね」
◇◇◇
そして、水星は死んだ。
前回と同じく、絶望が私を襲い目の前が真っ暗になった。
それでも私は狂わなかった。
狂ったら水星が悲しむと知ったから。そして、現実を見据えろと言われたから。
私は、ここで挫けない。
私は、私にできることをやる。
それこそが、水星への弔いになるのだから。
◇◇◇
「はぁ……はぁ……っ!」
私は階段を駆け上がりながら、考える。
今回、おかしな点はいくつかあった。
まず第一に、水星が自分は死ぬかもしれないと言っていたこと。本人はあくまで勘だと言っていたが、その上で根拠を示した。
『そろそろ”彼女“が動き出す頃だと思いますので』
この発言は、何者かの陰謀を示す言葉ではないだろうか?
“彼女“として当てはまる人物がいないか、記憶を探る。そして、思い当たる人物に行き着く。
冥王星さん。
彼女が地球に誘った惑星達は次々と姿を消していったという。その陰謀に、水星も巻き込まれたのだろうか。そう思うと怒りが込み上げてくるが、冷静にならなくてはならない。
水星の死は、本当に冥王星さんの陰謀によるものなのだろうか? 仮に冥王星さんの仕業によるものだとしたら、どうやって?
水星が死んだのは、試合中だ。対戦相手に殺されたと考えるのが普通だろう。しかし、私は見ていた。死んでしまうかもしれないという水星の言葉が気になって仕方がなかったから、水星の試合は穴が開くほどしっかりと見ていた。
そこで感じた違和感は、確かにあった。水星の動きに機敏さが足りない。どこか緩慢としているようで、ふらついてさえ見えた。
あのふらつきこそ、水星の死因を示しているのではないだろうか? いや、試合中においてあの緩慢な動きは間違いなく死に直結していたと思う。しかしどうしてそうなった? 朝に作戦会議を行った時、水星は特に体調不良を訴えることなく元気にしていた。
だとしたら、試合中の怪我だろうか? 彼女は一戦目で脳震盪を負っていた。それが影響してふらついていたと見るのが妥当、かもしれない。
だが安易な結論に飛びつくだけでは、真実は得られない。仮に冥王星さんの陰謀が働いていたとしたら、脳震盪が原因と考えるのは無理がある。だってそうだろう、脳震盪を負ったのは偶然だ。その偶然を期待するだけで何もしないなんて陰謀ですらない。
私が陰謀論に囚われすぎている可能性もある。だが、そんなことは後で考えればいい。陰謀と仮定して出た結論と、試合中に殺されて死んだという結論、この2つを比較してより自然な方を残し他方の結論は棄却すればいい。
気になることはまだ幾つかある。
二つ目の気になる点。それは千冬ちゃんが差し入れとしてくれたりんごジュース。あのジュースを飲んだ時、水星はなにか考えるような仕草をし、そして何かを納得したように二度頷いていた。
その時はあまり気にしなかったが、これはもしかしたら水星の死に深く関わることではないだろうか。
三つ目。水星が体育館へと向かう際、千冬ちゃんの肩に手を置いて、何事かを語りかけていたようだった。
千冬ちゃんはその後、呆然としてしばらく立ち尽くしていた。
水星が何を言ったかは分からないが、千冬ちゃんを呆然自失させるに足る衝撃的な発言だったことは間違いない。
この2つから、些か以上に突飛ではあるが私はこう考える。千冬ちゃんがジュースに何かを混ぜていて、それを水星が気づいて指摘したのではないか。例えば、毒物を混ぜていたとしたら水星の死とも結び付けられる。
千冬ちゃんが何故そんなことを、と思うが冥王星さんの陰謀だとしたら説明はつく。彼女はきっと脅されたのだろう。脅されて水星を殺す為に天文学部に入ったのか、天文学部に入ってから脅されて水星を殺すことにしたのかは分からない。けれどきっと、どうしようもない程追い詰められて否応なしに水星を殺すしかなくなったのだろう。だとしたら、千冬ちゃんは被害者だ。責める気は起きない。水星も、ジュースに毒が入っていることに気づいたのだったら、同じことを思っただろう。そして体育館に行く直前、千冬ちゃんが気負わないように、声を掛けたのかもしれない。
そして最後の気になる点――それは、千冬ちゃんがトイレに行くと言った以降見学席に現われず、部室等を探しても姿が見当たらないこと。
彼女は内向的だ。それは会って間もない私でも分かる。
部に入るのさえ、かなりの勇気が必要だったらしい。そんな控えめでおとなしい千冬ちゃんは小動物然とした見た目も相まって、見ていてとても可愛らしく癒される。
内向的なのは彼女の特徴で、ある意味美点であり、否定するつもりなどない。
けれど内向的というのは少し厄介な面も持っていて、自分の中でぐるぐると考え込んでドツボにはまりがちだ。
――もし私の憶測通り、千冬ちゃんが水星を殺したのだとしたら。
彼女は良い子だから、例え脅されてやったことだとしても、きっと罪悪感に苛まれるだろう。この罪を償うにはどうしたら良いか、などと考えるかもしれない。
そして内向的な人の一部は負の方向の思考に陥った時、外交的な人を遥かに上回る行動力を発揮することがある。そして殆どの場合、それは好転することなく更に悪化した結末を辿る。
同様にして、最悪の結論に至った千冬ちゃんがどこへ向かうかと考え、私は今まで階段を駆け上がってきた。
4階の更なる先――屋上。
そこへ繋がる扉を開けたその先の風景に、千冬ちゃんは居た。
【END】
最終更新:2016年10月16日 20:13