【柊先輩と一条千冬】

「……先輩、なんでここが分かったんですか?」

ひゅうっと、冷たい風が吹く中、千冬ちゃんは言った。

「千冬ちゃんの考えそうなことを順番に考えていったら、ここに来るんじゃないかなってね」
「……ということは、私のやったこと全部知ってるわけですか」
「いや、誰に知らされた訳でもない、只の憶測よ」
「そうですか。憶測でここまで辿り着けるとは凄いですね」
「まぁ、水星がヒントをくれたからね」
「なるほど。……水星さんは、死んだのでしょうか」
「うん。死んだよ」
「責めないんですか? 彼女に毒を盛ったのは私ですよ」
「責めた所で水星は戻ってこないからね。それに、単独で計画に及んだワケじゃないんでしょ? 誰か――って凡そ見当はついてるけど、その人に脅されてやったんでしょ?」
「まぁ、そうですけど。でも、私が水星さん殺しに加担したことは変わりません。憎くないんですか? 殺してやりたいって思わないんですか?」
「脅されたんだったら、千冬ちゃんは被害者だよ。加害者じゃない。まぁ、憎くないかと言ったら嘘になるけど。それでも感情的になったりはしないよ。感情に身を任せて狂った所で何も変わらない。むしろ大事な人を悲しませるだけ。そう、水星に教わったから」
「私、柊先輩のこと見くびってたようです。ここには辿り付けないんじゃないかって。仮にやってきても、私を責め立てるのではないかと。でも、違うんですね。……水星さんのおかげかぁ。私、お二人の関係が羨ましかったです。ずっと、ずっと眩しかった関係。でも、私はそれを壊してしまった」
「――だから、罪を償おうって? そんなことをしたって、誰も喜んではくれないよ」

フェンスの外側に立って、今にも飛び降りてしまいそうな千冬ちゃんに、私はそう語りかけた。

「そんなの分かっています。でも、私は許されないことをしてしまった。だから、それに対する自分への罰なのです」
「水星は、試合に行く前に何て言った? 毒で殺されてしまうと分かっていても、責めたりはしなかったでしょう? 私だって同じだよ。この件で千冬ちゃんを責めたりはしない。だから、そんな危ないところから降りて、こっちにおいでよ」
一つ一つの言葉を、ゆっくり選びながら語る。それでも、千冬ちゃんにはその言葉は届かないようだ。彼女は飄々と私の言葉を受け流すように言葉を紡ぐ。
「……これは、自己満足なのです。他の誰が許す許さないの話ではありません。私が自分を許せないのです。憧れの人を、殺してしまったのだから」
「それは、でも! そうするしかなかったんでしょう!? どう脅されたかは知らないけど、千冬ちゃんにとって自分、あるいは大切な存在を守る為に選んだんでしょう? その守ったものと水星を天秤に掛けて、守ったものの方が千冬ちゃんの中で価値が高かったんでしょう? それは仕方のないことでしょう! 私だって、他の人と水星を天秤に掛けてどちらかを捨てざるを得ないとしたら他人を捨てることを選ぶ。千冬ちゃんにとって、その捨てる対象が水星だっただけで。悪いのはそういう選択を迫った人の方で、千冬ちゃんが自分を責める必要なんてない!」
「そんなことが言えるのは、私と同じ立場にいないからです。例えば私と水星さんを選ばざるを得なくなった時、恐らく柊先輩は水星さんを選ぶでしょう? その時、自分を責めない保証がありますか? 自意識過剰かもしれませんが、柊先輩は優しいからきっと私の為に苦しんでくれるでしょう。それと同じです。苦しいんですよ。自分のことを許せなくて仕方がない。苦しくて仕方ない。だから、楽になれるように、もう何も考えなくて済むように、私は死ぬんです。自分を殺すんです」
「……それは、そうかも知れないけれど。楽な方に逃げるなんて、自分勝手すぎるよ! 千冬ちゃんが死んだ時に、残された人のことを考えてよ! 家族の人たちは悲しむし、私だって悲しい。水星を失って、更に千冬ちゃんを失ったら、私はどうしたらいいの!? 天文学部は、また一人になっちゃうよ! そんなのは嫌だ! 寂しいよ! それに千冬ちゃんが死んだら、天国の水星だって悲しむと思う。私達のことを思ってくれるなら、そんな死ぬなんて言わないでよ!」
「先輩や家族のことを思うなら……ですか。確かにその通りですね。でも、ごめんなさい。今の私にはそんな余裕はありません。余裕があったらこんなことしようと思いません。死の幕引きこそが唯一の救い。そうとしか思えないんです。死にたくて堪らないのです」

いい加減にして、と心の中で思う。
死にたい? そんなことを思っているはずがない。だって――

「――じゃあ、なんで今まで飛び降りなかったの? 千冬ちゃんが私と離れてからもう数時間経ってる。そこまで死にたいなら、その間に飛び降りれば良かったじゃない! 本当は躊躇ってるんでしょ? 本当は死にたくなんてないんでしょ? その証拠に、今だって私の話に耳を傾けてる。私の言葉なんて無視して自殺してればよかったのに。ほら、こっちにおいでよ」
「……ッ!」

私は招き入れるように、両手を広げた。
核心に触れた言葉に、千冬ちゃんの瞳が揺れる。

「……死にたい訳、ないじゃないですか」

ぽつりと、思わず零れたように千冬ちゃんは言った。
そして、次第に潤んでいき、堰を切ったように涙が溢れだした。
救いを求めるように、一歩、また一歩とこちらに寄ってくる。

「死にたい訳ないじゃないですか! まだ一度も三人で天体観測だってしてないんです! 先輩と水星さんをもっと近くで見ていたかったです! でも、でも! それはもう叶わない! 私は取り返しの付かないことをしてしまったんです! 償っても償いきれない罪を背負っちゃったんです! だから、私は馬鹿だから、こうすることでしか罪を清算する方法を思いつかなくて! でも先輩は死ぬなって言ってきて! 私は、どうしたらいいんですか……!」

そして、千冬ちゃんは私の元へ辿り着いた。私はその小さな身体を強く抱きしめる。

「馬鹿! 死んだって、何の解決にもならないよ! そんなんで、罪を清算できるわけないじゃん……!」
「じゃあ、じゃあっ、私は、どうしたらいいんですかぁ!」
「……どうしたら罪を償えるかなんて私にも分からないよ」
そこで一端言葉を区切り、片手を千冬ちゃんの頭にそっと置く。
「でも、千冬ちゃんが罪悪感を感じてること、それが贖罪への第一歩だと思う。だから、一緒に考えよう? 二人で考えて、できることをやっていこう? ね?」
「……はいっ! ありがとうございます!」
「うん。良い子良い子」
「私、柊先輩の後輩で良かったです……ぐすっ……ひぐっ……うえええん!」
「もう、そんな泣くことないのに……」

千冬ちゃんはしばらくの間、私の腕の中で泣き続けた。
私は青空を見上げ、思う。
――ありがとう、水星。水星の遺してくれた言葉のお陰で、私は千冬ちゃんを救えたよ。

【END】






最終更新:2016年10月16日 20:19