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第8話

シア皇国の皇都、宮殿の玉座の間は重苦しい沈黙に満ちていた。
皇国史上類を見ない大敗北を喫したのだ。それも当然だろう。
「軍務卿、もう一度確認する。報告は全て事実なのだな」
「はい。紛う事無き事実にございます」
皇国軍のトップである軍務卿は1週間前と違い肩身の狭い思いをせざるを得ない。
開戦から僅か1日で空軍の、僅か4日で海軍の兵力を介入してきた『ニホン』の海軍と空軍に半減させられたのだ。それも『ニホン』軍に一矢も報いること無く!
さらにタイランに小石一個さえ投げ入れることさえ困難な状態になったのだから尚更だ。
外務卿個人にとっては日ごろの鬱憤が晴れるスカッとした事態だった。
「開戦初日から彼らは飛竜母艦から機械飛竜を大量に投入しました。機械飛竜は黒飛竜の倍近い速度で遥か500㎞以上の距離を飛び、我が飛竜騎士団が地上に居る間に巨大かつ強力な爆弾を落としてこれを壊滅させ、迎撃に上がった飛竜もその強力な攻撃で外柚一触されました」
ここで軍務卿は苦しそうに言葉を切る。
その姿を見ると外務卿もさすがに軍務卿が気の毒になった。
「さらに海では『ニホン』海軍は我が海軍の『テイワ』級よりも巨大な装甲艦や島と見間違うほど巨大な要塞艦を投入してきました。その艦隊は風のような速度で走り回り、我が艦隊の装備する大砲の射程の倍以上の距離から百発百中の精度で砲撃してきたとの報告です」
軍務卿の表情は複雑だった。
軍務卿自身、今自分が話した言葉を信じたくは無い。
だが、自分が話した事態によって起こった損害は紛うことなく存在するのだ。
全ては悪夢のような現実だ。
「軍務卿、この状態でタイランの反逆を鎮圧できるか?」
リク皇帝の言葉に軍務卿は灰を腹一杯食わされたようなとてつもなく苦い表情をした。
「恐らく不可能でございましょう」
今回の作戦は空海軍の第1線の主力を用いて実行された。その主力が完膚なきまでにやられた以上それより戦力価値の低い第2戦級の戦力を投入しても同様の結果になることは想像に難くない。
「『ニホン』が我が皇国領土に攻め入ってきた場合、我が皇軍は勝てるか?」
「以前に申し上げたとおり、『ニホン』軍に関する情報が少ないので正確なことは私にも分かりませんが、空の支援を受けられぬとなれば厳しい闘いとなりましょう。ですが我らは必ず皇帝陛下に付き従う所存でございます」
リク皇帝はしばし黙考した。少なくとも彼は暗愚ではないと知っているのが外務卿の救いだった。
「相手は『ニホン』はどう言っているのだ?外務卿」
話を振られた外務卿は今日仕入れたばかりの情報を公開した。その情報は旧ケリア聖王国の大使からの情報だった。彼は日本政府の意思を伝えてきたのだ。
①日本政府は今回の衝突はお互いの見解の不一致による不幸な事態であり、どのような時期でも講和の交渉を行う用意があること。
②講和の際は貴国の経済に見合った常識的な額の賠償金を要求するが、領土の割譲は一切考えていないこと。
③講和に当って民主主義という観点から日本とタイラン共和国の独立と内政への不干渉を約束する新友好条約を相互に結ぶこと。
④自由貿易の観点から相互最恵国待遇の通商条約を締結すること。これは交渉が講和後でも忖度しない。
⑤今回の敗北により同盟諸国が勢力拡大の好機と判断し暴走する可能性があること。
「ん・・・軍務卿」
「はい、早速確認を取ります」
軍務卿にとっては⑤の項目のみしか関われないのだ。そして空海軍がすり減らされ、強力な『ニホン』軍の圧力に曝されている現在の段階で腹背に敵を受けて戦うことは極めて苦しいことは事実だ。
「外務卿、この言葉は信用できるか?」
外交の世界では片手で友好の握手を差し伸べておいてもう片手で相手を滅ぼすナイフを忍ばせているということは良くあることだ。
「信用できるかどうか断定は出来ません。何せ我々との友好条約を紙の様に平然と破ったのですから。もっともこれだけの軍事力を保有していると分かった以上、あんな内容の条約を結んだ時点で今回のような事態になってもおかしくは無かったはずですが」
ここで外務卿はただと言葉を切る。
「少なくともこのメッセージを我々に届けたかったことは事実でしょう。だからこそ彼らは私と親交の深かった和平派の旧大使を持ち出してきたのです。そしてケリアでは僅か3000で5万を撃破る陸軍の精強さを見せ付けている。そして我が国の海岸線は広い。200万とて薄く配さざるを得ない。そうであるのに⑤の情報を我々に教えているのです。そう考えれば信用せずとも交渉に応じることは不利にはならないかと」
「分かった。交渉に応じようではないか。信頼できる相手かどうかはそこで見極めることとしよう」
このとき世界は新たに『ニホン』という列強を迎えたのだ。

最終更新:2006年08月11日 09:10