雨竜院暈哉エピローグ『同じ空の下で』
脳震盪は治せる。
暈哉の脳からその発想がスッポリ抜け落ちていたことこそ、脳震盪の真に恐るべきダメージであった。
大切なことに気づかないまま真生徒会室へ行ってしまった零太郎を体育館でうんこ座りで待っていた暈哉の元に現れたのは、全身にぬめりを纏ったウーパールーパー・めごちゃん!!
「うっ……龍……!!」
6ターン目には雨竜院家だからと龍属性(メキシコサラマンダー)のめごちゃんを避けた暈哉だったが、今は状況がそれを許さなかった。
実はそれより前にめごちゃんを狙っていたので欺瞞もいいところだが、そのへんも脳震盪の影響で脳から消し飛んでいた。
(このぷるぷるした体と滑り……あの人に似ている気がする……)
4年前に姿を消した姉、暈々のことが頭をよぎる。
「だが、やるしかねえっ!! 見ててくれよ半左!!」
「支配! 殺ス!」
雨竜院暈哉、大会最後の一戦が幕を開けた。
「メゴ――ッ!!」
めごちゃんが巨体に似合わぬ俊敏さから繰り出すタックルを暈哉は「雨流」で捌こうとしたが、体表の滑りが傘を滑らせた。
その超重量が今や女子中学生並みの矮躯を捉える。
「ぐふうっ!!」
HP残り1……意識が飛びそうだった。脳震盪の後遺症かも知れない。だが。
「暈哉っ!!」
「ぬ……おおおおおおっ!! 『脱皮突き!!』」
「メゴ――ッ!!」
カウンターの一撃がめごちゃんを捉え、沈めた。
「暈哉!! よかった!!」
「ああ……はあ……、最後に龍を殺っちまった(殺ってない)けど、でも、お前のおかげで勝てたよ。
『空』」
駆け寄ってきた少年は、少女に名前を呼ばれたことに涙を浮かべ、そしてその唇に口付けた。
戦いを終えた少女に、少年が膝枕している。逆ではと思われそうな構図だが、当人たちは幸せだった。
「頑張ったねえ、暈哉」
「ああ……きっと他の皆も武藤を倒してくれてる。悔いが無いでも無いけど、賞金は稼げたし、無傷で終われたし、何よりお前と一緒になれた。良かったよ……」
「うん……。ねえ、暈哉」
「んー」
満身創痍の恋人を見下ろしながら、半左が言う。
「もう一回、『空』って呼んで」
「え? あ、ううん……」
「お願い」
「そ、空!!」
「へへ、へへへへ……ありがとう、暈哉」
交際2日目の、少しおかしなカップルの姿がそこにはあった。
暫くして、体力の回復した暈哉に肩を貸し、半左が体育館から連れ出す。
「あ、晴れてるよ。暈哉」
そう言って半左は空を指差す。朝から降り続いていた雨はやみ、雲間から青空が覗いている。
「こうして見るといいもんだな、晴れた空も」
「へ?」
「あ、いや今のは……あっちの空で、えっと……」
隣の恋人へ向けた視線を暈哉は照れて逸し、また空を見る。
その時、気づいてしまった。
「ん……? アレ?」
「暈哉? どうしたの?」
「昼間なのに……星?」
青空に青い星が浮かんでいる。あんな星があっただろうか、と星に詳しくない暈哉も疑問符を浮かべる。
「星ってどれ?」
隣の半左には見えていないようだった。
死んだ水星が俺を見守ってくれていたのか、などと都合のいい考えも一瞬浮かんだが、直後、文字通り致命的な事実に気づき、戦慄する。
「ゲーーッ!! 死兆星!!」
無傷で終われたなどと言うのはとんだ勘違いであった。
大会で最も重い怪我「死兆星」。もう試合は無いが、治さないとちょっとしたピンチで死んでしまう。治療費実に1000万。暈哉の持ち金は680万。
「やっぱ、龍と戦うとバチが当たるのか……」
・・・
2018年、4月。
「え? 『傘の会』? 部はどうなったんですか?」
部活見学に来た初々しい新入生の質問に、3年生のマネージャー・半左空は苦笑いで答える。
「えっと……昨年末、ちょっと生徒会に320万円の借金をしちゃって……それを返済するまでは『同好会』に格下げなんだ。ごめんね」
「320万!? 返せるんですかそんなお金」
「うん……きっと。今、そのために『部長』いや『会長』が頑張ってくれてるから」
半左はそう言うが、当然新入生は困惑していた。
「だから……部室も無いし、傘も持参かビニール傘だけど、それでも一生懸命楽しい同好会にするから」
半左の言葉に部員達も同意する。
新入生は綺麗な顔の先輩に優しく言われ、仮入会を決意した。
性別は逆だが、どこかのティータイム部に似ていなくも無い。
(僕達が頑張って会を守るから、頑張って……暈哉)
あの直後、恋人らしいこともせぬままに、借金返済と武者修行の旅に出た恋人を思い、少年は空を見上げる。
異国の空の下、暈哉は戦っているのだろう。雨が降ったらアナンタを差して。この地球上にいる限り、空が2人を繋いでいる。
・・・
イタリア、ナポリ近郊――ポンペイ遺跡発掘現場。
「雨か……」
SNSで試合を申し込まれた相手との賭け試合に勝利した暈哉は、その後何となしに近場で行われていた遺跡発掘の様子を眺めていたが、その最中、雨が降り出した。
すると、土を深く掘り返しいた学者達が、突然騒ぎ出す。
(なんだ……雨が降るとなんかまずいのか……?)
疑問を感じながらもぼんやりと見ていた暈哉だが、直後騒ぎの理由、異変の正体に気づいた。
風化した建物を埋めるように堆積していた古代の火山灰の中から、何かがのっそりと立ち上がったのだ。
それはミイラのように枯れた人型だったが、雨を浴びるにつれ、徐々に体積が増え、裸の女性のような姿に近づいていく。
最初はただ驚いていただけだったが、その暈哉の表情が変化していく。
「あ……あれは……なんで、ここに……」
暈哉はその光景に覚えがある。その少女に覚えがある。
学者達が逃げ出す中、少女も顔をあげ、暈哉の方を真っ直ぐに見る。ハッキリと、視線があった。
「姉、ちゃん……?」
「え? 貴女……え? 暈哉?」
迷宮時計により引き離された2人。それを4年、或いは2000年の時を越えて引きあわせたものも、やはり降り注ぐ雨だった。
fin.
最終更新:2016年10月16日 20:35