志筑綴子エピローグSS『終局 その1』

 届く、と感じていた。
 完成を見た志筑綴子(しづき つづりこ)の文芸、終局の今であれば真(リアル)・生徒会長の命に届くと。

「――なにゆえ」

 今再び、この対手に機を外されるとは。

「この期に邪魔立てをされるか、神社千代(かみやし ちよ)」

 神社千代。志筑綴子の経験した内で、それは最悪の対戦相手であった。『事故多発結界』。あらゆる敵を止める。たとえそれが学園最強の文芸者、志筑綴子であろうと。かつての生徒会長、パントマイムよしおであろうと。……あるいは武藤雅紀(むとう まさき)が相手であったとしても、そうだったかもしれぬ。敵の力が強ければ強いほど――
 時を稼ぐ、という力において、この神社を凌ぐ武闘者は存在するまい。しかし、志筑には理由が分からぬ。

「それは、あなたも同じことでしょう」

 神社は穏やかな微笑みを湛えたまま、言った。互いに初撃をいなし、絶招の一手。殺害文芸の直撃が一手。そして神社の豪速の拳も、同等以上の威力を伴って、志筑綴子へと到達している……だが、それだけだ。
 “天使”の予兆を見るのだという。真正文芸の域へと達した志筑綴子は、もはや己の殺意を隠せぬ事を自覚している。故に、予見で躱す神社に当てることもできぬ――

「正しき文芸を掲げる文芸部が、疎ましかったのでは?」
「……」
「だからあなたも、邪魔をすることに決めた――。彼女らの文芸を差し置き、最強の座に立つ文がどのようなものか、それをこの鬼雄戯大会、全生徒に」
「…………。如何にも」

 志筑綴子の白い相貌に、表情は映らぬ。

「空木啄木鳥(うつぎ きつつき)の名を雪ぐ? くだらぬ建前よ。空木を殺滅したのは、他ならぬ我が文。邪道の文。私が雪ぐべきは、邪の汚名……そのものよ」

 さらに殺意の文芸が舞う。空に散る原稿用紙から意味を汲み取ったその時が、神社の命が尽きる時となる。

(だから読める。今は……はっきりと、理解できている。私が見る“天使”。その名を)

 それは“死”だ。

 再び、躱した。一度死の世界へと、深く踏み込んだ者、その神社千代のみが認識できる、死の感覚。
 ダンゲロス・ハルマゲドン。自分は何をしたか。なぜ復活したのか。……死に損なった後ですら、見えぬ“神”とやらに自意識の全てを委ね……死に損なった事実へと目を背け、戦っていたのか。
 神社千代の『事故多発結界』、致命の攻撃をただひたすら凌ぐ闘法、それはまさに死に損なうための戦闘ではないのか――

(……否!)

 少なくとも今、“死にたみ”から解き放たれ全てを理解した今、神社がここに立っている理由は違う。
 このまま逃げ続けることも可能であっただろう。再び死ぬべく、勝てぬ相手に挑むことも可能であっただろう。だが、それでは斃れた同胞に申し訳が立たぬ!
 死の脅威の具現である志筑綴子を自らの力で殺す、それが理由だ!

「殺したいほど……好きです」

 志筑の鉄壁の文が途切れた。わずかな句点、その一呼吸すら……幾度も拳と文を交わした、神社千代にだけは、見えていた。
 文芸。それは互いの認識を、理解させること。

「――志筑綴子!」

 重量数十トンの聖書が、志筑の胸を叩き、しかしその踏み込みは僅かに足りぬ!
 ……文芸!破れた上着の隙間から、原稿が散ったか!まるで天地を捻られたように、神社の世界が回転する!
 そして、

(魔文、敗れた!)

 踏み込まぬ一歩が、神社の巧技!
 肋骨を砕く事が目的ではない。今、志筑綴子の胸部に聖書が接している。そして自らは文芸を喰らい、捻られる支点の腕は動かぬ!
 数十トンの聖書を把持する理外の握力こそ、神社の真の武器。指で弾いてこれを開き、十トンの表表紙にて、頭蓋を!

 狙い過たぬ瞬息にて、神社の指は動き……動き、今は神社自身にとってすら白紙である筈の聖書の頁に。

(……こんな、手を、魔文)
「神社。最大の敵は貴女だったやもしれぬ」

 文字が。
 それは聖書の頁ではない。立合いの最中に、原稿用紙を――敵の攻撃手段に、差し挟んだか、志筑綴子!

(やはり、あなたは――)

 必殺の一撃であるはずだった。
 神社は文芸の手を学び、上を行った。『事故』を引き起こす神社の技を……敵も、同じように。

 殺人の文芸を読み、神社は倒れ、全てが途絶えた。



「……真の。その血に染まった文芸の奥義」

 仰向けに倒れたままである。神社千代の肉体は、もはやそれ以上を動かせぬ。

「使わないのですか。他を圧する、私を惹き寄せたほどの殺意。それがあなたでしょうに」
「――『事故多発結界』」

 見下ろすその瞳は、霜が下りたように白く、そして無情だ。

「用いればこの死合、勝負の読めぬものにできたはず。……ならば使う必要もなし」
「志筑」

 さしたる理由のないことである。最後だけは、死に損なわぬ勝負を……
 自らの力で戦うべきと、考えただけであった。

「いずれその文芸、執筆して来るがよい。神社千代」
「……ふ」

 邪文が神社を逃したのか。それとも、もはや白い文学少女の文は、邪文ではないのか――
 どうでもよい事なのだろう。

 開かれたままの聖書が、風に揺れて捲れた。
 それは美しい白紙で、神社が生き残った今では、何かを綴ることができるのかもしれない。



【第9ターン 真・生徒会室】
志筑綴子○ ― ●神社千代






最終更新:2016年10月16日 20:38