ウーハン飛竜騎士団駐屯地では空母『ずいかく』を飛び立った艦載機の奇襲攻撃を受けていた。
「くそ!」
騎士の1人であるハクは歯噛みする。
敵の機械飛竜は4機、第1撃で竜舎を爆撃し、一気に飛竜騎士団の戦力を低下させた。
それでも20騎以上が離陸に成功して迎撃に向かったのだが、敵の機械飛竜は圧倒的性能で次々と僚騎は空から叩き落された。
それはもはや戦争ではなく一種の狩猟、獲物はもちろん我々、だった。
そして今1騎が自分を見つけて向かってきた。
やられる!
飛竜は本能的に乗り手の恐怖を感じ取り、危険回避の為自分の意思で急降下した。
それでも敵の機械飛竜のほうが遥かに速い。
死を覚悟して目を閉じたが次の瞬間空が翳った。
驚いて見上げると直上を背面飛行している機械飛竜の乗り手を目が合った。
その瞬間、自分は助かったと確信した。
敵の機械飛竜はハクを追い越すと編隊を組んで高度を上げ東へと帰っていった。
こんなことが・・・
ウーハン飛竜騎士団長の顔は蒼白を通り越して土気色だった。
僅か15分の戦闘でウーハン飛竜騎士団は幸運にも生き残った1騎を除いてたった4機の機械飛竜によって文字通り全滅した。
敵の損害はゼロ。完全敗北に限りなく近かった。
だが、彼は重大な事実を認識していた。
3日前まで皇国領であったタイランに日本の基地はもちろん無い。となると必然的に海上の飛竜母艦ということになる。
ウーハンはタイラン西岸から約430㎞、タイランの東岸沖に飛竜母艦が居るとすれば行動半径は500㎞を越える・・・
500㎞という数字に彼は唖然とした。飛竜の行動半径はせいぜい200㎞、黒飛竜(ノワール)でも300㎞が限界だ。それでも戦闘時間は極めて限られている。防空戦闘の様な激しい戦いなら100㎞にさえ届かない場合もあるのだ。もちろんそれ以上の長距離飛行は出来るものの戦闘行動は無理だ。なぜなら飛竜は生き物であり体力という限界が存在する。そして戦闘行動はその体力を大幅に消耗させてしまうのだ。
それなのに敵は500㎞以上の距離を飛んでも余裕すら見せるほどの戦闘行動を見せ付けた!
戦ってはならない
そう彼は直感した。
彼らは海岸から500㎞離れた地点であっても自由に攻撃できる。それは戦場を広げ『安全な後方』という概念を根本から覆す。
相手国の中枢を直接叩くことが十分可能であることを示しているからだ。
この世界で安全を確保する要素が『距離』から『防空力』に変化した瞬間だった。
そしてこの日、100機以上の機械飛竜が
シア皇国に侵入し飛竜騎士団の大部分を撃滅してしまった。それはもうこのシア皇国に『安全な場所』など存在しないことを意味していた。
一方洋上でも勝負は決まりつつあった。
シア皇国各地の軍港を出港した艦隊はまっすぐにタイランの主島を目指していた。
それに対して海上自衛隊の水上打撃部隊が夜明けと共に阻止行動を開始した。
その編成は
火力支援艦『やまと』
軽空母『あまぎ』
ミサイル護衛艦(イージスシステム搭載艦)『こんごう』
汎用護衛艦8隻
補給艦『ましゅう』
の計12隻の艦隊だった。
朝日を背にして自衛隊の水上打撃部隊がシア皇国海軍の艦隊の前方1万5000mに現れたことにチン司令長官は驚愕した。
なんという大きさだ!
どの艦もシア海軍最大の戦列艦である『テイワ』級よりも一回り以上大きい。中央の艦にいたっては島と見紛うほどの大きさである。まるで伝説に出てくる船のように。
そして驚愕と同時に疑問が生まれた。
どうして一夜にして目の前にこれほどの艦隊が現れたのか?
シア皇国海軍艦隊にも複数の飛竜母艦があるが、船体規模が小さいため搭載能力は低く、せいぜい艦隊防空と偵察が手一杯という状態だった。それでも350㎞ほどの哨戒エリアを形成できる。そして350㎞という数字はこの世界の高速艦でも丸二日は掛かる距離だ。そしてこれほどの巨大な艦が複数航行していればその間に必ず飛竜が発見するはずである。
それにしても・・・
と彼はもう一度じっくりと前方の巨艦の群れを観察する。
木造ではない、まるで鋼鉄のようだ。となると装甲艦か!?
この時期列強の1国である海軍大国アルビオンが完全鋼鉄製の装甲艦を就役させたが、海軍の主力はいまだ主力は非装甲の木造船だった。
しかしだ・・・
小さいほうの艦はやけに砲身の長い小ぶりな大砲を1門積んでいるだけだが、島のように大きい艦はとてつもなく巨大な大砲を複数積んでいる。そして彼らは我々の進路を遮っている。それが意味するのは
少なくとも友好的な相手の行動ではない。
それはつまり敵であることを意味していた。
「全艦戦闘用意!飛竜母艦に攻撃命令を出せ」
彼の命令はすぐに旗信号で艦隊に伝えられた。
その命令を受けて戦列艦たちが砲撃戦の準備を整え、飛竜母艦からは飛竜が発艦していく。
敵は装甲艦だから飛竜のブレスは効果が薄いだろうが、何もさせないよりは・・・
そう彼が思ったところで前方の艦隊が動いた。小さいほう艦が左右に分かれて加速していく。
速い!
4隻の艦は帆も張らずに風の様な速度で艦首に白波を立てながら整然と散開した。
上空飛竜たちがその速度に戸惑いながらも追跡しようとした時だった。
複数の砲声が海上を駆け抜けた。
火力支援艦『やまと』CIC
「対空目標撃墜を確認。本海域上空の経空脅威レベル0」
マーカーの消滅を確認してオペレーターが無機質な声で報告を上げる。
「対水上戦闘用意。各兵装を起動」
「対水上戦闘用―意ッ!」
警鐘と共に水上戦闘用意が艦内各所に下命される。乗員は皆興奮していた。この戦闘は海軍関係者ならば誰もが夢に見た戦艦の主砲による対艦戦闘なのである。
「『たかなみ』、『しらなみ』は後方の敵飛竜母艦に対して対艦ミサイル攻撃準備。ただし1隻は残せと注意しろ」
「了解」
「敵先頭艦との相対距離約11000m。主砲及び右舷1番から5番砲塔スタンバイ!」
『やまと』の咆哮火器は主砲として46㎝3連装複合砲3基、副砲として主軸上に155㎜AGSを2基と両舷に127㎜両用砲4基、近接対空火器として76㎜レールガン6基を搭載している。このとき主砲9門を含む計14門が敵を照準していた。
「攻撃開始!1番から5番砲塔、撃ち方始め!」
前回を遥かに越える大音響が海上を制した。
飛竜を一撃で撃墜されてシア皇国艦隊は一瞬戸惑ったが司令長官は即座に敵艦隊への突撃を命じた。
その直後、先頭艦列の戦列艦たちの甲板で爆発が起こった。さらに次々と別の戦列艦たちの甲板で爆発が続く。
砲撃!?まさかまだ10000mはあるぞ!
この時代の艦載砲の射程は僅か4000m、有効射程は3000m程度だ。それでさえ命中率は1%にも満たない。それに対して敵はその倍の射程から正確無比に砲撃してくる!
その事実に一瞬気の遠くなりかけた彼を後方からの爆発音が現実に引き戻す。
彼の眼に映ったのは完全に安全な距離で待機していた飛竜母艦4隻が巨大な火柱を上げて炎上し、真っ二つになって沈んでいく光景だった。
それでもまだシア皇国海軍艦隊は指揮系統を保っていた。数では味方が圧倒している、その事実が彼らを支えていた。もし、『アレ』がなかったら全滅まで指揮系統を保持できただろう。
その瞬間、大気が震えた。
同時、いやそれよりも早く先頭から2列目までの複数の戦列艦(の残骸)が水柱と共に天高く吹き上がった。落下してきたそれが3列目の艦を押し潰す。
なんだ、これは!?一体何なのだ!?
砲撃?魔法?そんな生易しいものではない!これはもはや人に出来る限界を超えている!
それならば何がこの光景を作り出したか!?
「・・・悪魔だ」
ブリッジでポツリと漏れた参謀の声がすっと思考に染み渡った。
「『ニホン』は悪魔の力を使ったんだ・・・『ニホン』は悪魔の力を使って海の神をそそのかしたんだ!」
冷静ならばこんな言葉は一笑していただろう。しかし、目の前でこれほどの光景を見せつけられたら冷静で居られるはずがない。
そして、その答えは疑問に正確ではないが的確な答を与えていた。そうなればそれは真実である。
我々が戦っているのは人じゃない・・・悪魔にそそのかされた神だ!
そうなると恐慌は一瞬にして広がった。戦列艦たちは我先にと陣形を乱して離脱針路を取る。そこへ新たな砲撃が正確無比に浴びせられ混乱がさらに拡大する。
再び大気が震えた。
今度は兵士を乗せた上陸船団に天を突こうかというぐらいの水柱が立つ。そこに兵士や騎馬の残骸を見て全てを悟った。
『ニホン』に反逆すれば待っているのは死だけだということを
今の彼らに出港してきたときのような強者の誇りと余裕は消えていた。代わりにあるのは弱者の恐怖と焦りだけだった。
結局海上自衛隊の水上打撃部隊は上陸船団(と思われる)の95%を撃沈又は航行不能としたが、200隻中飛竜母艦1隻を含む20隻ほど敵艦を残した。
その後あらかじめ大量に積み込んであった救命ポッドを放出し、海域を離脱した。
その後おっとり刀で飛来した飛竜に誘導されたらしい10隻前後の艦隊が漂流者の救助にやってきた。彼らは驚くほど多くの乗員が生存・漂流していたことに驚いたという。
そして救助された漂流者が救命ポッドの中で発見したメモを見て司令長官は思わず天を仰いだという話は海軍関係者の間では有名な話だ。
メモの内容は
『船の無い船乗りに敵も味方も有らず、ただ救助するのみ』
最終更新:2006年08月11日 09:00